おやぢの部屋2
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2016年 10月 16日 ( 2 )
打ち上げの料理は少なすぎ
 10月15日土曜日、いよいよ「井﨑劇場」の開幕です。もう泣いても笑ってもこれしかないという最後のリハーサル(ゲネプロとも言う)は、逆順ということで私がトップを吹くマーラーから始まりました。ただ、その前日の練習で初めてハープが入ってからというもの、何かと不安が付きまとっていた私でした。別にそのハープ奏者が悪いわけではなく、いつもと違う音が入っていたので戸惑ってしまったのですね。さらに、わたしのどソロの時に、指揮者は今までやったことのないチェロパートへの大げさな指示などを始めましたから、その時点でほとんど「パニック」状態になってしまいましたよ。こういうことに瞬時に対応できなくなったということが、もしかしたら「老化」の始まりなのか、などという不安がよぎります。結局、ソロのところでは全く自信のないままに入ったりしたのですが、それが正しいところだったのかどうかも分からないというひどい状態でした。こんなことで、本番が吹けるのでしょうか。
 そんなことにはお構いなく、井﨑さんはまさに「マーラー・モード」丸出しでメンバーに前に現れました。
 裏もこんな感じ。よくぞこんなものを用意してくれたものです。
 実は、最初の「表」の写真は、私の席から真正面の位置にいた井﨑さんに、堂々とiPhoneを向けて撮ったものです。そうしたらすかさず、「このタイミングで写真ですか」と突っ込まれてしまいましたよ。それで、小心者の私の腕が震えて、ちょっとピンぼけになってしまいました。ですから、マーラーのリハーサルが終わったあとのシューベルトの時に、今度は普通の使い慣れたデジカメで打楽器の位置からちゃんとした写真を撮りました。これで、表と裏が完璧に揃いました。
 何のことはない、リハーサルの間中、前日のパニックは何だったのかというほど、リラックスして吹けましたね。それがこのパフォーマンスのお蔭だ、などと安直なことは言いませんが、こういう心のつかみ方を見せてくれたのは井﨑さんが初めてでしたね。本番は、適度の緊張を保ちつつ、最大限の力を発揮させてやろうという気持ちは間違いなく起きていたでしょう。それが実際の演奏に現れたか、というのを判断するのは、お客さんです。私の知ったことではありません。それにしても、本番のステージは暑かった。
 リハでも写真は撮っていましたが、本番でもシューベルトは降り番なので客席まで行って写真を撮ることにしていました。その前に、まずステージ裏で各パートの集合写真を撮っておいて、演奏が始まる前に2階席でスタンバイです。その時点でここはほぼ満席、そして前まで行って下を見ると、こんな感じ。今回もチケットの売り上げは必ずしも芳しくなかったのですが、そこそこ入っています。やはり、ニューフィルの固定客みたいな層がしっかり出来上がっている感じですね。やはり、恥ずかしい演奏なんかできないな、という気持ちが強くなります。
 これを撮って後ろに戻ってきたら、大きな声で「〇〇さ~ん」なんて声で私を呼んでいる人がいます。それは、今来たばかりのOさんご夫妻。そういえばチケットをあげてあったのでした。もちろん私はステージ衣装姿でしたから、「なんでこんなところに」という感じだったでしょうね。さらにもうお一人、元ニューフィルのメンバーにも遭遇。
 このシューベルトも、こうやって客席から聴いていると、出だしの低弦のフレーズがとても「明るく」聴こえました。このあたりに、井﨑さんのキャラクターが反映していたのでは、と、思ってしまいましたね。
 実は、マーラーのステージは降り番の人が全然いないと思っていたので、お友達のお友達に、とりあえず何枚か座席から撮っていただけるように手配をしていました。でも、実はお一人だけ、写真を撮ることだ出来るメンバーの方がいたのです。そこで、急遽カメラをお預けしたいと申し出たら、いとも心よく引き受けていただいて、たくさんの貴重なショットが手に入りました。
 そのほかに、たまたま2階席最前列の真ん中に座ったメンバーのご家族がいらっしゃって、その方が撮られた写真も多数入手できました。これで、今回もバラエティあふれる写真集が出来上がるのではないか、という予感です。これはいずれ全部集まったところでアップします。
 そのほかに、このところずっとやっているハイレゾ録音も、うまくできました。「うまく」というのは、私のレコーダーではハイレゾ(24bit/96kHz)で録音していると、ファイルが一定の大きさを超えると、そこで新たにファイルが作成されてしまうという迷惑な機能が付いているために、1時間を超えるとそこで別のファイルに移ってしまうので、あとでその部分をつながないといけないのですが、今回はうまい具合にマーラーの交響曲が終わって、拍手をしている間にその「新規ファイル」が出来て、そのあとアンコールはしっかり頭からその新しいファイルの中に入ってくれた、ということです。おかげで、拍手をカットするなど編集作業は、演奏会が終わって打ち上げが始まる前に終わってしまいましたよ。ですから、これはすでに掲示板からリンクされるところにアップしてあります。
 その打ち上げは、なんだか変な会場で、狭いうえに入り組んだ造りだったので、人の流れが澱んでしまって反対側にいる人の顔すらよく分からない状況でした。恒例の、指揮者を囲んでの集合写真も撮れず、なんか残尿感がありましたね。こうしてみると、今まで使っていたあの中華料理店は、得難いスペースだったのですね。
 ついさっき、WさんからBDが届いたので、きのうの余韻に浸っているところです。三次会が終わって、「お世話になりました」と去って行ったHさんの姿が、さびしかったです。
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by jurassic_oyaji | 2016-10-16 22:34 | 禁断 | Comments(0)
ORGANISM
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Terje Winge(Org)
2l/2L-123-SABD(hybrid SACD, BD-A)




このレーベルでは、今まではもっぱら合唱曲を中心に楽しんできましたが、実はずっとオルガンの録音も聴いてみたいと思っていました。おそらく、これまでもオルガンを録音したものは出ていたのでしょうが、今回のような大々的に「オルガン」を前面に出したアルバムには始めて出会えました。ただ、この「ORGANISM」というタイトルを「ORGASM」と見間違えて、ちょっと恥ずかしくなってしまいましたけどね。
録音されたのは、ノルウェーの西側に面した島にある港町、オーレスンにある教会です。そこはオーレスンでは最初に建設されたという三角屋根の古い教会で、外側は石造りですが、内装は天井に木が使われていて、なかなか鄙びた雰囲気を醸し出しています。ここにはオルガンが2台設置されています。祭壇に向かって左側のバルコニーにあるのが、1909年に最初に作られたオルガン。これはそもそもはストップが22という小振りのクワイヤ・オルガンでした。
しかし、1940年に教会に多額の寄付があったため、祭壇の向かい側に新たにJ.H.ヨルゲンセンによって、70のストップと4段の手鍵盤を持つ大きなオルガンが設置されます。その時に、このクワイヤ・オルガンは、ファサード(外側のケースで、この楽器の場合は音の出ないパイプで飾られている)だけを残して、オルガン本体は売り払われてしまいました。いや、この大オルガン自体も、第二次世界大戦中は別の場所に保管されていたのだそうです。
戦争が終わった1945年に、大オルガンは元通りに教会の中に設置されます。その時点で、これはノルウェー国内では3番目に大きなオルガンでした。それからは、教会の礼拝の時に演奏されるだけではなく、ラジオ放送やレコードで多くの人に聴かれるようになりました。
さらに、2009年までに、オーストリアのリーガー社によって、大幅な修復が施されます。その際には、空っぽだったクワイヤ・オルガンにも新たにパイプとコンソールが設置され、この教会のオルガンは94ものストップ(パイプ数は8000本近く)を持つ、国内で最大の楽器の一つとなったのです。

写真で見る限り、この大オルガンのアクションはマニュアルではなく電気アクションのようですね。ですから、もしかしたらクワイヤ・オルガンとも連動して、同じコンソールで演奏できるのかもしれません。それを確認するためには、サラウンドで聴いてみればいいのでしょうが、あいにく2chの環境しかないので、それはかないません。オリジナルの録音は「9.1 Auro-3D」という、全部で10のチャンネルを使うもので、録音用のメインのアレイには下に5本、上に4本のマイクがそれぞれの方向を向いてセットされています。これで、「高さを立体的」に表現できるのだそうです。
でも、この録音の凄いところは、そんな大げさな再生装置ではなく、たった2chでも十分に距離感、そして「高さ」までが感じられてしまうということでしょうか。もちろん、それはほんの些細なこと、それよりも、今まで聴いてきたオルガンの録音ではほとんど体験できなかったことなのですが、オルガンが「機械」ではなく「楽器」として聴こえてきたのには、感動すら覚えてしまいました。もしかしたら、天井が木の板で出来ていることで過剰な反響がうまい具合に減っているのでしょうか、金属のパイプから生まれた音は、とてもまろやかにミックスされて耳に届いているようでした。
演奏されているのは、シェル・モルク・カールセン、トリグヴェ・マドセン、シェル・フレムという、いずれも1940年代に生まれたノルウェーの作曲家の作品です。それぞれに、オルガン音楽の伝統をしっかり受け継ぎながら、現代でも通用するような確かな語法を持ったものです。特に少ないストップでしっとりとした情感を歌い上げる部分が心に染みます。日本で学んだこともあるというフレムの作品で、お琴の調律法である「平調子」のスケールが用いられているのも、懐かしさを誘います。「フロム・ジャパン」ですね。

SACD & BD-A Artwork © Lindberg Lyd AS
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by jurassic_oyaji | 2016-10-16 00:39 | オルガン | Comments(0)