おやぢの部屋2
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MOZART/Symphonies Nos.1,25,41
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Roger Norrington/
Radio-Sinfonieorchester Stuttgart des SWR
HÄNSSLER/CD 93.211



昨年、シュトゥットガルトで行われた音楽祭での、ノリントンとシュトゥットガルト放送交響楽団とのモーツァルトの交響曲シリーズのライブ録音が、6枚のCDとなって順次リリースされます。もちろん、この枚数ですから全曲ではなく「選集」ということになります。いえ、録音されたのは去年ですが(「先週」ではありません)。それぞれ3曲ずつ収録されていますので、全部で18曲、必要なものは一応押さえた、というところでしょうか。面白いのはそのカップリングで、それぞれに初期、中期、後期のものが1曲ずつ入っているという、味なことをやってくれています。これはその1枚目、1番、25番、41番という、なんともツボな組み合わせです。
実は、ノリントンはこの録音の少し後に来日して、NHK交響楽団とモーツァルトの変ホ長調交響曲を演奏していました。その模様はテレビで放送されたのですが、その時のN響のメンバーは弦楽器がファースト・ヴァイオリンが12人という大人数なだけではなく、なんと木管楽器が指定の人数の倍、つまり「倍管」という編成だったのです。ピリオド・アプローチ全盛のこの時代にモーツァルトを倍管で演奏するなどとはなんと奇妙なこと、と思ったら、そこにはしっかりノリントンなりの主張が込められていたのでした。つまり、これはダイナミックスの幅を大きくするための措置で、ピアノの部分では少人数、つまり管楽器は各パート一人ずつ、弦楽器は前のプルトだけで演奏し、フォルテの部分だけで全員が一斉に演奏するというものだというのです。実際にそういうことを、モーツァルトがやっていた形跡がある、と。これは、それなりになかなか興味深い試みでした。中でも、ピアノの時に後ろのプルトの弦楽器奏者が休んでいるというのは、常に全員で弾くことを見慣れているものには非常に新鮮な光景でした。
このCDでの演奏には、曲ごとに弦楽器の人数が表記されています。それによると「1番」ではファースト4人、「25番」ではファースト6人という殆ど室内楽の編成(チェンバロも入っています)ですが、「41番」ではファースト12人という、先ほどのN響ぐらいの規模、表記にはありませんが、おそらく倍管になっているのでしょう。
モーツァルトが8才の時の作品「1番」は、「ドミソミド」という、なんともベタなテーマで始まります。ちょっと大人が演奏するのは恥ずかしくなるような部分もあるのですが、ここでノリントンはその陳腐極まりないテーマに表情たっぷりのクレッシェンドを与えることによって、70才を超えた人間が演奏することに対する正当性を与えようとしているように見えます。
25番」は、それこそ「アマデウス」ですっかり有名になってしまった「もう一つのト短調」ですが、あの映画のサントラでマリナーが見せていた大げさなまでの感情表現は、さすがに現代の指揮者が取り入れるはずもありません。ノリントンのようなその道の達人が取ったのは、もっとあっさりしたやり方、ことさら感情を込めなくとも、音楽そのものが語ってくれる「短調」の世界を、ほんの少しのクレッシェンドで味付けをするという賢い技でした。
41番」では、しかし、編成が大きくなったときにアンサンブルが乱れてしまうという、ライブならではの困ったことが起きてしまっています。彼らが標榜している「ピュア・トーン」とやらはどこへ行ったのか、ナチュラル・トランペットのだらしのない無表情さだけが耳についてしまいます。それは、もしかしたらフィナーレのフーガの直前の真にピュアな部分を引き立てるための演出ではなかったかと思えるほどの、無秩序な混沌でした。もちろん、そこからはノリントンのようなフィールドの人が最も大切にしていたはずのメンバー同士の自発的なやりとりなどは感じられるわけもありません。
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by jurassic_oyaji | 2007-12-04 23:16 | オーケストラ | Comments(0)