おやぢの部屋2
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2017年 02月 14日 ( 1 )
SMETANA/Má Vlast
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Jakub Hrůša/
Bamberger Symphoniker
TUDOR/7196(hybrid SACD)



このレーベルから、ジョナサン・ノットの指揮で数多くのSACDをリリースしてきたバンベルク交響楽団ですが、ここではノットではなく(not Nott)ヤクブ・フルシャという人が指揮をしています。2000年からこのオーケストラの首席指揮者・芸術監督を続けていたノットは、2015/2016年のシーズンを最後に、このオーケストラを去りました。現代曲が得意な指揮者という印象があったので最初はミスマッチだと思っていましたが、ちょっと田舎っぽかったこのオーケストラのイメージを一新してくれました。これで、フルシャは創設時の指揮者ヨーゼフ・カイルベルトから、ジェームス・ロッホラン、ホルスト・シュタイン、ジョナサン・ノットを経て5人目の首席指揮者に就任したことになります。
新任のフルシャは、このジャケット写真ではおっさんに見えますが、実際は1981年生まれ、まだ30代半ばですから、指揮者の世界では「若造」です。名前からわかるように、生まれたのはチェコのブルノ、チェコに起源を持つこのオーケストラが、初めてチェコのシェフを迎えたことになります。フルシャは最初はピアノとトロンボーンを学んでいましたが、やがて指揮者に転向、22歳の時にはクロアチアのザグレブで行われた「ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮者コンクール」で入賞します。それからは、彼の支援者であった指揮者のビエロフラーヴェクの後押しもあって、チェコ国内のほとんどすべてのオーケストラを指揮する機会を得ることが出来ました。
その後は、イギリスでも活躍、フィルハーモニア管弦楽団やグラインドボーン音楽祭の指揮者を務めます。さらに、ヨーロッパとアメリカの数多くのメジャーなオーケストラと共演しています。日本でも、東京都交響楽団の首席客演指揮者を、2010年から現在まで務めています。
2010年の「プラハの春」のオープニングで演奏を任されたということで、フルシャにとって、スメタナの「我が祖国」は特別な存在となりました。彼がこれを演奏する時にはあるこだわりがあって、コンサートの時のプログラムはこの曲だけで、決してほかの曲と一緒には演奏しないとか、普通は3曲目が終わったあとで休憩が入るものですが、彼は全曲を休まずに一気に演奏するようにしているのだそうです。
今までのノットとの録音同様、これはこのオーケストラの本拠地、コンツェルトハウス・バンベルクのヨーゼフ・カイルベルト・ザールでのセッション録音です。弦楽器の並び方も、ノットの時と同じ対向配置になっていました。この間ブロムシュテットと来日した時にもこの並び方でしたね。1曲目の「ヴィシェフラド」には2台のハープが彩りを添えますが、それがお互いに離れた位置で演奏しているので、スペクタクルな音場が楽しめます。オーケストラの音色はあくまでクリア、SACDで聴くとちょっと線が細くなりますが、繊細の限りを尽くす弦楽器のトィウッティは、やはりノットによって磨き上げられたものなのでしょう。
ですから、今まで聴いてきた「わが祖国」の、いわゆる民族的な泥臭さは、ここからはほとんど漂っては来ません。それよりも、フルシャが一気に最後まで演奏することを主張していたことを裏付けるように、単なる6つの交響詩の集まりではなく、堅固な構成力によって結びつけられた大きな作品としての姿がまざまざと浮かび上がってきます。
この録音は、前半と後半で2度に分けて行われています。1曲目から3曲目まではそれほど求心力は感じられなかったものの、4曲目から最後までの切迫感はかなり激しいものがありました。正直、続けて聴いているとこのあたりで退屈してしまうものが、ここまで魅力的に迫ってくるのを感じたのは、多分初めての体験です。
ブックレットには最新のベーレンライター・プラハ版の楽譜を使用したとありますが、その版で特徴的な「ヴルタヴァ」での1オクターブ高いピッコロは、ここでは演奏されていないようでした。

SACD Artwork © Tudor Recording AG

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by jurassic_oyaji | 2017-02-14 22:16 | オーケストラ | Comments(0)