おやぢの部屋2
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BEETHOVEN/Symphonies Nos 1& 6
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Osmo Vänskä/
Minnesota Orchestra<
BIS/BIS-SACD-1716(hybrid SACD)



ヴァンスカとミネソタ交響楽団によるベートーヴェンの交響曲の録音も4枚目、あとは2番と7番を残すのみとなりました。完成した暁には、DSD録音によるSACDとしては世界初の全集となることでしょう。
以前、CDレイヤーしか聴けなかったときには、このコンビの録音からは木管の音色の柔らかさが印象的に感じられていました。アメリカのオーケストラでありながら、そこにはほのかにヨーロッパ風の香りが漂っていたのです。最近新しいプレーヤーを導入したことによってハイブリッド盤のSACDレイヤーが聴けるようになってみると、それに加えて弦楽器にも極めて渋い味わいが宿っているのに気づかされます。それは、特に「1番」の第2楽章のように、ごく弱い音で演奏されるときに強く感じることができることでしょう。例によって対向配置となっているために、まず右側のスピーカーから聞こえてくる第2ヴァイオリンのピアニシモの響きの、なんとしっとりとしていることでしょう。もちろん、いつものヴァンスカのやり方ですから、ことさらピリオド奏法を意識することのない、それでいてビブラートは控えめというあっさりとした扱いも、心地よいものです。
とは言っても、この曲では、かなり意識して音を短めにして溌剌とした感じを演出しようという意図はうかがうことができます。この第2楽章もほんの少し早めのテンポをとっているのは、いくぶんスリリングなアプローチを目指した結果なのかもしれません。第3楽章でのクリティカル・エディションならではのダイナミックスの指示の部分でも、もはや今までと違うことをやって人を驚かせるという次元を超えた、オーソドックスな表現としてのまろやかさを感じることができることでしょう(11小節目。こちらに楽譜があります)。
「6番」になると、その弦楽器のつややかさはさらに際だってきます。そして、管楽器はもっぱらそれを色づけすることに専念しているかのように見えます。フルート奏者などは、もしかしたら木製の楽器を使っているのではないかと思えるほどの地味な音色で、その仕事に従事しているよう、たびたび登場するソロの部分でも、決して一人だけ目立とうとはしていない謙虚さが、光ります。
第2楽章では、これもクリティカル・エディションならではの、弱音器を付けた弦楽器の柔らかい響きがとても魅力的です。ベーレンライターなどの楽譜を見ながら聴いていないことには、ここで弱音器を付けていることはなかなか気づかないものですが、この録音からはそれがはっきり聴き取れます。もしかしたら、これを聴いてびっくりする人がいるかもしれないほどの、それは精緻な録音です。
そんな穏やかなたたずまいが、第3楽章のトリオになった途端、いきなり豹変するのはある意味サプライズでした。それまでの流れからは予測不能な、それはうれしい誤算、その躍動的な音楽には、思わず心が弾みます。そのまま一気に第4楽章の「嵐」へ突入、そこには、まるでハリウッドのサントラのようなドラマティックで大げさな世界が広がっていたのです。これこそが、このオーケストラの持っていた潜在能力だったのでしょうか。ちょっととり澄ましたヨーロピアン・サウンドを洗い流して(それは「洗剤能力」)一気に思いの丈を現した、という趣です。あるいは、これこそがヴァンスカの真骨頂なのでしょうか。彼には、古典的な秩序よりは、もっとポエジーやパッションのあふれる音楽の方が性に合っているのかもしれません。このベートーヴェン全集を聴いてきた中で感じていた歯がゆさは、案外こんなところに原因があったのではないでしょうか。
最後の楽章ではまた元の慎ましい世界が戻ってくるものの、その盛り上げ方がいかにも性急に感じられてしまうのは、そんなジレンマのあらわれなのかもしれません。
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by jurassic_oyaji | 2008-02-20 20:08 | オーケストラ | Comments(0)