おやぢの部屋2
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カテゴリ:ポップス( 99 )
An Evening with Dave Grusin
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Gary Burton(Vib)
Nestor Torres(Fl)
Dave Grusin/
Henry Mansini Institute Orchestra
TELARC/32928(BD)




初めてのBD(ブルーレイ・ディスク)のレビューです。遅まきながら、BDを見ることのできる環境が整ったものですから。HD対応のテレビで普通にHDが体験できるようになると、もうDVDスペックの画面では物足りなくなってしまうのは分かっていたのですが、まんまと乗せられてしまいましたね。なんたって、今ではBDレコーダーの方がかつてのDVDレコーダーより安く買えてしまうのですから。
デイヴ・グルーシンと言えば、「卒業」や「黄昏」などの映画音楽で有名な人ですが、なによりもひところの「フュージョン」シーンをリードしていたことで、強烈に記憶に残っています。自身のレーベル(GRP)も立ちあげて、たとえばフルートのデイヴ・ヴァレンティンのアルバムなども多数プロデュースしていましたね。そんな、ひところの黄金時代は築いたものの、最近ではほとんど名前を聞くこともなくなったので、引退して豪華客船で世界一周でもしているのかな(「クルージング」です)と思っていた矢先に、こんな映像(CDも同時にリリースされています)が出ました。2009年の12月に、マイアミのコンサートホールで行われたライブです。
画面に現れたグルーシンには、かつての精悍な面影はありませんでした。それもそのはず、このときにはすでに75歳になっていたのですから、こんな、はっきり言ってヨボヨボの老人になっているのは当たり前のことです。しかし、ひとたびピアノに座ると、背筋はピンと伸び、とてもきれいな指使いから生まれるピアノの音色には、いささかの衰えもありませんでした。確か、彼はきちんとクラシックの勉強をしていたはず、基礎さえしっかりしていれば、いくつになっても腕が落ちることはないのでしょうね。
ある時はピアノを弾き、ある時は立ち上がって総勢60人近くのオーケストラ(ビッグ・バンド+9型の弦と3管編成の木管+ホルン3本)を指揮するといった、最近ではあまり見ることのなくなった、作曲、編曲、演奏の全てを1人で仕切るという、なんとも「かっこいい」姿がそこにはありました。それこそ往年のバート・バカラックのように、ファッションも派手な蝶ネクタイとタキシードでおしゃれに決めていれば完璧なのでしょうが、ごくありふれたジャケット姿というのも、あまり目立ちたがらないグルーシンのシャイな一面を垣間見る思いです。
そこに、たくさんのゲストが加わります。彼のキャリアを物語るかのように様々な曲が演奏されましたが、なんと言っても楽しめたのはバーンスタインの「ウェストサイド・ストーリー」からのナンバーでした。確か、そういうタイトルのアルバムもかつて作っていましたね。まずはゲイリー・バートン(この人も、まだまだ元気です)のヴァイブがフィーチャーされた「クール」、オリジナルにもヴァイブが入っていますから、それを意識してのアレンジなのでしょうが、さらに自由度を増したソロが素敵でした。ヴォーカルのゲスト、パティ・オースティンとジョン・サカダのデュエットで「サムウェア」は、アダルトな魅力で渋く迫ります。ネスター・トーレスという、初めて聴いたフルーティストは、頭部管だけ木製という楽器を持って登場です。リップ・プレートのそばに小さなマイクをつけて、ケーブルとトランスミッターを上手にスーツの中に隠していましたから、最初はマイクの存在が分からないほど、そんなおしゃれな楽器で軽やかに動き回りながら「アイ・フィール・プリティ」を演奏します。バラードっぽかったものが、途中でノリノリのラテンに変わるという、度肝を抜かれるようなアレンジが光ります。いかにも木管らしい柔らかい音色、彼も基礎がしっかりしている人だと見ました。エンディングはコーラスも入り、全員で「アメリカ」、やはりオリジナルとは全然違うノリのラテンで、盛り上がります。

BD Artwork © Telarc International
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by jurassic_oyaji | 2011-06-10 19:20 | ポップス | Comments(0)
Enola Quintet Plays Yellow Magic Orchestra
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Enola Quintet
PALM TREE/XQJU-1001




普段はCDなどはもっぱらネット通販で購入していますから、あまりCDショップに立ち寄ることはありません。ニュー・リリースの情報には事欠きませんし、何より在庫の豊富さからいったら街のショップに勝ち目はありませんからね。それでも、なにかの折にひょっこりパルコの7階あたりにあるそんなお店に行ってみると、品数は少ないものの、実際の「物体」として目の前に陳列されているCDを見ることの楽しみに、ふと気づかされるものです。もはや、絶滅寸前品種、もしかしたら数年後には姿を消してしまっているかも知れないそんな風景を慈しむ時には、ちょっぴり感傷に浸ったりするものです。
最近のそんなお店では、もはやクラシック専用のブースなどといった贅沢なものはなく、「イージーリスニング」や「ジャズ」のコーナーと同居しているのが当たり前の姿です。ですから、クラシックの棚の前でCDを物色している時にも、BGMにジャズの新譜がかかっている、などというケースもあり得ます。まあ、それはそれで新鮮な体験ではありますが。
そんな時に何気なく聴き流していた「音」が、突然意味を持ち始めることがあります。その時流れていたのは、なんか、どこかで聴いたことのある曲、軽いボサ・ノヴァ風のリズムに乗ったピアノが奏でているのは、どうやらバカラックのようですね。とてもすんなり入ってくる心地よいメロディ、なかなかセンスのよいアレンジだな、と思ってしばらく聴いていると、ちょっとバカラックとは違うのでは、という気がしてきました。しかし、曲自体は間違いなくよく聴いていた、ほら、あれですよ、あれ・・・あれっ?これはもしかしたら・・・。
というわけで、思い出したのは全く「ジャズ」には縁のないはずの、YMOの「テクノポリス」だったのですよ。いやあ、これは盲点をつかれた感じです。なんという斬新なアプローチなのでしょう。あの、まさに「テクノ」の草分けとも言うべき近未来の衣装をまとったギンギンの機械的な音楽を、こんなけだるくアダルトな「午後のまどろみ」的なものに変貌させてしまうなんて。
これは思いがけない収穫だと思い、当然売り場にCDがあるのだろうとジャズの棚を探したら、売り切れてしまったのでしょうか、確かに目立つPOPで飾られたスペースはあったものの、そこには現物はありませんでした。残念ですね、ストアプレイを聴いてせっかく買う気になったお客さんがいるというのに、これではなんにもなりません。このようにして、怠惰なショップは、ネット通販に客を奪われてしまうのです。
数日後手元に届いたアルバムには、全部で9曲のYMOのカバーが収められていました。演奏しているのが「エノラ・クインテット」というギタリストの村山光国がリーダーを務めるジャズ・ユニットです。焼肉とは関係ありません(それは「エバラ」)。ただ、ここではギターは加わらないピアノの草間信一を中心にしたトリオ、そこにたまにボーカルの長谷川碧が入るという編成です。それがなぜ「クインテット」なのかは、永遠の謎。ただ、村山はコーラスで参加していますから、それで5人?あるいは、ベースとドラムスがダブル・キャストなので、「インストは総勢5人」なのでしょうか。
正直、アルバム全体ではそれほどのインパクトは感じられませんでした。「テクノポリス」でのラテン・フレーバー満載の天倉正敬のドラムスは、最初に聴いたような「大人の」味を出しているのですが、「ライディーン」で演奏しているもう一人、まるでスティーブ・ガッドのようなフュージョンっぽいドラムスの吉田太郎だと、あまりに当たり前すぎて。この曲こそ、天倉のまったりとしたドラムスで聴いてみたかったのに。
それと、やはりYMOはインストで聴きたいものです。ボーカルははっきり言ってジャマ。あと、「エノラ」というユニット名に嫌悪感を抱いてしまうのは、世代の違いでしょうか。

CD Artwork © Palm Tree Music Co., Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2011-02-16 19:42 | ポップス | Comments(0)
IDENSTAM/Jukkaslåtar
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Simon Marainen(yoik), Brita-Stina Sjaggo(Voc)
Sandra Marteleur(Vn), Thorbörn Jakobsson(Sax)
Janas Sjöblom(Perc), Gunnar Idenstam(Org)
BIS/SACD-1868(hybrid SACD)




フィンランドの作曲家マンティヤルヴィの合唱作品で、「Pseudo-Yoik」という曲があります。日本語では「ヨイクもどき」でしょうか。録音や、あるいは生の演奏でも聴いたことがありますが、複雑なリズムの中から、たくましいエネルギーが感じられるなかなか楽しい曲でした。そのタイトルにあるように、それは「ヨイク」を素材にした作品なのですが、「もどき」というのがちょっと微妙。いったい本物の「ヨイク」とはどんなものなのか、興味がわいてくるのは当然のことでしょう。いつかはちゃんとした「ヨイク」を、と思っていたら、こんなアルバムを見つけました。パーソネルの中に「ヨイク」とあったので、迷わずお取り寄せです。
あのマリー・クレール・アランにも師事したというスウェーデンのオルガニスト、グンナル・イデンスタムが作った「ユッカスヤルヴィの歌」という曲集、手にしたアルバムのこのジャケットには、わざとピントを甘くした写真が使われていました。なにか抽象的なイメージを表現しているのかな、と思ってしばらく眺めていると、なんだか「目」があるように思えてきました。そう、このつぶらな目の持ち主は、トナカイだったのですね。あの特徴的なツノも見えますね。こんなトナカイたちの故郷、スカンジナビア半島の北部、ラップランドに住むサーミ人の伝承歌が、この「ヨイク」です。今では少なくなってしまった「ヨイク」の歌い手(「ヨイカー」ですね)の一人が、ここに参加しているシモン・マライネンなのですね。2013年には来日するかも(「カモン・再来年」)。
その他のパーソネルは、もう一人のヴォーカルとヴァイオリン、サックス、打楽器、そして、作曲者のイデンスタム自身がオルガンと「録音素材」というクレジットで参加しています。いったい、どんなサウンドが繰り広げられるのでしょう。
最初に聴こえて来たのは、想像していた伝承曲のイメージとはまるで違った、いとも洗練された8ビートのポップス・チューンでした。基本的に、とても聴きやすい爽やかな曲調、その中に「ヨイク」のダミ声がフィーチャーされて、不思議なアクセントになっている、という感じです。
確かに、民族的な素材は使われているものの、このポップな仕上がりにはちょっと肩すかしを食らった感があったので、作曲者の経歴をもう一度確認してみると、イデンスタムという人はクラシックのオルガニストであると同時に、「フォーク・ミュージック」のアーティストでもあったのだそうですね。そして、この作品で目指したものは、民族音楽と「シンフォニック・ロック」の融合だというのです。ということは、まさにいにしえの「イエス」や「ELP」が拓いたジャンル、「プログレッシブ・ロック」を、ラップランドの土壌で産み出そうという試みだったのですね。思ってもみなかった展開ですが、これは現代ではある意味とても斬新な企てなのでは。なんだか、とってもいいものに出会えた、という気がします。
曲の中で描かれているのは、この地方の自然や、お祭りなどなのでしょう。軽快なダンスのバックで聞こえてくるのは、まるでストリート・オルガンのような鄙びたリード管、かと思うと、後半には春を迎える喜びが迫力たっぷりのフル・オルガンと、まさにプログレ、といわんばかりの豪快なドラムスの応酬で描かれます。
そんな中で、もう一人のやはりサーミ人である女性シンガーによって歌われる「こもりうた」は、サーミ語、スウェーデン語、フィンランド語という、この地方に住む民族のそれぞれの言語によるヴァージョンが用意されていて、その、とてもシンプルな、懐かしさを誘う曲調の中に確かなメッセージが込められています。
ここぞという時に聞こえてくるオルガンのペダルの重低音が、信じられないほどの音圧で迫ってきます。オーディオ的な興味も尽きない、とても楽しめるアルバムですよ。

SACD Artwork © BIS Records AB
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by jurassic_oyaji | 2011-02-05 19:45 | ポップス | Comments(0)
Kotringo/Picnic Album 2
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コトリンゴ
AVEX/RZCM-46713



いつも車に乗る時には、民放FMを点けっぱなしにしています。NHKと違って、民放ではまずクラシックがかかることがないというのが、その最大の理由です。なにしろ、カーオーディオで聴くクラシックほど耐え難いものはありません。そもそも、車の中のような騒音だらけの中で、クラシックのピアニシモなどが聞こえるわけがありませんし、ヘタに熱中して聴いたりすると、運転がおろそかになってしまいますからね。いや、その前に眠気が襲ってきて、危険なことにもなりかねませんよ。
ですから、たとえ、もはやアーティストの宣伝媒体でしかなくなってしまっていたとしても、民放FMこそは聴き流すには充分の、まさにBGMとしての最高の役割を果たすものなのですよ。そして、本当にたまにですが、そこから貴重な情報を得ることも出来ますし。
この間も、そんなことがありました。ラジオから流れてきたのはとても懐かしい曲、どうやらペトゥラ・クラークが歌っていた往年のヒット曲「ダウンタウン」(「♪ダウンタウンへ繰り出そうおっ~」という山下達郎の曲ではなく、Aメロのフレーズの最後に「downtown」というレスポンスが繰り返され、大サビでも頭で「downtown」が連呼されるというあの曲)のように聴こえます。ただ、メロディや歌詞は聴き覚えのあるあの曲なのですが、リズムがなんだかとてもヘン、どこがビートの頭だか分からないようになっていました。よくよく聴いてみると、どうやら「5拍子」のビートに乗っているようですね。それが分かってしまうと、その曲がとても新鮮に感じられるようになりました。オリジナルは普通の8ビート、基本的に「4拍子」なのですから、全く違う曲のよう、それでいて原曲の雰囲気はしっかり伝わってくるというとても素敵なアレンジには、驚くばかり。
曲が終わったときのMCで、これを歌っていたのが、あのコトリンゴだということが分かって、さらにびっくりです。てっきり外国人だと思ってしまったぐらい、英語の発音があまりにネイティヴっぽかったものですからね。「リリースされたばかり」と聞いて、さっそくアルバムをゲットです。つまり、彼女の場合、常にこんな風にラジオからのインパクトで新しいアルバムに出会える、というパターンが定着しています。
それは、このところおおはやりの「カバー・アルバム」でした。これが「2」ということで、当然前に「1」が出ていたわけですが、それは日本人アーティストのカバー、そしてこれは外国人アーティストのカバーということになります。ラインナップは全部で8曲、期待にたがわず、さまざまなアイディアのアレンジと、独特の脱力系のヴォーカルで、存分に楽しむことが出来ました。
その中で、ビョークの「Hyperballad」あたりは、もはや「すごい!」としか言いようのないものでした。ビョークの歌の中にある「民族性」を一旦剥奪したうえで、さらなるアヴァン・ギャルドとしての属性を持たせるという作業、これは、オリジナルの持つ世界観を完全に覆すような、ある意味オリジナルを超えたアレンジと、演奏です。よーく味わってみたいもの。
そんな意味では、シックスペンス・ノン・ザ・リッチャーの「Kiss Me」などは、一見オリジナルに限りなく近い肌触りを維持していると思わせて、実はこの作品が持つさらなる可能性を広げて見せたという、油断のならない仕上がりです。間奏のピアノのかっこいいこと。ストーンズの「She's Like A Rainbow」だって、イントロをアコーディオンで演奏するというだけのことで、見事に独自の世界を作ってしまっています。やはり、コトリンゴの持つセンスは、並みのレベルではありません。
これは、アルバムとは言っても30分ちょっとしかない、「ミニアルバム」の範疇に入るものなのでしょう。しかし、その充実感は、収録曲だけ多い冗長な「アルバム」をはるかに超えるものでした。

CD Artwork ©c Avex Marketing Inc.
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by jurassic_oyaji | 2011-01-30 23:03 | ポップス | Comments(0)
Clémentine/Animentine-plus
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Clémentine
SONY/SICP-2965(dom.)




最近、テレビのCMで「天才バカボン」のテーマがよく聞こえてきますね。三浦友和と榮倉奈々が親子という設定、それぞれほっぺたに「バカボンのうずまき」をつけて、まったりしているという、ノンアルコール飲料のCM、そのバックで、いかにもアンニュイなボサ・ノヴァ風の「バカボン」が流れています。フランス語風に「ボン・ボン・バカボン」と歌っていますから、知らないで聴いたらフランス語の「bon」だと思うかも知れませんね。「ボン・ジュール」の「ボン」だと。「バカボン」にしても、昔越路吹雪が歌っていませんでした?「おいらバカボン」って。確か、「幸福を売る男」というシャンソンを日本語に訳して歌っていたものでしたよね。
いや、越路吹雪の方は、元の歌詞の「Je suis le vagabond」をそのまま「おいらヴァガボンド」と歌っていただけなのですがね。つまり、井上雄彦の「バガボンド」と同じ事、「さすらいもの」みたいな意味なのですよ。今でこそ、この言葉は有名になっていますが、越路吹雪の時代にはまだこのマンガはありませんでしたから、これは絶対「バカボン」にしか聞こえませんでした。
CMで「バカボン」を歌っていたのは、フランスのシンガー、クレモンティーヌでした。トーストにはこれですね(それは「レモンティー」)。実は、このCMとのタイアップなのでしょうか、去年の7月に、日本のアニメの主題歌をカバーした(もちろん、日本の企画でしょう)「アニメンティーヌ」というアルバムが出ていました。サブタイトルに「Bossa du Animé」とあるように、すべて彼女のハスキーな歌声を存分に生かしたボサ・ノヴァにアレンジされたものが収録されていました。これが、結構すごいセールスを記録したようなのですね。そこで、今年の3月には「2」もリリースされることが決まっているそうです。
これは、「plus」とあるように、「1」にボーナス・トラックを追加した期間限定、ということは、「2」までのつなぎのようなアイテムです(「プリュ」と読みたいところですが、メーカーでは「プラス」というありきたりの日本語表記)。ボーナス・トラックの目玉があの「ゲゲゲの鬼太郎」ですから、まだ「旬」のうちに売れるものは売ってしまおうという魂胆なのでしょう。これは「2」にはしっかり入るそうですから、本当はそれまで待っていた方が良いのでしょうがね。
この「鬼太郎」、なんたって、「紅白」でオリジナル・バージョンが披露されるというものすごい「ヒット」になってしまった曲ですね。これを作ったいずみたくは、まさか40年後にこんな晴れがましい扱いを受けるとは、夢にも思っていなかったことでしょうね。減和音と半音階を組み合わせただけの、いかにもおどろおどろしい感じを前面に打ち出した曲、彼にしてみれば、単なる「量産品」のひとつに過ぎなかったのでしょうから。
そんな歌に、フランス語の歌詞が付けられてボサ・ノヴァになったものは、紛れもないフレンチ・ポップスに仕上がっていました。鬼太郎くんは、もはやちゃんちゃんこに下駄ではなく、タキシードにエナメルの靴で登場してくれましたよ。
その他にここで聴けるのは「うる星やつら」、「サザエさん」、「ちびまる子ちゃん」、「ドラえもん」など、世代を超えてテーマ曲とアニメのイメージが結び付いているものばかりです。しかし、それらは「鬼太郎」同様、ヘタをしたら元の曲が思い出せないほどに、見事なまでの変貌を遂げていました。これほどまでに作品としての存在感のない曲だったとは。したがって、当然のことながらここからはアニメを連想させられるような属性は、きれいさっぱり剥奪されています。そういえば、最近の新しい「アニソン」も、アニメを見ていないことにはなんということのないもののように感じられます。

CD Artwork © Sony Music Japan International Inc.
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by jurassic_oyaji | 2011-01-18 23:08 | ポップス | Comments(0)
GOODBYE YELLOW BRICK ROAD
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Elton John
MERCURY/UIGY-9052(single layer SACD)




SACDCDよりもはるかに良い音を聴かせてくれるのは、別にクラシックに限ったことではありません。ジャズやロックでもそれは同じこと、特にジャズの愛好家などには、未だにLPの音を大切に再生しようと日々努力しているマニアはたくさんいるほど、音にはうるさい人たちが揃っていますから、CDでは物足りない思いをしているはずです。でも、ロックの場合は、あくまで私見ですが、クラシックやジャズほど音にこだわる人はいないような気がします。細かい音にこだわるよりは、大きな音でガンガン鳴らして浸りきる、といった聴き方がメインなのではないでしょうか。
エルトン・ジョンが1973年に録音した2枚組のアルバム、「Goodbye Yellow Brick Road」が、ここで何度かご紹介した日本のユニバーサルからのシングル・レイヤー、SHM仕様というとてつもないハイスペックのSACDとしてリリースされることを聞いた時には、ですから、まあいい音にはなっているのだろうとは思いましたが、それほどの期待をしていたわけではありませんでした。単に、ロックの場合のSACDがどの程度のものなのか、あくまで参考程度に知るために買ってみた、というスタンスですね。昔持っていたLPも、当時好きだった人にあげてしまって、もう手元にはありませんから、改めて聴いてみるのもいいかな、と。
とりあえず、2007年にリリースされたコンピレーションCDMERCURY/172 6850)があったので、そこに4曲収録されていたこのアルバム内の曲と比較でもしてみましょうか。
ところが、その聴き比べの結果は驚くべきものでした。CDと今回のSACDの音は、まるで別物だったのです。どの曲でも、明らかに音の「格」が違うのですよ。SACDは、それぞれのパートの音、楽器もヴォーカルも輝きがワンクラス上にものになっていました。そして、音の質感がとてもリアルです。「Bennie and the Jets」では、最初にSEで拍手が入っていますが、CDではまるで雨の音のようにしか聞こえなかったものが、SACDでは、もっと重心の低い、しっかり一人一人の人間が手を叩いているもののように聞こえます。「Candle in the Wind」では、ピアノの音もヴォーカルもリアリティが増大、さらに、途中から入ってくるコーラスの存在感が、桁外れに大きくなっています。タイトルチューンの「Goodbye Yellow Brick Road」(「黄昏のレンガ路」という邦題は殆ど誤訳でしょう)では、今まではバックに入っていたストリングスは、当時の「ソリーナ」のようなキーボードで入れていたのだと思っていたものが、しっかり「生」のヴァイオリンに聞こえます。そもそも、ヴォーカルがダブルトラックだったことも、ここで初めて気が付いたぐらいですから、今まで聴いてきた音がいかにいい加減だったかが分かります。そして、「Saturday Night's Alright」のような、いかにも音なんかどうでも良さそうなロックンロールのナンバーが、一番違っていたのですから、びっくりです。ギターもドラムスもまるで3Dのように飛び出してくる感じ、音楽のノリさえ、別なものに感じられてしまいます。いやぁ、こんなのを聴いてしまうと、もう普通のCDにはもどれません。
ロックのろっくおん(録音)に対する偏見は、見事に吹っ飛んでしまいました。どのジャンルでも、エンジニアはしっかりとした仕事を残していたのですね。
しかし、これだけきちんとした音で聴いてみると、このアルバムには確かに存在していた暖かな肌触りが、最近の録音ではまるで感じられなくなっていることに気が付かされます。当時の2インチ幅のまるで昆布のような磁気テープを使って行われた16トラックのアナログ録音は、もしかしたら今のPro Toolsのハードディスク・レコーディングよりもはるかに情報量が多かったのかも知れませんね。なんせ、山下達郎も言っていましたが、同じデジタルでも、以前の例えばSONYPCM-3348のような、磁気テープを使ったマルチトラックとPro Toolsのマルチトラックとでは、ミックスした時の音の重なり方がまるで違うのだそうですからね。

SACD Artwork © Mercury Records Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2010-12-23 21:05 | ポップス | Comments(0)
Norwegian Wood
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1966 Quartet
松浦梨沙, 花井悠希(Vn)
林はるか(Vc), 長篠央子(Pf)
DENON/COCQ-84856




ビートルズナンバーをクラシック風にアレンジしたという、ありきたりのアルバムなのですが、雑誌の広告でこのCDのジャケットを見たとき、猛烈に「これは手に入れたい!」と思ってしまいました。いや、ここに写っている、眉の形をすべて今の流行に揃えている、見事に個性をなくした主体性のないファッションの女性の写真に惹かれたわけでは決してありません。それは、このジャケット全体のデザインに、ただならぬこだわりを見いだしたからに他なりません。誰でもすぐ分かるように、これはあの「ザ・ビートルズ」が1963年に発表したセカンドアルバム、「With the Beatles」をもとに、とてもていねいにパロディに仕上げたものだったからです。これがオリジナル。
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4人のメンバーの顔の右側から光を当てたモノクロ写真、というこのジャケットのインパクトを生んでいる要素が、まずきっちり押さえられているのが、うれしいところです。なにしろ、4人の顔の位置関係、大きさなどまで、きっちりとオリジナル通りのプロポーションになっているのですから、感動すら覚えます。さらに、涙が出るほどうれしいのが、レーベルのマークですよ。もちろん、マークもロゴも全く別物なのですが、四角い枠に付けられたグラデーションのおかげで、オリジナルの雰囲気がそっくりそのまま表現されています。秀逸、というよりほかはありません。
このアルバムのプロデューサーが高嶋弘之だと聞けば、そんなところまでしっかりこだわったジャケットが出来上がったのは納得できます。「自称」ヴァイオリニストの高嶋ちさ子の父親としてつとに有名ですが、彼はそもそもはビートルズのアルバムを日本で販売していた「東芝音楽工業(現EMIミュージックジャパン)」でのビートルズ担当のディレクターだったのですね。彼の仕事の一つは、国内盤を発売する際の邦題の作成。たとえばこのアルバムのタイトルとなっている「Norwegian Wood」を「ノルウェーの森」などという、元の歌詞を全く顧みないとんでもないものに変えてしまった邦題などが、彼の「作品」になるわけです。困ったことに、これは小説のタイトルなどにもなって世に広まってしまいましたから、もはや取り返しのつかない事態となっています。ここには収録されてはいない、「Ticket to Ride」の邦題「涙の乗車券」が今ではまず使われることはなくなっているのが、せめてもの救いでしょうか。
そんな、ビートルズに最も近い位置にいながら、微妙にピントのずれたことをやっていた人の作ったアルバムは、ジャケットこそは高い完成度を示したものの、音楽としてはなんとも中途半端な出来にしか仕上がってはいませんでした。いや、中には、なかなかいい仕事をしているものもありますよ。「I Want to Hold Your Hand」(これも、高嶋にかかると「抱きしめたい」ですからね)などは、とてもクラシックのアーティストの片手間仕事とは思えないほどのグルーヴが醸し出されていますしね。「While My Guitar Gently Weeps」のイントロのピアノも、最初のうちはオリジナルと同じ思想を感じられるものでした。しかし、硬質な打鍵の後で、ペダルを使ったアルペジオが出てきたとたん、それは見事に消え去り、お決まりの勘違いの世界が広がってしまうのですがね。
最大の勘違いは、「Eleanor Rigby」。もともと、弦楽器だけといういかにも「クラシック風」のオケを持った曲なのですが、同じ楽器でそのまま演奏すれば「クラシック」になるのだと、安易に考えたところに落とし穴がありました。編曲者の加藤真一郎が用意した譜面からは、なぜかジョージ・マーティンのセンスが漂ってくることはなかったのです。
ジャケットで見せたパロディの精神を忘れ、ひたすら出来の悪いコピーに走ってしまったことが、敗因だったのでしょう。ロックを甘く見てはいけません。

CD Artwork © Nippon Columbia Co., Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2010-11-23 21:05 | ポップス | Comments(0)
In My Life
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The Ventures
EMI/TOCP-70839




EMIの国内盤、久しぶりに買ってみたら、品番は相変わらず「TO-」から始まっているんですね。かつて「東芝EMI」という社名だった会社は、とっくの昔に「東芝」とは関係がなくなっているのですが、品番にだけはその大手電機会社に由来する文字だけは残しているのですね。昔からのお客さんを惑わせないように、との配慮なのでしょうか。
それにしても、このジャケットのはしたないこと。いや、ラジオで音だけ聴いて買ってみたのですが、現物が届いてみたらこんな悪趣味なジャケットだったのでびっくりしているところです。本当ですよ。名誉のために強調しておきますが、決して、ジャケット目当てに買ったわけではありませんからね。「はみ乳」は嫌いではありませんが。
もちろん、これはビキニの女性ではなく、左にデザインされているギターをこそ見せるべきものだったのでしょう。それは、1960年代に吹き荒れた「エレキ旋風」の立役者、「モズライト」のギターなのですからね。いや、ギターそのものではなく、そのギターを演奏して日本中を沸かせていたロック・バンド、「ザ・ベンチャーズ」を表現するのに、これほど的確なジャケットもありません。
かつて「ベンチャーズはロックではない」と言い切った、さる泡沫フリーペーパーの編集長の言を待つまでもなく、まぎれもない「ロック・バンド」でありながら、なぜかこのバンドをそのように呼ぶのには抵抗のある向きもないわけではありません。あまりに大衆に迎合したスタイルを持つが故の、そのような偏見は甘んじて受け入れつつも、彼らはすでに半世紀以上の歴史を持つに至りました。オリジナル・メンバーのドン・ウィルソンなどは、70歳を超えても現役で演奏しているのですから、すごいものです。中には、ドラムスのリオン・テイラーのような、父親の後を継いで同じパートを担当することになった「世襲」メンバーもいますがね。
そんな彼らが作った、これは初めての全曲ビートルズをカバーしたアルバムなのだそうです。いや、別に彼らはビートルズを録音してなかったわけではなく、今までに多くの曲のカバー自体は発表してはいたのですが、それだけで1枚のアルバムを出したのは初めて、ということのようですね。あまりにたくさんのアルバムを出していれば、このような差別化のための方便も必要なのでしょう。もちろん、そんな昔の録音を集めただけのコンピレーションではなく、きちんと「新録音」も入っていますから、それなりのモチベーションもあったはずです。
ラジオで聴いたのは、そんな新録音の一つ、「Norwegian Wood」でした。オリジナルではジョージ・ハリスンが本物のシタールを弾いていることに敬意を表して、ボブ・スポールディングがエレキ・シタールのイントロを入れていますが、なんと、その前に「Because」のイントロが入るというとんでもないアレンジだったので、ちょっと食指を動かされたのですよね。なんと斬新な、と。実際に全曲を聴いてみると、それは明らかに期待はずれではあったのですが、新録音の中には、「Paperback Writer」のような、コーラスが入らないことにはサマにならない曲に果敢にギターだけで挑戦したり、最後にはなんと「Abbey Road」の「B面メドレー」までやっているのですから、さすが、ではありますね。
でもねぇ。なんか違うんですよね。メロディが。それも、「これがビートルズ」という肝心の音を、ちょこっと違えているものですから、なんともダサイ仕上がりになっているのですよ。この前の「杉鉄」と全く同じ、アンダーソンがチャンバラになってしまうという感覚ですね。「Here Comes the Sun」が、X-Japanみたいに俗っぽくなってるのって、とても不思議な感じですよ。
でも、そこで笑ってはいけません。そんなおおらかさこそが、彼らの「ロック魂」なんですからね。ベンチャーズは永久に不滅です。たとえ、音楽は「B」だとしても。

CD Artwork © EMI Music Japan Inc.
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by jurassic_oyaji | 2010-09-01 20:26 | ポップス | Comments(3)
クラシック侍
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杉ちゃん & 鉄平
FOXTROT/AVCA-29821



「ホフヌング音楽祭」とか「P.D.Q.バッハ」、あるいは、それらをパクッた「山本直純」など、昔からクラシック音楽をネタにして楽しく遊ぼう、という試みはたくさんありました。アイディアとしてはかなり陳腐な、例えば似たようなメロディをクラシック以外のところから持ってきて、元のクラシックの中に挿入するといったような他愛のないものなのですが、それが見事にハマると思いがけないほどの「笑い」が生まれます。正直「P.D.Q.」のネタなどは殆どワンパターンなのにもかかわらず、それがあまりに突拍子のない組み合わせだったりするものですから、無防備に聴いていると思わず爆笑しかねません。もし電車の中でヘッドフォンで聴いていたときにそんな姿をさらけ出すと、車内の全員から奇異の視線を浴びることになってしまいますよ。
そんなばからしいことは、直純で終わっていたのかと思っていたら、思いがけないところでその精神が脈々と生き延びていたのを知りました。それは、さるラジオでのトーク番組を聴いているときでした。いつもなら、新しいアルバムをリリースしたアーティストがやって来て、出来たばかりのCDを作るときにどんな気持ちだったのか、などという、どうでもいいようなことをしゃべっていくコーナーなのですが、そこで、そんな場には似つかわしくない「ヴァイオリン」の演奏などが聞こえてきたのですよ。やはり、同じようにニューアルバムのプロモーションなのですが、そこに、クラシックっぽいメロディが登場していたので、なんともびっくりしてしまいました。しばらく聴いていると、それは、かなり高度な仕掛けを施した、そんな「お笑いクラシック」だったのですね。
それは、岡田鉄平という、桐朋の大学院まで出て、コンクールの入賞歴もあるというヴァイオリニストと、杉浦哲郎という、小さい頃からピアノを学び、さまざまなバンドで編曲の「修行」を積んできたという経歴を持つピアニスト兼アレンジャーの二人から成るユニット「杉ちゃん & 鉄平」でした。2004年に、「お笑い」に特化したクラシックを演奏するために結成されたもので、今までにすでに数枚のアルバムを出していたのですが、あいにくそれには気づかずに、やっと、この最新アルバムできちんとご対面です。
今回のコンセプトは、タイトルからも分かるように、「江戸時代にクラシック音楽が伝わってきたら、こんなものになったのでは」というようなものだそうです。確かに、江戸時代といえばまさに「クラシック」の時代そのもの、バロックからロマン派までをカバーしていますからね。でも、「ロマンポルノ」じゃないですよ(それは「エロ時代」)。
そして、その「仕掛け」は、というと、元のクラシックのメロディを日本風の音階(あるいは旋法)に置き換えて遊ぶ、というものでした。バッハのコラール「主よ、人の望みの喜びよ」のオブリガートを、なんともなよなよとした「小唄」風に変えてしまい、タイトルも「仏よ、人の望みの喜びよ」と変えるというセンスは、なかなかですね。まあ、それは「そんなものか」とあしらえるほどの出来だったのですが、同じような手法で作られた「タイプライター侍」では、思わずのけぞってしまいましたよ。お察しの通り、これはルロイ・アンダーソンの「タイプライター」が元ネタ。あの忙しいメロディを「日本風」にすると、チャンバラ映画のBGMそっくりになってしまうのですね。原曲の「チン・シャッ」という音が、刀を鳴らす音に見事にシンクロするのですから、たまりません。もう一つ、ラヴェルの「ボレロ」が元ネタの「墓礼路」では、エンディングの「ラ♭・ソ・ファ・ミ♭・レ♭・ド」が、これほど「日本風」にハマるなんて、と、大爆笑でした。
でも、岡田さんのヴァイオリンはうま過ぎ。バッハの無伴奏パルティータでは、あまり演奏が素晴らしいので、どこで遊んでいるのか、殆ど分からないほどでしたよ。

CD Artwork © FOXTROT・jEo・J&K
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by jurassic_oyaji | 2010-08-21 20:15 | ポップス | Comments(0)
APHRODITE
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Kylie Minogue
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1980年代後半に、米英のヒットチャートは「ユーロビート」とカテゴライズされた音楽に席巻されることになりました。シンプルなビートに乗ったダンサブルなサウンドは、極めてキャッチーなメロディと相まって誰にでも好まれる音楽として世界中でヒットしていたのです。そんな「ユーロビート」を送り出していた「仕掛け人」の中で最も成功を収めていたのが、「ストック・エイトケン・ウォーターマン」というチームです。これは、3人のクリエーターのラストネームを並べたものなのですが、マイク・ストックと、マット・エイトケンという人たちが曲作りを担当、ピート・ウォーターマンという人がプロデュースを担当していました。彼らが制作した曲はまさに当時の「ヒットの方程式」にかなっていたもので、出すものすべてが大ヒットを記録するという文字通りカリスマ的な存在でした。そう、卑近な例では、同じように日本国内でもヒット曲製造マシーンを化していた小室哲也のようなものですね。
彼らが抱えていたアーティストの中で抜群の「成績」を誇っていたのが、以前ご紹介したリック・アストリーと、カイリー・ミノーグです。暑苦しい名前ですね(「懐炉、湯豆腐」)。実は、その頃のカイリーの1989年にリリースされたセカンド・アルバムが手元にあるのですが、今聴いても勢いのあるサウンドは魅力的です。余談ですが、先日さる町内会の夏祭りに参加した時に、BGMとしてこのアルバムが流されていたのに驚いたことがありました。主催者はかなり高齢者と思われるその催し物ですが、おそらく20年前には彼女に熱中していた方が、引っ張り出してきたのでしょうね。それは、確かに時代を超えた高揚感をもたらす音楽でした。
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その手の、いわば「アイドル」だったカイリーでしたが、その歌のうまさにはただのアイドルを超えたものがありました。そのことは彼女自身も認識していたのでしょう、やがてウォーターマンたちとも袂を分かって、新たな可能性を追求するようになっていきます。それからは、彼女は視界の外へ消えてしまい、いつしかその存在自体も忘れてしまっていた頃、2000年代の初頭あたりに、彼女は新天地EMIでの中心的なアーティストになっていたことを知ることになりました。そう、あたかもWARNERでのマドンナのように、彼女はレーベルを背負って立つビッグ・アーティストに育っていたのでした。その頃には、デビュー当時の初々しさは見事に消え去り、それこそマドンナでも意識したのでしょうか、やたら肌の露出の多い「お色気」路線で突き進んでいたのが、ちょっと違和感を抱かせるものではありましたが。
そんな、見事に変身を図った彼女の、これはおそらく通算11枚目となるニュー・アルバムです。購入したのは特別仕様のようで、最近のライブやPVのメイキング映像などが収録されたDVDが同梱されています。その、2009年に行われた北米ツアーの映像には、見事に「大人」のシンガーに変身した彼女の姿がありました。歌声も、まるでベル・カントのような美しい高音を聴かせてくれていますよ。こうなると、マドンナではなく、サラ・ブライトマンあたりの存在をも脅かし兼ねないゴージャスなたたずまいではありませんか。そのステージも、ミュージカル仕立ての粋なものでしたしね。
ところが、肝心のCDになると、それとは全く異なるちょっと古風なテクノ(「クラフトワーク」を連想してしまいました)のサウンドに支配されたヘビーなものだったのには、ちょっと引いてしまいました。いかにも、世界戦略を目指すような野心は強く感じられるものの、セカンド・アルバムのバラードっぽいもののような、リラックスして楽しませてくれる要素が全くないのが、ちょっと残念、ライブで見せてくれた卓越した高音も、ここでは聴くことは出来ませんでしたし。

CD Artwork © EMI Records Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2010-07-27 23:15 | ポップス | Comments(0)