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川内萩ホール
 今回の定期演奏会は、演奏はなかなかの手ごたえがあったのですが、入場者数がイマイチだったことで、ちょっとショックを受けてしまった人もいたかもしれませんね。なんせ「630」人なんて、ニューフィル史上最低の入場者数ではないでしょうか。と、その時は思っていたのですが、今までのデータを見てみるとこれは完全に想定内の数字だったことが分かります。まずは、最近の実績をご覧ください。
第54回定期(時任)  630人(萩ホール)
第53回定期(末廣)  701人(国際センター)
第52回定期(橘 )  705人(萩ホール)
第51回定期(田中)  744人(萩ホール)
第50回定期(末廣)  998人(県民会館)
第49回定期(橘 ) 1210人(県民会館)
第48回定期(新田)  566人(多賀城)
第47回定期(保科)  922人(県民会館)
第46回定期(茂木)  927人(県民会館)

 つまり、今回は決して「最低」ではなかったのですよ。多賀城文化センターでやった時に566人という、文字通り「史上最低」があったのですね。そして、なぜこんなに少なかったのかも、すぐ分かりますね。あまりに遠すぎて、はるばる多賀城までやってくる人なんかいなかったのですよ。
 それを頭に入れてこの数字を眺めると、見事に会場と入場者数の間に相関関係があることが分かりませんか?そう、萩ホールは県民会館に比べると、極端に集客が悪いのですよ。やはり、なによりのネックは交通手段でしょうね。車を持っていない人にとっては、これほど行きにくいホールもありません。いや、車があっても、確実に駐車できるという保証はないのですから、「そこまでして行くこともないな」と思ってしまう人も多いはずです。現に私の愚妻も、「萩ホールだったら、行かないよ」と、だいぶ前からダメを出していましたからね。ちゃんと来てくれた私の母親にしても、帰りのタクシーを捕まえるのにはかなり苦労したようですし。
 ですから、今回の「630人」というのは、たしかに少なめではありますが、決してわれわれの努力が足らなかったわけではないのではないでしょうか。現に、演奏会前の売り上げ調査では、700人は超えていたはずですし、当日券は30枚ぐらい売れたのですから、チケットを持っていても来なかった人が100人いたということにはなりませんか?それほどまでに、このホールはお客さんにも、そして利用者にも嫌われているのですよ。
 それについて、今回とても嫌な思いをしました。事務室の前の机が置いてあるスペースで、まだホールが開かないので待っていると、館長なんでしょうか、事務長なんでしょうか、初老の男がウロウロしていて、何やら「タバコを吸うな」とか我々に話しかけます。そのしゃべり方がなんとも横柄なのですよね。明らかに「ホールを使わせてやっている」という態度、我々はお金を払って借りている「お客様」だという意識がまるでありません。その横柄さは、その場所でお弁当を食べて、少し机を動かしていたので、それを直そうとした時に、さらにはっきり現れました。位置を合わせるために、ほんの少し机を滑らせたら、なんとその男は「タレカしねーで、ちゃんと持ちあげろ」と叫んだではありませんか。一瞬、自分の耳を疑いましたね。「タレカ」というのは、このあたりの方言で「怠け者」という意味ですが、そのニュアンスとしてはかなり相手を卑下しているような気持がこめられています。なんでお前にそこまで言われなければならないの、とキレそうになりましたが、ぐっとこらえてその場は引きさがりました。たしか、私の学生時代などは、このホールを借りに行く時には、必ず一升瓶を持って行かなければならない、という「不文律」があったはずです。そんな体質がまだ残っているのですから、言うだけ無駄だと思ったのです。
 このホールが出来た時の内覧会では、このホールが目指す壮大なビジョンが語られていました。たしか、まわりの広場を使っての「日本のタングルウッド」を目指したい、などと熱く語っていた方もいたはずです。そんな構想をぶち上げる前に、こういう愚かな職員の意識改革が、まず絶対に必要です。
by jurassic_oyaji | 2012-05-14 21:46 | 禁断 | Comments(0)
東北復興大合唱祭
 「東北復興大合唱祭」というコンサートが行われました。東北6県の合唱団が、全国から寄せられた被災地へ支援のお礼に、「これだけ元気になりました」という意気込みを示すもの、みたいなものなのだ、というのが、そのコンセプトだ、というように聞いていました。そのために、各県合わせて1000人以上の合唱団員が、仙台フィルをバックに一堂に会して演奏を行います。会場は萩ホール、まさかこのステージに1000人も乗るわけはないので、コンサートは4ステージ構成、それぞれに250人ずつを割り振ることになります。それにしてもやはり全員がステージに乗るだけのスペースはありません。それで、乗りきらなかった分はステージの下、客席の前の通路と、このホールの名物、前方のバルコニーで歌うことになりました。
 開演は2時半、チケットは前もって買っておいたのですが、駐車場が開く12時半に行ってみることにしました。そうしたら、無事駐車場には入れたものの、ここが満車になった時に予備で使うはずのホール前の広場が、すでに東北各地から来たたくさんの観光バスで一杯になっているのですよ。早目に来てて良かったですね。

 当日券が100枚だけ発売になるというので、売り場前にはすでに長蛇の列が出来ていました。1時から売り出しを始めたのですが、かろうじて並んでいた人は買えたようですね。1時過ぎに来たらもう売り切れ、実は、開場を待つ列に並んでいたら、当日券目当ての知り合いがやってきたので、「もう売り切れたよ」と教えてあげたら、残念そうに帰って行きましたね。あとは、「いわきから来たんですが、誰かチケット持ってませんか?」ときいてまわっている人もいましたね。ホールに入ってみると、1階席の前の方はすべて「出場者席」となっていましたが、こんなことをしなければ、もう少し「普通の」お客さんも入れられたのに。
 ただ、なにしろこのホールはこれだけの人数をスムースに誘導するにはとても大変、ある程度は客席に入れておかないと、進行がうまくいかなくなってしまうのでしょうね。全員の控室などはありませんから、一旦外に出て別の敷地の講義室かなんかを使っていたのでしょう。その間には道路がありますから、移動も大変だったようです。これで雨でも降ったら目も当てられなかったことでしょう。ほんと、お天気が良くて良かったですね。
 仙台フィルは、8.6.4.4.3という、殆ど室内オケの編成でした。ですから、最初の「蔵王」が始まった時には、まさに250人の大合唱の迫力がもろに伝わってきました(オケ版では、ピアノ版にはない素敵なイントロが付くんですね)。全員が一緒に合わせたのは昨日のリハーサルが初めてだったのでしょうが、声もまとまっていましたし、なによりもとても細かい表現が出来ていましたね。オケが合唱に完全に負けているという、ちょっと珍しいケースでした。全曲やるのだと思ったら、3曲カットされてましたね。オケ版「樹氷林」なんか、聴いてみたかったですね。
 次の「水のいのち」は、殆ど知り合いが参加しているステージでした。私もパリンカを続けていれば出ていたことでしょう。でも、こうして2階席でのんびり聴いている方がずっと楽しいですね。合唱はまさに大人の音楽でしたが、ここではなんだかオケが合唱の邪魔をしているように感じられて仕方がありませんでした。いや、仙台フィルがダメだということではなく、オリジナルのピアノ伴奏のオーケストレーションが、なんだか納得のいかないものだったのですよ。オケの中にピアノが入っていて、それが肝心なところでそのままオリジナルの伴奏を弾くようになっているのですね。これが、ものすごくダサく聴こえてしまいます。アルペジオなどは、それこそハープに弾かせればいいのに、とか、ここでドラはないだろうとか、そんなことばかり考えて、あまり演奏に集中できませんでした。
 ここで、休憩前に「全員合唱」ということになって、山下さんの指揮のもと、「ふるさと」が会場内の全員で歌われました。私は乗り気ではなかったのですが、一応みんなと歌っていると、3番の歌詞の「志をはたして、いつの日にか帰らん」というところになったら、なんだかこみ上げるものがあって歌えなくなってしまいました。そうなんですよ。これは被災地を応援するために歌われるものではなく、被災地の人たちの「怒り」が込められたメッセージなのでは、と、その時気が付きました。帰ろうと思っても金輪際帰ることが出来なくなってしまった「ふるさと」、この歌が、そんな状況を招いてしまった原発に対する怒りでなくてなんなのでしょう。ステージでは、パリンカのボスが涙を拭いていたようなそぶりを。彼はどんな思いで歌っていたのでしょう。
 後半の第3ステージは、高校生などの若い人たちが集まったメンバーでした。ほとんどが暗譜で、小さな曲を4曲歌ったのですが、そこでオケなしのア・カペラで歌われた信長さんの「こころよ うたえ」が、やはり、そんな「被災地」からのメッセージとして重たく迫ってきました。非常に高いレベルの合唱団の集まりが、素直な発声でのびのびと、しかし、決然と歌う言葉には、圧倒されてしまいましたよ。
 最後のステージは、三善晃の「唱歌の四季」を、オーケストラ用に編曲したもの。かなり難易度の高い、ちょっとうるさすぎる伴奏にも惑わされずに、やはり若い人たち中心の合唱は、たしかな命を吹き込んでいましたね。
 そして、やはり「全員合唱」ですが、今度は「上を向いて歩こう」ですって。今までの流れの中でこれが歌われるのは、ちょっと抵抗があります。私には、とてもこんなにあっけらかんと歌うことなど出来ません。ですから、ひたすら打楽器のおねえさんが、軽やかに踊りながらマリンバやシロホンの間を飛び跳ねているのを楽しんでいましたよ。
 そのあとにもう1曲、今度は全日本合唱連盟のボス、浅井先生のアジテーションで、いつの間にか客席から立ち上がって「大地讃頌」を歌わされていました。必然的にスタンディング・オヴェーション、いやあ、盛り上がりましたね。ただ、このフィナーレを、おそらく前半に出場した人たちは味わえなかったのではないでしょうか。せっかくのお祭りだったというのに。
by jurassic_oyaji | 2012-04-30 21:55 | 禁断 | Comments(4)
天空の蜂
 東野圭吾の文庫本は、脈絡なく読んでいたら、とうとうこの間は同じ本を2冊買ってしまいました。「最新刊」なんてあったもんで、何の疑いもなく買ったのに、読み始めてすぐこれはもう読んでたことが分かってしまいました。確かに「最新」ではあったのですが、それはもう何か月も前のことだったのですよ。きのうは、本当に出たばかりの「最新刊」を買いましたから、それは大丈夫なはず、ですがね。
 昔の本は、たまにまだ読んでないようなものを見かけたりするのですが、念のためそこでは買わないで、家に帰って確かめると、ほとんどはやはり読んでいたものだったりしますから、用心が必要です。でも、この間見かけた、ものすごく厚い、まるで辞書のような本は、どこから読んでも心当たりがなかったので、その場で買ったら、確かに初めてだったので一安心です。それは、最初に単行本が出たのが1995年という、かなり昔に書かれた「天空の蜂」です。

 彼の作品にしては、なんだか登場人物がものすごい数です。彼は、一人一人のキャラクターをとても丁寧に描写してくれるのがとても気に入っているのですが、こんなに多くてはそれも大変なのでは、と思っていたら、やはりなかなか入っていけませんでしたね。いつもならそれぞれの人物がきっちり頭の中に描けるのですが、それがちょっと難しいのですよ。というのも、この話は、関係している「場所」が、恐ろしく多岐にわたっているために、まずそれを理解するのに一苦労、ですから、もう人の名前なんかを覚えるのはあきらめて、ストーリーに専念して読むことにしました。
 でも、あるときから、物語の進む方向が分かってくると、それからは何の障害もなく話の中に入って行けるのですから、面白いものです。この本の場合は、そのキーワードが「原発」でした。ここで著者が、物語の背景として描いている「原発」を巡るさまざまな立場の人の言動を、「今」に照らして見ながら読んで行くと、とても「現実味」がわいてくるのですね。ここで知ることが出来る、ほぼ20年前の「実態」は、当時なら単なる物語として読み過ごすことが出来たかもしれませんが、実際にあんなことが現実となってしまった「今」読む時には、あまりの恐ろしさに背筋が寒くなってしまいます。
 著者は、決してこの時点で、「今」を予言したわけではないのでしょう。単に、小説家としての「性」が、当時の「原発」の実態を深く知りたがっていたにすぎないはずです。おそらく、こんなことが現実に起こってしまって、最も驚いているのは彼自身なのではないでしょうか。そんな邪心のない訴えは、「今」本屋にあふれている煽情的な本よりはるかに説得力があります。
 原発が事故を起こすというのがどういうことなのかということを身をもって体験したはずの「今」の人たちの中に、それでも原発を再稼働させようと考える人がいることは、私の理解をはるかに超えるものです。いや、たとえ事故が未来永劫起こることがないという「奇跡」が起こったとしても、処理のできない使用済みの核燃料は確実に増えて行くのですからね。この本の中で、その問題を解決するために、未来を信じて日々研究を行っている人も登場しますが、その「研究」は、当時の「未来」、つまり「今」になっても完成はしていないのですからね。

 「今」では、こんな、居酒屋でありながら「禁煙」の看板を出すという、ちょっと前までは考えられなかったことが現実となっています。居酒屋ではタバコを吸いたいというのが、再稼働を進めようとしている輩の言い分です。でも、それはもはやだれにも受け入れられないのは明らかなのですよ。原発をすべて廃炉にすることこそが、知的生物であるはずの人類のすべきことなのではないでしょうか。
by jurassic_oyaji | 2012-04-13 08:43 | 禁断 | Comments(0)
合唱団エピス

 愚妻の入ってる合唱団の定期演奏会に行ってきました。去年も今頃やっていたのですが、それが終わってからあの地震が来たので、とりあえずスケジュール通りの定期が開けたようです。まあ、合唱団の場合は大体1年に1回の定期なので、こんな風にうまくいくこともあります。
 わりと早く着いたら、ホールの客席はまばらだったので、隣の席にコートや荷物をおいても大丈夫だろうと思ったのですが、開演間近になってかなり混んできたので、やはりここはみんなに座ってもらおうと荷物を膝の上に移動したら、ちょうど席を探していた運のいい年配の人が、「空いてますか?」とか言って、さっそく座りました。ところが、その人は運が良かったかもしれませんが、私にとってはとんでもない不運だったことに、しばらくすると気が付くことになります。その人は、ちょっと問題のある人のようで、一時もじっとしていないのですね。最初のア・カペラの静かな宗教曲が演奏されている間中、パンフレットに挟まっているチラシを出したり入れたり揃えたりしているのですから、全然集中して聴いていられませんよ。睨みつけても平気な顔をしてますし。
 実は、愚妻に頼まれて、M-10で録音をしていたのですね。ああいう紙をガサガサやる音はとてもマイクに乗りやすいので、気が気ではありません。きっとあとで「この音、なによ」ぐらいの文句は言われてしまいそう。
 しかし、最後のプログラム、フォーレの「レクイエム」が始まったら、もうそんな「雑音」は全く気にならなくなってしまいました。この合唱団は数年前にも同じ曲を演奏していて、それも聴いたことがあるのですが、その時とは伴奏の編成が違っていました。前は弦楽合奏がついたのですが、今回は小さなポジティヴ・オルガンだけです。そんな「薄い」伴奏ですから、ほとんどア・カペラのような感じで合唱が聴こえてくるのですが、その最初の「Requiem aeternam...」というd-mollの響きを聴いた時に、涙が出そうになるほどの衝撃が走ったのですよ。なんという慈しみに満ちた合唱なのでしょう。「彼らに、永遠の安息を与えたまえ」という歌詞そのままに、とても優しく包み込むような響きが、もろに私の弱いところを直撃したのですね。これですよ。これ。「上を向いて歩こう」みたいな偽善的な「応援ソング」からは決して受けることのない深い衝撃、普遍的な意味の「安息」が与えられるような、重みのある響きを、そこに感じたのですね。これは、まさに震災を経験した人でなければ歌えない、そして、同時に、震災を受けた人でなければ、もしかしたら感じることのできないメッセージだったのかもしれません。
 これは、最後から2番目の曲「Libera me」でも再現されます。なぜ、フォーレが全く同じことを繰り返したのか、それがはっきり分かった瞬間でした。そして、最後の「In Paradisum」の一番最後も、やはり「Requiem」で終わります。その最後の音は、まるで永遠に続くかのように長く伸ばされていました。もう、涙が止まりませんでした。
 そんな時に、隣のじじいは、なんだかいびきをかきながらいい気持ちで居眠りをしていましたね。このいびきも、やっぱりしっかり録音されているのでしょう。アンコールでは、とても素敵な編曲(信長さん)の「ふるさと」が演奏されました。指揮者が「1番の歌詞だけ、ご一緒に歌ってください」と言ったのですが、私はすぐ前で録音しているのでご遠慮させてもらおうかな、と思っていると、となりのじじいはいきなり大声で歌い始めましたよ。しかも、指揮者が言ったことを聴いていなかったのか、2番になっても、相変わらず調子っぱずれの声で一人だけで歌い続けています。もう録音は台無しです。
 さっき聴いてみたら、その「2番」のところのおかしいこと。腹を抱えて笑ってしまいましたよ。涙と笑いは、紙一重です。
by jurassic_oyaji | 2012-02-19 20:40 | 禁断 | Comments(0)
ロ短調
 今度「ロ短調」に(多分)参加させてもらう合唱団では、賛助メンバーを募集するにあたってしっかり楽譜の指定を行っていました。「ベーレンライターの改訂版」を各自で用意して持って来い、というのですね。これは、ちょっと感激。普通は、だいたいそういう人は今までどこかで歌ったことがあるはずですから、その時に使ったものをそのままお使いください、みたいなことを言うはずなのに、しっかり「これ」という指定をかけてきたのですからね。きのうの「おやぢ」にも書いたとおり、もちろんそれが今では最も信頼のおける楽譜なのですから、まずきちんと楽譜から固めていく、という姿勢に好感を持ったのです。というか、この団体は、少し前に「ヨハネ」を演奏した時にも、かなり「稿」にこだわっていたようでした。しっかりその方面のブレインがいて、演奏の前に「プレトーク」ということで、楽譜のことを話していましたからね。おそらく、今回もその方からのサジェスチョンがあったのでしょう。もっとも、今では「ベーレンライター」と言えばこの「改訂版」しかお店には置いてないはずですから、それだけの理由だったのかもしれませんがね。
 私の場合は、既にスコアではこの「改訂版」は持っていました。同じく最新の「リフキン版」なんかもありましたね。ですから、それを使って歌っても良かったのでしょうが、いくらなんでもスタディ・スコアでは楽譜が小さ過ぎますし、めくりも多くなってしまいますので、やはりヴォーカル・スコアを入手しないことには。大昔に買ったペータース版のヴォーカル・スコアならありますが、もちろんそんな怪しげなものを持って行ったら、睨まれてしまいそうですからね。
 とりあえず、市内のお店にないかと思って主だった楽器店に行ってみたのですが、予想通り置いてありませんでした。それで、頼るのはネット通販、前にも利用したことのある、「パナムジカ」という楽譜サイトではちゃんと在庫があったので、それでお取り寄せです。合唱団のサイトでは「2500円ぐらい」とありましたが、送料を加えると確かにちょうどそのぐらいになりましたから、間違いないでしょう。
 それが、きのうやっと届きました。一緒に納品書みたいのが封筒に入っていたのはいつもの通りですが、そこにはさらにもう1枚、書状が入っていました。こういうものです。

 私自身は「被災者」という意識は全く持ってはいないのですが、現実にはそのように見られてしまうのですね。まあ、せっかくですから、ありがたくご好意に甘えさせていただきました。確かに、金額ではなく、形のあるもので「支援」の姿勢を見せようという気持ちは、しっかり受け取らせていただきましたから。

 しかし、届いた楽譜は、ものすごい厚さでした。まるで電話帳みたいですね。243ページあります。隣のペータース版は163ページですから、およそ1.5倍の「厚さ」ですよ。上に置いたスタディ・スコアでさえ279ページですから、あまり変わりませんよね。重たいし。そこではたと、こんな重い物を2時間もの間抱えているところを想像してしまいました。オーケストラではないのですから、まさか、一人一人に譜面台がつくわけはありません。つまり、歌った次の日に腕が上がらなくなって、フルートも吹けないような状態になってしまうのを防ぐためには、全曲を暗譜しなければいけない、ということにはなりませんか。えらいことになってしまいそう。
by jurassic_oyaji | 2012-02-09 21:21 | 禁断 | Comments(0)
ジェフ・エメリックの本
 きのう「おやぢ」でご紹介した本は、本当に内容が豊富で(なんたって、エメリックが担当したほとんどすべての曲の制作過程がかかれているのですから)、とても1500字ぐらいで語り切れるものではありませんでした。ですから、こちらでも「追加」ということでもう少し書いてみることにします。
 ビートルズと言えば、そのプロデューサーであるジョージ・マーティンは、彼らに様々の影響を与えた人物として知られています。中には、彼らの音楽的な部分まで、ジョージに負うところが大きかった、というような言い方がされているような場合もあります。しかし、この本ではそんな大雑把な捉え方ではなく、もっと具体的に、彼が実際にどういうことをやったのか、ということが書かれています。そして、最も興味深いのは、初期の頃こそ作曲上のアドバイスなどを行っていたものの、次第にバンドの方がどんどん成長して、プロデューサーのはるか上を行くようになった、ということです。後期では、バンドが思いついたアイディアを実際の音にするために、クラシックの素養もあるジョージが力を貸した、という程度の役割になっていたようですね。
 昔から思っていたのは、彼らはコーラスがとても素晴らしいということでした。それがどの程度プロデューサーの手が入ったものなのかは、はっきりは分かりませんが、アイディアが豊富でそれだけで楽しめます。そして、それを歌う時の「合唱」としてのセンスが、すごくいいのですよね。エメリックもそのあたりはしきりと感心していますが、ジョンとポールはお互いに完全にハモるツボを分かりあっていたように思える、と言っています。そこにジョージ(ハリスン)が加わって、さらにハーモニーは厚みを増します。その最高の成果が、「Abbey Road」の中の「Because」になるわけですね。これが録音された時のことを、エメリックはひときわ克明に語っています。コーラス・パートはジョージ・マーティンが9声部のハーモニーで作ったもの、それを、3人が一緒に3声部歌うことを3回繰り返して、音を重ねたのだそうです。「音程が外れることはなかったので、フレージングを徹底的に合わせた」と書いていますね。
 その結果は、もうご存じのとおりの、まさに完璧な「合唱」が出来上がりました。ほんと、これは普通の「合唱団」がいくら頑張っても到達できないような、高みに達したものです。最近、ジョージ・マーティンの息子のジャイルズ・マーティンが、マスターテープの素材をリミックスして作ったアルバム「LOVE」の冒頭では、このコーラス部分だけを抜き出したものを聴くことが出来ます。完全なア・カペラの状態で聴けるこの「9人」のハーモニーは、ほんの少しリバーブを加えられて、さらに深みを増して感じられます。
 もちろん、彼らはロックバンドですから、演奏の方も押さえなければいけません。やはり「Abbey Road」の一応最後の曲「The End」では、途中で3人によるギター・バトルが繰り広げられています。それは、「ポール、ジョージ、ジョンの順でソロを演奏している」という言い方をされていますが、私のようなギターのシロートにはなんだかよくわからないような感じでした。それが、この本ではきちんと「一人2小節ずつ」と書いてありますから、それを頼りに聴いてみると、正確にどこからどこまでが誰のパートなのかは、私でもはっきり分かるようになりました。このソロは全部で6小節にわたっています。まず、1拍半のアウフタクトを入れた後、ポールが2小節、最後に少しクロスしてジョージが2小節、同じようにちょっとダブってジョンが2小節、そのパターンを正確に3回繰り返しているのですね。3回目のジョージのソロが、素晴らしいですね。こちらに、その部分だけを抜き出してみました。聴きとってみてください。
by jurassic_oyaji | 2012-01-16 21:55 | 禁断 | Comments(0)
天井カメラ
 おととい、「ニューイヤー・コンサート」の映像で、天井近くから撮っているカメラが動いているケーブルを見つけた、と書きましたが、あれからさらにしつこく探し回り、ついにカメラの本体を発見することが出来ました。これが、その画面です。

 赤丸の中がカメラ、そこを拡大すると。

 確かに、ケーブルの上を移動するケーブルカーのようなものから、カメラの本体がぶら下がっていますね。これでやっと肩の荷が下りました。なんてバカなことばかりやっているのでしょう。
 ちょっと調べてみたら、このカメラは「CAMCAT」というものなのだそうです。そのサイトに行ってみると、最新のニュースとしてこの「ニューイヤー」のことが紹介されていました。要するに、このメーカーと映像監督のフィービッヒが協力して、こんな屋内のコンサートでも使えるような機種を開発したのでしょう。そして、その一つ前のニュースには、同じくフィービッヒが手掛けた去年の夏のウィーン・フィルのシェーンブルン宮殿でのコンサートがありました。ということは、あのとき「禁断」に書いた「空撮」ではなく、やはりケーブルを張り巡らしていたのですね。確かに、動きが滑らか過ぎますからもしや、とは思ったのですが、暗いせいもあってケーブルは見つけられませんでした。

 さっきの「CAMCAT」のサイトには、このコンサートの時の写真もありました。



 確かに、ばっちりケーブルが張られているのが分かりますね。ということは、これだけ広いところでも、恐ろしく長~いケーブルを敷設して撮影を行っていたのですね。なんという力技なのでしょう。これだったら、クレーンみたいにじゃまになりませんから、これからはこちらが主流になって行くのでしょうか。しかし、このケーブル工事は、ものすごい手間とお金がかかるでしょうから、よっぽど予算のあるイベントでもない限りなかなか難しいのではないでしょうか。今回の「ニューイヤー」でも、ケーブルの端に足場のようなものを組んでいましたからね。というか、そもそもクラシックのコンサートでは、こんな高いところを移動するような映像なんて、そんなに必要とはされないでしょうしね。
 ですから、これが活躍するのは、もっぱら大人数が集まるドームやアリーナのコンサートなのでしょう。ワイドショーで年末にあちこちで行われたカウントダウン・ライブの模様を流していましたが、そこでははっきりこの「CAMCAT」が大活躍しているのが分かりましたね。
 いや、そもそもこんな移動カメラが使われていたのは、スポーツ中継だったはずです。陸上選手の横をものすごいスピードで並走しているカメラとか、考えてみればたくさん目にしていたことを思い出しました。あの技術が、最近になってコンサートでも使われるようになった、ということなのでしょうね。
 「ニューイヤー」では、あのムジークフェライン・ザールの立派なシャンデリアの間を、このカメラが走っていました。そこで、至近距離からシャンデリアを見ると、中には裸電球が点いているのですよね。これはちょっと興ざめ。クラシックのコンサートで初めて、天井からの映像を撮ることに成功したフィービッヒは、同時に、決して見てはいけないものまでも見せてしまっていたのです。
by jurassic_oyaji | 2012-01-04 22:09 | 禁断 | Comments(0)
初売り
 いよいよ2012年が始まりました。今年の年賀状はこんな感じです。縦長です。

 あえて、「おめでとう」とか「Happy」という言葉を排して、マニアックなフォントでマニアックなテキストを載せたのは、私なりのこだわりです。相手にしないでください。まあ、来年までには素直に「おめでとう」と言えるような社会になっていてほしい、という願いが込められたものだと、受け取ってください。でもやはり、頂いた年賀状を見ても、それなりの心配りが感じられるものがたくさんありました。福島県とは密接なつながりのある先輩のMさんは、「新年のご挨拶」というタイトルで、福島への思いを語っておられましたし。
 ありがたいことに、仙台市内のようなところでは例年と変わらない初売りが始まりました。私の場合は、混み合う街中は避けて、郊外の「イオン」、「タピオ」、「アウトレット」などが守備範囲です。まずは、去年から狙っていたカーテンを、イオンで買いましょう。部屋のリフォームは終わったものの、真正面にかかっているカーテンはここに引っ越してくる前から使っている重苦しいやつでした。結露で汚くなってますし

 買ってきたのは、こんなかわいいのです。花柄です。愚妻は「女の部屋みたい」と言っていましたが、気にするもんですか。これで、あとはまだちょっとごろごろしているみかん箱を何とかして、せめて「独身男性の部屋」ぐらいにはしたいものです。なんたって、スピーカーは独身時代に買ったものですからね。

 こんな部屋で、きのう放送していた「ニューイヤー・コンサート」のBDをチェックです。生放送は別のことをしながら見ていたので、そんなに気を入れてはいなかったのですが、チラッと見てみるとなんだかすごいアングルの映像が目に入りました。ものすごく高いところでカメラが移動しているのですね。最近のこの中継は、カリーナ・フィービッヒという人が映像監督をやっています。この人は、なんせ高いところから撮るのが好きなようで、以前もこのホールのオルガンの上にカメラを置いて、客席の真上から見た映像を流していたのには驚かされました。
 今回は、それ以上の驚きでした。もしかしたら、この人はこんな風に人を驚かすのが大好きな方なのかもしれませんね。それは、もしかしたら見ている人に対するある種の挑戦なのかもしれません。とにかく、カメラ自体が画面に現れることは極端に少ないので、いったいどこにカメラがあるのか分からないのですよね。しかし2年前には、私は見事にそれを見つけてしまいました。おそらくスタッフは絶対見つからないように細心の注意を払っていたのでしょうが、なんせ「生」ですから、絶対どこかに穴があるはずだと思ってみていれば、それは必ず見つかるものなのです。
 しかし、今回はちょっと信じられないようなカメラの動きでした。ホールの中には何本かのシャンデリアが吊られているのですが、カメラはその間を動いているのですよね。ですから、最初はこれは空撮ではないかと思ってしまいました。野外のコンサートでは良く使われる手ですし、実際にその空撮カメラが写っている映像を見つけたこともありましたからね。でも、それにしては動きが滑らか過ぎます。もしかしたら、天井にレールを敷いたのかもしれません。
 そう思って最初から、演奏などはそっちのけでひたすら天井が写っているシーンだけを細かく見ていると、見つかりました。

 赤枠の中に、黒い線が見えますね。これが、カメラが移動していたケーブルなのでしょう。天井を間近で写したカットもありましたが、この高さなら、それも全く可能です。

 そして、もう1カット。左上からケーブルが3本伸びているのがはっきり分かりますね。これは、それまでのカメラの動きと完全に一致する場所に張られているケーブルです。カメラ本体は見つけられませんでしたが、これであのアングルの正体は分かりました。
 正直、こんなありえないようなシーンばかりで驚かせないで、もっときちんと演奏を撮ってほしい、という気はしますね。日本のパートでのゲストがいみじくも語っていたように、バレエのシーンだって本当は、必要ないと、みんなが思っています。
by jurassic_oyaji | 2012-01-02 21:54 | 禁断 | Comments(0)
今年を振り返って?
 時間が経てばなんでも変化するものです。大晦日の今日、急に必要なものが出てきたのであちこち探し回っているうちに、そんなことが実感できるものに続けざまに出くわしてしまいました。まずは紫山の、だいぶ前に「金港堂」がお向かいの「タピオ」に移ってしまったので、空き家になっていた「物件」です。前はこんな感じ。

 しばらく空家のままだったので、まさか借り手がついたとは思いませんでしたから、前を通り過ぎようとしたら、「IKEA」という看板が見えました。あわててUターンして行ってみると、確かに、看板が変わっています。

 「IKEA」に入ったのは初めてですが、こんなところだったんですね。おこちゃま向けのキッチンセットがいいですね。私も欲しくなったぐらいです。
 もう一つは、北環状線沿いにあった「むぎの里(旧味の民芸)」です。ネットを探したら「味の民芸」時代の写真が見つかりました。

 ここは、もう3月からずっとまわりに縄が張ってあって、立ち入り禁止になっていたところです。最近見た時には、屋根の瓦を降ろしているところだったので、やっと取り壊しが始まったのかな、と思っていたのですが、今日行ってみたら、完全な更地になっていましたよ。上の写真とほぼ同じアングルですから、後にある「KFC」が目印になるのではないでしょうか。

 ここはご近所だったので、いつも行っていたお店でした。こういうファーストフードのお店だと、店員さんはほとんどアルバイトで、行くたびに顔ぶれが変わっているものなのですが、このお店には一人、かなりお年を重ねた女の人が、いつもお店に出ていました。いかにも「女将さん」といった感じの、気配りがしっかり感じられる店員さんだったのですが、今はどうしていらっしゃるのでしょうか。
 このお店がなくなってしまったのは、もちろん3月の大震災のためでした。この天災が変えてしまったものは、このうどんやさんどころではありません。日本中のものが、すっかり変わってしまったのは、ご存じのとおりです。建物や農作物といった「物」だけではなく、人の「心」までもが変わってしまったのは、とても辛いことでした。いや、「変わった」というよりは、今まで隠していた「地」がもろに出てきやすくなってしまった、と言うべきでしょうか。その最も醜い「正直さ」は、あれだけの被害をもたらすことが確実になったにもかかわらず原発を再稼働させろと騒ぎ立てていた経団連の会長でしょうか。
 いや、彼の場合は自身の信念に従っているだけまだ救われるかもしれません。救われないのは、時流に乗っていかにも被災者に向いた顔を装っているメディアです。なぜか、年末にはこれでもかというほどにあの津波の映像が各局から流されていました。本当に被災者のことを気遣っているのなら、決してあのような残酷なことは出来ないはずです。
 そんな欺瞞の集大成と化した「紅白」に出演した「猪苗代湖ズ」が発した、「まだ、なんにも終わっていない!」という叫びは、真実であるだけ、この番組ではいかにも場違いなものでした。
 少なくとも、あの大災害のことを冷やかに「3・11」と呼んでいる人たちのことは、とても信用する気にはなれません。
by jurassic_oyaji | 2011-12-31 21:43 | 禁断 | Comments(0)
青葉神社の大鳥居
 震災の時に、職場のお隣にある青葉神社の石造りの鳥居が崩壊してしまったことは、こちらで何度もお知らせしてきました。それは、ものの見事に砕けてしまい、もはや鳥居の原形をとどめるものではありませんでした。それでも、やはり一つ一つの破片はかなり大きな石の塊ですから、撤去もままなりません。とりあえず、人が通れるだけのスペースは空けて、参道の両脇に寄せられはしたものの、それ以来9カ月の間、全く手つかずでその無残な姿を曝し続けていました。その間にはお祭りなどもあったのですが、その石の塊をよけるように屋台が並ぶさまは、ちょっと異様でしたね。
 それが、やっとのことで復旧工事の手が入ることになったようです。12月12日の朝にこの前を通ると、明らかにこのための工事だと思われる資材を積んだトラックが止まっていたので、その模様を記録してみようと、逐一写真を撮り続けることにしました。

 これが、撤去作業の前の状態です。なぜか、それぞれの破片には番号が付けられていました。まさか、これをもう一度組み立て直して、鳥居にするのではないでしょうね。それは、ちょっと怖い気がします。

 まず、クレーン車が入れるように、石段を平らにする工事が行われます。最初の日は、これだけで終わってしまいました。

 13日には、いよいよ大型クレーンの登場です。

 少しずつ破片が取り除かれていきます。やはり、再利用はしないようですね。

 14日になったら、なんだか向こうの方で石を積み上げてなにかオブジェのようなものを作り始めましたよ。

 その間にも、破片の撤去は続きます。

 15日になったら、鳥居のかけらはすっかりなくなっていました。向こうのオブジェは、なんだか記念碑みたいな形になっていましたよ。

 確かに、これはある種のモニュメントとして、後世に残しておくものなのでしょう。

 このように、作られた年が掘られている石が集められています。これを見ると、「昭和3年」にこの鳥居は作られたことになりますね。80年以上もここに立っていたのですね。長い間、本当にご苦労様でした。

 これで、ひとまず鳥居の残骸はきれいに撤去されましたが、これから先はどうなるのでしょう。やはり、新たに何らかの形で鳥居を建設することになるのでしょうね。それが出来るまでは、とりあえずはこんなんで我慢していただくことにしましょうか。「使い回し」ですが、ないよりましです(いや、これではあんまり・・・)。
by jurassic_oyaji | 2011-12-15 21:37 | 禁断 | Comments(0)