SACDプレーヤーを手に入れてからというもの、私のリスニング・タイムは充実の一途をたどっています。SACDが「音がよい」と言うことは、とりもなおさず自然で余裕のある音だということがだんだん分かってきたのです。つまり、長く聴いていても疲れるということがないのですよ。それと、聴くときのレベルをそんなに上げなくても、それぞれの楽器の音がきちんと立って届いてきます。解像度がそれだけ良いということなのでしょう。それに伴って、余計なノイズをあまり気にしなくても良くなりました。私の普段聴いている部屋は、ごく普通の造りですから、外の音は遮断することが出来ません。その上に、例えばパソコンのファンの音とか、エアコンの音などがすごく邪魔に感じられていました。ですから、ちゃんと聴きたいときには暑いのを我慢してエアコンを切って聴いたりしていたものでした。しかし、SACDはそんな必要が殆どないのです。多少のノイズなどはかいくぐって、再生音がきっちり届くのでしょうね。
そんなSACD、まず聴いてきたのは最初からDSDで録音されたものばかりでした。しかし、このフォーマットは、アナログで録音されたものをデジタルに変換したときには、CDで採用されているPCMよりもはるかに威力を発揮するはずです。そこで、試しに昔のアナログ録音をDSDでSACDに変換したものを聴いてみることにしました。音源は2004年にリリースされた、1959年に録音されたミュンシュの「オルガン」です(写真右)。実は、これに関しては1999年に「XRCD」でマスタリングされたCD(写真左)も手元にありましたので、その聴き比べもついでにやってみることにしました。
SACDの良さには心底惚れ込んでいたところでしたから、いくらXRCDとはいっても所詮はCD、とても太刀打ち出来ないだろうと、聴く前から殆ど結果は分かっているつもりでいました。ところが、実際に聴き比べると、その違いは歴然、XRCDの方が数段素晴らしい音だったのですから、こんなに驚いたこともありません。まず、弦楽器の「雰囲気」がまるで違います。SACDには、なにか高域が強調されたような薄っぺらさがあるのですが、XRCDはもっと渋く、本当に自然な感じです。そして、いろいろな場所を聴き比べていくうちに、決定的な違いのあるところが見つかりました。それは、第2部の後半、殆ど「第4楽章」と見なされている部分の最初のところです。壮大なハ長調のオルガンのアコードに続いて、弦楽器の掛け合いというパターンが2回(2回目はト長調)繰り返されたあと、もう1度ハ長調のオルガンに続いて4手ピアノによる細かい音型に乗って、弦楽器だけでテーマが演奏されますが、そのヴァイオリンの高音が、おそらく元の録音でもちょっと失敗していると思われるほどの薄っぺらい音になっているのです。SACDはその薄っぺらさがそのまま聞こえてきますが、XRCDでは、そこになんとも言えないほんのりした色気が加わっているのですよ。その結果、フレージングまでが違って聞こえてくるほど、存在感のある音になっているのです。
どちらのものも、オリジナルのマスターテープからAD変換を行っているということなのですが、これほどの違い、しかも、スペック的にははるかに優れているはずのSACDが、これほど無惨な結果に終わっているのは、いったいどうしたことでしょう。それはおそらく、作業を行う際の神経の使い方の違いなのでしょう。XRCDを制作した杉本さんの仕事ぶりは、今年の3月に間近に接することが出来ましたが、そのこだわりの強さには驚かされました。ケーブル1本を選ぶにしても、納得のいくものを得るために何度も何度も取り替えては聴き比べるということを、執拗に繰り返しておられました。マスターテープの音を再現するためには、あらゆる努力を惜しまないという、それはとてつもない熱意の表れだったのでしょう。
杉本さんは、最近はSACDのマスタリングも行っているそうです。このミュンシュ盤が、彼の手でSACDになったら、いったいどんなものが出来上がるのか、ぜひ聴いてみたい気がします。