おやぢの部屋2
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ja, vi elsker
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Tone Bianca Sparre Dahl/
Schola Cantorum
Ingar Bergby/
Forsvarets stabsmusikkorps
2L/2L-104-SABD(hybrid SACD, BD-A)




少し前に出たアルバムですが、とても興味のある内容なので、取り上げてみました。これがリリースされたのは2年前の2014年、その時は、このレーベルのあるノルウェーでは憲法制定200年をお祝いする行事で賑わっていたのだそうです。1814年5月18日に制定された憲法によって、ノルウェーは民主国家としての歩みを始めたのでした。魚料理がおいしいですよ(それは「民宿国家」)。
それにしても「200年」というのはとてつもない長さです。アメリカ合衆国憲法の「230年」には負けますが、ヨーロッパでは最古の成文憲法なのだそうです。もちろん、この間には何度も(400回とも言われています)改正が行われて、現在の形になったのだそうですが、最初に出来たときの理念が、その改正によって失われることは決してありませんでした。ノルウェーの国民は皆この憲法を愛していて、毎年その制定の日には国中がこぞってお祝いに参加しているのだそうです。
これは、翻ってたった70年しか経っていない「日本国憲法」の扱われ方と比べてみると、なんだかとてもうらやましいような気になってきます。「憲法記念日」という名前の祝日にはその憲法に反対する人たちが集まって気勢を挙げたりしていますし、その音頭を取っているのが、政権与党なんですからね。
以前、この国の機関に属する団体の音楽隊の入学要綱を見たことがありますが、そこには受験資格として「日本国憲法を遵守する者」という項目がありました。これだけ見ると、日本国憲法を遵守しないどころか、それを根幹から改正(いや、改悪)しようとしている人には、この音楽隊に入る資格がないということになります。つまり、日本人としての資格がないものとみなされるのでしょう。この国の政権は、そんな人たちの手にゆだねられているのですよ。そんな中では、憲法記念日を盛大にお祝いしようなどという機運が盛り上がるわけがありません。
ノルウェーの人たちは違います。このレーベルのスタッフも、おそらく子供のころからそのような自国の憲法に対しての愛着を持っていたのでしょう。それが200周年という晴れがましい記念日を迎えるということになれば、心の底からそれをお祝いしようという気持ちになるのは当然です。いつもは、なんともマニアックでとっつきにくいアルバムを作っているモーテン・リンドベリは、ここではそんなポリシーをかなぐり捨てて、誰でもいとも気安く共感できるような素敵なアルバムを届けてくれました。
まず、ここでは野外で演奏されることを念頭に置いて吹奏楽団がメインを務めています。まるでハリウッド映画のイントロのような派手なファンファーレに続いて合唱が歌い出したのは、「God Save the Queen」と全く同じメロディの曲でした。イギリスの国歌として広く知られていますが、そのメロディ自体は17世紀頃に作られた(作曲者不詳)のだそうですね。ノルウェーでも、これは「国王の歌」として親しまれています。
その後は、ほとんど聴いたことはありませんが、とてもキャッチーな行進曲系の曲が続きます。演奏している吹奏楽団は一応「軍楽隊」ということですが、かなりのハイレベル(もちろん、厳格な入団試験があるのでしょうね。そこには「憲法を遵守」する人だけが入れるのでしょう)、その辺の「ブラスバンド」のような荒っぽさは皆無です。と、突然聴いたことのある曲が始まったと思ったら、それはグリーグの「十字軍の騎士シーグル」からの「忠誠行進曲」でした。4本のチェロで演奏されるはずのテーマがサックスで吹かれているのがお茶目ですね。なんだか、全く別の曲みたいに聴こえます。
最後はもちろんノルウェー国歌「われらこの国を愛すJa, vi elsker dette landet」で締めくくられます。わが国では、「国歌」さえも偉い人に強制されて無理やり歌わされるものになってしまいましたが、こちらはそんなことはありません。ノルウェー人のように、自然に「国を愛せる」ようになりたいものです。

SACD & BD Artwork © Lindberg Lyd AS
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by jurassic_oyaji | 2016-08-04 23:07 | Comments(0)
合唱が間違って立ったところも、映ってませんでした
 最近、Facebookページのカバーのレイアウトが変わったようですね。今までは、基本的に普通のFacbookのように、カバーの左下にプロフィールがかぶさる、というものだったのですが、今ではそれが完全に分離して、こんなことになっています。よそのページですけど。
 こういう風に変わったことが分かったのはつい最近なのですが、それは私のPCの場合だけで、実はMacあたりではもうちょっと前から変わっていたらしいというのは知ってました。つまり、OSによってレイアウトが違っていた状態がしばらくの間続いていたのでしょうね。もちろん、Facebookのことですから、それがいつからすべてのOSに適用されるのかなんて情報は伝わってきませんから、その時点でチラシのパーツを使わせていただいて私が作ったニューフィルの定期演奏会仕様のカバーは、普通にプロフィールで隠れる部分には文字情報が含まれていないものでした。
 私の場合ニューフィルのFacebookページを覗くのは新しい書き込みをするときだけですから、そんなに頻繁なことではありません。ですから、いったいいつから変わったのかは全く分からないんですが、きのう見てみたら、見事に変わってしまっているではないですか。つまり、この間抜けな隙間の空いたカバーが、何日かの間表示され続けていたということですね。もうすぐにでも直したかったのですが、これの元になったレイヤーは職場のPCにしか入ってないので、今日までほったらかしておくしかありませんでした。
 そして、今日になって作り直したのが、これです。
 使える空間が広がったので、チラシにはあった指揮者の写真も入れました。さらに、前はレイアウトの制限があったので、マーラーの顔を裏焼きにしたのですが、ここではちゃんとオリジナル通りになっています。つまり、こうなれば作ったものがそのまま表示されるのですから、デザインの自由度がはるかに上がります。というか、やはりFacebookページというのは宣伝用のツールなのでしょうから、最初からこのようにするべきだったんでしょうね。これがまた元に戻らないことを、祈るばかりです。
 ところで、夕べの「クラシック音楽館」はご覧になりましたか?私は、普段はこの番組をリアルタイムで見ることなどまずないのに、始まると同時にかじりついて見てしまいましたからね。仙台でもサントリーでも、前半の「幻想」の時はリハーサルも含めて全く目にすることはできませんでしたから、これが初めて。あんなことをやっていたなんて初めて知りましたよ。ただ、ハープは4台用意されていて、我々の入るリハーサルの時にそのうちの3台は片づけていたので、それが本番では4台編成になっているのだけは知ってました。これはサントリーだけのバージョンですから、ハイレゾで聴いていた仙台とは音も違っているはずですね。確かに、その4台のハープがフィーチャーされた第2楽章はゴージャスの極みでしたね。
 そして、番組の上ではあたかも連続して演奏されたように「レリオ」が始まりました。これはなかなかすごいこと。本番ではまず不可能なことでしたから、こんな風にして作曲家が意図したとおりに見れるというのは、感激ものです。合唱が入るカットも、さすがNHKという手慣れたものでしたね。合唱が見えてほしいという時には、きちんと頭から合唱のアングルに変わっていましたからね。
 ただ、私が立っていたところは、ちょっと微妙な位置だったので、もう1人分カメラを振ってくれれば入るのに、というカットがいくつもあったのは残念でしたね。あとは、ステージの上から合唱がいたP席を撮っている無人のカメラがあったのですが、そこからのアングルだともろに前にいた〇枝くんの顔が私と重なってしまって、私のちいさな顔はまるまる隠れてしまっていましたね。
 でも、それなりには全身が映っているようなところもあって、「すぐに分かったよ」みたいなことをいろんな人に言われたりしましたね。でも、「ソリストが暗譜なのに、なぜ合唱は楽譜を見ているの?」と言ってる人もいました。確かに、あの「山賊の歌」だけは暗譜で歌いたかったですね。仙台では暗譜でしたから。
 それにしても、テレビを見ながらつい歌を口ずさんでしまう私。3か月も経ったのに、まだしっかり覚えているなんて。
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by jurassic_oyaji | 2016-07-25 21:58 | Comments(0)
WAGNER/Die Walküre Act 1
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Kirsten Flagstad(Sieglinde)
Set Svanholm(Siegmund)
Hans Knappertsbusch/
Wiener Philharmoniker
DG/UCGD-9047(single layer SACD)




昔、この「ハンス・クナッパーツブッシュ」という指揮者の名前を文字で目にしたときには、一体なんと発音するのだろうと悩んでしまったものです。最大のネックは3つある「ツ」の扱い、大文字なんだか小文字なんだか分かりません。現に、「クナッパーッブッシュ」と、全部小文字にして苦労している友人が身近にいましたからね。多くの人が、そんな面倒なことは考えずに単に「クナ」と言っているのだと知ったのは、だいぶ後のことでした。
第二次世界大戦後に再開されたバイロイト音楽祭を支えた指揮者として非常に有名な方で、そのバイロイトのライブ録音は数多くリリースされています。1962年にPHILIPSのスタッフによって録音された「パルジファル」は、演奏、録音ともに最高のものとの評価がなされている名盤です。
しかし、そのような劇場における実際の上演のライブ録音ではなく、スタジオでのセッション録音になると、彼に対する評価は著しく低下します。なんせ、実際にそんなセッション録音を仕切ったプロデューサー自身が公にこのようなことを書いているのですから。
In the theatre I believe that he was a Wagner conductor of supreme ability. But on records he was a total failure. [...] He was a nineteenth-century professional, and to the end of his life the gramophone was a newfangled toy. We could not do him justice.

これが2007年にはこんな風に訳されています。
「劇場の中では無上の能力をそなえたワーグナー指揮者だったと確信している。しかし、レコード上での彼はまるで落第だった。・・・彼は19世紀的なプロフェッショナルであり、死ぬまでレコードは新奇な玩具だった。私たちには、彼を正当に扱うことができなかった。」

お判りでしょうが、これは英DECCAのレコーディング・プロデューサーだったジョン・カルショーの「Ring Resounding」という著作の中の一節です。彼がショルティとウィーン・フィルを使って、ワーグナーの「指環」の、完成した時には世界で最初のスタジオ録音による全曲盤となるレコードを作りはじめる丸1年前に、同じ会場で同じレコーディング・エンジニアの元に、同じオーケストラ(と、同じ歌手)を使って録音されたものが、この「ワルキューレ」の第1幕なのです。
ただ、なぜかこのSACDでのクレジットは、こうなっています。しっかりしてくれじっと

ここで述べられているように、クナッパーツブッシュと仕事をしてつくづくこの指揮者がスタジオ録音にはなじまないと痛感したカルショーですから、当然このアルバムも「失敗作」だと思っていたのでしょうね。そして、これはもう「なかったこと」にして、この後、彼はここでジークリンデを歌っていた稀代のブリュンヒルデ、キルステン・フラグスタートをフリッカ役に立てて、「ラインの黄金」の録音に邁進することになるのです。
しかし、そんな製作者の思いとはうらはらに、いまではこんなシングル・レイヤーSACDにもなりうるような、高いクオリティのレコードが出来ていたのでした。何よりも、ゴードン・パリーの録音には圧倒されます。ここでの低音の充実ぶりは、後の「指環」にそのまま受け継がれているのでしょう。そして、クナッパーツブッシュの演奏も、当時カルショーが考えていた規格には当てはまらなかった分、生身の鋭い音楽がそのまま伝わってくるような気がします。前奏曲でのアッチェレランドには驚きましたね。
カルショーが「20世紀には対応できない」と言い切ったクナッパーツブッシュの「レコード」は、21世紀になってやっと正当に評価されるようになったのかもしれません。
LPでリリースされた時には、2枚組の余白に、その前年にやはりウィーン・フィルと録音された、「神々の黄昏」の序幕と第1幕の間の間奏曲と、第3幕の「葬送行進曲」の2曲が入っていました。その後、CD化された時には、このカップリングは外されて1枚になっていましたが、今回はシングル・レイヤーSACDでの長時間収録で、このかつての「おまけ」が復活しています。こちらもゴードン・パリーの録音が存分に楽しめます。

SACD Artwork © Decca Music Group Limited
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by jurassic_oyaji | 2016-07-24 20:22 | Comments(0)
Penderecki Conducts Penderecki Vol.1
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Joanna Rusanen(Sop), Agnieszka Rehlis(MS)
Nikolai Didenko(Bas)
Krzystof Penderecki/
Warsaw Philharmonic Choir(by Henryk Wojnarowski)
Warsaw Philharmonic Orchestra
WARNER/08256 4 60393 9 5




永六輔さんが亡くなられましたね(ええっ!)。1933年にお生まれになっていますから、83歳でご逝去ということになります。しかし、同じ年に生まれたポーランドの作曲家、クシシュトフ・ペンデレツキさんは、こんな自作を指揮したアルバムを作ってしまえるほどですから、まだまだお元気なようですね。これが「Vol.1」というのですから、このまま全作品を録音していこうというのでしょうか。それはちょっと無謀なような気がしますがね。まあ、好きなように余生を送るのは、悪いことではありません。
ただ、ここで録音されている曲の中では、おそらくこれが初録音となる「Dies illa」以外は、全て割と最近NAXOSのアントニ・ヴィットによる一連のシリーズによって、今回と全く同じオーケストラと合唱団によって録音されているのですね。「聖ダニエル聖歌」は2005年、「聖アダルベルト聖歌」は2010年、「ダヴィデ詩編」は2006年です。しかも、これらは録音スタッフも今回と同じCD ACCORDなのですから、先に録音をしたヴィットは気を悪くしたりはしなかったのでしょうかね。
2014年の11月9日にベルギーのブリュッセルで初演されたペンデレツキの大曲「Dies illa」は、その後翌2015年3月にはワルシャワでポーランド初演が行われます。これは、その直後の6月にやはりワルシャワで録音されたものです。2014年というのは第一次世界大戦がはじまって100年という年ですから、彼はその戦争の犠牲者を悼むためにこの曲を作ったのだそうです。彼の大昔の作品に「広島の犠牲者のため」という言葉が入る有名な曲がありますが、今回はそのような「後付け」ではなく、ちゃんと「悼む」気持ちをもって作っていたのでしょう。
3人のソリストと合唱、そして大編成のオーケストラという、なんでも初演の時の演奏家は全部で1,000人にもなっていたというこの作品は、日本語のタイトルが「怒りの日」と呼ばれるのだ、と、代理店のインフォにはありますが、それは厳密な意味では正しくはありません。ペンデレツキがここで採用した、「レクイエム」の2つ目のパートに当たる「セクエンツィア(続唱)」の長大なテキストは、それ全体が「怒りの日」と呼ばれていますが、それは、最初の言葉が「Dies irae」で始まるから、その日本語訳を用いてそのように呼ばれているのです。しかし、この作品のタイトルは「Dies illa」、なんか、微妙に違います。
これは、そのテキストの最初が「Dies irae, Dies illa」で始まるところから、その2つ目のフレーズをタイトルにしたのでしょう。これは「怒りの日なり、その日こそ」と訳されていますから、「Dies illa」だけだったら「その日」と訳さなければいけないのではないでしょうか。でも、「ペンデレツキ作曲『その日』」なんて、なんだか間抜けですね。
実は、彼はそもそもこの部分のテキストは使ってはいません。そこはカットして、モーツァルトの作品で言うと、「セクエンツィア」の2曲目、「Tuba mirum」でバスのソロに続いてテノールのソロが歌い始める「Mors stupebit et natura」というテキストの部分から作り始めているのですよ。そうなると「Dies illa」はないじゃないか、と思われるかもしれませんが、安心してください(ふ、古い)、最後の方の有名な「Lacrimosa」に続くのが、「dies illa」なんですね。「涙の日なり、その日こそ」です。
ということは、彼がメインに考えていたのは冒頭の「Dies irae」ではなく、最後のこの部分だったのでしょうか。あるいは、単に1967年にすでに「Dies irae」のタイトルで別の曲を作っていたので、それとの差別化を図っただけのことなのでしょうか。いずれにしても、まさに彼の最近の作風にどっぷりつかった「親しみやすい」曲であることだけは確かです。いまだに「チューバフォン」という、太い塩ビ管を束ねた楽器を使っているのが、笑えます。
当然のことですが、他の曲でヴィットの演奏から聴こえてきたシニカルな視点は、ここではきれいさっぱりなくなっています。

CD Artwork © Warner Music Poland
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by jurassic_oyaji | 2016-07-14 23:46 | Comments(0)
DEVIENNE/Flute Concertos Vol.1
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Patrick Gallois(Fl)
Swedish Chamber Orchestra
2xHD-Naxos/No Number(DSD128)




こちらに書いたように、いつの間にか5.6MHzDSD、つまりDSD128(またはDSD 2、あるいはDSD double)を聴ける環境が整ってしまいました。殺虫剤じゃないですよ(それは「DDT」)。そこで一度でもそのフォーマットの凄さを体験してしまうと、今までCDで聴いてきたものをこれで聴き直したくなってきます。そこで、そういうものを扱っているサイトでいろいろ探してみると、あるレーベルが、配信専用でこのような超ハイレゾの音源を多数用意していることに気づきました。それが「2xHD」というカナダのレーベルです。
このレーベルは、アンドレ・ペリーというプロデューサーと、ルネ・ラフラムというエンジニアが共同で運営しています。それぞれ華々しいキャリアを持った人たちですが、ここでは名前の通り、普通の「HD(High Definition)」の2倍の鮮明度の音源を目指しているようです。「これを聴いてしまうと、あなたはもはやMP3には戻ることはできない」などという挑発的なコピーが、彼らのサイトには踊っています。
実は、彼らは基本的に「録音」という作業は行わず、すでにリリースされている音源に手を加えて、ハイレゾ用のデータを作り上げるという作業をもっぱら行っているのです。ここは、そういう「リマスタリング」専門のレーベルです。
実際の彼らの作業は、まず音源をDXD(24bit/352.8kHzPCM)かDSD(あるいは DSD 2 )にトランスファーするところから始まり、それにリマスタリングを行い、一般的なハイレゾ音源の24/48から最高は24/192、そしてDSD 2までのデータを提供するということになるのでしょう。特に、NAXOSの音源を用いた時には、このように「2xHD-Naxos」というレーベル名を付けています。ただ、この場合、扱うのはNAXOSレーベルだけではなくNAXOSが販売に関わっているPROPRIUSなどのレーベルも含まれているようです。
ということで、このレーベルの5.6MHzDSDのラインナップを見てみたら、だいぶ前にCDで聴いていたこちらのアルバムがつい最近そんなリマスタリングを施されて配信が始まっていたことが分かりました。そこで、それがどの程度のものなのか聴いてみようと、フルアルバムではなく「フルート協奏曲第2番」だけを買ってみて、CDの音と比べてみることにしました。
それは、冒頭のしなやかな弦楽器の音を聴いただけで、CDとは全く別物であることが分かりました。まず、弦楽器の音色が違います。CDでは高音がとても硬い、はっきり言って長い時間聴いているのは苦痛に感じられる音なのですが、このDSDはそんな硬さは微塵もない、あくまで伸びやかな音です。当然、いつまでもこの音の中に浸っていたいという欲求が、ごく自然に生まれてきます。音を聴くだけで幸せになれるという安らぎ感、それはなかなかCDでは味わうことが出来なかった感覚です。
そして、それぞれの楽器がとても立体的に聴こえるという、これはハイレゾでまず感じることですが、それがこれほどはっきりしているものもなかなかお目にかかれないでしょう。変な喩えですが、CDではそれぞれの音がコールタールのようなものでべったりくっつきあっているものが、このDSDでは、そんなベタベタがきれいさっぱり洗浄されて、ピカピカになった音だけがくっきりと聴こえてくる、みたいな感じでしょうか。長い前奏が終わってやっと出てくるガロワのフルートは、ひときわ輝いてピチピチしています。
第3楽章のロンドでは、まるでマルチチャンネルからリミックスしたみたいに、楽器のバランスまでが違って聴こえてくるところがありました。それは、最後の方でフルートソロに絡み付くソロ・ヴァイオリン。DSDだと、まるでスポットライトを浴びたように、くっきり聴こえてきますよ。
これは、録音する時にハードディスクに収められたはずの音がCDになるといかに「汚れて」しまっているかが、端的に分かってしまうという、ある意味恐ろしいものです。それにつけても、この業界ではそういうファイルになぜ識別用の「品番」を付けようとはしないのでしょうか。

DSD Artwork © 2xHD-Naxos
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by jurassic_oyaji | 2016-07-09 21:21 | Comments(0)
バリトンが充実してました
 きのうの夕方、太白区文化センターの展示ホールで練習があったので、その前にモール付近で夕食を食べることにしました。と言っても、私が行くのはその隣のララガーデンにあるフレッシュネスバーガーですけどね。もうここのを食べてしまうとマックはもちろん、モスでもかすんでしまいますからね。私にとっては。
 いつもは車で来るのですが、きのうは地下鉄、初めて駅とララガーデンが直結しているを知りました。そこからエスカレーターを上がっていくと、あちこちに「リニューアル」という文字が躍っています。確かに、なんか、大々的なリニューアルの工事が行われているようで、あちこちに板壁で覆われた空間がありましたね。そこで、一抹の不安が脳裏をよぎります。フレッシュネスは大丈夫なのか、という不安です。2階に着いて、恐る恐るそのあたりを見てみると、なんかいつもと風景が違います。やはり、ここもリニューアルで撤退の対象になってしまったのでしょうか。そして、そこで目に入ったのが、
 こんな「証拠」を突きつけられてしまえば、もう信じないわけにはいきません。とうとうここもなくなってしまったんですね。「も」というのは、そもそも初めてこのお店に入ったのが、利府のシネコンの敷地にあったところなんですが、そこが早々となくなっていたからです。これで、宮城県内のフレッシュネスはこの貼り紙にある「泉アクス店」と仙台駅の中のお店の2つしかないことになりました。ここのジンジャーエールは絶品だったのに、これからどこへ行ったらいいのでしょう。
 そんな「別れ」があった後には、新しい「出会い」を求めて、練習に向かいます。これは、久々の合唱の練習です。最近では仙台のプロのオーケストラが、一般の合唱団をいくつか集めて使うということをよくやっていて、1月にはそんなスタイルでメンデルスゾーンの「エリア」が演奏されましたね。実は、その時に私が前にいた合唱団からお誘いがあって、普通だったらそこに参加していてもおかしくなかったのですが、ちょっと私にとっては微妙な問題が1つあったので、用心してそれはパスしました。その本番の写真を見たら、私の「用心」は正しかったようで、やはり出なくてよかったな、としみじみ思いましたね。
 そのオーケストラが、4月にもまた合唱入りの曲を取り上げるというので、そういう流れなら同じ合唱団から案内が来てもおかしくはないだろうと網を張っていたのですが、結局そこには声はかからなかったようで、どうやら特に合唱団単位ではなく、合唱指揮者の人脈で集められたようなのですね。そのうちに、実際に練習が始まったようなニュースも伝わってきたので、これは縁がなかったことだとあきらめていました。いちおう、もしもの時に備えて楽譜だけは買ってありましたがね。
 そうしたら、ごく最近、全く別の方の関係での知り合いがここで歌っているというのを知って、ダメモトで「今からでも歌えませんか?」ときいてみました。それがすんなり通じてしまって、晴れてきのうから練習に参加することが出来た、というわけです。とは言っても、その人から送られてきた練習予定を見てみると、奇跡的に全くニューフィルとは重なっていなかったので、すべてに参加できることは分かったのですが、もう全体の半分ぐらいは終わっているのですね。それに追いつくには、かなりさらわなければいけないはずです。連絡があったのが火曜日だったので、それから3日間、それこそ寝る間も惜しんで譜読みです。音はそんなに難しくありませんが、問題は言葉。なんせ、フランス語ですからね。しかも、男声合唱もあって、それなどはほとんど早口言葉ですから口が全然ついていけませんよ。
 でも、どうやら他の人もこれにはてこずっていたようで、きのうの男声だけの練習では指揮者の雷が落ちていましたね。なんせ、日曜日には本番の指揮者の練習なんだそうですが、「とてもそんなレベルではない」と、普段は優しいこの方が本気で怒っていました。でも、中にはもう暗譜している人もいましたから、私もせめてそのレベルまでには引き上げようと、もがいている真っ最中です。
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by jurassic_oyaji | 2016-02-05 21:01 | Comments(0)
マーラーのカップリングは「未完成」?
 そして(と言われても、サイトの「禁断」だけを見ている人には何の事だかわからないでしょうが)、「娚の一生」も無事BDに保存することが出来ました。いやあ、とても素敵な映画でしたね。何よりも、ロケ地がとても豊かな自然の中で、心が洗われるようなシーンが満載でした。お祭りのシーンなどは、なにかのオマージュといった感じでした。
 そんな現世から隔絶されたようなところで展開される年の差ラブストーリー、榮倉奈々は、かなり陰のある主人公を見事に演じていました。この人、いつの間にかとても幅の広い演技ができるようになっていたんですね。もうこうなると「大女優」じゃないですか。わたし的にはここまで成長してくれなくても、ただかわいいだけでよかったのですがね。もちろん、ここまで立派になってくれたんですから、何も言うことはありません。
 正直、この映画での彼女を見ていると、「かわいい」とか「美しい」と言った対象ではなく、もっと深いところでの魅力が発散されているのではないでしょうか。つまり、ただ美しいだけの人には絶対にできないような表情で、魅力を伝えてくれるのですね。こういうタイプの人は、年をとってもその魅力が衰えることはないのではないでしょうか。
 映像とともに、素晴らしいと思ったのが音楽です。よくある、演技の稚拙さを音楽によって助けてしょうもないシーンを感動的なものに仕上げる、というようなことはなく、あるのかないのかわからないほどにほんわかと存在している、というたたずまいがとても心地よかったですね。でも、残念なことに、最後のシーンになったらヴォーカルが思い切りかぶってきて、それまでのここでの音楽の在り方が全否定されてしまいました。もしかしたら、それまでの音楽はただの気まぐれで、別に狙ったものではなかったのかもしれませんね。やはり、この世界では音楽に関してはまだまだ「勘違い」が横行しています。
 もう一つ残念だったのは、最初に彼女が自転車を運転していた時に、道路の右側を走っていたことです。この映画が公開された時点で、それは立派な違反行為、こういうところに無神経なのは、許せません。あと、榮倉奈々にタバコは喫わせてほしくなかったですね。
 あと、「離婚が成立したから結婚しよう」と言いにやってきた不倫相手が、向井理だったのは笑えますね。なんたって、そのあと、この二人はテレビドラマで夫婦になるのですからね。ま、そういう見方は「反則」ですけどね。
 ドラマと言えば、嵐の二宮くんが主演の「坊っちゃん」も、CGなどはすごかったですね。でも、松山の中学生が標準語をしゃべっているのは絶対にまずいのでは。「『なめし』と『なもし』はちがうぞなもし」というセリフが、この小説のキーワードなのに。
 そんな楽しいお正月も終わって、いつもの仕事や練習が始まりました。職場ではこの時期大量に送られてきた会費納入の振替用紙の集計が待っているのですが、何回やっても金額が合いません。毎年やっていてこんなことはなかったので、明日もう1回最初からチェックをし直すつもりです。その差額がわずかだったとしても、それを払った人にとっては重大なことですからね。
 ニューフィルも、ブルックナーをほぼ初見に近い状態で合奏です。一応1回はやっていたのに、その間にクリスマスコンサートが入ったので、もうすっかり忘れていたみたいですね。もう、これがニューフィルか、と思えるほどのひどさでしたが、これがあと2か月もするとしっかりした形になるのですから、すごいですね。そんな仕上がりの様子をつぶさに味わえるのが、アマチュアの面白さです。
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by jurassic_oyaji | 2016-01-06 09:48 | Comments(0)
Jurassic Awards 2015

今年も「おやぢの部屋2」をご覧いただいて、ありがとうございました。年末恒例の「ジュラシック・アウォード」の発表の日がやってきました。例によって、部門ごとの今年のエントリー数の集計と前年との比較です。
  • 第1位:合唱(今年51/昨年51)→
  • 第2位:オーケストラ(42/49)→
  • 第3位:現代音楽(21/6)↑3
  • 第4位:フルート(19/19)↓1
  • 第5位:オペラ(14/13)→
  • 第6位:書籍(9/18)↓2
現代音楽がこんなに増えたのは、なぜなのでしょう。おそらく、「現代音楽」というくくり自体が変わってきているのでしょう。
■合唱部門
今年も多くの合唱曲を聴きましたが、とびぬけて印象に残るというようなものはほとんどありませんでした。そんな中で、久しぶりにブルックナーのモテット集が2種類もリリースされたことが、とてもうれしいことでした。その、3月のファーガソン盤と12月のショート盤は、ともにスケールの大きいブルックナー像を示していたことで、それぞれに大きな感動を与えれくれました。
■オーケストラ部門
生誕150年ということで多くのアイテムがリリースされたシベリウスですが、なんといってもリントゥの最新の映像による交響曲全集が、映像ならではの情報量の大きさで圧倒されました。これを「大賞」にしたいと思います。この部門での次点として、クリュイタンスのベートーヴェンの交響曲全集のSACDによる復刻盤を挙げさせて下さい。半世紀以上前の録音が見事に生々しい音によってよみがえっています。
■現代音楽部門
昨年の悲願だったペンデレツキの自作自演による交響曲全集をやっと聴くことが出来ました。これが部門賞です。唯一「8番」の改訂版が聴けるということと、「1番」でさりげなく行っている改訂が大きなポイントです。もちろん、それは音楽としてのクオリティが高いからではなく、それによって作曲家の心根までもがまざまざと露呈されているからにほかなりません。
■フルート部門
なんと言っても、ウィーン・フィルの首席奏者カール=ハインツ・シュッツが録音したモーツァルトの「フルート四重奏曲」を部門賞に挙げないわけにはいきません。ここでは、単に彼が卓越したフルーティストであるだけでなく、ピリオド楽器の登場で演奏様式がガタガタになってしまったこの時代の音楽に、モダン楽器としてとるべき一つの回答が得られているというあたりにも、重要な意義を認めることが出来ます。
■オペラ部門
ヤーコブスの「後宮」は、相変わらずの一本芯が通った制作態度が、今のレコード業界に喝を入れてくれるものでした。次点は待望久しい「炎の天使」のリイシュー盤です。
■書籍部門
バッハの「ロ短調ミサ」の、全く新しい資料に基づく原典版が出現したこととともに、それがいとも簡単に入手できるような状況であることに感謝したいものです。ブルックナーの「交響曲第7番」のコールス版などは、いつになったら普通に買えるようになるのでしょう。「戦火のシンフォニー/レニングラード封鎖345日目の真実」も、今年は何かと縁があったということで次点に。

ということで、某「レコード・アカデミー賞」とは全くかぶっていないというのが、ささやかな誇りです。来年も、たくさんのレコードを紹介していきます。
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by jurassic_oyaji | 2015-12-31 21:36 | Comments(2)
運行停止
 けさ、停電がありました。朝の8時半ごろでしょうかね、電気ストーブを点けながらPCをいじる傍ら、録りためたオペラをBDに焼くという作業を行っていました。そうしたら、いきなり「パチン」というような音がして、ストーブが停まってテレビの画面が消えてしまったんですね。でもPCは何ともなかったので、一瞬何事もなかったような気になってしまいましたよ。ラップトップですから、電源が切れてもPCに変化はないんですよね。でも、私の部屋以外でもちょっと暗かったので点けていたリビングの照明も消えていますし、テレビも点かないので、これは停電に間違いありません。
 そこで、まずはブレーカーの点検です。しかし、それは異常がなく、落ちた形跡はありません。ということは、マンション全体の停電なのかもしれませんから、それを確認するためにエレベーターを見てみようと外に出てみたら、2件先のドアが開いて、中から出てきた人が「停電でしょうか?」などと聞いてきましたから、これは間違いなくマンションの大元が停電したのでしょう。そういうことであれば、私に打つ手はありません。管理人が気が付いて、しかるべきところに連絡を取って、ほどなく復旧するはずです。
 しかし、なかなか「復旧」はされません。そうなってくると、まず水道が止まってしまいます。ポンプの電源が止まるので、上まで水が来なくなるんですよね。ですから、トイレなども1回は使えますが、2回目からは運行することができなくなってしまうのです(ミスタイプではありません。気を使っただけです)。こんなに長い停電は震災以来ですから、ちょっと不安になってしまいますね。
 幸い、PCは使えるので、ネット検索を続けようとしたところで、それも電気が来ていないとダメなことに気が付きました。マンションなのでVDSLからルーターにつないでいるのですが、そのどちらも「電気で動く」機械なんですよね。これは、ちょうど地図検索をしていてストリートビューを使おうと思ったら、人形をぶら下げてブラブラさせても道路の青い線が出てこないので、やっと気が付いたのでした。
 結局、停電は1時間ぐらい続きました。その間は何もすることがないので、きのう送られてきた日産のカレンダーについてきたペーパークラフトでも作ってみようかと思いました。今年のカレンダーはリーフがテーマになっていて、そのペーパークラフトが一緒に付いてきたのですよ。それにはもうすでにミシン目が入っていて、簡単に作れそうだったので、どうせヒマだからと作り始めたのですが、それをやっている途中で電気が来てしまいましたね。でも、あとで続きを行い、完成させました。

 結構、カーブなどが忠実に再現できるように作られていて、その分接着面が多くなりますが、それにもめげず丁寧に作業を進めていったら、思いのほかリアリティのあるものが出来上がりました。
 実は、日産ではだいぶ前からこんなペーパークラフトが自社のサイトからダウンロードできるようにしていたのですね。こちらがそうです。PDFをダウンロードして厚めの紙にプリントすれば、それがペーパークラフトの原紙になってしまうのです。ただ、これにはミシン目は入っていなくて、カッターで切り抜かなければいけませんがね。
 幸い、BDのダビングは最後まで終わっていましたし、大部分の家電はそのまま使えるようになっていましたが、VHSのデッキと、旧式の留守電だけは時間設定を再度行わなければいけませんでした。VHSのデッキに触ったのなんて、何年ぶりだったでしょう。
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by jurassic_oyaji | 2015-11-14 21:16 | Comments(0)
カウフマンのCDがトイレットペーパーになるところでした
 「シルバー・ウィーク」は終わりましたが、まだ「お彼岸」は続いているということに気づいている人は、どのぐらいいるのでしょうか。「中日」がきのうの23日でしたから、その前後3日間が「お彼岸」、だから、今年は26日の土曜日まではお彼岸なのですよ。
 もちろん、そのような年間行事を正しく把握している人は少なくはなく、昨日も今日もお墓参りの人の数は、決して多いとは言えませんがそれなりのものがありました。職場もまだ「お彼岸シフト」を解除してはいません。
 そんな、いわば「お祭り」の中でも、定期的なごみの収集は行われます。きのうは紙類の収集の日だったので、自販機用の飲み物のケースがこのところ山積みになっていましたからまとめて出すことにしました。ついでに、私のところに送られてきた宅配便などのケースだった段ボールも一緒に出すことにしましょう。CDとか書籍などは、昔はちゃんとした箱に入って送られてきましたが、最近では封筒のような薄っぺらな段ボールに挟まれているものが多いですね。回収日は月2回ですが、その間にはかなりの量がたまっています。自宅に送ってもらうより、職場の方が確実なのでいつもこちらを送り先にしてもらっています。CDなどはほぼ100%通販ですからね。机の上には前の日に届いたCD入りの段ボールもまだ開けられずに置いてありましたし。
 それらをまとめて紐で結わえると、かなりの大きさになりましたね。もう出している人もいたので、同じ場所に置いておきます。ひと仕事終わったので、きのう届いたCDを開けてみようと思ったのですが、さっきまであったはずの段ボールの包みがありません。もうお分かりでしょうが、回収用の段ボールと一緒にしてしまったのですね。さっき置いたところに行って調べたら、やはり中にまだ開封していない段ボールがありましたよ。気付いてよかったですね。もしこのまま持って行かれたら、どうなっていたのでしょう。おそらく、先方では紙以外のものが入っていないか調べるはずですから、その時に気づいて、連絡があるはずだ、とは思いますが、そんな保証もありませんしね。
 連休が終わるとともに、嵐騒動も終わったことでしょう。きのうごく一部分を生中継していたので見てみたら、ものすごいことをやっていたのですね。あれだけのことをその場で出来るわけはありませんから、当然現地でのリハーサルなどもあったはず。いったいいつごろから準備が始まっていたのでしょう。あと、気になるのはメンバーの宿泊先ですが、いろいろ噂が飛び交う中で「ウェスティン」ではなかったことが、さる筋からの情報で明らかになりました。ということは、やはり大本命のロイヤルパークホテルだったのでしょうかね。
 不思議なことに、40万人もの観客がいたというのに、私のまわりで実際に行ったという人には、だれも出会えていません。せいぜい4000人程度の山下達郎でも、何人かは知り合いが行っていたりするのですが。まあ、客層が違うと言ってしまえばそれまでなのでしょうが、せっかく宮城県で開催されたというのに、なんだかその地元の人たちはあまり行っていないのではないかという気がするのですが、どうでしょう。あるいは、当然行きたかったのに行けなかったとか。なんか、当初はそういう趣旨のイベントではなかったような気がするのですがね。
 そんなちょっと不思議な状況を弁護するかのように出現したのが、例の「経済効果」という忌まわしい言葉です。これさえ出しておけば、どんな不条理なことでも許せるのだと思っているのでしょうね。相葉くんたちは、そんなもののためではなく、純粋に被災地の人たちを励ますために宮城県にやってきたのだ、と、思いたいものです。仮にそれが真っ赤なウソだったとしても、信じることは大切です。
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by jurassic_oyaji | 2015-09-24 23:52 | Comments(0)