おやぢの部屋2
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2017年 10月 03日 ( 1 )
MANCUSI/Passion Domini secundum Joannem
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Theresa Krügl(Sop), Anna-Katharina Tonauer(MS)
David Sitka, Lorin Wey(Ten)
Matthias Liener, Michael Nagl(Bas)
Guido Mancusi/
Chorus Duplex Vienna, Louie's Cage Percussion
PALADINO/PMR 0082


「受難曲」というと、なんか大昔の音楽のように思ってしまいますが、この現代でもそういうタイトルの作品に挑戦している作曲家はたくさんいます。このサイトで取り上げたものだけでもペンデレツキリームグバイドゥーリナタン・ドゥンゴリホフマクミランペルトチルコット、果てはイラリオン・アルフェエフ府主教と、枚挙に遑がありません。今回、そこに1966年にイタリア人の父親とオーストリア人の母親との間に生まれたグイド・マンクーシという人が加わりました。蛇とケンカはしません(それは「マングース」。
ナポリで生まれたマンクーシは、小さいころ父親とその友人のあのニーノ・ロータからピアノの手ほどきを受け、ウィーンに移住するとウィーン少年合唱団に入団、ソリストとしても活躍します。さらに、ウィーンの大学でファゴットと声楽と指揮法を学びます。指揮者としてデビューした後は、スカラ座やバイロイトで副指揮者を務めるなど、数多くのオペラハウスで研鑽をつみ、現在ではウィーンのフォルクスオーパーのレジデント・コンダクターのポストにあります。
作曲家としても多くの作品を世に送り、そのオーケストラのための数々の作品は、このレーベルからも2枚組のCDとしてリリースされています。それを聴いてみると、彼の作曲のスキルはまさに職人芸の域に達していることが分かります。いずれの作品も分かりやすいメロディを卓越したオーケストレーションで飾りたてるという華やかさにあふれたものでした。中でも、今では多くのオーケストラでも演奏されているというワルツやポルカでは、まるでヨハン・シュトラウスが現代に蘇ったかのような素敵な世界が広がります。ただ、ヨハンとヨーゼフの共作になるあの「ピチカート・ポルカ」そっくりの曲が聴こえてきた時にはびっくりしましたね。タイトルを見ると「全く新しいピチカート・ポルカ」、もう「全く」開き直っているという感じです。
そんな人が作った、ヨハネ福音書をテキストにした受難曲は、そのような曲から与えられる先入観とは「全く」異なっていました。まずは、演奏者の編成がとてもユニークです。例によってエヴァンゲリストをはじめとする人物のセリフを担当するソリストの他に、アリアを歌う「天使」とか「雄鶏」役のソリストも加わっています。そこに20人ほどの合唱が入るという声楽陣に対して、伴奏するのは5人ほどのメンバーによる打楽器だけというのですからね。
2011年に作られたこの受難曲は、2016年に初演されたのですが、それのライブ録音がこのCDです。その一部はこちらで見ることが出来ます。CDではどこにも指揮者の名前が見当たらないのですが、この映像を見ると作曲者自身が指揮をしていることが分かります。
曲全体の構成は、バッハあたりの受難曲と同じように、レシタティーヴォ、アリア、コラールなどから出来ています。ただ、レシタティーヴォはほとんど「朗読」のようですし、時には笑い声なども入っています。アリアでは、旋律楽器であるビブラフォンが主な伴奏を担当、メロディアスとは言えないまでも、ある意味瞑想的な「歌」を、そこには聴くことができることでしょう。そしてさらにメロディアスなのが、コラールです。これは、ほとんどバッハあたりのものと同じ旋律が使われていますが、ハーモニーはより複雑なものに変わっています。そして、注目すべきはその演奏面からのアプローチ。作曲者が作ったこの「コルス・デュプレクス・ヴィエナ」という合唱団は、このコンサートでもメンバーがソリストを務めるほどのハイレベルの団体なのですが、このコラールを歌う時にはおそらく意図的にアンサンブルを雑にして歌っているのです。それは、聴いていてとても居心地の悪いもので、安らぎを与えるはずのコラールがとてつもなく邪悪なものに聴こえます。この作曲家はそのような形で「苦悩」を表現しているのでしょう。

CD Artwork © Paladino Media GmbH

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by jurassic_oyaji | 2017-10-03 19:34 | 合唱 | Comments(0)