おやぢの部屋2
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特急「ひばり」の思い出は、忘れられません
 この週末は、あちこちで関係者の参加するコンサートが行われていたのですが、合唱もオケも、行くことはできませんでした。なんせ、「アラジン」のチケットを買った時には、まだそういう予定はチェックできるほどのものではありませんでしたからね。でも、パリンカの場合は青文コンサートホールで入場者数が900人ですってね。ホールに入りきらないお客さんはロビーでモニターを見ていたのだとか、すごいですね。次の日は市民響とシンフォニエッタが重なっていたので、どっちに行っても恨まれたでしょうし。
 ということで、私の場合は「おと休」パスの消化にいそしんだ週末でした。きのうは、念願の鉄道博物館に行ってきましたよ。いつも新幹線で東京に行くときに、大宮の手前でその建物が見えるので、いつかは行きたいと思ってました。
 鉄道博物館に行くには、大宮駅で「ニューシャトル」に乗り換えるのが一番便利。こんな大々的な表示がありますから、間違えることはありません。実は、私は2005年にやはりニューシャトルに乗りに来たことがあったのですが、その時はこんな立派な表示はまだありませんでした。そのあと、2007年に開通したんですからね。その時は、いかにもマイナーな乗り物、といった感じ、車体は汚いし、何より駅舎がほんとにみすぼらしいのにはがっかりしましたが、いまは、鉄道博物館駅に関してはそんなことは全くありませんでした。というか、2005年の時には別の駅名でしたからね。
 入場券を買うのではなく、スイカで直接入場するというシステム、さすがJRですね。そういうのを記念に集めている人のために、出る時にスタンプ用紙が渡されました。
 「博物館」とは言っても、自由に中に入ってみることができる車両がたくさんあったのには、感激です。
 こんな車両、これは乗務員室ですが、確か同じ形でトイレになっているのもあったはず、このあたりは実際に本物に乗ったことがありますからもうたまりません。
 こんな、木製の椅子が向い合せになっているのが標準のレイアウトという列車は、小さいころの定番でしたね。
 そして、なんと特急「ひばり」ですよ。しばらく大宮に住んでいましたから、仙台に帰ってくるときにはいつもこれに乗ってましたね。
 ちゃんと「仙台行」って書いてありますし。
 ちょっと硬めのシート、今の新幹線より大きな窓は、とても快適でしたね。
 これがごみ箱。指定席が取れなかった時なんか、ここに座っていたこともありましたね。
 これは水飲み場です。右に折りたたんだ紙コップが入っていて、それを広げてコップにして水をくむんですよね。よく冷えた水だったような気がしますが、本当はどうだったんでしょう。
 そんな、「鉄道」というよりは、それにまつわる思い出がぎっしり詰まった博物館、とても楽しめました。最後はちょうど時間になったので、2階からターンテーブルが回るのをしっかり眺めてしまいましたよ。もう少しすると、増築されるそうですね。その時は、また来てみたいものです。
 今日になったらなんだかいやなニュースが。ネットには顔写真まで掲載されてましたね。明日の練習や、そのあとの選曲会議では、どんな話がでるのでしょう。
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by jurassic_oyaji | 2015-06-29 22:09 | Comments(0)
〇井さんのコンサートが売れ残り
 うちでとっている朝日新聞には、こんな広告が連日のように載っています。ゲルギエフの指揮するミュンヘン・フィルの東京でのコンサートの広告です。東京だけで何回か開かれるコンサートの中で、ピアノ協奏曲が入っていないプログラムのこの日だけが、なかなか売れないようですね。つまり、この一連のコンサートの目玉は、そこで協奏曲を共演する某人気ピアニストだったのですよ。その人のリサイタルなどはもう発売と同時に売り切れてしまうという、超売れっ子ですから、プログラムにピアノ協奏曲が入っている日の分はかなり高額なチケットにもかかわらずすぐに売り切れたようですね。ただ、オケだけの日はほんの少しお安くなっていたようですが、こんな風にいつまで経っても在庫の山、という状態が続いているのです。最近は世界中からほんとに超一流の指揮者やオーケストラが毎日のようにやってきてコンサートを行う、というのが今の東京ですから、私から見たらかなりすごい顔ぶれではあっても、やはりなかなか売れないようになってしまっているのでしょうね。それで、主催者はそのピアニストをカップリングすれば売れるだろうと考えて、こんなコンサートを企画し、それは確かにピアニストがらみのところではうまくいったものが、オケ単品では完全な誤算となって売れ残った、という状況なのでしょう。
 なんて、よそのことを笑ってはいられないのが、この「事件」の困ったところです。実は、このオーケストラは「ピアニスト付き」で、なんと、外国のオーケストラなんかは決して寄り付かないド田舎の仙台でもコンサートを開くのですよ。最初それを知った時には、これは大変なことになったと思いましたね。ただでさえ、外国のオーケストラに飢えているこの地で、あの人気ピアニストまでがくっついてくるとなると、もうチケットなんかは絶対に手に入らないと、本気で思ってしまいました。ですから、本番は11月ですが、チケットの先行発売があるという2月末には、電話予約をしてしまいましたよ。でも、なんかあまり手ごたえがなくて、電話は一発でかかってしまって簡単にチケットも手に入ってしまったのには、ちょっと拍子抜けしてしまいましたね。しかも、座席が前から3列目なんてとんでもないところでしたからね。まあ、そういう発想なんでしょう。あくまでお目当てはピアニストですから、そのお姿がよく見える舞台に近い席が、「いい席」と認識されているのですからね。
 しばらくして、一般発売も始まりましたが、まあ、もうチケットは手に入っているのでそれは全く興味はありませんでした。そして、発売されてからかなり経ってから、たまたまプレイガイドの近くに行ったので、果たしてどのぐらい売れたのか見てみました。そうしたら・・・
 いやあ、びっくりしましたねえ。チケットはほとんど売れていなかったのですよ。オーケストラを聴くにはベストだと思えるようなところでも、まだまだたくさん残っていましたよ。これは全くの予想外の展開、こんな事だったら、あせって先行で買う必要は全くなかったではありませんか。それよりもはるかにいい席が、こんな時期にまだまだ選び放題で残っているのですからね。
 やはり、売れなかった原因は、あまりのチケットの値段の高さでしょう。おそらく、その金額は、そのピアニストのコンサートだったら少しぐらい高くても行くわよ、というような熱心なファンでさえ、一線を越えてしまったと思えるほどのものだったのでしょう。物事には限度というものがあるのですね。主催者はそれを完全に読み誤っていました。ざまあみろ、です。
 それにしても、仙台ではちゃんとしたオーケストラを聴くことが出来ない、という状況は、どんどんひどくなっています。全国に「ちゃんとした」コンサートホールがたくさん出来ているのですから、わざわざそういうものが1つもない仙台でコンサートを開く理由はない、というのが、その原因なのは明らかです。一時盛り上がった、コンサートホールを作るという話はどうなったのでしょう。まあ、あれはかなり胡散臭い企画でしたから、実現できなくてよかったのかもしれませんが。
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by jurassic_oyaji | 2015-06-25 21:55 | Comments(0)
ヴァイナルってなに? EPってなに?
 最近は、「レコード」が再評価されているようですね。いや、今では「レコードってなに?」というような世代も増えていますから、そもそもこの言葉に対する説明が必要になってくる時代ですけど。もちろん、これは「record」という動詞が名詞として使われている言葉です。「記録する」という意味を持っていますが、このあたりの文脈では「音を記録する」、つまり「録音する」という意味に限定して使われます。その中でも、特に「音楽」を録音するときにもっぱら使われるのではないでしょうか。ですから、「recording」といえば、音楽を記録する作業のことになります。そのように記録されたものが、様々な工程を経て「音楽を再生する」物体に変わった時に、その物体は「レコード」と呼ばれることになります。
 しかし、歴史的には、「レコード」と呼ばれる物体は、平らな円盤に溝を掘って音の信号を刻んだ形で「記録」したものに限られています。同じ溝で記録するものでも、もっとも初期の形の円筒に記録するものは「シリンダー」とは呼ばれますが「レコード」とは呼ばれませんし、ごく最近(といっても、30年以上前)発明された、音の信号をデジタル・データに置き換えて、そのデータを「穴」として円盤に刻んだ「コンパクト・ディスク」も、やはり「レコード」と呼ばれることはありません。
 その「レコード」は、材質の違いにより、2つの種類に分けられます。初期のものは「シェラック」という天然成分の樹脂が使われていました。これが「SPレコード」です。78rpm(revolutions per minute/1分あたりの回転数)という高速で回転させるため、演奏時間が短く、割れやすい材質でした。
 それが、材質をポリ塩化ビニールとポリ酢酸ビニールの共重合体に代えることによって、音の溝を細くすることができ、低速の回転数でもSPレコードをしのぐ音質が確保でき、割れたりすることもないという革新的なレコードが誕生しました。その最初のものはSP(standard play)に対して「LP(long play)」と命名されています。それは、直径が12インチ(30㎝)、回転数が33 1/3rpmという規格でした。
 それに対して、競争会社が、直径が7インチ(17㎝)、回転数が45rpmという別の規格を提唱、それを「EP(extended play)」と称して、LPに対する覇権争いが始まります。これは、例えば後のVHS vs ベータのような、規格の独占を狙う不毛な戦いの始まりでした。幸いにも、LPとEPは、より長時間の演奏が可能なLPは「アルバム」、コンパクトなEPは「シングル」と、それぞれに適したフォーマットとして、共存することになります。この2つのフォーマットは、材質に由来する「ヴァイナル(vinyl=ビニール)という名称で統括されています。
 このあたりの用語に関しては、誤解が多いのですが、このようにEPというのはあくまで7インチ/45rpmという規格のレコードに対する名称です。片面に7分以上の音楽が収録できますから、当初は「ミニアルバム」的な使い方が想定されていました。この流れで、現在のCDでも「ミニアルバム」的な収録時間の短いものを「EP」と呼ぶ習慣が、アメリカあたりではまだ残っています。ただ、レコードとしてのEPの用途が、以前のSP同様ほとんど片面に1曲だけを収録するものだったために、「シングル・レコード」という言い方が定着します。さらに、これはジュークボックスなどで使われるように中心の穴が大きく開けられていましたから、「ドーナツ盤」とも呼ばれていました。つまり、「シングル盤」と「ドーナツ盤」は同義語、そしてそれらは「EP」の一つの形態、というのが、用語としての正しい使い方です。
 もう一つ、混乱しているのが「12インチ」という呼び方です。実はLPには標準の12インチのほかに、少し小さめの10インチのものもありました。ですから、「12インチヴァイナル」と言った場合は単に「標準的なLP」という意味しかなかったのですが、最近になって少し事情が変わってきています。かつては存在していなかった「クラブDJ」の出現により需要が生じた、最も音がよい最外周だけに1曲だけを収録した、いわば「シングルLP」、さらには、もっと高音質の45rpmで演奏する「12インチEP」のことを特化して「12インチヴァイナル」、または単に「12インチ」と呼ぶ習慣が出来つつあるのです。
 「ヴァイナル」の再評価が高まっている昨今、このぐらいの基礎知識があれば、困りません。
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by jurassic_oyaji | 2015-06-13 22:17 | Comments(2)
「魔笛」序曲は、クレメンティのピアノソナタのパクリ
 ニューフィルの演奏会まであと2週間ですね。ここにきてFacebookでイベント招待を行った人から、参加される旨の連絡が入るようになってきました。おそらく、これを始めてから最高の申し込みになりそうな予感です。もちろん、「エイプリル・フール」で書いたように、マジでプレイガイドからは追加注文が来てますから、間違いなく今度の演奏会はたくさんのお客さんがいらっしゃることになるはずです。ですから、落ち着いて席を確保できるように、少し早めに会場にいらっしゃることをお勧めします。
 その時にお渡しするプログラムの制作も、快調に進んでいるようです。表紙を除いたページはほとんど完成しているみたいで、ゲラのPDFが送られてきましたからね。
 実は、そのプログラムに載せる曲目解説を、前もって団員に読んでもらおうと、本番の1週間前の指揮者練習の時に発行する予定で、その解説を掲載した新しい「かいほうげん」を準備しているところです。その解説、半分は私が書いたので原稿は手元にありますが、もう半分は別の人の担当なので、印刷担当のOさんにお願いして送ってもらいました。そうしたら、その量がハンパじゃありません。私のは3000字ぐらいだったのに、そっちは優に4000字を超えていましたからね。しかも、それを読んでみると、私の原稿の内容にも少し関係しているようなことが書いてあるではありませんか。私は、できるだけ簡素に仕上げるためにそういう細かいことは大幅にカットして仕上げたのですが、こちらにそういうことが書かれてあると、私の方もそれに対応したものがないことには、全体がちょっと間抜けなものになってしまいます。そこで、そんなことを含めて、原稿を少し書き直すことにして、その追加分をOさんに送りました。ちょっと長めですが、Oさんのスキルをもってすれば、それは楽々収まるはずですから。
 しかし、どうやらそれはあまりに無理な注文だったようで、「とても収まらないので1/3ぐらいに減らしてください」という、涙交じりのお願いが返ってきましたよ。実際の割り付けも送られてきましたが、確かに、もうパンパンに入れてもまだはみ出している、という感じでしたね。なんか、こういうのって、新聞記事の校正をやっている現場みたいでスリリングですね(そんなのを「出禁の女」でやってましたっけ)。
 私が担当したのは2曲なのですが、そうなるともう1曲の方も少し直したくなってきました。せっかくだから、その「魔笛序曲」に関するとっておきのネタを入れてみたくなったのですよ。ご存知かもしれませんが、この曲のテーマは別の作曲家のピアノソナタの最初のテーマをそのままパクったものなんですよね。
 そのことを加えて原稿を送ったついでに、Oさんにこの曲の音源が聴けるサイトを教えてあげました。そうしたら、Oさんもすっかりハマってしまったようで、「このURLをプログラムに載せましょうよ」と言い出しましたよ。さっき届いたゲラには、もうしっかりQRコードが印刷されていましたよ。ですから、スマホやケータイをプログラムにかざすと、この楽譜の2段目ぐらいまでがその場で聴けるようになります。ただ、これは会場の人が一斉にやりだしたら、かなりうるさいでしょうね。「ここでは聴かないでください」みたいな注意書きが必要かも。
 「かいほうげん」には、そんな最新の原稿を載せることが出来ました。そのほかに来年春の指揮者の篠崎さんの今までの写真などをまとめて2ページ分作ったりしたら、私が最初から作らなければいけない部分はほとんど完成してしまいました。あとは、お願いしている団員からの原稿さえ届けば完成です。
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by jurassic_oyaji | 2015-04-10 22:21 | Comments(0)
カルメンの主役はホセ
 きのうと今日は、ニューフィルのスプリングコンサートの指揮者、佐藤先生との初練習でした。とは言っても、この方はおそらくニューフィルとは最も多くの共演を果たしている指揮者なのではないでしょうか。つまり、毎年の角田の合唱団が手掛けている「第9」の演奏会のオーケストラをニューフィルが引き受けているものですから、その時の指揮者として先生とはもう20年近くのおつきあいとなるのですよ。そんな縁のある方なのに、なぜか定期演奏会に呼ぶ、ということはありませんでした。団員の中には、いつかちゃんとしたニューフィルの演奏会でも振ってほしいという人もいましたし、先生の方もひそかにそんな希望を持っていた、というようなことを回りまわって誰かから聞いたことがあります。ですから、今回の演奏会で指揮者としてお願したのは、まさに待望のことだったのでしょう。言ってみれば、いままでずるずると同棲生活をしていた男女が、晴れて入籍した、みたいなものでしょうか。
 そんな、おなじみの方ですから、もうお互いのやり口はよくわかっています。最初にあいさつをされた時も、「初めまして、佐藤です」なんてミエミエのウケ狙いで笑いを取ろうとしていましたし。
 練習の方も、隙あらば面白いことを言ってみようというタチですから、油断をしていると大笑いさせられてしまいます。今日なんかも、「カルメン」の楽譜は順不同なので、たくさんのスコアを持ってきていましたが、「カルタ」が終わった後で「次はシャンソン」と、「闘牛士の歌」を探し出したものですから、私が「次は、間奏曲」とつぶやいたら、「なんせ、乾燥注意報がでているからねえ」などと、意味不明の返し方をしていましたからね。ま、正直、間奏曲はきのうはピッチが合わなくてボロボロだったので、あんまりやりたくなかったのですけどね。
 油断ができないのは、本編の練習でも同じこと、止めて練習しているときに、こちらが準備が整うまで待ってなくてすぐスタートしたりしますから、よっぽど先を読んでスタンバイしていないと出遅れてしまいますね。でも、そんな疾走感あふれるやり方ですから、気を抜いたりできなくて、終わってみれば結構な疲労感が残りますね。そんだけ身を入れて練習させられた、ということなのでしょう。それは心地よい疲労感でした。
 今回は久しぶりにハイレゾのレコーダーを使って私の出番だけを録音してみました。でも、この会場は真ん中の通路の衝立の上が丸くなっているので、そこにレコーダーを置くと不安定になってしまいます。となると、椅子の上でしょうが、そうなるとその衝立がオケとマイクの間に入ってしまいますから、直接音が拾えなくなってしまいます。そこで、2列目の座席を立てて、その上にバッグを置いて、そこに乗せてみたら、何とか衝立の上にマイクが来るようになりました。その日はその位置でとてもいい音で録音できていました。しかし、2日目は、あまり深く考えずに座席を立てないで録ってしまったのですが、今聴いてみたら管楽器や打楽器はそんなに違わないのに、弦楽器が全然もやもやとした音になってしまっていました。これは完全なミス、きのうのだったら商品になりますが、今日のでは売れません。そんな数センチしか違わないところでこんなに音が違ってしまうなんて、それだけマイクのポジションというのは微妙なものなんですね。
 もう一つ、きのうはちょうどど真ん中に降り番の曲というスケジュールだったので、その間に望遠ズームを使って写真を撮ってみました。これは、本番でもこの曲は降り番で客席から写真を撮る予定ですから、そのためのリハーサルです。
 やはり、光学ズームだときれいですね。
 練習が終わったら、1時間かけて若林区役所付近から泉区役所付近までドライブ、フルートのクリニックを受けに行ったら、その場では直せないのでそのまま東京まで持って行ってもらうことになりました。ですから、火曜日は久しぶりにムラマツの登場です。
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by jurassic_oyaji | 2015-02-22 22:57 | Comments(0)
マエストロ・アジマン
 天気予報では雪が降るなんて誰も言ってなかったのに、今朝外を見てみたらまるでこの間の大雪の時みたいなペースで雪がしんしんと降っているではありませんか。これにはちょっと焦ります。というのも、今日は北の方にあるホールで合唱の指揮者練習があるというのに、こんなに降ってしまったら車で行けなくなってしまうではありませんか。その指揮者というのは、イタリアからわざわざやってくるというのですから、そもそも「練習にはぜったい遅れるな!」というお達しがメールで回っていましたからね。
 でも、いかにも積もりそうな雪でしたが、意外とだらしなく、しばらくしたら止んでしまいました。マンションの駐車場も、ちょっと雪かきをしたら、あっさりときれいになってしまいましたし。
 そのホールというのは、この間書いた「図書館戦争」のロケに使われた図書館のそばにあります。ですから、しばらく行っていなかったその図書館に、まず寄ってみましょうか。ちょっと調べたいこともありましたから。明日の「おやぢ」に載せる原稿を書いていてちょっと引っかかったことを確認してみたかったのですよ。モーツァルトのK375の管楽器のためのセレナーデには、6つの楽器のための「第1稿」と8つの楽器のための「第2稿」があるのだということを、さるサイトで知ったのですが、そこではその2つの稿の調性が違っていると書いてあったのですよね。しかし、実際の楽譜をネットで見てもそんなことはなくどちらも同じ調だったので、そのサイトのマスターに問い合わせてみたら、「東京書籍の『モーツァルト事典』にはそう書いてあった」と教えてくれました。これは手元にはなかったので、図書館でそのもとの記述を見てみようと思いました。
 いつもは大きな道路寄りの正面入り口から入っていたのですが、駐車場から近い真ん中の入り口から入ったら、もうどこがどこなのかわからないほどになってしまいました。この図書館はまさに「迷路」ですね。やっと閲覧室を見つけて「音楽」の棚を探したのですが、それは置いてありませんでした。どうやらそういうものは別の「辞典・事典」のコーナーにあるようなので、そこを見たら、東京書籍のはないようでしたが、もっと新しいザスローの「全作品事典」(音友)が見つかりました。でも、それを読んでみてもどちらも同じ調のような説明でしたよ。Mさん。
 これについては、一つ考えられることがあります。「第2稿」はオーボエのパートが一番上の段にあるのですが、「第1稿」にはオーボエが入っていないので、B♭管のクラリネットのパートが一番上にあります。となると、これは移調楽器なので全音高い調性で記譜されています。それを見て、東京書籍の「辞典」を執筆した人が作品自体が別の調だと勘違いしたのではないか、と。まあ、事典などに原稿を書くような人がそんなお粗末な間違いを犯すなんてまず考えられないのですが、ほかの印刷物、例えば輸入盤のCDに付けられた「帯原稿」などではそんなレベルの間違いは腐るほど見かけますから、ありえないことではないのですよね。なんたって、プロのライターでニューヨーク・フィルの指揮者の名前を堂々と「ケント・ギルバート」(本当は「アラン・ギルバート」)と書くような人がいる世界ですからね。
 そのあとは、裏口を通って練習会場に向かいます。その途中で、この間撮った映画のセットの場所を、同じアングルで撮ってみました。
 この前のは、こちら(↓)です。
 練習では、肝心の指揮者が遅刻するというハプニングがありましたが、イタリア語と英語がまぜこぜになった情熱的な指揮ぶりで、彼がやりたいことがとてもストレートに伝わってくるものでした。ホールに反響版がついたら、なんだか声が全然違って聞こえてきましたよ。それは、指揮者の指示で、男声が女声の後ろに立つようになったからかもしれませんが。
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by jurassic_oyaji | 2015-02-14 22:21 | Comments(0)
Jurassic Awards 2014

お待ちかね(笑)、第3回目の「ジュラシック・アウォード」の発表です。例によって、カテゴリーごとのエントリー数の順位です。

  • 第1位:合唱(今年51/昨年54)→
  • 第2位:オーケストラ(49/39)→
  • 第3位:フルート(19/16)↑1
  • 第4位:書籍(18/16)↑1
  • 第5位:オペラ(13/24)↓2
  • 第6位:現代音楽(6/11)→
  • 第6位:ポップス(6/6)↑1

オペラ部門の凋落が著しいですが、これは最近何かと忙しくて、じっくりオペラを観ているような時間がなかなか取れなかったのが原因でしょうね。ほんと、時間がないために聴けなかったものがどんだけあったことでしょう。ペンデレツキの交響曲全集が2組手元にありますが、いつになったら全部聴くことが出来ることやら。
■合唱部門
今年もたくさんの名演に出会えましたが、あえて1点を選ぶとすればコレギウム1704の「ロ短調」でしょうか。こういう演奏を聴くと、もうこの世界では、「1パート1人」などという主張は過去のものになったのだと、心から思えてしまいます。
■オーケストラ部門
「レコード・アカデミー大賞」などという恥さらしなものをもらうなんて許せないロトの「春の祭典」は別格としても、シュットゥトガルト・ウィンズの「グラン・パルティータ」は全くの不意打ちで驚かされました。BAならではの素晴らしい音が、最高の録音と相まってまさに理想的な響きを醸し出しているうえに、とても自発的な演奏で、音楽の喜びを与えてくれています。
■フルート部門
なんと言っても、ゴールウェイ・ボックスでしょう。RCA時代のアルバムが、ほぼ全て初出のジャケットでこんなに安く手に入るなんて、夢のようです。もう一つ、ウィーン・フィルの2人の若い首席奏者によるドップラーで初めて知ったシュッツのすごさにも、驚かされました。
■書籍部門
フォーレの「レクイエム」と、シベリウスの「ヴァイオリン協奏曲」の、ともに初めて目にすることになる楽譜は、今年最大の収穫でした。この2点が「大賞」ということになります。
■オペラ部門
昨年のザルツブルク音楽祭での「後宮」は、発売になる前からなにかと情報が入ってきてその斬新さには驚かされました。そんな中で、放送の音質がいかに粗悪なものであるかも知らされました。
■現代音楽部門
ライヒの新作が、いろいろのことを考えされられるものでした。変わりかけている「現代音楽」のシーンを象徴するようなアルバムです。
■ポップス部門
竹内まりやの久々のオリジナルアルバムと、リイシューのLPによって、彼女の変貌をまざまざと知らされたことは、一つの事件でした。

今年は、長年購読していた「レコード芸術」を買うことをやめた年でもありました。あのような愚かしい雑誌は、いつになったらなくなるのでしょう。
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by jurassic_oyaji | 2014-12-30 22:09 | Comments(2)
「なごり雪」はスリーコードだけでは弾けません。
 夕べは、私にとっては今年唯一の忘年会でした。ニューフィルではこのところ公式行事としての忘年会は行われていないので、各パートでやりたいところがそれぞれやっているようですが、今年はヴァイオリンとヴィオラが合同でヴァイオリンのメンバーの送別会も兼ねて行うことになったので、そこに混ぜてもらうことにしました。私としてはその送別会の方がメインという位置づけで。
 会場は、かつては東北大学の北門のそばにあったお店なのですが、そこが震災でもう営業できなくなったものが、今年になってやっと別の場所でリニューアル・オープンしたというところです。サイトで前もって調べてみたら、なんだか生バンドが演奏できるようなステージや機材が店内に備えてあったりして、ちょっと面白そう。
 場所は「光のページェント」で賑わう街中ですから、車は置いて地下鉄で行ってみました。ですから、地下鉄を降りて外に出たら、そのあたりはものすごい人だかり、実はまだ実物は見ていなかったので私には初ページェントです。



 しかし、あいにく結構な雪が降り始めています。本当はこのページェントの中を会場まで歩いて行きたかったのですが(もちろんひとりで)、少しでも濡れないように一番丁のアーケードを経由して細横丁まで向かいます。そのあたりは「仙台の歌舞伎町」と呼ばれているホテル街ですから、こんな日でも結構人があふれていますが、どの入り口にも「満室」の表示がありますから、どうなんでしょう。
 ヘタをしたら、間違えてそんな中に入っていきそうにもなりましたが、前もって場所の詳細は確認してあったので何事もなくお店に到着です。入ってみると奥の方に座敷があってお客さんがいるみたいですが、土間にはまだ誰もいません。貸切のようですね。サイトで見たステージもちゃんとあって、マーシャルのアンプなんかも置いてあります。かなり本格的ですね。クラヴィノーヴァですがピアノもありますし。このパートは圧倒的に女性が多いので、私は目立たないように端のテーブルに座ります。
 結局、集まったのは30人ぐらいでしょうか。出てきた料理は、皮ごとまるまんま茹でたジャガイモとか、30センチぐらいの長さのある特大コロッケとか、なんか家庭的で素朴なものばかり、終わりごろにまるでボウリングのボールぐらいの大きさの味噌焼きおにぎりが出て来た時はびっくりしましたね。そもそも、割りばしの袋にはお店の名前がハンコで押してありますし。

 盛り上がってくると、最初にわざわざ楽譜まで用意してギターを演奏した人を皮切りに、なんだか隠し芸大会みたいな感じになってきました。

 そして、宴会の仕掛け人N岡さんが用意したビンゴの時間となりました。なにしろ、iPadでビンゴ用のアプリまで持ってきているのですからすごいものです。もちろん、賞品も彼が用意しました。ところが、もうかなりの人がビンゴを出しているというのに、私はなかなか上がれません。そのうちに、まだビンゴを出していない人はもう2、3人になってしまいました。そうしたら、進行役のK苗ちゃんは「最後に残った人は罰ゲームで一発芸」なんて言い出しましたよ。まさか、私がそんなことになるなんて、あり得ませんが。
 しかし、そのまさか、あと2人となったところで他の人がビンゴになってしまったので、私は一発芸を披露しなければいけなくなってしまいましたよ。いやあ、マジでパニックです。もう泣きだしたいくらい。こうなったらヤケで、「ピアノを弾きます」と言って、ピアノの前に座ります。最初はバッハの平均律の最初の曲(グノーの「アヴェ・マリア」の伴奏)でも弾こうかと思いましたが、ちょっと最後まで弾く自信はなかったので、とっさに作戦変更、これだったらなんとか弾けそうな気がするサティの「ジムノペディ」にしました。しかし、これは「一発芸」だったと気が付いて、そんな真面目なことをやってドン引きされるよりはと、イントロの4小節だけを弾いて、そこでやめてしまいました。これが意外と好評、まずはなんとかなりました。次回はちゃんと全曲弾きますからね。
 もうそれ以上目立つことをやるつもりは全くなかったのですが、このお店のマスターが弾くギターをバックにカラオケ大会が始まると、ついついこんな感じで、もう1ステージ披露してしまいました。人前でギターを弾くなんて、何十年ぶりだったでしょう。もちろん、ニューフィルの人たちは絶対に見たことのない姿です。

 それにしても、このパートは芸達者揃い、これもN岡さんが持ち込んだヴァイオリンで、もう盛り上がること。
 そういえば、ここにいた人のほとんどは知らないはずですが、だいぶ前には「忘年パーティー」という、これはきっちりと前もって仕込んだアンサンブルなどを演奏しつつ、持ち込みの料理を楽しむという公式行事を、旭ヶ丘の大ホールで何回かやっていたことがあったことを思い出しました。
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by jurassic_oyaji | 2014-12-28 10:33 | Comments(0)
The Ultimate Classic Best
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Tower Records Selection
Various Artists
TOWER RECORDS/TNCL-1009-18




今年もまた、「ラ・フォル・ジュルネ」の季節がやってきました。毎年様々なテーマを設けて、いろいろな側面からクラシック音楽を多くの人に聴いてもらおう、という東京のイベントですが、今回晴れて10回目を迎えるということで、今までにこのイベントを飾った10人の有名作曲家を一堂に集めよう、ということになっているのだそうです。ヴィヴァルディから始まってガーシュウィンまで、それは確かに「クラシック」の王道たる文句のつけようのないラインナップです。
そこで、それに便乗しようとタワーレコードがナクソスの音源を集めてこんなコンピレーション・ボックスを作りました。10人の作曲家にそれぞれ1枚ずつCDを割り振って、全部で10枚、その名も「永遠のクラシック・ベスト」ですって。ただ、なぜかCDでの作曲家が「フォル・ジュルネ」の面子とは微妙に異なっているのが気になります。1枚目はヴィヴァルディになるはずのものが、バッハになってたりしますからね。10枚目だって、ガーシュウィンとの抱き合わせでラフマニノフが入っていますし。ただ、こちらは「特別収録」という言い訳が付いているので許せますが、1枚目がなぜバッハなのかという説明は一切ありません。そんなんでいいわけ
実は、タワーがこういうボックスを作ったのは、これが初めてではなく、初期のフォル・ジュルネでは毎回マメに作っていたのですが、2008年のシューベルトを最後に、ぱったりその消息が途絶えてしまっていたのです。もうそんなことから足を洗ってしまったのかな、と思っていたら、それから6年経ってまた世間に登場してきました。
再会したボックスは、なんか様子がずいぶん変わっていました。6年前までは山尾敦史さんが選曲から解説の執筆まで担当していたものが、ここでは選曲は「タワーレコードの専門スタッフ」というだけで、個人の名前は明らかにされてはいません。そして、解説の執筆者が、最近ナクソスの国内盤のライナーノーツなどでよく目にする篠田綾瀬さんに変わっています。このあたりの制作上の変化が、しばらくリリースされなかった原因なのかもしれませんね。とは言え、密かにファンを気取っている篠田さんの解説文が読めるのはうれしいことです。
確かに、その解説は、通り一遍のものとはかなり肌触りが違うものでした。まず、あちこちに登場するのが、昔からこういうものによく使われていた逸話のようなものを、しっかり真実かどうか見極めている潔さです。「ベートーヴェンの交響曲第5番の冒頭のテーマは、運命が扉を叩いているものだ」、とか、「シューベルトの『魔王』は、『作品1』なので彼の最初の作品だ」といった、もしかしたらこういうアイテムの購入層にとってはすでにどこかで刷り込まれてしまった「俗説」に対して、「それは間違いなのよ」ときっぱり否定してくれているあたりが、さすがです。
このような俗説排除の姿勢は、ネット記事の弾劾にもつながります。ラヴェルの「ボレロ」の解説では、最後の部分に使われているオーケストラ内の楽器を全て挙げていますが、これをネット辞書「Wikipedia」と比べてみるとやはり微妙に違っていることが分かります。手軽にコピペ出来て何かと重宝する「Wiki」には、実はこんなに間違いがあるんですよ、と、暗に警告しているに違いありません。
選曲はもちろんごくオーソドックスなものですが、演奏者にはかつてのナクソスのような貧乏臭さは全くありません。この中で唯一全曲が収録されている交響曲であるドヴォルジャークの「新世界」(シューベルトの「未完成」は2楽章までですから、「全曲」ではありません)は、まさに新生ナクソスを象徴するようなこちらのオールソップ盤が使われているぐらいですからね。
なによりも、1枚目1曲目の「トッカータとフーガ」の最初の音のモルデントで、あなたは衝撃を受けるはずです。

CD Artwork c Naxos Japan Inc.
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by jurassic_oyaji | 2014-04-27 00:34 | Comments(0)
BIRTWISTLE/The Moth Requiem
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Roderick Williams(Bar)
Nicholas Kok/
BBC Singers
The Nash Ensemble
SIGNUM/SIGCD 368




1934年生まれのイギリス作曲界の重鎮、ハリソン・バートウィッスルの合唱曲集です。タイトルの「モス・レクイエム」に反応して、つい買ってしまいました。「モス」というのはハンバーガーではなく「蛾」のことです。ジャケットにも、明かりに群がる蛾の群れが描かれていますから、これは間違いなく「蛾のレクイエム」ということなのでしょう。いったいどんな曲なのか、聴きたくなりませんか?
バートウィッスルという人は、「現代音楽の作曲家」によくある、時流に乗って自分の信念を曲げてしまうような軟弱な精神の持ち主ではないようです。このアルバムに収められている、全てこれが初録音となる作品を聴いてみると、その中にはもはや「現代音楽」の世界ではほとんど顧みられなくなってしまったいにしえの技法が、逞しく生き残っている様を見ることが出来るはずです。それは、難解さゆえに聴衆が離れていってしまった「無調」をベースとする技法です。はっきり言って「時代遅れ」の技法ですが、それこそ「予定調和」の世界にどっぷりつかっているこの時代にあっては、逆に新鮮なインパクトが与えられるものになっています。
2003年に作られた「The Ring Dance of the Nazarene」という、ナザレ人(キリスト)と群衆の対話という形で進行する曲は、「ダルブカ」というアラブ系の太鼓がのべつ打ち鳴らされる中で、木管アンサンブルがいかにもなセリエルのフレーズを演奏するというバックが整えられています。そこでバリトン・ソロと合唱はあくまで無調という枠の中でドラマティックな物語を完成させています。ダルブカとの絡みでリズミックな要素もふんだんに盛り込まれていて、退屈することはありません。
この中で最も初期の作品は1965年に作られた「Carmen Paschale」という無伴奏の短いピースです。もちろん無調ですが、ちょっとメシアンのようなテイストもある美しい曲に仕上がっています。途中で鳥の鳴き声のようなものが聴こえてきますが、これは合唱ではなくフルートで演奏されたものでした。テキストの中の「ナイチンゲール」に呼応して、楽譜には「鳥のように自由に」という作曲家の指示で、オルガンのパートが入っているのだそうです。ただ、これは本当はフルートを使いたかったらしく、それがこの録音では実現されたことになります。確かに、ここはオルガンの無機的な音では、合唱との対比があまり感じられないでしょうね。ここでフルートを吹いている、ナッシュ・アンサンブルのメンバーのフィリッパ・デイヴィースは、見事にこの場面にふさわしい異物感を表現しています。
このフルーティストは、例の「蛾のレクイエム」でも大活躍です。この作品は、2012年に出来たばかりの最新作(初演はラインベルト・デ・レーウ指揮のオランダ室内合唱団)、ロビン・ブレイザーの「The Moth Poem」からテキストが使われています、この詩はなんでも、夜中にピアノの中に飛び込んできた蛾が発する音からインスパイアされて作られたのだそうです。そんなサウンドを表現するために、ここでは女声合唱の伴奏として、アルト・フルートと3台のハープが使われています。曲の冒頭でハープの弦が軋むような音を立てるのが、蛾がピアノ線に当たる音なのでしょう。デイヴィースのアルト・フルートは、この楽器ならではの深みのある音色と、超絶技巧で音楽をリードしていきます。
様々な種類の蛾の学名がランダムに挿入された象徴的なテキストに付けられた合唱パートの音楽は、まさに無調のオンパレードですが、それを歌っているBBCシンガーズは、他の曲ともども、いかにも居心地の悪そうな演奏に終始しているように感じられます。おそらく、心から共感できない部分がそのまま表れてしまっているのでしょうが、そんなものを聴かせられるのはとても辛いものです。

CD Artwork © Signum Records Ltd
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by jurassic_oyaji | 2014-04-14 23:07 | Comments(0)