おやぢの部屋2
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2016年 08月 16日 ( 1 )
MOZART/Die Entführung aus dem Serail
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Jane Archibald(Konstanze), Norman Reinhardt(Belmonte)
Misha Schelomianski(Osmin), David Portillo(Pedrillo)
Rachele Gilmore(Blonde), Christoph Quest(Selim)
Jérémie Rhorer/
Le Cercle de L'harmonie
ALPHA/ALPHA 242




以前、モーツァルトの交響曲のアルバムなどで、とてもセンスの良いピリオド楽器の演奏を聴かせてくれていたジェレミー・ロレルとル・セルクル・ド・ラルモニーという黄金コンビが、ついにモーツァルトのオペラを録音してくれました。とは言っても、これはその交響曲のようなセッション録音ではなく、2015年の9月にパリのシャンゼリゼ劇場で上演されたもののライブ録音です。それも、レーベルによる録音ではなく、放送局が録音した音源がそのまま使われています。おそらく、本番だけのテイクで、編集もされていない、本当の「ライブ」なのでしょうね。同じピリオド楽器のスターたち、ヤーコブスやクレンツィスはきちんとセッションで納得のいくまで手をかけているというのに。
もう一つ気になったのは、このオーケストラをロレルとともに創設したコンサートマスターのジュリアン・ショヴァンの名前が、オケのメンバーからは消えていることです。彼は2015年の1月に「ル・コンセール・ド・ラ・ロージュ」というアンサンブルを新たに作ったために、このオーケストラから去っていってしまったのです。
そんなことを知ったのは、全曲を聴き終わってからでした。今までのアルバムが本当に素晴らしかったので、とても期待してこれを聴きはじめたのですが、なにかが違います。序曲からして、なんのサプライズもないどこにでもあるような平凡な演奏です。別に平凡が悪いというわけではありませんが、今までの彼らの演奏には確かな「意志」が感じられる瞬間が必ずあったものが、ここではそれが全く見当たらなかったのですね。そんなはずはない、と、あちこち検索してみたら、そんな事実が分かったということです。この「脱退」と演奏の間にはなんの因果関係もなかったんだったい、と思いたいものですが・・・。
さらに、この録音を聴いていまいちノレなかったのは、ベルモンテ役のテノールのせいです。このノーマン・ラインハートというアメリカ人は、テノールというよりはバリトンのような、低いところで共鳴させているような声ですから、かなり重めの音色、さらに歌い方もかなり重々しいのでこの役を歌った時に大方のリスナーを満足させることはできないのではないでしょうか。なんせ、序曲が終わって最初に声を出すのがこの役ですから、それで自ずとこのオペラ全体のテイストが決まってしまいます。そこにこの声が出てくるのは、ちょっと辛いものがあります。「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」のアンダンテ楽章に酷似した15番のアリア「Wenn der Freude Tränen fließen」なども、とても繊細なオーケストラの前奏に続いて、この力の入り過ぎた歌が出てくると、がっかりしてしまいます。あくまで、個人的な感想ですが。
コンスタンツェ役のソプラノも、やはりちょっと重めでコロラトゥーラなどは悲惨ですが、その他のキャストは善戦しているのではないでしょうか。ブロンデ役のギルモアも、ペドリッロ役のポルティロもなかなかいい味を出していますし、オスミン役のシェロミャンスキーも、この役にはもったいないほどの知的な歌い方で、なおかつ粗野さを表現するというすごいことをやっていました。冴えないと思われていたオーケストラも、彼のナンバーのバックでは見違えるような生き生きとした姿を見せていたような気がします。セリム役の語りの人は、ちょっと甲高い声で、ほとんど威厳が感じられません。ルックス的にはかなり堂々としているのでしょうが。
対訳を見ていて、第3幕が第3場から始まっていることに気づきました。楽譜では第1場と第2場としてセリフだけのシーンがあるのですが、ここはカットされるのが慣習なのでしょう。他の録音や映像でも、ほとんどカットされていました。ここだけセリフがある「クラース」という人(セリムの家来?)の唯一の出番なのに。

CD Artwork © Alpha Classics/Outhere Music France
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by jurassic_oyaji | 2016-08-16 22:39 | オペラ | Comments(0)