おやぢの部屋2
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WOOD/St. Mark Passion
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Simon Wall(Ten), James Birchall(Bar)
Edward Grint(Bas), Ruth Jenkins(Sop)
Jonathan Vaughn(Org)
Daniel Hyde/
The Choir of Jesus College, Cambridge
NAXOS/8.570561



1866年にアイルランドで生まれたチャールズ・ウッドは、1926年に亡くなるまで、イギリスで教会音楽家として活躍しました。オルガンと4人のソリスト、そして合唱のための「マルコ受難曲」は、1920年にケンブリッジのキングズ・カレッジからの委嘱によって作られたもので、翌年アーサー・ヘンリー・マンの指揮によるキングズ・カレッジ聖歌隊によって初演されています。
新約聖書の4つの福音書をテキストにして、キリストの受難を描いた「受難曲」という音楽は、その長い歴史の中でさまざまなスタイルをとってきました。なんと言ってもその頂点に位置するのはバッハが作った二つの受難曲、レシタティーヴォ、コラール、そしてイタリア・オペラのようなダ・カーポ・アリアまで含まれたまさにフル・スペックの壮大さを誇るもので、「マタイ受難曲」の場合、演奏時間は優に3時間を超えてしまいます。実際に礼拝の中では、第1部と第2部の間にお説教が入りますので、トータルの拘束時間はさらに長いものとなるのでしょう。
それに比べると、20世紀の半ばに作られたこの「マルコ受難曲」は、もっとコンパクトな構成となっています。演奏時間もほんの1時間足らず、アリアなどが全く含まれていないというのが、時間が短い最大の理由です。もっとも、受難曲の基本的なパーツである福音書の朗読の部分は、バッハなどとあまり変わりません。もちろんテキストは英語ですが、オルガンの伴奏に乗ってエヴァンゲリストが抑揚の少ないレシタティーヴォっぽい歌で場面をつないでいくというやりかた。イエス(というか、ジーザス)の言葉では、さらに抑揚が少なくなって重々しい雰囲気となるのも、バッハなどでのお約束にのっとった形です。そして、合唱が、ここではさまざまな情景描写を歌いつつ、さらにもっとリリカルな心理描写も試みている、というあたりが、最大の聴きどころとなるのでしょう。オルガンも、時にはびっくりするようなストップを用いて、ドラマティックな展開を助けています。ペテロ(というか、ピーター)の否認のシーンなどは、言葉が英語である分、生々しく迫ってきます。
そんな、福音書の部分は全部で5つの場面に分かれています。そして、その間と、全体の最初と最後に入るのが、英語による賛美歌です。これも、よく知られているメロディーがオルガンと合唱で演奏されますが、4曲目の賛美歌「主よ、あなたを愛しています」だけは、合唱と同時にカウンター・メロディがソプラノ・ソロによって歌われます。これが、まるで、この曲にアリアがないことの埋め合わせであるかのようにとても魅力的なソロになっています。これを歌っているジェンキンスの伸びのある透き通った声も、その魅力をさらに高めるものでした。
ここでの合唱を担当しているジーザス・カレッジ聖歌隊というのは初めて聴いたことになる合唱団ですが、キングズ・カレッジのように少年によるトレブル・パートではなく、全て大人の団体のようです。あくまで柔らかい響きで、各パートはよく溶け合って聞こえてきます。
こういうシンプルな「受難曲」を聴いていると、音楽作品というのではなく、イギリスの日常的な宗教行事を体験しているような感じがしてきます。たまたま教会へ行ってみたら、こんな暖かい肌触りで「受難」の物語が語られていた、といった趣でしょうか。
あるいは、「ジーザス」とか「ピーター」、そして「パイラット(ピラトですね)」というような言葉が耳に入ると、ミュージカルのファンでしたら、ロイド・ウェッバーのあのヒット作を思い浮かべるかもしれません。そんな、現代の日常に直結したような「マーク受難曲」は、マークが必要、これを聴けて、ちょっと幸せな気分を味わっているところです。通販で注文したものがなかなか届かなかったので、待ちきれずこちらで聴いてしまいました。
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by jurassic_oyaji | 2008-07-21 20:14 | 合唱 | Comments(0)