おやぢの部屋2
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カテゴリ:オルガン( 34 )
ORGANISM
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Terje Winge(Org)
2l/2L-123-SABD(hybrid SACD, BD-A)




このレーベルでは、今まではもっぱら合唱曲を中心に楽しんできましたが、実はずっとオルガンの録音も聴いてみたいと思っていました。おそらく、これまでもオルガンを録音したものは出ていたのでしょうが、今回のような大々的に「オルガン」を前面に出したアルバムには始めて出会えました。ただ、この「ORGANISM」というタイトルを「ORGASM」と見間違えて、ちょっと恥ずかしくなってしまいましたけどね。
録音されたのは、ノルウェーの西側に面した島にある港町、オーレスンにある教会です。そこはオーレスンでは最初に建設されたという三角屋根の古い教会で、外側は石造りですが、内装は天井に木が使われていて、なかなか鄙びた雰囲気を醸し出しています。ここにはオルガンが2台設置されています。祭壇に向かって左側のバルコニーにあるのが、1909年に最初に作られたオルガン。これはそもそもはストップが22という小振りのクワイヤ・オルガンでした。
しかし、1940年に教会に多額の寄付があったため、祭壇の向かい側に新たにJ.H.ヨルゲンセンによって、70のストップと4段の手鍵盤を持つ大きなオルガンが設置されます。その時に、このクワイヤ・オルガンは、ファサード(外側のケースで、この楽器の場合は音の出ないパイプで飾られている)だけを残して、オルガン本体は売り払われてしまいました。いや、この大オルガン自体も、第二次世界大戦中は別の場所に保管されていたのだそうです。
戦争が終わった1945年に、大オルガンは元通りに教会の中に設置されます。その時点で、これはノルウェー国内では3番目に大きなオルガンでした。それからは、教会の礼拝の時に演奏されるだけではなく、ラジオ放送やレコードで多くの人に聴かれるようになりました。
さらに、2009年までに、オーストリアのリーガー社によって、大幅な修復が施されます。その際には、空っぽだったクワイヤ・オルガンにも新たにパイプとコンソールが設置され、この教会のオルガンは94ものストップ(パイプ数は8000本近く)を持つ、国内で最大の楽器の一つとなったのです。

写真で見る限り、この大オルガンのアクションはマニュアルではなく電気アクションのようですね。ですから、もしかしたらクワイヤ・オルガンとも連動して、同じコンソールで演奏できるのかもしれません。それを確認するためには、サラウンドで聴いてみればいいのでしょうが、あいにく2chの環境しかないので、それはかないません。オリジナルの録音は「9.1 Auro-3D」という、全部で10のチャンネルを使うもので、録音用のメインのアレイには下に5本、上に4本のマイクがそれぞれの方向を向いてセットされています。これで、「高さを立体的」に表現できるのだそうです。
でも、この録音の凄いところは、そんな大げさな再生装置ではなく、たった2chでも十分に距離感、そして「高さ」までが感じられてしまうということでしょうか。もちろん、それはほんの些細なこと、それよりも、今まで聴いてきたオルガンの録音ではほとんど体験できなかったことなのですが、オルガンが「機械」ではなく「楽器」として聴こえてきたのには、感動すら覚えてしまいました。もしかしたら、天井が木の板で出来ていることで過剰な反響がうまい具合に減っているのでしょうか、金属のパイプから生まれた音は、とてもまろやかにミックスされて耳に届いているようでした。
演奏されているのは、シェル・モルク・カールセン、トリグヴェ・マドセン、シェル・フレムという、いずれも1940年代に生まれたノルウェーの作曲家の作品です。それぞれに、オルガン音楽の伝統をしっかり受け継ぎながら、現代でも通用するような確かな語法を持ったものです。特に少ないストップでしっとりとした情感を歌い上げる部分が心に染みます。日本で学んだこともあるというフレムの作品で、お琴の調律法である「平調子」のスケールが用いられているのも、懐かしさを誘います。「フロム・ジャパン」ですね。

SACD & BD-A Artwork © Lindberg Lyd AS
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by jurassic_oyaji | 2016-10-16 00:39 | オルガン | Comments(0)
BRUHNS & SCHEIDEMANN/Organ Works
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Bine Bryndorf(Org)
DACAPO/6.220636(hybrid SACD)




「北ドイツ・オルガン楽派」のアルバムです。それは、大体西暦1600年から1700年にかけて北ドイツの都市で開花した、オルガン音楽の黄金時代と言われる時期の作曲家たちの総称なのですが、もちろんそのような呼び名は後の人が付けたもので、当の作曲家たちが「おれは『北ドイツ楽派』の作曲家だ」とか言っていたわけではないのでしょうね。要は、バッハのちょっと前に活躍した作曲家によって作られた作品群で、もちろんバッハの膨大なオルガン曲にも影響を与えた素晴らしい曲がたくさん揃っています。
これは、今まで録音の面では決して裏切られたことのないDACAPOレーベルのしかもSACDです。タイトルになっているブルーンスとシャイデマンという、ともに「北ドイツ・オルガン楽派」を代表する作曲家の作品が収められています。
先に生まれたのはハインリヒ・シャイデマンの方。「楽派」の先駆けとでも言うべき偉い人なのに、タイトルが後になっていても気にしないという奥ゆかしい人です(シャイなマン)。父親がハンブルクの聖カタリーナ教会のオルガニストだったため、ハンブルクの教区会からの奨学金によって4年間アムステルダムでスウェーリンクの教えを受けることになります。ドイツにもどってからは、父親の後を継いで聖カタリーナ教会のオルガニストとなり、亡くなるときまでその地位にあり、その間多くの生徒を育てました。その中にはおそらく「北ドイツ・オルガン楽派」を代表する作曲家であるあの有名なディートリヒ・ブクステフーデも含まれていたそうです。
そして、そのブクステフーデの教えを受け、「楽派」の最後の輝きを支えたのが、ニコラウス・ブルーンスです。やはり父親がオルガニストという音楽家の家系に生まれ、リューベックで伯父のペーター・ブルーンスに弦楽器、ブクステフーデにオルガンを学んだ後、フースム市のオルガニストとなりますが、31歳の若さでこの世を去ってしまいます。
期待通り、まず聴こえてきたシャイデマンの曲は、とても素晴らしい録音でした。使われているオルガンは1555年にオランダのビルダー、ヘルマン・ラファエリスが作った、まだルネサンスの様式がリュック・ポジティーフなどには残っていた楽器です。その後何人かの人によって改修が行われた後、最終的には1991年に全面的に修復されています。その結果、1555年当時のパイプの音が甦っているのだそうです。
確かに、そのような鄙びた、特にリード系のストップの音が、このシャイデマンの「トッカータ」あたりではとてもリアルに味わうことが出来ます。ところが、その時のレジストレーション(ストップの組み合わせ)を知りたい人は「こちらのサイトを見ろ」とブックレットにURLが書いてあるのですが、そこにはブックレット以上の情報は何もないんですけど。せっかく残響も含めたこの大聖堂全体のアコースティックスも、とても生々しく響いているのが心地よい録音なのに、サイトが足を引っ張ってますね。
そして、後半のブルーンスの作品になって最初の「ホ短調のプレリュード」が聴こえてきた時に、そんなに有名ではない曲のはずなのにしっかりその中の細かいところまでがデジャヴとして甦ってきたのには、驚いてしまいました。確かに、何十年か前のLPしかなかった時代に、ARCHIVから出ていたロベルト・ケプラーの演奏による「北ドイツのオルガンの巨匠」というタイトルのレコードを持っていて、それを繰り返し聴いていたことがありました。

当時はコレクションは何枚もありませんでしたから同じアルバムを聴き込むことが出来たんですね。斬新なペダルの動きや、思いもかけない転調などずっと記憶の中に残っていたものがまさにこのSACDの中から聴こえてきたのです。
そんなとっかかりがあると、この中の他のブルーンスの曲もとても親しみやすく聴くことが出来ます。シャイデマンとはやはり全く異なる様式を持っていることも、そして、それはバッハとはまた違った魅力にあふれていることにも気づかされるのです。

SACD Artwork © Dacapo Records
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by jurassic_oyaji | 2016-05-03 20:42 | オルガン | Comments(0)
Claviorganum
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Thomas Scmögner
PALADINO/PMR 0033




先日、親戚の結婚式に参列した時には、最初のうちはデジタルキーボードで、ピアノのサンプリング音源によるBGMが演奏されていました。それが、花嫁の入場とともに、その同じ楽器から勇壮なオルガンの音でローエングリンの結婚行進曲が聴こえてきたときには、ちょっと感激してしまいました。別になんということはないのですが、今までピアノだったものがいきなりオルガンに変わってしまったのに、素直に驚いてしまったのですね。
そんな驚きを与えたいという気持ちは、昔の楽器職人も持っていたのかもしれません。現代のデジタルキーボードでは当たり前にできることを、その頃の人は涙ぐましいほどの力技を駆使して実現していたのです。そんな気合いのこもった楽器が、この「クラヴィオルガヌム」です。
ジャケットにデザインされているのが、その楽器の全体像です。まるで昭和時代の「茶箪笥」を思わせるような外観ですね。鍵盤があるので一見ポジティーフ・オルガン、事実、下半分はポジティーフ・オルガンそのものです。ただ、その上になんと「フォルテピアノ」が乗っかっているのですね。この場合は「スクエア・ピアノ」と言って、弦が横に張られているタイプのフォルテピアノです。ただ、鍵盤は1つかありません。それがピアノフォルテのアクションやオルガンのアクションに連動していて、ストップによってどちらか一方、あるいは両方同時に音が出せるようになります。さらに、それぞれに音色を変えるストップもいくつかついています。つまり、それらのストップを組み合わせることによって、多彩なサウンドを作り出すことができる、という優れものなのですね。
そんな音色の変化のデモンストレーションとしては、最初に演奏されているモーツァルトのファンタジーk 397などは恰好なサンプルでしょう。序奏はフォルテピアノだけで演奏されますが、かなりプリミティブな音、しかもダンパー・ペダルはありませんから、前の和音の響きが消えないまま次の和音に続くといった、ちょっとやかましい音に聴こえます。それが、いきなり明るい音色に変わったのは、そこにオルガンが加わったからです。この鮮やかさはなかなかのもの、これを最初に聴いた人はかなり驚いたことでしょうね。ただ、鍵盤が一つということは、同じ鍵盤で出された音でも、それぞれの鍵盤楽器の特性の違いから、片方はすぐに減衰してしまうのに、もう片方はずっと音が鳴り続けるというちょっとシュールな状況が出現してしまいます。
その次の曲はヨハン・ゲオルク・アルブレヒツベルガーという「ベートーヴェンの先生」ということでのみ音楽史に名前を残している作曲家のオルガンのためのかわいい3つの前奏曲ですが、これはそのままオルガンだけで演奏されています。だったら、こんな楽器を使わなくてもいいに、と思っても、これは純粋にオルガン・パートだけの音を聴くサンプルだと理解すべきでしょう。
この珍しい楽器は、ウィーン美術史美術館の中に設立された古楽器博物館というセクションのコレクションです。ですから、このCDもその美術館とレーベルとの共同制作によって作られています。ブックレットの最初には「このCDはウィーン美術史美術館とPaladino Musicレーベルとの共同制作です」としっかり記載されていますね。ところが、このCDは2014年にリリースされたばかりなのに、録音されたのは2003年という「大昔」だったので、調べてみたら、これは全く同じジャケットで2004年にスイスのACANTHUSというレーベルからリリースされていたものでした。つまり、「共同制作」を行ったのはPALADINOではなくACANTHUSだったのですね。その後、おそらく、このスイスのレーベルはPALADINOに吸収でもされたのでしょう。ですからこれは実質的にはリイシュー。にもかかわらず、さも新譜であるかのように売り出したというのは、いつもながらのこのウィーンのレーベルのいい加減さの端的な現れです。

CD Artwork © Kunsthistorisches Museum Wien
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by jurassic_oyaji | 2015-04-24 22:08 | オルガン | Comments(0)
POULENC/Organ Concerto, SAINT-SAËNS/Symphony No.3
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James O'Donnell(Org)
Yanick Nézet-Séguin/
London Philharmonic Orchestra
LPO/LPO-0081




ロンドン・フィルは、ロンドンのサウスバンク・センターの中に1951年に作られたロイヤル・フェスティヴァル・ホールを本拠地として活躍しています。正確には、1992年から、このホールの「レジデント・オーケストラ」となっているということです。まあ、ホール専属のオーケストラという意味ですが、同じようなポストを日本では「フランチャイズ・オーケストラ」と言っています。どちらも全く同じ意味なのでしょうが、「フランチャイズ」というとなんだかフライドチキン(フランチャイズ・チキン)のチェーン店みたいで笑えますね。
そのロイヤル・フェスティヴァル・ホールには、1954年に据え付けられたオルガンがあります。これは、当時としては珍しいドイツ・バロックの様式で作られたものでした。それはまさに、「シュニットガー」とか「ジルバーマン」といった、バッハご愛用のブランドの流れをくむものです。そのオルガンがこのたび大規模な改修工事を施され、めでたく今年の3月に完了の運びとなりました。徹底的なオーバーホールを施して、創建当時の音にリニューアルされたのですね。そのお披露目に、一連のコンサートが開かれたのですが、これもその一つ、オルガンの入るオーケストラ曲の代表格であるプーランクとサン・サーンスの作品が、3月26日に演奏されました。元のオルガンが最初に演奏されたのが3月24日でしたから、まさに丸60年目にその栄誉を担ったのが、レジデント・オーケストラであるロンドン・フィルだったのは言うまでもありません。
オルガンのソロは、ジェイムズ・オドネルです。彼は、現在はウェストミンスター寺院のオルガニスト兼聖歌隊の指揮者の地位にあります。非常に混乱しやすいのですが、彼が2000年にこのポストに就く前までは、「ウェストミンスター大聖堂」で同じ仕事をしていました。こちらを見ていただければ分かりますが、この2つの施設は宗派も異なる全く別のものです。オドネルは「大聖堂」時代にも多くのCDを出していましたから、無理もないのかもしれませんが、今回のCDの公式な紹介文では、見事に「大聖堂」と間違えています。これは、こちらを始め、多くの媒体にコピーされてどんどん増殖していますよ。おそらく、これを書いた人は自分のミスに気付かないだけではなく、こんな指摘をされても何のことかすらわからないのではないでしょうか。本当に困ったものです。
ま、そんな些細なことはさておいて、この新装なったオルガンの音を聴いてみましょう。プーランクのコンチェルトでまずそのフル・オルガンが聴こえてきた時には、まぎれもないドイツ・バロックのオルガンの音だ、という気がしました。その、一本芯が通っていて、モノクロームの音色は、ちょっとプーランクとはミスマッチのような気がしますが、しばらく聴いているとこれこそがまさに普遍的なオルガンの音なのだ、という確信に変わります。いかに時代や国籍が変わろうと、オルガン音楽の「原点」がここにある、という感じでしょうか。オドネルの演奏は、そんな自信に満ちたもののように感じられます。その上で、プーランクならではの瀟洒な味わいも、決して失われてはいません。ただ、ネゼ・セガンの指揮は、ちょっと四角張ってはいないでしょうか。
しかし、サン・サーンスの「オルガン交響曲」になると、今度はまるで暴れ馬のようにいったいどこへ行ってしまうのかわからない指揮ぶりに変わりました。もしかしたら、最初の部分にはオルガンが入っていないので、その呪縛から逃れられたせい?などと思ってしまうほどの、変わりようです。しかし、オルガンが加わった第1部の後半などは、うって変わってしっとりとした「歌」にあふれています。第2部はやはりイケイケの音楽、最後はまだ終わっていないのにフライングの「ブラヴォー!」ですよ。まあ、「お祭り」だから、これでいいのでしょう。

CD Artwork © London Philharmonic Orchestra Ltd
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by jurassic_oyaji | 2014-12-06 21:39 | オルガン | Comments(0)
BERLIOZ/Symphonie fantastique
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Hansjörg Albrecht(Org)
OEHMS/OC 692(hybrid SACD)




このレーベルでのハンスイェルク・アルブレヒトのオルガン・ソロのアルバムは、これが10枚目になるのだそうです。そのことがこのSACDの帯で述べられていますが、このシリーズ全体のことを「オルガン・トランスクリプション集」とひとくくりにしているのは、実体を正確に反映しているものではありません。この中のバッハの「オルガン・ミサ」やプーランクの「オルガン協奏曲」などの作品は、これがオリジナルの形であって別に「トランスクリプション」ではないのですからね。
今回はベルリオーズのオーケストラの作品をオルガンのために編曲したものですから、まぎれもない「トランスクリプション」です。ワーグナーの「指環」で始まったこの本当の意味での「トランスクリプション」のシリーズ、今までは、キールの聖ニコライ教会のそれぞれ反対側にある2台のオルガンを1つのコンソールで演奏するという楽器が使われていましたが、なぜかここでは別の楽器が用いられています。それは、例えばクラウディオ・アバドが指揮をしたルツェルン音楽祭管弦楽団の映像などで頻繁に露出されている、ルツェルンの「カルチャー・コングレスセンター(KKL)」のコンサートホールに据え付けてあるオルガンです。
このセンターは、フランスの建築家ジャン・ヌーヴェルの設計によって1995年から2000年にかけて建設されたもので、この4段の手鍵盤、66のストップを持つオルガンは2000年の8月に完成しました。楽器制作にあたったのは、ルツェルンに1868年にフリードリッヒ・ゴルによって設立され、スイス国内だけではなくドイツでも数多くのオルガンを制作してきている「ゴル・オルガン製作所」です(帯にはオルガンについては「オルガン…アン・デア・ゴル=オルガン」という表記が見られます。これは、ブックレットにある「アルブレヒトは、ゴル・オルガンを演奏しています」という意味のドイツ語「Hansjörg Albrecht an der Goll-Orgel」の「an der Goll」という部分を、丸ごと制作者の名前だと思ってしまったのでしょう。とんでもなくアホな「帯職人」がおるがん)。
いや、そもそもこのブックレット自体にも、誤解を招く文章が載っています。この「ゴル・オルガン」の写真の下に、「このCDを録音している時に撮られた『いくつかのBilder』をYouTubeで見ることが出来ます」とあったので、録音している模様を写したPVでも見れるのかな、と思って行ってみたら、そこにあったのはただのオルガンの静止画でした。「Bilder」には「映像」という意味もありますし、まさかYouTubeで静止画はないだろうと思った私もアホだったのでしょうね。
いや、映像があるのかも、と思ったのは、もしかしたらここで演奏している「幻想」で使われている「鐘」がどこかに写っているのではないかという期待からでした。第5楽章の「Dies
irae」のテーマが現れる時にオリジナルでは「鐘」が叩かれますが、このオルガン版でも同じような何かを叩いている音がしっかり聴こえるのですよね。オルガンの仲間の「オルゴール」であれば、中にはそのような「打楽器」があらかじめ組み込まれているものがありますが、ストップ表を見てもそれらしいものは見当たらないので、いったいどのようにして音を出しているか興味があったのですよ。もちろん、その「静止画」では、「録音している時」には必ずどこかには写りこんでいるはずのマイクやケーブルなどは一切見つけることはできませんでした。
この曲の場合は、どうしても元のオーケストラと比べてしまいますが、オーケストラのメンバーが苦労して作り出すアンサンブルの妙が全く反映されていないベタな編曲には失望させられるばかりです。唯一、第3楽章の最後に現れるティンパニのロールが、いかにもオルガンらしい手法で処理されていて、的確に「雷」の描写になっているのだけは、感心しましたが。

SACD Artwork © OehmsClassics Musikproduktion GmbH
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by jurassic_oyaji | 2014-11-04 20:59 | オルガン | Comments(0)
LE LIVRE D'OR DE L'ORGUE FRANÇAIS
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André Isoir(Org)
LA DOLCE VOLTA/147.2




ジャック・ル・カルヴェという人が1972年に創設したフランスのレーベルが、CALLIOPEです。アナウンサーではありません(それは軽部真一)。普通は「カリオペ」と呼ばれていますが、フランス語読みだと「カリオップ」となるのだそうです。
そのCALLIOPEが、創設直後から1976年にかけて敢行したプロジェクトが、このタイトル、日本語では「フランス・オルガン音楽の至宝」となります。それは、全部でLP30枚分という、膨大なアンソロジーでした。ルネサンス期の作品からメシアンまでをカバーするという、それまでに前例のない企画、中でも、17世紀から18世紀にかけてのフランスのオルガン作品が独自の輝きを持っていた時代のものが、これだけ体系的に録音されたのは初めてのことでした。その中で、メシアンの6枚はルイ・ティリーが演奏していましたが、残りの24枚は、アンドレ・イゾワールが一人で録音したものです。そのうちの10枚のアルバムに収録されていたものが、今回6枚のCDとなって、ボックスとしてリイシューされました。
実は、このシリーズが最初にLPでリリースされた時には、国内盤がビクター音産から出ていました。それが、まずオーディオ的なすごさによって大評判となります。確かに、ル・カルヴェとタッグを組んでいたエンジニアのジョルジュ・キセロフによる録音は、まさに驚くべきものでした。ですから、国内盤では飽き足らず、わざわざ秋葉原まで行って何枚かフランス盤を買ってきたほどです。それは、ジャケットもとても凝ったもので、見開きのダブルジャケットのLPを入れる部分に、さらに折り返しがあって埃の侵入を完全に防ぐ工夫が施されていました。


今回のボックスでは、そんな初期のジャケットの片鱗すらもない、ケバいデザインに変わっていました。ただ、その外箱に日本語が印刷してあるのにはちょっとびっくり、ブックレットも、しっかり全文がフランス語、英語、そして日本語で印刷されています。おそらく、このレーベルのファンが日本には多いことを考慮してのことなのでしょう。先ほどから「カリオップ」とか「キセロフ」といった、見慣れない表記があるのは、その訳文からの引用だからです。
ご存知のように、ル・カルヴェは2010年に自らの手でこのレーベルを終息させてしまいました。その後、権利とカタログは他人の手に渡るのですが、そんな中で2011年に、このLA DOLCE VOLTAという新しいレーベルが、CALLIOPEのカタログのリイシューのために設立されました。ただ、それとは別にCALLIOPEのレーベル名までも引き継いで、同じようにリイシューを行っているところもあるので、ちょっと事情は複雑です。
このボックスに関しては、今までCDでは出ていなかったものが多く含まれているので、かなり貴重です。実際、手元にあったLPと重なっていたのは1枚だけでした。当時は欲しくても全部は買えなかったものが、その一部分でも安価に聴けるようになったのは何よりです。リマスタリングも、LPと比較さえしなければ充分に聴きごたえのあるものですし。何よりも、このブックレットには、LPでは見ることのできなかった、演奏しているオルガンの写真がすべてカラーで載っていますから、それだけでも感激です(データが一部間違っているのは、この際見逃しましょう)。
とは言っても、やはりLPと比べると、その音のしょぼさはどうにもなりません。せめてSACDにしてくれていたら、さらに、こんな出し惜しみをしないで全アイテムを出してくれたら、と、ないものねだりは果てしなく続きます。何より、ノイズの乗り具合など、今回2013年に行われたリマスタリングで使われたマスターテープは、劣化が進んでいることがはっきりわかります。もはや取り返しのつかない状態になっているのですね。もっと早い段階でハイレゾのデジタル・トランスファーを行っておけば、というのも、やはりないものねだりです。

CD Artwork © La Dolce Volta
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by jurassic_oyaji | 2014-03-21 20:54 | オルガン | Comments(0)
CHOPIN & SCHUMANN/Piano Concertos
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岡田博美, Constantino Catena(Pf)
Claudio Brizi(Org, Cond)
Wolfgang Abendroth, Johannes Geffert,
Elide D'Atri, Carmen Pellegrino,
Alessandro Maria Trovato(Org)
CAMERATA/CMCD-28293




イタリアの長靴のつま先の先、シチリア島の西の端に、トラーパニという街があります。そこのサン・ピエトロ教会には、なんとも不思議な外観を持つオルガンが設置されています。このジャケット写真に写っているのがその現物ですが、なんと演奏台(コンソール)が3つもあるのですよ。手鍵盤(マニュアル)は、真ん中の演奏台が3段、両サイドは2段ずつですから、全部で7つのマニュアルということになりますね。
そんなぶっ飛んだオルガンを作ったのは、フランチェスコ・ラ・グラッサというビルダーでした。なんでも彼はほとんど独学でオルガン製造の技術を身に着けたというある意味「天才」だったそうで、なまじ伝統的な技法を学ばなかった分、こんな独創的な発想が湧いたのでしょう。彼は1836年にこのオルガンの製造に着手し、11年後の1847年に完成させます。
この楽器に魅せられて、その可能性を最大限に発揮させた演奏を行ってきたのが、このアルバムで中心的な働きをしているオルガニストのクラウディオ・ブリツィです。もちろん男性、かわいくもありません(それは「プリティ」)。彼は多くのオーケストラ曲を、何人かのオルガニストの協力のもとに演奏してきたそうです。まさにオーケストラそのものがこの楽器の中に秘められていると考えたのでしょうね。このアルバムのメインタイトル「The Hidden Orchestra」とは、そのような意味を持つものだったのです。
そうなってくると、やはりこの楽器が作られたロマン派の時代の花形楽器、ピアノとの共演がしたくなるのは自然の成り行きなのでしょう。ロマン派にこだわった彼らは、まさにこのオルガンが完成した年と同じ1847年に作られた「エラール」とともに、ショパンとシューマンのピアノ協奏曲を録音することを企てました。
このピアノは、まさにこれらの協奏曲が生まれた時代に使われていたもので、当時と同じ鄙びた音を奏でる楽器です。それは、このロマンティックなオルガンと一緒に演奏される時には、まさに「同時代」の響きを生むに違いありません。もちろん、この録音を行った人たちは、そのような「期待」の上に、今まで聴いたことのないような「古くて新しい」コラボレーションの成功を確信していたはずです。
確かに、ショパンのピアノ協奏曲第2番では、それなりの音色的な融和が、特に第2楽章には確かに見られて、幸福な瞬間を体験することは困難ではありませんでした。いや、もしかしたら、ここでこそ彼らの「期待」が見事に成就していたのかもしれません。おそらくそれは、あまり動きを伴わない、音色だけで勝負できるような作られ方をしている楽章だったせいなのでしょう。しかし、両端の動きの激しい楽章では、少なからぬ違和感を抱く時間の方が多かったかもしれません。その主たる要因は、オルガンのあまりの運動能力の欠如です。それは、楽器が本来持っている特質なのでしょうが、そこに多くの人間が演奏に携わっていることも加わって、およそオーケストラの機敏さとはかけ離れた音楽しか提供できていなかったのです。
それでも、ショパンの場合はそのような弱点はそれほど気にはなりません。しかし、シューマンになるとそうはいかないことがはっきりしてきます。第2楽章のピアノとの掛け合いで、この楽器にこの協奏曲を演奏することは不可能であることが露呈されてしまうのです。
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この部分の弦楽器による合いの手のアーティキュレーションは、このオルガンではとても楽譜通りの鋭い演奏はできません。これに気が付いてしまうと、このバカでかいオルガンはまるで見世物小屋の出し物のような安っぽいものにしか聴こえなくなってきます。大の大人が6人もかかって出している音は、殆どサーカスのBGM程度のものにしか思えなくなってくるのです。それでシューマンのピアノ協奏曲を演奏したというのは、冗談にしてはたちが悪すぎます。

CD Artwork © Camerata Tokyo Inc.
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by jurassic_oyaji | 2014-01-12 20:33 | オルガン | Comments(0)
BACH/Das Musikalische Opfer
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Hannelore Hinderer(Org)
Peter Thahlheimer(Fl)
Sabine Kraut(Vn)
CARUS/83.460




バッハの「音楽の捧げもの」には、プロイセンのフリードリヒ大王が作ったとされるテーマが使われていますね。バッハがポツダムのサン・スーシ宮殿を訪問した時に、大王からこのテーマを示されて、その場で3声のリチェルカーレを即興で演奏したというのは、有名な話です。大王はバッハのやり方に賛成したのでしょう。その後、フルートの名人であった大王のためにフルートをフィーチャーして作られたトリオ・ソナタや、何種類ものカノンなどをまとめて大王に献呈したのでしたね。しかし、このテーマは、ハ短調のアルペジオでまっとうに始まったものが、次の6音からいきなり減7度下がったと思ったら、また5音に上がって、そこからは今度は半音進行で下がってくるというまさに「前衛的」なメロディです。


あまりに前衛的なので、世の中には「半音階の12の音がすべて含まれているメロディで、『12音音楽』のさきがけをなしている」などと興奮気味に語る人もいるほどですが、それはウソ。確かに半音が続くのでそんな気にもなるのですが、ここに使われている音は「11」しかありません。ただ、唯一入っていない音がB♭だという点は、考慮すべきでしょう。もちろん、この音はドイツ語では「B(ベー)」になりますから、バッハにとっては重要な意味を持つ音です。大王はここで、「あとは、お前の『B』を足して、12音を完成させよ」という意味を込めていたのだとすると、それはそれですごいことなのですがね。実際、この「3声のリチェルカーレ」の場合、アルトが4度下の調で入ってくる時には、ソプラノはすかさず「B」を入れてますからね。
この曲集には楽器が指定されていないものも含まれているのですが、普通はフルート、ヴァイオリン、チェンバロ+通奏低音という編成で演奏されています。しかし、今回のCDは、チェンバロではなくオルガンが使われているという珍しいものです。これは、ヘルムート・ボルネフェルトという、教会音楽の作曲家で、長く教会のオルガニストも務めていた人による編曲、このCDの録音に使われているショルンドルフの教会のオルガンが建造された1976年に作られ、ぞこで初演されています。
一応「クワイヤ・オルガン」という言い方をされている楽器で、2段の手鍵盤とペダルという、小振りのオルガンです。ただ、ピッチはモダン・ピッチなので、いわゆる「ピリオド楽器」とのアンサンブルは難しいため、ここではフルートは1950年頃に作られた木管のベーム管、ヴァイオリンもガット弦にバロック・ボウという、折衷的な楽器を使っています。フルートは紛れもないモダン・フルートなので、こちらにある「バロック・フルート」というのは明らかな間違いです。相変わらずいい加減なインフォはあとを絶ちません。
ただ、そのインフォの中にある「優秀録音」というのだけは当たっていました。1曲目はオルガンだけによる「3声のリチェルカーレ」なのですが、そのテーマの1音1音が、それぞれにパイプの材質や組み合わせがはっきりわかるぐらい鮮やかに聴こえてくるのです。しかも、オルガンの音像を目いっぱい広げているものですから、音ごとにパイプの場所までがパン・ポットしていて、なんとも不思議な体験を味わえます。これは、ウェーベルンのオーケストラ編曲版よりもさらにスリリングな体験でした。バッハ(正確にはフリードリヒ大王)の無機質なテーマが、ウェーベルンよりもさらに精密な「点描」として聴こえてくるのですからね。
そこに、フルートとヴァイオリンが入ってくると、景色はとても穏やかなものに変わります。思い切り渋い音色が和みます。オルガンもチェロのようなストップを使って、低音に徹している感じ。最後は、やはりオルガンだけの「6声のリチェルカーレ」で終わるという構成ですが、ここではほぼフル・オルガンとなって、小さい楽器ながらも壮大さを披露して、全曲を締めています。なかなか楽しめるCDでした。

CD Artwork © Carus-Verlag
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by jurassic_oyaji | 2013-07-10 21:13 | オルガン | Comments(0)
WAGNER/Organ Fireworks
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Hansjörg Albrecht(Org)
OEHMS/OC 690(hybrid SACD)




ワーグナーの作品をオルガンで演奏しようというアルブレヒトの企画、今回は以前の「リング」に続いて、ワーグナーの舞台作品の序曲や前奏曲を集めて一つの作品のように聴かせるという、ユニークなものでした。ちょっと変則的な交響曲のような5楽章の構成で、第1楽章は「Introduktion」で「タンホイザー」序曲、第2楽章は「Adagio」で「パルジファル」前奏曲、第3楽章は「Scherzo」で「オランダ人」序曲、第4楽章は「Intermezzo」で「トリスタン」前奏曲、そして第5楽章は「Finale」で「マイスタージンガー」前奏曲という割振りです。まあ、なんとなく分かるような、分からないような当て方ですが、このようなアイディアはアルブレヒト自身のものなのでしょう。
彼のアイディアはもう一つあって、ライナーの中では、なんとアルブレヒトとワーグナーとの「対談」が実現しているのですから、驚きます。「今のオルガンの技術はすごいですよ!」みたいなことを「巨匠」と語っているのですからね。
そのライナーのトラックリストを見て気になったのが「WWV」という文字です。ホームページじゃないですよ(それは「WWW」)。おおかた察しがつくはずですが、これはワーグナーの作品番号ですね。「Wagner-Werk-Verzeichnis」の頭文字をとったもので、最近新しく録音されたCDではよく見かけられます。実際は、ジョン・デスリッジ、マルティン・ゲック、エゴン・フォスという3人の音楽学者にはよって編纂され、1986年にSchottから出版された「Verzeichnis der musikalischen Werke Richard Wagners und ihrer Quellen(リヒャルト・ワーグナーの音楽作品の目録と、その資料)」という書籍に掲載されている作品リストで、作曲年代順に番号が付けられています。文字通り、ここにはワーグナーが作ったすべての曲が収められていて、その数は全部で113曲にも上ります。しかも、「リング」などはそれだけで「WWV86」と一つの番号、それぞれの作品は86aから86dとなっていますから、今普通に上演されるオペラだけでは番号は10個もないことになります。他の作品がそんなにたくさんあったのですね。せっかくのワーグナー・イヤーなのですから、そんな「オペラ以外」の作品の全集みたいなものを作るレーベルがあってもいいのでしょうが、今のところ、そんな話は聴こえては来ません。WWV113は児童合唱なのだそうです。ぜひ聴いてみたいものです。
ということで、WWV63の「オランダ人」からWWV111の「パルジファル」までが並んでいるわけですが、実際にそれぞれの曲の編曲を行ったのはアルブレヒトではなく、20世紀初頭にアメリカで活躍したイギリスのオルガニスト、エドウィン・ヘンリー・ルメアと、ブルックナーのオルガン曲(オリジナルと編曲)を演奏したCDなどをリリースしている現代のオルガニスト、エルヴィン・ホルンの2人です。誰がどの曲の担当なのかまでは分かりませんが、「パルジファル」あたりはちょっとセンスが違うような気がするので、もしかしたらホルンさんの仕事なのかもしれません。
確かに、この「アダージョ」は、編曲も演奏もとても素晴らしいもので、比較的珍しい曲ですので、コアなワーグナー・ファンでなければ、最初からオルガンのために作られたものだと思うかもしれないほど、オルガンに馴染んでいます。聴きなれた人でも、ここからまるでフランクのオルガン曲のような味わいが感じられて、驚かされるかもしれませんよ。
ただ、その他の曲は、やはり本来のオーケストラ・バージョンをなぜわざわざオルガンで聴かされなければならないのか、という思いについかられてしまうような、ありふれた、というか、ちょっとインパクトに欠けるものでした。トランペットの合いの手は、いったいどこに行ってしまったのだろう、とか、有名な曲ならではの辛さがつい露わになってしまいます。
それと、相変わらず「帯」の校正はいい加減。
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SACD Artwork © OehmsClassics Musikproduktion GmbH
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by jurassic_oyaji | 2013-05-27 21:00 | オルガン | Comments(0)
WALCHA/Choral Preludes Volume I
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Wolfgang Rübsam(Org)
NAXOS/8.572910




ヘルムート・ヴァルヒャという高圧洗浄機(それは「ケルヒャー」)みたいな名前の人は、DGの「研究レーベル」であるARCHIVに、2度にわたってバッハのオルガン全集を録音したオルガニストとして知られています。それぞれ、当時は珍しかったヒストリカル・オルガンを用いて演奏したという、まさに「原典」とも言うべきその録音は、殆どバッハのオルガン曲の「規範」として、長い間レコード界に君臨していたのではないでしょうか。その厳格な演奏は、時代が変わっても確かな意味を持つものには違いありません。
バッハゆかりの街、ライプツィヒに生まれたヴァルヒャは、幼いころから聖トマス教会で演奏されるバッハのカンタータを聴いて過ごし、最初の音楽教育を、その教会のカントルであるギュンター・ラミンから受けた、まさにバッハを演奏するために育ったような人でした。しかし、生まれつき弱視であったうえに、10代後半には完全に失明してしまったヴァルヒャにとって、複雑な対位法を駆使したバッハの曲を勉強するのは、とても大変だったことでしょう。伝えられるところによると、彼は母親(結婚してからは奥さん)に弾いてもらったそれぞれのパートを、すべて憶えてしまったということです。まあ、最近では同じような境遇にある日本人のピアニストのケースが大々的に話題になっていますから、それがどれほどハードなものであるかをより一層知ることが出来ることでしょう。
そんなヴァルヒャが、実は作曲も行っていたことを、このCDによって初めて知りました。ここに収録されているのは、1954年にペータースから出版された25曲から成る「コラール前奏曲第1集」ですが、それ以後この曲集は第4集まで出版されることになったのだそうです。さっきの日本人ピアニストも最近は「作曲」を行っているようですが、現代ではそのようなハンディキャップがあっても、「作曲」という作業自体はそれほど困難なことではなくなっています。別に五線紙に書きとめなくても、演奏した「音」がそのまま出版物として認められるような時代なのですからね(現代の「音楽出版」というのは、実はほとんどそのような形で行われています。楽譜などは、ただの覚書に過ぎません)。しかし、ヴァルヒャの時代にはそうはいきません。今でもそうですが、特にクラシックの場合は最初に楽譜ありきという状態は厳然と存在していますから、おそらく彼の場合は、バッハを勉強したのとは逆の手順で、「楽譜」を作っていったのでしょうね。彼が演奏した頭の中の音楽を、奥さんなどが記譜していったのでしょう。
そのようにして出来上がったそれぞれ2、3分ほどの作品は、教育のために広く用いられていたそうです。ヴァルヒャ自身も、多くの弟子を育てていましたが、おそらくこれらを「教材」として教えていたのでしょうね。このCDで演奏しているアメリカ在住のオルガニスト、ヴォルフガング・リュプサムもそんな弟子の一人、今回の「第1集」に続いて、すでに「第2集」もリリースされていますから、おそらく全4集を録音してくれるのではないでしょうか。
バッハの膨大なコラール前奏曲と同様、これらの曲も良く知られた讃美歌のテーマをもとに、様々に修飾を施して演奏されたものです。その手法は、ぼんやり聴いている分には、まさにバッハその人のものとほとんど変わらないような気がしてくるものばかりです。ヴァルヒャの脳の中にはバッハの音符が完璧にコピーされています。バッハ自身がヴァルヒャの肉体を借りて憑依することなど、恐山のイタコによる「口寄せ」などよりはるかに簡単なことだったに違いありません。それにしても、第20番「ただ愛する神の力に委ねる者は」で、「♪宵闇迫れば~」というフランク永井の「君恋し」のフレーズが聴こえてきたのには、びっくりしてしまいました。

CD Artwork © Naxos Rights International Ltd.
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by jurassic_oyaji | 2012-12-17 20:08 | オルガン | Comments(0)