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DALBAVIE, JARELL, PINTSCHER/Flute Concertos
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Emmanuel Pahud(Fl)
Peter Eötvös, Pascal Rophé,
Matthias Pintscher/
Orchestre Philharmonique de Radio France
EMI/5 01226 2



パユの最新アルバムは、現代の作曲家による協奏曲を集めたものでした。収録されているのはマルク・アンドレ・ダルバヴィのフルート協奏曲、ミヒャエル・ヤレルのフルートのための協奏曲「沈黙の時」、そしてマティアス・ピンチャーのフルートと室内オーケストラのための「トランジール(古いフランス語で「うつりかわり」といった意味のようです。決して豚肉の入った味噌汁…それは「トンジル」…ではありません)」という3曲です。すべて、パユの委嘱によって作られたものだそうです。かつての名フルーティスト、ランパルやゴールウェイによって委嘱された数々の新しい協奏曲の中には、今ではしっかりシンフォニー・オーケストラのレパートリーとして定着しているものもあります。例えば、ゴールウェイのために作られたコリリアーノの協奏曲「ハメルンの笛吹」などは、最近日本人のフルーティストの手によって東京のオーケストラの定期演奏会で演奏されたばかりです。果たして、パユが制作に関わったこれらの曲は、そのようなスタンダード・ナンバーとはなりうるのでしょうか。
この3人の作曲家の中で聞いたことのある名前はピンチャーだけです。かつてまだ冥王星が太陽の惑星と考えられていた時代に作られた「『冥王星』入り惑星」の最後の録音となった(このアルバムが出た直後に、冥王星は「惑星」としての地位を剥奪されました)ラトル盤の中で、「冥王星だけではなく、他の太陽系の天体も」ということで委嘱された曲の1つ「オシリスへ向かって」を作った作曲家として、記憶の隅にあったものです。その曲はもちろん、いかにも「宇宙」といった、とりとめのない作風だったような印象がありましたが、今回の新曲はどうなのでしょうか。
その前に、まずは、1961年生まれのフランスの作曲家ダルバヴィの協奏曲です。パユのテクニックを想定しているのでしょう、いきなり現れるとてつもない超絶技巧には度肝を抜かれてしまいます。フランセやジョリヴェをもっと難しくしたような細かい音符の嵐、それをいとも軽々と、なんの苦労の跡も見せずに披露している、というあたりがパユの凄さなのでしょう。全曲は切れ目なくさまざまな楽想の部分がつながっていますが、そんな荒々しいパートとは対照的な瞑想的なモティーフが現れるところも魅力的です。この曲の中には、今まで作られた同じジャンルのさまざまな作品からつながっていると感じられる要素があちこちに見られるのは間違いありません。ただ、全体的な印象は、少し時間が戻ってしまったような硬直した技法が、素直な感情を殺してしまっているのでは、というものでした。
次の、1958年生まれのスイスの作曲家ヤレルの曲では、作風とともに、フルートの奏法でも、かつてよく使われてはいたものの、最近はとんと見かけないような特殊なものが混じってきます。重音などを出すテクニックも、パユの手にかかればなんの造作もない滑らかな表現として、十分に受け入れることが出来るようになっては来るものの、「何を今さら」という思いは募ります。曲の後半、タイトルの「沈黙」が非常に分かりやすい形で現れるあたりは、かなり「現代」の主流に近いものを感じることが出来るのではないでしょうか。ただ、このような、楽器を鳴らすことを禁じられる演奏を強いられるのは、フルーティストとしてはストレスがたまることでしょう。
そして、1971年生まれのドイツ人ピンチャーとなると、フルーティストの生理としてはちょっと我慢の限界を超えるような体験を味わってしまうかもしれません。少なくとも、美しい音を出すために日々修練を重ねている演奏家にとっては、こういうものを味わうのは苦痛に近いのでは。この曲あたりがまっとうなフルーティストのレパートリーになることは、まずあり得ないでしょうね。いや、なって欲しくないというのが正直な思いです。
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by jurassic_oyaji | 2008-07-17 20:00 | フルート | Comments(0)