おやぢの部屋2
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後奏は目いっぱい吹きました
 今年も、「第9」の季節となりました。ニューフィルでは毎年角田市の団体から依頼を受けて演奏を行っていますから、まさに年中行事です。もちろん、会場は角田ですので、前日と当日は現地まで行って、あちらの合唱団とのリハーサルと本番ですから、片道1時間強の道のりを2往復しなければいけません。これが結構大変なんですけどね。特に帰り道が、もう仙台市内では「光のページェント」が始まっていますから道路は大混雑ですので、注意が必要です。
 今年はきのうがその本番でした。ですから、おとといの土曜日のお昼過ぎに、角田までのドライブです。バイパスを過ぎると、ほとんど車が通らないような一本道になるので、そこまで行ってしまえばあとは楽ですね。堤防沿いの細い道を走るときは、いつも、なんて辺鄙なところまで来てしまったのだなあ、と思ってしまいますね。
 会場の「かくだ田園ホール」につくと、役員さんたちが入り口に立っていて案内してくれていました。その中に、事務局長(?)のNさんもいましたね。私はいつも走り回っていてお名前を呼ばれていますから、一方的に存じ上げているのですが、その方が私に「いつもFacebookでお世話になっています」とあいさつしてくれたのには、驚きました。確かに、私はネットで角田のこの団体とかこの方とは相互にやり取りしていましたが、あちらは私の顔までは知らないはず、まあ、どこかに写真ぐらいはあるでしょうが、それで私本人をきっちり認識してもらえたのは、うれしかったですね。
 それから、いつものようにオーケストラだけの「第9」の3楽章までと、合唱を加えての4楽章、それに前曲の子供合唱も入るメドレー曲のリハーサルが始まります。私のパートは、どちらもピッコロがメイン、去年まではそんな時にもものすごいプレッシャーを感じたものですが、新しい楽器に変えてからというものは、そんなものとはさっぱり無縁となってしまいましたよ。フルートも2番ですが、メドレーの編曲がとても素敵なフレーズがいっぱいあるので、それも楽しいですし、こんなに楽でいいのかな、と思ってしまうほどです。
 それでも、この編曲にはピッコロのソロみたいなところもあるので、そういう意味での緊張感はありましたね。合唱のテンポが微妙に指揮とずれているところにそのソロが入る、なんてスリリングなところもありましたしね。それと、1か所、ワルツの前で指揮者が仙台でやった時にうまくフルートとピッコロが入れないところがありました。どこで入るのか、さっぱり分からないんですよね。それで、ひとこと「ここ、分かりません」と言ってみたら、しっかり振り方を変えてくれていました。そうなると、今度は別のところで分かりづらくなってしまい、そこだけは本番でうまく行くかどうか不安でしたね。まあ、結局うまく行きましたけど。
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 その合唱が、なんだかいつもよりとても安定していましたね。最初の「ヴィバルディ」(プログラムにそう書いてありました)で女声が聴こえてきた時には、声がとてもまとまっていて、びっくりしてしまいました。そのあと入ってきた男声も、とても柔らかな声でしたね。安心して一緒に演奏できる合唱でした。今年から新しい指導の方がいらっしゃったそうですが、おそらく基礎的なことからじっくりと練習を重ねてこられたのでしょうね。
 こども合唱団も、こちらはとても元気が良くて気持ちいい演奏でしたね。「カンタロー!」という叫び声まで入れてましたし。これは、あとで写真を見ていたら、しっかりこんなポーズをとっていたんですね。
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 こちらも写真を見て初めて知ったのですが、クリスマスの曲の時にはしっかり「かぶりもの」を使っていたんですね。いつの間にこんなのを持ち込んでいたのでしょう。
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 「第9」では、ソリストが全員角田では初めての人ばかり。アルトとテノールの方は今まで仙台で何度も聴いたことがある人ですが、ソプラノとバスは初めて声を聴きました。ソプラノの方は、コンディションが悪かったのでしょうかねえ。ちょっと残念でした。こちらの合唱も、人数は80人ほどでしょうか、ちょっとフル・オーケストラの中では埋もれてしまいそうだったのですが、男声などは少ないなりにとても頑張っていたようですね。でも、マーチではピッコロは極力抑えて吹いてみました。おそらく、前の楽器だったらそこまでのコントロールは出来なかったでしょうね。
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 お弁当は、これも恒例のずんだ弁当、これにお肉かお魚が一品付いていれば、もっとうれしいのですが。
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by jurassic_oyaji | 2017-12-11 22:37 | 禁断 | Comments(0)
日曜日は朝が早いです
 もうだいぶ昔の話になりますが、8月にニューフィルのアンサンブル大会の時には、係の人が固定カメラで録画もしていました。録音の方はすでに私が即刻CDを作ってほしい人に配ったのですが、その録画はいつまでもDVDなどになる気配がないので、もうそういうことはやらないのかなと思っていたら、この間の練習の時にいきなりWさんからディスクを1枚渡されて、「これを、ファイルに保存しておいてください」と言われました。記録として、今までの演奏会のすべての録音と録画を保存してありますから、ちゃんとそこに入れておいてほしい、ということなのでしょう。それを見た時には、確かめる時間もなかったのでなんでCD?と思ってしまいました。そもそも、あの録音はCD1枚には収まりませんからね。
 帰ってからよくよく見たら、それはブルーレイディスクでした。録画はしても、なかなか編集したり焼いたりできなかったんですね。さっそく見てみましたが、少人数のアンサンブルなのでとてもはっきり写ってました。あいにく、私は常に端っこにいたので、横顔しか見えませんでしたが、こまごまとした動作ははっきり分かりましたね。眼鏡を上げたり楽器を吹いたり、落ち着きがないですね。
 音の方はすでに私が録ったので聴いていましたが、こちらはカメラのマイクで録ったのでしょうから、いい意味でアラが目立たなくて気持ちよく聴けましたね。ただ、レベルがオートで変わっているようで、急に音質が変わったりするのでびっくりしますが。でも、フルートアンサンブルでは、私は4番を吹いていて低音でメロディを吹くところがあったのですが、それがとてもパワフルに聴こえましたね。まるでゴールウェイみたい(なわけはありませんが)。遠くで聴くとこんな風に聴こえるんだったら、けっこううれしいですね。
 枚数限定で、掲示板から注文できるみたいですよ。
 話は変わりますが、今朝職場に行ったらこんな旗が立ってました。
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 そういえば、前からこんなチラシが置いてあったのも思い出しました。
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 なんでも、こういう全国的な組織があるそうで、仙台では2回行われることになっているうちの1回が、私の職場だったんですよ。いったいどのぐらいの人数が集まるのか気になったので聞いてみたら、男女合わせて80人ですって。ですから、2回に分けて午前と午後に40人(20組)ずつやるんですって。結構な規模ですね。なぜか、女性の方が申し込みが多かったので抽選になったのだそうです。普通は男性の方が多いようですけどね。やはり、こういうところでやるのは、信用が出来ると思われているみたいですね。
 せっかくなのでちょっと覗いてみたかったのですが、「本番」は、角田第9と同じ今度の日曜日ですから絶対無理ですね。
 その角田第9は明日がリハーサルなのですが、明日だと楽器倉庫が開けられないので、今日のうちにトラックに積み込んでおく段取りになっていて、さっきその手伝いに行ってきました。毎回当番が決まっていて、今日は木管が担当だったんですよね。8時からという予定だったのですが、15分前に着いたらもう始まっていて、8時にはほとんど終わっていました。こういう手際よさは、もうすっかりニューフィルの日常になっています。そして、明日と明後日は角田までの往復です。今のところ雪が降ることはなさそうなので、楽に行ってこれることでしょう。忘れ物をしないようにしなければ。
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by jurassic_oyaji | 2017-12-08 21:40 | 禁断 | Comments(0)
デッカは、国内盤でもカッティングはイギリスでした
 我が家のサラウンド・システムは、どうやら生活の中にしっかり入ってきたような感触があります。なんせ、私が使っている部屋は、ドアが邪魔になってリア・スピーカーを理想的な場所には設置できないというネックがあったものですから、なんとかそこをクリアしようといろいろ試みましたよ。その結果、ほぼ理想的なポイントが見つかったので、あとは使い込んで微調整を行えば完成、という段階に入りましたからね。
 前から予想はしていましたが、これが最も効果的に使えるのは映画でした。もちろん、オーケストラやオペラでも、しっかり音場がスピーカーの前に広がってそれなりの「立体感」は感じられるのですが、それはあくまでコンサートホールやオペラハウスの空間を疑似的に再現したもので、特にサラウンドにしなくてもクオリティ的にはそれほどアップしたという気にはならないのですね。それが映画になると、そこからは今までは感じられなかった製作者の意図までがはっきりと感じられるようになってきます。彼らは一つの表現手段として、このサラウンドというテクノロジーを使いこなしていることがよく分かるのですね。それは、ひいては映画における音楽の役割すらも変えてしまうほどのものなのではないかとすら思えてきます。つまり、サラウンドの中での音楽自体は、それほどキャッチーである必要はなく、ただ音場を巧みに操作することによって、観客に直接感覚的に訴えかける術を、製作者たちは手に入れてしまったのではないか、という気がするのです。
 もちろん、それはハリウッドの大規模な作品に一番当てはまります。さらに、それだけではない多様性も、製作者のセンスによって自由に使いこなすこともできるのではないか、というのも、ある日本の作品を見て感じました。それは、音楽にはそれほどサラウンドは使わずに、もっぱら風の音とか川の流れのような自然音をサラウンドとして、かなり控えめに使っていました。ちょっと物足りないな、と思っていると、家の近くに雷が起きるというシーンで突然フルにサラウンドを活用して、見事な雷鳴を再現してくれました。音響スタッフは、まさにこの雷鳴に命をかけていたのではないか、と思いましたね。
 そんなさまざまな思いが、ほとんどBSや地デジを録画したものから体験できてしまうというのも、うれしいですね。今まで普通に録画していたものは、ほとんどがそんな最高のサラウンドのソースとして味わえるのですからね。
 そんな最新のテクノロジーとは正反対の、半世紀前に作られたLPレコードからも、新鮮な感動が味わえることもありました。たまたま駅前のお店で中古レコードを販売していたので、覗いてみたら、こんなのが目についたので買ってきました。
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 いずれもイギリス・デッカのLP。左のカラヤンは1965年、右のストコフスキーは1964年の録音、いずれもカッティングはイギリス、プレスは左はイギリス、右は日本です。発売されたのはどちらも1965年です。左は輸入盤に日本のキングが解説書と、オマケの「生写真」を付けて販売したものですね。
 もうジャケットはかなり傷んでいましたし、解説書にはこんな書き込みまでありました。
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 おじさんからのプレゼントだったのでしょうか。
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 これは、メモ用紙代わりだったとか。
 まずは、カラヤンの方。これはLPは聴いたことはなくて、CDとブルーレイ・オーディオでしか聴いてません。ブルーレイではかなりいい音だったのですが、この新しい(というか、古い)LPはそれ以上の音でした。盤面に少し擦れキズがあったのでちょっと心配だったのですが、スクラッチ・ノイズは皆無、そこからはまさに録音されたばかりの新鮮な音が聴こえてきましたよ。ブルーレイでは、弦楽器の音だ明らかに経年劣化していることが分かってしまいます。
 ストコフスキーの方は、これと同じLPを持っていました。もう手放してしまいましたが、ごく最近復刻盤が出たので、それも買ってました。
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 でも、このLPは、マスターテープの転写がものすごいことになっていました。同じ時期に出たCDではそれは全くなかったので、それはカッティングの際の転写(プリエコー)なのかな、と思っていたので、劣化していないテープからカッティングしたLPを、改めて聴いてみたかったのですよ。
 さっきのおじさんのプレゼントを聴いてみたら、プリエコーは全く聴こえなかったばかりか、やはり弦楽器の音が別物でした。最新のLPは「180g重量LP」とか言ってましたが、元のテープが悪ければどうしようもありません。それは、新しいCDでも違いがはっきり分かるのですが、10年ぐらい前に作られたCDでは、かなりLPに近い音が聴けましたから、その間にかなり劣化が進んだのでしょうね。半世紀前のテクノロジーをなめてはいけません。
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by jurassic_oyaji | 2017-12-06 21:14 | 禁断 | Comments(0)
東昌寺のイラストはマルミガヤ
 最近は、新聞を取っている人が少なくなっているみたいですね。ニュースはテレビやネットで見れば十分、わざわざ買ってまで同じ記事をよくことはないということなのでしょう。正直、私も新聞は購読していますが、もはや惰性で続けているだけで積極的に取る必然性は感じていません。しいて言えば、いしいひさいちの連載マンガを読みたいからでしょうか。もし、それがなかったらとっくの昔に止めていたでしょうね。
 なにしろ、最近の新聞はあまりに広告が多すぎます。極端な話、広告のチラシをお金を出して買っているようなものですからね。それと、地方版もなんだかなあ、というような企画があったりしますから。最近は、もろ「ブラタモリ」をパクったのではないかという特集で、仙台の知られざるスポットを探ろうという賞もない企画を続けていますから。
 ただ、今日もその連載だったのですが、タイトルに「北山五山」というのがあったので、ちょっと興味がわきました。これはぜひ読んでみなければ。これがその記事の全文です。画像をクリックすると、もっと大きいPDFが見られます。
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 確かに、この中では「北山五山」と呼ばれている複数の寺院の名前が紹介されていますね。いろいろ問題がある、「『輪王寺』は北山五山なのか」という点も、「2種類ある」という玉虫色の解決でお茶を濁していますし。そもそも、仙台藩は「北山五山」を正式に決めたことはないのだそうですね。ただ、本当はその前に「伊達五山」というものがあったのだ、ということに関しては、ここでは全く触れられていません。それだけではなく、その「伊達五山」と「北山五山」との関係を正確には把握できていないのでは、というおかしな文面もあるのですよ。それが、これです。
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 まずは、これはいくつか曖昧なところがあるので、正確な情報が伝わってこないという「悪い文章」の見本みたいなものですね。最初に「周囲には」とありますが、それはどこの「周囲」なのかは、この前の文脈で仙台であることは明らかです。ところが、ここにある伊達政依が鎌倉時代に居たのは仙台ではなく、今の福島県の桑折というところでした。そしてそこに「伊達家ゆかりの寺院」を作ったんですよ。政宗がやったのは、「それらに加えた」のではなく、その「伊達五山」をそのまま仙台の北山に持ってきたということなんです。つまり、この文章全体がお粗末な事実誤認ということになりますね。
 事実誤認はまだまだ続きます。それはこれ。
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 「青葉神社」は確かに政宗を神体とした神社ですが、今の場所に作られたのは明治初期、決してどっかから「移って来た」わけではありません。いったいどこからこんな情報を仕入れたのでしょう。
 ほんと、こんないい加減な新聞、すぐに解約したほうがいいのに。
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by jurassic_oyaji | 2017-12-03 22:07 | 禁断 | Comments(0)
「冬のスケッチ」というタイトルです
 さるテレビドラマを見ていたら、夫婦仲が良くない妻が、友人の妻たちに高校時代から付き合っていた自分の夫のことを語っていました。その時に、「彼はとても目立たない人でした。なにしろ、高校時代のブラスバンドではピッコロみたいな目立たない楽器でしたから」と言ってたんですよね。世の中では、ピッコロって、そんなに目立たない楽器だと思われているのかと、愕然としましたね。それとも、ブラスの中ではピッコロなんてそんなには目立たないのでしょうか。少なくとも、私が属しているオーケストラでは、ピッコロはもう目立ちまくってしょうがない楽器ですよ。音を間違えたりピッチが悪かったりしたら、もう恥ずかしくてたまりません。ですから、そうならないために、必死で練習しなければいけないことになるんですよ。
 この間のニューフィルの練習では、「第9」と一緒に演奏する合唱曲の伴奏の初合わせでした。去年はすでに出版されていて他の団体が演奏した映像なんかもあったのですが、これは全くの新曲、このコンサートのために新たに編曲されたものですから、音源なんてあるはずがありません。そもそも、オーケストレーションが終わってスコアとパート譜が届いたのが、この練習の2週間ほど前でしたからね。
 ただ、音楽は冬にちなんだ有名な歌をメドレーにしたものですから、みんなで合わせればそれはきちんと分かってくるはずです。自分のパートだけを吹いてみても、聴きなれたイントロだったりしますからね。ただ、中には単純なバッキングだけで、それがどんなふうにメロディに絡むのか分からないようなのもありますけどね。なにしろ、パート譜は完璧に自分のパートしか書いてないとても素っ気ないものでしたから。普通は、何かしらガイドのようなものは書いてあるものなのですが。
 それと、ここでも私は持ち替えでピッコロを吹くようになっているのですが、どうやらそこはソロなのではないかと思われるパッセージがありました。ここだけはきちんとさらっておかないと、と思って吹き始めると、なんだか音が違うのではないかというところが見つかりました。「ドソミド/ドラファド/ドラ♭ミド」という変なコード進行なんですよ。なんてことない唱歌ですから、普通は「ドソミド/ドラファド/ドラ♭ファド」の方が絶対おさまりが良いですよね。「ドラ♭ミド」だと増和音ですから、そんなコードにはなかなかお目にはかかれませんよ。
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 ですから、これは絶対に「ドラ♭ファド」だと信じて、しっかり練習をしておきます。でも、念のためきちんと確認は必要だろうと、合奏の前にスコアを見せてもらいましたよ。そうしたら、そこは確かにソロ、というか、グロッケンとのユニゾンでした。まるで、この間聴いたメシアンみたいなオーケストレーションですね。これは絶対に間違えられませんね。ところが、そのユニゾンは確かに「ドラ♭ミド」だったのですよ。どちらのパートも同じ音ですから間違いではありえません。まあ、なかなかしゃれた編曲なのだな、ということで納得です。
 そんな準備を経て、いよいよ最初の初見合奏が始まります。まあ、拍子もまともだし、きちんと数えてさえいれば変なことが起こるはずはありません。そこはニューフィルですから何事もなく曲は進みます。ただ、なにしろメドレーですから、曲の変わり目でテンポが大幅に変わるのには要注意でしょうね。それは、練習指揮者はきっちりと数えてくれていますから、任していれば大丈夫です。ところが、曲が「トロイカ」になると、フルートは2本で軽快なソリの鈴のリズムを刻みだします。それを吹き終わった時、一瞬テンポではなく、何拍子だったのか分からなくなってしまいました。歌が入る部分になったら、もうどこが頭なのかも全く分からなくなって、2人揃って見事に落ちてしまいましたよ。
 それでも、そんな落伍者はもはやかまってもらえるわけもなく、曲はどんどん進みます。次はさっきのピッコロ・ソロの出てくる「ペチカ」、その音型はペチカの燃える情景描写でしょうから、そんなに遅いはずはないと、四分音符4つを1拍と数えて吹き始めました。でも、全然周りとあっていないような気配、ついに指揮者は我慢できなくて停めてしまいましたよ。
 そもそも、落ちたところからは完全に数えられてませんでしたし、そのピッコロは本当はその半分の早さで吹くべきものでした。まあ、最初の合わせなんてこんなものですよ。来週本番の指揮者が来るときには、完璧に吹いてやりましょう。
 そんな、ピッコロのミス一つで合奏が止まってしまうほど、この楽器は目立っているんですからねっ。
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by jurassic_oyaji | 2017-12-01 22:17 | 禁断 | Comments(0)
トヨペットクラウン
 かつて横綱だった某横綱力士が引退しましたね。まあ、暴力沙汰では仕方がありませんね。それにしても、こういうことが起こると決まってメディアが取り上げるのが、「横綱の品格」というやつです。横綱たるものは、相撲が強いだけではなく、人間的にも優れていなければいけない、という常套句ですね。でも、彼らは単に相撲がほかの人よりも格段に強かったから横綱になれただけの話ですよね。それ以外に、人格に関してなにか試されることなんかありましたっけ?面接とか。「国技」とか言ってますが、相撲はプロスポーツの一つにすぎないのですから、そもそも「礼儀」とか「品格」なんて必要ないはずです。塩をまいたりするのも、単なるルーティンですよね。土俵入りは、華やかなアトラクションでしょうし。ですから、別の横綱が取り組みに物言いをつけたと非難されましたが、プロスポーツとして公正な判断を望んでいた彼の姿勢は、賞賛されても、咎められることはないはずですよ。
 いや、そんなことよりあの事件で一番気になったのが、暴力をふるった横綱が属しているチームの監督が乗っていた車です。テレビで被害者のチームに謝りに行くときにその車が出てきたのですが、それが「観音開き」のドアだったのに、びっくりしてしまいました。今の車で、こんな風に開くドアが付いているのなんかありませんからね。まあ、取っ手が真ん中に付いているのはありますが、これは後ろのドアが「開く」のではなく「スライド」しますからね。そういう車は、昔はありました。「トヨペット・クラウン」という、トヨタの最高グレードの車でした。
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 確かに、フロントグリルの形なんかも「クラウン」そのものですよ。しっかり、今の車には絶対にない金属製のバンパーも付いてますしね。もちろん、バンパー自体は今でもしっかりありますが、それはポリウレタンで出来ていて、そこに車体と同じ塗装が施されているのでもはや車と一体化していますから。でも、その頃はエンジンも1.5リットルぐらいですから、今だったらほとんど「小型車」ですね。そんな小さな車に、よくあんな大きな体の人たちが乗れたなあとは思いましたね。そもそも、なんでそんな半世紀以上前の車があるのかが不思議でした。
 でも、そのことを相撲と車の両方に詳しい職場の社長に話したら、「確か、ちょっと前にクラウンを復刻した車が出ていたぞ」というのですね。なんか、知り合いの別の社長もその車を買ったのだとか。確かに、それだったら分かります。
 さっそくネットで調べたら、すぐにその「復刻車」のことは分かりました。それはトヨタの「オリジン」という車だったのです。なんでも、2000年にトヨタがそれまで作った車が1億台を超えたので、それを記念して限定発売されたものなんですって。ベースは当時の「プログレ」という、3リッター車、そこに手作りでクラウンそっくりのボディを乗せたのですね。
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価格は700万円なのだとか。20年前の国産車としてはかなりの高額品ですよね。そういう「高級車」に、乗っていたんですね。というか、あの車は東京から九州まで持ってきたのでしょうか。まさか、レンタカーではないですよね。
 まあ、今の車はどのメーカーも同じようなデザインになってしまっていますから、こういうデザインは逆にユニークに感じられます。そう考えると、今のデザインはこれから何十年か経った時に、同じように評価されることはあるのでしょうかね。というのも、最近はLEDを使うようになってデザインの自由度が増したために、とんでもない形のランプが付いていたりしますからね。一番笑えるのが、これです。
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 ちいさなLEDを並べれば「線」になりますから、それを使ってこんなまるでネオンサインのようなテールランプを作ることだって出来てしまいます。デザイナーの得意げな顔が浮かんできますが、これに出っくわすと、私にはどうしてもまっとうな車とは思えなくなってしまいます。電飾だらけのトラックみたいな、最悪の装飾にしか見えないのですよね。
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 ブレーキランプを点けるとこうですよ。私だったら、絶対こんな派手で悪趣味な車には乗りたくないですね。
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 フロントも大嫌い。なんか狡賢い猫が、唇の端を上げてにやついているようには見えるものですから。
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by jurassic_oyaji | 2017-11-29 22:18 | 禁断 | Comments(0)
メシアンの「アッシジの聖フランチェスコ」の日本初演を聴いてきました
 メシアンが残した唯一のオペラ「アッシジの聖フランチェスコ」の「日本初演」を聴いてきました。正確には「全曲日本初演」ですね。つまり、抜粋で演奏されたことは過去にあったのですが、全部演奏したのは今回が初めてということです。なんせ、編成も巨大なうえに演奏時間も長大ですから、よっぽどの事がない限り全曲が演奏されることはありません。おそらく、私もこれを逃したらあとは聴く機会などないだろうと思ったので、半年前からしっかりチケットを入手していましたよ。いや、そう思っていた人はたくさんいたようで、一般発売の初日には全席が完売していたそうですね。なんたって私は、この曲のCDとDVDは全て(と言っても、合せて3セット)持ってますから、なんとしても生で聴きたかったのですよ。
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 実際に私が聴いたのは、正確には「初演」ではなく、3回目の公演でした。本当の初演は先週の19日の日曜日、そして、祝日の23日ときのうの日曜日という、「休日」の3日間でした。これは、読売日本交響楽団とびわ湖ホールとの共同制作で、23日はびわ湖で行われています。19日と26日はサントリーホールです。完売したのはその東京のチケット、びわ湖の分はいくらか残っていたようですね。いずれにしても、演奏時間が正味4時間半(合唱やオケの出を除くと、4時間20分ほど)、その間に35分の休憩が2回入りますから、全部で5時間40分、とても平日に演奏することなんか出来ません。
 編成も、16型の弦楽器に、7.4.7.4.-6.4.4.3という管楽器、打楽器奏者が10人、オンド・マルトノが3台、それに9人のソリストと120人の合唱で、総勢241人(たぶん)です。木管は、持ち替えなしでフルートあたりはフルート3、アルトフルート1、ピッコロ3という内訳、クラリネットには、まずオーケストラのステージでは見ることのできないコントラバス・クラリネットが加わっています。ただ、これだけの編成だと普通は入るはずのハープと、そしてティンパニがありません。おそらく、メシアンにはティンパニが使われる作品がなかったような気がします。これだけの人数を集めるのはどんなオーケストラでも無理ですから、大量のエキストラが雇われることになります。そんなことも、これまで演奏されなかった要因でしょう。
 もちろん私は日帰りで帰ってこなければいけませんから、2時に開演したものが、終わるのは7時40分ということなので、帰りの新幹線のチケットを買う時にかなり迷いました。8時16分東京発という最終のひとつ前のはやぶさを取ったものか、あるいは、それより1時間20分もあとの最終のはやぶさにするか、ですね。その間にも何本かの新幹線はあるのですが、いずれも最終のはやぶさより仙台に着くのは遅くなってしまいますからね。そこで、私が出した結論は、最終を買っておいて、その前のはやぶさに間に合うようなときには乗車変更をする、というものでした。なにしろ、予定通り終わったとしても、そこから地下鉄とJRを乗り継いで果たして8時16分までに東京駅の新幹線乗り場まで行けるかどうかは全く保証できませんからね。
 ただ、ネットで空席状況を検索してみると、そのはやぶさは前々日にはすでに「×」になってしまいましたから、その時点で可能性はなくなっていたのでした。ところが、前日の朝に見るとそれが「△」に変わっているのですね。キャンセルが出たのでしょうで。でも、きのうになったらもう「×」でしたね。やはり、日曜日のこの時間は混むことになっているんですね。実際、最終のはやぶさでは、デッキも立っている人で一杯でした。
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 サントリーホールはロビーがすっかりクリスマスモードになっていました。
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 私の席は、もうそこしかなかったので仕方なく買った1階席の後ろから2列目の右寄りです。2階席が上にかぶっているので、ちょっと心配でしたが、それほど問題はなく、ステージの音はしっかり聴こえてきました。ステージでは、ピッコロの人が夢中になって練習していました。オーケストラでピッコロが3本というのも、まず見られない光景ですが、そこで彼ら(彼女ら)がさらっているのは、確かにものすごく大変なところでした。高音ばっかり出てくるんですよね。曲の中ではもう何回も出てくることになるのですが、練習の甲斐あってか、ほぼ完璧に吹いていましたね(1ヵ所だけ外していたかも)。とても私にはできません。
 そして、お目当ての3台のオンド・マルトノを探します。1台はオルガンの脇にありました。
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 あとの2台が2階席にある、という情報は知っていたのですが、ちょっと座っているところからは見えないな、と思っていたら、LB席の一番後ろの高いところから、スピーカーが顔を出していました。
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 ということは、もう1台は反対側のRB席の上ですね。ここからだと見えません。確かに、演奏が始まると、左側の楽器はしっかり音が聴こえてくるのに、この陰になった楽器はあまりよく聴こえませんでした。これはちょっと残念でした。このオンド・マルトノたちは、今まで録音を聴いていてもいまいちその存在がはっきりしなかったのですが、これはもうものすごい使われ方をしているのが、今回とてもよく分かりました。ですから、きちんと右も聴こえてくる「サラウンド」で聴いてみたかったものです。悔しいので休憩時間にそばで写真を撮ってみました。
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 このホールは、まるで「劇団四季」のように、館内での撮影に対しては神経質で、休憩時間でも係員がそばにいると制止されたりしますから、結構大変です。
 演奏に関しては、とにかく生でこの曲に接することが出来てとても幸せでした。とは言っても、実際に5時間半もの間拘束されて聴かなければいけないというのは、想像以上にハードな体験でした。私がそう思うのですから、慣れない人はそう感じるのは当たり前で、休憩が終わったら明らかに空席が増えてましたね。そもそも私が座ったところも、左端が2つ最初から空いてましたし。
 休憩中ではなく、演奏中にも堂々と出ていく人がいたのには笑えましたね。5人はいたでしょうか。もっとも、2幕などは2時間休みなしですから、トイレが我慢できなくなっただけなのかもしれませんが。
 こんなことを言っていいのか分かりませんが、メシアンの音楽というのは基本的にどの作品を聴いても同じなんですよね。ですから、彼の手の内はもう分かっていて、それだから親近感もおぼえることが出来るのですが、これだけ長い時間にそれだけのものしかないというのは、逆に言えばとてつもなく退屈な音楽になってしまうんですよ。正直、この作品がこれだけ長くなる必然性を見つけることが出来ませんでした。
 一応「オペラ」と謳ってはいますし、実際にオペラとして上演された映像も見ていますが、ここにはほとんど「物語」というものは存在していません。あるのは「エピソード」だけなんですよ。ですから、ドラマとして見ると退屈なのは当然です。結局、ほとんど音楽だけで進んでいくのですが、その音楽の中には基本的にドラマを見出すことはできませんし。もしかしたら、宗教的な素養があればもっと積極的に「ドラマ」を感じることが出来るのかもしれません。あいにく、私にはそこまでの知識も体験も不足しています。
 ただ、そんな中でも確実に感動的な瞬間は何度もありました。これを手掛かりに、あとは「続けて」ではなく、「分けて」録音などを聴きながら、その追体験をしてみようかな、と思いました。
 そんな感動を与えてくれたのは、ほとんど合唱のシーンでした。この合唱団は新国立劇場とびわ湖ホールの合唱団の合同演奏のようですが、とにかくものすごい声が出ていました。勝手にメシアンは肉食人種だと思っているのですが、そんなギラギラとした肌触りが見事に伝わって来るのですよ。その代わり、ピッチがちょっといい加減だったのはご愛嬌。第7景の冒頭ではこの合唱のクラスターが出てきました。メシアンのクラスターなんて、かなり珍しいものですね。この第7景だけは、他の場面と違ってそんなメシアンのルーティンではない、実験的な試みがあって、スリリングでしたね。3台のオンド・マルトノの呼び交わしも素敵、今までの録音では、この楽器のこれだけの存在感は全く感じられませんでした。これこそが「生」の醍醐味です。
 半面、オーケストラの弦楽器が、なんか「草食」系なんですよね。ハーモニーも美しいし、とてもピュアな音は聴かせてくれるのですが、メシアンには確かにそれも必要だとは言っても、もっと「肉食」的な部分があってもいいのでは、と思ってしまいました。フルートのパートは、フルート3本+アルトフルートで4声のハーモニーを出したかと思えば、3本のピッコロで、グロッケンと一緒になって超高音の鳥の鳴き声に挑戦したり、目が離せませんでしたね。全員キー・タップだけで演奏、なんて場面もありましたね。でも、なんと言っても圧巻は打楽器でしたね。特に後ろに横一列に並んだシロフォン、シロリンバ、マリンバの人たちは本当にすごかったです。
 そんな、変拍子だらけのほとんど曲芸のようなスコアに挑戦している指揮のカンブルランも、そういう意味ではブラヴォーなのですが、全体的にいまいち心に響いてこなかったのはなぜなのでしょう。この人のメシアンはCDで何回も聴いているのですが、そのたびにやはり同じような物足りなさを感じていました。一つには、演奏時間。どの曲も、極端にテンポが遅いんですよね。この曲の場合も、今までのこの曲の録音、録画だと、初演の小澤などは3時間52分しかありませんし、1998年のナガノのCDは4時間6分、2008年のメッツマッハ―のDVDは4時間8分。しかし、カンブルランはそもそも予定の時間を15分もオーバーしていましたから、確実に4時間15分は超えていました。聴いていて、特にテンポが遅いという感じはしませんでしたが、メシアン特有の唐突な音楽性の切り替えの部分が、何か不自然に聴こえてしまいました。結局、それが退屈感につながってしまったのでしょう。
 ソリストでは、フランチェスコのヴァンサン・ル・テクシエと、天使のエメーケ・バラートが素晴らしかったですね。急遽代役となったレオーネのフィリップ・アディスは、ちょっと声がさびしかったですね。
 この人たちは、基本的にコンサート形式の上演ということですのであまり大きな仕草などはしないのですが、自然な感情の発露としての動きはしっかりと見せていました。ただ、中には全く無表情で歌うことだけに専念している人も(特に日本人のキャスト)いたので、そういう人が逆に目立っていましたね。仮にもオペラ歌手なのでしょうから、もう少し「お芝居」をしてほしかったものです。
 あとは、ホール側のミスですが、字幕がとても見づらかったですね。オペラハウスで使う字幕マシーンではなく、ステージの後ろにたらしたシートにプロジェクターで投影していたのですが、その場所だから字が小さいし、色も薄いのでぼやけて見えました。それと、陰アナでとてもしつこく「指揮者がきちんとタクトを下してから拍手をしてください」と言ってましたが、これも余計なおせっかいですね。こんな注意は初めて聞いたので、吹き出してしまいましたよ。そもそも、音楽は指揮者が手を上げた時に終わるものだってありますからね。そんな指揮者だったら、腕を上げて「やった!」と思った瞬間に拍手が欲しいと思うんじゃないでしょうかね。彼は、拍手を受けるためには、それからおもむろに「タクトを下ろす」作業を行わなければいけないんでしょうね。実際にこの曲の最後に起こったそのような拍手は、なにかとても白々しいものに感じられてしまいました。というか、聴いた感動を表現するのまで、指図されるのは不愉快です。過剰なまでの撮影禁止は、ほとんどヒステリーですし。
 実は、私の隣に座っていた男は、演奏中に小さなノートを開いて、ペンでなにかを書き込んでいました。おそらく、演奏の感想をその場で事細かに記録しておいて、あとでブログかなんかにアップするのでしょう。まあ、別に他人の趣味に口出しをする気はありませんが、そんなことをやっていては、肝心の音楽が味わえなくなってしまうのではないでしょうかね。というか、はっきり言ってものすごく邪魔でした。拍手のタイミングを指示する暇があったら、「演奏中は、隣の方の迷惑になりますので、メモを取ることはおやめください」という案内こそ、やってほしいですね。
 ためしに、カーテンコールの前に席を立って、そのまま東京駅に向かってみました。銀座線を新橋で乗り換えて、ホールから20分で着いてしまいましたね。これだったら空いていれば楽々乗車変更も出来ましたね。これからは(そんな機会はありませんが)、最初からこの時間で取りましょう。というか、この最終の2つは日曜日はいつも満席、間にもう1便欲しいですね。
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by jurassic_oyaji | 2017-11-27 21:01 | 禁断 | Comments(0)
みんな歳を取りました
 確か、6月ごろにもコンサートをやっていた私の大学の合唱団のOBが、またコンサートを開きます。しかも同じ場所(萩ホール)で。年2回なんて、まるでニューフィルみたいなスケジュールですね。
 とは言っても、今回はメインはOBではなく、今の学生たちの合唱団です。第65回定期演奏会、というやつでした。これは年1回やっているコンサートですから、64年前から行われている行事だということになります。すごいですね。私が団員だったころは、たしか20何回目でしたからね。その頃は100人近くのメンバーがいたはずですが、今では20人にも満たない少人数になってしまいました。男声って人気がないんでしょうね。オトコばっかりですから。
 それっぽっちのメンバーでは、とてもフルステージは大変だろうということで、全国からOBが駆けつけて現役団員との合同のステージを作ることになっていたのでした。さらに、もう1団体、やはりOBが中心になって作られた市民合唱団も加わります。なかなかヴァラエティに富んだ構成ですね。
 萩ホールといえば、最近ニューフィルも使ったところです。あの時には、正規の駐車場が満車になってしまい、ホールの前の空き地まで使って停めてもらってもまだ入りきらない車があったそうなので、そんな目には遭わないように早めに行ってみました。でも、結局開場時間になってもまだ空きがあるという状態でしたね。私が聴きに来て、こんなに人が集まらなかったのは初めてですね。ですから、中に入って2階席に行こうと思ったら、柵があって入れないようになっていました。あえて2階はふさいで、1階を満席にしようということなのでしょうか(あとで気が付いたのですが、どうやらここは、出番ではない出演者が座っている場所だったみたいですね)。
 最初は現役だけのステージ。でも、よく見るととても現役には見えない人が一人混じっています。これは、私の3年下のOB。大学の職員で、この合唱団の指揮もしている人なので、トラで出演していたのでしょう。そのせいもあってか、人数の割には声が出ていたようですね。日本民謡を歌っていましたが、間宮のコンポの6番を暗譜で歌っていたのには驚きました。
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 次が、たびたび外国公演も行っているという市民合唱団です。指揮が、やはりOBの大御所、以前、このホールでヴェルディの「レクイエム」を指揮された方です。情熱を込めて歌わせることにかけては定評のある方ですから、メンバーからの熱い思いは痛いほど伝わってくる演奏でした。
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 そして、OBと現役との合同ステージで、6月にも歌っていたタダタケの「富士山」です。顔触れを見ると、しばらくこういうところには参加されてはいなかった大先輩の顔も見えたり、私の1年下で、東京の合唱団に入れ替わりで入ったので結局一緒に歌うことはできなかった人も見つけることが出来ました。ほぼ全員暗譜で、安心して聴いていられる演奏でしたね。
 6月に来た時も、泣き出した子供を外に連れ出すこともせずにほったらかしていた母親がいましたが、今回もそんな状況が起きていたのには参りましたね。こうなると、陰アナでケータイの電源を切る事を促すと同時に、「お子さんが泣き出したら、直ちに外へ連れ出してください」と言わなければいけないようになってしまうのでしょうか。それはあまりに悲しすぎます。
 ホールに入って客席に座った時に、すぐ後ろにいた別の合唱団のOBに、「出てないの?」と言われたり、トイレに行った時にすれ違った東京のOBに「はやく復帰してよ」と言われたりと、何かとこの合唱団のOBとして出演するのが当然みたいに見られている私ですが、しばらくは一緒に歌うことはないでしょうね。いや、一時期、オケと合唱を掛け持ちしていたことは確かにありましたが、今ではよくあんなことをやれたな、と思っていますからね。空いた時間があれば、フルートを吹くことに使いたいなと、切に思っている今日この頃です。
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by jurassic_oyaji | 2017-11-24 21:56 | 禁断 | Comments(0)
フライングになるところでした
 今回の「かいほうげん」、新田さんからの返事を見て、それに団長のいつもの思考パターンを加味すれば、ニルセンの「交響曲第4番」に決まるのは100パーセント間違いないと思って、第1面にはその情報をでかでかと掲載して、印刷を終わりました。スコアまで買ってしまいましたよ。
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 とは言っても、何が起こるか分からないのが世の中ですからひょっとしたら、印刷した70部がすべて資源ゴミになってしまうかもしれないという覚悟は持っていたのですが、そんな心配は全く無用でした。私の予想通り、休憩時間に開かれた技術委員会では、団長は「ニルセン以外には考えられない。もし他を選ぶのなら、新田さんを納得させるだけの理由を挙げてほしい」とまで言ってましたから、それに逆らえる人などいるわけがありません。まあ、正論なんですけどね。
 ということで、「かいほうげん」は予定通りに発行できることになり、オケとしてはこの「不滅」というか「消しがたきもの」の前に演奏する曲を決めるという段階に進むことになるのです。でも、そうなるとなかなかいい曲が浮かびませんね。とりあえず思いついたのは、同じ作曲家のフルート協奏曲です。この間はエルガーのチェロ協奏曲で仙台フィルの人をお願いしましたから、フルートだってたぶん吹ける方がいるでしょうからね。と思って、スコアを調べてみたら(エルガーの作品は、全集版が簡単に見られるようになっています)、なんとも変わった楽器編成だと分かりました。いや、ソロの楽譜は持ってるし、前から曲だけは何度も聴いていたので、ちょっと普通の編成ではないな、という気はしていたのですが、始めてスコアを見てみると、オーケストラのパートにはフルートが入っていなんですよね。木管はオーボエ、クラリネット、ファゴットが2本ずつ、金管はホルン2本とバストロンボーンしかいません。それで、オケのクラリネットもかなり難しそうなので、ちょっと現実的ではないことが分かりました。そもそも、ソリストが来ない時の代吹きは誰かがやらなければいけないのでしょうが、とても私には吹けませんし。
 まあ、それは無理でも、今まで吹ける気がしなかったものがきちんと吹けるようになるのはとてもうれしいことですね。今やっている「第9」のピッコロがまさにそんな感じ。実際に何度も本番はやっていても、一度としてちゃんと吹けたことはなく、これを納得できるぐらいに吹けるようになるのはある意味「夢」だったのですが、楽器との相性が合ってきただけで、何の苦労もなく最後まで吹けるようになっていましたからね。高音のHが楽々鳴ってくれるのは殆ど快感です。
 ただ、私の場合、調子が良いと浮かれていると、バッタリ鳴らなくなってしまうことがあるので、用心は必要です。というか、楽器に限らず、裏切られた時に落ち込まないように、極力「こんな幸せは長くは続かないぞ」というスタンスをとるようにしていますけどね。なにごとも過度の期待を持たなければ、幸せに生きていけます。
 ですから、新しくしたブルーレイ・レコーダーにアナログ出力が付いていないことが分かって、とりあえず音だけは出したいためにAVアンプを買った時も、せっかくサラウンドが聴ける機能があるのだからと設定をしてみたら、全然音が出なかった時でも、「まあ、こんなこともあるさ」みたいに悠長に構えていたら、最終的にはきっちりサラウンドになる設定が分かりましたからね。これなんかは、信じて待っていれば相手の方から歩み寄ってくれる、みたいな感じでしょうかね。
 ただ、そうなった時にまた新たな疑問が湧いてきました。再生中のモードを表示できるようになったのですが、そこで、サラウンドだと「AAC 5.1 48kHz」みたいな表示なのですが、2チャンネルだと「PCM 2ch 96kHz」と表示されるんですよね。デジタル放送の音声はAACだったはずなのに、これはいったいどういうことなんでしょう?しかも96kHz。
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by jurassic_oyaji | 2017-11-22 22:31 | 禁断 | Comments(0)
やっと、全ソースがサラウンドで聴けるようになりました
 ついに雪も降ってきたので、秋ももう終わりですね。でも、今年はまだ栗ごはんを食べていないので、スーパーで栗を1袋買ってきました。そこで、まずは私の仕事の「皮むき」が始まります。去年もやったことがあるので、要領は分かっています。外の固い皮は簡単に剥けますが、面倒くさいのはその中の渋皮ですね。これはもう根気よく剥がしていくしかありません。でも、しばらくそんなことをやっていたら、こんな風に全部皮が剥けました。
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 ここまでできれば、あとは愚妻に任せるだけですので、私は一人で練習に行ってきます。とは言っても、オケの合奏ではなく、いつものパフォーマンス広場での個人練習です。ですから、その前に、その近くにある行きつけの鳥料理屋さんでお昼ご飯を食べましょう。
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 南光台にあるこのお店は、結構有名なのですが、ネットでの評価だと「愛想が悪い」というのがたくさん見つかります。確かに、ここでは店員さんが3人いて、一人は調理専門ですが、あとの2人、おそらく親子の女性が揃いも揃ってとてもおとなしいのですよ。別に私は気にならないのですが、食べ物屋さんの店員さんは元気がいいものだと決めつけているネット住人にとっては、あんまり評判はよくなくなるのでしょうね。でも、長いことここに通っていると、店員さんは私たちが何を注文するか分かって来たようです。私が2人分まとめて注文すると、出来上がった料理は間違いなくそれぞれの前の置かれていましたからね。
 最近は、今日みたいに私一人で行くことが多いのですが、もう席に着くなり「定食でよろしいですね?」と聞いてきます。もう、すっかり私は常連さんと認識されているんですね。なんだかうれしくなってしまいます。それこそ、何も言わなくても「いつもの、お願い」というだけで通じるような飲み屋のノリですね。余談ですが、自分では常連だと思って「いつもの」と注文しても、お店の人はそこまでの親密さを持っていなかった場合、自分の思っていたものと別のものが出てきた時に、そのお客さんはどういう態度をとるのが正解なのでしょうね。まあ、プライドがあるので絶対に「これは違う」とは言えないはずですから、間違っていたものでもさもそれが注文したものであるかのように「うん、ありがとう」と受け取るのが、店員にバカにされない対応ですね。いや、その前にすでにバカにされていますが。
 そのあと、たっぷり2時間マーラーのフルートや、「第9」などのピッコロをみっちりさらって、帰ってきたら録画してあった「オケ老人!」を見てみました。映画館で見た時には原作とのあまりの違いにちょっと不満でしたが、改めてみてみるとそれなりに完成されたものに見えてきます。ただ、相変わらずサラウンド放送のはずなのにさっぱりリア・スピーカーから音が出ないのが気になります。
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 そうなんですよ。先週、小さいスピーカーを買ってきて、サラウンドのリア・スピーカーとして配線を行ったのですが、BD-ROMではしっかりサラウンドが体験できるのに、放送のソースでは最初は確かにそれぞれのチャンネルの音が出ていたのに、いつのまにかリアが全く出てこなくなってしまっていたのです。ROMでは問題がないので、これはアンプではなくレコーダーのトラブルだと、まず思いましたから、他のレコーダーやプレーヤーをHDMIでつないで試したみたのですが、プレーヤーの音声設定をいくら変えても、一向にリアが出てこないんですよ。もう何が原因なのか分からなくなって、そもそものアンテナ入力まで疑ってみました。我が家はマンションにCATVが引いてあって、契約していない人でもそこからスルーでBSや地デジのアンテナ端子につなげるようになっています。そこで、その会社に電話してみたら、対応した人はいったい何のことだかわからないようで、何度もあちこち調べていたようですが、結局「アンテナに問題はありません」とヤケになってましたね。
 ところが、その「オケ老人!」を見ている時に、アンプの前を見ていたら、前になんだかわからなくてちょっと触ってみたスイッチがあることに気が付いたので、そこをあれこれいじってみたら、なんと、音がリアからも出てくるようになったではありませんか。これだったんですね。1週間かかって、やっとまともな設定が見つかりましたよ。これで、めでたく放送のソースでもしっかりサラウンドが体験できるようになりました。
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by jurassic_oyaji | 2017-11-19 21:05 | 禁断 | Comments(0)