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天才の父 レオポルト・モーツァルトの青春
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石井宏著
新潮社刊

ISBN978-4-10-390304-8


レオポルト・モーツァルトといえば、今やクラシック界の作曲家ランキングではダントツの1位を獲得するほどになった大作曲家である息子ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの才能をいち早く見抜き、それを磨き上げた父親として知られています。
一方で、音楽家としてのレオポルト本人の姿も、最近では明らかになってきています。かつては彼の代表作と言われていた「おもちゃの交響曲」こそは、今となっては他の人(エドムント・アンゲラー)の作品であることがほぼ確実になってしまいましたが、その他の作品もかなりのものがCDで聴けるようになりました。さらに、彼の著書「ヴァイオリン奏法」(正確には「基本的なヴァイオリン奏法の試みVersuch einer gründlichen Violinschule」)は、まさにヴァイオリン奏法に関する古典的な名著として、各国語に翻訳されて現在でも出版され続けています。日本語版も、全音から出ていますよね。
しかし、そんなレオポルト自身の詳細な生涯や、人間性については、彼の息子に比べたら全くと言っていいほど知られてはいないはずです。
ここで石井さんが企てたのは、レオポルトの若い頃の生き様を、多くの資料を基に明らかにすることでした。しかし、それは退屈な論文でも、主観の勝った偉人伝でもなく、まさにその場にタイムスリップして日々の暮らしを観察しているという、まるでテレビドラマを見ているようなリアリティあふれる筆致による物語でした。別に裸の女性は出てきませんが(それは「ストリップタイム」)。それこそ、ピーター・シェーファーが戯曲や映画の中で描き出した息子の「天敵」アントーニオ・サリエリのように、そこにはレオポルトその人が家業の製本屋を飛び出し、そのような下層階級の人間にとっては高嶺の花のザルツブルクの大学へいそいそと旅立つさまが、いかにもありそうな本人の「セリフ」を交えて描かれています。そして、その大学を中退して楽士になるというプロセスも、実に細かく語られます。世にある文献には、「音楽に夢中になりすぎて、学業をおろそかにしたために、中退を余儀なくされた」というようなことが書かれていたりしますが、実際はそんな単純なものではなかったことが、これを読むと分かるという仕掛けです。もちろん、「アマデウス」がそうであったように、ここに書かれていることが「真実」であるという保証は全くありません。しかし、そんなことよりもこの「仮想生中継」の真に迫る文体には、思わず惹き付けらずにはいられない魅力が潜んでいます。
そして、そこにはリアル・レオポルトだけではなく、通り一遍の音楽史ではつい(あるいは故意に)見逃がされている、当時のドイツ周辺における音楽のあり方や、それに携わる音楽家たちの姿も透けて見えてくるという仕掛けも施されています。もちろん、著者の視点は、以前の著作に見られたような、一般に信じられているものとは微妙に異なっている史観に基づくものですから、かなりショッキングなものには違いありません。当時の音楽家などは、殆ど料理人と同じ程度の扱いしか受けていなかったという事実も、この真実味あふれる文体からは生々しく受け取ることが出来るはずです。
著者が語っているのは、レオポルトが先ほどの「ヴァイオリン奏法」を出版までにこぎ着ける1756年あたりまで、そして、同じ年には彼の最後の子供が生まれます。数年後にその子の才能に気づき、生涯をなげうって「天才」を作り上げ、プロモートを行うことになるモチヴェーションの拠り所は、そこまで読んでくれば自ずと理解出来ることでしょう。この物語の最後に現れるのは、「to be continued」というテロップ、そう、これは次なるドラマへのお膳立てに過ぎないのです。著者の構想によれば、この物語は全部で5巻から成るまさに「大河ドラマ」に仕上がるはずのものなのだそうです。もはや80歳に手が届こうという石井さん、ぜひともお元気でその偉業を成し遂げて欲しいものです。
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by jurassic_oyaji | 2008-05-30 20:16 | 書籍 | Comments(0)