おやぢの部屋2
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MOZART/Davide Penitente
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Trine Wilsberg Lund, Kristina Wahlin(Sop)
Lothar Odinius(Ten)
Morten Schuldt-Jensen/
Immortal Bach Ensemble
Leipziger Kammerorchester
NAXOS/8.570231



さる音楽雑誌に、このレーベルの歴代売り上げチャートみたいなものが載っていました。それによると、以前ご紹介したオルフの「カルミナ・ブラーナ」が「四季」に次いで堂々の第2位、そして、やはり取り上げていたモーツァルトのレクイエムが第4位に入っているそうです。オールソップのオルフはイマイチでしたが、モーツァルトの方は文句なしの名演ですので、それが売れているというのはとてもうれしいものです。
その時の指揮者のモーテン・シュルト・イェンセンが、今度は同じモーツァルトの「悔悟するダヴィデ」を録音してくれました(日本語の帯のタイトルは「改悛するダヴィデ」)。オーケストラも同じライプツィヒ室内オーケストラなのですが、合唱が違っています。前回は「ゲヴァントハウス室内合唱団」だったものが「イモータル・バッハ・アンサンブル」という、聞いたことのない名前の団体に変わっています。ただ、その名前の中にある「イモータル・バッハ」というのは見覚えのある名前、というかタイトルでした。常連さんであれば思い当たるかもしれませんが、それはノルウェーの作曲家ニシュテットが作ったバッハのコラールを原形をとどめぬほどに解体してしまうという、バッハと現代を見事に結びつけたあの痛快な合唱曲のタイトルではありませんか。
ブックレットを読んで、その謎は解明されました。この合唱団は以前の団体が、ただ「改名」しただけだったのですね。そして、やはりニシュテットの作品とも関連が。この合唱団(と言うか、アンサンブル)が、それこそ、バッハの時代の作品から現代の曲までを幅広くレパートリーにするというコンセプトが、その中には込められているのだそうです。
そんなリニューアルを果たした合唱団、その演奏には、前作にも
増して「凄み」のようなものが宿っています。いつもながらの軽快な指揮者のテンポ、しかし、合唱が歌い始めると、そこになんとも言えない重みが感じられるようになります。渋くしっとりとした音色で丁寧に形作られたたフレーズたち、それからは、全ての音にきちんと責任を持たせるという強い決意のようなものさえ感じることが出来るはずです。その「凄さ」が最もはっきり現れているのが、終曲の「Chi in Dio sol spera」です(ご存じのように、「ダヴィデの悔悟」という曲は「ハ短調ミサ」のパロディですので、これは元ネタの「Gloria」の終曲「Cum sancto spiritu」に相当します)。トゥッティのイントロに続いてフーガが現れるのですが、そのフーガ主題の歌わせ方にはなんという陰影が込められていることでしょう。これは、もしかしたらラテン語の聖書のテキストから、おそらくダ・ポンテが作ったとされているイタリア語の自由な歌詞に変わったことを、意識して強調した結果なのでしょうか。いずれにしても、その細部まで磨き上げられた音の「かたち」には、信じられないようなメッセージが込められていることに気づくはずです。それに続くメリスマにも、単に音の羅列ではない、真の意味での音楽が宿っているのは、まさに奇跡としか言いようがありません。
ただ、ソリストたちがその合唱団のテンションにちょっとついて行けていないのが、残念なところです。特に第2ソプラノのテンポに乗りきれないもっさりとした芸風は、致命的ですらあります。
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by jurassic_oyaji | 2008-04-22 23:25 | 合唱 | Comments(0)