おやぢの部屋2
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BACH/Der Streit zwischen Phoebus und Pan
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Simone Nold(Sop), Annette Markert(Alt)
Markus Schäfer, Werner Güra(Ten)
Konrad Jarnot, Stephan Genz(Bar)
Hansjörg Albrecht/
Münchner Bach-Chor, Bach Collegium München
OEHMS/OC 914



ワーグナーの「指輪」全曲や、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」をオルガン用に編曲したSACDなどをご紹介したことのあるオルガニスト、ハンスイェルク・アルブレヒトは、実は指揮者としても活躍していたことをこのアルバムで知りました。彼が指揮をしているのがミュンヘン・バッハ合唱団、あのカール・リヒターによって創設された合唱団です。リヒター亡き後その任を引き継いだのがハンス・マルティン・シュナイトですが、2005年からはこのアルブレヒトが指揮者となっているのです。そういえば、リヒターだってもともとはオルガニストでしたね。
ここで演奏しているのは、バッハの「世俗カンタータ」というよりは、「音楽劇」としてとらえるべき作品「フェーブスとパンの戦い」BWV201です。バッハはオペラのような劇音楽は書いていないと思われがちですが、例えば「マタイ受難曲」などはれっきとした劇音楽です。その「マタイ」の台本(というか、アリアの歌詞)を書いたクリスティアン・フリードリヒ・ヘンリチによって、有名なミダス王の神話を題材にフェーブス(アポロ)とパンの歌合戦の場面が描かれた物語が、この曲です。
通常は開始の合唱で始まるものなのですが、アルブレヒトは「劇」としての体裁を確保するために、この曲の前に「序曲」を用意しました。それは、バッハの他の作品を転用するという、バッハ自身も行っていた手法です。「イースター・オラトリオ」の元となった「牧人のカンタータ」BWV249aの1曲目と2曲目、そしてカンタータ「いざ、晴れやかなラッパの鳴り渡る響きをAuf, schmetternde Töne der muntern TrompetenBWV207aの冒頭の合唱をドッキングさせたものです。さらに、同じ207aからの「マーチ」を、201への導入として使っています。
そこまで周到な準備をして始められたこの「劇音楽」、そこからは、アルブレヒトの生き生きとした音楽の運びによって、とても生々しい「ドラマ」が展開されることになりました。いえ、音楽自体はバッハの時代の様式をきちんと踏まえたものなのですが、それを歌っている人たちが見事にキャラクターを「演じて」いるものですから、とても人間的な息づかいを聴くことが出来るということなのですが。
幕開けの合唱から、それははっきり現れています。音程などは多少犠牲にしても、ある種の切迫感のようなものを最優先に表現していることが、もろに伝わってきます。そして、それぞれのアリアの表情付けも、まさに真に迫ったものです。物語のハイライト、フェーブスとパンがそれぞれ歌う歌の違いの際だたせ方は見事です。フェーブスの歌はあくまで美しく、それは殆どなんの主張も持たない平面的なものにすら聞こえます。イントロのヴァイオリンのフレーズで、最後のちょっとした「おかず」を拍の中に入れず独立して処理をしているのは、アルブレヒトのセンスでしょうか。これも「美しさ」を引き立てるものです。それに対するパンの歌は、とことんワイルドに迫ります。しかし、そんな粗野な面の方が、聴いていて味があると思えるのはなぜでしょう。
そんなパンの歌をたたえるミダス王の歌には、どんな聴き手の興味をもみだす(満たす)迫力が込められています。これを歌っているギュラは、わざと羽目を外して、確信犯的に大げさな身振りを聴かせます。その後のレシタティーヴォで、そんな審美観の欠けた耳がロバの耳にされてしまうくだりも、とても情けない表情、まるでオペラのようにリアリティあふれるものです。
このオーケストラには、フルートのヘンリク・ヴィーゼが参加しています。それは「序曲」のアダージョで、まるで木管のような渋い響きで惹きつけられたものですが、最後のマーキュリーのアリアのオブリガートでのアンサンブルでも、完璧な語り口を堪能させてくれました。
このチームの「マタイ」などは、どれほどドラマティックになるのか、ぜひ聴いてみたいものです。
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by jurassic_oyaji | 2007-12-26 20:29 | 合唱 | Comments(0)