おやぢの部屋2
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Diamond City
 「ダイヤモンド・シティ」にやっと行ってきました。オープンしてから1月以上経っているこの「東北最大」のショッピング・モール、こういう施設の一番乗りには目のない我が家の住人ですが、なんせ3月に入ってからの忙しさといったら、週末が全てつぶれるというものでしたから、どう頑張っても行くことはかないませんでした。
 オープンしてからというもの、なにしろ人がたくさん集まって、車で行くと渋滞がひどくて、名取にある現地にたどり着くまでものすごく時間がかかる、という噂が飛び交っていました。確かに、周辺の国道は常に渋滞していることを交通情報は告げていましたね。しかし、そろそろ物珍しさだけのお客さんは減ってきて、普通のちょっとした渋滞、ぐらいになっているのではないか、という気がありましたので、車で出発です。
 確かに、新しい施設にありがちなそれなりの混みようではありましたが、目的地には予想以上に簡単にたどり着くことが出来ました。国道を曲がると、もうすぐそばのところにあるのですね。新しく開通したアクセス鉄道の高架越しに駐車場が見えますが、ガラガラになっています。これだったら、簡単に駐車できることでしょう。
 しかし、前の車の進むように一番最初の入り口を入ってみても、そのあたりの駐車場は見事に満車になっています。なぜか、駐車場の誘導員というのが1人も居ないので、本当に空いていないのかは正確には分からないのですが、後からどんどん車が来ますからマゴマゴしているわけにはいきません。さらに不思議なことに、さっきガラガラだった駐車場に通じているはずの通路が閉鎖されているのですよ。結局、長~い建物の周りをまるまる1周しなければ、そこにはたどり着くことは出来ませんでした。つまり、その間は完璧に満車だったというわけです(もちろん、誘導員は誰もいませんから走りながら自分の目で確認した限りで、ですが)。
 確かに、今まで行ったことのあるショッピング・モールの中では、そこは最大の規模を持っていました。それよりすごいのは、そんな巨大な建物の中が人でいっぱいになっていたということです。とてつもない集客力ですね。とりあえずお昼ご飯を食べようと思ったのですが、どこも長蛇の列、中でもバイキング関係はものすごいことになっていましたよ。そこは実際に並ばなければならないのですが、名前を書いておけば並ばなくても大丈夫だという、ディズニー・リゾートの「ファスト・パス」みたいなお店に、とりあえず名前だけを書いておいて、どうせ時間がかかるでしょうからインフォメーションでフロアガイドをもらってきて、その辺を探検です。
 そう、まるで去年の12月に初めて行ってきたディズニー・シーのように、地図なしではとても歩き回ることが出来ないほどの、そこは広々とした、殆どテーマパークほどの規模を持っていたのです。一回りしてレストランのエリアに戻ってみると、当て馬の方の和食店はまだまだ待ちそうでした。そして、本命のステーキやさんに行ってみると、私達のすぐ前まで呼ばれていました。危うくセーフ、と思っていたら、そこにいたオジサンが「あんたらのこと、呼んでたよ」と言ってます。確かに、そこに出てきたおねえさんが私達の名前を消して、次の人を呼ぼうとしていましたので、間一髪、「今来ました!」と叫んで、入れてもらえましたよ。もうちょっと遅かったら完全に消されて最後にまわされているところでした。もっとも、そこまでして食べるほどのステーキではありませんでしたが。
 そんな、頼みの綱のフロアガイド、よく見てみたらこんなコピーが書いてありましたよ。
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 「いづも」って、これは島根県の宣伝コピーじゃないですか(4月1日記)。
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by jurassic_oyaji | 2007-04-01 21:02 | 禁断 | Comments(0)
Crazy Cats
 他のネタがあったのですっかり忘れていましたが、ブログのカウンターがいつの間にか5万になっていました。このところ3ヶ月で1万というペースが定着しています。つまり「のだめ」が終わってもそのペースは変わらなかったということになります。「おやぢ」中心という本来のエントリーでこのアクセスというのはなかなか嬉しいものです。
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 「5万」と言えば、「5万節」。なんてことがすんなり出てくるというのはよっぽどの「クレージーキャッツ」のファンだけのことになってしまいました。おととし結成50周年を迎えたこの不世出のバンド(そう、彼らはバンドだったのですよ)のフロントマン、植木等が亡くなりました。何と言ってもリアルタイムで彼らの姿を見てきたものとしては、感慨深いものがあります。これで7人いたメンバーのうちの4人が鬼籍に入ってしまいました。あと3人(谷啓、犬塚弘、桜井センリとすぐ名前が出てくるのが悲しいところです)残っているとはいえ、これで名実共にこのバンドが終焉を迎えたことは、誰の目にも明らかでしょう。心からご冥福をお祈りいたします。
 植木等、そしてクレージーキャッツは数多くの映画に出演していました。最近はBSなどで繰り返し放映されていますが、なぜか私が昔見た時の印象が強烈に残っていて、ぜひもう1度見てみたいと思っている作品は、見る機会がありません。それは、北杜夫の原作による「怪盗ジバコ」。
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 もちろん、この原作自体がパステルナークの「ドクトル・ジバゴ」のパロディ(「ジバゴ」ではなく「ジバコ」)なのですが、映画の方はまた原作に忠実でなかったような印象がありました。それがなかなか確かめられないでいるのが、ちょっともどかしいところです。「怪盗」対策で集まった総理大臣などが、屎尿処理かなんかで話し合ったあと「お昼ご飯にしましょう」といって出てきたのがカレーライスだったというようなつまらないギャグに、当時はウケてしまったという思い出しかないもので。もう一つ、ラスヴェガスでロケを敢行したというとてつもないスケールの作品も、ぜひ見てみたいと思っているものです。
 クレージーの映画はどれを見ても面白かったのに、同じ頃にやっていたドリフの映画は本当につまらないものでした。というか、初めて見たドリフのものがあんまりつまらなかったので、それ以後は全く見てはいないのですが。クレージーが都会的で洗練されて、言ってみれば「夢」を与えてくれたものに対し、ドリフはとことん貧乏くさく、垢抜けないというというのがその映画の印象だったのです。その印象は、もちろん今でも変わってはいません。いったい「バカ殿」のどこが面白いというのでしょう。
 どうでもいいドリフのことはおいといて、植木等のことでいまだに気になっていることがあります。それは「ハイそれまでョ」というヒット曲について。ご存じのように、この曲は前半にバラード調のゆったりした部分があってそれがいきなりアップテンポに変わるというものなのですが、その4ビートのバラードにハンパな小節があるのです。「おねがい~、おねがい」のあとが、どう聞いても2拍多いのですよ。こういう音楽でこんな「変拍子」が入るのはとても落ち着かないもの、これは意図して入れたものなのか、ぜひご本人にお聞きしたかったのですが(いや、生きていても無理だったはず)。
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by jurassic_oyaji | 2007-03-29 21:02 | 禁断 | Comments(0)
Pilgrimage to Tsuwano 5
 プラネタリウムは40分程かかりました。あと少しすると、今度は安野さんのサイン会が始まります。私は別にミーハーではないので、「今さらサインなんか」と、大して乗り気ではなかったのですが(実際、買う本はありませんし)、愚妻は意気込んで物色しています。その間きのうコンサートがあったあたりをブラブラしていると、そこへひょっこり安野さんが現れたではありませんか。そばにペンション組のMさんがいたので、一緒に近づいて話をしてみました。きのうの宴会の時は、人がたくさんいたのでとうとう話をすることはできなかったのですよ。かなり緊張して、口ごもりながら「デビューの時からの先生のファンでした」とか言ってみると、Mさんも「この人は、安野さんのことなんでも知ってるんですよ」と助け船を出してくれます。安野さんは「ああ、そうですか」と平然としたものです。うん、その気持ちはよく分かります。私もほんの少し前、ショップで仲間から「『ジュラシック』、すごいですね。とても分かりやすいです」とか言われて、「いや、あれがウリなんですよ」なんて謙遜して見せたばっかりでしたからね。もちろん、全く次元の違う世界の話ですが。
 間近でお話しした安野さん、とても81歳とは思えないような若々しいオーラが漂っている方でした。「握手してくださいますか?」と言って手を差し出すと、気さくに握り替えしてくださいました。その手を伝わって、安野さんのオーラが少しは私に入り込んできたのかもしれない、と思ったのは、まさに「信者」の心境のなせるわざでした。
 サイン会の会場は「教室」です。この美術館には、昔の小学校の教室を再現したところがありますが、そこにも安野さんの「仕掛け」が満載でした。
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 お分かりでしょうが、これらは全て安野さんの作ったものです。「藤本先生」は絵本にも登場しますね。「ごますり」が効いてます。
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 ただサインをするだけだと思っていたら、安野さんが教壇に座って「授業」が始まりましたよ。いえ、ちょっとした雑談なのですが、それは安野さんならではの知的なひらめきが随所に感じられるものでした。立ち上がってチョークで黒板に書いた文字が、まさに「安野フォント」だったのにもびっくりです。それが終わって一人一人に丁寧にサインをして下さいました。中には自分が書いた水彩画を持ち込んで、安野さんのコメントをもらっているというすごい人もいましたね。いや、実はきのうのコンサートの時に一緒に歌っていた人が、そこにいたのですよ。この人はもっとすごい完璧な「追っかけ」、北九州からやってきて、コンサートとサイン会を満喫していたようです。こんな「同士」に会えたのも、「聖地」ならではのことでしょう。
 肝心の展示室に行っていなくても、これだけでもう十分、時間もなくなってきたので美術館に別れを告げました。また来ることもあるでしょうし。
 それから向かった、夕べのタクシーの運転手さんに聞いておいた「わらじや」というお店で食べた天丼は、ちょっとすごいものでした。大きな海老が3本も入っていて、それがご飯の上に高々と積み上げられています。それだけではなく野菜がもう5品、そのままではとてもご飯が食べられませんから、天ぷらを一旦置いておく皿が一緒についてました。その海老が、もうプリプリ、あっさりしていておいしいのなんの、もしかしたら今まで食べた中で最もおいしい天丼だったかもしれません。それで値段は1100円! 信じられない安さです。
 残った時間で町の中を歩き回っていると、知った顔に何度会ったことでしょう。こんなに楽しい時間を作ってくれた合唱団の仲間には心から感謝です。私にとってはまさに「聖地巡礼」だったこの旅によって、もしかしたら今まで引きずっていた煩わしいものからの決別ができたのかもしれません。リニューアル・ジュラシックが津和野で誕生しました。
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by jurassic_oyaji | 2007-03-22 22:12 | 禁断 | Comments(0)
Pilgrimage to Tsuwano 4
 打ち上げの会場からタクシーに相乗りでペンションに帰ってきた時には、もう12時を過ぎていました。誰かが「ここでは11時を過ぎれば、もう寝てしまいます」と言っていた通り、その時間に外を歩いている人は「流れ」で二次会へ向かう合唱団様ご一行以外には誰もいませんでした。空を見上げると星の多いこと、仙台では絶対に見ることの出来ない美しい星空でした。
 次の朝、窓の外に広がっていたのは、まさに安野さんの作品の中の世界でした。西日本とは言え標高100メートルという山中ですから、駐車場にあった車の窓にはしっかり霜が降りていましたよ。
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 7時半になると、インターホンで「朝ご飯が出来ました」とオーナーの声が聞こえてきました。食堂に行ってみると、すでにテーブルには食事の用意が整っています。久しく食べたことのない純和風の朝ご飯です。目玉焼きにはソースが欲しいところですが、我慢しましょう。そして、テレビではお約束通り、きのうのコンサートのビデオが流れていました。いやぁ、これは素晴らしいと思わず聴き入ってしまう程、声が良く出ています。昨日歌っていて感じた不安は全く消えてしまいました。これだったら、会場で聴いていた人は満足したことでしょう。実はこのペンションは森ミドリさんのお薦めで今回使うことになったのだとかで、オーナーとも親しい間柄です。そのせいか、森さんのピアノのアップが頻繁に登場していました。ピアノの後が中庭を望むガラスになっているのですが、それが鏡になってソプラノの人の顔が映っています。そこで、森さんのすぐ後ろに映っていたのが愚妻の顔、得をしていましたね。
 レンタカーで帰る人もいるので、ひとまずお別れを言いつつオーナーの奥さんに駅まで送ってもらいます。きのうは慌ただしくコンサートで出入りしただけですから、今日はゆっくり安野光雅美術館を見学、帰りの列車は2時ですから、少しは観光もできることでしょう。白壁の蔵を模した美術館の前の通りには、しっかりロゴの入った旗が翻っています。よく見ると(実は、写真を見直して今気がついたのですが)通りの名前と美術館のロゴが裏返しになっています。これも安野さんのアイディアだったのでしょうか。
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 美術館では、まずショップでお買い物。ここには安野さんの著作が今手に入るものは全て揃っています。もちろん、絵本に関してはほぼ全て持っているものばかりですから今さら買う必要はありませんが、ここでしか売っていないグッズに注目です。親しい人へのお土産もありますが、私自身のお土産に、トランプを4種類全部買ってしまいましたよ。まわりを見ると、殆どが合唱団のメンバーでした。ついさっきお別れをしたばかりのペンション組も。みんな考えることは一緒なのですね。
 展示室を見る前に、プラネタリウムが始まる時間だったので、そこへ向かいます。安野さん自らナレーターをやっている楽しいもの、もちろん、最初に現れるのは「津和野の星座」です。
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by jurassic_oyaji | 2007-03-21 20:51 | 禁断 | Comments(0)
Pilgrimage to Tsuwano 3
 演奏は、会場での声だしが全くないというブッツケ状態で始まりました。自分たちの声が一体どのように届いているのか全然分からないのが不安です。歌っていると、自分の声すら良く聞こえない感じ、他のパートもあまり聞こえてこないので、果たして正しいハーモニーで歌っているのか、とても不安になってしまいます。
 後の方を見ると、先ほど車で送り迎えをしてくれたペンションのオーナーが、本格的なカメラを構えているのが分かりました。このオーナーはカメラマンだそうで、ペンションには彼の作品がたくさん展示してありました。今録っている映像は、翌日の朝食の時に見せてもらえるそうなので、楽しみです。
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 私達の演奏は前半がこの前のコンサートの最後のステージで歌った色々な曲を「時を超えて」というテーマでまとめたものです。オペラシティでの時には小原孝さんがピアノを弾いて、それこそただの伴奏ではない、インプロヴィゼーションも交えつつのぶっ飛んだコラボレーションが展開されていたのですが、津和野には同行してはいないので森ミドリさんのピアノです。小原さんに負けじと森さんが考えたのは(誰のアイディアかは分かりませんが)、津和野の小学校や中学校の「校歌」を、それぞれの曲のイントロとして使う、というものでした。多分、ここに聴きにきている人たちにはお馴染みに違いないメロディーが森さんの手によってちょっとおしゃれに響いたあと、「少年時代」とか「さくら」が始まる、という趣向です。
 その森山直太郎の「さくら」が始まった時、一番前に座っているおばさんが、とても気持ちよさそうに歌い始めたのが目に入りました。その瞬間、なんだかとても熱いものがこみ上げてくるような気持ちになってしまったのです。お客さんが一緒に歌い出すなどという現場には何度も遭遇していたはずなのに、このときばかりは涙さえ出てきて、しばらく歌が歌えない程になってしまいましたよ。なんというのでしょう、音楽を通して確かなコミュニケーションが成立した瞬間に立ち会えたような、殆ど感動に近いものがあったのです。その頃にはちょっと違和感のあった会場の音響にもだいぶ慣れてきて、一体感は深まるばかり、終わって先ほどの控え室に引っ込むと、指揮者は「すごく声が出てる」と言っていました。我々には分からなくても、向こう側にはきちんと声が通っているというのです。恐らく、後の「魔法陣」のタイルが、良い反響板になっていたのでしょう。
 後半、この曲のためにここまでやってきた「津和野」は、一番前に座っている安野さんの表情ですっかりメッセージが伝わっている事が分かりました。全曲が終わった瞬間には、安野さんは立ち上がって拍手を送ってくださいました。
 この演奏会には、安野さんの誕生日(実際は20日)という意味もあったので、打ち合わせ通り「ハッピー・バースデイ」を歌ってプレゼントを差し上げました。斜めがけにしているショルダー・バッグがそのプレゼントです。
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 会場は大盛り上がり、最後に安野さんは「何か、校歌のようなものはないんですか?」と聞いてきました。確かに学生時代には「青葉もゆる」という学生歌を定期演奏会のオープニングで歌っていましたので、まさに勢いで「ああ、東北大」で終わるこの曲を、津和野の安野さんの前で大声で歌うという予想外の事が、そこで行われてしまうことになります。ちょっとしたこだわりがあったもので、これは決してオペラシティでは歌う事はなかったのですが、こんな形だったらすんなり歌えてしまいます。これを知ったら、悔しがる人が出てくる事でしょう。
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 打ち上げは、なんと宴会形式、でも、安野さんにサインをねだったり、一緒に写真を撮ったり、とっても楽しいものでした。
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by jurassic_oyaji | 2007-03-20 23:28 | 禁断 | Comments(0)
Pilgrimage to Tsuwano 2
 なんせ大人数ですから、着替えも大変です。大半の人は美術館のすぐそばにある旅館に泊まったので、男声はそこで着替えて、ステージ衣装で歩いてきます。我々ペンション組と女声は、美術館の中で着替えます。男声にはなんと「館長室」が用意されていました。その広い部屋の中にはもちろん安野さんの本なども置いてありますが、何より目を引いたのが、この「つわのいろは」のオリジナルです。
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 いろは48文字を全て1度だけ使ってつくられた「いろはうた」、安野さんはその中に故郷津和野を見事に歌い込んでいます。この歌が、何と言っても今回のプロジェクトの出発点、感慨もひとしおです。ここに出てくる「しろあと」は、今でも山の上に残っている「城跡」のことですが、「この歌を城跡で歌ってみたいね」と誰かが言ったために、津和野でのコンサートが実現しました。実際に城跡で歌うのは無理ですから、せめて城跡へ向かって、というのが、前回の小学校の校庭でのパフォーマンスだったわけです。
 着替えが終わって、実際に「城跡コンサート」が行われる美術館のエントランスへ行ってみると、開場のセッティングはすっかり出来上がっていました。壁一面に描かれた巨大な「魔法陣」をバックに歌うというプランです。ただ、問題は合唱団が乗るための山台です。場所が狭いものですから、そこには写真屋さんが集合写真を撮る時に使う、ちょっと狭くて乗るのにはおっかないスタンドが用意されていたのです。かなり段差のあるものですから、女声がドレスの裾を引っかけたりしないように、立ち方のリハーサルです。本当は全員が並んでみて、一度でも声を出してみれば良かったのでしょうが、そんな時間はありませんでした。
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 本番前に待機している場所は、「展示室」です。さっきまでは美術館を訪れた人たちが最も神経を集中して展示物に見入っていたであろう、メインの部屋の中を、今は自由に歩き回って、そこの安野さんの原画を心ゆくまで見る事が出来るのですよ。そこにあったのは最近「改訂版」が出たばかりの「旅の絵本2」の原画、印刷された本も従来版と改訂版の両方が置いてありますから、それぞれを比べて見る事も出来ます。確かに今回のものは印刷の精度は上がっていますが、色合いなどは原画と比べてしまうといまいちというのが良く分かります。これはもう印刷技術の限界なのでしょうね。
 私の「安野マニア」ぶりはもはやメンバーの中に浸透していますから、原画を前にしながら色々聞いてくる人もいます。「聖地」のまっただ中に今自分がいるのだというだけで舞い上がっているというのに、そんな風に頼りにされるなんて、つくづく長年のファンであった幸せを噛みしめる私でした。
 いよいよ演奏の始まり、不謹慎だとは思いましたが、一応デジカメをポケットに忍ばせて山台に立ちます。機会があれば客席の様子を撮ってみようという「編集長」精神です。しかし、そんな心配は無用、曲が始まる前に森さんがMCをやっていると、安野さんも立ち上がって話を始めたり、とても和んだ雰囲気でしたから、写真を撮ってもなんの邪魔にもなりませんでした。こんな風に、エントランスは150人程のお客さんでいっぱいになっていました。
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by jurassic_oyaji | 2007-03-19 19:56 | 禁断 | Comments(0)
Pilgrimage to Tsuwano 1
 「聖地」巡りは終わりました。それは私にとって、かけがえのない体験となった、とてつもない旅でした。この2日間のことは、一生忘れる事はないでしょう。
 なにしろお彼岸間近の週末ですから、まるまる休んでしまうのはちょっと気が引けるものです。ですから、金曜日にはしっかり準備を整えて、他の人でも代わりにできるような段取りを付けるのに余念がありませんでした。そして夕方に出発、その夜は東京に一泊です。
 土曜日の朝は久しぶりの東海道・山陽新幹線です。これに乗るのは妹の結婚式で岡山まで行った以来ですから、一体何年ぶりになるのでしょう。そもそも5時間も同じ席に座りっぱなしなんて、東京までの新幹線が1時間半で終わってしまうのに慣れた身には、かなり応える事のはずです。「腰」もあることですし。
 しかし、車窓から見える景色は、ちょっと曇りがち、一部では雨が降っているというお天気では、ちょっと富士山は見えなくて残念ではありましたが、昔々、このあたりに住んでいた思い出を蘇らせるのには十分なものがありました。中でも静岡のお茶畑などは、なんか原体験をつつかれてしまう程のインパクトのあるものでしたよ。
 何ごともなく新山口まで行ったあとは、まさに初めての体験、「山口線」へ乗り換えます。新幹線を降りたホームには、同じ列車に乗っていた合唱団のメンバーがたくさん、殆どの人がこれで来たようですね。
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 山口線のホームまでは階段があります。もちろん、エスカレーターなどというものは付いていませんから、重たい荷物もそうそう愚妻に持たせる訳にはいきませんから、腰に負担がかからないように半分だけ持ち上げてみます。どうやらこの程度だったら大丈夫、しばらくは急な腰痛もない事でしょう。ホームは、沢山の人でごった返していました。特急「スーパーおき」という名前とは裏腹に、この車両は全部で2両しかありません。1両が指定席、もう1両は自由席です。もちろん私達は指定席を買ってあったので、その人垣をかき分けて自分の席へ向かいます。しかし、自由席の方はなんだかとんでもない事になっているようです。一緒に来た人の中には指定席が買えなかった人にいたようで、見慣れた顔の人がデッキに立っていました。普段はそんなに人が乗る事はないこのローカル線にとっては、こんな大人数に人が押し寄せるのはどうやら予想外の事態だったようですね。「本日はご迷惑をおかけしております」みたいなアナウンスもありましたし。
 1時間程で、目指す津和野に到着です。駅にはペンションのオーナーが来るまで迎えに来てくれていました。1回では運びきれないので、2回に分けてのピストン輸送、最初に乗ってしまった私達は、オーナーの観光案内を聞きながら、ちょっと遠くにあるペンションへ向かいます。
 一服する暇も惜しんで、リハーサル会場の小学校へ向かいます。そこでは、予定していなかったイベントが待っていました。校庭にいる安野さんと森さんの前で、城跡へ向かって歌を歌うということになったのです。いよいよ、「城跡コンサート」の幕開けです。
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by jurassic_oyaji | 2007-03-19 14:28 | 禁断 | Comments(0)
Takemitsu311
 今年も行ってきました。東京オペラシティのコンサートホール。ここのステージに立つなんてなかなか得難い体験でしょうから、昨年に続いてバックステージなどの写真を撮りまくってきました。
 まずは、去年はとうとう行けなかった「出演者ロビー」です。このホールがあるのはオペラシティの3階なのですが、楽屋などは3階と4階にあります。テナー系の楽屋が3階なので、わざわざ階段を上ってまでも行くことはないと思い、去年は行きませんでした。奥に見えるのが喫煙コーナーというのが、ちょっと気になります。出来ればきちんとブースで仕切ってもらいたかったところです。
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 3階のステージ裏手には、こんな棚があります。出演者が楽譜や楽器を置いておくための物なのでしょう。本番の時は、ここは各人の楽譜や「水」でいっぱいになりました。もちろん、私の「拍子木」もここに置きました。
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 その向かい側に、サインボードがあります。ここを使った演奏者が記念に書いたもの、左端にはスクロバのサインがありました。
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 その脇には、去年と同じスタッフにより、録音(奥)と録画(手前)の機材がセットされていました。今年もまた素晴らしいCD(SACDも可能)やDVDが出来上がってくることでしょう。
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 ステージの模様を見るための小さな窓が、壁に開いています。そこから、開場直後の客席を撮ってみました。今年も客席は超満員、少し遅く来た人は一番後とか、バルコニーにしか座れなかったそうです。
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 そんなお客さんを前にしての演奏、リハーサルまでは何かと心配なことがあったのですが、本番には見違えるように心を一つにした「熱い」ものがあったはずです。最前列のお客さんの顔などはすぐそばに見えますが、中には涙を拭っているような素振りを見せる方もいらっしゃいました。「津和野」を作った安野さんと森さんも、1階席のど真ん中に並んで座ってらっしゃいましたが、森さんの陶然とした表情は、遠目にも分かりました。アンコールは全部で3曲、最後の「虹に続く道」が終わるまで帰るお客さんは殆どいなかったのは、この演奏会の「常連」がしっかり育ったせいなのでしょう。休憩を入れて2時間半のコンサート、ステージの上も客席も、どちらも満足したに違いありません。
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by jurassic_oyaji | 2007-03-12 20:56 | 禁断 | Comments(0)
Eternal Love
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 ちょっと前の新聞広告に「傑作コメディ」と書いてあったので、篠田節子の「百年の恋」(集英社文庫)を読んでみる気になりました。この作家、クラシック音楽を素材にした作品を沢山書いているのでそういうものはよく読んでいるのですが、それ以外のジャンルのものも、なかなか緻密な構成で読み応えがありますから、結構好きで機会があったら読むようにしています。しかし、正直言ってそのくそ真面目な描写がややうざったくかんじられることもあります。自分ではユーモアだと思って仕掛けている「くすぐり」が、見事に外れていることもありますし。ですから、本当に面白くて一気に読めてしまうものがある一方で、どうにも入り込みようのない取っつきにくいものがあるのも事実です。この間出た「コンタクト・ゾーン」(文春文庫)などはいかにも面白そうだったので、張り切って上下巻まとめて買ってきたのですが、上巻を読んでいる途中でどうにも話について行けなくなって、ギブアップしてしまいましたよ(あ、私には、この手のものをハードカバーで買うという習慣はありません)。
 そんな篠田の「コメディ」が読めるというのが、この本を買ったきっかけです。お世辞にも「笑い」のセンスが良いとは言えない彼女が、一体どんな「コメディ」を書いたのか、それが興味の対象でした。
 出だしは確かに意表をつく設定でした。売れないライターがインタビューに行った先の銀行でのエリート社員に一目惚れ、とても自分とは釣り合わない高嶺の花だと思っていたものが、トントン拍子につきあい始め、そのまま結婚してしまうというものです。しかし、いざ結婚して一緒に生活してみると、その女はとんでもないだらしなさの持ち主であることが分かってしまいます。部屋は散らかし放題、家事は全く行わないというおよそ「嫁」にはふさわしくない女だったのです。こういう成り行きですと、確かにコメディにはなるでしょう。実際、仕事が忙しいことを口実にして、休みの日はゴロゴロ寝てばかり、結婚したら一緒にヨーロッパへオペラを見に行くのは無理だとしても、せめて九州あたりの温泉にでも一緒に行きたいものだと思っていた男の何とも言えない絶望感は(そんなことまでは書かれてはいませんが)、格好のコメディの素材になるはずですから。
 しかし、女が妊娠したというあたりから、物語は安っぽいソープオペラの様相を呈してきます。父親がもしかしたら自分ではないのかもしれない、という考えを男が抱くようになったのです。このあたりの描写にはなかなか引き込まれるものがあります。本気で、これはそんな裏切りの物語だと思ってしまうほどの筆致、それはそれで面白いのでしょうが、「コメディ」と断ってあることがかろうじてそんな救いようのない結末ではないはずだと思わせられる担保になっているのでしょう。
 案の定、自分そっくりの女の子が生まれてきたことによって、男の疑惑はあっけなく氷解します。全ては自分の取り越し苦労だと悟るあたりに「コメディ」を感じて欲しいということなのでしょう。まあ、良くできた話ではありました。
 この「小説」のもう一つの仕掛けが、他の作家が書いた「育児日記」をそのまま挿入したというものです。そこだけゴシック体で印刷してあって、それが分かるようになっています。その様にすることによってなんとしても盛り込みたいものがあることはよく分かりますが、ちょっとこれは本体とは全く異質、小説の方を「日記」に合わせてかなり強引にねじ曲げてあるのがありありと分かってしまいます。こんなものがない方がもっとスッキリと「コメディ」が仕上がったのではないか、という気はします。
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by jurassic_oyaji | 2007-03-08 21:13 | 禁断 | Comments(0)
Composition No.6 for Male Chorus
 きのうの「おやぢ」で取り上げた「オルフェイ・ドレンガー」ですが、曲目などの確認のために録画しておいたDVDを取り出してもう一度見直してみたら、なんと、間宮芳生の「コンポジション」を演奏しているではありませんか。前に見た時にはこの曲を実際に歌うことなど想像すらしていませんでしたから、あっさり聴き流して、記憶にも残っていなかったのですね。ほんのちょっとした経験で、あることについての関心が全く変わってしまうということの、まさに実例と言えるでしょう。
 今では、しっかりこの曲を練習していますから、隅々までよく知っているようになっています。そうなると、冷静にこの演奏を聴くことが出来ます。まず、なによりも「うまい」のには驚かされます。我々はこの曲、本当に苦労していました。特に難しいのがリズム、というか、各声部のタイミング。楽器だったら、リズムさえつかんでいればすぐ音を出すことは出来ますから、そんなに難しいことではないのですが、合唱の場合は「音を出す」というのが、まず大変なのですよ。絶対音を持っていない限り、なにもないところから正しいピッチの音を出す、というのはまず不可能です。ですから、前の音をおぼえていて、それから何度の音程ということで、次の音を出すことになります。この曲の場合は、その音程がとても厄介、その上、変則的なリズムで入らなければなりませんから、休んでいる間にその音を確かめていたりすると、もう次の入りが分からなくなってしまいます。
 そんな難しいことを、彼らは本当に簡単にやってのけているのですよ。それはまさに、楽譜の細部まできちんと音として完璧に再現しているという、ほぼ奇跡的な演奏でした。「クラシック音楽は、楽譜を介在して成り立っている音楽」という定義を素直に受け取る限り、それは全く理想的な姿のように見えます。
 ところが、そんな完璧さとは裏腹に、その演奏にはなにか違和感がついてまわったのも事実です。この「コンポジション」という一連の作品は、素材として日本の民謡やわらべうた、声明といったものを使って、それを高次元の合唱曲として再構築したものです。元の日本のメロディは、装飾音やグリッサンドを駆使したとてつもなく細かい記譜法で「楽譜」として書き記されています。それを忠実に「音」にすることさえ出来れば、そこからは元の民謡などが持っていた雰囲気を感じ取ることは出来るはずです。ところが、このスウェーデンの「世界一」とも言われる男声合唱団の演奏からは、その様な「日本」の要素がほとんど伝わってこなかったのです。そこから聞こえてきたものは、確かに西洋音楽が持っていた語法とは隔たった世界ではあっても、特に特定の国を意識させられることはない、もっとグローバルな音楽の姿だったのです。同じ音符から私たちだったらもっと別なものが感じられて、それが全く別の表現になるのだろうな、という感慨が、その「違和感」の原因だったのでしょう。
 今クラシックの世界で使われている西洋音楽の記譜法は、確かに優れたものではありますが、こと民謡のようなものに関しては楽譜にすることによって抜け落ちてしまう情報も少なくはないはずです。間宮さんはそのあたりをどのように考えていたのか、聞いてみたいような気もします。
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by jurassic_oyaji | 2007-03-01 22:24 | 禁断 | Comments(0)