おやぢの部屋2
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VERDI/La Traviata
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Teresa Stratas(Sop/Violetta)
Plácido Domingo(Ten/Alfredo)
Cornell MacNeil(Bar/Germont)
James Levine/
Metropolitan Opera Orchestra and Chorus
Franco Zeffirelli(Dir)
DG/00440 073 4364(DVD)



この有名な映画版「椿姫」、一度DVDにはなったそうなのですが、しばらく入手できない状態となっていました。このたび、待望久しい1982年に作られたこのゴージャスな映像が、やっとお手頃な価格で買えるようになりました。
もちろん、この映画は普通に映画館で公開されたものですし、その後も何度かテレビで放送されたこともありました。だいぶ前に見た、そのテレビでの映像では、主役ヴィオレッタを演じたストラータスがとても美しく撮られていたことに、強い衝撃を受けたものです。例えば「カサブランカ」の中のイングリット・バーグマンのように、なんの意味もなく、ただ彼女の美しさだけを見せるためのカットといったものが、数多く用いられていたような印象があったのです。ゼッフィレッリは、ストラータスの美しさを知らしめるためだけに、この映画を作ったのではないか、と。
しばらくぶりに再会したこの映画を、思い出しながら見ていくと、最初になかなか凝った設定が与えられていることに気づきます。前奏曲の間に描かれるのは、大きなお屋敷の中で、家具や調度品を梱包して運び出そうとしている場面です。その作業に当たっている好奇心旺盛な少年が、別の部屋の様子を見に行ってみると、その部屋の壁にストラータスが演じたヴィオレッタの肖像画がかけられているというところで、ここがヴィオレッタのお屋敷であることが分かるという仕掛けです。その肖像画の中のストラータスの、なんと美しいことでしょう。これこそが、かつて見た時の印象の源だったのでしょう。続いてネグリジェ姿でソファーに寝ぐりじぇるストラータスが登場すると、そこでこの部屋は第3幕でヴィオレッタが病に伏せっている場所であることが分かります。普通の演出での薄汚い小部屋とのなんという違い、しかし、屋敷中の他の部屋は、財産の差し押さえでしょうか、見るも無惨な姿になっているのに、この部屋だけが豪華なまま、そして、作業員の薄汚い少年でさえ入ってこられる状態になっているというところに、より一層の惨めさを感じてはしまわないでしょうか。
ところが、そこで初めて登場するストラータスは、なんだかそんなに美しくはありません。それに、やけにくたびれて見えます。もちろん、これは瀕死の状態を演じているのですから当然なのでしょうが、それにしても若さというものが全く感じられないのはどうしたことでしょう。もっとも、よく考えてみれば撮影の時点では彼女はすでに44才になっていたのですから、それはある意味当然のことなのかもしれませんが、昔見たときには、まるで20代のような初々しさがあったような・・・。ちょっとショックです。
気を取り直して映画に戻りましょう。前奏曲が終わると、今まで薄汚れた所だったものが一瞬にして絢爛豪華なサロンに変わるという、まるで「オペラ座の怪人」のような、映画ならではの場面転換となります。そこからは、ゼッフィレッリの本領発揮、贅沢この上ないセットの中で、リアリティあふれるパーティーが繰り広げられます。
第2幕になると、今度は広大な敷地の中にある別荘地のロケとなります。庭の中にある大きな池でボートを漕いだりと、信じられないほどの広さの私有地なのでしょうね。先ほどのお屋敷といい、これほどの財産を若くして手に入れられるなんて、「高級娼婦」というのはいったいどれほどの援助を「顧客」から得ているものなのでしょう。逆に、それだけの財産が得られる「職業」を捨ててまでアルフレードと暮らし始めたというところに、この愛の強さを見るべきなのでしょうか。
ストラータスには、さらに失望させられます。第2幕の幕切れ、アルフレードに札束を叩きつけられてよろよろと立ち去る姿は、まるで老婆のような足取りではありませんか。これは、遠景だと油断した監督の痛恨のミスショットです。
その分、まだまだ若々しいドミンゴの姿と、そして声には存分に満足させられました。ジェルモンのマクニールも、なかなか渋い田舎ものの味を出していましたし。
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by jurassic_oyaji | 2007-11-20 23:01 | オペラ | Comments(0)