おやぢの部屋2
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Making of Theremin
 「テルミン」を買ってきました。と言っても、7万円もするmoogの「Etherwave」なわけはなく、たった2300円の雑誌のおまけです。まあ、グリコの「食玩」みたいなものですね。
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 こんな分厚い「雑誌」ですが、本体は下にくっついてる(簡単に剥がせます)薄っぺらなもの、そして、「テルミン」の部品は発泡スチロールに入っています。
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 必要な工具はドライバーだけ。ただ、普通のものでは大きすぎますから精密ドライバーでないと。まず足をネジ止めです。
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 心臓部の基板。もちろん、最初から出来ています。左の丸いのはスピーカーです。アンプ用のICチップが1個だけ裏側に付いていますが、あとはみな古典的なアナログパーツです。
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 この基板を、本体にネジ止めします。スピーカーも裏板に固定。
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 次は、「テルミン」になくてはならないアンテナの取り付けです。上蓋に固定するための治具も取り付けます。
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 上蓋をかぶせ、ループアンテナの形をした電源スイッチを取り付け、ネジ止めすれば完成です。
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 ほんの15分ぐらいで、こんなぐあいに完成してしまいました。本体の裏側が電池入れになっています。右の写真の前に付いている2つの穴は、ボリュームを回して、チューニングを行うためのものです。
 これに電池を入れてやって、スイッチを引っ張れば音が出るはずなのですが。なぜかなんの反応もありませんでした。仕方がないので、ネジを外して基板をいじってみたら、ほんのちょっとした加減で、いきなり「ブー」と鳴り出しましたよ。かなりデリケートなもののようです。音は出たものの、その調整が一仕事です。最初は、アンテナに手を近づけると本当は音が高くなるはずのものが、逆に低くなったりします。それを、2つのボリュームで2つの高周波発振機の周波数を変えてやりながら、微妙に調整しなければなりません。1度調整したものも、しばらく経つと全然別の高さの音になってしまったりします。とにかく不安定な「楽器」です。
 適当なところで折り合いを付けて、とりあえず歌わせてみました。本物の「テルミン」は、アンテナがもう1本付いていてそれでボリュームを調整できるのですが、これはそれが出来ませんから、音はひたすら鳴り続いています。音を出さないようにするためには、手を遠ざけなければいけないのですが、そこに行くまでにはとんでもない下降グリッサンドを経験しなければいけませんし。まあ、でも、ビブラートが好きなようにかけられるのが、なかなか面白いものでした。このなんとも言えないゆれ具合がまさに「テルミン」の命、どうやら、この楽器の根元的な味は、この「おまけ」にもきちんと生かされているようでした。
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by jurassic_oyaji | 2007-09-29 19:52 | 禁断 | Comments(0)
笑えるクラシック
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樋口裕一著
幻冬舎刊(幻冬舎新書
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著者の樋口さんという方はまったく存じ上げないのですが、経歴を見てみると専門の音楽評論家ではないようですね。小さい頃からクラシック音楽を聴き続けているという、筋金入りのクラシック・ファンというところでしょうか。専門家が陥りやすい、変に読者に媚びたところがまったく見られない、直球勝負の潔さが感じられる、秀作です。
まず、「まえがき」の、「クラシックの演奏家は、音楽を勉強としてとらえている」というあたりで、快哉を叫びたくなってしまいます。そうなんですよね。クラシックの演奏家、特に日本人の場合、これがあるからどうしても堅苦しい演奏しかできない人が多いというのは、常々感じていたこと、ここまで言い切ってくれた著者の勇気は、大いに讃えられるべきでしょう。そもそもクラシック演奏家などと威張っていても所詮は「芸人」なのですから、それを「大学」で「勉強」などしたりしたら、なにか肝心なものが身に付かずに終わってしまうことでしょう。
そして、次の「実は笑える曲なのに、真面目に演奏されている名曲」という章が、まさに秀逸の極みです。最初にやり玉に挙がるのがあのベートーヴェンの「第9」。この、高い精神性を秘めたものと誰しもが認める「名曲」の、中でも終楽章を、「ドンチャン騒ぎ」と決めつけているのですから。しかし、よく読んでみると、そのクレバーな分析によってこの楽章の本質を表しているものが見事に明らかにされる様を体験できるはずです。そもそも「歓喜の歌」のテーマがなぜあれ程陳腐なのかも、筆者によって、なぜこんな「酔っぱらいでも歌える歌」になってしまったかを説かれれば、納得しないわけにはいかなくなってしまいます。今まで、この曲を崇高な人類愛の現れだとして特別な思いで聴いたり、あるいは演奏していた人たちは、顔色を失ってしまうことでしょう。それほどインパクトのある、これはすごい発想です。
続く「ボレロ」での、著者の実体験に基づく「真の姿」の解明も、なかなかスリリング、あのエンディングは「なんちゃって」なんですって。そこで引き合いに出されている指揮者が、大好きなアントニ・ヴィットというのも、ちょっと嬉しくなってしまうところです。
このぶっ飛んだ解釈が、そのままのテンションで残りの曲にも及んでいれば、さぞかし迫力のあるものが出来たのでは、と思うのですが、ただ、それでネタが尽きてしまったのか、意表をつかれたのはここまで。それ以降のシュトラウス(もちろん、リヒャルト)やショスタコーヴィチでは、誰でも知っているまっとうな「おかしさ」しか紹介されていないのですから、それこそ「なんちゃって」とかわされたような気持ちになってしまいます。
その失望感は、次の章、「正真正銘笑える名作オペラ」になると、さらに募ります。いや、普通これだけ書かれていれば十分「おかしさ」は伝わるはずなのですが、巻頭であれだけのテンションを見せつけられてしまっては、とてもこんなものでは「笑う」ことなどできません。そこにあるのは、どんな案内書にでも述べられているような誰でも知っている「あらすじ」と、そこから見られるただの、ということは、なんの裏もない素直な「おかしさ」だけ、そこには意外性も驚きもまったくありません。なにしろ、ここの読者はこんなぶっ飛んだオペラ本を体験しているのですから、これしきのもので「笑う」わけにはいきませんね。
とは言ってみても、この本からは著者の長年にわたるクラシック歴から得られた、真に聴くに値するものに対する嗅覚の鋭さのようなものは十分に感じ取ることは出来ます。巻末にはそんな著者が選んだ代表盤が収録されていますので、一度心を洗濯してきれいにしてから(「洗えるクラシック」)これを聴いてそんな感覚の一端を共有してみようではありませんか。
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by jurassic_oyaji | 2007-09-06 19:58 | 禁断 | Comments(0)
Allison Dubois
 日本のテレビドラマって、どうしてあんなにつまらないのでしょう。東北大学から100周年記念の表彰を受けた小田和正がテーマ曲を歌っている(余談ですが、この大学がこのアーティストを表彰した意味が、私にはさっぱり分かりません。彼がこれほどまでに高名なミュージシャンになるにあたって、大学が関わった要素というのはなにもないのではないでしょうか)朝の連続ドラマなどは、いつぞやの仙台を舞台にしたドラマ(「○花」でしたね)に劣るとも勝らないひどい出来なのではないでしょうか。旅館の女将を目指す女性の逞しい生き方を描いているのだそうですが、その「女将」というのが、なんとも不思議な設定になっているんですね。そもそも「女将」というものは、宿屋の主人の奥さんあたりが自動的になるものなのではないでしょうか。この主人公は、最初のうちはそういう資格がないにもかかわらず、「女将修行をさせて下さい」と言っていたのですからね。結果的には旅館の跡継ぎと結婚したからよかったものの、一時は「結婚しなくても女将を目指します」なんて無茶苦茶なことを言っていたんですよ。こういう、最低の設定の甘さが丸見えのドラマには、どうしても入り込むことは出来ません。
 ですから、私が見るのはもっぱらアメリカあたりのドラマに限られてきます。これだと、いくらデタラメなことをやっていても、とりあえず外国人が演技をしているというだけでなにもかも許せる気になってしまいます。それと、なにより面白いのが、あちらのドラマの作り方。前もって回数が決まっている日本のものとは全く違っていて、評判が悪ければ即刻打ち切り、その代わり面白ければいくらでも連続して制作されることになりますから、その辺の辻褄の合わせ方がとてもスリリング。前もって準備されたものではないだけに、そのデタラメさ加減が逆にとてつもないエネルギーとなって現れてくるのですよ。
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 今一番気に入っているのは「ミディアム」という、超能力を持った女性が主人公のドラマ。その能力を生かして、検事局で捜査に協力しているという設定ですが、殺伐とした捜査の謎解きだけではなく、3人の女の子の母親でもある主人公の家庭を巡るエピソード(娘たちにも超能力が備わっています)がとても暖かく描かれていて、心が温まります。こういう脚本を見ていると、あちらのものの水準の高さが思い知らされます。2番目の女の子が、すっごく可愛いんですよね。
 これはWOWOWで放送されているのですが、珍しいことに吹き替えではなく字幕スーパー付きの原語です。主人公の独特のまったりとしたしゃべり方が、これだとよく分かります。ところが、たまにこれが吹き替えに変わることがあるのです。初めてそれを見た時にはまるで別のドラマを見ているような気になりました。それぞれのキャラが、英語の時と全く変わって見えてしまうんですよね。
 調べてみたら、これは初回放送の時には字幕、再放送の時には吹き替えになっていることが分かりました。どちらでも構いませんから、是非一度ご覧になってみて下さい。
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by jurassic_oyaji | 2007-09-01 22:15 | 禁断 | Comments(0)
Off Course
 たびたびお伝えしている、私が出た大学の「100周年」、きのうがその最大のイベントと言える「記念式典」の日でした。会場は川内にある国際センター、世界的な学会や国際会議などがよく開催されるVIPの集まるスポットです。そんな場所に私のような下々のものが立ち入ることなど、本当は出来ないのですが、この日は堂々と正面玄関からタクシーで乗り付けます。そう、私達は、その前の日に世界初演を行ったこの「100周年」のための新しい曲を、その式典の最後に歌うべく、この晴れがましい場所に集結したのです。
 この式典は、なんせ100年に1度のイベントですから、主催者としては力が入っていたことでしょう。進行に手落ちがあってはいけませんから、そういうことにかけては専門、数多くのイベントを手がけている業者に協力を仰ぐことに余念がありません。音声、映像とも、経験を積んだ業者ならではの最新の機材を駆使して、最高のものをお届けしようとする意気込みが、伝わってはきませんか?
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 国内のみならず、外国からもこの式典のために数多くの重要人物が参加しています。そんな人たちを前にしての演奏ですから、落ち度は許されません。出入り1つにしても、入念なリハーサルが用意されていました。それを仕切っていたのが、この人物です。
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 ○×(まるばつ)エンタープライズとかいう、そのイベント会社の、ディレクターか何かなんでしょうね。まるでテレビの世界から抜け出してきたような、口ひげを生やし、髪をオールバックに決めたこの男は、業界用語を駆使して、その場にいた全ての人たちを、自分の意のままに操ろうとしていました。この男にとって誤算だったのは、ここに集まっている人たちは、決してその様な「業界」には馴染むことのない、ごく普通の市民だったということです。彼が流暢な口調で、まるで自己暗示にかかっているように「スマートな」言葉を発しても、それがそこにいる人たちに伝わることは、決してなかったのです。私達合唱団員が一様に抱いたのは、「この男、一体なにを言ってるんだ?」という、疑惑の念です。しかし、自分の発する言葉にすっかり酔いきっているこの男には、そんな思いなど伝わるはずもありません。ほとんどその男の言うことは無視して、今まで何度もトレーニングを行ったことを実行した結果、場面転換として用意された場つなぎの映像の尺「8分」に十分収まる、「6分」で、私達は見事に「式典」のステージを「コンサート」のステージに作り替えてしまったのです。
 リハーサルが終わって、長い長い時間、私達は控室で待機させられました。あれ程周到な準備をしていたにもかかわらず、式典の開始が30分も遅れてしまったというのです。いちどきに殺到した来賓を、受付がさばききれなかったのだと。実は、その受け付け、始まる前にちょっと目にしていたのですが、ちょっとこれでは混乱は避けられないと、感じていました。この配置ではとても大人数には対応できないことは、長年同じような受付を経験してきたものには、即座に分かってしまいます。この辺の段取りを仕切ったのも、もしかしたら「まるばつ」エンタープライズだったのかもしれませんね。
 式典も最後に近づいたので、ステージ裏に移動です。ここには楽屋があるのですが、そこにはその日に「表彰」を受ける各分野の「功労者」の「文化・芸術」部門での受賞者、小田和正の部屋がありました。もしかしたら本人がここに帰ってくるのではないかとカメラを用意していたのですが、結局撮れたのはこの名札だけでしたが。
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 私達の出番は、「祝典曲」のあと、「青葉もゆる」で締めくくられました。しかし、そのあとで「まるばつ」が用意した段取りの、ダサいこと。ステージも客席も真っ暗にして、ビートのきいた音楽が聞こえてきたかと思うと、そこにはまるで場末のキャバレーのような下品な照明が舞っていたのでした。このイベント屋さんは、絶対なにか勘違いをしています。少なくとも私には、これが世界の叡智を集めた大学の100周年を祝う式典の最後を飾るのにふさわしいものであるとは、全く思えませんでしたよ。100年後にはこんな失態を演じないように、今回のことを教訓として生かして欲しいものだと、真面目に考えてしまった自分が笑えます。
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by jurassic_oyaji | 2007-08-28 22:31 | 禁断 | Comments(0)
東北大学祝典曲
 週末は、土日ともに来週のコンサートのためのリハーサルでした。本番の会場の県民会館で、オーケストラと一緒に合わせることになります。「第9」のソリストが揃うのは本番前日ですが、「祝典曲」に関しては、きのうの日曜日にソプラノソロの菅英三子さんと、オルガニストの今井奈緒子さんが参加されて、フルメンバーによる演奏となりました。なんせ「世界初演」ですから、準備に抜かりはありません。これで、オーケストラのメンバーが、トップの人選にもう少し配慮があれば、言うことはなかったのですが、まあアマチュアですから、仕方がないのでしょうね。
 もちろん、このホールにオルガンなんかあるわけがありませんから、楽器は今井さんの東京のご自宅から運んだ「マイ・オルガン」、ポジティフという運搬可能な小さなオルガンです。こんなコンテンツを作っておきながら、実物を間近で見るのは初めてですから、ちょっと興奮します。
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 こんな感じの、鍵盤が1段、ストップも4つぐらいしかない可愛い楽器です。電源コードが椅子の部分につながれていますから、そこに送風ファンが入っているのでしょう。
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 調律をする時には、こんな風に中を開けて、パイプを1本1本調節していきます。
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 今井さんと言えば、バッハ・コレギウム・ジャパンなどとの共演で有名な方です。なんでそんな方が仙台のコンサートに?と思ったのですが、実は彼女は東北学院大学の教授だったのですね。そんなこと、今まで知りませんでした。そういえば、少し前にこの大学のキャンパスでBCJが「メサイア」を演奏していましたね(当日券があるというので油断をしていたら、早々に売り切れていて行けませんでしたが)。
 オルガンのパートはほとんど他の楽器と重なっているので、合唱の位置からはこのオルガンの音はほとんど聞こえませんでした。でも、客席ではきっと聞こえていたはず、それは、あとでDVDでチェックすれば分かることでしょう。
 会場にはなにやらテレビ局のカメラが来ていて撮影しているようでした。そういえば、仙台放送で取り上げるようなことをいっていましたね。放送はいつになるのでしょう。と思いつつ、家へ帰ってきたら、知り合いから私がテレビに出ていたのを見たというメールが届いていました。リハーサルの模様が、夕方のニュースでさっそく流れたのだそうです。全くノーチェックだったので録画もしていませんでしたが、そんなすぐ分かるほどはっきり映っていたのでは、気になりますから、なんとか見てみたいものだと思って、気が付いたのが放送局のサイトです。確かに、こんなふうに最初のカットでど真ん中に映っていましたね。
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by jurassic_oyaji | 2007-08-20 22:48 | 禁断 | Comments(0)
KIRIN NUDA
 なんでも、日本の最高気温が今日更新されたそうですね。暑いわけです。きのうも仙台では観測史上最高の気温を記録したとか、いやぁ、夕べは久しぶりに「熱帯夜」なども体験、「ねっ、タイヤ(@いしいひさいち)」なんて言っている場合ではありません。
 実は、この間東京に行った時に、そのあまりの暑さに面食らってしまったのですが、それがこんな地元でも簡単に味わえるようになるなんて。その時、電車の中の中吊り広告に、なんだかとっても涼しそうな飲み物の写真が写っているのが目に付きました。PETボトルの表面にはいかにも冷え冷えの水滴が付いていて、すぐにでも飲みたいような気になってしまうものです。コピーを読んでみると、「グレープフルーツとホップの味」とあります。なんだか大人っぽい味のような感じ、これはいつか必ず飲んでみようと、固く心に誓ったのでした。
 仙台に帰ってきてから、コンビニなどで探してみたのですがどこにもその緑色のパッケージは見当たりません。もしかしたら、これは東京だけの「地域限定」商品なのでしょうか。こんな田舎では「ホップの味」なんか分からないだろうと。
 しかし、それは「やまや」などに行けば売るほど置いてある(あたりまえですが)ことが分かりました。すぐさま買ってきたのは言うまでもありません。それがこれです。「キリン・ヌーダ」だと思ったら、「ヌューダ」と書いてありました。ということは、「nude model」は本当は「ヌュードモデル」と言わなければいけないのでしょうか。
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 確かにあの中吊りにあったパッケージ、見るからにおいしそうです。はやる気持ちを抑え、まず冷蔵庫に入れてキンキンに冷やしましょう。コップに半分ほど注いで、まずは一口。うん、喉を通る炭酸の刺激がたまりません。一気に飲み干します。ところが、味が・・・まずいっ!そうなんです。「ヌューダ」なんて言ってますが、実体はただの炭酸水、それだけ飲んだっておいしいわけがなかったことをその時思い出しました。なまじホップの味などが付いている分、一層まずさは募ります。なんだか海草のような味がいつまでも残っているのですよ。これは完全な誤算でした。期待が大きかっただけに、その失望感にはやりきれないものが残ります。
 ところで、このボトルとラベルのデザインを見てみると、なんだか水着(と言うより、腹巻き)を着ている女性のようには思えないでしょうか。ネーミングそのままですね。これは、コップなどに注がないで、そのままラッパ飲みすべきものだったのかもしれません。それこそ「大人の味」なのでしょうね。
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by jurassic_oyaji | 2007-08-16 21:05 | 禁断 | Comments(0)
私達は進む
 4月から始まった「100周年記念コンサート」の練習も、いよいよあと1週間ちょっとで本番を迎えることになりました。最初から公式ホームページを作ることによってある意味運営に関係してきましたから、「いよいよ」という感は強くなってきます。
 このサイトが出来た時には、関係した団体のサイトと相互リンクをすることになっていました。もちろん、私が関係している所は即座にリンクしてもらいましたが、他の所は直接頼むわけにも行かず、ちょっともどかしい感じでした。いつまで経ってもリンクしてくれないので、最近はチェックするのもやめていたのですが、さっきのぞいてみたら○声合唱団も○響楽団も、しっかりリンクしてくれていました。よかったよかった(べつに伏せ字にする必要はないのですが)。
 合唱団関係はともかく、最も重要な団体がなかなかリンクをしてくれていなかったのは、実はちょっと不安なところがありました。その「団体」とは、なにを隠そう、この催し物のおおもと、東北大学のことです。ここでは100周年記念事業専用のサイトを持っているのですが、そこではいちおう「予定」としてコンサートは掲載されているのですが、そこからは一向にリンクされる気配がなかったのですよ。実は、コンサートが開かれるのと同じ日に、片平キャンパスでは大々的に「100周年まつり」みたいなものが開かれることになっています。それに関してはしっかり宣伝をしているというのに。というより、それはまさにコンサートとのバッティングになっており、こちらに行く人はコンサートを聴くことは出来ないような予定になっているのが、ちょっと不思議なところでした。いちおう卒業生である私の所にも「招待状」が届いていましたし。
 こんな、東北大学のサイトの扱いを見ていると、そもそもコンサート自体を本気で大学の行事としてやろうと思っているのかな、という気になってしまいます。それこそ、片平の「まつり」が終わった時点で、全員揃って県民会館までコンサートを聴きに行くような予定には出来なかったのか、と。
 というのも、そういう人を当て込んでわざわざ昼夜2回公演にしたというのに、チケットの売れ行きが、特に夜の部に関しては全く芳しくないのですよ。
 ごく最近、リンクをしてくれたようですが、今ごろ、という感じ、こうなったら、冷たい大学関係者など、あてには出来ません。ぜひ、皆さんにもこのコンサートにいらして頂きたいと、切に願うものです。当日の目玉は、この催しのために作られた新曲「大学祝典曲」です。スコアを読んでみたのですが、合唱の出番以外にも聴きどころ満載、特に菅英三子さんのソプラノソロはとても美しいものです。それと、この曲には本物のパイプオルガンが加わります。もちろん、県民会館には備え付けのオルガンなんかありませんから、今井奈緒子さんという著名なオルガニストがポジティーフを持ち込んで演奏するのです。これは聴き逃せませんよ。
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by jurassic_oyaji | 2007-08-14 21:21 | 禁断 | Comments(0)
山本山
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 「朝青龍」が、今世間を賑わしていますね。私は昔からこの力士は大嫌いでした。別に「国技」だから日本人以外の横綱は認めない、などというような狭量なものではなく、彼の相撲がひたすら美しくないものに終始していることへの嫌悪感がそうさせたのですが。ですから、今回の「事件」は起こるべくして起こったもの、相撲協会はいっそのこと彼をクビにしたらよかったのに、と、思っているところです。
 それにつけても、そのあとに俄に注目の人となったのが朝青龍の師匠、高砂親方だったというのも、なかなか興味深いところです。この親方は一度見たら決して忘れられないほどのユニークな顔立ちをしていますが、現役の時の四股名は「長岡」、後には師匠である先々代の高砂親方の四股名「朝潮」を襲名しました。その前に「朝汐」と名乗っていたこともありましたね。
 この朝汐、改め朝潮は、その独特のキャラクターでいろいろな意味で人気がありました。なんと言っても、あの天才いしいひさいちが、彼を主人公にした作品「ワイはアサシオや」を発表したことからも、その人気はうかがい知ることが出来ます。もちろん、これはあくまでマンガとしてのキャラクターですから、本人自身はここに描かれているほどのひどい人格ではなかったはずです。しかし、この作品の中でたびたび描かれている彼と親方(つまり、先代朝潮)との確執は、彼が親方になった時の弟子である朝青龍との間に生まれたであろうものと非常に良く似たものに思えるのは、単なる思い過ごしでしょうか。いしいひさいちが今の「アサシオ」の姿を予測していたのであれば、これはちょっとすごいことではないでしょうか。なにしろ天才ですから、それはあり得ないことではありませんよ。
 そのいしいひさいちが朝日新聞の朝刊に連載マンガを書くようになって、一体何年経ったことでしょう。「やまだくん」時代から全ての作品に接してきた私としては、これほどまでにクオリティの高いものを毎日毎日書き続けるなどということは、まさに奇跡としか思えないのですが、どうでしょう。もちろん、それなりにスランプを感じさせられる時もありましたが、今ではすっかりそれも乗り越え、凡人などを超越した境地で力の抜けたものを作り続けられるようになっていると、改めて尊敬の念を深めているところです。
 同じ朝日新聞でも、夕刊に載っているしりあがり寿の作品があまりにもつまらないので、その思いはさらに深いものとなります。この人、出足こそは確かにユニークな味を出した見所のあるものを書いてはいました。しかし、いつの頃からか、目に見えてその質は低下していって、今では見ることもはばかれるほどの情けないものに成り下がっています。1つの人並みの才能が、新聞連載という過酷な条件の中で完璧につぶされてしまった姿を、そこに見ることは出来ないでしょうか。
 実は、このあたりでは河北新報ですが、同じような多くの地方紙で最近連載が始まったのが、さくらももこの「ちびまるこちゃん」だと知って、ちょっと驚いているところです。一部のものを読んでみましたが、本当につまらないものでした。そもそも彼女には4コマなど無理なのでは。なぜこんなリスクの多い仕事を引き受けたのか、理解に苦しみます。
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by jurassic_oyaji | 2007-08-12 21:26 | 禁断 | Comments(0)
Comin' thru the Rye
 おとといのコンサート、帰ってすぐその模様はアップしたのですが、なんせ走り書きでしたからいろいろ漏れてしまっていました。一息ついたところで、画像などももっと加えて、詳しいレポートを書いてみましょう。
 前日のリハーサルをやったのは、日野学園という小中一貫校でした。森さんがこの学校の校歌を作曲なさったという縁でお借りしたそうなのですが、その校歌の現物が、練習をやった場所の隣にある巨大な体育館に飾ってありました。
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 帰る時に気がついたのですが、下駄箱の上にこんな風に「学年」が書いてありました。「9年」というのが、いかにも一貫校という感じ、確かに新しいタイプの学校であることがはっきり分かります。
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 そして、次の日の本番、森さんの所から運び込んだチェレスタの響き方を、ホールの中で確かめてみます。森さんの靴が可愛いですね。
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 ロビーには、こんな花が置いてありました。森さんの交友の広さがうかがえます。ロビーにいた人の話だと、小西さんご本人も開演間際にいらっしゃったということです。この花のすぐわきに、森さんに自筆のコメントがあって、安野さんが急に出演できなくなったことが書かれてありました。
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 座席表が、こんな立体的な模型になっていました。なんかおしゃれですね。どこか、別のホールでも同じようなものを見た覚えがあるのですが、それがどこだったのかは思い出せません。
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 このコンサートで演奏された曲は、すでにオペラシティと津和野の安野美術館で歌ってきた「組曲津和野」の他に、絵本「雲の歌 風の曲」の中に含まれる曲をソロと合唱用に編曲したものが7曲(+アンコール1曲)ありました。その中の「ハーモニカ」という曲では、元の歌詞には「夕空晴れて~」というハーモニカの部分があります。それを、会場に座っていた人が吹きながらステージまで歩いてくるという演出が考えられていました。そのハーモニカの演奏者が、ジャーナリストの江森陽弘さんです。これも森さんのご縁なのでしょうが、そのリハーサルが繰り返し行われました。素敵なハーモニカでしたよ。
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 コンサートの前半は、森さんのトーク。実際に見ることは出来ませんでしたが、ステージ裏に待機している時にモニターでその様子は分かりました。チェレスタを弾きながらのトーク、さっきの絵本のことなどを話されていたようです。実際に歌も歌っていたみたいでしたね。さっき森さんのブログをのぞいてみたら、会場にみえていた津和野の町長さんもステージに上がって一緒にお話ししていたそうです。この町長さんと美術館の副館長さんという、お馴染みの方々は、打ち上げにも参加されました。
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by jurassic_oyaji | 2007-08-01 00:04 | 禁断 | Comments(0)
Toppan Hall
 「コール青葉」の今年3回目となる演奏会に参加するために、週末は東京でした。きのうは五反田でのリハーサルだったのですが、その会場というのが今まで何度となく通ったあの「キャッツ・シアター」のすぐ向かい、日野学園という新しく出来た小中一貫校でした。地の利はありますから五反田駅から歩きますが。暑いのなんのって。東京のこの暑さは、間違いなく異常、過剰な冷房が招いた人工的な暑さに違いありません。快適な生活を求めていたつもりが、そのツケが都市全体に及んでしまったという愚かな成り行きです。こんな都市には絶対に住みたくないと、改めて再確認するのでした。
 その日野学園ですが、練習に使う場所が「地下2階」という案内でした。入ってみたら職員の人がいて、「エレベーターで行って下さい」と言っています。そこは、体育館と武道場が丸ごと入っているという巨大な空間(なんでも、地下1階は温水プールだとか)、もちろん冷房完備の快適な場所です。これが、品川区の公立の学校なんですって。
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 今日の本番は小石川のトッパンホールです。永田音響設計が手がけたシューボックス、よく録音などにも使われるよい響きのホールだということで、楽しみにしていました。確かに、小振りでシンプルな造り、余計な残響がない心地よい音がするような感じです。朝の9時からみっちりリハーサル、今回なぜか私は最前列に立つことになってしまったので、音楽面だけではなく「見栄え」にも貢献できるように心がけてみました。最も気をつけたのはズボンのファスナー、ではなくて、楽譜の持ち方です。あたかも全曲暗譜しているにもかかわらず、他の人が持っているのでそれに合わせて持ってみました、みたいな「見た目」を演じよう、という心がけです。
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 ただ、当日になって予想外のハプニングが発生してしまいました。コンサートの前半は森さんが安野さんと一緒にトークを披露するという予定だったものが、突然安野さんが来られないことになってしまったのです。過労か何か、体力的なことだそうですが、森さんは急遽1人で仕切らなければならなくなり、かなり「動揺」されてしまったそうです。しかし、後半には「童謡」を歌って頑張ろう、なんて駄洒落をとばしていましたから、まず大丈夫でしょう。
 後半の合唱のステージ、もう何回も歌ってきた「津和野」ですが、今回はいつもボイトレをなさっているプロの歌手の方が、一緒に合唱の中に入って歌ってくださいました。たまにソロが入るので、それを担当して頂くというのが当初の目論見だったのですが、彼らは合唱に実によくはまって、しっかり核になるような声を出してくれていました。そのせいもあって、おそらく今までで最高の出来の「津和野」になったのではないでしょうか。客席はほぼ満席、やはり、たくさんのお客さんの前で演奏するのはいいものです。
 打ち上げにはこんな有名な方もいらっしゃって、盛り上がりましたよ。
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 もちろん、最後の締めはこれでなくっちゃ。
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by jurassic_oyaji | 2007-07-30 00:15 | 禁断 | Comments(0)