おやぢの部屋2
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Romantic Arias
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Jonas Kaufmann(Ten)
Marco Armiliato/
Prague Philharmonic Orchestra
DECCA/475 9966(輸入盤)
ユニバーサルミュージック/UCCD-1212(国内盤4/23発売予定)


チューリヒ歌劇場での「ティート」のDVDを見て以来、すっかりファンになってしまったカウフマンの、初のオペラアリア集です。ソロアルバムとしてはR・シュトラウスの歌曲集がすでに出ていますから、これがデビュー作というわけではありません。
彼との出会いがモーツァルトだったせいで、やはりモーツァルト・テノールとしてのカウフマンを最初に聴きたいと思っていたのですが、あいにくこのアルバムはタイトルが示す通り「ロマンティック」なレパートリーで占められたものでした。彼の動向を詳しく追っかけていたわけではないのですが、どうやら最近はプッチーニやヴェルディといったイタリア・オペラだけではなく、グノー、マスネのようなフランス・オペラにまで活躍の場を広げているのだそうですね。彼本来の(と、勝手に思っているだけかもしれませんが)モーツァルトやワーグナーも、もちろん押さえた上でのことですから、これはちょっとすごいことです。1969年の生まれと言いますからまだ30代、何にでも挑戦してみようという意気込みの表れなのでしょうか。
最初の「ラ・ボエーム」のロドルフォのアリアが聞こえてきたとき、その中にあのプラシード・ドミンゴと同じような感触が見いだされてしまったのは、意外なことでした(「悔しいぞ、ドミンゴ」というのは、楽天イーグルスの本拠地での今時点のネタ)。ちょっとした歌い方の「くせ」などが、非常に良く似ているのですね。さらに意外なことに、モーツァルトやシュトラウスでは見せることになかった「泣き」が、かなり入っていたのです。ですから、このアリアの中では、実に様々な表現のパターンが披露されていることになります。彼の持ち味の突き抜けるような高音と、それをソフトにした「抜いた」歌い方、そして、おそらく意識的に使っているであろう「泣き」まで、縦横に使い分けた多彩な声の饗宴が、そこにはあったのです。そのひとつひとつのテクニックが、ドミンゴの歌い方に良く見られるものであったことが、先ほどの印象を生んだのでしょう。それは、ある種パヴァロッティ的な天性の甘美さとはかなりの隔たりがあるものでした。従って、それぞれの表現が感覚的に必然と感じられることはあまりなく、どこかよそよそしい、別の言い方をすれば消化不良のようなものを感じてしまうのです。
これがヴェルディになると、伴奏のオーケストラのお粗末さとも相まって(なんという田舎臭いセンス)、なんとも居心地の悪い仕上がりになってしまいます。ヴェルディ特有の「開き直り」があまり感じられないのですね。このあたりが、今の彼のイタリア・オペラに対する限界なのでしょうか。
ワーグナーになると、逆の意味でちょっとした不満が出てしまいます。「マイスタージンガー」の「優勝の歌」は、まさにヘルデン・テノールの持ち歌で、力を抜かずに一気に歌って欲しいものなのですが、カウフマンはことさら甘美な味を出そうと色々と工夫をしてくれているのです。結果的にそれはワーグナーとしては新鮮な魅力を持つものにはなっているのですが、やはりもっとストレートな味が欲しかったな、という思いが残ります。
総じて、彼の手の内がまだ確固たる表現にはなっていないというもどかしさが残るアルバムでした。それは将来に向けての一つのステップだったと思いたいものです。彼の実力とセンスをもってすれば、「あのころは、あんなものも作っていたな」と思える日が、間違いなく来るはずですからね。
この次は、ぜひタミーノやドン・オッターヴィオを、出来ればオリジナル楽器とまでは行かなくとも、もっとキレの良いオーケストラと一緒に聴いてみたいものだと、心底思っているところです。
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by jurassic_oyaji | 2008-03-27 19:48 | オペラ | Comments(0)