おやぢの部屋2
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Mélodies Japonaises
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Jean-Pierre Rampal(Fl)
Lily Laskine(Hp)
JVC/JM-XR24209(XRCD)



XRCDによるフルートのソロアルバムというのは、おそらくこれが最初のものなのではないでしょうか。「親日家」ランパルが残してくれたこの録音は、1969年に日本のコロンビア(当時)のために、当時提携関係にあったフランスのERATOのスタッフによって行われたものです。今はもはやアーカイヴでしか存在しなくなってしまった名門レーベルERATOは、ランパルとの録音に関しては最も多くの実績を持っているところです。
しかし、そんな、聴き慣れたはずのERATOトーンとはちょっと異なったフルートの音色が、このXRCDからは聞こえてきました。それは、とても芯のある骨太の音でした。どちらかというと、少し高域が強調されたような軽めの音が当時のこのレーベルの特徴でしたから、これは新鮮な驚きです。しかも、フルートにしてもハープにしても、音像がとても立体的に盛り上がって感じられます。これは、普通のCDでは絶対に味わえないもの、「杉本マジック」は、ここでもまざまざとその威力を見せつけてくれています。
ありがちな名曲集としての選曲ですが、この録音のために編曲を担当した故矢代秋雄は、おそらく通り一遍の「日本の旋律」などを作るつもりなど、さらさら無かったにちがいありません。そこからは、確かな「作品」として、音楽的に充実したものを造り上げようという姿勢が痛いほど伝わってきます。「荒城の月」などは、敢えてオリジナルの西欧風の伴奏を捨て、「日本的」な情緒で迫ります。確かに「♪春高楼の」の「の」の部分での偽終止の和声は、いかにも西洋音楽の中途半端な受け売りを思わせるものですから、こちらの編曲の方がはるかに味のあるものです。(この歌、「ホイコーローの」って聞こえません?)
「さくらさくら」などという陳腐な曲も、まずイントロのハープがとてつもないインパクトを与えてくれます。そこでは、ピックを使ってハープの弦を弾くという、いわば「現代奏法」によって、殆ど日本の「箏」(つまり「お琴」)と変わらない音色と、そして雰囲気を出すことを試みているのです。さらに、ペダル操作によるポルタメントなども交えて、西洋人には馴染みのないある種の情感を描き出すことにも、確かに成功しています。「春の海」や「出船」では、部分的にアルト・フルートに持ち替えて、独特のハスキーな低音から日本の「尺八」のテイストを感じさせるという工夫も忘れてはいません。中でもショッキングなのは、「南部牛追い唄」でのピッコロです。おそらく、編曲者はこの楽器にもっと素朴なものを求めていたのでしょうが、ランパルが吹くこの楽器は、なんと豊かな潤いをたたえていることでしょう。途中に入る超高音の合いの手の部分は、おそらくLP時代にはまともにトレースすることはできなかったのでは、と思わせられるほどの音圧、これが軽々とクリアされているのも、XRCDならではのことでしょう。
ランパルたちが表現している「日本」の音楽は、我々の思いとは微妙に異なっていることが、フレージングの端々で感じられますが、それは編曲者が目指したグローバルな世界観とは見事な整合性を持つものです。ただ、個々の演奏家の間では、微妙な食い違いを見せているのは、興味のあるところです。例えば「花」という曲の捉え方が、フルーティストとハーピストでは全く違っていることも、気づかずにはいられません。オリジナルとほとんど変わらないイントロを、ラスキーヌはなんとも壮大に、殆ど後期ロマン派風な面持ちで演奏してくれているのですが、それを受けるランパルは、いとも軽やかな、まるで鼻歌のようなさりげなさ、そんな両者のせめぎ合いは、曲が終わるまで続きます。
さまざまな意味で、あの時代の勢いを感じさせられるこのアルバム、XRCDとしてリリースされることになった時点で、ユーセンのBGMチャンネルに使われるような音楽とは全く次元の異なるものとなりました。
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by jurassic_oyaji | 2008-09-09 23:36 | フルート | Comments(0)