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SALIERI/Music for Wind Ensemble
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Ensemble Italiano di Fiati
BRILLIANT/93360



ボックスものが多いBRILLIANTにしては珍しく、1枚もののアルバムです。ですから、特別に割安という気はしません(ディズニーリゾートは浦安)。しかし、何しろ、曲目がサリエリの聴いたことのない曲という珍しいものでしたから、買ってみる気になりました。例によって外部のレーベルからライセンスを得てリリースしているもの、そのライセンス元がTACTUSという、今までの印象ではあまり音の良くないイタリアのレーベルのものでしたが、聞こえてきた音は至極まっとうなもの、というより、かなりクオリティの高いものでしたから、一安心でした。演奏もとても自発的な素晴らしいものです。
サリエリといえば、20年以上前に作られた映画の影響で、未だに「モーツァルトの才能をねたんだ凡庸な作曲家」というイメージがついて回っています。恐ろしいのは、こういうイメージは音楽のことを何も知らない人たちの間に、ちょっとハイブロウな知識として、実体のないまましっかり浸透してしまっているということです。先日アメリカの刑事物テレビドラマを見ていたら、殺された天才型のテニスプレーヤーと、その容疑者である努力型のプレーヤーを比較して、ある刑事が「モーツァルトとあれ、みたいなもんだろう?」と言ってましたっけ。「あれ」というのはもちろんサリエリのこと、名前すら忘れられても、映画で作り上げられた図式は殺人現場に於いてまで比喩として使われるという、情けない現実があったのです。
ここで演奏されているのは、サリエリの管楽器アンサンブルのための作品です。今まで彼のオペラや宗教曲は聴いたことがありますが、こういう分野のものは初めて、新鮮な思いで聴き進んでいくうちに、こんな曲を作った人が、どうしてこんな目に遭わなければならないのだろうという疑問と、さらには怒りが湧いてきました。おそらく王侯貴族のまえで演奏されるための機会音楽なのでしょうが、その軽やかなテイストと、センスの良いアレンジの妙は、現代の私たちの耳にも非常に魅力的に響きます。どの曲からも、心底美しいもので聴き手を安らかな思いに誘おうという、作曲家の温かい心が伝わってきます。
もっとも小さな編成であるオーボエ2本とファゴット1本という「トリオ」が何曲か演奏されていますが、そこに凝縮されているアンサンブルの愉悦感には、とても惹かれるものがあります。中でも、ファゴットパートがただのベースラインに終わらない、実にアイディア豊かなフレーズを繰り出しているのが魅力的、次々と現れる新鮮なからみが、曲全体にヴァラエティを与えています。
Armonia per tempio della notte(「夜の寺院のための合奏曲」、でしょうか)」という、クラリネットも加わった編成の長大な曲では、ゆったりと流れるような音楽の中で、そのクラリネットがソリスティックに大活躍してくれます。時折カデンツァのような所での終わり方が、たっぷりとした余韻を含んでとても美しいものです。
最後に収録されている6つの楽章から出来ている「カッサシオン」では、構成の見事さも見られます。次々に現れる豊かな楽想には、自ずと先の楽章への期待も高まります。と、4つ目の早い楽章でホルンが繰り出すリズムには、そんな期待を良い意味で裏切るような驚きも。
こうして聴いてみると、これらの曲から与えられる歓びというものは、今までモーツァルトの曲を聴いたときに得られるものと全く同質のものであることに気づきます。いや、下手をしたら、モーツァルトその人の作品でも、このアルバムの中のものより数段つまらないものもあるはずです。例えば、同じような編成による名曲とされる「グラン・パルティータ」の中のある曲などには(特に名を秘す)、明らかにサリエリほどのミューズは宿ってはいません。
これほどの作曲家を「凡庸」と決めつけることによって、モーツァルトの凡庸さを隠そうとしたのが、「アマデウス」の最大の罪なのです。
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by jurassic_oyaji | 2007-11-24 22:07 | 室内楽 | Comments(1)
Commented by 通りすがり at 2007-11-25 23:44 x
別に名を秘さずともよいではないですか。
むしろ、はっきり書いてしまった方がいいと思います。

サリエリは決して凡庸な作曲家じゃないですよね。
特に旋律の才は確かなものだと思います。ハイドンやモーツァルトのように構造とかで聴かせるタイプの音楽家ではないので、比較は難しいですが。