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カテゴリ:ポップス( 103 )
ザ・ビートルズ・LPレコード・コレクション/No.1 Abbey Road
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デアゴスティーニ・ジャパン刊
ISBN978-4-8134-2163-1



「デア・ゴスティーニ」ではなく、「デ・アゴスティーニ」だったんですね。最近知りました。いずれにしても、今までこの会社の製品にはなんの関心もありませんでした。例えば「オペラ全集」などを出したとしても、そこには何の価値も見いだせなくて、通り過ぎていましたね。最近、「ジャズ全集」を出した時にも、まあ、このところLPに対する再評価が高まってるので、そんな波に乗って、テキトーにライセンスを取って、国内の工場でプレスしたものを出しているのだろう、と思っていましたね。
そこに、なんとビートルズのオリジナル・アルバムなどというものが登場したではありませんか。ビートルズの音源に関しては、とても厳しい管理がなされていますから、正規にリリースされるものは全てかつてはEMI、今ではUNIVERSALの中のCalderstoneというディヴィジョンからのもの以外は認められないことになっているはずです。それが、こんな畑違いの会社から発売されるなんて、いったい、実体はどんなものなんだろうという興味だけで、初回発売の「Abby Road」を買ってみました。
宣伝媒体では、そもそもジャケット自体がこんな感じになっていたので、そういう「雑誌仕様」のデザインなのかと思っていたら、これはあくまで全体のカバーで、その中身はこんな感じでした。
このほかに、しっかりシュリンク包装されたLP本体が入っていましたよ。2012年に出たこれの「正規盤」は持っていましたから、それと比較してみると、全く同じもののように見えました。ジャケットもレコード盤も中袋もレーベルも、正規盤と同じ大きさ、重さ、材質、匂い(?)ですから、これは正規品と同じ製造工程で作られたものに間違いありません。

ただ、裏ジャケットにあるクレジットを見ると、EMIからCalderstoneに変わっているほかに、「©2016 Licensed by Universal Music group to De Agostini Publishing S.p.A.」という一言が加わっています。したがって、レーベルの周辺に印刷されているテキストも変わっています。左がEMI、右がデアゴスティーニです。
ですから、クレジット上の表現では、「2009年にデジタル・リマスターを行って、2012年に製造されたLPを、デアゴスティーニが販売している」ということになるのでしょう。つまり、EMI(今ではUNIVERSAL)が製造したものと全く同じLPが、本屋さんで簡単に手に入る、ということですね。値段も輸入品を定価で買うよりはるかに安いですからね。そもそも、これは日本だけではなく、イタリアやイギリスですでに出ていたものだったのです。世界的なマーケットに向けられていたのですよ。ですから、付属のブックレットは、英語版を翻訳したものです。
もちろん、これはEMIが製造したLPの在庫をそのまま流用したのではなく、今回ジャケットは新たに印刷され、LPも新たにプレスされています。それは、マトリックス・ナンバーを見れば一目瞭然。

上がEMI、下がデアゴスティーニです。マトリックス表記のシステムが全然別物ですね。
つまり、今回はカッティングも新たに行われたことになります。そのマスターは2009年に作られたデジタル・マスターですが、おそらくカッティングのエンジニアも2012年とは別の人なのでしょう。その違いが、音の違いとなって実際に現れています。結論から言うと、今回のデアゴスティーニのカッティングの方が、以前のEMIのものより良い音になっています。具体的には、カッティングのレベルがほんの少し高いので、音にメリハリが増していますし、特に内周に行くにしたがって音が劣化する「内周ひずみ」がほとんど感じられません。ですから、A面後半の「Octopus's Garden」、B面後半の「Polythene Pam」や「She Came in through the Bathroom Window」でのコーラスや「Golden Slumbers」でのストリングスなどは、比較にならないほど生々しく聴こえます。
これはすごいことです。さらに、「1」や「サージェント・ペッパー~」のように今ではLPでもジャイルズ・マーティンのリミックス盤しか入手できなくなっているものでも、オリジナル・ミックス盤が手に入るはずですから、これもとても貴重です。CDの音には飽き足らず、それなりのLP再生装置を持っている人には、絶対のおすすめ品です。

Book Artwork © K.K.DeAgostini Japan

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by jurassic_oyaji | 2017-08-31 22:22 | ポップス | Comments(2)
Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band/Anniversary Edition
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The Beatles
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今日、6月1日はこのビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」という長ったらしいタイトルのアルバムが発売された記念日なのだそうです。それは1967年のこと、ですから、本日は発売50周年記念日となります。ところが、それはイギリスでの発売日で、日本で発売されたのは7日5日なんですよね。それなのに日本盤の帯に「イギリスと同時発売!!」とあるのは笑えます。なんせ、半世紀も昔のことですから、別に動じることはありません。

The Beatles Album Visual Book(2000年リットーミュージック刊)より

その頃はEMIのアーティストだったビートルズも、今ではユニバーサルに移っています。しかし、彼らのアルバムの大部分は、EMI時代の2009年に新しくリマスタリングされたものですから、もうそれで十分と思っているユーザーに対して、ユニバーサルとしてのアイテムを用意したいという動きはあったのでしょうね。そこで、ジョージ・マーティンの息子のジャイルズ・マーティンに新たにリミックスを行わせて、「1」のリミックス盤とか、長らく廃盤になっていた「ハリウッドボウル・ライブ」のリミックス盤をリリースしてきたのでしょう。そして、「サージェント~」の50周年という「大義名分」を後ろ盾に、ついにオリジナルアルバムのリミックスに手を付けることになりました。
ジャイルズが行ったのは、現代のリスナーにとって聴きやすい音に仕上げる、ということだったのでしょう。半世紀前はまだステレオというのは特別なものでしたから、このアルバムもイギリスやアメリカではステレオ・ミックスとモノラル・ミックスの2種類が用意されていました。ステレオにしても、今聴くと単純に「右」、「真ん中」、「左」とヴォーカルや楽器を割り振った、というものでした。それが、ここではすべてのメイン・ヴォーカルは真ん中に定位させています。そして、コーラスはその周りに広がりを持って定位、ということまで行われていて、真の意味での「立体感」が表現できるようになっています。もちろん、それぞれの音のクオリティも格段に向上しています。
それはそれで、初めてこれらの作品に触れる人にとってはありがたい配慮なのですが、長年聴きなれたファンにとっては、ちょっと納得のいかないところもあるのではないでしょうか。たとえば、「A Day in the Life」では、ジョンのヴォーカルは右から始まって真ん中、左と移動するという形が曲の印象として刷り込まれていますから、それを真ん中に固定されてしまうと戸惑ってしまいます。
そして、もっと重要な問題も。このアルバムでは何曲か、ミキシングが終わったところで、全体のテープスピードを少し操作してピッチを変えているものがあります。その、最終のカッティング用のマスターでリマスタリングを行っていた分には何の問題も出てこないのですが、ジャイルズの場合、元のスピードのままのテープでミックスを行って、それを最終的にデジタルでテープスピードを変化させているために、オリジナルとはピッチが変わってしまっているのですよ。それは、同梱されていたCDの中に入っていた「When I'm Sixty-Four」で最終的に採用されたテイクと聴き比べて分かったことです。オリジナル、つまり2009年のリマスター盤ではほぼ6%早くなっていたのに、今回のリミックス盤では4%しか早くなっていませんでした。実際に聴いてみると、オリジナルでは半音高く聴こえますが、リミックス盤ではとても微妙、製作者の意図とは別物になっています。
正直、「With a Little Help from My Friends」でのポールのベースを聴いた時には、そのクリアな音に狂喜してしまいました。しかし、こんないい加減なことをやっていたのには、本当にがっかりです。おそらく、これからも他のアルバムのリミックスは行われるのでしょう。しかし、非常に残念なことですが、それを聴く時にはオリジナルとは別物であるという意識で接する必要がありそうです。

CD Artwork © Calderstone Productions Limited

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by jurassic_oyaji | 2017-06-01 21:05 | ポップス | Comments(0)
Electronic Sound
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George Harrison
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先日「ザップル・レコード興亡記」を読んでとても気になってしまったジョージ・ハリスンの「Electronic Sound」を実際に聴いてみることにしました。ビートルズ時代のジョージはとても好きだったのですが、ソロになってからのアルバムなどは全く興味がなかったのでどれも聴いたことはありませんでした。今回チェックしてみたら、やはり元ビートルズとあって、それらのアルバムはとても手厚い待遇を受けていたことが分かりました。CD化された後でも、何回もリイシューが繰り返されていたのですね。なんと、今年の2月にはジョージのすべてのソロ・アルバム13枚が、紙ジャケット仕様でリリースされていました。それは国内盤のみのことなのだそうです。なんでも、国内でLPが発売になった時の「帯」までが、ミニチュアで復刻されているのだとか。しょうもない気がしますが、マニアにはたまらないのでしょう。
この「Electronic Sound」は、オリジナルは1969年のLPですが、それは普通のシングル・ジャケットで、録音データなどは中袋に印刷されていたようですね。今回入手したのは、2014年に新たにリマスタリングが行われた輸入盤CD、それはダブル・ジャケット仕様の紙ジャケットで、CDはLPの中袋をほぼ忠実に再現したものの中に入っています。
このCDには、オリジナルにはなかったブックレットが入っていて、そこには多くの写真と、2014年に新たに書き下ろされたライナーノーツが掲載されています。それらは資料としてはとても興味深いものでした。まず、ダブル・ジャケットの見開きの部分に、ジョージ自身が購入した「モーグ」の、2014年に撮影された写真があるのが感激ものでした。それは、「モーグIIIP」という、ポータブル・タイプでした。
さらに、ブックレットではこの同じ楽器が「アビー・ロード」のセッションで使われた時の写真なども見ることが出来ます。ライナーノーツによると、それは確かにこのアルバムが録音された時に使われたもので、1969年の8月にアビーロード・スタジオに運び込まれたのだそうです。他のデータによると、セッションでこれが使われたのは8月5日から19日までの間ですから、それは間違いありません。「アビー・ロード」には、しっかりジョージの「モーグ」が使われていたのでした。
ただ、この写真ではセットアップを行っているのがジョージ・マーティンのようで、ジョージをはじめ、他のメンバーはそれを眺めている、という感じに見えてしまいます。おそらく、音を作ったのはすでに同じものを持っていて使い慣れていたジョージ・マーティンだったのでしょうね。ジョージたちは単にキーボードでフレーズを演奏しただけなのでしょう。
もちろん、中袋のデータでもわかるように、1曲目の「Under the Mersey Wall」が録音されたのは1969年の2月ですから、ジョージがこの「モーグ」を入手した直後なのですが、2曲目の「No Time or Space」が録音されたのが1968年の11月、しかも録音場所はカリフォルニアなのですから、これと同じ楽器ということはありえません。この点こそが、「興亡記」でもしっかり述べられ、今回のライナーノーツでも語られていることなのですが、この曲を実際に「演奏」していたのは、「アシスタント」というクレジットがあるバーニー・クラウスに間違いないでしょうね。そのカリフォルニアでのセッションが終わってから、ジョージがクラウスに頼んでデモ演奏をしてもらったものを無断で録音して、それを編集しただけだ、というクラウスの主張は、「真実」に限りなく近いものなのでしょう。
実際にこの2曲を聴いてみると、それははっきりします。ジョージ自身が演奏した「Under the Mersey Wall」では、いかにも偶然に出来た音を羅列したという感じで、逆にそれがまるでジョン・ケージの作品のような味を出しているのに対して、「No Time or Space」の音は、明らかにこの「モーグ」の操作に熟達した、確かな意思を持って作り上げられたものなのですから。

CD Artwork © G. H. Estate Limited
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by jurassic_oyaji | 2017-05-11 20:24 | ポップス | Comments(0)
Superfly 10th Anniversary Greatest Hits/"LOVE, PEACE & FIRE"
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Superfly
WARNER/WPCL-12621/3


今の音楽シーンでは、腐るほどのアーティストが日々新しい曲を垂れ流していますが、その大部分からは聴いていてなんの魅力も感じられません。それは彼(彼女)たちが、自分の楽器である「声」に関してとても無神経であることが、主たる原因です。いやしくも「声」で何か音楽的なメッセージを送ろうという、とても大切なことを志したのなら、それに見合うだけの修練は絶対に必要です。しかし、その修練の意味を勘違いしていて、小手先だけのテクニックにおぼれて決して他人には受け入れられることのない奇異な歌い方を「個性」だと思い込んでいるアーティストの、なんと多いことでしょう。
でも、中には「歌を歌う」ということがどういう意味を持っているのかをしっかり認識していて、とても素晴らしい「声」でその音楽をきちんと伝えてくれる人もいます。そんな中で、最近特に気に入っているのがSuperflyです。だいぶ前からその声は耳にしていたような気がしますが、はっきり彼女だと意識して聴くようになったのは2012年の「輝く月のように」あたりからでしょうか。テレビドラマの主題歌として使われていましたね。
それは、曲自体もとてもキャッチーなメロディを持ったものでしたが、なんと言っても彼女のヴォーカルの素晴らしさには感服させられました。特に、伸びのあるハイトーンは魅力的です。それはまさに理想的な声でした。
それ以来、彼女の声はたまたまラジオなどから聴こえてきても、すぐ分かるようになりました。本当に好きな人の顔なら、どんなに遠くからでも見分けられる、そんな感じでしょうか。ですから、すでに何枚かリリースされているアルバムをなにか買って、しっかり聴いてみようと思いはじめていました。
そんな矢先に、タイミングよくこんな「オールタイム・ベスト」が発売されました。それは3枚組ですから、ちょっと全部聴くのはしんどいな、とは思いましたが、結局全39曲は届いたその日に聴き終わっていましたね。
蛇足でしょうが念のため、Superfly(スーパーフライ)というのは、元々はユニットの名前だった、という知識も付け加えておきましょうか。2007年にメジャーデビューした時点では、メンバーはヴォーカルの越智志帆とギターの多保孝一の、共に愛媛県今治市出身者の2人でした。今回のベストアルバムは、「デビュー10周年」を記念してのものです。その後田保はユニットを脱退、Superflyは越智一人のソロ・ユニットとなります。田保は、アーティストではなく、コンポーザー/アレンジャーとしてSuperflyに関わる、という体制に、その時変わっていました。さらに、プロデューサーとして蔦屋好位置(変換ミスではありません)も深く関わっています。
ですから、殆どの曲のクレジットは作詞/越智志帆、作曲/多保孝一、編曲/蔦屋好位置となっていますし、蔦屋はキーボード奏者として録音メンバーに加わっています。
このベストはCD3枚組、なんでも、曲の選択にはファンからの人気投票が反映されているのだそうです。それらを、「LOVE」、「PEACE」、「FIRE」という3つのカテゴリーに分類して、それぞれ13曲が1枚のCDに収録されています。中には、そのカテゴリーではちょっと無理があるだろう、という曲もありますが、彼女の音楽には須くこの3つの属性が含まれていて、その表出の多寡がこの分類となったのだと思えば、それは全く気にならなくなります。彼女の歌からは、常に「愛」と「幸せ」と「情熱」が聴こえてくるのですから。
ブラスやストリングスが加わった分厚いサウンドでギンギンに迫るものから、彼女が作曲まで手掛けてピアノの弾き語りだけでシンプルに歌い上げるものまで、それこそ彼女が好きだというジャニス・ジョプリンからキャロル・キングへのリスペクトを、極上の声で味わうことができる素晴らしいアルバムです。金曜日の黄昏時には、お似合い(それは「スーパーフライデー」)。

CD Artwork © Warner Music Japan Inc.

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by jurassic_oyaji | 2017-05-04 20:20 | ポップス | Comments(0)
phase 4 stereo spectacular/nice 'n' easy
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Various Artists
DECCA/483 0525


以前こちらでご紹介したDECCAの「フェイズ4」ボックスの続編です。こちらはクラシックではなく、タイトルにあるような「イージー・リスニング」系のミュージシャンのアルバムが集められています。この、当時は画期的といわれていた録音方式によるレコードは、そもそもはこういうジャンルのために開発されたものですから、こちらの方が「先」にあったのですが、なぜかクラシックより「後」に出ることになりました。
今となってはごく当たり前のマルチトラックによるレコーディングですから、正直、録音面からは、今これをわざわざ聴くという価値はほとんど見出せません。それでも、当時は確かに輝いていたアイテムが、全部でアルバム50枚分も、当時の価格の1/10以下の値段で手に入るのですから、これはそそられます。
登場するアーティストは、ロニー・アルドリッチ、スタンリー・ブラック、フランク・チャックスフィールド、テッド・ヒース、マントヴァ―ニ、エリック・ロジャース、エドムンド・ロス、ローランド・ショーといった面々です。かつては一世を風靡した人たちばかりですが、今ではすっかり忘れ去られているのではないでしょうか。
最後のローランド・ショーは、フランク・チャックスフィールドの「引き潮」などが入ったアルバムでのアレンジャーを務めていた人ですね。その、1964年にリリースされた「Beyond the Sea」というアルバムは、1965年の「The New Limelight」というアルバムとで「2 on1」の1枚のCDに収まっているのですが、ジャケットはダブル仕様で両方のものが印刷されているといううれしい扱いです。ただ、このCDでは、ブックレットのトラック表示が、それぞれ別のアルバムのものに入れ替わってるという痛恨のミスプリントが。
このように、収録時間の短いもの20枚が、そういうダブルジャケットに入って10枚のCDになっているほかは、全て表裏オリジナルジャケット仕様の紙ジャケに1枚ずつ入っています。
録音されたのは1961年から1975年まで、クレジットを見るとプロデューサーはトニー・ダマト、エンジニアはほとんどアーサー・バニスターとアーサー・リリーという二人が担当しているのが分かります。実は、この人たちはクラシック編でもほとんどのアルバムの制作を担当しているのですよ。ストコフスキーの「シェエラザード」もトニー・ダマトとアーサー・リリーが担当していますから、あんな音になっていたのは納得です。今回のボックスでの弦楽器のわざと歪ませたのではないかというほどのザラザラした音は、ジャンルを問わずに彼らのポリシーとなっていたのですね。
ですから、この中ではあまりストリングスが活躍していないエドムンド・ロスあたりが、サウンド的にはとても気に入りました。この人はバンドマスターだけではなく、歌も歌っていたのですね。ゲストにカテリーナ・ヴァレンテを迎えたアルバム「Nothing But Aces」などは最高です。
フランク・チャックスフィールドのビートルズ・アルバムでは、ジャケットが素敵ですね。録音されたのは1970年1月、前年の9月末にリリースされたばかりの「Abbey Road」からのナンバーがすでにカバーされています。
DECCAの看板スターだったマントヴァーニは、ここには1枚しか入っていません。どうやら、彼がDECCAに残した膨大なカタログの中で「フェイズ4」で録音されたものは、この「キスメット」というミュージカル・アルバムしかなかったようですね。
1953年にブロードウェイで初演され、1954年には映画版も作られたというこのミュージカルは、アラビアあたりを舞台に全編ボロディンの作品の素材を使って作られたものです。この中で歌われる有名な「Stranger in Paradise」というナンバーは、「ダッタン人の踊り」がそのまま使われている曲だったんですよ。それを全曲、こんなところで聴くことが出来るなんて。ここでは、ジョン・カルショーとは別のアプローチで「ステージ」を再現させている試みが見られます。

CD Artwork © Decca Music Group Limited

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by jurassic_oyaji | 2017-03-16 21:04 | ポップス | Comments(0)
OPERA JAZZ BLUES
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Hibla Gerzmava(Sop)
Trio of Daniel Kramer
MELODIYA/MEL CD 10 02466



このジャケットの、まるで、デブになる前のネトレプコみたいな美人はヒブラ・ゲルズマーワ、ロシア、正確にはジョージア(グルジア)西部のアブハジアに1970年に生まれたオペラ歌手です。ガッキーではありません(それは「ニゲハジ」)。まだ学生だった1994年にチャイコフスキー・コンクールの声楽部門で優勝し、1995年にはスタニフラフスキー & ネミロヴィッチ・ダンチェンコ・モスクワ・アカデミック音楽劇場でキャリアをスタートさせました。ロンドンのロイヤル・オペラハウスやニューヨークのMETにもデビュー、現在では世界中の歌劇場で活躍している、まさに世界的なプリマ・ドンナです。なんでも、彼女の母国のアブハジアでは、「ヒブラ・ゲルズマーワ・インヴァイツ」という音楽祭が2001年から毎年開催されていたのだそうですが、最近では国外、ウィーンのムジークフェライン・ザールとかニューヨークのカーネギー・ホールなどでも開催されるようになっているのだとか。すごいですね。
そんなゲルズマーワが、ジャズ・ピアニストのダニエル・クラマーとのコラボレーションでこんなアルバムを作りました。「オペラ、ジャズ、ブルース」というタイトルですから、コンセプトはそのまんまですね。
全く予想の出来ないフレーズのピアノだけのイントロから、「椿姫」の最初のアリアが始まります。彼女の声はまさに正統的なベル・カント、当然ピッチはかなり微妙なものになってしまいますが、やはりそれは「ジャズ」とはかなりミスマッチなような気がします。「オペラ」ではない、シューベルトの「アヴェ・マリア」なども歌われますが、やはりこういうしっとりとした曲はなんだか馴染みません。
それが、モーツァルトの「エクスルターテ・ユビラーテ」の「アレルヤ」になったら、俄然ノリが良くなってきましたよ。こういうアップテンポの曲だと、バックのトリオ(ピアノ、ベース、パーカッション)ともうまく合ってくれるのでしょう。次の「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」の終楽章のロンドになると、今度はスキャットなどを始めました。なかなかオペラ歌手でここまでやってさまになる人はいないでしょうね。ただ、やはりちょっとした「クセ」はつい出てしまうようで、ロンドのテーマのアウフタクトの前でしっかりブレスをしていて、そこで一瞬グルーヴが停滞するのが、ご愛嬌。
ドヴォルジャークの「我が母が教え給いし歌」あたりになってくると、次第に彼女の声に慣れてきたのか、同じしっとりした曲想でもずっと抵抗なく聴けるようになっていたのは不思議です。「ジャズ」という概念を捨てて、真摯に彼女の歌を味わえばいいんですね。要は、間奏の時に思い切りトリオだけで「ジャズ」をやってくれているだけで、彼女は全然「ジャズ」を歌っているつもりはないのだ、ということに気づきさえすればよかったことなのです。そうすれば、カールマンのオペレッタの中での、彼女のコロラトゥーラとピアノとのツッコミ合いも素直に笑えることになります。
最後には、祖国アブハジアのフォークソングも歌われています。これはとても素敵でした。
このCDには、いまどき珍しい「ADD」という表記が入っていました。
今となっては何のことかわからない方もいらっしゃるかもしれませんが、これはアナログ録音をデジタルでミックスしてCDにした、という意味です。録音されたのは2016年ですが、メロディアのスタジオにはアナログの録音機材しかなかったのではなく、あえてアナログで録音した、という気がします。なにしろ、ピアノといいヴォーカルといい、とてものびやかで素直な音なんですね。彼女の超高音も、何のストレスもなく再生できています。アコースティック・ベースも、なんともふんわりとした空気感が伝わってきますね。ハイレゾのデジタル録音よりも、アナログ録音の方がずっと音が良いというのは、本当のことなのかもしれません。このアルバムをLPで聴いてみたくなりました。

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by jurassic_oyaji | 2017-03-04 20:39 | ポップス | Comments(0)
LIVE AT THE HOLLYWOOD BOWL
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The Beatles
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もう解散してから半世紀近く経つというのに、いまだにビートルズは「商売」になるのでしょう、今回は、新たに作られたドキュメンタリー・フィルの公開にあわせて、「今まで見たことも聴いたこともなかったビートルズのライブ」ですって。
今回のアルバムは、1964年と1965年にLAの「ハリウッド・ボウル」という、クラシック・ファンにとってもなじみのある野外コンサートホールで行われたビートルズのライブを収録したものなのですが、これは最初からアルバムを作るために録音の準備がされていたものだったのだそうです。とは言っても、当時のことですからそれは単に演奏用のマイクとアンプからの出力を3チャンネルのテープに収めただけのものでした。しかも、そこには演奏以上に大きな音で聴衆の叫び声が録音されていましたから、到底「商品」としては使い物にはならないようなものだったはずです。ですから、録音はされたものの、それはリリースされることはありませんでした。
しかし、それから10年以上経って、もはやビートルズ自体は解散してしまった頃に、ビートルズのプロデューサーだったジョージ・マーティンが、その録音を行ったEMI傘下のアメリカのレーベルCAPITOLから、そのテープを使ってレコードを制作することを依頼されます。マーティンはそれに応えて、エンジニアのジェフ・エメリックとともに様々なエフェクターを使って編集作業を行い、1977年にこの「THE BEATLES AT THE HOLLYWOOD BOWL」を公式ライブアルバムとしてリリースしたのです。

国内盤では、まだ「ハリウッド・ボウル」という名前になじみがないと判断したのか、タイトルは「ザ・ビートルズ・スーパー・ライヴ!」となっていましたね。しかし、それはLPとしてリリースされたのちには、他の公式アルバムのようにCD化されることもなく、今では廃盤となっています。
ですから、今回のCDは、それから40年近く経って初めてCD化されたものとなるわけです。しかし、その際には、この前の「1」と同様、ジョージ・マーティンの息子ジャイルズ・マーティンによって、オリジナルの3トラックのテープにまでさかのぼって「リミックス」が行われています。さらに、新たに4曲がボーナス・トラックとして同じ音源から編集されて収録されています。
あいにく1977年盤を聴いたことはないので、このリミックスによってどれだけ音が変わったかを検証することはできませんが、「1」での仕事ぶりを見ていれば、かなりの改善が行われているのではないか、という気はします。実際に、会場の歓声(ほとんど悲鳴)は、全く演奏の邪魔にはなりませんし、演奏もヴォーカルもとても満足のいく音で聴くことが出来ました。逆に、こんなコンディションの悪い録音を、よくぞここまできれいに仕上げたな、という感じですね。
ですから、それぞれのメンバーの声も明瞭に聴き分けることが出来ます。リンゴの1曲はご愛嬌としても、ジョージが2曲もソロを取っているのは意外でした。彼の声はスタジオ録音に見られるような線の細いものではなく、もっと力強く聴こえます。そして、ちょっと意外だったのが、ジョンに比べるとポールのヴォーカルがかなりお粗末だということ。ピッチはおかしいし、かなりいい加減な歌い方だったんですね。その二人ですが「A Hard Day's Night」では、「When I Home~」の部分からはそれまでジョンだったソロがポールに変わっているのですね。この部分は高い音がGまで出てくるので、ジョンには無理だったのでしょうか。スタジオ録音では、最初からダブルトラックなので、ずっと2人で歌っているのだとばかり思っていましたが、このライブでははっきり違いがわかります。
それと、ボーナス・トラックの「I Want to Hold Your Hand」で、歌い出しがきちんとビートに収まっているのにも驚きました。スタジオ録音では、オリジナルでもドイツ語バージョンでも最初のアウフタクトが絶対に半拍多くなっています。反駁できますか?

CD Artwork © Calderstone Productions Limited
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by jurassic_oyaji | 2016-09-20 20:59 | ポップス | Comments(0)
親子で学ぶ音楽図鑑/基礎からわかるビジュアルガイド
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キャロル・ヴォーダマンほか著
山崎正浩訳
創元社刊
ISBN978-4-422-41416-4




イギリスで出版された「Help Your Kids with ...」というシリーズが、「親子で学ぶ〇〇図鑑」と訳されて日本でも出版されていますが、そこにこの「音楽図鑑」が加わりました。本国ではすでに10種類以上の「図鑑」が出ているようですが、その表紙には「著者」であるキャロル・ヴォーダマンという人の写真が載っています。

この方は、イギリスではとても人気のあるテレビタレントなのだそうです。この表紙だと「知的なおねえさん」といった感じですが、

こんな写真だと、ちょっとお子様相手の本には似つかわしくない巨乳のおばさん、というイメージですね。
この方は、ほとんど「客寄せパンダ」的な存在なのではないでしょうか。もちろん、それは商売には必要なこと、実際に原稿を書いた人たちのスキルさえしっかりしたものであるのなら、なんの問題もありません。
元々はイギリス人を対象に出版された本なのですが、こと音楽に関してはイギリスと日本とでは、使われる用語などにしてもかなり異なっています。案の定、ここでは「音」の呼び方について、ちょっとした混乱に陥っているようです。というか、おそらく今の教育現場でも困惑している人は多いような気がしますが、日本のクラシック音楽の世界では「音」の名前に2通りの呼び方が存在しています。それは「音名」と「階名」。しかし、イギリスでは「階名」というものはありませんから、音の名前はすべてA、B、C・・・で表わされています。もちろん、調性も英語で「Cメジャー」、「Aマイナー」の世界です。「階名」である「ドレミ」はどうなっているかというと、この翻訳では「階名」という言葉自体が全く使われておらず、「フランス語、イタリア語、スペイン語では『C D E F G A B』の代わりに『ドレミファソラシ』を使います」とあるだけです。これは困ります(本当は、フランス語の場合は「do」ではなく「ut」が使われます)。この本を使って勉強した人が小学校に入って、初めて「ドレミ」には階名としての働きもあることを知ったら大変でしょうね。
原本にも、明らかにおかしなところがたくさん見られます。ざっと読んだだけで発見できたものをいくつか挙げてみましょうか。

これは、ちょっと自信がなかったので弦楽器の演奏家に聞いてみたのですが、「ボウイングの記号に、このような意味はない」ときっぱり言われてしまいました。まあ、「アップ・ボウ」の場合は、歌を歌う時の「ブレス」の記号とよく似ていますから混同したのでしょうが、なぜ「ダウン」が「フレーズの始まり」になってしまったのかは謎です。

これも、なぜキイを押すとこのようになるのか、金管楽器の専門家でもきっと分からないでしょうね。

そしてこれはちょっと高度な問題。そもそも「ナポリ」などという言葉は、おつまみとは違いますから(それは「なとり」)普通に生きている人は一生のうちにまず使うことのないものです。いや、和音としては日常的によく聴こえてくるのですが、それが「ナポリ」だなんて意識する人はほとんどいません(一例を挙げると、「翼をください」で「飛んでいきたいよ」の「よ」の音の前半に付けられたコードがナポリ)。しかし、「ナポリ」というのは短調の場合にのみ成立する和音ですから、最初の小節は「Cの短三和音」でなければいけません。そうでないと、3小節目のAになぜフラットが付いているか説明できませんよ。上の説明文も、「Cマイナーでは、ナポリの和音はD♭を最低音とする長三和音」ということになります。つまり、その平行調の「E♭メジャー」で「D♭メジャー」がナポリになるのですから、「Cメジャー」でナポリになるのは「B♭メジャー」なんですよ。
そのほか、楽器についてもデタラメなイラストと、おかしな呼び名のオンパレード、この本は、そんな間違いを探して大笑いをするために作られたものなのですから、間違っても「親子で学ぶ」ために使ったりしてはいけませんよ。

Book Artwork © Sogensha Inc.
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by jurassic_oyaji | 2016-09-08 23:05 | ポップス | Comments(0)
音楽する日乗
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久石譲著
小学館刊
ISBN978-4-09-388499-0




「『日乗』って?」と、まず思ってしまいました。音楽をでっちあげるんじゃないですよ(それは「捏造」)。「日常」の間違いなのか、あるいは、もっと気取って「日譲」だったのか。とは言っても、なんせ一冊の本のタイトルですから間違いなんてありえません。あわてて国語辞典を引いてみたら、しっかりこの言葉がありました。「日乗=日記」なんですって。ということは、このタイトルは「音楽する日記」となるのでしょうが、そうなると日本語としておかしくないですか?実は、この本は同じ出版社の「クラシックプレミアム」という雑誌に、隔週で連載されていたエッセイを集めたものなのですが、その時のタイトルは「音楽的日乗」でした。これならきちんと意味が成立していますし、ほのかに「日乗」と「日常」とを絡めたような味さえも感じられますね。それが、「的」を「する」に変えただけで、どうしようもなくへんちくりんなものになってしまいました。
著者は、一連のジブリのアニメのサントラやテーマ音楽で多くのファンを持っている作曲家です。今回の著書では、巻末に30ページにも渡ってその「作品」のリストやディスコグラフィーが掲載されていますが、それは膨大な量。そのような「作家」としてだけでなく、彼は実際にピアニストや指揮者として、時にはシンフォニー・オーケストラとともにステージに立っていたりします。なんでも、そのようなコンサートは、チケットが発売されるやいなやソールド・アウトになるという、まるでAKBやジャニーズのようなアイドル並みのファンを獲得しているというのですから、すごいものです。これは、そんな著者の日常を綴った「日乗」なのでしょう。
通常、そのような読み物は、実際に本人が執筆するのではなく、インタビューのような形で本人が語ったことを、ライターさんが原稿に起こす、といったような形で雑誌には掲載されるのでしょう。ただ、ここでは「著者」はそのような部分と、実際に自分の手で原稿を書いた部分とがあることと、それがどの部分であるのかをきちんと明記しています。今時珍しい「正義感」にあふれた人なのでしょう。
ただ、そうなってくると、ご自分で書かれた部分での「粗さ」がとても目立ってしまいます。別に著者はプロのライターではないのですから、だれも文章の美しさなどは期待していないのですが、やはり「久石譲」という名前を背負っている文章としては、それなりの内容のクオリティは期待されています。毎回の原稿は2000字程度でしょうか、そんな決して多いとは言えない字数のなかで、半分近くを原稿が書けない言い訳に費やしているのを見るのは、とても辛いものがあります。ここは、きっちり「プロ」の手を借りて、多くの人に読まれても恥ずかしくない程度のものにはしておいてほしかったものです。いきなり「今の若い者は」みたいなジジイの説教が現れるような駄文は、誰も読みたいとは思わないはずです。平均律の話をするときに「1オクターブは上のラ(440Hz)から下のラ(220Hz)を引いた220Hz」などととんでもないことを言い出したのには、言葉を失いました。この人、ほんとに音楽家?
とは言っても、やはりこれだけのキャリアと人気を誇る作曲家ですから、そんな駄文のなかからでもなにがしかの知的な閃きを探し出すことは不可能ではありません。たとえば、「ユダヤ人」に関する彼の視点。これは、常々疑問に思っていたことが、少しは氷解するきっかけにはなったかもしれません。それと、きちんと「理論はあとからついてくるもの」という認識を持っているのは、さすがですね。
仙台に住んでいるものには、彼が作ったこの地方の電力会社のCMの音楽を聴けるという特権があります。1日に何度となくテレビから流れてくるその音楽は、とことん陳腐で退屈なものでした。なぜこんなものを恥ずかしげもなく公に出来るのか、この本を読んで少しは分かったような気がします。

Book Artwork © Shogakukan Inc.
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by jurassic_oyaji | 2016-08-09 22:11 | ポップス | Comments(0)
Holiday in Japan
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Ricardo Santos and His Orchestra
POLYDOR/UICY-1548




別に新譜でも何でもないのですが、思いがけなく入手することが出来たアイテムということで。個人的な思い出になるのですが、かつて我が家にはこんなLPがありました。

もう現物は紛失しているので、これはネットで同じジャケットのものを探した画像ですが、タイトルは「Cherry Blossom Time in Japan」だったような気がします。父親が外国に行っていたので、その時に買ってきたPOLYDORのドイツ盤だったのでしょう。それは、「Holiday in Japan」というタイトルで、国内盤も出ていて、当時はかなりヒットしていたようですね。もちろんモノーラルでしたが、それを安物のレコードプレーヤー(SPレコードと切り替えができる回転式の圧電型カートリッジ・・・なんのことだか分からないでしょうね)で聴いていましたね。それは「リカルド・サントス楽団」という「ラテン・バンド」が、日本の曲を様々なダンス音楽にアレンジして演奏しているものでした。恐ろしいアレンジではありません(それは「オカルト・サントス」)。よくあるパターンで、日本と中国の区別が全くついていないために、いかにもな中国風の5度平行のフレーズが頻繁に出てくるのにはものすごい違和感を持ちつつも、けっこうなヘビーローテンションで聴いていましたね。結局、好き嫌いにかかわらず、そのアレンジの細かいところまで体の中に刷り込まれてしまっていたのです。
最近、これを無性に聴きたくなって検索してみたら、ちゃんとCDになっているものがAmazonで販売されていたではありませんか。さっそく取り寄せてみたら、それは2001年にリリースされていたものでした。正確には、1985年にCD化されたもののリイシューのようでした。あの懐かしい音楽を、今度はちゃんとした音で聴くことができるようになりました。
そうなんですよ。まさかと思ったのですが、おそらく1960年台に作られたこのアルバムは、しっかりステレオで録音されていたのですよ。そして、音のクォリティも、昔サファイア針で聴いていたころには想像もできなかったような素晴らしいものでした。
リカルド・サントスというのは、ドイツの放送局のビッグ・バンドの指揮者とアレンジャーを長年続けていたウェルナー・ミューラーの「芸名」でした。1954年にはラテン色の強いバンドとしての特徴を示すためにこの芸名で自分のバンドを結成して、これが世界中で大ヒット、後に本名でのバンドでもやはりヒットを放ちます。
今回のCDは、もう、どれを聴いても涙が出てくるような素晴らしい(もちろん、かつて聴いていた音に比べたら、という意味で)音とアレンジのセンスが感じられます。基本的に「ラテン・バンド」の体裁をとっていますが、そんなジャンルにこだわらずに、ありとあらゆる当時のダンス音楽の手法が盛り込まれているんですね。「花」や「浜辺の歌」などは、ほとんどマントヴァーニか、と思えるほどの「ムード・ミュージック」の王道の甘ったるいストリングスで迫りますし。そのストリングスも、「お江戸日本橋」でフレーズの最後を埋めている華麗なスケールの応酬は、まるでチャイコフスキーのようですから。もろコンチネンタル・タンゴとして編曲されている「五木の子守唄」も、そのストリングスとタンゴのリズムが見事にかみ合って、まるで最初からあったタンゴの曲のように聴こえてしまいます。もちろん、「春が来た」などではストレートなスウィングが堪能できます。面白いのは「夕やけ小やけ」。最初はのんびりしたスウィングで始まったものが、途中でいきなりロックンロールのリズムに変わって、ノリノリのサックス・ソロが登場したりしますからね。
さっきのストリングスや、ソロ楽器が、例えばピッコロとバス・クラリネットのユニゾンというように、ここではクラシカルなオーケストレーションの素養も感じられます。そういえば、こんなアルバムでは、ミューラーはベルリン・フィルのメンバーへのアレンジまで提供していましたね。

CD Artwork © Universal International
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by jurassic_oyaji | 2016-06-21 23:18 | ポップス | Comments(0)