おやぢの部屋2
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Barocking together
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Sharon Bezaly(Fl)
Terence Charlston(Cem)
Charles Medlam(Bass Viol)
BIS/BIS-CD-1689



バッハのフルートソナタが、モダンフルートによって、まるでトラヴェルソのような素朴な音色で演奏されるという体験を初めて味わったのは、ペトリ・アランコのCDを聴いた時でした。1995年に録音されたその2枚のCDは、「1」はこちら、「2」はこちらでそれぞれ聴くことが出来ます。ここでアランコは、モダンフルートでは必ず付けるべきだとされているビブラートを一切廃して、バロック時代の楽器のような鄙びた音を出すことに成功していたのです。
なかなかしゃれたタイトルが付いている今回のベザリーの新しいCDは、バロック時代の3人の作曲家、ヘンデル、バッハ、そしてテレマンのフルートソナタを演奏したものです。とは言っても、他の人は1曲ずつなのに、バッハばっかり4曲も割り当てられていました。ただ、普通4曲を選ぶときには必ず入るはずのロ短調のソナタがなくて、代わりに偽作の疑いの強い変ホ長調のもの(第2楽章の「シチリアーノ」が有名)が演奏されているというあたりが、彼女のスタンスをあらわすものなのでしょうか。
共演しているのは「ロンドン・バロック」のメンバー、チェンバロのテレンス・チャールストンと、バス・ヴィオールのチャールズ・メドラムです。チャールストンはバッハのイ長調のソナタの第1楽章の紛失部分の補作も行っています。
ベザリーがバロックのレパートリーを披露してくれたものには初めて接することになりましたが、最初のヘンデルのロ短調のソナタが、まさに彼女のスタイルのお披露目としての役割を担っているように感じられます。そこには、かたくなにビブラートを廃した「アランコ流」は見られるものの、それが作為的(アランコの場合、音楽自体が死んでしまっていました)なものではなく、彼女のほとばしるようなエスプレッシーヴォは決して失われることはありませんでした。もちろん、それは彼女の得意技である音の膨らませが、いかにストイックな外観を装っていても聞こえてくる、ということなのですが。しかし、ヘンデルの素っ気ない音符に豊かなイマジネーションで華麗この上ない装飾を施して、見違えるようなゴージャスな世界を見せてくれているのは、感動に値します。演奏にはなんの関係もないところでの誤り、ブックレットの曲順の間違いなどは噴飯ものではありますが。
続くバッハの4つのソナタでも、そのスタイルは変わりません。ただ、バッハの場合は必要な装飾は作曲家自身がすでに書き込んでいる場合が多いだけに、ベザリーの、特に早い楽章でのやかましすぎる装飾は、ちょっと邪魔に感じられることがないわけではありません。ま、それはあくまで趣味の問題でしょうが、バロック音楽の場合の「趣味」は、かなり大きな意味を持つことは周知のことです。それよりも、例えばホ短調のソナタの第3楽章あたりを、やはり彼女の得意技である「循環呼吸」で押し通されると、ちょっとした息苦しさを感じてしまうことの方が問題なのかもしれません。何よりも、そこからは音の背後から立ち上るはずの「情感」といったものが全く感じられないのは、ちょっと辛いものがあります。それが彼女の限界なのだとあきらめてしまうのは、もちろん簡単なことなのでしょうが。
最後のテレマンのヘ長調のソナタには、なんの屈託もない晴れやかな「情感」が充ち満ちています。いささかの綻びもない彼女の確固たるテクニック(メカニック)は、このような曲を際だたせる最大の武器です。
ベザリーの演奏によって3人の作品を並べて聴いたときに、はからずも浮き出てきたものは、バッハがいかにその他の作曲家とは異なる「深さ」を、音楽の中に盛り込んでいたか、ということではないでしょうか。それは、恐ろしいまでに演奏家の資質を白日の下にさらすものでした。
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by jurassic_oyaji | 2008-09-13 20:02 | フルート | Comments(0)