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2017年 09月 21日 ( 1 )
MOZART/Flute Quartets
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Ulf-Dieter Schaaff(Fl), Philipp Beckert(Vn)
Andreas Willwhol(Va), Georg Boge(Vc)
PENTATONE/PTC 5186 567(hybrid SACD)


クラシックの音楽家が演奏する時に使う「楽譜」には、正確には作曲家の意図がそのまま書き込まれているわけではありません。印刷された楽譜には多くの人の手が関わっていますから、その途中で誤植などの間違った情報が紛れ込む可能性は避けられません。あるいは、演奏家などが良かれと思って、演奏効果を上げるために意図して作曲家の指示ではない自らの解釈を楽譜に書き加えるようなことも、頻繁に行われています。
そこで、作曲家の考えを最大限尊重するために、自筆稿だけではなく初期の出版譜やその他のあらゆる資料を動員し、正しいと思われる情報だけを反映させた楽譜を作ろうという動きが出てきます。その結果出来上がった楽譜が「原典版」と呼ばれるものです。
そんな原典版が、なんと言っても一番重きを置くのは作曲者自身が書いた楽譜、自筆稿です。しかし、人間が手で書いたものですから、そこには間違いがないとも限りません。ですから、原典版の作成の過程では自筆稿以外の資料も参考にしながら校訂作業を進めることになります。そこで、それぞれの資料の重要性の判断は、校訂者に委ねられることになり、結果として「原典版」と謳っていても内容の異なる楽譜がいくつか存在することになります。
モーツァルトの場合、その全ての作品の原典版は「新モーツァルト全集」として、ベーレンライター社から出版されました。フルート四重奏曲も、ヤロスラフ・ポハンカの校訂によって1962年に出版されています。それ以来、この曲を演奏する時にはこのベーレンライター版を使う、というのは、もはやフルーティストにとっては「義務」と化したのです。それは、ごく最近までの新しい録音では、この原典版で初めて加えられた第2楽章の18小節と19小節の間にあるタイをほとんどすべてのフルーティストが演奏していることからも分かります。
ところが、1998年にヘンリク・ヴィーゼによって校訂されたヘンレ社による原典版では、そんなタイは見事になくなっていました。
自筆稿を見ると、このタイはページにまたがっていて、18小節の最後にはタイはないことが分かります。
このあたりが、「解釈」の違いとなって現れていたのでしょう。実際にここを演奏してみると、このタイはモーツァルトにしてはなんか不自然な気がしてなりませんでした。どうやら、これはタイを付けたいとは思わなかったヘンレ版の方が正解のような気がします。
今回の、ベルリン放送交響楽団の首席フルート奏者、ウルフ=ディーター・シャーフを中心としたメンバーが2016年5月に行った最新の録音では、このヘンレ版が使われているようでした。いままで、ピリオド楽器での録音したものではこちらがありましたが、モダン楽器ではおそらくこれが最初にこの楽譜で録音されたものなのではないでしょうか。とは言っても、このSACDには明確なクレジットがあるわけではなく、あくまで推測の域を出ないのですが、先ほどのニ長調の第2楽章以外にも、ハ長調の第1楽章の157小節(上がベーレンライター版、下がヘンレ版)とか、
イ長調の第2楽章トリオの11小節(やはり上がベーレンライター版、下がヘンレ版)
では、明らかにヘンレ版にしかない音で演奏されていますから、まず間違いないでしょう。もちろん、ハ長調の第2楽章の第4変奏でも、9小節から12小節のヴァイオリンとヴィオラのパートが入れ替わって、フルートと平行に低いF♯の音が聴こえてきます。
シャーフは、アンドレアス・ブラウ、ペーター=ルーカス・グラーフ、アンドラーシュ・アドリアンなどに師事したフルーティストで、ベルリン・フィルでエキストラとしてトップを吹いていたこともありましたから、映像などで残っているものも有ります。こちらでは、ブラウのアンサンブルにも参加していましたね。日本の「ザ・フルート」という雑誌に寄稿もしています。彼のフルートはとても端正、ソリスティックに主張するのではなく、他の3人と一体となって、モーツァルトをチャーミングに作り上げています。

SACD Artwork © Pentatone Music B.V.

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by jurassic_oyaji | 2017-09-21 22:37 | フルート | Comments(0)