おやぢの部屋2
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VERDI/Requiem
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Violeta Urmana(Sop), Olga Borodina(Alt)
Ramón Vergas(Ten), Ferruccio Furlanetto(Bas)
Semyon Bychkov/
NDR Chor, Chor des Teatro Regio Turin
WDR Sinfonieorchester und Rundfunkchor
PROFIL/PH08036(hybrid SACD)



ケルンにあるWDR(西ドイツ放送)専属のオーケストラには、かつて「ケルン放送交響楽団」と呼ばれていたWDR SinfonieorchesterWDR交響楽団)と、もう一つWDR RundfunkorchesterWDR放送管弦楽団)の2つの団体があります。こんな風に、ドイツの放送局の大半が複数のオーケストラを抱えているというのが、すごいところです。SWR(南西放送)なんかは、3つもオーケストラを持っていますし。
ビシュコフが10年以上も首席指揮者を務めているのは、このSinfonieorchesterの方です。今回は、本拠地であるケルンのフィルハーモーニーでの録音ですが、演奏会のライブではなくきちんとしたセッション録音というのが、いまどき珍しいところでしょう。トイレはどこにでもありますから(それは「立ちション」)。というか、これは放送局との共同制作ですから、放送用のプログラムとしての録音、というのが第一義的なのでしょう。それにしても、ヴェルディのレクイエムの放送だけのためにセッションを組むなんて、なんと恵まれた環境なのでしょうね。日本の場合、放送局専属のオーケストラが番組を持っていたなどというのは大昔の話、現在では、国営放送局の名前だけを持つオーケストラが、連続ドラマのテーマ曲を録音するぐらいしか、仕事はありません(「篤姫」のやっつけ仕事には、聴くたびに腹が立ちます。チューバ奏者のやる気のなさったら)。
このケルンのホールは、よく映像でも登場しますからそのユニークな形のステージは有名ですね。あの「キャッツ・シアター」のように、ステージは半円形にせり出していて、客席もそこから放射状に広がっているというものです。ブックレットの中の写真を見ると、この録音の時にはこのせり出し部分、つまり指揮者の後ろ側に、ソリストが配置されています。指揮者のまわりをオーケストラ+合唱とソリストが取り囲む、という配置、もちろんソリストは指揮者を見ることになりますから、客席には背を向けるわけで、ライブではない、録音、それもサラウンドの録音を意識したセッティングであることが分かります。我が家のシステムはマルチチャンネルではありませんから、実際にはどのような音場になっているのかは分かりませんが、ソリストが合唱とは全く別の場所にある、という感じはよく伝わってきます。そして、最も壮大な音場となるはずの「Tuba mirum」も、バンダの金管はサラウンドに頼らなくても距離感が分かるような絶妙の録音ですから、確かに、なにもスピーカーがない後ろの方から聞こえてくるような感じがするから不思議です。全体のバランスといい、ダイナミック・レンジの広さといい、これはSACDのスペックをフルに使い切った素晴らしい録音となっています。
もちろん、素晴らしいのは録音だけではありません。特に、4人のソリストの劇的な、まさに「オペラ的」と言うべき表現力のベクトルは、まさにこの曲の本質を的確に現したものです。特に、最初に曲の性格を決定してしまう役割を担っているテノールのヴェルガスの力強さには、圧倒されてしまいます。ウルマーナ、ボロディナという女声2人の卓越した存在感も見逃せません。そして、ベテランのフルラネットあたりの、力で押すのではないしっとりとした表現は、まさに絶品です。
合唱は、3つの合唱団の連合体という贅沢な布陣です。中でも、放送合唱団ではない、トリノのオペラハウスの合唱団が参加しているのは高いポイントになっています。それぞれのキャラクターが最高の形で混ざり合った結果、劇的である上に節度を超えることのないという、理想的な合唱団の登場です。
そして、オーケストラも決して暴走することのないベースの上で、思い切り弾けているというスマートな仕上がり、これで、情熱と知性という相反するものが仲良く同居している素晴らしい演奏が出来上がりました。
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by jurassic_oyaji | 2008-09-07 20:25 | 合唱 | Comments(0)