おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
カテゴリ:未分類( 41 )
あと1ページ
 今日は全国的に暖かい日和だったそうですね。こちらでも、あれほどしっかり凍りついていた根雪が、もうすっかりグズグズになっていとも簡単にスコップですくえるようになっていましたね。もうツルハシみたいな乱暴な道具を使わなくても大丈夫です。降ったままになって、誰も人が通らないようなところでも、場所によってはすっかり地面が見えるようになってたりしますから、太陽の力は偉大です。アスファルトではさすがにそうもいきませんが、ほんの1週間前にはとても車が入って行けそうもなかった駐車場も

このとおり、しっかり地肌が見えるようになっていましたよ。春はもうすぐですね。

 なんたって、明日からはもう3月なんですから、いつまでも雪が残っているわけはありません。そして、3月になれば最初の火曜日には新しい「かいほうげん」を発行しなければいけません。つまり、今日までには全ての編集作業が終わっていなければいけなかったのですが、結局1ページ分だけ手つかずで終わってしまいましたよ。いや、別にさぼっていたわけではなく、目いっぱい仕事をして普通だったら間違いなく終わっていたはずのスケジュールだったのですが、なぜか終わりませんでした。それは、単純作業で思いのほか時間が取られてしまったからです。今回は、お願いしてあった原稿も全て間にあうように届いていましたから、あとは写真や画像を揃えればいいだけのことだったのですが、その「画像」が問題でした。つまり、「展覧会の絵」のトークに必要な譜例を揃えるのに、とても手間がかかってしまったのです。
 たとえば、こんな楽譜です。

 一見、普通のスコアの断片のようですが、これを作るためには、細かいところで切り貼りが必要でしたし、最後の小節などは別のページにあったものですから、段の間隔も違っていて、それこそ1段1段貼り付けなければいけませんでした。こんなものを結局15枚ぐらい作ったでしょうかね。
 あとは、ふと思いついて、前に作ってあった画像をやめて、こんなのに差し替えたりしていました。

 最後の段階になって、どうしてもスペースが足らなくなってしまって、少し隙間を作るために何か方法がないか考えていたら、こういう風に「ピンで止める」という形にするとかなり無理なレイアウトでもそれらしく見えることが分かりました。これでまた新しい「技」を使えるようになりましたよ。言ってみれば「反則技」ですがね。
 そんなわけで、このところ全然CDなどが聴けてません。聴きながら仕事をすると、結局どっちも集中できないということになってしまうもので。聴かなければいけないものはたくさんたまっているのですがね。最近EMIのカタログが殆どWARNERに移った関係で、e-onkyoからラトルのアイテムが大量に「ハイレゾ」でリリースされているので、それはぜひEMI時代のCDと聴き比べてみたいな、とかね。ところが、チラッとサイトをのぞいてみたら、それはすべて24/44.1という、殆どCDと変わらないスペックだったので、ガッカリしてしまいました。こんなのは聴いたってしょうがありません。というか、中にはSACDで出ていたものもありましたが、そのマスターもこんなものだったのでしょうかね。確かにEMIの場合、よくCDもSACDもあまり変わらないようなことを言われていましたからね。元の録音はこんな「ローレゾ」なわけはありませんから、こんな舐めた話はありません。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2014-03-01 06:54 | Comments(0)
Paths Through The Labyrinth - The Composer Krzysztof Penderecki
c0039487_20204161.jpg







Anna Schmidt(Dir)
C MAJOR/9861




先日NHK-BSで、昨年2013年に80歳を迎えたポーランドの作曲家、クシシトフ・ペンデレツキのドキュメンタリー映像を放送していました。これはいずれBDDVDとしてリリースされるということなので、ちょっと先走ったレビューです。
タイトルが「迷宮の小道」という大層なものですが、これはこの中で作曲家自身がたびたび口にしている「作曲とは、迷路の中を歩いているようなものだ」という、分かったような分からないような語録に由来するものなのでしょう。しかも、その「迷宮」というか、「迷路」の中を実際に歩き回っている彼の映像がシンクロしているという具体性までくっついていますから、いやでも納得させられてしまいます。そこで驚いてしまうのは、その生垣で作った背の丈ほどもある迷路などが点在している広大な庭園が、彼の自宅の敷地内にあるということです。いや、実はそんな瀟洒な庭園などはごく一部分、その背後に広がる巨大な樹木が生い茂る、なんと30ヘクタールにも及ぶ山野が、そのまま「自分の土地」だというのですから、彼はまさに「大地主」いや、もっとはっきり言えば「大金持ち」です。ロック界のスーパースター、マイケル・ジャクソンの「自宅」だって、これほど広くはないのではないでしょうか。
c0039487_20272182.jpg
そう、ロック・アイドルならいざ知らず、かつては「前衛」と言われていたクラシックの「現代作曲家」が、こんなにリッチな生活をしているなんて、とても信じられない、というのが、まずこの映像を見ての率直な感想なのでした。我ながら、なんと浅ましい。
そんな田園風景から、いきなり画面が野外ロック・フェスの会場へと変わります。詰めかけた何万人という聴衆の前に姿を現したのは、ペンデレツキその人、そして、彼に指揮されたステージ上の弦楽オーケストラが奏ではじめたのは、なんと彼の半世紀前のヒット曲「広島の犠牲者にささげる哀歌」ではありませんか。作られたころはお客さんはみんな眉間にしわを寄せて、ひたすら拷問のような音響に耐えていたというこの「前衛作品」に、お客さんたちは何の抵抗もなく、それこそ大音響のヘビメタでも聴くような感覚で、喝采を送っているのですよ。演奏者がアップになると、彼女ら(女性奏者が圧倒的に多いようでした)はいとも嬉々とした表情で、時には笑いながら、この、本来は難解そのものの音楽を全身で楽しんでいるようでした。
なにかが確実に変わっています。この頃のペンデレツキの作品に対して、今まで考えられなかったような方面からの「ファン」がいつの間にか生まれていたのですね。これに関しては、思い当ることがありました。それは、以前こちらでご紹介したレディオ・ヘッドのメンバー、ジョニー・グリーンウッドのアルバムです。これはこの映像のフェスの1年前に録音されたもの、これはまさにこのアルバムを引っさげてのライブだったのでしょう。もちろん、ここではそのペンデレツキの熱狂的なファンであるグリーンウッドの作品も演奏されていました。
ここで重要なことは、このフェスで聴衆が熱狂的に聴いていたのは、ペンデレツキの「過去の」作品だったということです。彼らが現在の彼の作品を聴いたら、いったいどのように感じるのか、非常に興味のあるところです。
このドキュメンタリーのハイライトは、先ほどの自分の地所の中に作られた、「クシシトフ・ペンデレツキ・ミュージック・センター」という名前のコンサートホールの、こけら落としコンサートです。彼の資産は、途方もないガーデニングだけではなく、ホールを1軒やすやすと建ててしまえるだけのものだったのです。この映像で語られているのは、彼より120年ほど前に生まれた作曲家は、自分のホールを作るためにパトロンに無心して国家予算をつぎ込ませたというのに、現代の作曲家はそれを自費でやれるほどお金を持っていた、というお話です。BDが出たらじひ(ぜひ)見てみてください。
c0039487_20264728.jpg

Package Artwork © C Major Entertainment GmbH
[PR]
by jurassic_oyaji | 2014-01-22 20:27 | Comments(0)
Jurassic Awards 2013
c0039487_22503090.jpg











今年も第2回(笑)ジュラシック・アウォードの発表の時がやってきました。今年も、絶対に役に立たないランキングをご覧くださいね。
その前に、カテゴリーごとのエントリー数の昨年比を見てください。

  • 合唱(今年54/昨年52)→
  • オーケストラ(39/50)→
  • オペラ(24/13)↑2
  • フルート(16/17)↓1
  • 書籍(16/13)↑1
  • 現代音楽(11/14)↓2
  • ポップス(6/11)→

こんな感じで、今年はオペラの躍進には目覚ましいものがありました。やはり、VさんとWさん関係のリリースが格段に多かった影響なのでしょう。そんな風に、世の中の流れを敏感に反映している「おやぢの部屋」です。
■合唱部門
山田和樹指揮の東京混声合唱団による「武満徹全合唱曲集」は、全く期待していなかっただけに、その素晴らしさには衝撃を受けました。プロの合唱団も捨てたものではありません。次点として、数多くリリースされたブリテンの「戦争レクイエム」の中から、その原点ともい言うべき自演盤を。これは、BAで蘇った録音も見逃せません。
■オーケストラ部門
なぜか、新しい録音には「これぞ」というものがなく、最後に滑り込んだジェームズ・ジャッドのマーラーの「交響曲第1番」が大賞になってしまいました。初期のデジタル録音ですが、とてもCDとは思えない音には驚かされました。次点も、昔のアナログ録音によるクーベリックのマーラーの「交響曲第3番」。もちろん、SACD化が最大のメリットになっています。
■オペラ部門
これは文句なしに「コロンのリング」です。原曲を半分の長さにしたというアイディアとともに、演出の斬新さには完全にやられました。次点は、これも昔の映画をBD化した「ジーザス・クライスト・スーパースター」です。
■フルート部門
ペーター=ルーカス・グラーフの日本でのリサイタル盤には、様々な面で刺激を受けました。ここまで現役で活躍できるのは奇跡です。次点はゴールウェイの名盤のオリジナルジャケットによる復刻版です。彼にも、グラーフの年齢まで頑張ってほしいものです。
■書籍部門
記念年にちなんだ「ヴェルディ/オペラ変革者の素顔と作品」は、時宜を得た素晴らしいものでした。著者ご本人(たぶん)からのコメントが寄せられたのも、高ポイント。「嶋護の一枚」は、実は著者から直接本を贈っていただいたもの。いや、そんなことを差し引いても教えられることの多い本でした。
■現代音楽部門
そろそろ「現代音楽」というカテゴリーは、いらなくなるのかもしれません。そんな中で、ラベック姉妹がミニマル・ミュージックに挑戦した「Minimalist Dream House」は、今の「現代音楽」の姿を見せてくれていました。
■ポップス
PPMの初出音源による「Live in Japan, 1967」は本当に素晴らしいものでした。必ずしもベストではない機材でも、演奏が良ければ全く気になりません。また、CTIの「春の祭典」がハイレゾ音源で聴ける日が来るなんて、思ってもみませんでした。

ハイレゾに関しては、やっと環境が整ったのでいろいろ試している最中ですが、正直こんな不完全な形で広まってしまうのでは後々問題が出てくるのではないかという失望感を味わっています。なにしろ、「e-onkyo」では、ファイルの名前すらまともに付けられないのですからね(ソートをかけたら曲順が変わってしまいました)。基本的なところを押さえないままに走り出しては、本当に良いものの足を引っ張るだけです。中には、単にアップサンプリングしただけのものをハイレゾと偽って販売しているものもあったりしますからね。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2013-12-31 22:55 | Comments(0)
Okihiko Sugano/Recording Collection
c0039487_23161747.jpg

Amadeus Webersikne(Org)
Janos Starker(Vc),
岩崎淑(Pf)
Auréle Nicolet(Fl),
小林道夫(Pf)
宮沢明子(Pf)
AUDIO MEISTER/XRCG-30025-8(XRCD)




菅野沖彦さんというのは、ほとんど「伝説」となっているレコーディング・エンジニアの名前です。あるいは、ちょっと前までは「オーディオ評論家」として広く知られていたのではないでしょうか。4枚組のXRCD、それにしても、作曲家や演奏家ではなく、一人のエンジニアの仕事のアンソロジーなんて前代未聞です。
c0039487_23202222.jpg

実は、菅野さんに関してはこんな本が、2007年に出版されています。ここでもご紹介した、クラシックの名録音を集めた本の著者、嶋護さんが作った、菅野さんのすべての録音のディスコグラフィーです。その中では菅野さんの録音の素晴らしさを実証するために、実際の「音」が付録のハイブリッドSACDに収録されています。音源はマスターテープから直接DSDにトランスファーされたもの、確かに、それを聴けばこのエンジニアが飛びぬけて優れた耳を持っていたことがはっきりとわかります。
この本が今回のXRCDを企画するうえで何らかの意味を持っていたことは明らかです。この中で「古今の無数にある録音の中でも最高峰のランクに属するもの」と持ち上げられている、シュタルケルのチェロ独奏による「パガニーニの主題による変奏曲」など、SACDのサンプルに含まれている曲が収録されているのですからね。マスタリングはもちろん「XRCDの産みの親」杉本一家さんですから、おそらく最高のものが提供されることでしょう。同じマスターテープから作られたXRCDSACDとの「真剣勝負」を、この耳で確かめることが出来るはずです。
まずは、シュタルケルが弾いたハンス・ボタームントというチェリストが作った「パガニーニ変奏曲」から聴き比べてみましょうか。驚いたことに、これは、チェロの音色自体が全く違っていました。良く聴いてみると、SACDではかなり目立って聴こえていたヒスノイズが、XRCDではずいぶん少なくなっています。杉本さんは、ノイズを軽減するような措置を取っているのでしょうか。正直、これは意外でした。こんなことをしてしまったら、菅野録音の肝心なものがなくなってしまいます。実際、ここでは演奏の勢い自体が全く変わったもののようになってしまっています。
もっと違いがはっきりしているのがウェーバージンケが演奏しているバッハの「オルゲルビュッヒライン」からの「O Mensch, bewein' dein' Sünde großBWV622です。XRCDでは、ペダルの低音がヘ音譜表の下の加線E♭以下の音が全然聴こえないのですよ。SACDでは、その3度下のCまで、これでもかというほど重低音が鳴り響いているというのに。これは、タイムコード01:5002:17付近ではっきり聴き分けられます。おそらく、これはマスタリング云々以前の問題で、使ったマスターテープが別物だったのでしょう。嶋さんの本にはそのあたりのコメントがあって、LPを作るときには製造上の理由でこの重低音はカットされていたというのですね。確かにこんな重低音は、普通のカートリッジではトレースできません。杉本さんが使ったのは、このLP用のマスターテープだったのでしょう。嶋さんは、その前のもの、録音の際に回っていた4チャンネルから2チャンネルにミックスダウンしたマスターを使ったのだそうです。
しかし、杉本さんともあろう人がこんなお粗末なことをやっていたなんて、ちょっと信じられない思いです。そもそも、XRCDにはマスタリングの日にち以外のデータは全く掲載されていませんでした。シュタルケルの場合も、嶋さんの本では「菅野さんが録音したものではない」と明言されているコダーイが収録されているのですから、この企画自体が相当いい加減なリサーチのもとに進められていたとしか思えません。
とても残念なことですが、菅野さんの録音の本質を聴きたいと思っている人は、こんなXRCDを買ってはいけません。ブックレットに嶋さんのインタビューが載っていますから、何も知らなければこれだけで信用してしまうのでしょう。極めて悪質です。

XRCD Artwork © Japan Traditional Culture Foundation
[PR]
by jurassic_oyaji | 2013-04-27 23:19 | Comments(0)
Jurassic Awards 2012
c0039487_23322756.jpg








今年も「おやぢの部屋2」をご覧いただき、ありがとうございました。おかげさまで、2日に1本というペースをきっちり守って書き続けた結果、本年中には全部で182本の「おやぢ」をアップすることが出来ました。これも、ひとえにご声援を賜りました皆様のおかげです。
そこで、今年からは、「ジュラシック・アウォード」というものを設立して、この1年間に見たり聴いたりしたアイテムを振り返ってみることにしてみました。某レコード芸術の「レコード・アカデミー賞」などには絶対に登場しないヘンなラインナップをお楽しみください。
カテゴリーは、ブログで便宜上付けているものに従って、7つの部門を用意しました。実はブログのカテゴリーはもっとあるのですが、作ってはみたけれど、実際に当てはまるものがあまりにも少なかったものは割愛させていただきます。「室内楽」とか。
カテゴリー・ナンバー1:合唱曲(エントリー数52
バッハの「マタイ受難曲」(4/5アップ/BD)はラトル指揮のベルリン・フィルのライブ映像です。ピーター・セラーズの演出で、フィルハーモニーの客席まで使ったシアター・ピースとしての「マタイ」を見せてくれました。なによりもすごいのは、オーケストラのメンバーまでがしっかり「演技」していたことでしょう。ソリストに寄り添うようにオブリガートを暗譜で演奏していたのは感動的でした。次点はトルミス(8/15アップ)と、久しぶりのデュリュフレ(12/15アップ)です。
カテゴリー・ナンバー2:オーケストラ(エントリー数50
アラン・ギルバート指揮のニューヨーク・フィルによるニールセンの交響曲第2、3番(12/5アップ)では、なによりも、しばらくCDのリリースから遠ざかっていたかに見えたアメリカのメジャー・オケの演奏が、SACDで聴けたことに感激。しかも、SACDのスペックを最大限に生かした素晴らしい録音にも感激です。当然のことながら、次点のティツィアーティの「幻想」(4/19アップ)とリットンの「火の鳥」(3/2アップ)も、SACDならではの音の良さでのランクインです。
カテゴリー・ナンバー3:フルート(エントリー数17)
本当の意味でインパクトのあるアルバムはありませんでしたが、寺本さん(12/23アップ)、デュフォー(2/18アップ)、故フォーグルマイヤー(9/4アップ)あたりが、素晴らしい出来を見せていました。
カテゴリー・ナンバー4:現代音楽(エントリー数14
ヴィット指揮のペンデレツキが3枚(11/48/95/3アップ)出ましたが、いずれもが選曲の妙でこの作曲家の問題点を暴いてくれていました。「ビサイズ・フェルドマン」(1/19アップ)とジャック四重奏団(8/27アップ)は、エンターテインメントとしての側面が光っていました。
カテゴリー・ナンバー5:オペラ(エントリー数13
ショルティの「リング」(12/26アップ)は、今年最大の収穫でした。本来は再々リマスタリングのCDのパッケージなどですが、「おまけ」について来たBD-Audioがとんでもないものでした。今までのCDや、そしてSACDは一体何だったんだろうという気にさせられるほどのものすごいリアリティあふれる音でした。「オペラ座の怪人」のロイヤル・アルバート・ホールでのライブ(1/29アップ)と「ドン・ジョヴァンニ」(9/22アップ)はそれぞれコンサートホールで演奏されたプロダクション。新しい可能性を示していました。
カテゴリー・ナンバー6:書籍(エントリー数13
ビートルズのエンジニアであったジェフ・エメリックの著書(1/15アップ)は、貴重な資料としての価値が満載、サンフランシスコ響のレポートをまとめた本(10/20アップ)では、最新のオーケストラ事情を知ることが出来ます。マーラーの交響曲第2番の新校訂スコア(8/5アップ)のようなものまで、簡単に入手できるようになった時代にも感謝。
カテゴリー・ナンバー7:ポップス(エントリー数11
LPでリリースされたビートルズの「サージェント・ペッパー」(11/17アップ)と「アビ―・ロード」(11/15アップ)を、昔のLPと何種類かのCDと聴き比べることによって見えてくるマスタリングやアナログ磁気テープの劣化の問題は深刻です。後世に残すには、CDというフォーマットはお粗末すぎます。山下達郎のベスト(9/26アップ)では、そんなCDでも最高のものを作ろうとする愛情がひしひしと感じられます。


[PR]
by jurassic_oyaji | 2012-12-31 23:37 | Comments(2)
HOLST/Choral Works
c0039487_2036642.jpg


Graham Ross/
Choir of Clare College, Cambridge
The Dmitri Ensemble
HARMONIA MUNDI/HMU 907576




「ホルスト」の合唱曲集、です。しかし、この「ホルスト」は、あの「惑星」で有名なグスターヴ・ホルストではなく、その娘さんのイモジェン・ホルストのことです。以前からこの「イモジェンさん」の名前は、例えば「惑星」の2台ピアノのためのバージョンを出版した人というような、父親の作品の校訂や出版に尽力したという方としての認識はあったのですが、彼女は作曲家としても活躍していたのですね。今まで、室内楽などの録音はあったのだそうですが、今回はすべて世界初録音、つまり、ほとんどの人が初めて耳にすることになる合唱曲が集められているCDが出ました。
イモジェン・ホルストは、1907年に生まれて、1984年に亡くなっています。このアルバムにはかなり厚ぼったいブックレットが付いていますが、それには彼女の晩年の写真がたくさん掲載されています。かなり大きめの鼻が特徴ですが、これは父親譲りのようですね。それらの写真からは、音楽学者、指揮者、作曲家として生涯独身で過ごした女性の老後の穏やかさのようなものを感じることはできないでしょうか。ジャケットの丸い眼鏡はジョン・レノンみたい(それは「イマジン」)。そのほかに、彼女の自筆の楽譜の写真も載っていますが、とても読みやすい楽譜ですね。
そして、アルバム自体のプロデュースと、さらに録音までも手掛けているのが、あのジョン・ラッターだというのにも、注目です。ここで演奏している「ドミトリー・アンサンブル」のデビュー・アルバムで、プロデュースと録音を担当したのがこのラッターでしたし、クレア・カレッジの合唱団で自作を録音した時にも、やはりプロデュースだけではなく、録音も担当しています(NAXOSの「Mass of the Children」など)。作曲家でありながらエンジニアのような特殊な能力が要求される仕事のプロなのですから、ラッターという人はすごいものですね。
このイモジェンのアルバムでも、ラッターは選曲などにも関与しているのでしょうね。そのラインナップは、まず彼女の若いころ(20歳!)のものから始まって、年代順に作品が並べられているというものでした。さらに、最後には彼女の親友であったベンジャミン・ブリテン(彼女のお墓は、そのブリテンとピーター・ピアーズのお墓のすぐ後ろにあるそうです)に頼まれて、オルガン伴奏の合唱曲にオーケストレーションを施したものなども収録されていて、彼女の「編曲家」としての成果も紹介されています。
まず、1927年に作られた「Mass in A minor」という、初期の作品です。無伴奏の混声合唱のためのフル・ミサですが、ポリフォニーの技法を取り入れたり、中世風の旋法が聴こえたりと、きちんと過去の遺産を受け継いでいこうという姿勢が見て取れてほほえましくなるような曲です。その中には、彼女の一世代前のイギリスの作曲家が共通して持っているようなテイストも満載、聴いていてとても心が温かくなるような気がします。
それ以後の作品になると、そのような素朴な作風からは少し離れて、同じ時代の「新しさ」をしっかり取り入れ、過去の再生産ではない、彼女自身のアイデンティティを見つけようと模索しているような姿勢が感じられるようになってきます。確かに、それは素晴らしいことなのですが、その結果「現代」の人たちが聴いたときになんとなくつまらなく感じられてしまうのは、仕方のないことです。このころは、誰しもがそんな「新しさ」を追い求めることに汲々としていたのですからね。
ただ、そんな中でハープと女声合唱のための「Welcome Joy and Welcome Sorrow」は、素直な心情が表に現れていて気持ちよく聴けました。
ブリテンの作品の編曲も、なかなかいい感じではないですか。おそらく、原曲よりも数段親しみが増しているのではないでしょうか。
合唱は、何か声が散漫に聴こえてしまいます。グラハム・ロスは、合唱を指揮するのはあまり上手ではないのでしょうか。

CD Artwork © Harmonia Mundi USA
[PR]
by jurassic_oyaji | 2012-08-31 10:19 | Comments(0)
OCKEGHEM, SØRENSEN
c0039487_2053687.jpg



Paul Hillier/
Ars Nova Copenhagen
DACAPO/6.220571(hybrid SACD)




北欧のミュージシャンの日本語表記にはいつも悩まされます。15世紀フランドルの作曲家ヨハネス・オケヘムが、いわゆる「オケゲム」と同一人物なことぐらいはすぐ分かりますが、20世紀生まれのデンマークの作曲家ベント・セーアンセンをこのスペルから読み取るのは至難の業です。日本の代理店のサイトではかろうじて「セアンセン」になっていますが、通販サイトあたりでは「セレンセン」とか「ソレンセン」とか、まるでカニ漁にでも行くみたい(それは「ソ連船」)。
そういう二人の作曲家の作品をマッシュ・アップして、一つの「レクイエム」として演奏したのが、ポール・ヒリアーが指揮する「アルス・ノヴァ・コペンハーゲン」です。現存する世界最古のポリフォニーによる「レクイエム」として知られるオケヘムの作品(本当は、ギョーム・ド・マショーのものの方がもっと古いのだそうですが、あいにく楽譜が見つかっていません)は、今普通にみられる「レクイエム」の全曲は揃っていなくて、テキストも少し違っているのだそうですが、そんな足らない部分+アルファを、セーアンセンの作品で埋めようというコンセプトなのでしょう。よくある形では、ヒリアー自身が1984年に「ヒリアード・アンサンブル」の一員として録音したEMI盤のように、そこにプレイン・チャントを挿入して補うということも行われていました。このヒリヤード盤は、その先輩格のPCA1973年にARCHIVに録音したもの(これは、オケヘムのオリジナルだけが収録されています)よりも、演奏も含めてはるかに柔軟性にあふれたものとして受け止められていたのではないでしょうか。
そうは言っても、この、20世紀に男声だけの6人で歌われたオケヘムは、21世紀になって女声も交えてその倍ほどの人数によって歌われた今回のオケヘムに比べれば、同じ指揮者による演奏とは思えないほどストイックに感じられてしまいます。それはもちろん、合唱団のキャラクターの違いにもよるはずです。このデンマークのハイテク集団のソノリテは、なんと艶っぽいことでしょう。
あるいは、そんなアプローチも一つの要因なのでしょう、ここでオケヘムとセーアンセンという5世紀ものスパンに隔てられている作品は、何の違和感もなく融合しているかのように見えてしまいます。というか、そのスパンの真ん中あたりで確立された「西洋音楽」の理論に基づいたいわゆる「クラシック音楽」の「ビフォー」と「アフター」が共に同じテイストを備えていると感じられてしまう体験によって認識すべきことは、まさに文化の歴史における「再現性」なのではないでしょうか。音楽が一つの方向に「進化」すると考えられていたのは遠い昔、今の歴史観は、古いものが形を変えて後の世にも表れることを明らかにしているのです。オケヘムとセーアンセンのそれぞれの作品の中から見えてくる「機能和声」からはちょっと距離を置いた響き、それらはともに、音楽を作るにあたってはいかなる束縛にもとらわれまいとする作曲家たちの強い意志のようにも思えてきます。
録音の方も、まさか「5世紀」とはいきませんが、それほど長くはない録音技術の歴史の中では充分に「大昔」と言える、50年以上も前のテクノロジーがそのまま使われているというのも、「文化」の一つの形なのかもしれません。このアルバムでは、今までこのレーベルでは紹介されることのなかった録音機材がブックレットに掲載されています。たまたまこの「レクイエム」の中の「Sanctus」や「Benedictus」では、セーアンセンの指定で演奏家が聴衆を取り囲むように配置されるために、それをサラウンドで録音した時のマイクアレンジが明らかにされているのですが、メインは3本のマイクを三角形にセットしたという、あの1956年にDECCAによって開発された「デッカ・ツリー」そのものなのですからね(EXTONあたりでも、この方式を採用しているようです)。

SACD Artwork © Dacapo Records
[PR]
by jurassic_oyaji | 2012-04-15 20:08 | Comments(0)
携帯ブログ
実はそんなに関心はなかったのですが、私が使っているエキサイトのブログは今までは携帯からの投稿は出来なかったようなのですね。
いや、本当は出来てたのかもしれませんが、たまたま設定画面を見てみたら、「携帯設定」というのかもが新しくなっていたものですから、試しに投稿してみました。
でも、おそらくこれから携帯で投稿することは、まずないでしょうね(^_^;)
[PR]
by jurassic_oyaji | 2010-03-29 16:11 | Comments(0)
ストレス
c0039487_19444318.jpg




Various Artists
AVEX/AVCL-25187



クラシックのコンピといえば、あの「アダージョ・カラヤン」を皮切りに、「イマージュ」だ、「オーラ」だ、「フィール」だといったような、いかにもおしゃれなタイトルの下に、ひたすら甘く爽やかな音楽を提供するものと相場が決まっていました。あたかもそれがクラシックの役割であるかのように、柔らかな羽毛で包み込むような音楽を集めたCDが今の世の中には氾濫しています。
確かに、クラシックにはそんな側面がないわけではありません。そもそも、王侯貴族の娯楽として磨きがかけられた音楽なのですから、その中には「人を優しく楽しませる」という要素は不可欠になってきます。さらに、こんな(↓)トンデモ本で語られているように、もしかしたらモーツァルトあたりは自分の病気(注意欠陥多動性障害や、統合失調症)を治すために、本気で「癒し」効果を求めて作曲を行っていたのかもしれませんね。なんでも、モーツァルトの曲には、そのような病気の症状を和らげる働きのある脳内物質「ドーパミン」を増加させる作用があるんですと。
c0039487_19471397.jpg

しかし、そんなものはクラシックのほんの一面に過ぎないのだ、と、このコンピは高らかに宣言しているかのように見えます。優しいだけがクラシックではない、時には不快感を与えるものもあったっていいじゃないか、と。そこで、まず登場するのが「現代音楽」というジャンルからジョージ・クラムの「ブラック・エンジェルズ」です。先日の茂木さんの本ではありませんが、「現代音楽」はクラシックからは排除すべきだというようなご意見もあるようですので、そもそもこれは反則技、目もくらむような不協和音やクラスターといった、決してドーパミンなどは出そうもないようなストレス満載の音響を味わって頂きましょう。
しかし、最初にそんな過激なものを聴かされてしまうと、後に続くショスタコーヴィチなどは逆にとても爽やかに聞こえてしまうから不思議です。事実、交響曲第10番の第2楽章など、演奏する側にとってはとてつもない難しいことを執拗に繰りかえさせられるのですからとびっきりのストレスには違いありませんが、これを聴いた人が果たしてストレスにさいなまれるか、というのは疑問です。
リゲティの「ムジカ・リチェルカータ」の第1曲にしても、これは言ってみれば同じ音符を延々と繰り返す「ワン・ノート・サンバ」のパクリなわけですから、そのシンプルさから快感を得ることはあってもストレスはないんじゃないですかねぇ。極め付きはカバレフスキーの「道化師」のギャロップ。こんな生き生きとした軽快な音楽からストレスを感じるというのは、いったいどんな神経構造を持った人なのでしょう。
ストラヴィンスキーに至っては、もはや体中でリズムを受け止めるという、究極の快感を味わえる曲たちではありませんか。これを聴けばストレスだって発散できてしまうのでは。そして、ジョン・ケージの「ソナタ」から得られるのは、極上のユーモアではないのでしょうかね。
確かに、最後の「熊蜂の飛行」には、イライラさせられ、ストレスも募るかもしれません。ただ、これはオリジナルではない吹奏楽のアレンジであることと、それを演奏している人たちがあまりにヘタだからそう感じるだけのことです。
そんなわけで、ジャケットでのたうち回っているエビスさんのキャラのような強烈なストレスが感じられたのは、最初のクラムだけ、ということになりました。ということは、こんなに和む音楽にもかかわらず、それをストレスと受け取る人がいるのだ、と、このコンピの制作者は考えていたことになります。あるいは、これを聴いてストレスを感じなかった人は、まっとうなクラシック・ファンではないと決めつけられてしまうのでしょうか。う~ん、そのような発想自体が、とてつもなく滑稽なものに思えて仕方がありません。「クラシックには、ストレスになるものもある」というつもりで作ったものが、結局は、「クラシックは癒し」だと再確認させてくれたのですから、笑うほかはありません。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2008-05-04 19:47 | Comments(0)
Fantasista! Schubert
c0039487_11323131.jpg




Various Artists
TOWER RECORDS/TWMZ-4



今年もまた大型連休の期間に行われる「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」の季節が巡ってきました。これが何回目なのかというのも分からないほど、この催しはすっかり日々の音楽生活の中に定着してしまったようですね。なにしろ、今では「フォル・ジュルネ」という言葉が俳句の季語にまでなっているのですから。

  ふぉるじゅるね 今夜のおかずは とん汁ね

そして、これも恒例になっていますが、その年のテーマ作曲家にちなんだコンピレーション・ボックスが、今年もタワーレコードから発売されました。こちらでも取り上げた一昨年のモーツァルト同様、NAXOSの音源を使って音楽ライターの山尾敦史さんが選曲、ライナーノーツも書いているというものです。なんせ、10枚組で税抜き2500円、コンサート帰りのお土産には格好のアイテムです。今年も、有楽町界隈には綿飴や水風船や金魚すくいに混じって、このボックスをうずたかく積み上げた屋台が登場することでしょう。
最初、このパッケージを見たときには「『未完成』全曲入り!」とタスキに書かれているのにちょっとびっくりさせられました。そこまでマニアックなことをやってくれたとは。最近は「7番」と呼ばれているその交響曲は、2楽章までしか演奏されないバージョンが殆どだというのに、それを4楽章まで「全曲」を聴かせてくれるなんて、えらいぞタワー!、えらいぞNAXOS!。・・・しかし、どうやらそれは全くの勘違いだったようです。そもそもこのシリーズのポリシーは、1つの曲の最大1つの楽章を、フェイド・アウトなしで「全部」聴かせるということ、ただ、「未完成」に関しては2つの楽章という「全曲」を収録して目玉にした、ということだったのです。そんなことだろうとはうすうす思っていましたが、ちょっとがっかり。
モーツァルト盤同様、シューベルト自身の作品が聴けるのは10枚のうちの6枚だけです。しかし、その中に宗教曲やオペラが1曲も入ってはいないというのは残念です。ミサ曲などこんな機会でなければ聴くことの出来ないような名曲がいっぱいあるというのに、NAXOSに音源がないことにはしょうがありません。その代わりと言ってはなんですが、例えばリストがピアノソロに編曲した「ます」などという珍品が聴けるのは嬉しいものです。もっとすごいのは、おなじ「ます」のゴドフスキ編曲版、ミサ曲もないのにこんなものがカタログにあるのですから、NAXOSというのはほんとにヘンなレーベルですね。というより、こんな超珍品を見つけてきた山尾さんというのは、本当にヘンな人。さらに、サラ・ヴォーンが歌った「アヴェ・マリア」とか、さりげなくヘンなものを忍び込ませているのですから、油断は出来ません。
その他のCDには、シューベルトが生きていた街ウィーンにちなんだ、ウィーンゆかりの作曲家たちの曲が入っています。グルックからウェーベルンまで、シューベルトに直接の関係があった人もなかった人も並べられているのは、ある意味壮観です。出来れば、グルックの「精霊の踊り」はきちんと中間部のフルートソロが入った「全曲」を入れておいて欲しかったものですが、ひょっとしたらこれが最初の形だ、という啓蒙的な意味もあったのかもしれません。侮れませんね。
最後の1枚は、ウィーンの演奏家たちのヒストリカル音源が集められています。その中で興味を惹いたのが、ブルーノ・ワルターが1938年にウィーン・フィルを指揮したマーラーの「アダージェット」です。ここで聴けるのは、たっぷりしたビブラート、したがって、ノリントンがその頃のウィーンではまだオーケストラでビブラートをかけて演奏することはなかったと言っているのが真っ赤な嘘であったことが分かります。
選曲同様、油断の出来ないのが山尾さんの軽妙なライナーです。これを読破すれば、シューベルトの裏も表もすっかり分かり、ふぉるじゅるねも数倍楽しめることでしょう。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2008-04-26 11:34 | Comments(2)