おやぢの部屋2
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2017年 02月 24日 ( 1 )
脱稿しました
 「杜の都 合奏団」のコンサートの本番まであと2週間となってしまいました。演奏に関しては、まあいつもの調子で本番までには万全のコンディションを整えることは出来そうですが、私にはその前にやっておかなければいけないことがありました。この前にも書きましたが、それはプログラム用の原稿を書くことです。これが出来上がらないことには気がかりでしょうがないので、少し早目に仕上げて、さっきマエストロに送ったところです。この前のコンサートの打ち上げの時に、「本番前に読んでおきたかった」といううれしいことをおっしゃってくれた方がいたので、こちらに公開してみます。
 まだまだチケットには余裕がありますので、こんな曲を聴きに来ていただければ、とても嬉しいです。
 杜の都合奏団のコンサート、第6回目を迎えた今回はまるでコース料理のように、前菜(オードブル)は「序曲」、魚料理(ポワソン)は「協奏曲」、そして肉料理(ヴィアンドゥ)はボリュームたっぷりの「交響曲」の3品をお召し上がりください。もし興が乗れば、「アンコール」という名のデセールもご用意させていただきます。

ウェーバー:歌劇「オベロン」序曲
 カール・マリア・フォン・ウェーバーは「ドイツ国民オペラの創始者」と言われています。彼の業績は、たとえばモーツァルトの「魔笛」や「後宮からの逃走」のような、間にドイツ語のセリフを挟んで音楽が進行する「ジンクシュピール」という昔からある形は踏襲した上で、ドイツ的な素材を前面に出して代表作である「魔弾の射手」のようなオペラを作った、ということになるのでしょう。
 その「魔弾の射手」の成功はヨーロッパ中に知れ渡り、ロンドンのロイヤル・オペラ(コヴェントガーデン歌劇場)からも作曲の依頼が舞い込むようになりました。そこで、かの地で上演するために英語の台本によって作られたのが、ウェーバーの最後のオペラとなった「オベロン」です。「オベロン」というのは、シェイクスピアの「真夏の夜の夢」に登場する妖精の王として知られていますね。この物語にはパックなどの妖精も登場します。さらに、船が難破し、異国の海岸に打ち上げられるという、同じシェイクスピアの「テンペスト」のエピソードも付け加えられていますし、モーツァルトのそれこそ「魔笛」や「後宮」とよく似たプロットもあります。依頼から2年後の1826年にこのオペラは完成し、作曲家自身の指揮によって初演されました。しかし、ウェーバーはその直後、長らく患っていた結核のためイギリスで亡くなってしまいました。
 代表作である「魔弾の射手」でさえ、最近ではめったに上演されなくなっていますが、この「オベロン」も台本があまりにハチャメチャなこともあって、実際に取り上げるオペラハウスはほとんどありません。ただ、その序曲には、いかにもコンサートの幕開けにふさわしいワクワク感と甘美なメロディ、沸き立つようなクライマックスがぎっしり詰まっていて、オーケストラのコンサートには欠かせないものとなっています。
 最初のゆったりとした序奏の部分では、まずホルンが妖精の王オベロンをあらわす角笛のモティーフを演奏します。オペラの中では、オベロンがフランスの騎士ヒュオンに恋人探しを命じるときに、この角笛を「困ったときはこの角笛を吹いてわしを呼べ」と差し出します(まるで「魔笛」!)。その後にフルートとクラリネットで奏でられる細かい音符の煌めくようなモティーフは、妖精たちをあらわしたものです。それに続く金管の荘厳なファンファーレはオペラの終幕、ヒュオンが国王となるシーンで鳴り響く音楽です。
「ジャン」という全合奏をきっかけに軽やかなテンポの主部になると、そこでまずヴァイオリンによって低音から高音までめまぐるしく動き回るテーマが出てきます。これは、バグダッドの宮殿から恋人のレイザを救い出したヒュオンと、それぞれの従者のファティマとシェラスミンという4人の登場人物が船に乗って逃げようと歌う「暗く青い海の上Over the dark blue waters」という四重唱の中間部に現れるものです。そのあと、対照的にクラリネットで甘く歌われるのが、ヒュオンがレイザを思って歌う「少年時代から戦場で鍛えてきたFrom boyhood trained in tented field! 」というアリアの、やはり中間部分から取られたモティーフです。そして、最後に出てくるのが、レイザが乗っていた船が嵐で難破したあとに歌う「海よ、巨大な怪物よOcean! thou mighty monster」という、これだけは独立して演奏される機会も多いアリアの最後の部分に出てくる、まさにロマン派特有の倚音(非和声音)を多用した勇壮なテーマです。さらに、後半には主部の最初のテーマに、妖精パックが歌う「空気と大地と海の聖霊よSpirits of air, and earth and sea!」という歌の中の付点音符のモティーフが絡み付きます。

サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番
 フランスの作曲家カミーユ・サン=サーンスのヴァイオリン協奏曲は全部で3曲あります。20代のころに作られた2曲の協奏曲は、「第2番」と呼ばれている協奏曲の方がまず1858年に作られましたが、初演されたのは1880年と、ずいぶん後になってしまいました。これは、若さの息吹きにあふれたすがすがしい作品、ハープの伴奏で歌われる第2楽章のテーマの美しさには魅了されます。「第1番」は、1859年に作られた、楽章が1つしかないラプソディ風の作品で、やはりキャッチーなテーマには惹きつけられます。
 ただ、いずれの曲も、それから20年以上経って円熟度を増した作曲家の手になるこの「第3番」の堂々たる佇まいの前には、影が薄くなってしまいます。実際、今では彼のヴァイオリン協奏曲と言えばこの曲しか頭に浮かばない人がほとんどなのではないでしょうか。作曲されたのは1880年、「1番」と同じくサラサーテに献呈されており、当然彼のソロによって初演されています。この曲は、どの部分を切ってみても、魅力にあふれたメロディで出来ているといういかにもサン=サーンスらしい音楽です。
 第1楽章では、神秘的な弦楽器のトレモロに乗ってソロ・ヴァイオリンが奏でるちょっと暗めでインパクトのあるテーマが、全体を支配しています。しばらくして現れる、夢見るような美しいテーマとの対比も絶品です。
 第2楽章では、波打つゴンドラのような6/8拍子のバルカローレ(舟唄)のリズムに乗って歌われるテーマがとても魅力的です。これが最初に出てくる時はソロ・ヴァイオリンで始まり、それがファースト・ヴァイオリン、オーボエと受け継がれ、さらにフルートが締めくくるというパターンですが、その後は担当楽器が替わって別の味わいも楽しめます。やがて、ゴンドラの漕ぎ手が歌うようなこぶしのきいたフレーズも現れ、ソロ・ヴァイオリンのフラジオレットとクラリネットとのユニゾンの夢見るような響きの中で終わりを迎えます。
 第3楽章の冒頭は、さっきの「こぶし」を用いたソロ・ヴァイオリンの序奏で始まります。やがて、軽快なテンポのタランテラのリズムに乗って現れるテーマはとってもおしゃれ。そして、その後にソロ・ヴァイオリンで現れる流れるようなテーマと、しばらくしてから弱音器を付けた弦楽器によって奏でられる、まるでオルガンのような敬虔なテーマが、入れ代わり立ち代わり登場して、この華麗な楽章を盛り上げます。

ブラームス:交響曲第1番
 サン=サーンスのヴァイオリン協奏曲が作られるちょっと前の1876年、ヨハネス・ブラームスが43歳の時に作られたのが、彼の最初の交響曲でした。ブラームスの交響曲は、ベートーヴェンのあとにドイツ、オーストリアで作られたシューベルト、メンデルスゾーン、シューマンたちの「新しい」交響曲よりもずっとベートーヴェンの流れと精神を正当に継承した、その意味では「古い」形の交響曲と言えるでしょう。だからこそ、同じ時代の「最新鋭」の音楽であったワーグナーやブルックナーにはついていけなかった人たちには、歓迎されることになったのです。しかし、ブラームスは決して懐古趣味で「古い」音楽を目指したわけではありません。形は伝統的ではあっても、そこで繰り広げられる音楽の中には未来を予見するようなものを見出すことだってできるのです。
 第1楽章は、まず、ティンパニの重苦しい連打に乗って、ハ短調という、ベートーヴェンが交響曲第5番で使った暗い調で始まります。ヴァイオリンが奏でる半音進行を交えたテーマは、かなり印象的。しかし、そのあと管楽器で出てくるモティーフは、さらに意表をつくものでした。それはなんと「減7度」の下降音、つまりそれは、1オクターブの中の12の半音を三等分した時に出来る4つの音の中の音程です。そして、そのあとはその半音下でやはり「減7度」が出現します。その結果、ここにはブラームスが意識したかどうかは分かりませんが、それからしばらくして出現する「12音音楽」、つまりすべての半音を平等に扱う「無調」のテイストが色濃く漂うことになるのです。これは、まさに時代を先取りした音楽です。それと同時に、偉大なベートーヴェンからの引用もあちこちで見られます。この楽章の中ほどで弦楽器に「タタタン」というリズムが何回か出てきますが、それはやがて「タタタター」という、あまりにも有名な交響曲第5番のテーマのリズムに変わり、それが縦横にさまざまの形で出現することになります。さらに、もう少しすると、ベートーヴェンの交響曲第6番(田園)の第4楽章の嵐の部分から、第5楽章の羊飼いの歌に移る場面の「ソラソファミ」というモティーフも聴こえてきますよ。
 第2楽章は、流れるような三拍子に乗って、穏やかな音楽が聴こえてきます。その間を縫って、オーボエやクラリネットが華麗なソロを聴かせてくれるのにもご注目、弦楽器と管楽器とが絶妙の掛け合いを見せる中、ヴァイオリンのソロに乗って静かに曲は終わります。
 第3楽章では、最初にクラリネットで奏でられるテーマがちょっと不思議なリズムになっています。古典的な曲では、大体4小節がテーマの単位になっていて、その単位が繰り返されて音楽が作られることが多いのですが、ここではそのテーマが5小節で出来ているために、最後の1小節でちょっとした「字余り」感があるのですね。それを、わがマエストロは前半は2/4拍子が2小節、後半は3/4拍子が2小節、ということで見事に解決しました。でも、そうなるとこれは「変拍子」になるので、いずれにしても古典音楽からは脱却した手法です。中間部には、「タタター」という、やはりベートーヴェンのリズムが現れます。
 最後の楽章は、長い導入の部分がとてもドラマティック。始まってしばらくは第1楽章のような重苦しい短調の部分が続きますが、ティンパニのロールを合図に突然霧が晴れたように曲は長調に変わります。その瞬間、聴こえてくるのがホルンのテーマです。その、まるでアルプスの山々に響き渡るような雄大なテーマは、ブラームスが実際にスイスで聴いたアルプホルンが奏でていたメロディだったのだそうです(彼は、これを採譜して歌詞をつけ、密かに想いを寄せていたクララ・シューマンの誕生日に贈っています)。このテーマはそのままフルートに受け継がれます。そして次の瞬間、トロンボーンとファゴットのコラールによって、「神」が現れます。さらにもう一度アルプホルンのメロディが出た後にテンポが変わって、やっと主部に入ります。ここでのテーマはなんとものどかな唱歌風のもの、後半がベートーヴェンの交響曲第9番の最後の楽章に現れる「歓喜の歌」とそっくりです。もちろん、これはしっかりブラームスのベートーヴェンに対するオマージュが込められてのことなのでしょう。曲の最後ではまた「神」が出現、壮大に全曲を締めくくります。

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by jurassic_oyaji | 2017-02-24 20:59 | 禁断 | Comments(0)