おやぢの部屋2
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プログラムノーツを公開します
 8月6日に開催される杜の都合奏団のプログラムノーツが出来上がりました。毎回、私が書いている、こんな曲を演奏します、ということを会場に来た皆さんに知っていただくためのコメントです。もし興味がわくようなことがあれば、ぜひ演奏会にいらしてみてください。

 私たち杜の都合奏団は、創設時から小人数の弦楽器による室内オーケストラとして活動を行ってきましたが、今回は弦楽器のメンバーを大幅に増やして、グスタフ・マーラーの大作「交響曲第5番」に挑戦することになりました。それに先立って、マーラーより6年早く、1854年に生まれた作曲家、エンゲルベルト・フンパーディンクの歌劇「ヘンゼルとグレーテル」の前奏曲をお聴き下さい。
フンパーディンク:歌劇「ヘンゼルとグレーテル」前奏曲
 この作曲家の名前を聞いて、1960年代から1970年代にかけて「Man Without Love(愛の花咲く時)」とか「Love Me With All of Your Heart(太陽は燃えている)」といった曲を歌って大ヒットを飛ばしていたイギリスのポップス・シンガーの名前を思い出す人もいらっしゃるかもしれません。もちろん、それはこの作曲家にちなんだ芸名です。ただ、芸名を付けるにしても、ふつうのアーティストだったら、たとえば「グスタフ・マーラー」などのようにクラシックの作曲家としてきちんと認知されている人の名前なんか絶対に名乗りたくないでしょうから、そのあたりからこのフンパーディンクさん(作曲家の方)の微妙な立ち位置が分かろうというものです。生前は作曲家、あるいは教育者(あのクルト・ワイルの先生でした)として名声を博していたフンパーディンクでしたが、現在ではこの「ヘンゼルとグレーテル」1曲しか知られていませんから、まさに「一発屋」です。さいわい、この歌手はそうはなりませんでしたが。
 当時は偉大なワーグナーによって「ニーベルンクの指環」のような巨大なオペラが作られてしまった後でしたから、作曲家がその偉業を引き継いで新たにオペラを作ろうとした時には、かなりの困難が待ち構えていました。一部では、実際に同じような大規模なオペラも手掛けられますが、もっと別な道、ワーグナーの「指環」の中でも「ジークフリート」が色濃く残していた「メルヒェン」としてのオペラを目指す作曲家が数多く出てきます。フンパーディンクもその一人、多くの「メルヒェン・オペラ」を世に送りました。
 彼は若いころ実際にバイロイトでワーグナーのアシスタントを務めていたこともありますから、その音楽は師匠を正当に継承するものでした。彼が作った「メルヒェン・オペラ」は、確かに良く知られたドイツの子どもの歌の引用はありますが、それらはワーグナー風の厚いオーケストレーションで彩られ、無限旋律の中に埋め込まれているのです。
 開幕前に演奏されるこの前奏曲は、オペラの中で登場する重要なモティーフを使って、このお話の内容を簡潔に語っています。最初にホルンで演奏されるとても美しいコラールは、まさにこのオペラのテーマとして何度も何度も繰り返し劇中に現れます。それが最初に登場する時にはグレーテルによって、「お父さんから教えてもらった讃美歌よ」という説明の後に、「本当に困った時には、神が手を差し伸べて下さる」という、その讃美歌のテキストが歌われます。
 このコラールが朗々と何度も繰り返されたあと、音楽はアップテンポに変わります。その瞬間にトランペットで登場するのがお菓子の魔女のモティーフです。それに絡む半音階の進行が、魔女の不気味さを表現しています。と、そこに流れるように澄み切ったようなモティーフが現れます。これは、第3幕での霧の精がヘンゼルとグレーテルを目覚めさせる時に歌う歌の中に出てくるうメロディです。そして、途中で断片的に表れていた浮き立つようなモティーフが、終わり近くで完全な形で出現します。これは終幕で魔女に眠らされていた子供たちの魔法が解けて元気に歌う合唱のモティーフです。これに先ほどの目覚めのモティーフが加わって盛り上がったのち、最初の讃美歌のモティーフが静かに流れて、この前奏曲は終わります。

マーラー:交響曲第5番
 1860年にボヘミアのカリシュトという村に生まれたグスタフ・マーラーは、その50年の生涯で11曲の交響曲を手掛け、そのうちの10曲を完成させました。彼が作った交響曲たちは、それまでのこのジャンルのしきたりを大きくはみ出した、とてつもない様相を呈していました。特に顕著なのが他のジャンルである歌曲との相互乗り入れと、規模の大きさです。
 そんな交響曲の中で、おそらく今日最も頻繁に演奏されているのが、この交響曲第5番ではないでしょうか。もちろんここにも、彼の歌曲からの引用はありますし、合唱こそ入っていませんがオーケストラの編成はかなり大きなものですから、その特徴は端的に継承されています。しかし、この交響曲がここまでの人気を獲得したのは、ひとえにその5つから成る楽章の4番目、「アダージェット」という表題を持つ楽章のお蔭でしょう。これは、トーマス・マンが自分自身とマーラーをモデルにして1912年に出版した小説「ヴェニスに死す」が1971年にルキノ・ヴィスコンティによって映画化された時にサウンド・トラックとして使われて、広く知られるようになりました。さらに、あの大指揮者カラヤンの死後、1994年にこの曲がメイン・チューンとして収録された「アダージョ・カラヤン」というコンピレーション・アルバムがドイツ・グラモフォンからリリースされ、全世界で500万枚もの売り上げを記録するに至って、「アダージェット」はヒーリング・ピースとしても多くの人の心をつかむことになったのです。
 マーラーがこの交響曲の製作を始めたのは、1901年ごろとされています。その年の11月には、彼にとって人生の転機ともいえる出来事が起こります。それは、アルマ・シントラーとの出会いです。その時のアルマは22歳、マーラーは41歳でした。いわゆる「ひとめぼれ」というやつで、二人は会った瞬間にお互いを好きになり、翌年3月には結婚します(その時、新婦は妊娠3か月でした)。アルマはとても聡明な女性で、それまではツェムリンスキーの元で作曲の勉強もしていました。結婚を機に、彼女は夫の命令で作曲をすることは禁じられますが、その分、夫の片腕として尽くすようになります。具体的には夫の楽譜の浄書、いや、時にはラフな下書きを渡されてオーケストレーションを施すようなことまで行っていたとされています。この交響曲第5番では、その初演前のリハーサルをこっそり聴きに行って、オーケストレーションが変えられていることに落胆したという彼女の回想録が残っています。
 単にそのようなアシスタントとしての実務ではなく、彼女の存在自体がマーラーの作曲意欲を盛り上げたのは間違いありません。いわば、アルマはマーラーにとってのミューズだったのです。ただ、アルマにとってのマーラーは、単なる「最初のオトコ」でしかありませんでした。マーラーと彼女との結婚生活は彼が亡くなる1911年まで続きますが、そのころにはヴァルター・グロピウス(バウハウスを創設した建築家)との不倫が発覚しての泥沼状態でしたからね。
第1楽章「葬送行進曲」(正確な歩みで、厳格に、葬列のように)
 「交響曲第5番」というタイトルで最も有名なものは、俗に「運命交響曲」と呼ばれているベートーヴェンの作品でしょう。それをマーラーが意識したのかどうかは分かりませんが、この交響曲の冒頭には、ベートーヴェンが使っている「タタタ・ター」というリズムのモティーフがソロのトランペットによって現れます。同じ音が続いた後、短三度上の音に跳躍するのですが、同じタイミングで半音高い長三度上の音になると、これは有名なメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」の中の「結婚行進曲」になってしまいます。単なる偶然なのかもしれませんが、こんなところにもマーラーのアイロニカルな視点を感じてしまいます。
 このトランペットのソロに続いて、音楽は一気に盛り上がり、約30秒後にはとてつもないクライマックスを迎えます。これも見当外れかもしれませんが、マーラーの4歳年下で、ある意味ライバルだったリヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはこう語った」の冒頭のファンファーレ(こちらはスタンリー・キューブリックの映画「2001年宇宙の旅」で有名になりました)と同じ種類のカタルシスを見る思いです。
第2楽章(嵐のように激しく、一層の激しさをもって)
 この交響曲は5つの楽章から成っていますが、マーラーはさらに第1楽章と第2楽章をまとめて「第1部」、第3楽章を「第2部」、第4楽章と第5楽章をまとめて「第3部」として、第3楽章を中心にしたシンメトリカルな構造を提起しています。したがってこの第2楽章は「第1部」の後半という位置づけになり、前の楽章で現れたモティーフが変形されて現れています。コンサートでは、第1楽章から続けてそのまま演奏されます。
 冒頭のまさに「嵐のよう」な場面が収まった時にフルートで現れるのが、お馴染みの「タタタ・ター」のリズム、しかも、ここではメロディまで「運命」と同じ長三度の下降になっています。そのリズムに乗って聴こえてくるのは、チェロによる第1楽章のゆったりとしたテーマです。楽章の終わり近くになって、金管楽器が奏する、まるでブルックナーのように壮大なコラールにもご注目。
第3楽章「スケルツォ」(力強く、速過ぎないように)
 スケルツォとは言っても、これはもっとテンポの遅い、ヨハン・シュトラウスのウインナ・ワルツのような音楽です。しかし、なんせマーラーのことですから、いつまでもそんな軟弱な音楽が続くわけがありません。クラリネットはまるでニワトリのように啼き叫び、フルートは超高音で悲鳴を上げています(マーラーはフルート奏者が嫌いだったのでしょう、楽章の最後には「あわててピッコロに持ち替えろ」という無茶振りがあります)。
 この楽章ではまるでホルン協奏曲のようにホルン・ソロが大活躍します。ですから、ホルン奏者は立って演奏します。彼の名人芸にも酔いしれてください。
第4楽章「アダージェット」(非常に遅く)
 管楽器は全員お休み、弦楽器とハープだけで演奏される、まさに世紀末(いや、すでに世紀は変わっていましたが)的な頽廃感の中でエロティシズムさえ漂う、濃厚な媚薬のような音楽です。この楽章のために集まった総勢60人の弦楽器奏者が醸し出す、身も心もとろけるような極上の響きをご堪能下さい。
第5楽章「ロンド‐フィナーレ」
 そして、やはり間をおかずに最後の楽章が始まります。ホルンに続き、木管楽器のソロがそれぞれに素朴なメロディの断片を奏でます。この中には、マーラー自身の歌曲集「子供の不思議な角笛」からの引用もあり、その歌詞からマーラーのこの楽章、あるいは交響曲全体への「深読み」が試みられています。それは主に、第2楽章の最後に現れ、この楽章の最後でもさらにパワーアップして金管楽器によって響き渡る壮大なコラールに対する謎解きです。マーラーはそこにブルックナーのパロディという、どす黒い意志を込めているのだとか。
 ここに至るまでのとても長い時間、オーケストラは多くの声部が入り乱れてそれぞれの歌を歌うという複雑なポリフォニーを展開しています。それがこのコラールにたどり着いて、その勢いのままにエンディングを迎えるのかと思うと、最後の最後で現れるのはなんとドビュッシー風の全音音階です。印象派の音楽に対しては何の関心も持っていなかったとされるマーラーは、何を思ってこんなことをしたのでしょうか。


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by jurassic_oyaji | 2017-07-23 23:07 | 禁断 | Comments(0)
マーラーの5番です
 今週は、練習漬けの1週間になろうとしています。火曜日、木曜日、そしてあさっての日曜日がニューフィル関係、そして明日の土曜日は杜の都合です。
 火曜日は、来月行われる「ニューフィル夏のアンサンブル大会」の初練習でした。去年結成されたニューフィルの精鋭を集めたカルテットです。ただ、メンバーには年齢制限があるというのがユニーク。その条件を満たしている人はほとんどいないので、必然的にこのメンバーになってしまった、というものなんですけどね。モーツァルトのフルート協奏曲は全部で4曲あるのですが、それを4年かけて制覇しようという、いわばツィクルスの完成を目指しています。去年はD Durをやったので、今年はC Durにしようと、去年のうちに楽譜を配って今年の大会に備えていました。
 私は、4曲ともフルートパートはいつでも吹けるようになっているのですが、それをアンサンブルで合わせるということになると、これが全くの初めてになります。テンポなどもちょっと遅すぎるぐらいでやってみると、それがなかなかしっくりくるので、それで行こうということになります。ただ、それだと息が持たないので途中でブレスが入ってしまって、ちょっとみっともないので、そこをどうするかが課題です。でも、やっぱりアンサンブルは楽しいですね。特に、こういう弦楽器の人たちとはなかなか機会がないので、これは貴重な経験です。
 木曜日はニューフィルの定時の練習、今週は火曜日が市民センターの休館日だったのでこの日にシフトしてました。エルガーもだいぶ馴染んできて、とても吹けないと思っていたような面倒くさいスケールなども克服できるようになってきましたね。最後までてこずるのではないかと思っていた4楽章頭のファゴットとのユニゾンの超絶パッセージも、ちゃんと吹けないのはただ走っているせいだということが分かってからは、すんなり吹けるようになっていました。ですから、残る課題はいかに他のパートの間に収まるか、です。エルガーのオーケストレーションはとてもヘンで、ユニゾンなのにずれて演奏していても、それが間違っているようには思えないところがありますから、よっぽど注意していないとその「罠」にハマってしまいます。きのうはまさにそれをやってしまいました。なんか変な感じなのに、妙な充足感もあったのでそのまま吹いていたら、確実に他のパートと一緒になるところで1小節早く出ていたことに気づいてしまいました。これは、もう場数を重ねるしかないですね。
 でも、今度の日曜が、初めての指揮者練習ですから、そんなことを言っている余裕なんかありません。指揮練とは言ってもスケジュールの関係で夜の3時間しかありませんから、通すだけで精一杯、そんなところで間違えたりしてはいられません。
 早いもので、その演奏会のチラシの原稿が出来上がってきました。
 これを見ただけで、コンサートに行きたくなるようなチラシですね。小さくて見えないかもしれませんが、「イギリス音楽界の巨人」というコピーは、私がオヤマダさんの著作からパクったフレーズです。
 指揮練の前の日には、杜の都合です。この前の練習の時に、5楽章でオーボエとユニゾンなのにいつもリズムが合わないので変だと思ってスコアを見たら、
 なんと、フルートだけが別のリズムでした。でも、手元のCDを聴いてみたら、全部オーボエの形で演奏しているようでしたね。前に末廣さんとニューフィルでやった時には、こんなことは気づきませんでした。同じ楽譜、というか、今回はその時のパート譜をそのまま使っているのに、何の書き込みもありませんでしたよ。不思議です。
 こちらは、演奏以外にも期限までに間に合わせなければいけないものがあったのですが、何とか出来上がりました。それを、明日の練習で全曲の通しを聴いて、忘れていたことがなかったか確認すれば、晴れて納品できます。
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by jurassic_oyaji | 2017-07-21 21:55 | 禁断 | Comments(0)
駅の番号も付きました
 宮城県のPR動画が、評判になっているようですね。もちろん、「評判」には「よい」ものと「わるい」ものがあるわけで、これは当然「わるい評判」の方ですよね。宮城県知事は「目に付けばそれが成果」みたいなことを言ってましたが、彼はそれが自身のアホさ加減を世間に知らしめることになるとは全く気が付いていないようですね。いくら見られても、その結果全国の人に宮城県人はセンスがないと思われてしまっては、何にもならないとは思わなかったのでしょうか。
 こんな恥ずかしいことをやっているのは宮城県だけだと思っていたら、仙台市でも同じようなCMをやってましたね。こちらはネットではなくテレビCMですから、普通のお茶の間で見られてしまうという点でその害毒は大きくなっています。それは、今行われている市長選挙への投票を呼び掛けるCMです。おとなしそうに座っていた女子高生が、いきなり立ち上がってラップで「選挙、行ぐすぺ」などとがなり立てはじめるんですから、悪趣味も極まります。ネットならPCやスマホを開かない限り目につくことはありませんが、これは何の前触れもなくテレビの画面に現れますから、気が付いたらこの忌まわしいラップが聴こえてくるという最悪の露出です。正直、こんなのを聴いてしまうと選挙になんか行きたくなくなってしまいますよ。ラップ、特に日本語のラップは大嫌いという人も、世の中にはいるということを知ってもらいたいものです。
 そんな、宮城県や仙台市といったイナカではなく、大都会の東京でも、なんだかわけのわからないことをやっているみたいですね。この間東京に行った時に山手線に乗ったら、かつて広告が貼られていた場所が全部モニターになっていました。中吊りだけはまだ残っているようですけど。そのモニターには、広告以外にいろいろ案内が出てきて、次の停車駅とかそこでの乗換案内などが分かるようになっています。そこで、乗換路線の前になんだか「J〇」という2文字の記号が付いていることに気づきました。今まで、地下鉄ではそれぞれの路線にアルファベット1文字の記号が付いていましたから、それをJRも取り入れることにしたのでしょう。おそらく、オリンピック目当てでしょうね。
 ただ、そこで湘南新宿ラインは「JS」なのに、なぜか埼京線は「JA」になっているのがおかしかったですね。これでは「農協」と間違われてしまいそう。これは地下鉄にも使われた法則で、同じアルファベットが他で使われている時には、2文字目以下が使われる、というやり方なんですね。
 こんな感じ。でも、法則は分かりますが、それが果たして理にかなっているかどうかは疑問です。「JT」とか「JY」はそのまま頭文字ですからすぐわかりますが横須賀線が「JO」だということが感覚的に分かる人なんかいないのではないでしょうか。悲惨なのは鶴見線の「JI」でしょうか。TURUMIの最後の字になって、やっと使えるようになっているんですからね。分かりやすくするための略号なのに、これではかえって分かりにくくなっているのではないでしょうか。なんだか、世の中がすべて、普通の感覚が通用しないようなおかしな方向に進んで行っているような気がしてなりません。
 こういうものは、あんまり使いづらいと淘汰されることもあるんですけどね。こういう、首都圏を走っている電車のことを、昔は「国電」と言っていたものが、民営化で「E電」になったのに、そんな言葉は誰も使わなかったので、結局自然消滅した、ということもありますから。
 ということは、こういう電車は、今ではなんて呼ばれているのでしょう。あるいは、そういう名前を作る出すのはもう面倒くさいので、特に名前はないのかもしれませんね。この「J〇」だって、オリンピックが終われば自然消滅しているかもしれませんね。
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by jurassic_oyaji | 2017-07-19 22:47 | 禁断 | Comments(0)
帰りの新幹線に乗ったら、大雨が降りだしました
 シアター・オーブの「ウェストサイド・ストーリー」、行ってきました。今回は、せっかく行くのだからと、他の用事も詰め込んであります。まずは、上野の国立西洋美術館で開催中のアルチンボルド展、そして、銀座のヤマハです。ヤマハは、来年春の曲目が決まったので、そのスコアを入手しようと思ったら、アマゾンでは2週間待ち、アカデミアでは在庫なしだったので、ダメモトでヤマハに聞いてみたら2冊在庫があるというので取り置きにしてもらっていたものの受け取りです。さらに、愚妻も一緒に行くのですが、そちらはさるブランドのお店が有楽町にあるので、そこにも連れて行ってほしいというリクエストもありました。これを全部回るために、私は分刻みのスケジュール表まで作ってしまいましたよ。
 シアター・オーブは、前もって調べてあったので渋谷駅から迷わずに行けました。あまり前評判が良くなかったようなのに、客席は満席、宣伝の効果でしょうか。私が取ったのは2階席の最前列だったのですが、これがステージからそんなに遠くなく、しかも、手すりが全く視界に入らないというありがたい設計でした。ただ、音響も照明も装置もとても素敵だったのに、肝心のカンパニーのお粗末なこと。ダンスの切れは悪いし、歌は下手だし(マリア役の人など、ほとんどオンチです)、芝居の勘所がほとんど決まっていないしと、全くいいところがありません。こうして比べてみると、劇団四季のレベルがいかに高いものであるかが分かります。
 さらに、生オケが入っていたのはありがたかったのですが、これが「本場」の人と日本から加わっているメンバーの混成チームで、なんとも危なっかしい演奏なんですね。リズムのノリは悪いわ、ブラスのアインザッツは合わないわ、テンポがとてもだらしないわと、眠気を催すほどのひどさです。最後の最後、絶対にはずしてはいけない音を当てられなかったトランペット奏者は、プロとは言えません。ほんの小遣い稼ぎに日本にやってきたのでは、と思えるような志の低さ、これでは劇団四季にさえも太刀打ちできなくて当たり前です。カーテンコールも、おざなりでしたしね。
 彼らは。ブロードウェイの引っ越し公演なんて言ってますが、実態はその程度のものだったのですね。まあ、そういうものを大々的な宣伝で持ち上げているというのが、東京の大劇場の商法なのでしょうが、そんなことがいつまでも続くわけがありませんよ。少なくとも、私はこんなものを見るためにわざわざ東京まで出かけるような無駄なことは、金輪際やるつもりはありません。
 それから上野まで行って、美術館の前に行ったら、チケット売り場の前が長蛇の列、これは全くの想定外でした。
 30分ぐらい並ばないとチケットが買えないのでは、仙台に帰れなくなってしまいます。とりあえず中に入ったらグッズ売り場が展示の外にあったので、そこで図録だけ買って、今回はあきらめました。この売店の会計でも長蛇の列で、15分ぐらい並びましたからね。でも、9月までやってますから、今度はちゃんとチケットも入手しておいてゆっくり来ることにしましょう。
 しかし、私がこの画家のことを知ったころには、マニア以外にはほとんど知られていなかったのに、こんなに人気が出ているなんて、なんだか複雑な思いです。
 そのあとは、有楽町まで愚妻を道案内した後、銀座のヤマハまで歩きました。途中に「ゴジラの像」がありましたね。
 話を聞いたときには実物大だと思ったのに、こんなちっちゃなものだったとは。しかし、東京の暑さの中で地上を歩き回るのはとんでもない苦行です。ヤマハの帰りは、たまらず地下に降りて、地下鉄で東京駅まで行きました。涼しかったですね。
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by jurassic_oyaji | 2017-07-16 22:56 | 禁断 | Comments(0)
エルガー特集
 前回の「禁断」にチラシのをことを書いたら、翌日にはその現物のゲラが届いてしまいましたよ。もちろん、それはいつも通りのスケジュールに従って作業を進めていただけのことで、単にそれに沿って私がそろそろだな、と思っていたにすぎません。いやあ、今回も素晴らしいチラシが出来上がってきましたね。すぐにでもネットにアップして皆さんに見ていただきたいところですが、まだ決定稿ではないので、チラシを丸ごと公開することはできません。ただ、そのアイコンのような物だけを抽出して、元のチラシとは似て非なる出来そこないのカバーを作って公式Facebookには使ってみましたから、雰囲気だけは味わえるはずです。
 私の本来の仕事は、そのゲラを見て校正を行うことです。ほぼ完ぺきな仕上がりだったのでそんなに直すようなところはなかったのですが、細かい英語表記などは少し手直しが入る余地はあったでしょうか。その他、気づいたことを送って、それで今回は終わりだな、と思っていたら、何度か見直しているうちにちょっと違和感があるところが見つかりました。今回はチェロ協奏曲を演奏するので、そのソリストの紹介も裏面に載っていますが、その表記で日本語の「チェロ独奏」の下に英語で「Solist」とありました。別に独奏者のことは英語では「ソリスト」といいますから、そういうスペルなのでしょうね。何の問題もないように思えるのですが、何か引っかかります。たしか、英語では「Soloist」という、やはり「ソリスト」を意味する単語があったはずですよね。「Solist」と「Soloist」の違いって、なんなんでしょう?
 そこで、英和辞典を開いてみると、なんと、「Solist」という単語は載っていないんですよ。びっくりしましたね。これって、英語じゃなかったんですね。「Soloist」はちゃんとあって、そこには「ソリスト」という和訳が書いてありました。いやあ、ショックです。生まれてこの方、ずっと「Solist」は英語だと思って生きてきたというのに。いや、正確には「Solist」も「Soloist」も両方英語だと思っていましたね。ですから、CDのクレジットを書き出すときでも、きちんとしたものでは「Soloist」を使っていたような気がします。
 ただ、それを日本語で「ソロイスト」なんて口に出してしゃべる人には、それこそ生まれてこの方、面と向かって出会ったことなんてありませんよ。たまに、それこそ後藤美代子さんのような気取ったアナウンサーがそう言っていて、何かっこつけてんだ、と思ったりしたようなことぐらいはあったかもしれません。そう、「ソリスト」はもはや「日本語」として確固たる地位を確立しているのですよ。
 ただ、英語では「Soloist」ですが、ドイツ語やイタリア語やフランス語ではなぜか「Solist」になっています。このあたりが、おそらく日本語としての「ソリスト」の由来だったのでしょう。ドイツ語だと複数形は「Solisten」ですが、もうこれは「なんとかゾリステン」という名前が石を投げればぶつかるほどたくさんありますからね。あ、でも、複数形だったら英語でも「なんとかソロイスツ」というのは最近はよく見かけますね。
 ただ、私の楽器「フルート」は英語読みですね。こればっかりは「フラウト」(イタリア語)、「フレーテ」(ドイツ語)、「フリュート」(フランス語)などという人は、今ではまず見当たりません。「今では」というのは、過去には吉田なんとかさんがことあるごとに「フリュート」と言っていたようですが、その方がお亡くなりになってしまってからは、その「伝統」も失われているからです。
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by jurassic_oyaji | 2017-07-14 22:48 | 禁断 | Comments(0)
前に演奏したことのある曲ばかり
 今まで、ニューフィルの練習の前には必ず寄って晩御飯を食べていた「とらの子」が、5月の連休の後から改装工事を行うということでずっと休業していました。いや、「ご飯」とは言っても、食べるのはお米ではなく麺類なんですけどね。
 それが、2ヶ月経って無事工事も終わり、リニューアル・オープンを迎えることになりました。その日は7月10日だというのは、ここのサイトと、そしてお店の前に置かれた看板によって知っていました。ですから、こういうことが大好きな愚妻は、ぜひともその日に行ってみたいと言っていました。それで、その日の夕方、新しくなったお店に行くことになりました。
 改装の前に、どんなふうに変えるのか、ちょっとお店の人に聞いてみたことがありました。そうしたら、基本的に内装は変えないで、主に厨房を新しくする、という話でした。ですから、そんなに大幅に変わっていることはないだろうとは思っていましたが、入り口のドアなどは新しいものに変わっていましたね。それと、一部のテーブルが前は4人掛けで一つのテーブルだったのが、2人掛けが2つ、くっつけたり独立したりして使えるようになっていました。この店は基本的に合い席にはしないので、これはありがたい措置ですね。ただ、真ん中にあった大テーブルは、そのままでした。これが少し背が高すぎたので、これは直してほしかったですね。
 ただ、予想はしていたものの、メニューを見るとかなりのものが値上げになっていたのは残念でした。まあ、味は変わっていなかったので一安心ですが。実は、この時には、もう一人私の妹も一緒に食べていました。ほとんど食べ終わった時に、なんだか麺の中に短い髪の毛が入っているのを見つけたので、それを店員さんに知らせると、すぐさま、「申し訳ありません、すぐに新しいのをお作りします」と言って、本当にすぐに新しい麺を持ってきましたね。結局、それは食べきれなかったので、私も半分ぐらい手伝いましたが、全部は食べられませんでした。どっちかといえば、この間の「ティーズ」のように、「御代は要りません」と言ってくれた方が良かったですね。もちろん、店主が謝りに来るということもありませんでした。ちょっと残念。
 そして、きのうの練習の前には、そんなことにもめげず、いつも通りにここに来て、いつもと同じチャーシューメンを頼みました。これはしっかり値上げされていたメニュー、以前(左)は税抜880円だったものが、きのう(右)は税抜950円になっていましたね。こうして比べてみると、チャーシューの大きさまで小さくなっているように見えますが、きのうの方が厚みはあったので、それはなんとも言えません。ただ、以前はとても柔らかくとろとろしていたのが出てきた時もあったのですが、きのうのはちょっと硬めでしたね。これも、いつも同じものが出てたわけではないので、判断はできません。
 そして、練習に向かうと、前半の交響曲が終わったところで来年春の定期演奏会の曲目の会議がありました。メインのチャイコフスキーは決まっていたのですが、その前に置くプログラムが指揮者から伝わってきたので、その通りにムソルグスキーとストラヴィンスキーに決まりました。これで、来春は「3大スキー」によるコンサートになりました。詳細は、公式サイトかFacebookをご覧ください。
 そのFacebookは、このところ特に目新しい事件もなかったのでしばらく投稿がありませんでした。そこで、満を持してこの情報をアップしたら、おそらく皆さんも情報に飢えていたのでしょう、リーチ数がものすごいことになって、丸1日で1500にもなっていました。これは久々の大ヒット、この調子でお客さんもたくさん来てくれるといいですね。ただ、その前には、およそお客さんが来そうもないオール・エルガー・プログラムの秋の定期です。演奏する方も、2ヶ月経ってやっと勘所が分かってきた、というぐらいですから、よっぽど頑張らないと、萩ホールで「4ケタ」は難しいでしょう。でも、もう少しするとまた素晴らしいチラシが出来てきますから、それで攻めていくしかないですね。
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by jurassic_oyaji | 2017-07-12 21:52 | 禁断 | Comments(0)
浦島太郎ですからね
 テレビで沖ノ島が世界遺産に指定されたというニュースをやっていましたね。それがめでたいことなのかどうかは分かりませんが、少なくとも私にとっては何のメリットもないことで全く関心はありません。まあ、好きにしてよ、というスタンスですね。ただ、そのニュースの映像を見ていると、その会議をやっている場所がとても気になってしまいました。
 こんな感じ、これは間違いなくワインヤード・タイプのコンサートホールですよね。客席やステージがサントリーホールなんかと同じです。調べてみると、これはポーランドのクラクフにある「コングレス・センター」というところなのだそうです。客席の椅子の上にテーブルを置いて、そこにマイクなんかが設置されているみたいでした。コンサートホールで国際会議なんて、ちょっと素敵ですね。さすがはポーランドです。というか、このように明らかに音楽専用ホールとして設計されているところを、会議などに多目的に使う、という発想がユニークですね。
 こういう感じのコンサートホールを作ろうという動きが、なんだかよく分からない形で進行していることは知っていましたし、実際にその関係団体のアンケートに答えたりもしていました。そうしたら、その運動のリーダー的な存在の人が、今度の市長選挙に立候補したというのですね。この方は、私の職場とも密接な関係がある人で、じっさいに、公示前に職場にあいさつに来ていたのだそうです。まあ、そんな人が市長になれば、もしかしたら音楽ホール建設も実現するかもしれません。
 と、そこだけを考えるとそんな人に市長になってもらって、ぜひとも音楽ホールを作ってもらいたいものだ、と思ってしまいますが、この人のバックが自民党というのでは、ちょっと、ですね。まあ、結局この国では、クラシック音楽は権力の庇護がなければ到底やっていけないものなのでしょう。今さら音楽ホールを作ると言っても、できるのははるか先のことでしょうから、もはや私あたりが実際にそのホールのステージに立つようなことはなくなっているかもしれませんからね。というより、あの、くそ面白くない観光CM動画を作った県知事が応援している、というのもとても不快ですしね。あの動画、当然県知事もOKを出したのでしょうが、ああいうもので宣伝効果があると考える時点で、首長としてのセンスを疑ってしまいます。制作した人は恥ということを知らないのでしょうね。あんなクリエティビティの全くないものを作ったら、壇蜜の部下の小林司クンみたいにクビになってしまいますよ。普通の会社だったら。そもそも、宮城県は全然「涼しく」ありませんし(「涼・宮城」で「りょうぐうじょう」ですって。泣きたくなりますよ)。
 それでも、もしかしたらニューフィルはいずれはその新しい音楽ホールを使えるかもしれませんが、「杜の都合」は確実に無理でしょう。でも、せっせと間近の目標に向けて精進に励んでいるところです。実は、本番までに1ヶ月を切ったのを機に、Facebookのイベントを作って、「お友達」に送信してみました。そうしたら、意外と食いつきがいいのですね。このままだと手持ちのチケットでは対応できなくなってしまいそうなので、さらに追加させてもらいました。ですから、Facebookに縁のない方でも、直接ご連絡をいただければ十分にチケットはご用意できますから、お申し出くださいね。
 おとといの練習では、間際になって序曲には私しかいないことが分かったので、1番を吹きました。ですから、こちらでも序曲に関しては全パートを代吹きで制覇したことになります。
 そして、マーラーは、細かいところをチェックする段階がある程度終わったということで、1楽章と2楽章は初めて続けて通して演奏していました。緊張感が、結構気持ちよかったですね。外は全然「涼しく」ない真夏だったのに、若林の展示ホールは冷房がききすぎて寒いぐらいでした。
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by jurassic_oyaji | 2017-07-09 21:59 | 禁断 | Comments(4)
山形出身なんですね
 後藤美代子さんが亡くなったそうですね。だれ、それ?と言われそうですが、おそらくこの名前を知っている人は、今ではだいぶ少なくなってしまったのではないでしょうか。この方は、NHKのアナウンサーですが、特にクラシックの番組ではほとんどのものを担当していたような印象がありますね。つまり、ラジオから出てくるクラシックの曲名とか演奏家の名前などは、ほとんどこの人の声で記憶している、ということになるのですよ。私の場合。そのしゃべり方はまさに「NHK」という感じで、良くも悪くも「型にはまった」ものでした。
 そうなんですよ。とにかくこの人の語りは格調高いもので、全く隙がないんですね。それだから、クラシックを任されるようになったのか、クラシックを担当している中でそのようなスタイルになってしまったのかは、私には分かりません。いずれにしても、彼女にはなにか「権威」というものが背後に見えてしまうところがありましたね。まさに「権威としてのクラシック」という図式が、非常に分かりやすく出ている人でした。
 かつてNHKの職員だった知り合いがいるのですが、その人が「のど自慢」の出演者を案内して廊下を歩いている時にたまたま後藤さんと出会ったそうなのですが、その時の彼女が出演者を見る目からは、なにか汚いものを見ているような態度がまざまざと感じられたのだそうです。そんな、お高く留まったところもあったのでしょうね。
 ただ、今となってはそのぐらい厳しい態度でクラシックに接していたのは、逆になんか懐かしいような気持ちになります。最近は、クラシックで登場するそういうMC関係の人には、なにか大衆に媚びたところがあったりしますから、それもどうかな、という感じがしますからね。いずれにしても、一つのスタイルを築き上げた人が、これでいなくなってしまいました。
 同じNHKでやっている朝ドラは、昔から「格調」などというものとは無縁でした。そこにあるのは、整合性の取れない設定と、無理に感動を誘い出そうとするミエミエの伏線だけです。今BSで再放送されている「こころ」あたりは、そんな駄作の要素を万遍なく備えている、したがって極めて「朝ドラ」らしいドラマです。ただ、そんなへたくそな作り方に騙されたつもりになってみている分には十分楽しめるのが面白いところです。つまり、これが放送された時にはほとんど無名だった人が、いまではすっかり立派になってしまっているというケースが、結構あるからです。中学生時代の加藤諒、なんてのも出てきましたからね。
 でも、今の朝ドラは、一味違っているみたいです。細かい設定なんか超えたところで、不思議なインパクトが醸し出されているのではないでしょうか。今週の「ビートルズ来日」ネタも、虚実織り交ぜて楽しめましたね。ただ、ここでちょっと不思議なことがあったので、そのご報告。
 こういうものは先が分からないで見ている方が楽しいのですが、ネットには先の予定が書かれた「ネタバレ」がたくさん公開されています。そうなると、ちょっと気になって読んでしまうんですよね。それで、愚妻にも「ムネオの奥さんもチケットが手に入るんだよ」なんて得意げに言ったりしていました。そうなんですよ。そんな「ネタバレ」では、確かにムネオさんは、アパートの学生さんだけではなく、奥さんからもチケットをもらえることになっていたんですよ。でも、実際はただTシャツを着て外で騒いでいただけでしたからね。そのサイトを見直してみると、そのあたりは見事に上書きされていましたね。
 今までは、こんな風に予告が変わってしまったことはまずなかったような気がします。それが今回はやたらと多いんですよね。これは、もしかしたらNHKがわざと偽の情報をリークしているからではないのでしょうか。なんか、そんなところでウソをついてもしょうがないような気がしますけどね。小っちゃいですね。どうせなら、アベの一味のようなどでかいウソをついてほしいものです。
 ついにブレイクしたムネオさんが、「あさイチ」に生出演した時には、それが大雨のニュースでつぶれてしまいました。その時の映像を今日流していたのですが、それがさも生であるかのように、「私たちもちょっと着替えを」と言わせられていたMCたちも、NHKの被害者?
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by jurassic_oyaji | 2017-07-07 22:55 | 禁断 | Comments(0)
返信には10円切手が必要
 この間、職場で顧客DMを出すのをすっかり忘れていて、普通はどんなに頑張っても丸2日かかるハガキ印刷を、プリンター2台を動員して1日でやってしまったということがありました。そんな危ない橋はもう決して渡りたくないと思ったので、今度は8月に行われるイベントの案内ハガキの準備は、早めにやっておこうと思いました。さらに、インクジェットのプリンターで表と裏を印刷するのは、経費と時間にかなり無駄なところがあると実感させられたので、あて名はシールにレーザープリンターで印刷することにしました。
 これは、予想通り大成功、インクジェットでハガキに1枚1枚宛名を印刷していた時には、それだけで1日かかってしまいましたが、あて名シールだと、12面のシールが100枚必要でも、レーザープリンターだったらほんの数分で終わってしまいますから、もう信じられないぐらいの早さです。もちろん、それを今度はハガキに手で貼らなければいけませんが、これは裏面の通信面をプリントしている時間にやれる仕事ですから、時間はかからないのと同じ、大体1枚印刷している間に2枚から3枚のシールを貼ることができるので、印刷が終わった時にはシールも全部貼り終わっていることになりますからね。
 ということで、あて名シールにすれば作業時間は今までの半分になることは分かりました。ただ、世の中はそんなにうまく行くものではなく、こんなに便利なものには落とし穴があるというのは昔から言われていることです。果たして、このやり方に問題はないのでしょうか。
 私が今まで宛名の直接印刷にこだわっていたのは、郵便番号のためでした。ハガキや封筒には必ず右上に郵便番号を記入する赤枠がありますよね。その大きさはしっかり決まっていて、そこに丁寧な字で数字を書き込まなければいけない、と、昔から教わってきました。機械でその番号を読み取るのですから、その場所をちょっとでも外れたり、読みにくい数字なんかだと読み取りがうまく行かず、そういうものははねられてあとで人間が目で見ながら仕分けをするのだ、と、聞いたこともあります。やはり、そんな手間をかけさせては気の毒ですから、郵便番号もしっかり赤い枠内に印刷してくれる方が親切ですよね。確かにあて名シールにも郵便番号は印刷されますが、それは赤枠からは遠く離れたところですから、絶対に機械で読めるわけはありませんよ。
 と、生まれてこの方ずっとそのように思っていたのですが、今回調べてみたら、そんなことは全く必要ないのだ、ということが分かってしまいましたよ。郵便番号を読み取る機械では、別に赤枠の中に書かなくても、自動的に番号を見つけ出して読み込んでいるという、ものすごいことをやっているんですって。それも、最近そんな風になったのではなく、もう何十年も前から普通にそういうことが出来ていたようですね。いやあ、知りませんでしたよ。
 逆に、シールに郵便番号が書いてあるのに、わざわざ赤枠に同じことを書いたりすると、かえってエラーが出てきて迷惑してしまうそうですね。今回、作業が早く終わったので、せめて郵便番号ぐらい手書きで入れてやれば親切だろうと、本気で考えていましたが、それもいらぬおせっかいになってしまうんですね。ま、それをやる前に調べてこういうことが分かったので、無駄でしかない「おせっかい」はしなくて済みましたから、よかったんですけど。
 あ、それと、番号の前に「〒」という記号を書いたりするのもダメなんですって。確かに、あて名シールには番号だけしか印刷されてませんでした。
 そういえば、ハガキは6月から62円になっていましたね。ですから、駆け込みで5月中に大量のハガキを買っていた人がいたそうです。普通、なにかが値上げされるという時には、そういうことは普通に行われますよね。でも、ハガキの場合は5月に52円で買ったものは、6月に出すときには10円切手を貼らないといけないのだそうです。知ってました?
 実は5月末に往復はがきを出したら、その返信が6月になって届きました。そこにはもちろん10円切手なんか貼ってありません。さあ、こういう時はどうなるのでしょう。
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by jurassic_oyaji | 2017-07-05 22:37 | 禁断 | Comments(0)
自由通路が仙台駅と似てますね。
 「ブラタモリ」で大宮をやっていましたね。この番組、今の行政区名にこだわらないタイトルを使っているのが、なんだかありがたいですよね。「博多」の時にも、「福岡市」なんて言ってませんでしたから。今回も「さいたま市」とは言わずにきっちり「大宮」ですから、うれしくなります。実は私はかつて大宮市民だったことがありますから、なんか今の「さいたま」にはなじめないんですよね。
 その頃勤めていた会社が大宮にあって、最寄りの駅は高崎線の宮原駅、最初はそのそばの独身寮に住んでました。そのうち寮を出て川口市に新しくできた公団アパートに引っ越したのですが、会社に通う時には京浜東北線に乗って大宮で高崎線に乗り換えていましたね。そのころは東北、上越の新幹線と、在来線は高崎線と東北線、京浜東北線、それに東武線も同じ駅舎内にありましたね。
 それが、今ではいったい幾つの線路がこの駅に入っているのでしょうね。昔はなかった「湘南新宿ライン」とか「宇都宮線」なんて名前もありましたし、新幹線もずいぶん増えましたね。確かに、この番組のテーマの「鉄道の町」にふさわしい駅でした。そこであえて鉄道博物館を取り上げなかったのは、一つの見識ですね。
 氷川神社なんかも、確かに行ったことがありますし、大宮公園なんて、確か会社のお花見で真夜中に行ったことがあったことを思い出しましたよ。今では完全に新幹線の通過駅(たまには乗換駅)になってしまっていて、駅で降りて市内に行くなんてことはなくなっていますけどね。それにしても、ネットで検索したら、大宮駅の構内にはこんなタペストリーが飾られていたことが分かりました。もうこうなると「観光資源」ですね。この番組は。仙台でもこの番組に出た人が、一躍有名人になってましたからね。
 まあ、ここに住んでいたころには、よもやオーケストラに入ってマーラーを演奏しているなんて想像もできませんでしたね。フルートを手に入れて初めて吹いてみたのがこの頃でしたからね。そんなわけで、いつの間にかマーラーの5番と、エルガーの1番を別のオーケストラで同時に練習をする、などという、アマチュアのフルーティストにしてはかなりハードな現実に直面していることになっています。
 エルガーの方はまだ先の話ですが、マーラーはほぼ1か月後が本番となりました。今日の練習はお昼からだったのですが、いつものように少し前にパフォーマンス広場で音出しです。予定では、最初に私は降り番の序曲をやることになっていますが、誰からも欠席の連絡は来ていないので私が行く必要はなさそうですから、その時間もここでみっちり吹き込んでおきましょう。と思っていたらメールが来て、1番の人が少し遅れるということでした。それだったら代吹きをしなければいけないので、会場のホールに向かいましょう。
 そうしたら、練習開始ギリギリに、その1番担当が間に合いました。でも、まだピッコロ担当が来ていません。何の連絡もなかったのに、と思ったら、だいぶ前に今日はお休みと言っていたことを思い出しました。結局、代吹きはしなければいけないのでした。やはり、きちんと時間通りに来ていないと。
 序曲のピッコロパートを吹くのはこれが初めて、ピアニシモで高音の「C」を出さなければいけないような、結構大変なピッコロパートなのですが、それが軽々と吹けるようになっていたのはうれしいですね。
 メインのマーラーも、弦楽器はおそらく今までで一番の出席率、多くても2人しか休んでいないという、限りなく全員出席に近い状態でしたから、とても充実した音が出ていましたね。これがまだ1か月かけて練り上げられるのですから、本番にはものすごいハイレベルの演奏が聴ける期待が大きくなってきましたよ。
 木管も、全員トップが揃っていたので、ユニゾンとか受け答えもしっかり合わせられるようになりました。ただ、私のパートはたまに長い休みがあるので、その間に楽天戦の経過をスマホで追ってました。最初の頃は勝っていたのに、いきなり逆転されていたのを見た時には、一瞬何が起こったのか分からなくなってしまって、気が付いたときには私の出番が始まっていたのにそれに入れずマゴマゴしてしまいましたよ。練習中のスマホは禁止です。
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by jurassic_oyaji | 2017-07-02 20:56 | 禁断 | Comments(0)