おやぢの部屋2
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カテゴリ:書籍( 151 )
Putting the Record Straight









John Culshaw著(山崎浩太郎訳)
学習研究社刊
(ISBN4-05-402276-6)


ジョン・カルショーという骨が丈夫になりそうな名前(それは「カルシューム」)、クラシックレコードの愛好家でしたら必ずどこかで聞いているはずです。イギリス・デッカのレコーディング・プロデューサーとして、1950年代から60年代にかけてきら星のような名盤を作り出した人。中でも、スタジオ録音では史上初の「ニーベルンクの指環」の全曲録音を成し遂げたことは、広く知られています。
その「指環」の録音に携わっている間の興味深い事実を克明に語った記録は「Ring Resounding」というタイトルで1967年に出版され、翌年には黒田恭一氏の翻訳で日本語版も出ています(音楽之友社刊・タイトルは「ニーベルングの指環」)。1958年の「ラインの黄金」に始まり、1965年の「ヴァルキューレ」で終わった録音セッションのドキュメンタリー、これに接した人ならば、だれしも、これらの録音が現時点でもこのレパートリーのファースト・チョイスとして万人に勧めることの出来る名盤たり得ているかが納得できるという素晴らしい本は、あいにく今では入手不可能な状態になっています。私は持っていますがね。


この新刊は、残念ながらその名著の復刻版ではありませんでした。カルショーは1980年に、55歳の若さで急逝してしまうのですが、これはその死の翌年に刊行された、いわば「遺作」というようなものです(実際、最後の部分は未完のままになっています)。ここでは、「Ring~」で述べられていた以外のことが、デッカに入社する前の海軍航空隊(実は、その前の銀行員の時代も)の時の体験から詳細に描写されているのです。彼は最終的にはレコーディング・プロデューサーという仕事に就くのですが、その職を得てからも文筆の道、とりわけ小説家として身を立てたいという希望を持っていました(実際、出版された小説も2、3ありました)。ですから、その筆致は読むものをとらえて放さない魅力的なもの、文の構成といい、時折見せるユーモラスな仕掛けといい、最後まで飽きることはありません。
もちろん、私たちにとっては、今まで幾度となく聴いてきた名録音が誕生したまさにその時の様子が生き生きと描かれているのですから、面白くないはずがありません。中でも、カラヤンとウィーン・フィルによって録音された「ツァラ」に関する部分では、例の「2001年」との関わりまできちんと述べられているのですから、ここのマスターのように驚喜にむせび泣いてしまう人もいるかもしれません。何しろ、今まで傍証でしか確認できなかったことが、制作者自身の手で明らかにされているのですから(この件に関しては、マスターがこちらに「追記」を設けましたので、参照して下さい。ちなみに、この部分の訳者による「注釈」は全くの事実誤認、ベームとシュターツカペレ・ドレスデンによる「ツァラ」の録音など、存在していません)。
実は、この本を執筆していた時には、カルショーはデッカを離れていました。そして、デッカ本体も、経営者の死によってポリグラムに売却されるという事態に陥っていたのです。デッカの最盛期を作り上げ、その没落にも立ち会えたはずのカルショー、思いがけない病気で亡くなることがなければ、この中に執拗に登場する経営者との確執を伏線とした、壮大な「悲劇」を完結させることが出来ていたことでしょう。
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by jurassic_oyaji | 2005-05-03 19:49 | 書籍 | Comments(1)