Matti Hyökki/
YL Male Voice Choir
BIS/CD-1433
「
YL」というのは、フィンランド語の「
Ylioppilaskunnan Laulajat」つまり「学生合唱団」の頭文字をとったものです。「学生」というのは、ヘルシンキ大学(
Helsingin Yliopisto)の学生のこと、ただ「学生」というだけでそれはヘルシンキ大学の学生をあらわすという、唯一無比の価値が、そこには認められます。そういえば、ポーランドでも「国立フィルハーモニー」といえば「ワルシャワ・フィル」のことをあらわすというような事例がありましたね。
そんな名前の名門男声合唱団は、
1883年に出来たと言いますから、今年は創立
125周年、ものすごい歴史を誇っていることになります。何よりもすごいのは、フィンランドを象徴するような作曲家、シベリウスの作品を、軒並み初演しているということです。そんな由緒正しい合唱団の歌うシベリウスの合唱曲集なのですから、面白くないわけはありません。ライナーには、この中の曲のうち、実際に初演されたもののリストが載っていますが、それだけで圧倒されてしまいますからね。
まず、最初の無伴奏の「6つの歌」から、その深みのある、いかにも男声らしい響きには魅了されてしまいます。重厚感のようなものは申し分ありませんし、ベースの超低音なども、とても日本の合唱団には真似の出来ないものでしょう。さらに、フィンランド語を母国語としている団体でなければ、おそらくなし得ないと思われるような独特のフレーズの処理は、まさに目から鱗が落ちる思いです。しかし、それにもかかわらず、なにか物足りない思いがつきまとうのはなぜなのでしょう。
実は、彼らの演奏は以前も他のレーベルで
現代曲と
クリスマス・キャロルのアルバムを聴いたことがあったのですが、その時に感じたテナー・パートの伸びやかさが、ここでは殆ど見られないのです。アンサンブルもなんだか雑ですし、「透き通るような」ハーモニーにはほど遠いもののように思えてしまったのです。
このアルバムには、無伴奏の曲の他に、オーケストラが入った曲も収録されています。オスモ・ヴァンスカ指揮のラハティ交響楽団という、このレーベルで
わんさかCDを出しているチームですが、それらの曲では、実はオーケストラの渋い響きにばかり耳が行ってしまって、合唱のことはあまり気にならなくなります。かなり派手なオーケストレーションの曲でも、決して華美にはならないそのサウンドは、おそらくエンジニアの腕が良いせいなのでしょう。
そんな、素敵なオーケストラの響きを堪能してうっとり、肝心の合唱はちょっと締まりがないけど、まあいいか、などと思って聴いていたのですが、後半になって「レミンカイネンの歌」という曲が始まったとたん、その合唱がいきなり今までと全く違う音色で迫ってきたので、慌ててしまいました。それは、とても今まで聴いてきた合唱団と同じものとは思えないような、確かな訴えかけのあるものだったのです。テナーのピンと張った音も、以前聴いたものに近いように感じられます。
なぜ?と思ってデータを見ると、この曲と次の曲の2曲だけは、録音年代が違っていました。殆どのものは
2005年から
2006年にかけての録音なのですが、この2曲は
2000年の録音、会場も他のようにホールではなく教会が使われています。もちろん、エンジニアも別の人です。ということは、確かに録音の条件が異なっているのは大きな要素には違いないものの、なによりも年代によるメンバーの違いが大きく影響しているということなのでしょう。この合唱団の団員がどのように入れ替わっているのかは分かりませんが、
2000年と
2006年とではそれが出てくる音楽に反映されるほど変わっていた、ということになりますね。
最後に入っているのが、
2006年に録音されたご存じ「フィンランディア」。細部までよく知っている曲だけに、その物足りなさは隠しようがありません。