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XENAKIS/Orchesral Works Vol.5
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Arturo Tamayo/
Orchestre Philharmonique du Luxembourg
TIMPANI/1C1113



このレーベルのクセナキス管弦楽曲全集は、2004年の第4集を最後にリリースがばったり途絶えていたものですから、もしや打ちきりになったのでは、と心配していたところでした。そんな、待ちに待った第5集は彼の最初期の作品集となっています。彼の華々しいデビュー作「メタスタシス」(1954)に始まって、次作「ピトプラクタ」(1956)、最初にコンピューターを導入した「ST/48」(1956)、続く「アホリプシス」(1957)、「シルモス」(1959)、そして最初の舞台作品である「ヒケティデス」(1964)までの6曲が、ここには収録されています。
今までの全集でも世界初録音が多く含まれていたように、クセナキスのオーケストラ作品はなかなか録音されることがありません。このラインナップでは、「ヒケティデス」は現在他にCDとして入手可能な音源は市場には出ていないはずで。その他の曲も、かつて録音されたのははるか昔のことで、「ピトプラクタ」などは、唯一の録音であるル・ルー盤が1965年のものですから、40年以上新しい録音が現れてはいなかったことになります。久々にデジタル録音によって(SACDではなかったのが残念ですが)再録音された彼の原点を、堪能することにしましょうか。その前に、ここで、手元にある以前の録音と、今回のものの演奏時間を、ちょっと比べてみましょう。
メタスタシス:8:551965/ル・ルー)→7:35
ピトプラクタ:9:451965/ル・ルー)→10:35
ST/488:221974/タバシュニク)→10:40
アホリプシス:5:191969/シモノヴィッチ)→6:38
シルモス:11:381969/コンスタン)→12:16
「メタスタシス」以外は、どの曲もかなりゆっくり演奏されていることが分かりますね。確かに、初演当時の演奏には、ただならぬ切迫感のようなものが漂っている様な気がしないでもありません。難しい曲をテンポを落とさずに演奏する、というのが、いわばステイタスだったような時代だったのでしょうね。しかし、作られてから半世紀(!)も経つと、単なるテクニックではなく、もっと「流れ」のようなものを取り込む余裕が出てくるのかもしれません。「メタスタシス」の場合はグリッサンドが大部分を占めているので、そこはあまり粘らずにあっさり処理をした結果だとか。潤滑油を付けて(それは「グリース」)。
しかし、それにもかかわらず、これらの曲を聴き比べた印象というものは殆ど変わらないのには、今さらながら驚かされます。確率論や統計論を音楽に導入するという画期的な作曲技法で作られたクセナキスの作品は、特にこの時代のものは妥協を許さない孤高の世界を形作っていて、演奏時間などには左右されない確固たるものがあるのでしょう。そのようなものは、もしかしたら、もはや現代では意味を失ってしまったものなのかもしれない、という感慨が起こってくるのを避けるわけにはいきません。61人もの生身の人間がそれぞれ異なる楽譜を演奏するというような正直「採算の合わない」ことは、今ではコンピューターによっていとも容易に置き換えることが可能な時代になってしまいました。40年ぶりの録音も、おそらくこれ以降行われることはないような気がしてなりません。そういう意味で、これは極めて貴重な録音となりました。
ここで初めて聴けることになった「ヒケティデス」は、エピダウロスの古代劇場(1988年には世界遺産に登録されました)で上演するために1964年に作られたものです。その時には50人の女声合唱がそれぞれ打楽器も演奏するという形でパフォーマンスが行われたそうですが、出版されたときには2本ずつのトランペットとトロンボーン、そして、ヴィオラの入らない24人の弦楽器奏者のためのオーケストラ曲という形になっていました。この曲の最後に、おそらく民謡のようなものの引用なのでしょう、金管がそれまでと全く質の異なるメロディアスなフレーズを演奏します。これをもって、彼のひとつの時代が終わったと認識させるのも、このアルバムの重要なメッセージだったのかもしれません。
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by jurassic_oyaji | 2008-05-18 19:56 | 現代音楽 | Comments(0)