おやぢの部屋2
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GOODALL/Eternal Light(Requiem)
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Natasha Marsh(Sop), Alfie Boe(Ten)
Christopher Maltman(Bar)
Stephen Darlington/
Chor of Christ Church Cathedral, Oxford
London Musici
EMI/2 15047 2



死者を悼むためのミサ曲である「レクイエム」は、昔から多くの作曲家によって作られてきました。その中には「モツレク」や「フォーレク」などという卑しい略称でしか呼ばれることがなくなっているものもありますが、まあ、それも人気のある曲ゆえの「災難」と受け取っておくことにしましょうか。「有名税」などといういやな言葉に置き換えることも出来るかもしれません。
もちろん、現代に於いても「レクイエム」は作られ続けています。イギリスの作曲家ではベンジャミン・ブリテンの「戦争レクイエム」(これは「センレク」でしょうか。「ブリレク」もありかも)や、ジョン・ラッターの作品(「ラタレク」という言い方が定着しかけているのは、悲しいことです)が多くの人に親しまれていますし、ミュージカル畑のアンドリュー・ロイド・ウェッバーのものも部分的によく知られていますね(「ウェバレク」とでも言うのでしょうか)。
「ミスター・ビーン」の音楽など、テレビや映画の分野では非常に有名なイギリスの作曲家ハワード・グッドールによって2008年に作られたばかりの、この実質的な「レクイエム」である「エターナル・ライト」は、果たしてそのような略称で呼ばれるほどに有名な曲にはなりうるのでしょうか。「グドレク」とか。宅急便みたいですね(グドレクヤマトの・・・)。
このアルバムで演奏している「ロンドン・ムジチ」の創立20周年ということで委嘱を受けて作られたこの曲は、そんな最近の「レクイエム」と同様、オリジナルのラテン語の典礼文の他に、英語のテキストによる曲も組み合わされています。オーケストラの編成は弦楽合奏にハープと2台のピアノ、そしてオルガンともう1台のキーボードが加わるという、ちょっと教会音楽には似つかわしくないサウンドです。そんなオケが、まるでアルヴォ・ペルトのような雰囲気の混沌としたイントロを奏でる中、1曲目の「Requiem」が始まります。最初は普通の歌詞が合唱で歌われ、そんなエストニア人の作風の模倣か、と思わせられるものの、しばらくして英語の歌詞でソプラノのナターシャ・マーシュが歌い出すと、そこにはまるでミュージカルのような世界が広がります。軽やかなラテンリズムに乗ったその曲は、まさに先ほどのロイド・ウェッバーのようなキャッチーなナンバーでした。歌っているマーシュも、どことなくサラ・ブライトマンを思わせるようなはかなさを伴っています。
グッドールという人は、ドラマの音楽だけではなく、きちんとした合唱音楽でも多くの作品を残しているそうですが、そんな2つの側面が、この曲の中には端的に現れています。それこそ合唱コンクールの自由曲にでも使えそうな、ちょっとヘビーなア・カペラの曲があったかと思うと、まさに甘ったるいラブソングのような曲が続くといった具合、普通の意味での真摯な「レクイエム」とは到底思えませんが、エンタテインメントとしては、これはなかなか楽しめる音楽です。テノールのアルフィー・ボーが歌っている「Agnus Dei」は、東洋的な音階が入っていて和みますし。
5曲目の「Lacrimosa」で使われているのが、あの超有名な「千の風になって」の元の歌詞、メアリー・エリザベス・フライのテキストでした。「Do not stand at my grave and weep」という歌詞は、まさに「あちら側」からのレクイエムという発想なのでしょうか。ちょっとケルトっぽいメロディも、その歌詞を日本語に訳した詩人が作ったものと非常によく似た雰囲気を持っています。もっとも、これを歌っているバリトンのクリストファー・マルトマンは、とても甘い歌い方、彼は、その日本版の歌をいかにも「クラシック」という歌い方で台無しにしてしまった(でも大ヒット)日本人テノール歌手の轍を踏むことは、ありませんでした。
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by jurassic_oyaji | 2008-10-05 20:11 | 合唱 | Comments(0)