おやぢの部屋2
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2017年 11月 27日 ( 1 )
メシアンの「アッシジの聖フランチェスコ」の日本初演を聴いてきました
 メシアンが残した唯一のオペラ「アッシジの聖フランチェスコ」の「日本初演」を聴いてきました。正確には「全曲日本初演」ですね。つまり、抜粋で演奏されたことは過去にあったのですが、全部演奏したのは今回が初めてということです。なんせ、編成も巨大なうえに演奏時間も長大ですから、よっぽどの事がない限り全曲が演奏されることはありません。おそらく、私もこれを逃したらあとは聴く機会などないだろうと思ったので、半年前からしっかりチケットを入手していましたよ。いや、そう思っていた人はたくさんいたようで、一般発売の初日には全席が完売していたそうですね。なんたって私は、この曲のCDとDVDは全て(と言っても、合せて3セット)持ってますから、なんとしても生で聴きたかったのですよ。
 実際に私が聴いたのは、正確には「初演」ではなく、3回目の公演でした。本当の初演は先週の19日の日曜日、そして、祝日の23日ときのうの日曜日という、「休日」の3日間でした。これは、読売日本交響楽団とびわ湖ホールとの共同制作で、23日はびわ湖で行われています。19日と26日はサントリーホールです。完売したのはその東京のチケット、びわ湖の分はいくらか残っていたようですね。いずれにしても、演奏時間が正味4時間半(合唱やオケの出を除くと、4時間20分ほど)、その間に35分の休憩が2回入りますから、全部で5時間40分、とても平日に演奏することなんか出来ません。
 編成も、16型の弦楽器に、7.4.7.4.-6.4.4.3という管楽器、打楽器奏者が10人、オンド・マルトノが3台、それに9人のソリストと120人の合唱で、総勢241人(たぶん)です。木管は、持ち替えなしでフルートあたりはフルート3、アルトフルート1、ピッコロ3という内訳、クラリネットには、まずオーケストラのステージでは見ることのできないコントラバス・クラリネットが加わっています。ただ、これだけの編成だと普通は入るはずのハープと、そしてティンパニがありません。おそらく、メシアンにはティンパニが使われる作品がなかったような気がします。これだけの人数を集めるのはどんなオーケストラでも無理ですから、大量のエキストラが雇われることになります。そんなことも、これまで演奏されなかった要因でしょう。
 もちろん私は日帰りで帰ってこなければいけませんから、2時に開演したものが、終わるのは7時40分ということなので、帰りの新幹線のチケットを買う時にかなり迷いました。8時16分東京発という最終のひとつ前のはやぶさを取ったものか、あるいは、それより1時間20分もあとの最終のはやぶさにするか、ですね。その間にも何本かの新幹線はあるのですが、いずれも最終のはやぶさより仙台に着くのは遅くなってしまいますからね。そこで、私が出した結論は、最終を買っておいて、その前のはやぶさに間に合うようなときには乗車変更をする、というものでした。なにしろ、予定通り終わったとしても、そこから地下鉄とJRを乗り継いで果たして8時16分までに東京駅の新幹線乗り場まで行けるかどうかは全く保証できませんからね。
 ただ、ネットで空席状況を検索してみると、そのはやぶさは前々日にはすでに「×」になってしまいましたから、その時点で可能性はなくなっていたのでした。ところが、前日の朝に見るとそれが「△」に変わっているのですね。キャンセルが出たのでしょうで。でも、きのうになったらもう「×」でしたね。やはり、日曜日のこの時間は混むことになっているんですね。実際、最終のはやぶさでは、デッキも立っている人で一杯でした。
 サントリーホールはロビーがすっかりクリスマスモードになっていました。
 私の席は、もうそこしかなかったので仕方なく買った1階席の後ろから2列目の右寄りです。2階席が上にかぶっているので、ちょっと心配でしたが、それほど問題はなく、ステージの音はしっかり聴こえてきました。ステージでは、ピッコロの人が夢中になって練習していました。オーケストラでピッコロが3本というのも、まず見られない光景ですが、そこで彼ら(彼女ら)がさらっているのは、確かにものすごく大変なところでした。高音ばっかり出てくるんですよね。曲の中ではもう何回も出てくることになるのですが、練習の甲斐あってか、ほぼ完璧に吹いていましたね(1ヵ所だけ外していたかも)。とても私にはできません。
 そして、お目当ての3台のオンド・マルトノを探します。1台はオルガンの脇にありました。
 あとの2台が2階席にある、という情報は知っていたのですが、ちょっと座っているところからは見えないな、と思っていたら、LB席の一番後ろの高いところから、スピーカーが顔を出していました。
 ということは、もう1台は反対側のRB席の上ですね。ここからだと見えません。確かに、演奏が始まると、左側の楽器はしっかり音が聴こえてくるのに、この陰になった楽器はあまりよく聴こえませんでした。これはちょっと残念でした。このオンド・マルトノたちは、今まで録音を聴いていてもいまいちその存在がはっきりしなかったのですが、これはもうものすごい使われ方をしているのが、今回とてもよく分かりました。ですから、きちんと右も聴こえてくる「サラウンド」で聴いてみたかったものです。悔しいので休憩時間にそばで写真を撮ってみました。
 このホールは、まるで「劇団四季」のように、館内での撮影に対しては神経質で、休憩時間でも係員がそばにいると制止されたりしますから、結構大変です。
 演奏に関しては、とにかく生でこの曲に接することが出来てとても幸せでした。とは言っても、実際に5時間半もの間拘束されて聴かなければいけないというのは、想像以上にハードな体験でした。私がそう思うのですから、慣れない人はそう感じるのは当たり前で、休憩が終わったら明らかに空席が増えてましたね。そもそも私が座ったところも、左端が2つ最初から空いてましたし。
 休憩中ではなく、演奏中にも堂々と出ていく人がいたのには笑えましたね。5人はいたでしょうか。もっとも、2幕などは2時間休みなしですから、トイレが我慢できなくなっただけなのかもしれませんが。
 こんなことを言っていいのか分かりませんが、メシアンの音楽というのは基本的にどの作品を聴いても同じなんですよね。ですから、彼の手の内はもう分かっていて、それだから親近感もおぼえることが出来るのですが、これだけ長い時間にそれだけのものしかないというのは、逆に言えばとてつもなく退屈な音楽になってしまうんですよ。正直、この作品がこれだけ長くなる必然性を見つけることが出来ませんでした。
 一応「オペラ」と謳ってはいますし、実際にオペラとして上演された映像も見ていますが、ここにはほとんど「物語」というものは存在していません。あるのは「エピソード」だけなんですよ。ですから、ドラマとして見ると退屈なのは当然です。結局、ほとんど音楽だけで進んでいくのですが、その音楽の中には基本的にドラマを見出すことはできませんし。もしかしたら、宗教的な素養があればもっと積極的に「ドラマ」を感じることが出来るのかもしれません。あいにく、私にはそこまでの知識も体験も不足しています。
 ただ、そんな中でも確実に感動的な瞬間は何度もありました。これを手掛かりに、あとは「続けて」ではなく、「分けて」録音などを聴きながら、その追体験をしてみようかな、と思いました。
 そんな感動を与えてくれたのは、ほとんど合唱のシーンでした。この合唱団は新国立劇場とびわ湖ホールの合唱団の合同演奏のようですが、とにかくものすごい声が出ていました。勝手にメシアンは肉食人種だと思っているのですが、そんなギラギラとした肌触りが見事に伝わって来るのですよ。その代わり、ピッチがちょっといい加減だったのはご愛嬌。第7景の冒頭ではこの合唱のクラスターが出てきました。メシアンのクラスターなんて、かなり珍しいものですね。この第7景だけは、他の場面と違ってそんなメシアンのルーティンではない、実験的な試みがあって、スリリングでしたね。3台のオンド・マルトノの呼び交わしも素敵、今までの録音では、この楽器のこれだけの存在感は全く感じられませんでした。これこそが「生」の醍醐味です。
 半面、オーケストラの弦楽器が、なんか「草食」系なんですよね。ハーモニーも美しいし、とてもピュアな音は聴かせてくれるのですが、メシアンには確かにそれも必要だとは言っても、もっと「肉食」的な部分があってもいいのでは、と思ってしまいました。フルートのパートは、フルート3本+アルトフルートで4声のハーモニーを出したかと思えば、3本のピッコロで、グロッケンと一緒になって超高音の鳥の鳴き声に挑戦したり、目が離せませんでしたね。全員キー・タップだけで演奏、なんて場面もありましたね。でも、なんと言っても圧巻は打楽器でしたね。特に後ろに横一列に並んだシロフォン、シロリンバ、マリンバの人たちは本当にすごかったです。
 そんな、変拍子だらけのほとんど曲芸のようなスコアに挑戦している指揮のカンブルランも、そういう意味ではブラヴォーなのですが、全体的にいまいち心に響いてこなかったのはなぜなのでしょう。この人のメシアンはCDで何回も聴いているのですが、そのたびにやはり同じような物足りなさを感じていました。一つには、演奏時間。どの曲も、極端にテンポが遅いんですよね。この曲の場合も、今までのこの曲の録音、録画だと、初演の小澤などは3時間52分しかありませんし、1998年のナガノのCDは4時間6分、2008年のメッツマッハ―のDVDは4時間8分。しかし、カンブルランはそもそも予定の時間を15分もオーバーしていましたから、確実に4時間15分は超えていました。聴いていて、特にテンポが遅いという感じはしませんでしたが、メシアン特有の唐突な音楽性の切り替えの部分が、何か不自然に聴こえてしまいました。結局、それが退屈感につながってしまったのでしょう。
 ソリストでは、フランチェスコのヴァンサン・ル・テクシエと、天使のエメーケ・バラートが素晴らしかったですね。急遽代役となったレオーネのフィリップ・アディスは、ちょっと声がさびしかったですね。
 この人たちは、基本的にコンサート形式の上演ということですのであまり大きな仕草などはしないのですが、自然な感情の発露としての動きはしっかりと見せていました。ただ、中には全く無表情で歌うことだけに専念している人も(特に日本人のキャスト)いたので、そういう人が逆に目立っていましたね。仮にもオペラ歌手なのでしょうから、もう少し「お芝居」をしてほしかったものです。
 あとは、ホール側のミスですが、字幕がとても見づらかったですね。オペラハウスで使う字幕マシーンではなく、ステージの後ろにたらしたシートにプロジェクターで投影していたのですが、その場所だから字が小さいし、色も薄いのでぼやけて見えました。それと、陰アナでとてもしつこく「指揮者がきちんとタクトを下してから拍手をしてください」と言ってましたが、これも余計なおせっかいですね。こんな注意は初めて聞いたので、吹き出してしまいましたよ。そもそも、音楽は指揮者が手を上げた時に終わるものだってありますからね。そんな指揮者だったら、腕を上げて「やった!」と思った瞬間に拍手が欲しいと思うんじゃないでしょうかね。彼は、拍手を受けるためには、それからおもむろに「タクトを下ろす」作業を行わなければいけないんでしょうね。実際にこの曲の最後に起こったそのような拍手は、なにかとても白々しいものに感じられてしまいました。というか、聴いた感動を表現するのまで、指図されるのは不愉快です。過剰なまでの撮影禁止は、ほとんどヒステリーですし。
 実は、私の隣に座っていた男は、演奏中に小さなノートを開いて、ペンでなにかを書き込んでいました。おそらく、演奏の感想をその場で事細かに記録しておいて、あとでブログかなんかにアップするのでしょう。まあ、別に他人の趣味に口出しをする気はありませんが、そんなことをやっていては、肝心の音楽が味わえなくなってしまうのではないでしょうかね。というか、はっきり言ってものすごく邪魔でした。拍手のタイミングを指示する暇があったら、「演奏中は、隣の方の迷惑になりますので、メモを取ることはおやめください」という案内こそ、やってほしいですね。
 ためしに、カーテンコールの前に席を立って、そのまま東京駅に向かってみました。銀座線を新橋で乗り換えて、ホールから20分で着いてしまいましたね。これだったら空いていれば楽々乗車変更も出来ましたね。これからは(そんな機会はありませんが)、最初からこの時間で取りましょう。というか、この最終の2つは日曜日はいつも満席、間にもう1便欲しいですね。
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by jurassic_oyaji | 2017-11-27 21:01 | 禁断 | Comments(0)