おやぢの部屋2
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PEPPING/Passionbericht des Matthäus
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Stefan Parkman/
Rundfunkchor Berlin
COVIELLO/COV 40801(hybrid SACD)



ベルリン放送合唱団の現在の首席指揮者はサイモン・ハルジー、このレーベルやHMなどにこのコンビによる録音がたくさんありますね。一方で、スウェーデン生まれ、母国やデンマークなどのメジャーな合唱団の指揮者のポストを歴任してきたステファン・パークマン(パルクマン)も、最近はこの合唱団と親密な関係にあるようです。このレーベルには、シチェドリンの珍しい合唱曲以来の登場となります。
ここでパークマンが取り上げたのは、1901年生まれのドイツの作曲家、エルンスト・ペッピングの作った「マタイ受難曲」です。実はこの曲は、パークマンはすでにデンマーク国立放送合唱団とCHANDOSレーベルに録音していますので、これは2度目の録音となります。
ペッピングは、1901年に生まれて1981年に亡くなったといいますから、まさに「20世紀」を生き抜いた人になります。奥さんは、さぞやきれいな方だったのでしょう(別嬪)。作曲はベルリンでシュレーカーの弟子のワルター・グマインドルに師事します。3つの交響曲や多くの協奏曲など、幅広いジャンルでの作品を残していますが、なんといっても教会関係の宗教曲に、多くの成果が集約されており、オルガン曲や無伴奏の合唱曲など、実際に教会で演奏されるためのものが数多く作られています。
この「マタイ」は、正式のタイトルは「マタイによる受難の語り」というものです。もちろん、新約聖書のマタイ福音書にテキストを求めたものですが、バッハあたりのマタイ受難曲の始まりよりも少し後の部分、ユダの裏切りから、音楽が始まっています。ただ、バッハの曲のようにヴァラエティに富んだ構成を持つものではなく、もっと前の時代、例えばシュッツのマタイ受難曲のような、淡々とした福音書の朗読をア・カペラの合唱に置き換えたという部分が大半を占めています。そして、そのシュッツの曲のように最初と最後、そしてここでは真ん中あたりに、福音書とは別のテキストによる合唱曲が入る、という構成です。さらに、合唱団も2つに分かれているという「二重合唱」の形態をとっています。ただ、それがどのような効果をねらったものなのかは、2チャンネルステレオを聴いた限りではあまり良く分かりません。これは、マルチチャンネルによるサラウンドの音場を想定してのものなのでしょうか。
ペッピングの生きた時代を考えれば、作曲技法的にはさまざまな可能性が考えられるものですが、この曲を聴く限りそのような「前衛的」な技法には、彼はあまり関心がなかったことがうかがえます。もちろん、あからさまな三和音などを用いることはありませんし、それなりの先進的なアプローチは見られるのですが、それが音として聞こえてきたときに殆ど抵抗なく入っていけるあたりが、彼の持ち味なのでしょう。この曲の場合、殆どがホモフォニックな、流れるようなスタイルで作られています。一見退屈を呼ぶようなものではあるのですが、そこに適度の刺激的な不協和音と、シンコペーションのリズムなどが加わることによって、確かに平穏ではあり得ない世界観を醸し出しています。ただ、最後のシーンである「ゴルゴタ」では、まさに唐突にラテン語の歌詞によるポリフォニーが登場します。これはなかなか効果的。
2度目の録音だけあって、パールマンはとかく単調に陥りやすいこの音楽から、見事に劇的な緊張感を引き出しています。終わり近くの磔のシーンなどは、劇的な情景さえ目に浮かぶほどです。もちろん、そんな充実した世界を76分もの間、ア・カペラだけで描けたのは、合唱団の実力に負うところが大きかったはず、この合唱団の表現力の大きさには、感服させられます。かなりの大人数のようですが、ハーモニーはあくまで透き通っていて、どんなヘンな和音でも、即座に反応して的確に音楽の中に取り込むという能力には、卓越したものが感じられます。だからこそ、最後のニ長調の和音が感動的に響くのでしょう。
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by jurassic_oyaji | 2008-08-31 00:30 | 合唱 | Comments(0)