おやぢの部屋2
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オルガンは歌う
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辻宏著
日本キリスト教団出版局刊
ISBN978-4-8184-0660-5


日本のオルガン制作者の草分けともいうべき辻宏さんは、2年ほど前に筋萎縮性側索硬化病という病気のために72歳でこの世を去っています。この本は、そんな辻さんが、もはや体の自由がきかなくなった病床で、口述筆記によってしたためたものが中心になっている、文字通り彼の「遺産」です。真に「美しい」ものに出会い、生涯をその美しさを奏でる楽器のために捧げた辻さんの語る言葉を集めたこの本は、読むものにとてつもない重みを与えます。
アメリカやオランダでのオルガン製作の修行を終えた辻さんが、帰国して自身の工房でオルガンを作り始めたときは、その当時のオルガン制作の主流とも言うべきバロック風の楽器を作ることになります。それは、その少し前までの主流であったロマンティック・オルガンへの反発から始まった「ドイツ・オルガン運動」という動きにのっとったものでした。本来は教会で用いられていたオルガンという楽器を、多くの聴衆が集まるコンサートホールでの使用に耐えられるように「改良」していった結果、シンフォニー・オーケストラに匹敵するほどの大音量は獲得出来たものの、昔のオルガンが持っていたクリアな響きは失われていました。折からのバロック音楽復興の動きに伴い、バロック時代の音楽を演奏するにはそんなロマンティック・オルガンではふさわしくないと、昔のオルガンを復元するという風潮が高まったのだそうです。
そこらあたりまでの話は、十分に知っているつもりでした。その頃国内で相次いで作られるようになったオルガンを見ても、近代的な電気的アクションではなく、昔ながらのトラッカー・アクションによる鍵盤の楽器が殆どだったような気がします。確かに、これはバッハの音楽などには適した楽器だと思っていました。しかし、著者はここで、それはバロック時代の楽器とは似て非なるものだと言い切っています。確かに良く似た構造を持ってはいますが、微妙なところで材料も製法も異なっているというのです。つまり、昔のものに似せて、それより遙かに進歩しているはずの現代の科学技術を駆使して、さらによいものを作った気になっているだけなのだ、と。
そこまで自信を持って言い切るだけの裏付けが、著者が実際にヨーロッパで出会った古いオルガンの音でした。何百年も前に、本当に手作業で作られたその楽器は、現代の技術の粋を集めて作られた楽器を遙かにしのぐ素晴らしい音を奏でていたのです。スペインの古いオルガンを修復したときも、鍛え上げられた職人の手によって制作された何百年も昔の楽器は、分解して再度組み立て、細かい調整を施しただけで実に美しい音色を聞かせてくれたということです。例えばパイプが損傷していたからといって、新しい材料で作り直したりしたらそれだけで美しい音は損なわれてしまうのだそうです。風箱を組み立てるのに使用した釘が、最初に制作されたときに使われたものはそのまままた使えたというのに、その後の時代に新たに用いられた釘は、ボロボロに錆びて使い物にならなかったというエピソードは、当時の技術の確かさを如実に語っているものです。
力強い著者の言葉は、今まで抱いてきたオルガンに対する価値観を根本から打ち砕くものでした。昔の名工の作った楽器を凌ぐものは、今の技術をもってしても作り上げることは出来ないという事実、それはひいては、近代の科学技術に対する信頼感が幻想に過ぎなかったことを明確に示してくれるものでもありました。今までたどってきた技術の進歩とは、あくまで均質なものを大量に作るためのもの、その課程で、肝心なものが抜け落ちてしまったのではないかと、著者は強調しています。そういえば、東京カテドラルのオルガンも、ほんの数十年前に作られたものなのに、電気的な部品がもう手に入らないというだけで使えなくなってしまったそうですね。その程度のお粗末さが、現代の技術の実態なのでしょう。そんなものを買ってどうなる
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by jurassic_oyaji | 2008-01-05 21:56 | 書籍 | Comments(0)