おやぢの部屋2
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カテゴリ:ポップス( 102 )
The Rite of Sprig
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Hubert Laws(Fl), Dave Friedman(Vib)
Wally Kane, Jane Taylor(Fag)
Gene Bertoncini, Stuart Scharf(Guit)
Ron Carter(Bass), Bob James(Pf)
Jack DeJohnette(Dr), Airto Moreira(Perc)
CTI/KICJ-02318i(2.8DSD, 24/192PCM)




今回キングレコードから、「CTI Supreme Collection」という、40タイトルのCDのシリーズが発売されました。「CTI」というのは、1967年にクリード・テイラーが創設し「フュージョン」というカテゴリーで先駆的な役割を果たしたジャズ・レーベルです。1978年に倒産してしまいましたが、日本ではキングが販売権を持っていて、こんな風に頻繁にリイシューを行っています。
ただ、今回はCDと同時にハイレゾ・データを発売したというのが画期的。このレーベルではエンジニアにこの方面では伝説にすらなっているルディ・ヴァン・ゲルダーという人を抱えていて、音に関しては定評がありました。そんな素晴らしい録音が、マスターテープそのままの音で聴けるというのでは、試してみないわけにはいきません。
この、ハイレゾ・マスタリングは、キングのエンジニアによって行われています。こちらでは実際にそのエンジニアのインタビューを見ることが出来ます。レーベルによっていろいろやり方はあるのでしょうが、これは日本のメーカーがレコードを作る際に提供されたマスターテープから、トランスファーを行うというものです。つまり、もともとCTIで作られたマスターテープではなく、それを何度かコピーしたものが使われているのですね。とは言っても、もはやレーベル自体が存在していないのですから、これは貴重なものには違いありません。
そう、「マスタリング」とは言ってますが、そもそもマスターテープ自体がすでにマスタリングが行われている状態にあるのですから、ハイレゾであればそこからは何の細工も加えずにただA/D変換したものを記録するという「フラットトランスファー」が理想的な形なのです。ここではそれを、24/192PCMと、2.8DSDに対してそれぞれ別個に行っているのだそうです。つまり、一度PCMにトランスファーしたものをDSDに変換(その逆も)するといったD/D変換さえも行っていないのですね。
その、PCMDSDがどちらも手に入りますから、これはまさしくこの二つのデジタル録音の違いを、そのまま味わえる格好のサンプルになりますね。そこで、この1971年にヴァン・ゲルダーのスタジオで録音されたアルバムのハイレゾ・データを両方とも購入して、手元にあった1978年にリイシューされたLPとともに聴き比べてみました。
PCMDSDとの違いは、かなりはっきり分かります。全くの主観ですが、PCMは実際にその楽器が目の前で演奏されているような現実味を帯びています。しかし、DSDからは単に精緻な「音」が聴こえてくる、という感じです。よくDSDのことを「透明性のある音」という人がいますが、まさに透明人間が透明な楽器を演奏しているというイメージ、音はとても澄んでいても、なにか現実味に乏しいような気がしてなりません。同じような体験を、かつてショルティの指環に対しても味わったことを思い出しました。
リーダーのヒューバート・ロウズは、ジュリアードでジュリアス・ベイカーに師事したというしっかりクラシックの基礎を学んだジャズ・フルーティストです。クラシックを「カバー」したこのアルバムでは、ドン・セベスキーの奇跡的なアレンジで、「春の祭典」がフルート、ファゴット、ウッド・ベース、ヴァイブ、ギター、パーカッション、そしてフェンダー・ローズだけで再現されています。B面の1曲目などは、ドビュッシーの「シランクス」を楽譜通りに演奏したものを時間をずらして3度重ねるというぶっ飛んだものです。そこでのフルートの音像は、DSDPCMLPの順にふくらみを増しています。この結果には、当然マスターテープの磁性体の経年劣化も反映されているのではないれっか
データにはジャケットの画像と、「ライナーノーツ」が付いてきました。しかし、それは日本人が書いたとことんつまらない文章だけで、肝心の録音データ、そしてパーソネルなどは全く記載されていません。こういうものは、普通はライナーノーツとは言いません。

Album Artwork © King Record Co., Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2013-12-15 20:11 | ポップス | Comments(0)
Mariya's Songbook
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Various Artists
MOON/WPCL-11618/9




1978年に「アイドル」としてデビューした竹内まりやは、今年がデビュー35周年。その記念に、他の「歌手」のために作った曲のコンピレーション・アルバムがリリースされました。収録されているのは、そのオリジナル・バージョン、したがって、まりや自身が歌っているものはボーナス・トラックの仮歌バージョン以外には一切ありません。
ブックレットに掲載されているリストによると、まりやの作品は歌詞だけのものも含めて全部で89曲もあるというのですから、すごいものです。いや、作るだけなら誰にでもできますが、この場合は全てしっかりレコードなりCDになって、「商品」として店頭に並んだものばかりなのですから、驚きです。何しろ、あの世界最大のヒットメーカーである「ザ・ビートルズ」でさえ、そのような「商品」は200曲ちょっとしかないのですからね。
そんな中から選ばれた30曲が、ここでは2枚のCDに収まっています。Disc1は赤、Disc2は緑のスコッチ・チェックの盤面にはアルバム・タイトルの「Mariya's Songbook」の文字が見えますが、よくよく見るとDisc2の方は「Mania's Songbook」となっていますよ。言われなければ分かりませんね。つまり、2枚目はちょっとマニアックなものが集められている、という、「おやぢギャグ」だったのですね。彼女も還暦に向かって、そんな「おやぢ」へまっしぐら、なのでしょうか。でも、今回のアルバムの中でも「MajiKoiする5秒前」とか「色・ホワイトブレンド」とか、かなり高度な「言葉遊び」(それを「おやじギャグ」というのです)が満載の曲がありますから、すでにそんな素養はあったのでしょう。作品にしても、この「マニアズ」の1曲目の、なんとKINYAが歌っているという「涙のデイト」という曲などは、もう完全にウケねらい、抱腹絶倒の仕上がりになっていますから、うれしくなってしまいます。
普通にヒットした曲は、後にまりやがセルフカバーしているものが多いので、当然その「歌手」との比較が楽しめます。なんと言っても、その落差が際立っているのが、中森明菜が歌った「駅」でしょうね。実は、このバージョンを聴くのはこれが初めてのことでした。それは、今までにいろいろなところで様々な「噂」(たとえば、まりやだか達郎だかが、この歌を聴いて思いきり失望した、だとか)を聞いてきましたが、それがもしかしたら本当のことだったのかもしれない、と思うには十分なものでした。なんせ、そこからはまりやバージョンの持っていたあのドラマティックな世界がまったく消え去って、なんとも後ろ向きで、聴いていて辛くなるような歌しか聴こえてはこなかったのです。まりや自身のライナーでは「明菜ちゃんとの出会いでこんな素晴らしい曲が書けた」などと持ち上げているのが「大人の事情」に思えてなりません。
逆に、これはまりや以上ではないかと思えるほどの確かな歌を聴かせてくれているのが、「みつき」という、リリースされた2008年当時は16歳だった「歌手」です。変なクセのないとても伸びやかで表現力が豊かな声によって歌われる「夏のモンタージュ」という曲は、今の同じ年代のアイドルたちのとことんだらしない歌に慣らされているものにとっては、衝撃以外のなにものでもありません。まりやがセルフカバーを行っていないのは、もはやこの歌には付け加えるべきものは何もないと判断してのことだったのでは、などと思えるほどの完成度を誇っています。この人は、高畑充希という、ミュージカル界ではその名を知られた人で、いまは朝ドラで主人公の義妹役を演じてますね。ドラマの中では「焼き氷の歌」を披露してましたっけ。「本職」では、「スウィーニー・トッド」でジョアンナ役を演じていたのだそうですね。
朝ドラと言えば、「けんかをやめて。私のために争わないで」というセリフも登場していましたね。これなどは、いかにまりやの作品が普遍性を持っているかの証(あかし)屋さんま

CD Artwork © Warner Music Japan Inc.
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by jurassic_oyaji | 2013-12-07 20:35 | ポップス | Comments(0)
Entre elle et lui
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Natalie Dessay(Vo)
Michel Legrand(Pf)
Pierre Boussaguet(Cb)
François Laizeau(Dr)
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このERATOというレーベルは、もともとは1953年に創設され、この間のヴェルナーの一連の録音なども手掛けた、フランスの由緒あるレコード会社でした。しかし、1992年にWARNERの傘下に入ってからは、なにか「飼殺し」のような状態が続き、ついに2002年には活動を停止させられてしまいます。
その後、2013年にすでにUNIVERSALに買収されていたEMIのうちのクラシック部門だけがWARNERによってさらに買収された時には、かつて、EMIが買収したVIRGINレーベルも一緒にWARNERのものになりました。そこでWARNERは、その受け皿としてこのERATOというレーベルを用意しました。つまり、今まで「VIRGIN」と呼ばれていたものは「ERATO」に(そして、「EMI」と呼ばれていたものは「WARNER」に)名前が変わってしまったのですよ。まあ、言ってみれば今まで「吉田」という苗字だった人が嫁に行って「福原」と呼び名が変わるようなものですね。
ということで、今まではVIRGINのアーティストだったナタリー・デセイは、これからはERATOのアーティストとなるのでしょう。その彼女が、もちろんERATOレーベルからソロアルバムを出しました。タイトルは「彼女と彼の間」という、意味深なもの、いったい彼女と彼の間に何があったというのでしょう。その「彼」というのは、ミシェル・ルグラン、映画音楽の作曲家やジャズピアニスト、さらにはクラシックの指揮者としても大活躍というものすごい人です。ラグラン袖のスウェットがお気に入りだとか(ウソですからね)。
ルグランが映画に付けた音楽の中には、ただのBGMではなく、殆どミュージカルと言ってもかまわないようなものがあります。それが、1964年に公開された「シェルブールの雨傘」と、1967年に公開された「ロシュフォールの恋人たち」です。このアルバムには、もちろんそれらの作品からのナンバーが含まれていて、まず「ロシュフォール」からの「デルフィーヌの歌」が最初に歌われています。ルグランの軽やかなピアノ・ソロに乗って聴こえてきたのは、まさに「シャンソン」そのものでした。とても奇麗なフランス語で(当たり前!)、囁くようなハスキーな歌い方は、「クラシック」とは全く無縁の、とびきりの魅力を持ったものでした。デセイって人は、こんな歌い方もできるんですね。
ただ、その次に出てきた同じ「ロシュフォール」のナンバー、「デルフィーヌとランシアン」では、ものすごい早口言葉が要求される歌詞に、ちょっと乗りきれないところがあって、まあそれもご愛嬌、みたいな感じです。ロッシーニの早口とはちょっと性質が違いますから、無理もないな、と。
そして、この映画の中で最も有名な「双子姉妹の歌」では、「双子」としてパトリシア・プティボンが加わります。ものすごいキャスティングですね。プティボンだってデセイと同じぐらいの芸達者ですから、期待したっていいでしょう。ところが、これがとことんつまらないんですね。まずはリズム感。二人とも、ルグランならではのシンコペーションがガタガタで、オリジナルの軽快さが全く感じられません。そして、もっとひどいのが音程です。おそらく、音域的に地声で歌うにはちょっと高すぎるのでしょう、そこで、いきおいベル・カントを混ぜようとした結果、音程が犠牲になってしまっているのですね。それを二人でやっているので、もう最悪です。
もっとひどいのが、「シェルブール」の中の最も有名なギィとジュヌヴィエーヴのデュオ(この曲にはタイトルがないんですね)です。コーラスごとに半音ずつ上がっていくという構成ですが、上がっていくたびにどんどんコントロールが出来なくなって行くんですね。1曲目で見せてくれた「シャンソン」は一体どこへ行ってしまったのかと、途方に暮れてしまいます。ルグランは、クラシックの歌手が歌うにはハードルが高すぎることだけを見せつけてくれたアルバムでした。

CD Artwork © Erato/Warner Classics UK Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2013-11-25 20:26 | ポップス | Comments(0)
Melodies
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山下達郎
MOON/WPJL-10009/10(LP)



山下達郎のオリジナル・ソロアルバムとしては7枚目となる「メロディーズ」は、1983年6月8日にリリースされていますから、今年は「30周年」ということになります。このアルバムでは、最後に収録されている「クリスマス・イブ」がだいぶ有名ですね。そんなアルバムが、今回は30年前にリリースされた時と同じ形、「LP」として再発されました。
この時代に新譜でLPとは、とお思いになるかもしれませんが、今ではLPの方がCDよりも良い音がすることはもはや常識となっていますから、真にオーディオファイルたるものはもはやLPを避けて通ることはできないというのが、正しい「時代」の認識なのです。達郎自身も、今までにファンクラブのメンバー向けにずっとCDのほかにLPも作ってきた、という実績もありますし。
ただ、今回は、最初は特定のサイトでの通販のみという予定だったものが、いつの間にかごく普通のファンのために、普通の販売ルートで入手できるようになっていました。
当初の予定と変わってしまったのは、販売経路だけではありませんでした。当初は、オリジナルと同じ1枚のLPだったのですが、しばらくして「2枚組になった」という告知がありました。その件については、達郎自身がラジオの番組で釈明していましたが、そこで述べられていたのは恐るべき事実でした。以前と同じような工程でLPを作ってみたところ、昔と同じ品質は再現できなかった、というのですね。特に、内周近くにカッティングされている曲は、CD程度のクオリティさえも維持できていないんですって。その理由として、カッティング・レースなどの機械が古くなったり、修理しようとしても部品が入手できなくて、もはや所期の性能は出せなくなっていることが挙げられていました。仕方なく、出来るだけ外周を使ってカッティングが出来るように、2枚組にした、ということなのです。そうすれば、「CD以上」の音で楽しめる、と。
クレジットを見てみると、カッティングを担当したのはほとんど「名匠」と崇められているJVCのマスタリング・エンジニア、小鐵徹さんではありませんか。さすが、達郎の選ぶスタッフは超一流です。実は、まだJVCのマスタリング・センターが横浜にあったころに、別のエンジニアのマスタリングの立会いに行ったことがあるのですが、小鐵さんのスタジオの前には、多くのミュージシャンからの感謝の言葉が並んでいましたっけ。その時に、「LPのカッティングを、今でもやっている」と、ほかの人から聞いたのですよ。
そんな小鐵さんの技をもってしても、もはや現状はそんなお粗末な対応しかできないようになっているなんて、とてもショッキングです。せっかくLPの良さが再評価されているというのに、しばらく本格的な使われ方をしていなかったために、機械そのものやその周りの技術がすっかり廃れてしまったのだとしたら、これほど憂うべきことはありません。
そんな、いわば「苦し紛れ」の製品ですが、その音にはやはりLPならではのすばらしさがありました。CDと比較したのは、最近のベストアルバムに入っている「悲しみのJODY」、「高気圧ガール」、そして「クリスマス・イブ」の3曲ですが、いずれも特にヴォーカルとコーラスに丸みが出ているのと同時に、バックに隠されない存在感がありました。それと、アナログならではの音の密度の高さ。「悲しみのJODY」でFOに入るあたりからのファルセットの「H」が、CDでは倍音が乖離して聴こえますが、LPではそんなことはありません。
とても残念なことに、「クリスマス・イブ」のコーラスだけになるあたり(01:45付近)で、5周ぐらいにわたってスクラッチ・ノイズが聴こえます。これは盤面を見ても何の異常もないので、おそらくスタンパー以前のトラブルか、もしかしたらプレスの際の素材のムラに起因するもののような気がします。これが、「廃れてしまった周りの技術」の表れなのでしょう。

LP Artwork © Warner Music Japan Inc.
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by jurassic_oyaji | 2013-11-19 23:00 | ポップス | Comments(0)
愛しきわが出雲
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愛しきわが出雲市民合唱団
岩谷ホタル
出雲市/
IZCD-17322



今年は島根県の出雲大社では、60年に一度という大行事「平成の大遷宮」が行われました。そのための予算は80億円だとか、いずもこんな出費があったら大変ですね。その機会に、出雲市出身のアーティスト、竹内まりやが、出雲市からの依頼を受けてこういうタイトルの歌を作りました。作詞、作曲はもちろん竹内まりや、リズムアレンジは山下達郎、ストリングスアレンジは服部隆之という、豪華スタッフです。
ただし、まりや自身はあくまで作家、プロデューサーという立場なのだそうで、ボーカルとしては登場していません。実際に歌っているのは岩谷ホタルさんというやはり出雲出身の若いシンガーです(これはピアノ伴奏)。それと、この出雲市レーベルのCDでのメインは、さっきのスタッフが作ったオケに乗って歌われる「合唱バージョン」なのです。なんでも、この曲のために出雲市内の中高生と一般の合唱団の中から選ばれた100人のメンバーが歌っているのだそうです。
曲は、まりやお得意のスローな6/8による、カントリー・テイスト満載のものでした。コード進行も、彼女ならではのドッペル・ドミナントを多用したとてもシンプルな親しみやすさ、サビの「♪空高き 出雲」あたりからのクリシェなどは、頭を聴いただけで3小節先のコードまで想像できるほどの(実際そうでした)耳に馴染む心地よさがあります。
ただ、これこそがまりやの曲の身上である、まさにポップ・チューンとしての明るさ、楽しさが一杯の曲に対して、歌詞のなんとも硬直した古めかしさは、なんなのでしょう。「育まれし愛は」などという文語調で名所旧跡をちりばめた陳腐な歌詞は、この音楽とはほとんどシュールなまでの違和感を抱かせるものです。まあ、なんせ大国主命が祭られ、時には全国の神々が集うというまさに「神話の里」の歌なのですから、これはこれで仕方がなかった帰結だったのかもしれません。
しかし、長年彼女のファンを続けてきたものとしては、何か納得できない思いが残ります。彼女を追っかけたいと思ったのは、その、とびきり都会的で弾けるような音楽の魅力を味わいたかったからでした。しばらくのブランクの後、レーベルも変わってカムバックした彼女は、デビューしたてのアイドル時代と全く変わらないポップさでそんな期待に応えてくれていました。しかし、そんな周りの期待とは裏腹に、彼女自身はアーティストとしての「成長」を目指していたに違いありません。気が付いてみたら、いつの間にか彼女の作品、とくに歌詞の世界は、そんな、まさに「老成」を思わせるような「深い」ものに変わっていたのです。ところが、彼女の音楽には、それについていけるだけの「深み」はありません。音楽に関しては決して冒険はせず、一貫してシンプルでありふれた路線をとり続けています(もちろん、それなりの「小技」は効いています)。いや、もしかしたら、それが彼女の「作曲」のスキルの限界なのかもしれません。逆に言えば、いくつになってもまるでティーンエイジャーのような曲を作り続けることが出来る事こそが、彼女の最大の魅力なのですよ。
しかし、彼女は、そんな10代の音楽に、実年齢の歌詞を付けるようになってしまいました。現時点では最新のアルバム、2007年の「デニム」に収録された「人生の扉」あたりが、そんなアンバランスな作品の筆頭です。
そして、今回の「出雲」で、彼女はそれ以上にアンバランスなものを作ってしまいました。もし、この合唱バージョンで、きちんとハーモナイズされた「合唱」を聴くことが出来ていれば、それほどの悪印象は持たなかったのかもしれませんが、暗めのピッチで終始ユニゾン(しかも、混声なのでオクターブ・ユニゾン)で歌われては、もう救いようがありません。カラオケで、達郎が「♪出雲~っ」とコーラスを入れているのは、なんかのジョークですか?。

CD Artwork © Izumo City
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by jurassic_oyaji | 2013-08-15 20:36 | ポップス | Comments(0)
RE:MAKE 1
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森恵
主婦の友社刊
(Album Book)
ISBN978-4-07-289087-5




1985年に広島で生まれ、高校時代よりストリート・シンガーとして活動、2005年にインディーズデビュー、2010年にAVEXのサブ・レーベルCUTTING EDGEからメジャー・デビューを果たした森恵の、初のカバーアルバムです。これを目にしたのは本屋さんの中にあるCDコーナー、出版社とレコード会社とのコラボレーションから生まれた「アルバム・ブック」という扱いですが、よくある普通の本のおまけにCDが付いている「CDブック」とは異なり、LP、つまり本来の意味での「アルバム」の大きさで作られたものです。「ブック」に相当するのは、LPサイズのブックレットということになります。
これを見れば、おそらく100人中100人が(@天野春子)この中には「12インチヴァイナル」が入っていると思うはずです。帯(実際は、帯を模した印刷)にもしっかり「LP盤」と書いてありますしね。でも、よく見るとその「盤」には「サイズ」というルビが入っています。しかも、ジャケットの隅にはCDのロゴも見られます。案の定、ポリエチレンの中袋に入っていたものは、直径12インチの丸い塩ビシートの真ん中に、爪で固定されたCDでした。これには大笑いです。見事に騙されてしまいましたよ。
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これは、そんな楽しい遊び心に包まれた「アルバム」でした。なんせジャケットの帯コピーの「ご唱和ください」というのにも、しっかり「ネタ」が込められているのですからね。ここで取り上げられているカバー曲は、一番古いものが1971年に作られた「風を集めて」、一番新しいものは1986年の「時には昔の話を」、つまり、すべて「昭和時代」の作品なのですよ。だから、「ご昭和ください」となるわけなのです。ここまで仕組まれたものだったら、LPと間違えてしまっても怒ったりするわけにはいきませんね(しょうは言ってもちょっと悔しい)。
全く初めて聴くアーティストだったので、なんの先入観もありませんでしたが、聴き進んでいくうちにこの人の素晴らしさに気づきます。ここで取り上げられている名曲たちは、オリジナルが偉大なだけに、これまでに多くの人によってカバーされてきたもの聴くたびに必ずと言っていいほど失望感を味わったものです。ところが、今回は、どの曲にも全く不満を感じることはありませんでした。もっと言えば、オリジナルすらも超えているのでは、と思えたものもありました。
そのように思えた最大のファクターは、彼女の「ことば」の美しさです。今の2030代のヴォーカリストで、彼女ほどきれいな日本語で歌える人などいないのでは、という気になるほどです。言いかえれば、他の人がいかに言葉を大切にしていないかということなのでしょう。例えば先ほどの松本隆/細野晴臣の「風を集めて」を、My Little Loverakkoがカバーした時などは、サビの「♪かぜをあつめて」という部分で、ありがちに「♪きゃぜをあつめて」と歌っているのを聴いて殆ど怒りに近いものをおぼえたものでしたが、森さんは決してそんな「汚れた」歌い方はしていませんでした。
山口百恵が歌った谷村新司の作品「いい日旅立ち」こそは、まさにカバーを超える名演でした。森さんは殆ど完コピに近いほどに、山口百恵の歌い方を再現しています。しかし、森さんが目指したものは単なるものまねではありません。スピーカーの前に浮かび上がったのは、山口百恵が作り上げ、かつて多くの人を魅了したこの曲の世界そのものでした。
逆の意味で荒井由美の「あの日にかえりたい」での完成度も素晴らしいものです。そこでは、オリジナルのシンガーの技量の拙さゆえに完全には伝わっていなかった作品の世界が、見事に広がっています。
そんな歌と、森さん自身のギターをはじめとするアコースティックな楽器によるサウンドは、とても柔らかく聴く者を包み込んでくれます。これだけの繊細な音だったら、マジでLPで聴きたくなってしまうのではないでしょうか。

Book Artwork © Shufunotomo Co., Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2013-05-07 20:41 | ポップス | Comments(0)
LIVE IN JAPAN, 1967
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Peter Paul and Mary
RHINO/R2-533277




「ピーター・ポール・アンド・マリー」と言えば、1960年代に一世を風靡した3人組のフォーク・グループです。「PP&M」あるいは単に「PPM」という略称で呼ばれてもいましたが、その後環境問題関係のタームとしてこの「PPMparts per million)」が登場し、空気中の汚染物質や食品中の有害物質含有量などの単位として大活躍を始めるころには、彼らは世の中から忘れ去られるようになってしまいました。いや、彼らだけではなく、同じようにメッセージ性を前面に出した泥臭い「フォーク・ミュージック」というジャンル自体が、「ロック」や「ニューミュージック」の波にのまれて廃れていったのです。
とは言え、「PPM」が何度目かの来日を果たした1967年には、まだまだ彼らの人気は絶大でした。コンサートは超満員、街中に張り出された彼らのポスターは、一夜にしてすべて持ち去られてしまったと言いますから、すごいものです。
その時に、1月16日の新宿厚生年金会館と、17日の京都会館でのコンサートの模様が当時の彼らのレコードの発売元であった東芝音楽工業(彼らが所属していたWARNERレーベルは、1970年までは東芝から発売されていました)によって録音され、同じ年の11月に「Deluxe/Peter Paul and Mary in Japan」というタイトルでLPが発売されました。これは、日本国内のみでのリリースで、本国アメリカでは発売されることはありませんでしたし、CD化されることもありませんでした。
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それが昨年、彼らのデビュー50周年を記念して、日本のWARNERから1960年代のオリジナルアルバムが紙ジャケット仕様で発売された時に、このアルバムも45年ぶりにCDとして日の目を見ることになりました。さらに、この時に、アルバムには使われなかった音源が大量に倉庫に眠っていたことが発覚するのです。それらがWARNER傘下の、リマスタリングにかけては定評のあるRHINOレーベルによって2枚組、全24曲収録のCDとして全世界で発売されました。1枚目にはかつての日本盤と同じ12曲、そして、2枚目には全世界のPPMファンがここで初めて耳にする12曲が収録されています。
実は、この初出テイクも入っているアルバムの存在を知ったのは、山下達郎がホストを務めているラジオ番組でした。彼が所属しているWARNERの話ですから、これが出ると決まった時に、国内盤のサンプルを放送したのですね(3分ぐらい)。そこでの目玉は、そのコンサートの時にアーティストと一緒にステージ上にいた司会者のMCでした。そういう時代だったのですね。こういう「外タレ(死語)」のコンサートには、必ず通訳も兼ねた司会者がいたのですよ。PPMの場合は、歌詞の理解が必要だということで、曲が始まる前に歌詞の日本語訳を朗読していたのですが、そこまで入っていたものが放送では紹介されていました。いかにも当時の音楽事情を物語るような光景ですが、正直これはかなりうざったいものでした。でも、そんな珍しいものなら欲しかったので、同じものが輸入盤ではるかに安く手に入ることを知って、これを購入したのです。
ですから、まずそんな聴きたくもない司会者の声が入っていることを覚悟して聴き始めたら、ごく普通に演奏が始まったので逆に拍子抜けです。ライナーを読んでみると、このMCは日本盤だけのサービスだったそうです(というか、日本盤LPにあったMCもカットした、と)。まずは一安心、彼らの全盛期の演奏を、堪能しました。写真を見ると、マイクは2本か3本しか使っていませんが、素晴らしい音で録音されています。恐らく、リミックスの際に手を加えたのでしょうが、マリーの声がパン・ポットしているところもありましたしね。
そのマリーも2009年に亡くなりました。さらに、このジャケット写真の隅にかすかに写っている、ずっと彼らのコンサートではサポートを務めていたベーシストのリチャード・クニッシュも、昨年お亡くなりになったそうです。でも、彼らの音楽は、このように「最高の音質」で残ることになりました。

CD Artwork © Warner Bros. Records Inc.
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by jurassic_oyaji | 2013-01-30 21:48 | ポップス | Comments(0)
Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band
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The Beatles
EMI/PCS 7027(LP)




前回の「Abbey Road」では、昔のLPが手元になかったので、2009年のリマスターCDとの比較しか出来ませんでしたが、今回は「Sgt. Pepper」の国内盤、1969年のセカンド・プレス(東芝音楽工業/AP-8163)がまだ散逸を免れていたのでそれとも聴き比べることが出来ました。
長い時間の中で、ジャケットの色はかなりくすんでしまっていたことが、「新しい」LPと比べるとよくわかります。
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もちろん、レーベルは当時はイギリスでは「PARLOPHONE」、日本では「APPLE」でした。
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ご存知のように、この時期の東芝のLPは、帯電防止剤を多量に混入した粗悪な(いや、当時これを開発した人は最高級品だと思っていたのでしょう)コンパウンドが原料でしたので、経時変化によってそのような添加剤が表面に浮き出し、音質に悪影響を与えていました。今回も、片面をかけていると、次第に針先にゴミがたまって、音が歪んでいくのが分かります。逆に、一度そうやって表面を掃除すると、しばらくはまともな音で聴けるのですがね。
ビートルズのLPは、最初はもちろんアナログのマスターを使ってカッティングが行われていました。ですから、この東芝盤も当然アナログマスターによって作られたものです。その後、1987年に全タイトルがCD化されたことに伴い、LPCD用のデジタルマスターによってカッティングされるようになったのだそうです。1度カッティングを行って作られたラッカー・マスターからは、せいぜい数万枚のLPしかプレスできませんから、それ以上製造する時には、新たにカッティングを行う必要があるのですね。今考えれば、そこで使われたのは16ビットのマスターのはずですから、かなりクオリティは落ちていたのではないでしょうか。この時期のLPがあれば聴いてみたいものです。そして、今回は2009年に新たにハイレゾ(24/192)でマスターテープからトランスファーされたデジタルマスターによるLPということになるのです。
ですから、東芝盤は、そんな最悪なコンディションであっても、オリジナルのアナログマスターの音を反映させているはずです。それは、若干の歪みと、決して無視はできないスクラッチ・ノイズの中からも、確かにうかがえるものでした。何よりも、ヴォーカルの存在感が、デジタルマスターによるものとはまさに一線を画しています。さらに、アコースティック楽器の音色や肌触りの違いは歴然としています。このアルバムの中でそんな編成のものはA面6曲目の「She's Leaving Home」ですが、録音時にすでに歪んでいたイントロのハープは仕方がないとして、そのあとに出てくる弦楽器のふんわりとした空気感は東芝盤でなければ味わえないものでした。今回の「新しい」LPでは、その「ふんわり」がなくなって、ちょっと硬質の部分が露出している感じ、CDでは、もはやアコースティック楽器とは思えないほどの音になっています。つまり、これはあくまで個人的な好みも含まれた評価になるのですが、「1969年のLP」>「2012年のLP」>「2009年のCD」という順位になっているのです。
LPCDよりも音が良いのは当たり前の話ですが、16ビットならいざ知らず24bit/192kHzというハイレゾでトランスファーされたデジタルマスターがアナログマスターと同程度でなかったのは、やはりマスターテープの劣化のせいなのでしょう。そんな劣化の跡は、B面の4曲目「Good Morning, Good Morning」の右チャンネルのブラスに顕著に表れています。1969年の時点では、トロンボーンのペダル・トーンはそんなに歪んではいませんでした。デジタル・テクノロジーの進歩は、マスターテープの劣化に追いつくことはできなかったのですね。
ただ、今回のLPでは、こちらで明らかになった、イギリス盤のファースト・プレスでしか聴くことが出来なかった「仕掛け」が、初めて味わえることになりました。針を上げない限り永遠に続く「Never needed any other way」というポールの声、これはクセになります(「ポルノ声」ではありませんからね)。

LP Artwork © EMI Records Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2012-11-17 19:53 | ポップス | Comments(1)
Abbey Road
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The Beatles
EMI/PCS 7088(LP)




最近のLPに対する新たな見直しは、なんだかすごいことになっています。なんでも、日本のUNIVERSALが材質やプレス、さらにはマスタリングなど凝りに凝ったLPを近々発売するのだとか、このブームはさらなる広がりを見せるのでしょうか。なんと言っても、ここではクラシックのアイテムが全くないというのがイマイチなところですが、とりあえずクラシックはシングルレイヤーのSACDに集中ということなのでしょうか。究極の再生音を求めた結果が、ハイレゾのデジタル音源と、昔ながらのアナログ音源という、全く反対方向を向いている二つの流れになって表れているというのが、実に面白いところです。
そんな流れの中で、今度は「ザ・ビートルズ」の全アルバムがLPとなって発売されました。例によって最初に聴いてみるのはやはり「Abbey Road」ということになります。
まず、このLPの品番を見て、驚きです。この「PCS 7088」というのは、このアルバムが最初に発売された1969年に付けられた品番なのですよ。驚いたのは、「そこまでこだわって復刻したのね」ということではなく、イギリスで今まで頻繁にリイシューされた時には、ずっとこの品番が付けられてきていた、という事実です。恐らく、イギリスでは今までもずっとこのLPは製造されていて、店頭でも販売されていたのでしょうね。それが、新しいマスタリングでまたリイシューされた(もちろん、同じ品番で)、今回のLPはそんな扱いなのですね。
しかし、これは今までのLPとは異なり、2009年に鳴り物入りでリリースされたデジタル・リマスターCDで用いられたデジタルのマスターが使われている、というのがセールス・ポイントになっているようです。もはや、オリジナルのマスター・テープは劣化が進んでいますから、現時点では、危なっかしいアナログ・マスターよりは、丹念に修復が施されたデジタル・マスターの方が、よっぽど信頼できるのでしょう。そのデジタル・トランスファーが、すべて24bit/192kHzで行われていたのも幸運でした。かえすがえすも、DECCAの「指環」のトランスファーが24bit/48kHz(あるいはそれ以下)でしか行われなかったことが悔やまれます。
今回のLPを、2009年のCDと比べてみると、とても同じマスターから作られたものとは思えないほどの違いがありました。それを「アナログとデジタル」の違いと言ってしまっては身も蓋もないのですが、LPの方がはるかにソフトで滑らかな感じがするのですね。CDは、ちょっと聴くととても細かいところまで精緻に再現出来ているような気がするのですが、LPを聴いた後には、それはなにか不自然なものに感じられてしまうのです。まるで、最初はなかったものを新たに付け加えたような感じでしょうか。それと、ヴォーカルの暖かさとか存在感は、間違いなくLPCDを凌駕しています。
そんな違いが特にはっきり分かるのが、A面の5曲目「Octopus's Garden」です。リンゴのヴォーカルは立体的に浮かび上がっていますし、それに絡むポールとジョージのコーラスの明瞭さも、全然違います。圧巻は間奏のギター・ソロ。LPでは突き抜けるような高音がまさに「浮き出て」聴こえてくるのに、CDではとても平板、音色までも全然地味になっています。
もう1曲、B面メドレーの最後の方の「Golden Slumbers」では、ポールが「Once there's a way」と歌い出すところで背後に流れるストリングスのテクスチャーが、まるで違います。LPではきちんと弦楽器のほんのり感が出ているのに、CDではまるでシンセみたい、そのあとのブラスも、やはり別物のように聴こえます。これらは、まさに16/44.1というCDのスペックから来る限界をまざまざと感じさせるものに他なりません。
今回のLPの盤質の良さも驚異的です。普通にスピーカーで聴いていると曲間のサーフェス・ノイズは全く聴こえないほどです。これで、盤面の経時変化さえなければ完璧なのですが、それはあと何年かしないことには分からないことです。

LP Artwork © EMI Records Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2012-11-15 20:23 | ポップス | Comments(0)
OPUS/All Time Best 1975-2012
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山下達郎
MOON/WPCL-11201/4



山下達郎のベストアルバムが発売になりました。何しろ、彼がデビューしてから37年にわたるアーティスト生活の中から生まれた20枚近くのアルバムの中からのベストですから、大変です。結局CD3枚組、それぞれ70分以上ぎりぎりまでカットして全49曲というラインナップになりました。もちろん、シュガーベイブ時代のものから、レーベルを超えて年代順にまんべんなく選曲されています。
タイトルの「Opus(オーパス)」は、湿布薬ではなく(それは「サロンパス」)おなじみ、「作品」という意味のラテン語ですが、それがこのように集まると複数形で「Opera(オペラ)」になるって、知ってました?
発売日は26日なのに、ネットで注文したら25日には手元に届いてしまいましたよ。とり・みきのジャケットがかわいいですね。これはコンサートのグッズとして売られていた「せんべい」とおなじです。
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このアルバムのプロモーションでは、かなりエグいことまでやっていましたね。彼は毎週日曜日にFMで自分がDJを務める番組を持っているのですが、発売日直前の23日の放送では、このアルバムの「全曲」をオンエアしてましたよ。ほんとに全曲ですよ。もっとも、1曲それぞれ数十秒という「早聴き」でしたけど。さらに、達郎本人が、同じ日の数時間後に放送される連続ドラマ(笑)「あ、安部礼司」にも出演していたのですよ。その回自体が、達郎の曲だけをかけるという見え見えのプロモーション仕様だったのですが、そこに「ヒムセルフ」として、「刈谷勇」から届いたリクエスト葉書を読むという設定です。待望の葉書を読まれて舞い上がる刈谷でしたが、達郎には「きったねえ字だなあ、社会人として恥ずかしいですよ」とか散々バカにされるので、凹んでしまう、という話だったような(車で聴いていたので、あいにく最後までは聴けませんでした)。そんなお遊びにまじめに付き合っていた達郎が、なんか愛おしかったですね。
まあ、そんな商売上のしがらみはいろいろあるのでしょうが、アルバム自体はしっかり手がかけられていて聴きごたえがあります。特に1枚目の、アナログ録音時代のものが、今回の新たなマスタリングで、1997年に出た「Greatest Hits」とは全然違う素晴らしい音になっていたのには、感激です。この中でアメリカで録音された「Windy Lady」は、LPでもさんざん聴いていた曲なので、今回さらに質感が高まって、よりLPに近づいているのがよく分かります。
「クリスマス・イブ」も、間奏のア・カペラ(パッヘルベルそのもの)が、今まではアナログのダビングなので音が濁っていてもしょうがないと思っていましたが、それが見事にクリアになっていたのにも、驚かされました。
そして、達郎の声も、そんな精緻なマスタリングによって、より、当時のままのリアルさが再現されているのでしょう。ほんと、デビュー当時の若々しい声からは、今の伸びやかな声は全く想像できません。まさに、30余年をかけて磨き上げられた声の軌跡が、このベストには刻まれているのです。
注文して買ったぐらいですから「初回限定」のボーナスCDも当然ついてきました。「これから先、決してCD化されないソース」というだけあって、珍品ぞろいですが、その最後には「希望という名の光」のアコースティック・バージョンが入っていました。これは、さっきの達郎の番組が、たまたま今年の3月11日の、ちょうど震災が起こった時間に放送されるということで、特別な構成になっていた中で流されたものです。この番組自体が、まさにかけがえのないものだったのですが、そこで、彼にとっては思い入れのあるこの曲が、余計なものをすべてそぎ落として曲の持つメッセージのみをストレートに伝えていたのには、心を動かされました。それと同じものが、ここでは聴くことができます。その番組、あるいは、震災にまつわる様々なものにリンクされて、このトラックは軽々しく「ボーナス」とは呼べないほどの感動を与えてくれます。

CD Artwork © Warner Music Japan Inc.
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by jurassic_oyaji | 2012-09-26 19:41 | ポップス | Comments(0)