おやぢの部屋2
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カテゴリ:ポップス( 102 )
James Bond Themes




Carl Davis/
The Royal Philharmonic Orchestra
MEMBRAN/222910-203(hybrid SACD)



6代目のジェームス・ボンドがやっとダニエル・クレイグに決まって、次の第21作目の制作が始まったという「007」シリーズですが、第1作が公開されたのが1962年、この新作「カジノ・ロワイヤル」が日本で公開される頃には「45周年」を迎えることになります。とてつもないシリーズになってしまったものです。
そうなってくると、数々の映画の中で登場した主題歌たちは、しっかり「クラシック」としての地位を獲得し、このような本物のクラシックのオーケストラのレパートリーともなって、この手のCDも数多く出ることになりました。しかし、お高くとまったクラシックの演奏家たちが、かつてご紹介したものほどの熱意を込めず、「たかが映画音楽」と手を抜くことを考えようものなら、彼らは手痛いしっぺ返しを食らうこととなるのです。
1曲目は、シリーズ全ての冒頭のタイトルを飾る「ジェームス・ボンドのテーマ」、このシリーズに切っても切れない縁がある作曲家ジョン・バリーの作品だと思われがちですが(私も最近までそう思っていました)実はモンティ・ノーマンによって作られた物だったのですね。この、あくまでスマートでかっこよくあるべき曲が、おそろしく野暮ったく聞こえてきたのが、そんな「手抜き」の一つの証でしょうか。何しろ、金管セクションの人達はただ譜面づらをなぞっているだけ、そこには原曲の持っているスウィング感などは微塵も感じられなかったのですから。
2曲目の「ロシアより愛を込めて」(これも、ジョン・バリーではなく、ライオネル・バートの曲だったんですね)では、こういう編成での最大の魅力である流れるように芳醇なストリングスの醍醐味が味わえることを誰しもが期待するはずです。ところが、「本職」であるはずのこの弦楽器セクションのやる気のなさと言ったらどうでしょう。もしかしたら、コストを削減するために大幅にメンバーを少なくしたのかと疑いたくなるほど、それは情けない響きだったのです。
3曲目の「ゴールドフィンガー」(ここでやっとジョン・バリーの登場です)では、アレンジの拙さが露呈されます。ニック・レーンというアレンジャーは、元ネタの「ここだけは外せない」という美味しい部分を全く無神経に変えてしまったのですからね。この曲の冒頭で最もかっこよく聞こえてくるはずの「パップヮーッパーッ」というホルンのフレーズを、「パ、パ、パ、パ、パー」と言う間抜けな形で吹かせている神経は、全く理解できません。
ところが、ジョージ・マーティンが音楽を担当した「死ぬのは奴らだ」での主題歌、ポール・マッカートニーとウィングスの「Live And Let Die」になったとたん、みずみずしいグルーヴが蘇ってきたのには、ちょっと驚かされました。そう感じたのは、この曲が、ちょっと今までとは毛色の違ったアレンジのプランによるものだったからかもしれません。ここではオリジナルのマーティンのアレンジをかなり忠実になぞっていて、メインヴォーカルの部分にはファズ・ギターをフィーチャーしています。もしかしたら、「本物の」ロック・ミュージシャンが参加することによって、今までかったるい演奏に終始していたロイヤル・フィルのメンバーが、見事にやる気にさせられてしまったのかも知れませんね。
同じようなことは、きちんとしたリズム・セクションが入った最後の「ゴールデン・アイ」でも見られます。自分たちだけの力では「たかが」映画音楽にさえ命を吹き込むことが出来なかった「クラシック」の演奏家、今活況を呈している「ライト・クラシック」とか言う分野では、このような醜態にいとも簡単に出会うことが出来ます。そんなことでええがね。
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by jurassic_oyaji | 2006-03-19 19:39 | ポップス | Comments(0)
BACHARACH/At This Time




Burt Bacharach
SONY BMG/82876734112
EU輸入盤)
BMG
ジャパン/BVCM-31186(国内盤)


輸入盤のレーベル、しっかり「SONY BMG」となっていますね。日本にいたのではなかなか分かりづらいのですが、この2つの巨大レコード会社は、今ではすっかり一つの会社としての体裁を整えたという事が、このレーベルからはっきり分かります。今まで「仲の良いお友達」だと思っていた二人が、実はいつの間にか入籍をして夫婦になっていた、というようなものでしょうか。例えば、アンドリュー・デイヴィスのドヴォルザークのコンプリート・コレクションのように、音源はSONYなのですが、標章はレッド・シールというRCAのマークがついているにも拘らず、SONYから発売になって混乱した、というような状況が起こっているのです。ただし、日本ではこの二つの会社の日本法人が融合することはないそうです。これは親会社の関係だそうで、SONYはあくまでも家電会社として独立しているからだそうです。
さて、バッハBachの次はバカラックBacharachという、分かりやすいつながりです。50年代、60年代に数々のヒット曲を産んだ偉大なソングライター、アレンジャーとしてのバート・バカラックは、とっくの昔に「オールディーズ」という範疇に入ってしまっていたという認識でしたから、まさかこんな時に(というのが、アルバムタイトル)ニューアルバムが出るなんて、思っても見ませんでした。
今年78歳を迎えるバカラック、彼の28年ぶりのニューアルバムは、もはや功成り名遂げた者にのみ許されるような、本当に自分の作りたい物を心ゆくまで追求した、素晴らしい仕上がりになりました。バカラックと言えばまずヒットソングの作り手として知られていたものですが、ここでは、その様なヒットを狙う小細工など微塵も感じられない、あくまで良い音楽だけを作ろうとする真摯な姿を見ることが出来ます。住む家など、オンボロでも構いません(それは「バラック」)。
あえて「ヒットソング」を避けたという制作態度は、ヴォーカルの扱いに見て取ることが出来るはずです。殆どのトラックはまるでインストナンバーのように、バカラック自身のピアノやキーボードを中心に進んでいきます。(実際、純粋なインストナンバーも、2曲含まれています。)そこでのメインテーマは、ヴォーカルが受け持つことはまずありません。従って、ここで主にヴォーカルを担当している人達は、アレンジの範囲内での、言い換えれば極めて個性に乏しい歌い方に終始しているように見えます。そして、これは昔からのバカラックの魅力であった、厚ぼったいストリングス。ヴァイオリン19、ヴィオラ8、そしてチェロ4という編成は、殆どクラシックのオーケストラの編成と変わりません。そこから紡ぎ出されるゴージャスなサウンドは、たとえ今はやりのヒップ・ホップからリズム・ループを導入しようが、バカラックの本質には何の影響も与えないほどの存在感を持って迫ってくるのです。
彼のユニークなコード進行は、このようなインストが前面に出てきた作られ方によって、より必然性を感じられるものになりました。これらは一つの「作品」として、ジャンルを超えてその価値を主張できるだけのものに仕上がっているはずです。
とは言っても、やはり「ヒット曲」としての楽しみも欲しいものです。盟友エルヴィス・コステロが参加した「Who Are These People?」などは、変拍子も交えてヴォーカルが前面にフィーチャーされた、そんな願望を満たしてくれる曲なのでしょう。「Where Did It Go?」では、何とバカラック自身のヴォーカルも聴くことが出来ます。全ての歌詞を初めて自ら書いたというバカラック、この「作品」の持つある種の「暗さ」からは、それがヒット狙いではなかったからこそ、確かなメッセージを感じ取ることが出来たのかもしれません。
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by jurassic_oyaji | 2006-03-03 19:55 | ポップス | Comments(0)
Mozart Meets Cuba





Klazz Brothers & Cuba Percussion
SONY/82876762622



以前もご紹介した、ドイツのジャズ・トリオ、クラズ・ブラザーズ(「Klazz」というのは、KlassikJazzをつなげた言葉だとか)と、キューバの2人のパーカッション奏者のユニットによる、ラテン・ジャズによるクラシックの名曲の「再構築」である「Meets Cuba」シリーズ、今回は大方の予想通りモーツァルトがネタになっています。しっかりとクラシックの基礎を持つキリアン(ベース)とトビアス(ピアノ)のフォルスター兄弟に、ドラムスのティム・ハーンが加わったかなり知的なトリオ、そこにアレクシス・ヘレラ・エステヴェスと、エリオ・ロドリゲス・ルイスという、生粋のキューバン・パーカッションが加わって生み出されるラテンのグルーヴ、そこには、確かなボーダーレスの世界が広がっていました。あ、同じ海の生き物でも、こちらには吸盤はありません(それは「クラゲ」)。
こういう企画で曲を作る場合、いかによく知られたメロディーを用いるか、というのが一つのポイントになってきます。誰でも知っている有名なものが素材になっているからこそ、それをいかに料理したか、というおもしろみが味わえるのですからね。このアルバムでも、そのあたりは抜かりがないように見えます。本当に誰でも知っている「トルコ行進曲」を、ちょっと「外した」リズムで処理したり、「ド~ミソ、シ~ドレド」という有名なハ長調のピアノソナタを、一瞬元ネタが分からなくなるほど大胆にデフォルメしたりと、まずは予想通りの展開です。
しかし、さすがドイツ人、と思わせられるのが、確かに有名ではあっても日本人の中では必ずしも「誰でも知っている」というわけにはいかないオペラからの引用です。ファンキー・シャッフルに乗った「ザルツブルク・シャッフル」というのは、「魔笛」のポプリ、パパゲーノの2つのアリア、パパゲーノとパミーナのデュエット、タミーノのアリア、夜の女王のアリアなどが延々と続くのを楽しめるのは、もしかしたらかなりの「通」だけなのかもしれません。
「魔笛」ネタはもう一つあって、ここでは「愛の喜びは露と消え」という第2幕で歌われるパミーナの悲痛なアリアが使われています。そこになんと「ベサメ・ムーチョ」を同時に演奏する、というのがミソ、こんな全く別の世界の曲同士が、同じコード進行だと言うだけで結びついてしまうのは、殆ど奇跡です。ただ、「いっぱいキスして」というかなり情熱的なタイトルのこのラテンの名曲も、その歌詞は死の床にある夫からの、妻に対する永遠の別離を歌ったものであると聞けば、恋人が心変わりをしたと思いこみ、死を決意するというパミーナのアリアとの接点も見いだせようと言うものです。そこまで考えていたのであれば、ちょっと怖くなってしまいますが。
しかし、「死」をテーマにしたものがもう一つあるとなると、それも現実味を帯びてきます。それは、「ドン・ジョヴァンニ」の序曲の序奏の部分だけをボレロに仕立てたナンバーです。暗く重苦しいテーマが続く中に、一瞬明るいメロディーが現れますが、それはショパンの「葬送行進曲」の中間部のテーマなのです。ここまで作り込んであれば、このアルバムがただのノーテンキな「ポップ・クラシック」とは一線を画していることが、自ずと分かってくるはずです。
彼らのシニカルな視点は、その「ドン・ジョヴァンニ」の「手を取り合って」という、主人公が村娘をナンパする時のデュエットが、けだるいバラードで、まるで罪深い不倫のように描かれていることからも、確認できることでしょう。同じオペラの「乾杯の歌」が、いとも軽快なモザンビークに変貌しているからこそ、その対比は際立ちます。
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by jurassic_oyaji | 2005-12-26 20:10 | ポップス | Comments(0)
The Concert for Bangladesh








George Harrison and friends
ワーナーミュージック・ジャパン/WPBR-90532/3(DVD)


1971年に、すでに解散していた「ザ・ビートルズ」のメンバーだったジョージ・ハリスンが、親しい仲間のミュージシャン(その中には、かつてのバンドのメンバー、リンゴ・スターも含まれていました)を集めて開催した、慈善コンサートの模様が収録された映画が、初めてDVDとなって発売されました。そもそもは、シタール奏者のラヴィ・シャンカール(ノラ・ジョーンズが彼の娘だって、知ってました?)が、彼の故郷のベンガル地方で起こっていた当時の東パキスタンの独立に伴う内乱に心を痛め、多くの難民の窮状を訴え、救済の手をさしのべたいとジョージに相談したーるのが発端だといいます。その結果、このコンサートは、後に続く数々の「救済」コンサートの、草分け的な存在として歴史に残ることになったのです。
コンサート自体は大成功を収めますが、二次的な収益を狙って、程なく、ライブレコードがリリースされ、その音源をサウンドトラックとした記録映画も上映されることになりました。このあたりも、後の「ベネフィット」の定石となるわけです。ただ、出演者の中にボブ・ディランという「大物」がいたために、この豪華写真集付き、LP3枚組ボックスセットというレコードは、「APPLE」レーベルにもかかわらず、EMIではなく、ディランが属していたCBSが販売権を獲得した、といったようなゴタゴタも聞こえてきましたね。
いずれにしても、そのレコードを飾った非常にメッセージ性の高いジャケットが、今回のこの「デラックス版」に採用されています。実は、「通常版」というのも同時に発売されているのですが、そちらのジャケットはジョージの写真が使われているだけのものですから、当時の「事件」としての追体験を期待している私としては、迷わずこちらの方を購入したというわけです。
この映画は、「音を犠牲にしたくない」というジョージのたっての願いで、サウンドトラックが潤沢に使える「70ミリ」のフィルムに、元々の「16ミリ」をふくらませてプリントした、といいます。ただ、それが公開されたのは大都市だけでしたから、それを劇場で味わうということは、当時の私には不可能なことでした。ごく最近テレビで放送されたものを見ることが出来ましたが、それは何だか暗がりでモゾモゾうごめいているような不明瞭な画面で、レコードに付いてきた写真集から窺えるミュージシャンの生き生きとした姿などどこにも見当たらなかったのには、失望を通り越して、怒りさえ覚えたものです。
しかし、このDVDは、その、放送されたものとはまるで別物の、とても鮮やかな画面でした。もちろん、音もリミックスがされているのでしょう、その時のものとは比較にならないほどグレードアップしているのが分かります。ここでみずみずしく蘇る若き日のクラプトンやディランの姿には、すでに「記録」としての重みすら感じられます。ビートルズのジャケットも手がけていたベーシストのクラウス・ヴォーマンや、「アップル・バンド」として紹介されている「バッド・フィンガー」の映像も非常に貴重なものでしょうし、メンバー紹介でジョージが「ビリー・プレストンを忘れていました!」と慌てていた、その5人目の「ビートル」の、ハモンドから立ち上がってステージ中を踊りまくるパフォーマンスなども、音だけでは伝わらない感動的なものです。
もう1枚のボーナス・ディスクには、2005年に制作された、このコンサートのドキュメンタリー・フィルムの他に、貴重なメイキング映像などが収められています。ここで初めて明らかになる関係者の証言には、「そうだったのか!」と驚くことばかり、私は、フィル・スペクターがメンバーを選ぶ段階ですでに彼の「ウォール・オブ・サウンド」を実現すべく編成を吟味していたことを興味深く知りました。クラプトンの出演までの葛藤なども、「今だから言える」ものです。
ライブ映像から30年以上経って、インタビューされている出演者たちはすっかり外見が変わってしまっていました。中でも、 見事な白髪になったレオン・ラッセルの変わりようといったら。そして、もっとも悲しいのは、このコンサートの主人公、ジョージは、もはやインタビューを受けることは出来ないということです。
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by jurassic_oyaji | 2005-11-06 19:34 | ポップス | Comments(0)
Feels Good





TAKE6
AVEX/YICD-71005



1988年にWARNER傘下のREPRISE(リプリーズ)という匂い消しのような(それは「ファブリーズ」)レーベルからデビューしたア・カペラグループ「テイク・シックス」は、2002年の「Beautiful World」までに8枚のオリジナルアルバムと1枚のライブアルバム、そして1枚のベストアルバムと、全部で10枚のアルバムをリリースしています(国内規格でもう1枚ベストアルバムが出ました)。そのデビュー作「TAKE6」を聴いて彼らの完璧なハーモニーに魅了された私は、たちまち大ファンになってしまいました。何より驚いたのは、それまで私が愛して止まなかった「ザ・シンガーズ・アンリミテッド」という4人組のコーラスグループが多重録音で時間をかけて作り上げた、多くの声部が入り交じった精緻なハーモニーを、6人のメンバーがいともやすやすと「一発録り」で成し遂げてしまっていたことです。そのアルバムに収められていたスピリチュアルズの持つ敬虔なテイストも、魅力的なものでした。その時、私はスタジオでしかなしえなかった「アンリミテッド」の世界をリアルタイムに再現する卓越したジャズコーラスグループの誕生を知ったのです。
しかし、彼らの音楽の方向性は、「ジャズ」のテクニックは維持しつつも、やはり「R&B」であったことは、それ以後のアルバムから窺えるようになります。次第にア・カペラだけではなく、しっかりファンキーなバンドがバックに入るようになってくると、その印象はさらに強まってきました。ですから、この「おやぢの部屋」を始めてからも新しいアルバムは出ていたのですが、いまいち、紹介する気にはなれなかったのです。
そんな彼らが2004年、古巣REPRISEを離れ、自分たちのレーベル「TAKE6 RECORDS」を創設します。そんな新しい環境での第1作がこれ、まさに原点回帰といった趣の全曲ア・カペラというアルバムだったのには、喜びもひとしおです。まるで、ちょっと浮気をしていた恋人が、出会った時のままの初々しさで戻ってきた(あ、あくまでたとえですからね)ような嬉しさが、そこにはありました。
このアルバムの中での私のベスト・トラックは、「Family of Love」という、まさに「アンリミテッド」のセンスが全開のソフトなナンバーです。ここで繰り広げられているハーモニー・ワークの素晴らしいこと。まるで夢のようなひとときが体験できることでしょう。「Lamb of God」というスピリチュアルズ・テイストの曲も良いですね。このタイトル、ラテン語だと「Agnus Dei」、そんな格調高いヨーロッパのミサ曲にも拮抗できうるほどの世界観が、ここにはあります。びっくりしたのは、「Just in Time」というスタンダードナンバーのカバー。これは、まさに「アンリミテッド」が1977年の同じタイトルのアルバムで取り上げていた曲ではありませんか。スクラッチノイズの入ったローファイなどというお遊びも交えて、それは確かに彼らの先達へのオマージュになっています。
そして、日本盤だけのボーナス・トラックが、三木たかしが作った「Flowing with Time」という、最近よく耳にする曲です。メロディーの美しさが、テンション・コードの中で見事に生かされた素敵なアレンジ、こういうものを聴いてしまうと、彼らの音楽はジャズもR&Bも飛び越えたもっとグローバルなものであることに、自ずと気づかされてしまいます。


2000年6月1日にテレマンの「イエスの死」で始まった「おやぢの部屋」も、今回でめでたく1000アイテム目を迎えました(902番目からは「2」となって、ブログでも公開されています)。ここまで続けてこられたのも、ひとえに皆さんのおかげです。ありがとうございます。5年という年月の中では、「おやぢ」を取り巻く状況も大きく変わらざるを得ませんでした。なによりも、この1000回目をピアノ曲やリートで飾れなかったのが心残りです。しかし、先ほどの曲の邦題(って、こちらが原曲ですが)「時の流れに身をまかせ」というスタンスで、これからもずっと続けていきたいと思っていますので、なにとぞよろしくお願いします。
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by jurassic_oyaji | 2005-10-02 20:53 | ポップス | Comments(1)
Rock Swings



Paul Anka
VERVE/475102US盤)
VERVE/602498826003
EU盤)
ユニバーサル・ミュージック/UCCU-1068(国内盤)


ポール・アンカといえば、私達はまず1950年代から1960年代にかけてまさに一世を風靡したアイドル的なポップス・シンガーとしての姿を思い浮かべることでしょう。1957年、16歳の時に自作の「ダイアナ」という曲でいきなり大ヒットをとばした彼は、その歌詞にあるような「早熟な若者」というイメージで、数多くのヒット曲を世に送ります。しかし、そのような単なるアイドルで終わらなかったのが、彼のすごさです。1962年に公開された映画「史上最大の作戦The Longest Day」の中でミッチ・ミラー合唱団によって歌われた同名の主題歌は、彼にソングライターとしての確かな能力が備わっていることを証明してくれたのです。さらにその後にフランク・シナトラのために書かれた「マイ・ウェイ」こそは、彼の作品(この曲については作詞のみの担当)として永遠の命を持ちうる名曲となりました。
もちろん、彼は現在までとぎれることなく歌手としての活躍は続けています。ほとんど「歌手生活50年」みたいなとてつもないキャリアを誇っているわけですが、デビューが若い時だったせいでしょうか、実はまだ60代半ば、まだまだバリバリの現役アーティストなのです。
そんなポールの最新作は、タイトルそのもの、ロックの名曲をスウィング・ジャズでカバーしようという試みです。ボン・ジョヴィ、ヴァン・ヘイレン、エリック・クラプトンあたりの「王道」だけではなく、ニルヴァーナのような「オルタナティブ」までにも挑戦しようという姿勢には、並々ならぬ意欲が感じられます。
最初の曲、ボン・ジョヴィの「イッツ・マイ・ライフ」が始まったとたん、ここでポールたちが拠り所にしたものは、スウィング・ジャズが持つ力をとことん信じることだったのが分かります。確かにそこにあるのはボン・ジョヴィに違いはないのですが、それは見事に、最初からビッグバンドのために作られた曲のように聞こえてきたのですから。このことは、ヴァン・ヘイレンの「ジャンプ」という、どう考えてもスイングにはなり得ない曲の場合、鮮烈に印象づけられることになります。あの特異なシンコペーションを持つイントロのリフは、4ビートに置き換えられるやいなや、「ロック」の持つ力強さは消え去り、「ジャズ」という、ある意味大人の音楽に見事に変貌していたのです。もちろん、このような状況下では、ポールの声の中にはデヴィッド・リー・ロスのエネルギッシュなヴォーカルの片鱗も見いだせないのは、当然の成り行きでしょう。
その代わり、私達が気づくのは、元の曲が「ロック」であったときには感じにくかった「歌」としての完成度です。激しいビートの陰に隠れてちょっと見つけそこなってしまったリリシズムが軽快な4ビートの中で蘇るとき、失われてしまったスピリッツ以上の収穫があったと思うのは、私が「大人」になった、あるいはなってしまった証なのでしょうか。
すでに充分「大人」になっていたクラプトンが書いた「ティアーズ・イン・ヘヴン」でさえ、この曲をヴァースから始めるという大胆なアレンジを施したランディ・カーバーの手によって、さらにアダルトな味に変わってしまったことからも、スウィング・ジャズの持つ力には確かに底知れぬものがあることが分かります。そして、ポール・アンカは、その事をいまだ衰えぬ張りのある声で、知らしめているのです。もちろん、少し甘めの声で(それは、「アンコ」)。
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by jurassic_oyaji | 2005-09-26 20:02 | ポップス | Comments(0)
SONORITE





山下達郎
ワーナーミュージック・ジャパン
/WPCL-10228


1998年の「COZY」以来、7年ぶりのオリジナルアルバムは、マルセル・モイーズが作ったフルートの教則本のようなタイトルになりました(あちらは、最後のEにアクサンが付きますが)。そんなに間が開いたとは思えないのは、その間にON THE STREET CORNER 31999年)というひとりア・カペラ・アルバムと、「RARITIES」(2002年)という、アルバム未収録の曲を集めたものを出していたせいなのかもしれません。
山下達郎は、もちろん曲を作って歌うというミュージシャンとしての才能はトップクラスのものがありますが、それだけではなく、商品としてのアルバムを作り上げ、さらにはそれを流通させるという、プロデューサーとしての才能にも非常に長けているのは、ご存じの通りです。特に、彼のようなジャンルの音楽に欠かせない、「音楽を録音する」という点でのスキルには、並々ならぬものがあります。彼は、自身でDJを務めるラジオ番組を持っていますが、その中で、今まで体験してきたレコーディングについてしばしば述べている場面がありました。その時に、レコーディングの現場がアナログからデジタルに変わった時期に、最も苦労をしたと語っていたのは、我々クラシック・ファンにとっては興味深いことでした。デジタル録音が登場した時には、私達は諸手をあげて歓迎をしていたはずです。ダイナミック・レンジは広いし、ノイズは少ないし、まさに良いことずくめの媒体であるCDが出現したために、今まで持っていたLPを、役立たずの場所ふさぎとして処分してしまった人は一体どのぐらいいたことでしょう。実は、音としてはアナログ録音はデジタルをしのぐものがあるということに人々、特にクラシック関係の人が気づくには、少し時間が必要でした。それから20年を経て、やっとアナログと同等の音を保存できるSACDという媒体を手中にすることが出来たのですから。
しかし、そんなデジタル録音の欠陥など、達郎のような現場の人間は最初から痛いほど分かっていたのだそうです。ですから、今までのアナログの音をデジタルで可能にするために、まさに血のにじむような苦労が必要だったと、しみじみと語っていたのでした。
そして、今回の録音を行う頃には、同じデジタルでも「ハードディスク・レコーディング」というテクノロジーが登場していました。これもやはり、実際に使ってみてさまざまな「弱点」を感じることになります(「ハイリスク・レコーディング」)。なんでも、繊細な音には滅法強いのに、爆発的な音には弱いのだとか。そのような機材を前にして、達郎は音楽の表現自体を、機材に合わせて変えていくようになったという、またまた私達には興味深い事実を明らかにしてくれています。例えば、ベースとキーボードがこの機材では相性が悪かったので、思い切ってベースを省いてしまったら、結果的に面白いアレンジが誕生したとか、ヴォーカルのテイストも張り上げるような歌い方はあまりしなくなったとか、音楽の表現を作り上げる要因の中に録音機材までもが重要な位置を占めているという、クラシックの世界ではまずあり得ないことを知らされたのでした。
といっても、このアルバムの中での私のお気に入りは、NHKのアニメの主題歌としてさんざん聴かされたカンツォーネ「忘れないで」と、ホーンセクションをバックにした殆どバカラックのコピー「白いアンブレラ」という、非常にアナログ的な曲なのですがね。
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by jurassic_oyaji | 2005-09-14 20:46 | ポップス | Comments(1)
失神天国~恋をしようよ~





The Captains
東芝EMI/TOCT-4920


「最後のグループサウンズ」というサブタイトルで往年のグループサウンズの世界を今の世に再現して見せた仙台のバンド「ザ・キャプテンズ」が、このほどついにメジャー・デビューを果たし、あの東芝EMIから、初マキシシングルをリリースしました。この会社の国内盤、特にポップス部門では、かなり長い間例の「CCCD」にこだわっていたものですが、これはノーマルなCDになっていますから、やっと、この問題の多いフォーマットを見限ることが出来るようになったのでしょうか。それはともかく、数年前からインディーズでは活動していたこのバンド、地元では確かなファン層を獲得していましたが、晴れて全国のリスナーの前に姿をあらわすことになったわけです。それがCCCDではないノーマル盤だったのは、何よりのことです。
グループサウンズ、略してGSとは、車に必要な燃料を販売するところ(それは「ガソリンスタンド」)、なわけはなく、1960年代に巻き起こった一大バンドブームのことです。ブームのさなかに結成されたバンドは数知れず、中には「ザ・モップス」などという、コアなバンドもありましたが(「月光仮面」好きでした)、メインは何と言っても「ザ・スパイダーズ」、「ザ・タイガース」に代表される、分かりやすいサウンドとファッショナブルな外観を持ったグループでした。今ではとても信じられないかもしれませんが、「ザ・スパイダーズ」のメイン・ヴォーカルだった堺正章は、ミリタリー・ルックに長髪という、まるで王子様のようなファッションで、紛れもない「ヴィジュアル系」タレントとしての魅力を振りまいていたのです。
今年は、その「最初の」GSである「ザ・スパイダーズ」が結成されて40周年にあたるのだとか。半世紀近くの時を経て忽然と現れた現代のGSは、やはりミリタリー・ルックに身を固めていました。このシングルのタイトル「失神天国」も、「失神」を売り物にしていた「オックス」というGSへのオマージュであることは明らかです(メンバーの赤松愛が歌い出すと、聴いていた少女たちが実際に失神したということです)。曲自体は「どうにも、どうにも、どうにも止まらない」という、山本リンダあたりの持ち歌からの引用がちょっと目障りですが、それに続くあくまでストレートな曲調と歌詞には、思わず引き込まれてしまいます。そして、曲を書き、自ら歌っている傷彦(きずひこ)クンの、ちょっと鼻に詰まったヴォーカル、随所に挿入されたクサいセリフには、「失神」とまでは行かないまでも、何か怪しげな魅力が伴っているのも事実です。
今の音楽シーンに蔓延しているのは、全く日本人の感性とはかけ離れたところにあるヒップ・ホップ系、あのようなガサツで暴力的な音楽に付き合わされるのは苦痛でしかないと思っている人は多いはずです。そこに現れたのが、胡散臭いところはあるものの、私たちの琴線には間違いなく触れるであろう正当派GS、マイナーを基調にした懐かしいコード進行と、限りなくチープなエレキサウンドで怪しく迫られれば、多くの人の共感を呼ぶことは間違いありません。それがどこまで浸透するのか、見守っていきたいものです。
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by jurassic_oyaji | 2005-07-22 19:45 | ポップス | Comments(1)
TATUM/Improvisations





Steven Mayer(Pf)
NAXOS/8.559130



私たちに様々な幸せ感を届けてくれる楽器の音色、しかし、その楽器を演奏しているのは生身の人間ですから、他人に感動を与えられるほどの演奏を成し遂げるためには絶え間ない修練が必要とされます。華麗な超絶技巧の裏には、幼少の頃からの長い時間をかけたつらい努力という、他人が知ることはない苦しみが隠されているものなのでしょう。そして、一流の演奏家であり続けるために欠かすことが出来ないのは日々の練習の積み重ね、それを怠れば、たとえホロヴィッツほどのヴィルトゥオーゾでも、「ひびの入った骨董品(吉田秀和)」と揶揄されてしまうのです。
そのホロヴィッツが、まだバリバリの現役だった1940年代、顔を知られないように目深に帽子をかぶって「変装」し、お忍びでニューヨークのとあるジャズクラブに出かけたことがありました。そこでは、一人の黒人がピアノを演奏していたのですが、それを聴くなり、ホロヴィッツはこうつぶやいたといいます。「私は、自分の目と耳が信じられない」。そのピアニストの名はアート・テイタム、1930年代から1950年代にかけて活躍した(1956年に、46歳という若さで亡くなっています)ジャズピアニストです。あの超絶技巧を以て知られるホロヴィッツをも驚嘆させたというそのテクニックは、しかし、血のにじむような訓練で身につけたものではなく、殆ど天才的に備わっていた能力であった、というのがすごいところです。そして、その奏法も、クラシックとは無縁のところからスタートしています。それは「ハーレム・ストライド」と呼ばれる左手の奏法。「ラグタイム」のようなシンプルな伴奏に起源を持つこのベースとコードの奏法は、ハーレムのジャズマンの間で脈々と受け継がれ、ファッツ・ウォラーを経て、テイタムで驚異的な完成度を獲得します。強拍でベース、弱拍でコードを演奏するのですが、そのベースがすでに10度、つまりオクターブ+3度となっていて、コードまで担っているのが、すごいところ、もちろん左手だけで2オクターブ近い跳躍を目にもとまらぬ早さで繰り返すのです。そして右手が紡ぎ出すパッセージのすごいこと。まるで、時間軸を全て埋め尽くしたような細かい音符の連続、しかも、それらは1音1音確かな主張を持って鳴り響いているのですから。
そんなテイタムの名人芸、もちろん録音もありますが、その録音から採譜した楽譜というものも存在しています。つまり、別にジャズの修練などしたことのないピアニストでも、きちんと楽譜を再現できるだけの能力があれば、テイタムと同じ「音」を出すことが出来るというものです。おそらくそれを自分で作って、それを演奏、CDを作ってしまったのが、このスティーヴン・メイヤーというクラシックのピアニストです。こうして、最新のデジタル録音で「蘇った」テイタムのソロの数々を聴いてみると、その華麗なテクニックには圧倒される思いです。それだけでなく、アレンジの面でも新鮮なアイディアがあちこちで発見されて、驚かされます。ジャズのスタンダードに混じって、ドヴォルジャークの「ユモレスク」なども収録されているので、それは我々でもよく分かるのですが、原曲の良さを生かしつつ、ユーモラスな一面も持つこのアレンジは、ちょっとクラシックのセンスからは出てこない素晴らしいものです。
もちろん、このメイヤーの演奏が「ジャズ」とは全く無縁のものであることは言うまでもありません。言ってみれば、それは自然の一部を切り取ってそれに似せて作ったジオラマのようなもの、カプースチンの音楽が決して「ジャズ」と呼ばれることがないのと同様に、楽譜に起こした時点で、テイタムは「ジャズ」としての命を失ったのです。
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by jurassic_oyaji | 2005-07-09 19:43 | ポップス | Comments(0)
Jazzkonzert in der Philharmonie Berlin




Thomas Quasthoff(Bar)
The Berlin Philharmonic Jazz Group
IPPNW/CD 49



今までも何回かとりあげたIPPNW、つまり「International Physicians for the Prevention
of Nuclear War
」日本語だと「核戦争防止国際医師会議」となる団体が主催しているコンサートのCD、今回は、2004年の9月にベルリンのフィルハーモニーという、あのベルリン・フィルの本拠地で行われたジャズのコンサートのライブ録音です。昔だったらオーケストラのコンサート会場でジャズとは、と、眉をしかめる人もいたかもしれませんが、今時そんなことを言ったりしたら笑われてしまいます。なにしろ、そのベルリン・フィルでさえ、大晦日のコンサートではジャズシンガーをゲストに迎えてガーシュインをやったりしているのですからね。その、ダイアン・リーヴスが参加した2003年の「ジルヴェスター・コンサート」の時に、ヴィオラ奏者の人が本格的なソロを聴かせてくれたのには驚いてしまいましたが、それもそのはず、彼は他のベルリン・フィルのメンバーと一緒に、プロフェッショナルな「ジャズ・バンド」を作っていたのですよ。そう、種明かしをしてしまえば、その「ベルリン・フィルハーモニック・ジャズ・グループ」のコンサートが、このCDのコンテンツだったのです。
ヴァイオリン(トランペットと持ち替え!)、ヴィオラ、ヴァイブ(もちろん「ビブラフォン」。他のものを想像した人っ?)、そしてドラムスとベースというユニークな編成、その2本の弦楽器のユニゾンが、ちょっと他では聴けない独特な持ち味を醸し出しています。その、かなりクールなジャズも大いに楽しめるのですが、このコンサートではもう一人、ものすごいゲストが登場します。それはヴォーカルのトーマス・クヴァストホフ。ご存じ、リートや宗教曲、そして最近ではオペラでも大活躍のあのバリトンが、ジャズ・ヴォーカルを披露してくれるというのですから、これは楽しみです。しかし、それは「楽しみ」などという生やさしいものではありませんでした。この名バリトンが別のジャンルで見せてくれた才能には、心底から脱帽させられてしまったのですから。
「ミスティ」や「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」のようなスローバラードでの、彼のなめらかな甘い歌声はどうでしょう。ここには「クラシック」の押しつけがましさなど微塵もない、完璧な「ジャズシンガー」の姿があります。サッチモのだみ声を真似したり、ソロのトランペットに合わせてバズィングをしたりという余裕すら。「ソング・フォー・マイ・ファーザー」でのスキャットも、堂に入ったものです。しかし、本当に驚かされたのは、「ソロインプロヴィゼーション」というタイトルの、彼自身の曲です。クヴァストホフがたった一人の「ソロ」で繰り広げたものは、こんなことはこの人にしか出来ないのでは、と思っていたあのボビー・マクファーレンの神業の世界だったのです。ブルース・コードに乗ったスィンギーなベースラインを歌いながら、ありとあらゆるテクニックを駆使して聴かせてくれる「インプロヴィゼーション」、しかも、会場のお客さんのリアクションを聴いても分かるように、それは完璧なエンタテインメントでもあったのですよ。
それに続くジョビンのボサ・ノヴァ、「波」や、最後のナンバー、軽快なジャズ・ワルツにアレンジされた「サマータイム」を聴く頃には、すっかりこの超辛の「ジャズシンガー」のファンになってしまっていました(タバスコ豊富)。もし映像があったなら、特に「ソロ」はぜひ見てみたいものです。
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by jurassic_oyaji | 2005-06-11 20:24 | ポップス | Comments(0)