おやぢの部屋2
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カラヤンとともに生きた日々

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エリエッテ・フォン・カラヤン著
松田暁子訳
アルファベータ刊
ISBN978-4-87198-557-4


今年生誕100年を迎えた往年の大指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤンの3番目にして最後の妻エリエッテが執筆した、回想記です。原題は「Mein Leben an seiner Seite」、「彼のそばにいた私の人生」あたりでしょうか。わざわざ「カラヤン」と言わなくても、著者が「彼」と言っただけでその人が分かるのに、なんと無粋な邦題なのでしょう。
常々、この指揮者のそばにいつでもついて回っているこの金髪の美人女性については気にはなっていました。もちろん、それがカラヤン夫人であることは明らかなのですが、あまりに美しすぎるためにそれが単なるカラヤンの「アクセサリー」のように思えてなりませんでした。もちろん、それは単なる個人的な感想ではなく、「カラヤンはスポーツカーやジェット機、そしてモデル出身の美人まで、欲しいものは何でも手に入れた」というような言い方には、いたるところでお目にかかることが出来ます。事実、その二人はまるで親子ほどの年の差があるのは、まちがいのない事実なのですからね。
ヘルベルトが100年前に生まれたことは世界中の人が知っていますが、エリエッテの生まれた年などはどこを探しても見つかりません。しかし、カラヤン夫妻の年の差が実際にどのぐらいなのか、正確なところを知りたいと思ったら、この本のイントロが役に立ちます。それは、まるでおとぎ話のような物語の始まり、船上パーティーで船酔いをしてしまったエリエッテを優しく介抱したロマンスグレーの紳士(まるで、リチャード・ギアとジュリア・ロバーツの「プリティ・ウーマン」みたいですね)は互いに一目惚れしてしまう、という設定(いや、事実かも)です。その時の彼女は「18歳」、そしてヘルベルトはというと「バイロイトで『指環』の第2チクルスを指揮したばかり」とありますから、このシーンは1951年の出来事であるのが分かります。その年は、ヘルベルトが最初にバイロイトに招かれた年で、「第1チクルス」はクナッパーツブッシュが指揮をしているはずですから。ということは、誕生日を迎えていれば彼女は1933年に生まれたことになりますね。つまり、エリエッテはヘルベルトとは25歳違いの後妻だったのです。
最初の出会いがまさにあり得ないほどの美化されたものであるのは、この本で描かれているカラヤンとの思い出が同様に美化されたものであることを示唆しています。従って、読者はこの彼女一流の夢見がちな少女のような(とは言っても、執筆時には彼女は74歳だったはず)記述の中から、注意深く真実のみを読み取る努力を怠ることはできません。例えば、カラヤンは最愛の妻だけを必ずレコーディング・セッションには同席させた、というのは、おそらく真実なのでしょう。しかし、その際にカラヤンは彼女に必ず音楽上の助言を求めた、というのは、はたして本当だったのか、といった具合です。
さらに、涙なくしては読めない感動的なヘルベルトの臨終のシーンも、フィクションではないと言い切れるだけの自信はありません。その場にその時実際に居たのは、当時のソニーの社長大賀典雄氏だけだった、というのは、例えばこちらでもご本人の口から述べられているように、殆ど「常識」と化しています。エリエッテのこのドラマティックな記述をもってしても、いや、だからこそなおさら、それを覆すだけの力とはならないような気がするのですが、いかがでしょうか?
いずれにしても、没後100年を飾るにふさわしい、この上なく美しい「伝説」が、また一つ誕生しました。半世紀前にサン・トロペで未成年の少女をナンパしたカラヤンは、もしかしたらこの日のために彼女を育て上げていたのかもしれませんね。彼が手に入れていたものは単なる「モデル出身の美人」ではなく、死後も彼の崇高な行いを世に伝えてくれる語り部だったのです。
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by jurassic_oyaji | 2008-10-17 23:35 | 書籍 | Comments(0)