おやぢの部屋2
jurassic.exblog.jp
ブログトップ
カテゴリ:禁断( 1048 )
朝ドラでも解雇されましたね
 この間のお寺のコンサートの録音をCDにしている時には、当然プレイバックもしていますから、演奏前の住職さんの法話なども何度も聴き返していました。一部の方はご存知でしょうが、この法話はコンサートの名物のようになっていて、以前仙台フルートの会が続けて出演していた時には、いつも「今度はどんなお話が聴けるのかしら」と、みんな楽しみにしていたものでした。もちろん、「法話」と言っても堅苦しい内容ではなく、とても親しみのあるお話ですから、かしこまって聴く必要なんかは全然ありませんからね。
 まずは、本題に入る前に、コンサートのためにわざわざレンタルしたグランドピアノについてのお話から始まります。「グランドピアノは、本当はこんな室内ではなく、屋外で使われるものなんですよ」ですって。「グランド」って、野球とかをするところですからね。え?と思われました?「法話」とは言ってますが、ここの住職の場合は「抱話」、つまり、腹を抱えて笑うようなお話なんですよね。私たちは慣れていますが、初めて聴く人はびっくりするでしょうね。なんせ、自分の娘の結婚式でも、そんなことを言う人ですから。鎌倉でその式があった時には、「鶴岡八幡宮には鳥居が3つあって、1つ目には水、2つ目にはお酒が祀られています。では、3つ目は何でしょう」なんて真顔で挨拶してましたからね(答えはウィスキーです←3鳥居=サントリー)。
 そして、本題に入ると、今回の出演者が合唱団だということで、朝ドラで主人公の職場の合唱団(やはり女声合唱団)が登場するという最新の話題に絡めての「法話」となります。朝ドラではロシア民謡が歌われていました。「トロイカ」ですね。もちろん、そこではベタに「トロ」と「イカ」で迫ります。でも、その先がすごくて、それは寿司ネタの高いものと安いものの代表で、そのあとに「鈴の音高し」を持ってきて、かつては寿司の値段はセリで決めていて、ストップ値が出ると鈴を鳴らして、そこで金額が決まる、というのです。強引ですね。
 そのあとに、本当はトロイカは3頭立てのソリのことで、それから「トロイカ体制」という言葉が生まれたのだ、と、割ときちんとした話になるのですが、「その3人は、大統領と首相と、町内会長」と言ったところで、みんなが腹を抱える、というわけです。そのあと、「ソ連時代にペレストロイカという言葉があったが、それもトロイカから来ている」と言ったので、確かにそうだな、と、その時は思いました。でも、後で調べたら、この言葉は「ペレス・トロイカ」ではなく、「ペレ・ストロイカ」という2つの単語の集まりだったんですね。ほんとうですよ。これは。なんでも、「再構築」という意味なのだとか。「3人」とも「トロイカ」とも全く無関係だったんですね。私も初めて知りました。まあ、たまにはそういうこともあります。
 話は、そこから富岡製糸場に飛びます。去年、お寺の旅行会で行ってきたんですね。そこにもかつては女工さんが集まって女声合唱団があったのだそうですが、すぐに退職してしまうので、解散してしまったそうなのです。なぜ退職するのかというと、まわりは蚕(解雇)だらけ、というオチでした。
 そんな楽しいコンサートで、進行もスムーズに行ってまずは大成功だったのですが、一つだけ失敗したことがありました。合唱団の控室は本堂の横の書院を準備してあって、そこで着替えて本堂の裏手に並んで出を待つという段取りでした。それで、結構暑い日だったので、暑い時はその部屋のエアコンを付けるように言ってありました。でも、演奏の間にそこに行ってみると、障子が開けてあって、暑いので風を入れたような感じでした。エアコンはもったいなくてつけなかったのだと思い、スイッチを入れて、障子をしっかり閉めてきました。歌い終わって戻ってきたら、きっと涼しくなっていることでしょう。
 ところが、後で話を聞いてみると、蒸し風呂のようだったというのです。確かめてみたら、エアコンのリモコンはまだ「暖房」になったままでした。しばらく使っていなかったので「冷房」に切り替えていなかったのですよ。蒸し風呂になるのは当たり前でした。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-06-02 23:05 | 禁断 | Comments(0)
インクを2セット買うと、新しいプリンターが買えてしまいます
 楽天は好調さを持続させているようですね。今日も大量リードを受けてピッチャーを確実に交代させていくという「勝利の方程式」とやらが使われているのだそうです。でも、いつも思うのですが、なんで「方程式」なんでしょうね。こういう使い方のように、確実に勝利につながる選手起用、という意味だったら、「公式」を使った方がいいのではないか、と、最近とみに思うようになりました。「最近」というのは、以前は私も深く考えずにこの「〇〇の方程式」を使ったことがありましたから。もちろん、その正しい使い方に気づいた今では、決して使うことはありません。というか、あれだけテレビでアナウンサーが「勝利の方程式」と連呼していれば、もうそれは正しい言葉として認知されてしまいますからね。正しくない言葉でも、頻繁に使われるうちに正しくなってしまうというのは、よくあることです。もっとよくあるのが、正しくない事実でも、時の政権が「正しい」と言い張れば正しくなってしまう、というやつです。本当に最近はそんなのばっかりです。
 おとといのコンサートの録音は、かなり近いところにレコーダーを置いたので、アラが目立ってしまうのではないかと思っていました。実際、何年か前に同じ状態で録音したものが、本番はそんなに悪くはないと思ったのに録音を聴いたらあまりのひどさにがっかりしてしまった、ということがあったので、今回もそうなってしまうのかな、と。でも、なんか会場の音響自体が、その時とは変わっているような気がしました。リハーサルを聴いていると、思っていた以上に響いていたんですね。前のコンサートは震災の前の年だったのですが、そのあと本堂では耐震工事が施されたので、そのせいなのかもしれません。具体的には、新しく壁を作って、建物の強度を上げてあります。それが、ちょうど合唱団が立っている後なので、うまい具合に反響してくれたのでしょう。
 お客さんが入って、いくらか響きがなくなったような気はしましたが、合唱はとても声がまとまっていて、ハーモニーも美しく決まっていましたから、本堂全体がとてもよく響いていたようでした。しかも、レコーダーもグレードアップしていますから、録音を聴いてみても、そんな美しさがきっちりと収められていましたね。ですから、これだったらおそらく聴かされてもがっかりするようなことはないだろうと、出演者の人数分のCDを作ってあげようと思いました。
 フォーマットは最初から16/44.1で録っていましたから、それをそのままレコーダーで編集してファイルを曲ごとに分割すれば、それをそのままCDに焼くことが出来ます。もちろん、前説や曲間のMCもすべてノーカットで入れました。さらに、ジャケットも、たくさん撮った写真を入れて作りました。それをインクジェット・プリンターで印刷すれば、結構きれいに出来上がるはずです。
 ところが、何枚か印刷が終わったところで、そのプリンターのインクが切れました。ですから、インクを交換したのですが、そのあとにエラーランプが消えなくなってしまったのです。とてもシンプルなプリンターで気に入っていたのですが、最近ハガキ印刷で酷使したので、もうおかしくなったのかもしれませんね。でも、この間予備のインクを買ったばかりだというのに。だから安物は困ります。結局、そのまま電源を切って、その日の作業は終わりです。
 でも、そのあとネットでマニュアルを調べたら、一つ解決策がありそうなので、次の日にそれを試してみたら大成功、また元通り動くようになりました。これで、全部のジャケットを印刷することが出来ます。
 こんな感じで仕上がりました。
 コンサートは一応30分ということでお願いしてあったのですが、CDにしてみると50分以上になっていました。そんなに延びてしまったのは、和尚の前説が長かったせいなのでしょう。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-05-31 22:05 | 禁断 | Comments(0)
マーラーのチケットが10枚売れました
 毎年、この時期に職場で開かれている「かやの木コンサート」は、そもそもはこの若葉の季節を体いっぱいに触れる中で音楽を味わっていただこうと、国の天然記念物の「マルミガヤ」の前が会場でした。最初に始めた時には、その頃私が入っていた「仙台フルートの会」というところに出演してもらい、しばらくはそこが毎年演奏、という形でしたね。
 最近では、名前はそのままに、私以外のスタッフの知人など、音楽に限らずいろいろな分野のグループにお願いしています。去年は「すずめ踊り」でしたね。そして、今年は愚妻が所属している女声合唱団が出演してくれることになっていました。合唱団は以前、私が入っていた男声合唱団が出演したことがありましたが、その時は野外ではなく室内でやらせてほしいということで、本堂で行いました。その時には、ピアノはそこにあったアップライトを使いました。でも、やっぱり仮にもコンサートですから、なんかしょぼい感じでしたね。ですから、もし次に合唱団がやるときには、できればグランドを使いたいな、とは漠然と考えていました。
 今回は、全くの偶然でグランドをレンタルしているところが見つかり、一応はニューフィルとも仕事をしているところなので大丈夫だとは思いながらも、本当はちょっと不安もありながら、そこの楽器を借りることにしました。調律もちゃんとやってくれる、と言ってましたからね。でも、やはり実際に楽器が届くまでは、なんだか果たしてちゃんとしたのが借りられるのかどうかは全く分かりませんでした。
 コンサートの前日のきのう、その搬入の予定時間の少し前に、その調律の人がやってきました。その人は、私もニューフィルのコンサートの前に調律しているところを見ていたり、他のところでも頻繁に目にしていたSさんでした。こんな方と取引しているのだったら、そこの楽器も大丈夫だろうな、と、その時思いましたね。実際、そのグランドピアノは、とても素敵な音を本堂内に響かせてくれました。
 それにしても、この楽器の搬入と据え付けは、とても大変な作業なんですね。
 楽器が到着、前もって打ち合わせてあったように、ガードをくぐれるように、大きなトラックではなく、こんな小さな車です。
 3人がかりで中に運び入れます。
 まずは、足を2本付けただけで、起こしていきます。
 残りの1本の足は、2人が支えている中をもう一人が取り付けます。
 これで場所は決定、Sさんも仕事を始めます。
 ここまでを見届けてから、その日は「杜の都合」のマーラーの初練習に向かいます(結局、調律はそれから2時間半かかりました。)。いつもの旭ヶ丘のホールでしたが、椅子の数はもっとたくさんでした。その管楽器の席はほとんど埋まっていましたが、弦楽器はまだ空席が目立ちます。でも、これがいっぱいになることは間違いないので、そんな空席でも迫力があります。今回は新しいメンバーもたくさん参加していて、私の隣の1番オーボエの人も全くの初対面でした。でも、この人がとても上手なんですね。というか、今まで一緒に演奏して来たオーボエとは全然タイプが違っていて、とてもカッチリした吹き方をするので、ちょっと煽られてしまいそうになってしまいます。この人とぴったり合わせるのはかなり大変なような気がしますが、なんか燃えてきますね。
 そして、今日は朝からコンサートの準備、さらには指揮者やソリストの楽譜を譜面台まで置きに行ったり、合唱団の出のきっかけを指示したりと、私はステマネの真似事のようなことまで、いつの間にかやっていました。
 これが本番、ピアノはすっかり隠れていますが、よく聴こえてきました。
 せっかくですからD-100で録音もやってみました。ただ、リハーサルの時に回しっぱなしにしておいて、それを聴いてレベルを合わせようとしたら、音が全然聞こえてきません。焦ってしまいましたが、そういえば最近はもっぱらラインだけで録音していたので、入力がマイクになっていなかったんですよ。それに気が付いて再度リハを録音、ちょっとゲインが低めだったので微調整したら、本番はかなりきれいに録れていました。例によって、主催者の前説が面白かったので、それも全部含めてCDにしてみんなに配ってもらうつもりです。でも「『トロ』と『イカ』」って、私が教えたネタなんですけどね。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-05-29 22:15 | 禁断 | Comments(0)
今日は楽天は負けました
 来週月曜日の職場でのコンサートの準備として、私がやっておかなければいけないことは全部終わりました。というか、もう今週の火曜日の時点で当日のプログラムの印刷は終わり、お土産などと一緒に袋詰めにする作業もすでに終わっていたのです。しかし、そこに、ゲストの合唱団から「コンサートの案内は入れていただけましたか?」という問い合わせが来ました。そうだった、確かに、打ち合わせの時にプログラムの中に秋に行われるその合唱団のコンサートの案内も入れておきますよ、と言っていたことを、すっかり忘れていました。いや、実はそれも含めての原稿をお願いしてあったのが、結局資料だけ渡されてあとはお任せ、みたいなものに変わってしまったので、その時点で先方も忘れていたようですね。ですから、私も最初は全員合唱用の歌詞カードの裏側にでも印刷しようかと思っていたのですが、実際に歌詞カードを作っている時にはそんなことは完全に頭の隅からも消えていましたよ。
 ですから、構想通りに、袋詰めをしてしまった歌詞カードを全部抜き出して、その裏側に案内事項を印刷すればいいのでしょうが、それではせっかく袋詰めした労力が全く無駄になってしまいます。だったら、本物のチラシを作ってそれを袋に入れてやろうじゃないか、と思いつきました。ここのチラシはいつも見ていますし、ほぼ同じものが手元にあったので、それをスキャンして加工し、まるで本物のようなチラシを作るのは簡単なことです。せっかくだから、トンボを入れて、まわりを切って余白のないものにしてみましょう。
 ほんの2,3時間でそれは出来上がり、お客さん全員に配れるだけの枚数のプリントを始めました。それを、印刷が終わったものから順次トンボで切断していくと、なんだかまわりの余白にスジのようなものが入るようになってきました。そこであわてて一番新しい印刷チラシを見てみると、もう余白が真っ黒になるぐらいの汚いものになっていましたよ。これは、一旦止めてサービスを呼ばないとダメですね。どうやら、ドラムを交換する必要がありそうです。
 サービスはすぐに来たので、そのプリントを見せると、サービスマンはドラムではなく、トナーの清掃系の部品の摩耗だということで、その場で部品をバイク便で手配して交換しました。そうしたら、すっかりきれいに印刷できるようになりましたよ。ひとまずこれで安心です。でも、もし、最初のプランで歌詞カードの裏側に印刷していたら、それも使えなくなっていてもっとひどいことになっていたところでした。まあ、とんだところで被害を最小限に抑えることが出来たということですね。
 そんなわけで、今日の夕方にはやっと時間が取れたので、今年の「駅コン」に行ってみました。毎年、新田さんが指揮をして仙台フィルが駅のコンコースで演奏するのですが、今年はなんとイベールのフルート協奏曲を全曲演奏するというので、だいぶ前から楽しみにしていました。
 仙台駅は最近大々的な改修工事が行われて、コンコースの1段上の階がとても広々となりました。ですから、そこから下を見渡せるスペースが格段に広がりました。でも、私が行った時には真ん中あたりはもう一杯、かろうじて上手寄りがあまり人がいなくて、一人ぐらいだったら一番前に入れそうなスペースがありました。そうしたら、そこは空いてはいるのですが、なんだか両手を大きく広げて「席取り」をしている風の人がいました。そんなことをしても人がいないのでは意味がないよ、ということで、わざとトートバッグをその手のそばに置いて中からカメラを出してみたら、その人は驚いたように私の顔を見て私の名前を呼びました。一瞬誰かと思ったら、それはニューフィルの元団員でした。なんでももう一人の、やはりニューフィルの今の団員と一緒に見るために、席取りをやっていたんですって。そして、私の顔ではなく、カメラを見て、そこにいたのが私だと分かったのだそうです。結局、もう一人の人もすぐ来たので、3人の新旧ニューフィル団員が並んで駅コンを楽しむことになりました。
 今年も満席、コンコースの椅子席は、1時間ぐらい前にいっぱいになっていたそうです。
 新田さんはMCも担当。でも、風邪でもひかれたのでしょうか、声がガラガラだったのがお気の毒。でも、指揮ぶりはいつもの通りきびきびとしたものでした。
 イベールの協奏曲を生で聴いたのは初めてのことでした。仙台フィルの戸田さんのフルートは素晴らしかったですね。
 客席には、音楽監督のヴェロさんも。
 終わってから新田さんにご挨拶しようと思っても、なんだか忙しそうなのであきらめました。そうしたら、偶然フルートのAさんが通りかかって、しばらく立ち話。ニューフィルの「レニングラード」を聴いてくれたのだとか。冷や汗ものですね。
 こんな写真をFacebookにアップしたら、自動的に新田さんにタグ付されてしまって、新田さん宛ての「いいね!」が私のところに殺到しています。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-05-26 22:09 | 禁断 | Comments(0)
本当は具がないのが多数派
 今回の朝ドラ、相変わらずサントラのセンスの悪さには引いてしまってばかりですが、職場の合唱団が登場するようになってちょっと印象が変わってきましたね。つまり、この間までBSで再放送をやっていた「てるてる家族」に通じるものがあるのでは、という気がしてきたのですよ。「てるてる」で音楽を担当していたのは、宮川泰、今の朝ドラの担当の宮川彬良のお父さんですね。彼がやったのは、ドラマをミュージカル仕立てにすることでした。それこそ、何の前ぶれもなくいきなり登場人物が歌い出すんですから、最初のころは「これはひどい!」と思いましたね。でも、こういうものは慣れるとだんだん面白くなるもので、逆に「朝ドラでよくこんなことができたな」と心配になったこともありましたね。確かに、もう使いたい曲を無制限に歌わせていたようで、後にDVDを出すときに使用の許諾が得られなくて、その部分だけカットしなければいけなかったようですね。ですから、完全版の映像という商品はそれまで存在していなくて、この再放送はとてもレアなものになっていたのだそうです。そんなことを知ったのは、もう半分以上ドラマが終わってしまった頃ですが、それで別に悔しいとは思いませんでしたけどね。
 そんな父親と同じようなことを、息子の方はまず合唱団で実現させました。最初に「手のひらを太陽に」が出てきた時には、まだこの曲は作られてはいないんじゃないか、と思ったのですが、調べたらギリギリで間に合ってましたね。その次は「トロイカ」でしょうか。「『トロイカ』ってなに?」と聞くと「それは『トロ』と『イカ』だよ」なんてベタなセリフが出てくるわけもなく、きちんと博学な子が説明してくれましたし、もしかしたら、と思っていた「バイヤン」も、きちんと「あのアコーディオンみたいな楽器」なんて答えるんですから、この子の知識には驚くしかありません。「本当は『バイヤン』じゃなくて『バヤン』だよ」と言ってくれたら、もっと驚いたことでしょう。
 それにしても、音取りもパート練習もしないで、初見の曲を歌ってしまうんですから、この合唱団の力はすごいですね。そのあとは「椰子の実」とか「夏の思い出」とか、最近ちょっと調べている曲が出てきたのもうれしかったですね。「夏の思い出」はイントロを聴いただけですぐわかりました。もしかしたらそのうち父親の曲なんかも歌わせるようになるかもしれませんね。「ウナ・セラ・ディ東京」なんかはもう出来ていましたから。
 そして、今日はまさかの「ウエストサイド物語」です。しっかり体育館のダンスを踊りだすのですから、もう間違いなくミュージカル路線への伏線ですよ。つい、素朴な茨城弁に騙されそうになってしまいますが、このドラマには実は洗練された最先端のエンターテインメントの要素が込められているのです、なんてね。
 ただ、ここで「ステージで演奏される『ウエストサイド物語』を見てみたいなあ」と指揮者が言っていましたが、調べてみたらこの前にすでにブロードウェイ・キャストが来日していたそうですね。てっきり劇団四季あたりが最初だと思っていたのですが、もっと前にそんなのがあったんですね。私も知らなかったので、このドラマの関係者(宮川さんも含めて)が知らないのは仕方がありません。
 その、劇団四季のミュージカルでは、しっかり生のオーケストラがピットに入っていました。そこで指揮をしていたのが高橋悠治だったというのは有名な話です。というか、実際に私はこのステージを見ているのですが、そこで、それまでずっと現代音楽のコンサートで追っかけていた高橋悠治が指揮をしていたのを知って、とても驚いたことがありました。それより驚いたのは、映画と同じ編曲で音楽が演奏されていたことです。あの映画を見た時には、音楽はかっこいいのに、なんか編曲が野暮ったいというか、ちょっと古臭いような気がしていたんですよね。ですから、それからかなり年月が経っていたので、もっと「現代的」なアレンジで聴けると思い込んでいたものですから。その後、いろいろなことを体験して、そんなことはあり得ないことを知るようになるのですが、その時には本気でそう思っていましたよ。
 たとえば、私の体験では、カツカレーのカレーには「具」もきっちり入っているものでした。ですから、この間「KAYA」で「具」のないカレーのカツカレーが出てきたので心底がっかりしたのですが、きのうの練習前に同じものを頼んだら、そこには
 ちゃんとたくさんの「具」が入っていました。カツも心なしか大きめ、この間のカツカレーは、いったいなんだったのでしょう。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-05-24 22:02 | 禁断 | Comments(2)
ネタバレはありません
 子供のころは、「少年サンデー」と「少年マガジン」を創刊号からずっと読んでいましたが、大人になってからはそういう習慣はなくなっていました。かろうじて「ビックコミックオリジナル」だけは、毎週欠かさず立ち読みをするだけです。それも、最近では読むものが極端に少なくなっていて、「黄昏流星群」と「どうらく息子」しか読まないようになっていましたね。それ以外のものは、全く読もうという気にならないのですよ。特に絵が、生理的に受け入れられないようなものばかりで。とりあえず「どうらく」の方は読みごたえがあるので、毎号楽しみにしていました。
 ところが、きのうの最新号を見てみたら、その「どうらく」が載ってません。よくよく考えてみると、その前の号でも読んだ覚えがありません。そう、それでもう1度読み返して確かめてみようと思っていたら、すでに次の号が出ていたんですね。休載なのかな、と目次を見ても何の告知もありません。そうしたら、なんとこれはもう終わっていたというのですね。ですから、その「最終回」は確かに読んでいました。でも、記憶をたどると、とてもこれが最後とは思えないような内容だったような気がしますけどね。物語からしても、まだまだ先があるような作り方でしたし。
 ということは、これは体のいい「打ち切り」だったのでしょうか。なんか、とても気になります。
 もう一つの「黄昏」も、もうただ習慣で読み続けている、というだけですね。最近は完全に予想通りの展開、つまり、全く当たり前の結果しか出てこないというのには、本当にがっかりさせられます。もうストーリーを作り出すことが出来なくなっているのですから、潔く引退したらいいのにな、と思ってしまいますね。今の養殖漁業の話が終わったら、もう「オリジナル」を立ち読みすることはなくなるでしょう。これも創刊号以来という長い付き合いでしたが、これが潮時というものです。何事にも終わりはあります。
 こんな先が見通せる安直なコミックではなく、もっと強固なプロットを持った本は、やはり読んでよかったと思えるものがたくさんあります。最近読んだのが、この2冊。
 「京都寺町三条のホームズ」は、なんか軽いものが読みたくて「ジャケ買い」した第1巻がとても面白かったので、続巻が出るたびに読んでいます。それが今では7巻目、高校生だった主人公がそろそろ大学生になってしまうので、もうこのシリーズも終わりかな、と思って読んでみると、あとがきにはまだ続ける用意があるようなことが書いてあったので、まずは一安心。この作者だったら、いたずらに長引かせて「黄昏」の轍を踏むようなことはないでしょう。というのも、巻を重ねるにつれて、どんどん中身が濃くなってきていますからね。最初のころは、なんとも他愛のない話だったのが、今回などは恐ろしいほどの深いところまで行きついていましたよ。ある意味、登場人物の成長譚なのですが、作者自身も成長しているというのがよく分かります。
 成長はやはりどんな人にも必要なものなのではないでしょうか。それをやめてしまった人には、もう何の興味もなくなってしまいます(〇谷〇喜とか)。
 もう一つの東野圭吾については、もう完成されている世界ですから、新しい本を読んで裏切られたことはありません。ただ、この「虚ろな十字架」では、途中でちょっと「これは」と感じてしまうような場面がありました。ちょっと、「主張」が強すぎるんですよね。それも、かなりデリケートな問題で、相当の断定的な主張が登場人物から発せられるんですよ。ちょっと引いてしまいましたね。でも、それにはきちんと意味があったことが、最後になると分かります。いつもながらの、どこにも無駄のない伏線がきちんと張られていたのでした。つまり、清貴くんが葵ちゃんと別れたようなものなんですね。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-05-21 21:27 | 禁断 | Comments(0)
今度はクロークは使いません
 身内に高齢の人がいて、ちょっと具合が悪くなると近くの病院に行って点滴を受けてもらったりします。もちろん、一人では行けないので 送り迎えは誰か手の空いた人が行います。今日は、他の人が都合が悪かったので、私が迎えに行くことになりました。ノートe-Powerを、ちょっと狭い病院の駐車場に、高齢者がすぐ乗れるように停めます。前の車だとなかなかギリギリまで壁に寄せたりできなかったのですが、これはソナーもバックモニターも完備しているので、後方視野は完璧です。
 待合室に入っていくと、もう終わって待っているはずなのに見当たらないので看護婦さん(死語)にきいてみると、「もう終わってますが、バッシンを行っているのでしょう」と答えてくれました。え、バッシン?バッシングのことでしょうか。何も悪いことはしていないはずなのに。いやいや、そんなわけはなく、私はすぐに「点滴の針を抜くことなんだな」と分かりましたけどね。「抜針」ですね。生まれて初めて聞いた言葉ですが、それで間違いはないはずです。ふだん、変な専門用語(「モツレク」とか「神たそ」)ばかり使う現場にいるものですから、こんな直球勝負の言葉だったら楽勝です。
 そのe-Powerですが、さすがに今日は暑かったのでエアコンを入れました。以前、この車はエンジンが暖まりにくいので暖房がなかなか入らない、と苦言を呈したのですが、冷房の場合は逆にこのシステムならではの快適さがあるようでした。エンジン車だと、エアコンの動力はエンジンから取っているので、エンジンがあまり回らない時、スタート時とかアイドリングの時にはあまり冷房が効きません。それが、こちらはエンジンに関係なくバッテリーでエアコンを動かすので、アイドリングの時でもしっかり冷房が効いてくれます。それと、エアコンを使っている時のエンジン車は、加速なども落ちてしまいますが、そんなことは全くありません。長いこと、そんな冷房時のパワーの変化を体験していたものですから、それに全く関係なく軽やかに走れるのは感動ものですね。
 でも、いいことばかりではありません。当然のことですが、バッテリーの消費が大きくて、今まではどんな時でも半分以上は充電されていたものが、エアコンを使ったらすぐに半分以下、あるいはもっと少なくなってしまいます。それを充電するためのエンジンが回るようになっているのですが、それは完全に自動で働くので、もうほとんどバッテリーがなくなって焦っているのにエンジンはさっぱり動いてくれなくて気が気じゃなくなる時がありますね。結局、いつの間にかフル充電されているようなので心配はないんですけど、なんかすべて機械任せというのは不安ですね。
 今月は、なんだかいつも忙しい思いをしていたようでした。気が付いたらもう来週は大きな行事が迫っていたのですね。懸案だった、グランドピアノの下に敷くコンパネも、昨日やっと買ってきました。持って帰るときにe-Powerに積むと、ちょうど中に入ります。ただ、天井に沿って運転席の上まで来るので、それを頭で支えていなければいけないかな、と思っていたら、ヘッドレストを上げればその上に乗ってくれました。ですから、何のストレスもなく運んで来れましたよ。ただ、後でヘッドレストの上を見てみたら、そこにコンパネの細かい木屑がいっぱい付いていましたね。それは払ったぐらいでは取れなくて、ガムテープで剥がさなければいけませんでした。
 来月になると、ほぼ毎週週末はコンサート、という予定になっています。特に、最初の週は東京まで日帰りで新国に「ジークフリート」を見に行く予定。日曜のマチネなので、楽々帰ってこれると思っていたのですが、サイトで演奏時間を見てみたら、休憩時間を含めて終演まで6時間かかるんですって。幕間の休憩がそれぞれ45分ずつあるんですよね。なんか中途半端。その間何をやって時間をつぶせばいいのでしょうね。2時から始まって8時に終わるのですが、帰りの新幹線も結局9時半までちょうどいいのがないので、ここでも時間が余りそう。でも、キッチン・ストリートは開いてますから、そこで遅めの夕食でしょうか。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-05-19 22:16 | 禁断 | Comments(0)
「けんり まもろう」です
 きのうは、ニューフィルの会報誌「かいほうげん」の発行日でした。いや、別に毎月20日とかに発行日が決まっているわけではなく、なんとかネタが集まって出せるようになる時が発行日なんですけどね。これはもう月曜日にはファイルは出来上がっていて、午前中に印刷と製本を行いました。今回は大体プリンターの能力と、私がそれを折ってホチキス止めするまでの時間がぴったり同じになっていたので、印刷が終わると同時に製本も終わるという非常に珍しいことが起こってしまいました。もちろん、これが実現するには私は休んだり他のことをやることは許されません。ひたすら脇目も振らずに、紙をぴったり二つ折りしたら、それを4枚まとめて、その折り目の上に正確にホチキスの針を打ち込む、という作業を繰り返さなければいけません。しかも100回も。
 全てが終わって時計を見たら、印刷をスタートしてから1時間40分でした。そんなに長い間集中していたんですね。いつもは、印刷が終わった時点で大量に未製本の紙が残っているのでそれを製本してると結局2時間ぐらいかかっていたのですが、うまく行くとこんな時間で終わるんですね。
 これで、ひと仕事終わったことになるのですが、今月はまだまだ別の仕事が待っています。それは、来週の週末に迫った職場でのコンサートの準備。もうセッティングなどの準備はほとんど終わっているので、いよいよ当日渡すプログラムを作らなければいけません。それも、曲目とかプロフィール、そして写真などが揃ったので、テキストの打ち込みとレイアウトを始めましょう。
 そこで、曲目とかクレジットなどを資料から拾い出して打ち込んでいったのですが、そこでハタと手が止まってしまいました。今回のコンサートの出演者はさる合唱団で、曲目には「作詞」と「作曲」のクレジットが付いているのですが、曲によって「作詞」ではなく「作詩」となっているものがあるのです。これは、以前から私もよく分からなかったことなのですが、普通の歌であれば「作詞」以外にはありえないものが、なぜか合唱曲の場合には「作詩」と呼ばれる場合が非常に多いのですよね。確かに、合唱曲では、必ずしも歌のために作られた「歌詞」を使わないこともあります。つまり、歌になることを前提とはしていない「詩」を、「歌詞」に転用することがかなりあります。ですからそういうもので作られた曲では「作詩」、あるいは「作詩、作曲」とも言わずにもっと直接的に「詩」、「曲」と書いたりすることがあります。というか、ほとんどの合唱作品では「詞」ではなく「詩」という字が使われているのではないでしょうか。「合唱組曲」だったら例外なく「作詩」ではないでしょうか。
 確かに気持ちはよく分かります。「合唱曲」は決して「歌」ではない、という思想の反映ですね。もっと言えば、「詩」は芸術作品として成り立つが、歌のための「詞」にはそれほどの価値はない、という思い上がりでしょうか。それはそれで、一つの矜持として一部の人にとってはとても大切なことなのかもしれませんが、そうなってくると「詩」と「詞」の境界はどこになるのか、という問題が出てきませんか。そもそも、「歌詞」ってなんだ、という問題ですよね。
 私としては、メロディが付けられて歌われるものは、その出自に関わらずすべて「歌詞」だ、と思いたいですけどね。そうすれば、さっきみたいにプログラムの印刷で考えなくても済みますからね。
 参考のために申し添えれば、そういう音楽作品を管理している団体では、演奏される曲の属性はすべて「作詞者」と「作曲者」になっています。
 このように、「作詩者」という項目は、この明細書にはありませんからね。
 「記入例」というのも見つかりましたが、下の方の、「合唱組曲」でも、やはり「作詞者」の欄にしか記入できません。このあたりが、最も納得できる措置だと思うのですがね。
 余談ですが、この記入例の投げやりなこと。「上原」というのは、この団体の本部があるところですね。「音野美子」とか「権利守」なんて、恥ずかしくなりますね。せめて「音羽美子」とか「権利守郎」だったら許せるのに(そこ?)
[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-05-17 23:04 | 禁断 | Comments(2)
エビフライは冷たかったし
 この間の「禁断」を書いた直前に、ニューフィルの定期演奏会の写真をアップしたんですよね。そうしたら、その日のうちにあの写真のページへのアクセスが40件以上ありました。あそこにはカウンターが設置してあって、それに上書きして新しいページを作っていますから、前の演奏会の写真へのトータルのアクセス数がまだ残っていました。それは半年で140ちょっと、まあいつもこんなものでしょうか。アップした直後を過ぎるとあまり見る人はいなくなりますからね。それを、新しいページにした時に、カウンターもリセットしておきました。そうしたら、ほんの2時間ぐらいの間にこんなにアクセスがあったのです。
 あのページはパスワードを入れないとアクセスできませんから、この40件というのはこのパスワードを使った人によるアクセス、ということになりますね。ですから、ほとんどはFacebookページ経由でパスワードをゲットしてアクセスした人なのでは、という気がするのですが、どうでしょう。
 そして、この写真の中から選りすぐったものを集めて、「かいほうげん」の制作も始まりました。あまりに多すぎて、却ってどれを載せるかがなかなか決まらなかったり、必要な写真がどこにあるのかわからなかったり、結構手間取ってしまいましたが、なんとか、今日の6時過ぎには全部のページを完成させることが出来ました。こんなに早く出来上がるなんて、ある意味、快挙ですね。
 なにしろ、今回の、本来の「会報」としての伝達事項があまりにも多かったので、早いところそれを吐き出してしまいたかったんですよね。結局、いつも最後のページには、あまり書くことがなくて、別の写真などをでっち上げていることが多いのですが、今回はそのような入ってきたり辞めていったりする団員などの告知だけで、まるまる埋まってしまいましたからね。
 それと、来週には発行したかったのは、再来週に行われるコンサートの案内をぜひ載せたかったものですから。
 左の方は、団員の身内の方なので、大々的に宣伝したいと思っていました。なんでも、かつてニューフィルの演奏会にエキストラで出演したことがある、というのですから、実際にいつ頃のことなのか調べてみましたよ。そのために、昔の演奏会のプログラムを引っ張り出して出演者を見てみたら、それはもう20年近くも前のことだったことが分かりました。ちょうど、私が「ジュラシック・ページ」という個人サイトを始めたころですね。そのころは、ニューフィルの公式サイトはまだ出来ていなくて(正確には、他の人が作ったものはあったけど、ほとんど機能していませんでした)、個人サイトにニューフィルの情報も同居させていたような状態でしたね。ですから、今の公式サイトでは、その年から演奏会のコンテンツが始まっています。そんなことを、懐かしく思い出してしまいましたよ。
 そんな作業していたので、帰るのが遅くなって、外食をすることになりました。いつもだったら「とらの子」という中華に行くのですが、このお店が連休明けから2か月間、改築のために休業になっているのです。毎週練習の前にここに来ていましたから、ちょっと困りますね。ただ、そんな時に「プランB」で行けるお店が、すぐそばにありました。それは「KAYA」という洋食店です。ですから、そこに行ってみることにしました。いつも食べるのはカツカレーなので、それを頼むと、出てきたものがなんだかいつもと違います。カツが明らかに小さくなっています。それと、カレーの中に前は肉とか野菜が入っていたのに、今日は玉ねぎのかけらぐらいしかありません。味自体はいつもと変わらないのですが、その小さくなったカツのお肉がちょっと硬いような気がしました。そういえば、この前に来た時に食べたビーフシチューも、とても固い肉だったことを思い出しました。それまではとろけるようなおいしい肉だったのに。残念ですが、もうこのお店に来る価値はなくなってしまっているようです。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-05-12 22:42 | 禁断 | Comments(0)
2番フルートの方が大変そう
 長い長い休みが終わり、ニューフィルの練習が再開されました。なんたって、今度の曲はエルガーの交響曲第1番ですから、下準備が大変です。ぜひともこの長い休みの間にきちんとさらっておこうと思ってはいたのですが、「休み」とは言っても私がすべて休めるわけではなく、練習に使える時間などはほんの少ししかありませんから、完璧には程遠い出来に終わっていました。
 そんな、もう出たとこ勝負のような感じで臨んだ「初見大会」では、なんだか懐かしい顔があちこちに。久しぶりに戻ってきた、という人が急に押し寄せてきたのですね。それだけではなく本当の新入団員もいたりして、ちょっと景色が変わって見えました。私のお隣のオーボエパートなどは、3人のうちの2人がそんな「新人」でしたからね。
 合奏が始まる前に団長が「この曲やったことある人」と声をかけたら、予想通り手を挙げた人は誰もいませんでした。そのぐらい、普通のアマチュア・オーケストラにとっては馴染みのない曲を、これからやろうとしているのですね。始まってみると、そもそも音楽の作り方が普通の「クラシック」とはかなり様相が異なっているのが分かります。他の楽器との合わせ方がなんとも読めないんですね。フルートなどはそもそも鳴りにくい音域でもぞもぞやっているような感じなので、果たして正しい音を出しているのかさえ分かりません。結局、何度か落ちたり、入り損ねたりしていたのですが、なんかそこで「間違った」という気がほとんどしないのですよ。これは恐ろしい曲です。まずはもう1回スコアをちゃんと見てからさらわないと、どうにもなりませんね。
 逆に、こんだけ分かりにくいと、やる気は湧いてきますね。こんなダラダラした曲がどこまで納得して吹けるようになるのか、とても楽しみです。きっと、きれいにリズムもハマって、不思議なスケールもさらさら吹けるようになれば、気持ちがいいのでしょうね。そんな景色を、ぜひ見てみたいものです。
 何とか最後まで通した後、恒例の「懇談会」です。演奏会の反省事項などを語り合う場ですが、今回はお客さんもたくさん入ったのでそんなにネガティブな発言はなかったようです。逆に、今までほとんど言われたことのなかった、私が主にやっている広報活動について名指しで褒めてもらえたのが、うれしかったですね。「また名取でやりたい」という人が何人かいましたから、またここでやれるといいですね。
 そんな発言を録音したものを、今日の午前と午後に分けて文字起こししてしまいました。もちろん、次の「かいほうげん」のためなのですが、これを来週発行するのだ、という予定を立ててしまったものですから、これぐらいは早いとこやっておかなければいけなかったのですよ。というのも、来週を逃すと次の週は分奏なので、発行するのはさらに次の週になってしまいます。そうすると、その前に控えている、ぜひ告知しておきたいコンサートなどが終わってしまいますから、なんとしても来週には出す必要があるのですね。
 まあ、素材はおそらく必要なものは十分にそろっているはずなので、この「議事録」さえあれば、後は写真のレイアウトをチマチマやっていれば、なんとか間に合うような気はします。でも、1ページ分を新入団員として承認された人の紹介に充てようと思っていたら、なんとその人からの退団届が渡されてしまいましたよ。学生さんなので、年度が変わったら俄然忙しくなって練習に出る暇がなくなってしまったのだそうです。そんなこともあるので、ぜひ、たくさんの方、特に弦楽器は入ってきて欲しいですね。エルガーばっかりやっているわけではありませんから。
 定期演奏会の後始末として、全部で3人の人が撮った演奏会やその前後の写真を、やっとアップしました。公式サイトの日程表からリンクされていますから、ご利用ください。Facebookページにはここだけのパスワードも書いておきましたので、団員でなくてもアクセスできますよ。くれぐれも、良識の範囲を超えた拡散はご遠慮くださいね。
[PR]
by jurassic_oyaji | 2017-05-10 22:48 | 禁断 | Comments(0)