おやぢの部屋2
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三善晃/レクィエム
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外山雄三/
日本プロ合唱団連合
日本フィルハーモニー交響楽団
ビクターエンタテインメント
/VZCC-1007


あけましておめでとうございます。年頭から「レクイエム」とは、なんとも当サイトらしいことで。
これも、「LPジャケット美術館」の中にあったものを見つけて、非常に懐かしい思いに駆られたアイテムです。もう1度聴いてみたいと思っていた矢先にCD化されたものがリリースされたなんて、なんというタイミングの良さでしょう。ミニチュアサイズになってしまいましたが、この勝井三雄によるジャケットは、今でもその斬新さを失ってはいません。よく見ると女性性器のようなアブないものも描かれていますが、それはそばにある胎児との関連で死者に対峙する概念としての「生」を象徴したものなのでしょう。
三善晃の「レクィエム」が初演されたのは、1972年の3月15日のことでした。その時の模様は、今回のCD化にあたって新たにライナーノーツに転載されている中島健蔵氏の文章によってうかがい知ることが出来ます。興奮気味に三善の全く新しい側面を見せてくれたこの作品の誕生を伝えるさまは、当時の音楽ジャーナリズムの間では大きな話題となっていたことを思い出しました。程なくして、1977年3月10日には、日本プロ合唱団連合の定期演奏会として再演されます。その、東京文化会館でのコンサートのライブ録音が、この音源です。
その年の7月(なんという素早いリリースでしょう)に発売されたレコードを即座に買ってはみたものの、多数の打楽器(7人の打楽器奏者を指定)を必要とする大編成のオーケストラと、200人近くの大合唱という多くの演奏家によって産み出される複雑で膨大な音響の世界は、LPによって再現するにはかなり困難なものでした。特に合唱がひずんでしまっていたのは、当時の再生装置のせいなのか、あるいは盤質に問題があったのか、いずれにしても録音された音のかなりの部分が欠落した状態で聴き続けるのには耐えきれず、いつしかそれは中古屋行きとなってしまうのです。
30年の時を経てようやくCD化されたその音源は、見事なクオリティを誇っていることが分かります。この間のマスタリング技術の進歩にも助けられ、この「レクィエム」はついにLPでは聴くことの出来なかった素晴らしい録音を聴かしめてくれたのです。それは、あえてホールトーンを無視し、あくまで個々の楽器、合唱の明晰さを可能な限り強調したものでした。とてもライブ録音とは思えない、まるで虫眼鏡でのぞいたようにスコアの隅々までが見えてくるようなそれは明晰さでした。特に、この作品で重要な役割を果たしている打楽器たちのサウンドは、はっきりした主張を伴って伝わってきます。
そのようにして蘇った衝撃的な「三善サウンド」、確かに、かつてLPで聴いて、中島氏が味わったものと同質の驚きを改めて感じることは出来ました。しかし、その驚きには、実はかなり冷ややかなスタンスで向き合っていることも、同時に感じられてしまったのです。この曲が作られた頃は、例えばペンデレツキあたりの「前衛的」な作品が、真に驚きを持って受け止められていた時代でした。そのようなスタイルこそが「現代音楽」の進むべき道であると、当時の聴衆と、そして作曲家たちは間違いなく考えていたはずです。三善がこのようなサウンドを作り出した真意は知るよしもありませんが、冷静な眼を持って客観的に当時の音楽シーンを俯瞰することが出来るだけの時間が経過した「今」の視点でこの作品を聴いてみると、そこには明らかにそんな時代の反映を見ることが出来るのです。しかし、この再演の時点ではすでにそのお手本だったポーランドの作曲家は、そんなエピゴーネンたちの熱い思いを置き去りにして、見事に「変節」を完了していました。そんな「歴史」に翻弄された日本の作曲家の姿をこのアルバムから感じるというのは、あまりにもひねくれた見方でしょうか。
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by jurassic_oyaji | 2008-01-01 19:51 | 合唱 | Comments(0)