おやぢの部屋2
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2012年 02月 14日 ( 1 )
BEETHOVEN/Symphony No.9
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Annemarie Kremer(Sop), Wilke te Brummelstroete(Alt)
Marcel Reijans(Ten), Geert Smits(Bar)
Jan Willem de Vriend/
Consensus Vocalis(by Klaas Stok)
The Netherlands Symphony Orchestra
CHALLENGE/CC72533(hybrid SACD)




2008年に始まったデ・フリエントとネーデルランド交響楽団とのベートーヴェンの交響曲ツィクルスの録音は、この2011年の「第9」で完了しました。SACDの全集としては、ヴァンスカとミネソタ管弦楽団によるものに次いで2番目となるのでしょうか。
癪にさわるのは、この最後のアルバムが出るのと同時に、全曲のセットが格安の値段でリリースされた、ということです。1枚1枚せっせっと買い貯めてきた人の立場は、いったいどうなるのでしょう。せめて、シャイーのように全集を出してから分売というのが、まっとうな商売なのではないでしょうかねえ。
ピリオド・アプローチを全面的に取り入れた刺激的な演奏と、極上の録音によって常に新鮮な驚きを与えてくれたこのシリーズですから、この「第9」も期待は高まります。ただ、前回の「3番」で、デル・マーによるベーレンライター版とはちょっと違うことをやっていたので、まずはそのあたりのチェックです。チェック・ポイントは何カ所かありますが、まずは第1楽章の81小節目で、フルートとオーボエが「ファ-シ♭」ではなく「ファ-レ」という音型を吹いていたので、最近の原典版には間違いないことが確認できます。しかし、第4楽章の120小節目のファゴットのオブリガートの「レ-ミ-ファ」という音型のリズムが、ベーレンライターの「付点四分音符+八分音符+四分音符」ではなく、従来の慣用譜の「二分音符+八分音符+八分音符」となっているのはなぜでしょう。ところが、マーチの直前の330小節目のフェルマータでは、ベーレンライターとも慣用譜とも異なる、「合唱以外の全てのパートがディミヌエンド」という形になっていますよ。これは、かつてはペータース版でハウシルトが行っていた校訂結果、ということは、これはそのハウシルトが携わったブライトコプフの新版を使った演奏なのではないでしょうか。さっきのファゴットのリズムも、確かにハウシルト版と一致します。ということは、もう少し詳しく検証してみないと確実なことは言えませんが、このツィクルスはブライトコプフ新版による、最初の交響曲全集の録音ということになるのかもしれませんね。
肝心の演奏は、期待に違わずエキサイティングなものでした。どのパートを取ってみても、決して今までの「伝統」に流されるようなことはなく、常に楽譜からなにか新しい意味を探し出して、それを音にしょうという意気込みが感じられるのですね。その代表格がナチュラル・ホルンでしょうか。SACDの素晴らしい録音も相まって、彼らの楽器は至るところで今まで聴いたことのなかったような音色を提供してくれています。ゲシュトップなども交えたその多彩な音色は、ベートーヴェンの音楽がいかに予定調和に終わらない驚きを秘めているかを、端的に語ってくれています。同じような意味で、ティンパニの粗野な振る舞いによって、「クラシック音楽」という格調高いものからははるかに遠くにある、まるで「ロック」のような骨太のサウンドが鳴り響く場面にも、頻繁に出会えるはずです。
終楽章の冒頭なども、そんな荒れ狂う音楽だったのは、ですからそれまでの流れからは予想できたことでした。低弦のレシタティーヴォも、「お約束」の粗さです。ところが、あの「歓喜の歌」が始まったとたん、そこは輝くばかりの洗練された世界に変わりました。この陳腐なメロディから、デ・フリエントはなんという高貴さを歌い上げていたことでしょう。これこそまさに、その前に跪きたくなる「神」そのものです。
ただ、そのあとソリストや合唱が現れると、その「神」は姿を消してしまいました。まるで演歌のようなノリのバリトンは論外としても、せっかく良い声を持っている合唱が明らかに練習不足で心を込めるだけの余裕がなかったのが、つくづく惜しまれます。
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by jurassic_oyaji | 2012-02-14 23:17 | オーケストラ | Comments(0)