伊藤君子(Vo)
大石学(Arr,Pf)
坂井紅介(Bass)
海老沢一博(Drums)
PM Music/VACP-0001タイトルは、「ジャズだがぁ? ジャズだじゃ!」と読みます。隠れタイトルが「津軽弁ジャズ」、そう、これはジャズ・シンガーの伊藤君子さんが、スタンダードナンバーの歌詞を津軽弁に直して歌っているというものなのです。あの津軽弁タレント伊那かっぺいさんのリクエストで実現した企画だとか、かっぺいさんも最後の曲で参加しています。6曲しか入っていないミニアルバムですが、それだけでもう十分、お腹いっぱいにごちそうを食べた気分になれました。
最初に入っているのが、名曲中の名曲、「サウンド・オブ・ミュージック」の中の「
My Favorite Things」です。例えば「
Raindrops on roses」という最初の歌詞は、津軽弁だと「バラに もたずがる 雨コの雫」となるというわけです。その調子で、後半の歌詞の「
Snowflakes that stay on my nose and eyelashes/Silver white winters that melt into springs」が「まつげサど鼻っこに ねぱる雪(ゆぎ)コ 春に融けでく 銀色の冬コ」と歌われた瞬間、オーストリアの豪邸の子ども部屋の風景は、北国の寒村に変わりました。そこから見えててきたものは、赤いほっぺたの女の子が、やがて来る春に思いを寄せて、降り積もる雪を眺めている、そんな情景だったでしょうか。そんな素朴な思いに駆られたのも、その時の伊藤さんの歌い方が、まるであの矢野顕子のようなほんのりとしたものだったせいなのかもしれません。そういえば、矢野顕子の故郷も青森だったはず。
そんな思いが、大石学のスマートなピアノソロで断ち切られ、そこは歯切れの良いジャズトリオの世界となります。この切り替えの落差もとてもたまらない魅力です。そして、最後にもとの英語の歌詞で歌わる頃には、伊藤さんの歌い方も都会的なものに変わり、オリジナルのロジャース/ハマースタインのブロードウェイ・ミュージカルの世界が戻ってくるという仕掛けです。こんなめくるめく多層世界が、まずこのアルバムの中にはありました。
それが、ガーシュインの「
Summertime」になると、さらに衝撃的な体験が待っていました。津軽弁で歌われることによって、元の歌詞に込められた意味が、思いがけないほどリアルに迫って来るという、ちょっとびっくりするようなことが起こったのです。
オペラ「ポーギーとベス」の幕開けに歌われるこの子守歌、美しいブルースのメロディに乗って、「仕事は楽だし、作物も実る。父親は金持ちで、母親は美人だ」という、なんとも屈託のない歌詞が歌われます。まるでおとぎ話の中のような世界、つらい黒人社会の中にあって、せめて赤ん坊だけには素敵な夢を見てもらいたい、という楽天的な歌だと、ずっと思っていました。
しかし、これが津軽弁によって「とっちゃは稼(かえ)ぐす かっちゃは綺麗(きれ)だだ したはで 寝ろじゃ もううずげな」と、伊藤さんによってまるでつぶやくように歌われたとたん、そこからはもっと痛切な、まるで「叫び」のようなものが聞こえてきたのです。これは、黒人たちの精一杯のやせ我慢の叫びではありませんか。そこにあったものは、そんな幸せは未来永劫手に入るわけはないと分かっていても、赤ん坊に語りかけるという形を借りてせめてもの見栄を張って
みえたいという、悲しいまでの思いの丈だったのです。
オリジナルのオペラでのこの曲でのオーケストラ伴奏が、半音進行の不気味なものであることの意味も、これで分かったような気がします。すでにガーシュインは、この歌にそこまでの意味を込めていたのですね。子守歌に名を借りつつ、これはとてつもないメッセージが込められたナンバーだったのです。その事に気づいた瞬間、あふれ出す涙をこらえることが出来なくなってしまいました。ジャズを聴いて涙が出たなんて初めてのこと、それだけの確かな訴えかけが、このアルバムにはありました。
なんでも、伊藤さんご自身は四国のお生まれだとか、これだけの津軽弁をマスターされているのは、まさに奇跡です。
ちなみに、このアルバムは通常のレコード店では入手できません。詳細は
こちら。