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のだめ第20巻
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 「のだめ」の第20巻、いつの間にか出ていたんですね。何気なくTSUTAYAに行ってみたら、例によって棚の半分以上がこれ、という尋常でない平積み状態だったので、あせってお買いあげです。
 今回は、仲間たちが出場しているコンクール、ファイナルまで進む人も、予選で落っこちる人もいて、悲喜こもごも、ただその描き方がスポコンもののような勝ち負けのはっきりしたものでない分、あまりその結果にはとらわれないで読んでいくことができます。優勝することだけが目的ではないという、マンガにおけるクラシックのコンクールのあり方というものを、きちんと示した、これは一つの確立されたセオリーでしょうか。これがもし、現実のコンクールでの評価が、必ずしも一般の聴衆の感覚とは合致してはいないということへの皮肉だとしたら、それはそれでこの作品がとんでもない視点を持ち始めたことになるというわけです。あ、そんなものは、すでにのだめがマラドーナ(!)国際ピアノコンクールを受けた時点で分かっていたことでしたね。
 ピアノのファイナルで演奏されていた曲を、のだめが初めて聴いただけでハマってしまうというシーンは、久々の出色した表現で魅せてくれました。これは作者の作戦だったのでしょうが、普通は演奏が始まるとすぐコマの中に字幕が出てその曲が何であるかが分かるようになっているものが、それはなかなか出てきません。実際に曲名が明らかになるのは、のだめがアパートに帰って、そこにいた千秋に自分のセリフとして言う時なのですから、これは手が込んでいます。それまで読者に知らされるのは、その曲の冒頭の演奏シーンと、それで呼び覚まされたであろうのだめの心の中のイメージだけなのです。最初に「むち」の一撃、それに続いてピッコロのソロ、とくれば、この作品の愛読者であれば、それがなんの曲であるかはすぐ分かってしまうという、読者を信頼しきった作者の態度、そこまで、読者は「教育」されていたのですね。そのあとのピアノのグリッサンドも、まるで音が聞こえてくるような気さえしてきましたよ。かえすがえすも残念だったのは、これを読む前にその曲が何であるかを私が知ってしまっていたことなのです。それは、表紙の裏側にでかでかと書かれているのですからね。作者の立てたこの緻密なプロットを、それは、無神経に破壊するものでした。もし、何も知らないでその曲の冒頭の演奏シーンを見たとしても、それが何であるか分かったかどうか(おそらく間違いなく分かったはずですが)、それを確かめることは単行本の編集者によって決してできないカラダになっていたのが、とても悔やまれます。
 お約束のあら探し、ターニャが弾いているピアノは、その前のシーンでは確かにスタインウェイだったのですが、そうだとすると、この絵にはフレームの鉄骨が1本足りません。
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by jurassic_oyaji | 2008-03-16 19:16 | 禁断 | Comments(0)