おやぢの部屋2
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カテゴリ:ポップス( 99 )
Bach in Jazz
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Martin Petzold(Ten)
Stephan König(Pf)
Thomas Stahr(Bass)
Wieland Götze(Drums)
RONDEAU/ROP6048




バッハをジャズで演奏するというアイディアは昔からありました。なんでも、その最も早いものは、1937年ごろのジャンゴ・ラインハルトとステファン・グラッペリの演奏なんだそうですね。
最近になって、「キングズ・シンガーズ」が「クリスマス・オラトリオ」をジャズのビッグ・バンドをバックに歌ったアルバムが出ましたが、これはそんな流れとは一味違った仕上がりを見せていたものです。そこではオリジナルをそのまま歌う「声楽」が、「ジャズ」とコラボレーションしていたのです。あるいはそんな甘っちょろいものではなく、まさに「異種格闘技」の様相を呈していたのかもしれません。
今回も同じようなアプローチ、ここでは、このレーベルではおなじみのテノール、マルティン・ペツォルトがその「声楽」パートを担っています。まずは喉を滑らかにして(それは「トローチ」)。幼少のころからバッハゆかりのトマス教会聖歌隊で活躍、どっぷりバッハの世界に身を置いていたペツォルトが、このアルバムで「ジャズ」と対峙する時の意気込みは、このジャケットを見るだけで分かります。彼が手にしているのは、ブライトコプフ版のカンタータの楽譜のはず。
一方の「ジャズ」サイドは、ライプツィヒのピアニスト、シュテファン・ケーニッヒを中心とするトリオです。ベースのトーマス・シュタールという人は、ウッド・ベースだけでなく、6弦のエレキ・ベースも弾いてます。
アレンジはケーニッヒですが、選曲は誰が行ったのでしょう。最初と最後こそ、カンタータ第147番というベタなところが扱われていますが、ここではかなりマニアックな曲が選ばれているのが、興味をひきます。まずは「マタイ受難曲」の35番のアリアが、その前のレシタティーヴォとともに歌われます。前奏がかなりジャズっぽく自由にテーマを引き延ばしていますが、テノールが入ってくると、オリジナルのベースのオスティナートがそのままキレの良いエレキ・ベースで演奏されます。そこに絡むピアノも、なにか「バッハ」という雰囲気をたたえているのが面白いところ、まずは肩慣らしにあまりヘンなことはしないでおこう、というスタンスでしょうか。
しかし、次の曲は、なんと「ヨハネ受難曲」の「第2稿」だけで使われている13IIというアリアです。渋いですね。この曲はおよそバッハらしからぬドラマティックなテイスト満載ですから、「ジャズ化」のしがいもあったのでしょう。イントロからしてハイテンション、アリアの流れを中断してのエレキ・ベースのソロも、とことんパワフルに迫ります。
面白かったのは、カンタータ第26番のアリア。と言われてもどんな曲だかすぐ分かる人はなかなかいないはずですが、オリジナルはフルートとヴァイオリンのオブリガートが加わった、6/8拍子のとても快活な曲です。ちょっと「ヨハネ受難曲」の9番のソプラノのアリアに似ていますね。もちろんバッハの場合は、普通に十六分音符6個を1拍と数えて6+6の2拍子になっているのですが、ここでのケーニッヒのアレンジのプランは、これを前半は3+3、後半は2+2+2の「ヘミオレ」にして、「チャチャチャ・チャチャチャ・チャー・チャー・チャー」という、まるでバーンスタインが「ウェストサイド・ストーリー」の「アメリカ」で使ったようなリズムで押し通すというものでした。実はバッハ自身もこの「ヘミオレ」はいたるところで使っているのですが、これはその「拡大解釈」といった趣、バッハが内包していたリズムを現代風に置き換えたというかなりショッキングなアレンジでした。
しかし、このプランは、そういうリズムの中で、ペツォルトがあくまでもきちんとしたビートをキープしていればこそ、生きてくるものなのに、そのペツォルトがいかにも及び腰なのがちょっと残念、というかかわいそう。声もなんだか本調子ではないようですし、やはりこういう企画は難しいものがあることを再確認です。意気込みだけではなかなか。

CD Artwork © Rondeau Production GmbH
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by jurassic_oyaji | 2012-06-10 20:55 | ポップス | Comments(0)
It Don't Mean a Thing
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Marin Alsop/
String Fever
NAXOS/8.572834




マリン・オールソップと言えば、このレーベルでもおなじみ、世界中のオーケストラを相手に活躍している女性指揮者です。いや、別に「女性」などと特別扱いする必要など全くないほどに、他の音楽家同様、今では指揮者が女性であることに何の違和感もない時代になっています。
彼女は、1989年にクーセヴィツキー賞を取って指揮者としてのキャリアをスタートさせる前は、ヴァイオリニストだったということは知っていました。しかし、スティーヴン・ソンドハイムのミュージカル「スウィニー・トッド」のオリジナル・キャスト盤を入手した時に、劇場のオーケストラのメンバーの中に名前を見つけた時には、驚きました。彼女は、ブロードウェイの劇場のピットで演奏するという、まさに「ショービズ」の世界にどっぷりつかっていたことがあったのですね。ここではトップではなく、トゥッティのヴァイオリン奏者のようでした。
それは、1979年に録音されたものですが、1981年に、彼女がコンサートマスター(リーダー)となって結成したのが、この「ストリング・フィーヴァー」というユニットです。小編成の弦楽合奏団ですが、コントラバスは完全にリズム・セクション、そしてドラムスも加わっています。管楽器を全く使わない編成で「ジャズ」を演奏しようというコンセプトだったのでしょうね。それは、そんな彼女のキャリアからは十分に納得のいく活動です。
このCDには、1983年と、1997年に録音されたものが一緒になっています。最初からこういう形だったのか、あるいはコンピレーションなのかは、ここでは全くわかりませんが、1983年の時のプロデューサーが、ウディ・ハーマン楽団のサックス奏者だったゲイリー・アンダーソンなのが、目を引きます。彼はその時だけでなく、1997年の録音でも多くの編曲を担当していますから、このユニットのサウンドに関しては大きな貢献を果たした地位にいたのでしょう。その編曲のプランは、基本的には管楽器によるビッグ・バンドのサウンドを、弦楽器によって再現する、というものだったような気がします。
こういう「置き換え」を聴いていると、別の分野でも同じようなことをやっていることが思い出されます。それは、「吹奏楽」の世界。そこでは、逆に弦楽器のサウンドを管楽器によって再現しようと頑張っていたのですね。シンフォニー・オーケストラのヴァイオリンのパートをクラリネットに置き換えようというのが、彼らの基本的なプラン、それに真剣に取り組んでいる方には申し訳ないのですが、なぜ、わざわざそんなことをするのか、という素朴な疑問が、オリジナルを聴きなれている時には常に湧いてきてしまいます。
同様の違和感が、この、弦楽器だけによる「ビッグ・バンド」でも湧き起ってきます。確かにそれらしい音にはなっているのですが、なぜこれを弦楽器でやらなければいけないのか、という必然性がまるで感じられないのですね。しかも、有名な「In the Mood」などは、サックス・セクションはそれなりのものになっても、金管セクションのインパクトが出ないことには、なんとも「まがい物」にしか聴こえてきません。厳然と存在している「ジャンルの壁」を力ずくで壊そうとすると、こんな悲惨なことになってしまうのかもしれませんね。
ただ、「Liberated Brother」のような、わりと新しめでラテン色の濃いものは、リズム・セクションが「本物」ですからきちんとしたグルーヴが感じられて楽しめます。ブルーベックの「Blue Rondo a la Turk」なども、オリジナルは小さなコンボですし、ここでの変拍子はそもそも「ジャズ」とは一線を画すものでしたから、曲の生命が損なわれることはありません。まあ、だからと言ってわざわざこんなものを買って聴くことに、意味を見出すことはできませんが。
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それより意味不明なのが、国内盤の「帯」にある「カニも食べたい」というコピーです。これはいったいなんなのかに

CD Artwork © Naxos Rights International Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2012-05-31 20:40 | ポップス | Comments(0)
Kisses on the Bottom
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Paul McCartney
HEAR MUSIC/HRM-33369-02




かなり昔のことで記憶が曖昧ですが、さる高名なクラシックの作曲家が、「ビートルズのような音楽は、20代の若者にしか作れない」というようなことを言っていました。ああいう音楽は年を取ったらやるものではない、というような意味が、その語感の中にあって、いかにもなロック蔑視だ、と、その時は思ったものです。
とは言っても、やはりその人が言うとおり、いい大人、というか、「初老」のジジイがいい年こいて大声を張り上げて「ロックンロールだぜ!」と盛り上がっているのがなんだかみっともなく見えてしまうのも、ひとつの真実ではないでしょうか。ロックに限らず賞味期間が存在する音楽というものは確かにあるようですね。かつてのアイドルが、還暦を迎えようというのに昔の持ち歌ばかりを歌っているというのは、間違いなく醜いものです。
そんな、かつては「ロッカー」であったポール・マッカートニーが、まさかと思われた「ジャズ」のアルバムを出したというのも、やはり年を重ねていった中での変化によるものなのでしょう。大げさな拒否反応を示す人もいたようですが、そんなに目くじらを立てずに、新しいポールを受け入れようではありませんか。なんたって、もうじき「古希」を迎えるのですからね。やりたいことをやらせてあげたらいいのではないでしょうか。
ここでのポールは「ボーカル」に専念しています。楽器は、すべて信頼のおけるジャズ・ミュージシャンに任せようという姿勢なのでしょう。もちろん、プロデュースやアレンジにも、クレジット上は一切関わっていないようですね。ただ、彼のクレジットが「Vocals」と、複数形になっているのが要注意です。
最初はリズム・セクションだけのバックで「I'm Gonna Sit Right Down And Write Myself
A Letter
」です。イントロのウッド・ベースのピッキングや、ブラシを使ったドラムスなどは、まさに「小粋なジャズ」という趣、それと、口やかましいジャズ・フリークにも通用しそうなとびきりの録音に、まず耳が反応してしまいます。このアルバムの音源の24/96FLACファイルがオフィシャル・サイトからダウンロード出来るそうですが、そんな「ハイレゾ」にも対応できるソースであることも納得できます。CDで聴くとボーカルがいまいちドライなのが気になるのですが、せめてSACDでも出してほしかったものです。
ここでは、コーラスがとても気持ち良くハモっています。それが「Vocals」ということだったのですね。基本的にここでのポールの歌い方は力を抜いたハスキーなもの、そこに彼自身のファルセット気味のコーラスが入ると、なんとも上品なハーモニーが生まれます。
次の「Home(When Shadows Fall)」になると、今度はなんとも渋いストリングスが入ってきます。演奏しているのはロンドン交響楽団。ポールはアメリカで録音していますが、このストリングスはロンドンのアビーロード・スタジオでのセッションです。もちろんスタジオ1でしょうが、ポールがさんざん使ったスタジオ2と同じ建物というのも、なにかの因縁でしょうか。実は、このアルバムには、スタジオ・ミュージシャンによる別のストリングスが入ったものもあります。それはアメリカで録音されているのですが、ロンドン響と比べると、弦の響きの深みが全く違いますね。
スタンダード・ナンバーに混じって、ポールの新作も2曲披露されます。「My Valentine」は、まさにマッカートニー節満載のキャッチーな、それでいてオトナの音楽で、見事に「ジャズ」になっています。「Only Our Hearts」は、ちょっとボーカルの印象が乏しい気がしますが、それはゲストのスティービー・ワンダーのハーモニカが、あまりにも存在感があり過ぎたせいなのかもしれません。
それが最後だと思っていたら、そのあとでジャケットにはなんの表示もないボーナストラックが2曲も入っていました。ちょっと得した気分。全くシャウトしていないポールも、なかなかいいものです。

CD Artwork © MPL Communications Inc.
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by jurassic_oyaji | 2012-05-11 23:13 | ポップス | Comments(0)
RAMIN
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Ramin Karimloo
MASTERWORKS/88697861512




アンドリュー・ロイド=ウェッバーのミュージカル「オペラ座の怪人」が25周年を迎えた記念に行われた、ロイヤル・アルバート・ホールでの公演は、すぐさまBDDVDが発売されましたし、WOWOWでも放送されましたから、多くの人の目に触れたことでしょう。そして、それを体験した人たちは、タイトル・ロールを歌った、日本人にとっては全くの無名の新人の声に一様に魅了されてしまったのではないでしょうか。このイベントでは、アンコールとして歴代の「ファントム」役の歌手が声を競うコーナーがありましたが、その新人くんはそんな大御所たちをはるかに凌駕する素晴らしさだったのですからね。
彼の名前は、ラミン・カリムルー、イランで生まれた33歳の若者です。すでにロンドンではミュージカル・シンガーとして確固たる地位を築いている彼が、このたびなんとポップス・テイストのソロ・アルバムをリリースしました。
とりあえず、ほとんど知られてはいないカリムルーの経歴がライナーにありましたので、それをご紹介しましょう。彼がイランで生まれたのは、1979年の革命のゴタゴタの最中、まだ2ヶ月になったばかりだというのに、家族に連れられてローマ郊外の小さな町に逃げてこなければなりませんでした。さらに2年後には、彼らは今度はカナダに渡ります。そこで平穏な学校生活を送っていたカリムルーは、12歳の時に学校行事として連れていかれたミュージカル「オペラ座の怪人」を観たとたん、すっかりハマってしまいました。それまでは「オペラ」なんて大嫌いだったというのに。そこで歌われていたファントムの声に感動し、その時点で彼は将来の道を決めたのだそうです。
数年後の彼は、ロックバンドのヴォーカルなどでステージに立つようにはなったものの、生活のために工場で働いたりウェイターをやったりしている毎日でした。そのとき偶然、クルーズ船の中で公演を行うツアー・カンパニーのオーディションを受けたところ採用となってしまいます。ただし、それは「ダンサー」としての採用だったのです。ところが、2週間後にはカンパニーの歌手が突然いなくなってしまいます。そこで、彼は歌手としてステージに立つチャンスを得ることになったのです。
カンパニーはクルーズの途中でロンドンに立ち寄りますが、そこが気に入ったカリムルーは、船を降りてそのままそこで暮らすことになります。そこではやはり偶然に良い先生に巡り会え、何度もオーディションのチャンスを与えられて、ウェスト・エンドでの多くのミュージカルに出演することになりました。もちろん、「オペラ座の怪人」の舞台にも立ち、ついに夢を叶えるのです。
これはまさに「シンデレラ・ボーイ」を絵に描いたような成功譚ではないでしょうか。しかし、先日「25周年」のBDDVDのリリースを機に来日して、「劇団四季」のイベントに出演したカリムルーは、日本でのファントム役の第一人者である高井さんに会えたことを非常に喜ぶという謙虚な一面も披露してくれました。
このアルバムでは、ファントムのナンバー「Music of the Night」も歌われています。それは、高井さんのような洗練された声とは全く異なる、非常にパワフルな魅力をたたえたものでした。それでいて、高音のロングトーンなどは、誰にも真似の出来ないほどの澄んだ美しさを持っています。そこで思い出したのが、10年ほど前に騒がれたことのあるラッセル・ワトソンの声でした。彼は確か「七色の声」とか言われていたはずですが、カリムルーの場合はもっと沢山の「色」を持っていることは間違いありません。なんと言っても、彼の今後の「夢」は、ナッシュヴィルでカントリー・シンガーと共演することなのだそうですからね。確かに、アルバム中の彼の自作にはカントリーの「匂い」も感じられます。お酒の匂いじゃありませんよ(それは「サントリー」)。

CD Artwork © Sony Music Entertainment
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by jurassic_oyaji | 2012-03-22 22:58 | ポップス | Comments(0)
Duets II
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Tony Bennett
COLUMBIA/88697 66253 2




巷で大評判のトニー・ベネットの最新アルバムを聴いてみました。去年85歳というとんでもない年になって作られたこのアルバムは、なんとBILLBOARDのアルバム・チャートで初登場1位を獲得したというのですから、すごいものです。芸歴の長いベネット自身にとっても、これが初めての「1位」だというのですから、感慨もひとしおでしょう。
実は、この5年前、2006年に彼が80歳になった時に、記念に作られたアルバムが「Duets/An American Classic」でした。タイトルの通り、彼がこれまでに歌ってきたスタンダード・ナンバーを、今をときめく人気アーティストと一緒に「デュエット」した、というもので、これもかなりの評判になったものです。せっかくだからと、こちらもついでに聴いてみたのですが、確かに素晴らしいアルバムでした。何より、ベネット本人の声がとても80歳とは思えないような力強いものでした。リズムやピッチには寸分の乱れもありませんし、高音で張った声も堂々たるものです。ですから、それにからむ歌手たちは、自分の個性を出す前に、まずこの声に圧倒されて、ほとんど「先生と生徒」みたいな歌い方になっているのですから、すごいです。ポール・マッカートニーやエルトン・ジョンといったロック畑の人が、そんな感じでかしこまって歌っているのがおかしくて。かと思うと、スティービー・ワンダーなどとは、まさに「真剣勝負」といった緊張感あふれるやりとりが聴かれたりしますから、とことん中身の濃いアルバムでしたね。
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それから5年、彼の歌は全く衰えてはいませんでした。いや、声の張りなどは、前作以上かもしれませんよ。さらに、サウンド的にも格段にパワーアップしたものが聴かれます。前作ではあまり使われていなかったビッグ・バンドのアレンジが、前面に押し出されているのですね。そんなキレのいいサウンドに乗って、まず登場したのがレディー・ガガです。うすうす気づいてはいたのですが、彼女は本当に歌が上手なんですね(いや、「歌手」なんだから歌がうまいのは当たり前なのかもしれませんが、なんせ○任谷由美が、歌が歌えなくても歌手になれることを証明してしまったものですから)。声が素晴らしいのはもちろんですが、ここではベネットと対等に渡り合えるほどのジャズ的なセンスも披露してくれています。年の差60歳の軽妙なデュエット、これは素敵です。
別の意味で素敵な味を出していたのが、こちらは80歳に手が届こうかというウィリー・ネルソンです。カントリーのフィールドでありながら、ベネットとはなんの違和感もなく溶け合っている彼のだみ声は、まさに「重ねた年輪」が感じられるものでした。おまけに、とことん渋いギター・ソロまで聴かせてもらえますよ。
ベネットは、どんな人が相手でも、常にリラックスしながら楽しんで歌っているようでした。豪華ですね(それは「デラックス」)。おそらく、あまりリハーサルなどは行わないで、その場の「ノリ」を重視したような作られ方なのでしょう。間に「今度は、君の番だよ」みたいなセリフまでが、極めて「音楽的」に入っているのですから、たまりませんね。
ただ、中には「なんでこんな人が」というのがいないわけではありません。その筆頭がアンドレア・ボチェッリ。まさに「水と油」を絵に描いたような唐突さには、笑ってしまいます。同じクラシック指向でも、ジョシュ・グローバンはなんなく馴染んでいるというのに。
前作のプロデューサー、大御所のフィル・ラモーンとともに、ここではベネットの息子、ディー・ベネットが、エンジニア兼任でプロデュースも行っています。彼の手によって、ほぼフルサイズのオーケストラによるストリングスのサウンドが、とても華麗で上品に仕上がっています。それは、前回のベルリン・フィルの弦楽器など比較にならないほどの美しさです。

CD Artwork © Sony Music Entertainment
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by jurassic_oyaji | 2012-01-25 20:36 | ポップス | Comments(0)
Hooked on Classics
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Louis Clark/
The Royal Philharmonic Orchestra
DELTA/60378




1980年代初頭に一世を風靡した「フックト・オン・クラシックス」のシリーズが、なんだか得体の知れないイギリスのレーベルから3枚組のボックスとしてリリースされました。ジャケットはオリジナルとは似ても似つかないデザインですが、3枚まとめてたったの1000円というので、買ってみましたよ。実は、かつてこれらの曲をまともに聴いたことはなかったものですから。
それにしても、このジャケット、例の、ト音記号の先が釣り針(フック!)になっているという印象的なイラストが再現されていないのは残念ですし、なんだか「五線」ではなく「六線」になっているのが、非常に気になります。ま、その程度の志なのでしょう。そもそも、肝心の指揮者の名前すら、ここにはありませんからね。
そんなかわいそうな扱いを受けている1947年生まれの指揮者、アレンジャーのルイス・クラークは、ジェフ・リンの「ELO」のストリングス・アレンジャーとして1974年にこの業界にデビュー、後には、ELOのツアーにもキーボードのメンバーとして参加しています。1981年に、クラシックの名曲をディスコ・ビートに乗せてエンドレスで演奏する、というアイディアで、彼自身がロイヤル・フィルを指揮して録音した「Hooked on Classics」というアルバム(LP)は、たちまちUKのヒット・チャートを躍り上がり、クラシックにはあるまじきセールスを記録することになりました。まあ、正確には「クラシック」は単なる素材だったので、「クラシックのアルバム」とは言えないのですが、「クラシック」がらみでそんなに売れてしまったのは、一つの「事件」だったわけですね。それに味を占めて、同じメンバーによって1982年には「Hooked on Classics 2」(後に「Can't Stop the Classics」)、そして1983年には「Hooked on Classics 3」(後に「Journey through the Classics」)という、全く同じコンセプトのアルバムがリリースされ、いずれも大ヒットとなりました。
クラークが関わったのはその3枚だけですが、そのあとは、よくあるような他のアーティストによる「便乗」アルバムが続出することになりますね。そんなわけで、この「フックト・オン」シリーズは、いったいどのぐらいのエピゴーネンを生んだのか、その実態を正確に把握するのは困難です。
この「フックト・オン」という言葉は、「引っかける」ということで、次々と色々な曲を連続して演奏するという意味を持たせているのでしょうが、最近になって、もうちょっと別な意味もあるのではないか、と思うようになりました。ポップスでは、例えば山口百恵の「♪ああ~、日本のどこかに」(いい日旅立ち)のように、曲の中で最も盛り上がる部分のことを「サビ」といいますが、「フック」には、この「サビ」と全く同じ意味があるのですね。つまり、このタイトルは、単に曲をつなぐだけではなく、その曲のまさに一番の聴かせどころがつながれている、という意味までが、込められているのではないでしょうか。
ジャケットはちょっとヘンですが、とりあえずここでは3枚のアルバムがきちんと3枚のCDに再現されています。それによって、リリースされてから30年も経って、初めてクラークの仕事に対峙することになりました。高音を強調した、いかにもポップス寄りのサウンドには、ちょっと引いてしまいますが、この、全く脈絡のない曲をつなぐというやり方には、とても潔い爽快感を味わうことが出来ました。というより、これを聴いて、思わずピーター・シックリーの「P.D.Q.バッハ」を思い浮かべてしまったのは、なぜなのでしょう。「本家」よりもアレンジはかっこいいし、演奏もしっかりしている分、「笑い」もより充実したものに感じられてしまいましたよ。
「曲名あてクイズ」として遊ぶのにも、これはもってこい。でも、難易度はかなり低いですね。このサイトを見ているような人だったら、簡単に全部分かってしまうはずですよ。

CD Artwork © Delta Leisure Group Plc.
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by jurassic_oyaji | 2011-09-26 19:51 | ポップス | Comments(0)
Past Future
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Magnus Rosén(Bass)
Hvila Quartet
David Björkman/
Göteborgs Symfoniker
NAXOS/8.572650




このジャケ写だけ見ると、まるで映画「スクール・オブ・ロック」に出てきたジャック・ブラックみたいですが、実際はもっとおっさんっぽい顔をしているのが、2007年までスウェーデンのヘビメタ・バンド「ハンマーフォール」のメンバーだったベーシスト、マグヌス・ローゼンです。当然、ここで抱えているのはブラックの楽器のギターではなく、エレキ・ベースです。
ジャケットには、「エレキ・ベースがシンフォニー・オーケストラと初めてソロ楽器として共演したレコード」とありますよ。確かに、今までロックバンドがオーケストラと共演したことはありましたが、エレキ・ベースだけ、というのはこれが初めてかもしれません。もっとも、ソロではなく、オケの中の楽器としてだったら、ペンデレツキの作品などではお馴染みのことです。
とは言っても、そんな、さも全曲オーケストラと共演しているような煽り方をしている割には、実際にそういう形は全12曲のうちのたった4曲だけしかないじゃないか、と、だまされたような気分になっても、それはいつもながらのこのレーベルの虚言癖とあきらめましょう。
しかし、その4曲の中でヤン・アルムという人が曲を書いてオーケストレーションまでやっている2曲は、こういうクラシック+ロックみたいなイベントでは必ずお目にかかれるような陳腐な音楽だったのには、「やっぱり」と思ってしまいます。いかにもベースの見せ場を設けているようでも、曲自体がとても散漫でつまらないのですね。同じアレンジャーでもローゼン自身が曲を書いている他の2曲は、それぞれきちんとブルース・コードに乗ったロック・ン・ロールだったり(「Blues man」)、オーケストラとのアンサンブルの必然性が感じられるメロディアスな曲だったり(「Gate to Heaven」)しているというのに。「Gate~」では、サステインをかけながらボリューム操作で頭のアタックを消すというギターではお馴染みの技法で、ベースからまるでオルガンのような響きを出して「歌って」いますしね。
ですから、はじめは「手抜きじゃないか」と思えた、このオケのメンバーによる弦楽四重奏との共演による残りの7曲の方が、さまざまにこの楽器の可能性が感じられて聴き応えがありました。「Sonata G minor」などは、バロック風の曲調に乗せて、なにか物語が綴られているような気さえします。ここではストリングスは清純さの象徴(全員女子です)、ベースはそれに対して邪悪の象徴なんです。ベースは最初のパートでは弦に合わせて殊勝に低音を入れようとしていますが、なにしろそんなんですから(どんなん?)合うわけがありません。とうとういやになって、1人で暴れ始めます。しかし、思い切り「毒」を放出したあとにまた最初のパートが帰ってくると、どうでしょう、そこではベースは見事にアンサンブルが出来るようになっているではありませんか。なんてね。
Badinerie」というのは、「J.S.バッハ作曲」とあったので、まさかとは思ったのですが、やはりあの「組曲第2番」の中のエンディングで聴ける、とっても技巧的な曲でした。キーは同じですから、弦はそのままの楽譜を弾いているのでしょう。そこに、オリジナルのフルートの4オクターブ下の音域で、ベースが「ほぼ」楽譜通りに演奏するというのですから、すごいものです。
足し算が合わないのでは、とお思いでしょう。最後の「Romance between East and West」というローゼンの曲は、ベースの全くの「ソロ」なのですよ。ここでは、さっきの「オルガン風」の音もまじえつつ、とても安らぎを感じられる音楽が流れていきます。タイトルにあるように、「東洋風」なスケールをモチーフとした「ミニマルなヒーリング」でしょうか。エレキ・ベース1本でも、こんなことが出来たのですね。「コミカルなフィーリング」だと、やっぱりジャック・ブラックになってしまいますが。

CD Artwork © Naxos Rights International Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2011-08-29 19:56 | ポップス | Comments(0)
2 Cellos
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Luka Sulic, Stjepan Hauser(Vc)
MASTERWORKS/88697 91011 2




いつものようにラジオを付けっぱなしにしてドライブしていたら、なんだかチェロのアンサンブルによって演奏されているような、マイケル・ジャクソンの「Smooth Criminal」が聞こえてきました。もうすぐ秋ですね(それは「栗実る」)。それこそ「ベルリン・フィルの12人のチェリスト」あたりの最近の録音なのかもしれませんね。それにしても、この演奏、リズム感もいいし何よりもアレンジのセンスが今までの彼らのものとはずいぶん違っています。昔はウェルナー・ミュラーなどが、なんともかったるい「イエスタデイ」のアレンジを提供していましたが、こんな斬新なアイディアを持つアレンジャーを見つけたのでしょうか。
家へ帰って調べてみたら、これはそんなおじさんたちの演奏ではありませんでした。もっと若いチェリストたち、しかも、たった二人のユニットだというのですよ。これは意外でした。多重録音であの厚いサウンドを作っていたのですね。
それは、ルカ・スリックとステファン・ハウザーという、ともにクロアチアで生まれたまだ20代のチェリストたちでした。それぞれロンドンやマンチェスターの音楽大学を卒業したばかり、ステファンなどは、ロストロポーヴィチの最後の弟子というのですから、すごいものです。すでに数々のコンクールでの優勝歴があり、ロンドンのウィグモア・ホールや、アムステルダムのコンセルトヘボウなどで演奏したこともあるという、ものすごいキャリアの持ち主たちです。
そんな彼らが、自分たちで編曲した「Smooth Criminal」をザグレブのスタジオで録音、そのPVYouTubeにアップしたところ、とてつもないアクセスがあって、まさに「一夜にして」世界中の人が知るところとなってしまったというのです。まさに「シンデレラ・ストーリー」ですね。そこで、同じようなコンセプトで「ロックの名曲」を彼らが編曲、演奏したものを集めた、こんなアルバムがリリースされてしまいました。2500円もする国内盤は9月末に発売予定だそうですが、アマゾンでは輸入盤を税込み991円で売ってましたよ。HMVあたりは1000円を超えていますから、これはお買い得。
きちんと聴いてみると、「Smooth Criminal」などでは頭に風の音のようなSEが入っていますが、これはチェロのハーモニクスなのですね。ところどころにパーカッションのようなものも聞こえますが、それらも全てチェロ、アルバム全体を通して、チェロ以外の音は全く使っていないようです。ほんと、いくらふんだんにエフェクターがかかっているとは言え、まるでヘビメタのギターのような音が出てくるのには、驚いてしまいます。しかし、なんと言ってもすごいのは、まさにロックのグルーヴそのものを産み出している強烈なビートです。PVを見れば分かりますが、彼らがリズムを刻んでいる時には、まるでドラマーのような形相で、力強くチェロを「叩いて」いますよ。
そんなギンギンのサウンドの中から、ヴォーカルのメロディラインが聞こえてきた時には、誰しもが幸せな気持ちになれるはずです。それは、例えば「Welcome to the Jungle」などでは、アクセル・ローズのシャウトまでも忠実に再現したものなのですが、そこからは、純粋にメロディの美しさを感じることが出来るのですよ。思わず「ロックって、こんなにメロディアスだったの」と叫んでしまいます。スティングの「Fragile」はもとより、コールドプレイの「Viva la Vida」やニルヴァーナの「Smells Like Teen Spirit」でさえ、なんと美しいことでしょう。
これは、この二人のチェリストが小さい頃から親しんでいたロックに心から共感して、その思いを自らの楽器に託したものに違いありません。彼らの中では、最初からロックとクラシックとの間には、なんの隔たりもなかったのでしょう。そんな才能を羨ましがって眺めているのが、中途半端な「ライトクラシック」しか作り得ない貧しい音楽土壌に育つ、この国の音楽関係者です。

CD Artwork © Sony Music Entertainment
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by jurassic_oyaji | 2011-08-25 20:03 | ポップス | Comments(0)
Ray of Hope
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山下達郎
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山下達郎がDJを務めるラジオ番組「サンデー・ソングブック」は、もう何十年も続けて放送されている長寿番組です。今でこそ民放FM局からのオンエアですが、そもそもはNHK-FMで放送されていたものを、そのまんま民放にスライドさせたという驚くべき経歴を持っているのは、始まった時からすでに確固としたポリシーが明確に打ち出されていたことの証しなのでしょう。
そんなNHK時代からのファンですから、この番組を毎週「エアチェック」して聴くのはもはや習慣と化しています。しかし、あの3月11日の大震災の直後、3月13日のオンエアのときは、それどころではありませんでした。なにしろラジオというラジオは、通常番組は全てキャンセルして、一日中避難生活を送るために必要な情報を流し続けていたのですからね。それは日本全国同じことだったようで、結局この日に放送される分は完全にお蔵入りになってしまったようでした。
「被災地」では、そんな状態はその後もまだまだ続くことになるのですが、キー局のある東京あたりでは、次の週からは何事もなかったかのように通常の番組が復活したようでした。もちろん、それは単に番組枠が復活したというだけで、番組自体はMCにしても音楽にしても、それなりの配慮がなされたものだったのでしょう。
この地で達郎の番組が聴けるようになったのは、さらにその次の週のことでした。しかし、オープニングはいつもとは違っていて、まず達郎の「先週放送したものを、もう一度放送します」というコメントで始まったのです。「DATE FM(仙台のFM局)を聴いている人たちに最も聴いてもらいたかったから」ということだったのですね。確かに、その放送は、自身の身内も仙台出身者である達郎の、被災地へ向けての真摯な気持ちの込められた素晴らしいものでした。
6年ぶりとなる達郎のオリジナル・アルバムは、この頃にはすでにかなりの部分での制作が完了していたはずです。しかし、この震災を受けて、タイトルも含めて大幅な手直しが行われたそうです。まずオープニング、ア・カペラでタイトルの「Ray of Hope」というフレーズが繰り返された後、今回新たに作られた「Never Grow Old」が歌われます。アグレッシブなビートに乗ったその曲は、なにか達郎の思いをストレートに伝えるような迫力を持っていました。最後近くで「形のあるものは/いつかは失われる/だけど僕らは/We will never grow old」という歌詞が聴こえてきた時には、不覚にも涙があふれてきました。ちょっと無防備だった心に波を立てるのに、この音楽と歌詞は充分なものだったのでしょう。
いま、世の中には「復興ソング」なるものがあふれています。それらは、いかにも被災者を鼓舞してやまない直接的なメッセージをふんだんに盛り込んだものです。中には、「上を向いて」という歌詞だけを頼りに、半世紀も前に作られた本来は軟弱な失恋の歌を、無理やり「応援ソング」にでっち上げたものまでありますしね。それらを歌う人たちは、なんと力強い使命感に満ちていることでしょう。
しかし、達郎が作ったこの曲は、そんなミエミエの歌詞などないにもかかわらず、本物の「勇気」を与えてくれるものでした。これはもしかしたら、「音楽」の持つある種の「力」を、見事に作品として昇華させたものなのではないでしょうか。
テレビのワイドショーのために作られた「My Morning Prayer」なども、震災を契機に全く別のものに姿を変えた作品だそうです。達郎お得意のスペクター・サウンドに包まれたキャッチーな響きからも、彼のメッセージは痛いほど伝わってきます。
これらは、パッケージとしての「アルバム」という形で聴くときに、より、作者の思いが受け取れるはずです。細切れの「配信」に慣れてしまった聴き手に、このインパクトが重く伝わることを願いたいものです。これはまさに「背信」とは無縁の、真に信じるに足るものなのですから。

CD Artwork © Warner Music Japan Inc.
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by jurassic_oyaji | 2011-08-11 20:34 | ポップス | Comments(2)
UNIKO
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Kronos Quartet
Kimmo Pohjonen(Accordion, Voice)
Samuli Kosminen(Programming)
ONDINE/ODE 1185-2




とりあえず、タイトルは「UNKO」だと思っていました。ジャケットはいかにもな茶色の汚物という感じでしたし、赤い線は「血○」でしょうか。別にそういう嗜好はありませんが、フィンランドの名門レーベルのことですから、なにか深い考えがあってのことなのだろうな、と、変な好奇心がわいてきます。「うん、これは面白そうだ!」とか。
ジャケットを開くと、一応ブックレットが挟まっています。しかし、そこにはアルバムに関するコメントなどは一切ありません。見開きで霧の立ちこめる海の写真があるだけ、あとはクレジットしか記載されていません。しかし、全く聞いたことのないアーティストの中に「クロノス・カルテット」の名前があったので、ちょっと興味がわきます。その他にも「サンプリング」やら「プログラミング」といったタームが見受けられましたので、おそらく彼らの興味の対象がそのあたりのテクノロジーにまで及んだ成果が聴けるのではないか、という期待もありました。
トラックリストによると、このアルバムは全部で7つの部分に分かれているようです。そのタイトルがフィンランド語というのが、えらくローカルな感じ、訳してみると、それらは「ミスト」、「プラズマ」、「エッジ」、「死」、「恐怖」、「母」、「広大」というものであることが分かります。なんだか、これだけで曲のコンセプトが分かったような気になってしまいます。最初の「ミスト」が、写真と対応しているのでしょうね。あとは様々なヘビーな体験を乗り越えて平安の境地にたどり着く、とか。
というより、こういうジャケット構成やタイトルを見ていると、なんだか1970年代あたりの「プログレッシブ・ロック」のテイストに近いものが感じられてしまいます。「イエス」とか「ピンク・フロイド」ですね。
確かに、聴き始めるとそんな予想は裏切られなかったことに気づきます。最初に聴こえてきたのは、それこそ霧の立ちこめる描写には欠かせないSEでした。何やら思わせぶりな弦楽器のサンプリングなどが登場したりして、そこには「サウンドスケープ」のようなものが広がります。と、いきなり曲調が変わり、「3/3/2」というありがちなビートに乗ったアップテンポの音楽になりましたよ。これはまさに「プログレ」の世界です。ただ、いにしえの「プログレ」と違うのは、テクノロジーの進歩によってもたらされた、けた違いに多様性をもったサウンドです。
曲のコンセプトは、キンモ・ポホヨネンとサムリ・コスミネンというフィンランドのミュージシャンが作ったものなのでしょう。ポホヨネンは自らのアコーディオンや、様々な「声」で演奏に加わります。クロノス・カルテットが演奏するための譜面も、彼が用意したのでしょう。しかし、それらは単に「素材」として提供されたもので、それらをサンプリングし、別の音源とともにプログラミングを行うのは、コスミネンたちの仕事、かくして、うす暗いクラブに大音量で鳴り響くにはもってこいのサウンドが生まれました。
これは、なかなか気持ちの良いものです。時たま聴こえてくる弦楽四重奏は、確かにリリカルな側面を持っていますが、それが腹の底に響き渡るビートの中にあると、全く別のアグレッシブなパーツとして感じられるようになってくるのです。今のようなムシムシする季節のなかでは、ひときわ刺激的な清涼感を味わうことが出来るはずです。
これも予想通りのことでしたが、そんなある意味破壊的な音楽は、最後に向けていとも穏やかに集結していきます。こんな安直さも、確かに「プログレ」の持つ一つの味でした。いや、そもそもそんなコンセプトはベートーヴェンの時代から音楽の中にはあったものなのです。そんな「甘さ」が、「震災後」という今の状況で音楽が「力」になりえない原因の一つとなっているのでは、と考えるのは、決して見当外れのことではありません。

CD Artwork © Ondine Oy
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by jurassic_oyaji | 2011-07-04 19:53 | ポップス | Comments(0)