おやぢの部屋2
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MAHLER/Symphony No.6
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Valery Gergiev/
London Symphony Orchestra
LSO LIVE/LSO0661(hybrid SACD)



本拠地キーロフ・オペラの他にメトロポリタン・オペラやロッテルダム・フィルにもポストを持っているゲルギエフは、2007年1月にはロンドン交響楽団の首席指揮者にも就任したということです。そうなってくると、今までずっとCDをリリースしてきたUNIVERSAL系のメジャー・レーベルだけではなく、このオーケストラが持っているプライヴェート・レーベル、というか、今では立派なマイナー・レーベルとして確固たる地位を得ているLSO LIVEからも、この人気カリスマ指揮者のアイテムをリリースすることができるようになるのですから、ロンドン交響楽団はなかなかの買い物をしたということになりますね。
実際にレーベルが変わってみると、録音のポリシーもずいぶん異なって感じられます。今まではかなり生々しい音のとらえ方だったものが、もっと空間の響きを大切にした、洗練されたものになっているのではないでしょうか。なによりも、こちらのレーベルのフォーマットはUNIVERSALでは最近はまず出すことのなくなったSACDであるというのが、非常に大きなポイントです。
これは、ゲルギエフにとっては初めてのマーラーの録音となるものです。新たに手兵に加わったロンドン交響楽団とのコンサートでは、これから2年にわたって、マーラー・ツィクルスが開催されるというのが大きな目玉となっています。そして、おそらくそれらがこのようにSACDとして順次リリースされることになっているのでしょう。その劈頭を飾る「6番」で見せてくれたゲルギエフのマーラー観は、なかなか興味深いものでした。食べられませんが(それは「馬拉糕(マーラーカオ)」)。それは、まず第1楽章のとてつもなく早いテンポから生まれる疾走感の中に現れています。今までの彼の演奏の中で顕著に見られたものは、ドライヴ感あふれる流れの中に奏者を引き込んで、大きな力でひとつの方向へ導くというスタイルでした。今回の演奏の中では、その疾走感を産むために余計な力を加えずに、もっと軽やかな所作を用いている、という点が新たな特徴となっているのではないでしょうか。一見さりげない風で、実は細かいところで微妙な「技」をきかせているという、ワンランク上のクレバーさをそこには感じ取ることが出来るはずです。
例えばフィナーレの最初のあたりに現れる、木管の三連符に乗ったまるでワーグナーのような明るいパッセージが、ゲルギエフの手にかかるとなんとも暗めのテイストに変わってしまうようなところでも、彼のさりげない恐ろしさを認めないわけにはいきません。アンダンテ楽章の、一見甘い歌のように見えるものが、実はかなりグロテスクな音列だった、というような仕掛けも、彼の演奏では見事に明らかにされています。
ところで、そのアンダンテ楽章が、ここでは「第2楽章」になっていることには、気づかれたでしょうか。従って、スケルツォが「第3楽章」という、普通に演奏されているものとは逆の順番になっています。今までの楽章順というのは、1964年に刊行されたクリティカル・エディションに従ったものなのですが、ごく最近、2003年になって、その校訂元であるマーラー協会が「それは間違いで、第2楽章=アンダンテ、第3楽章=スケルツォが正しい順番」という宣言を行ったのです。これは、1906年の初演の時の順番なのですが、1964年版では、1907年のマーラー自身による最後の演奏が「スケルツォ-アンダンテ」という順番だったというアルマ・マーラーあたりの証言を拠り所に、そのように変えてしまったのです。しかし、最近の研究によるとそれがどうも信用できないもので、マーラーは初演以来一貫して「アンダンテ-スケルツォ」で演奏していたようだということになったのだそうです。2004年に録音されたアバドに続いて、早速その「正しい」順番を取り入れたというのも、ゲルギエフのクレバーなところなのでしょう(ラトルなどは、もっと前から取り入れてはいましたが)。
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by jurassic_oyaji | 2008-04-12 20:18 | オーケストラ | Comments(0)