おやぢの部屋2
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2017年 02月 11日 ( 1 )
KANNO/Symphony No.1 "The Border"
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藤岡幸夫/
関西フィルハーモニー管弦楽団
DENON/COGQ-103(hybrid SACD)


菅野祐悟さんといえば、映画やドラマの音楽ではおそらく今一番良い仕事をしている作曲家だとゆうごとが出来るのではないでしょうか。「MOZU」の音楽を聴いたときには、圧倒されてしまいました。そんなに大げさなしぐさではないのに、一瞬ですべての世界を変えられるような力を持っている人だな、と思いましたね。それと同時に、決して音楽がでしゃばらないという点を非常にわきまえているのだ、とも感じました。ですから、おそらく最新作であろう「東京タラレバ娘」の音楽を彼が担当しているのは知っていたのに、最初の数回分はそれが全く聴こえてきませんでした。最近ではやっと聴こえてくるようになりましたが、それ自体は非常にシンプルなのに、それだけで全体の雰囲気を作り出しているんですよね。たしか、武満徹もそんな映画音楽を作りたい、みたいなことを言っていたのではないでしょうか。
そんな菅野さんの初めての「交響曲」、全体は古典的な「交響曲」そのままのフォルムを持っていました。そしてその4つの楽章も、かっちりと作り上げられた堂々たる第1楽章、少し軽妙な第2楽章、ゆったりとして抒情的な第3楽章、そして圧倒的な迫力で締めくくるフィナーレいう、まさに「交響曲」のパーツとしての性格を持っています。しかも、第1楽章などは紛れもない「ソナタ形式」で作られていますから、これは次第にその本来の枠を超えて肥大化してしまい、最近ではペンデレツキのようにいったいどこが「交響曲」なんだ、と思えるようなものまでが作られるようになってしまった「交響曲」の世界では、きっちりとそのあるべきフォーマットを押さえているという、まさに「交響曲」の原点に帰ったものとなっているのです。
そのように外枠を決めてしまえば、あとは稀代のメロディ・メーカーでもあり、卓越したオーケストレーターでもある菅野さんにとっては、現代人の耳にとっても十分なインパクトを与える「交響曲」を作り上げることなど、たやすいことだったのではないでしょうか。
ドラマ音楽のクライアントは様々なことを要求してきますから、それに応えるための引き出しを菅野さんはたくさん持っていることは容易に想像できます。その中には、単に美しく響く曲調だけではなく、今では見捨てられてしまった前衛的な作曲技法とか、もちろん、ジャズやラテン音楽といった「非クラシック」のジャンルの音楽も含まれていることでしょう。この「交響曲」を作るにあたっては、菅野さんはそんな「素材」を惜しげもなくひっぱり出してきて、作品全体に深みを持たせています。
菅野さん自身は、タイトルの「Border」の意味を「意識と無意識の境界線」という難解な言葉で語っていますが、もしかしたら音楽的にはクラシック的な要素と、それ以外、例えば頻出する「無調」や「ジャジー」、あるいは「ミニマル」といった要素との境界を意味しているのでは、とも思えるのですが、どうでしょう?いずれにしても、これは、まさにそんなさまざまな要素が混在している「現代」でなければ作ることのできない、紛れもないマスターワークです。
ブックレットでは、あの前島秀国さんが、詳細な「楽曲解説」を著しています(ここでも、先ほどいくつかのタームをその中から引用させていただいています)。その的確な解説は、間違いなくこの作品を正当に鑑賞する際の指針となることでしょう。今ではあまり見ることのなくなった「〇小節からの第1主題は・・・」みたいな表現も、なにか懐かしさを感じます。ただ、ここまで書くのなら、音楽の時系列を「小節」ではなく「〇分○秒」で表示してほしかったように思います。これはマンフレート・ホーネックなども、自分の録音を解説する時に使っている手法。なんせ、聴いている人はスコアは持っていないのですからね。これだと、単に「おれはスコアも読めるんだぞ」という自慢に見えてしまいますし(笑)。

SACD Artwork © Nippon Columbia Co., Ltd.

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by jurassic_oyaji | 2017-02-11 20:51 | 現代音楽 | Comments(0)