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カテゴリ:フルート( 217 )
GENZMER/Wie ein Traum am Rande der Unendlichkeit
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Emmanuel Pahud(Fl)
Margarita Höhenrieder(Pf)
SOLO MUSICA/SM 159


こちらの、「トラウトニウム」という電子楽器のための作品を作った人として注目していた作曲家、ハラルド・ゲンツマーには、フルートのための作品もあることが分かって、急遽取り寄せたのがこのアルバムです。演奏者はエマニュエル・パユ。メジャー・レーベルへのおびただしい録音がある彼が、こんなマイナーな作品をマイナーなレーベルに録音していたのには、なにかホッとする気持ちです。彼のEMI(今ではWARNER)への録音には、ほとんど心を動かされることはありませんでしたからね。
ゲンツマーという人は、1909年に生まれていますが、つい最近2007年までご存命だったのですね。ヒンデミットに師事したという経歴は、先ほどのトラウトニウムのアルバムでも紹介されていましたが、彼は師と同じく多くの作品を残していて、それは交響曲から室内楽曲までの広範なジャンルをカバーするものでした。彼自身はピアノとクラリネットを演奏していましたが、作品の上で好んで用いたのはフルート、ピアノ、ハープ、そしてチェロだったのだそうです。
フルートとピアノのための「ソナタ」は3曲、フルート・ソロのための「ソナタ」もやはり3曲作られています。このアルバムの前半に収録されている、その3番目のフルート・ソナタと、やはり3番目のソロ・フルート・ソナタは、ともに彼の晩年2003年に作られました。
そして、翌年2004年に作られたのが、アルバム・タイトルとなっている「無限の縁での夢のような」というサブタイトルの、フルートとピアノのために「別れの幻想曲」です。この曲は、ここでパユとともに演奏しているピアニスト、マルガリータ・ヘーエンリーダーのために作られたものです。彼女はゲンツマーとは30年来の友人なのだそうです(へー)。
初演は彼女とパユによって2009年にローマで行われています。もちろん、このアルバムのために2011年にバイエルン州のポリング修道院で行った録音が世界初録音となります。
ヒンデミットにも、ピアノとフルートのためのソナタと、フルート・ソロのための「8つの小品」という作品がありましたが、ここで初めて聴いたゲンツマーの同じ編成の2つの作品は、そのヒンデミットの、フルーティストにとっては馴染みのある曲と非常によく似たテイストを持っていました。一見古典的なようで、その実かなり屈折した和声とハーモニーで、聴くものにある種の緊張感を与えるかと思えば、緩徐楽章ではとことんロマンティックに迫る、といった感じでしょうか。おそらく、20世紀の前半だったらもてはやされたはずのものですが、21世紀にこのスタイルは、ちょっと辛いような気はします。
それに続いて、ヘーエンリーダーのソロでピアノのための「6つの小品」が演奏されています。これは、まるでバルトークの「ミクロコスモス」を思わせるような、かわいらしい曲が集められた曲集でした。時折民族的なメロディも見え隠れして、とても楽しめます。それぞれはほんの1分足らずの曲なのですが、最後の「死の音楽」というタイトルの曲だけは4分ほどの「長い」もので、これはその名の通りとても重たい楽想にあふれています。
そして、アルバムの最後に置かれているのが、メインの「別れの幻想曲」です。作られたのは先ほどの「ソナタ」たちとたった1年しか違わないのに、その作風は劇的に変わっていました。タイトルからしてなにやら哲学的なものがありますが、もっとストレートに受け止められる確かなメッセージが感じられます。
曲は5つの部分から出来ていますが、4番目の「終わりのない安らぎとともに-夢のかけら」というタイトルが付けられている部分は、フルートの瞑想的な歌と、それと対話するピアノとが、深い「安らぎ」を与えてくれます。
ここでのパユは、他の曲でこれをやられると鼻に付いてしまう彼の得意技である超ピアニシモで、切ないほどの情感を伝えています。

CD Artwork © Solo Musica

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by jurassic_oyaji | 2018-01-11 23:05 | フルート | Comments(0)
POSTCARDS
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Jean-Louis Beaumadier(Pic)
6 Piccolists, 4 Pianists,
Basson, Kaval, Vibraphone, Casseroles
SKARBO/DSK4149


LPしかなかった時代からピッコロのための作品を集めた珍しいアルバムをCALIOPEなどで数多く作っていたピッコロ奏者のジャン=ルイ・ボーマディエのキャリアは、フランス国立管弦楽団のピッコロ奏者としてスタートしました。1978年にはそのオーケストラとともに来日してメシアンの「主イエス・キリストの変容」の日本初演を行っています。その時のフルートの首席奏者はパトリック・ガロワでしたね。同じ年に、デビューアルバム「La Belle Époque du Piccolo」を録音していました。そのオーケストラには12年間在籍し、その後はソリストとして世界中で活躍するようになります。かつては小澤征爾の指揮するサイトウ・キネン・オーケストラにも参加していましたね。
最近はあまり名前を聞くこともなくなっていたと思っていたら、つい最近このSKARBOレーベルから「World Piccolo」というシリーズの「第3集」がリリースされるというニュースが伝わってきました。彼の正確な生年はどこを探しても見つからないのですが、おそらくもう70歳近辺なのではないでしょうか。まだまだ頑張っていたのですね。
せっかくなので、そのシリーズを全部入手しようと、マルチ・バイでまとめて3枚注文したら、なぜか2015年にリリースされていた(録音は2014年)この「第2集」だけが「対象外」ということではじかれてしまいました。たしかに、インフォを見てみるとすでに「販売終了」になっていましたね。仕方がないので、他のものを入れて注文を完了させたのですが、その直後にインフォでは「在庫有り」になったので、あわててこれだけを購入してしまいましたよ。その直後にやはり「販売終了」になりましたが、いまでは「メーカー取り寄せ」に変わっています。いったい、どうなっているのでしょうね。そう言えば、このインフォの案内文も「フランスを代表するフルート奏者ジャン=ルイ・ボーマディエ。近年はピッコロの名手としてレパートリー開拓に積極的」なんて、アホなことが書かれていましたね。彼は40年近く前から「積極的」だったというのに。それを書いた代理店はもちろんキングインターナショナルです。
このシリーズでは、タイトルの通り世界中の作曲家によるピッコロのための作品が紹介されています。ここで取り上げられている人はフランスのダマーズ以外は全く知らない人ばかりです。アルメニア、トルコ、コスタリカ、エジプトといった珍しい国の名前も見られます。おそらく、その人たちはボーマディエがコンサートで訪れた時に知り合った友人たちなのでしょう。
演奏しているのも、やはりボーマディエの「仲間」たち、彼以外に6人のフルート奏者(アンドラーシュ・アドリアンなどという大物もいます)がピッコロで参加しています。ナンシー・ノースというカナダトロント交響楽団のピッコロ奏者が作った「Quelque chose canadienne」という曲では、ピッコロだけの三重奏が聴けます。ピッコロがこんなことをやっていていいのか、と思えるような異様な響きですね。
もう一人、「カヴァル」というブルガリアやルーマニアあたりで使われている民族楽器の演奏家もいます。イザベル・クールワというそのフランスの「カヴァル奏者」は、元々はガストン・クリュネルやボーマディエに師事したまっとうなフルーティストでしたが、カヴァルの魅力に取りつかれて今ではこの楽器のスペシャリストとして大活躍をしているのだそうです。彼女が作ったこの「Baïpad」という曲ではバルカンのテーマが使われていて、後半には5拍子のダンスが登場します。刈上げの人が踊るのでしょうか(それは「バリカン」)。カヴァルというのは、斜めに構える縦笛で、ものすごい息音を伴います。ここでのピッコロとのバトルは、このアルバム中最大の聴きどころでしょう。
ボーマディエのピッコロはテクニックも確かですし、高音のピアニシモなどさすが第一人者というところも見せてくれますが、ちょっとビブラートが強すぎるかな、という思いは、どのアルバムでもついて回ります。

CD Artwork © Scarbo

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by jurassic_oyaji | 2017-12-23 16:55 | フルート | Comments(0)
MOZART/Flute Concertos
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Karl-Heinz Schütz(Fl)
Orchestra da Camera di Perugia
CAMERATA/CMCD-28353


大好きなフルーティスト、ウィーン・フィルの首席奏者のカール=ハインツ・シュッツがモーツァルトの協奏曲を録音してくれました。すぐにでも購入したかったのですが、あいにくバカ高い国内盤だったのでポイントがたまるまで待っていたら、こんなに遅くなってしまいました。ノーマルCDが税込3000円以上なんて、絶対に異常です。
ここでシュッツと共演しているのは、2013年に創設されたという新しい団体「オルケストラ・ダ・カメラ・ディ・ペルージャ」です。ちょっと前なら「ペルージャ室内管弦楽団」と呼ばれてしまいそうな名前ですが、最近はこのようにそのまま「カタカナ」に直すのがトレンドなのでしょう。このレーベルには、このオーケストラのコンサートマスターであるパオロ・フランチェスキーニを中心にした「イ・ソリスティ・ディ・ペルージャ」という団体の録音もありますが、この二つはどういう関係なのでしょう。
いずれにしても、このペルージャのオーケストラも2015年にやはりこのレーベルが関係している「草津国際音楽アカデミー」に招かれて、シュッツと共演したのだそうです。その時に、今年の5月にペルージャでも一緒にコンサートを開く話が決まったのに便乗して、同じメンバーでのこの録音が実現する事になりました。
このジャケットの写真が、5月28日にペルージャのサン・ピエトロ教会で開催されたコンサートの時のものです。ここでは、モーツァルトのアンダンテとト長調の協奏曲を協演、オーケストラだけでは交響曲第29番が演奏されました。この写真を見ていたら、何人か日本人っぽいメンバーの顔があったので確認してみたら、ファースト・ヴァイオリンの方は大西あずささん、ヴィオラの方は上山(うえやま)瑞穂さんというお名前だと分かりました。今では、こんな風に世界中のアンサンブルに日本人が参加するのが普通のことになっているのですね。
録音は、このコンサートの前後、5月26日から29日まで行われました。指揮者は置かず、シュッツの「吹き振り」です。そのために、シュッツは真ん中に立ってその前に弦楽器、後ろに管楽器と、オーケストラに囲まれての録音になりました。これが「2L」あたりだとそのままサラウンドで録音するのでしょうが、このレーベルはそういうことには興味を示すようなところではありませんから、普通に2チャンネルで録音されているようです。
もちろん、こういう位置関係なら、オーケストラのすべてのパートとのコンタクトが容易にとれますから、ここではまさにソリストとオーケストラが一体化した緊密なアンサンブルが実現できていました。シュッツのちょっとした表現を、まわりのメンバーが瞬時に感じ取って対応しているという姿は、とてもスリリングです。録音も、例えばセカンド・ヴァイオリンのような、ちょっと目立たないパートの音もきっちりと浮き上がって聴こえてきますから、みんなで音楽を作っているという感じがとてもよく伝わってきます。
楽譜はもちろん原典版を使っているのでしょうが、ベーレンライター版での最大の疑問点であったニ長調の協奏曲の第1楽章の37小節と38小節の間のソロ・フルートのタイは外して演奏しています。
このタイは最新のヘンレ版(アドリアン校訂)では注釈つきで外してありますから、今ではこの方が標準になっているのでしょう。さらに、シュッツは様々なアイディアも盛り込んで演奏しているようです。たとえば、同じ協奏曲の第3楽章の271小節から274小節の間では、弦楽器がピツィカートで演奏しています。
これはかなりショッキング。ト長調の協奏曲では、第2楽章で大胆な装飾を入れたりしていますし。
シュッツのフルートは、期待通りの素晴らしさでした。どんな小さな音も完全に磨き抜かれています。なんと言っても、力みの全く感じられない、流れるようなモーツァルトは、とても魅力的。エレガントの極みです。

CD Artwork © Camerata Tokyo, Inc.

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by jurassic_oyaji | 2017-12-02 20:36 | フルート | Comments(0)
Silver Voice
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Kathrine Bryan(Fl)
Bramwell Tovey/
Orchestra of Opera North
Chandos/CHSA 5211(hybrid SACD)


ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団の首席フルート奏者であるキャスリン・ブライアンは、そのオーケストラと頻繁に録音を行っているスコットランドのレーベル「LINN」とこれまでに3枚のアルバムを作ってきましたが、今回はレーベルが「CHANDOS」に変わっていました。当然、エンジニアも今までのフィリップ・ホッブスからラルフ・カズンズになったのでフルートのサウンドもずいぶん変わりました。LINNでは息遣いまで生々しく聴こえていたものが、CHANDOSではもっとソフトで暖かいものになっているようです。ブックレットにカズンズがソリストのためのサブ・マイクのセッティングをしている写真がありますが、それを見るとフルーティストの前ではなく後ろにマイクが立っています。確かに、これだと刺激的な息音は避けて、フルートの響きだけをうまく録音できるのかもしれませんね。
それと、彼女のアルバムは今までずっとSACDでしたが、最近LINNはSACDからは撤退していますから、もしかしたら、SACDで出したかったので、CHANDOSに移籍したのかもしれませんね。
しかし、アルバムのコンセプトは、LINNでの最後のアルバムのタイトルが「Silver Bow」と、ヴァイオリンのレパートリーをフルートで吹いていたのですが、今回は「Silver Voice」で、「声」で歌われるオペラ・アリアをフルートで演奏するという、ほぼ同じものになっています。
ただ、全部がオペラ・アリアでは、いくらなんでもフルーティストのアルバムとしては物足りないということで、最初と最後ではオペラの中のメロディを集めてフルートのために編曲した「ポプリ」が演奏されています。その、最初のものはモーツァルトの「魔笛」。ロバート・ヤンセンスが編曲したものですが、いきなり序曲から始まるのは意味不明(ナンセンス)。その後には、お馴染みのナンバーが次々に現れます。このオペラの中で大活躍しているオリジナルのフルート・ソロもそのまま使われていますね。
そして、そのあとには普通のオペラ・アリアが9曲並びます。中には、ガーシュウィンの「サマータイム」のような渋い歌もありますね。ただ、やはりフルートで吹いて映えるのは、しっとり歌い上げる曲よりは軽やかで華々しい曲の方でしょうね。ですから、この中ではグノーの「ファウスト」からの「宝石の歌」や、「ロメオとジュリエット」の「私は夢に生きたい」あたりが彼女の場合は最も成功しているのではないでしょうか。
いや、しっとり系、たとえばプッチーニの「私のお父さん」とか「ある晴れた日に」でも、磨き抜かれた高音でとても美しく歌われてはいます。でも、何かが足りません。それは、前作のヴァイオリン編で引き合いに出したゴールウェイと比較すると分かってきます。ゴールウェイは、フレーズの最後まできっちり輝かしい音で歌いきっているのに、彼女は最後の最後ではとても遠慮がちに音を処理しているのですね。確かに、この方が「上品な」歌い方にはなるのでしょうが、フルートでは全然物足りません。それと、モーツァルトの「フィガロの結婚」の中の伯爵夫人のアリア「楽しい思い出はどこに」などでは、ピッチがかなり悪いのが目立ちます。
最後の曲は、フルーティストのレパートリーとして定着しているフランソワ・ボルヌが作ったビゼーの「カルメン」のポプリです。オリジナルはピアノ伴奏ですが、ここではイタリアのアレンジャー/指揮者のジャンカルロ・キアラメッロの手になるぶっ飛んだ編曲でのオーケストラ伴奏を聴くことが出来ます。これは、打楽器を多用して、まるでシチェドリンが作った「カルメン組曲」のような「現代的」なサウンドが発揮されていますし、オーケストラの対旋律も、意表を突くようなメロディが使われていたりします。
そんな中で、キャスリンはとても伸び伸びとフルートの妙技を披露してくれています。爽快感という点だけでは、ゴールウェイに勝っているでしょうか。

SACD Artwork © Chandos Records Ltd

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by jurassic_oyaji | 2017-11-21 23:04 | フルート | Comments(0)
FRANCK, FAURÉ, PROKOFIEV/Flute Sonatas
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Sharon Bezaly(Fl)
Vladimir Ashkenazy(Pf)
BIS/SACD-2259(hybrid SACD)


このレーベルお抱えのフルーティスト、シャロン・ベザリーの最新アルバムは、なんとウラディーミル・アシュケナージとの共演でした。最近はもっぱら指揮者としての活動の方がメインとなった感がありますが、まだピアノを弾いていたんですね。それにしても、もはや80歳を迎えているなんて。このアルバムのブックレットにはこの二人と、アシュケナージの奥さんとの3人が一緒の写真がありますが、奥さんの方はもうしわくちゃで年相応の外見なのに、アシュケナージの肌艶のきれいなこと。まるで母親と息子のように見えてしまいます。
彼はもちろん、ピアノのソロだけではなくヴァイオリンとの共演も数多く行ってきましたが、フルートと一緒に演奏したことなどはあったのかな、と調べてみたら、こんなエミリー・バイノンのバックでオーケストラを指揮しているアルバムがありました。バイノンに続いてベザリー、若くて(?)美しい(?)女性との共演は羨ましいですね。
ここでベザリーと演奏しているのは、フランクとフォーレとプロコフィエフの「フルート・ソナタ」です。これらの曲は全て「ヴァイオリン・ソナタ」として演奏されることもありますよね。正確には、フランクとフォーレ(第1番)はオリジナルがヴァイオリン・ソナタ、そしてプロコフィエフはオリジナルはフルート・ソナタですがヴァイオリンで演奏されることもある、というのが本当です。結局、この3曲はフルーティストにとってもヴァイオリニストにとっても、とっても大切なレパートリーとなっています。
ただ、その中でも微妙な温度差はあって、フォーレだけはフルーティストが手掛けるのはちょっと少ないような気がします。これはやはり、ヴァイオリンで演奏してこそのものなので、フルートで演奏するにはあまり向かないのではないでしょうかね
フランクとプロコフィエフは、もう完全にフルーティストにとってはなくてはならない曲になっています。多くのフルーティストたちの名演がゴロゴロしていますから、ベザリーにとってもハードルは高くなります。
プロコフィエフは2016年の3月に録音されています。その時が、この二人の初顔合わせだったのでしょうか、ここでのベザリーは最初から「ベザリー節」満載でこの巨匠と対峙していました。彼女にしてみればもう完全に手中にしているルーティンのレパートリーでしょうから、ピアニストがだれであろうとひたすら自分のペースで、その、ちょっと乱暴な表現を押し出していたのでしょう。怖いもの知らず、というやつでしょうか。なんか、アシュケナージ もオタオタして取り乱しているような気配が見られますし。
しかし、同じ年の11月にイギリスの同じホールでフォーレとともにセッションが持たれていたフランクの場合は、ちょっと様子が違います。まずはピアノの前奏で始まるこの曲で、アシュケナージは思い入れたっぷりにゆったりとしたテンポで弾き始めました。もうこうなると、主導権はアシュケナージが握っているのは明らかです。フルートがなんとも繊細にやわらかく入ってきた時には、とてもベザリーが吹いているとは思えないほどでした。それはもう、アシュケナージの深~い懐の中でか細く漂っているかのよう。ここでは、彼女は完全にアシュケナージに手なずけられていまでした。ベザリーからこんなしおらしい一面を引き出すことができるなんて、さすが巨匠です。
とは言っても、彼女の音の後ろをふくらますという変なクセは、相変わらずのようでした。フレーズの最後など、一旦収まったかと思うとそこからさらにもうひと踏ん張り、という感じで伸ばしますから、もう品がないったらありません。それと、ピッチがずいぶん怪しくなってきましたね。これも最後の音が下がりがちなので、それを修正しようとしてさらに頑張って音を出すということをやっているので、目も当てられません。循環呼吸の「鼻息」はうるさいですし。

SACD Artwork © BIS Records AB

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by jurassic_oyaji | 2017-11-15 00:07 | フルート | Comments(0)
MOZART/Flute Quartets
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Ulf-Dieter Schaaff(Fl), Philipp Beckert(Vn)
Andreas Willwhol(Va), Georg Boge(Vc)
PENTATONE/PTC 5186 567(hybrid SACD)


クラシックの音楽家が演奏する時に使う「楽譜」には、正確には作曲家の意図がそのまま書き込まれているわけではありません。印刷された楽譜には多くの人の手が関わっていますから、その途中で誤植などの間違った情報が紛れ込む可能性は避けられません。あるいは、演奏家などが良かれと思って、演奏効果を上げるために意図して作曲家の指示ではない自らの解釈を楽譜に書き加えるようなことも、頻繁に行われています。
そこで、作曲家の考えを最大限尊重するために、自筆稿だけではなく初期の出版譜やその他のあらゆる資料を動員し、正しいと思われる情報だけを反映させた楽譜を作ろうという動きが出てきます。その結果出来上がった楽譜が「原典版」と呼ばれるものです。
そんな原典版が、なんと言っても一番重きを置くのは作曲者自身が書いた楽譜、自筆稿です。しかし、人間が手で書いたものですから、そこには間違いがないとも限りません。ですから、原典版の作成の過程では自筆稿以外の資料も参考にしながら校訂作業を進めることになります。そこで、それぞれの資料の重要性の判断は、校訂者に委ねられることになり、結果として「原典版」と謳っていても内容の異なる楽譜がいくつか存在することになります。
モーツァルトの場合、その全ての作品の原典版は「新モーツァルト全集」として、ベーレンライター社から出版されました。フルート四重奏曲も、ヤロスラフ・ポハンカの校訂によって1962年に出版されています。それ以来、この曲を演奏する時にはこのベーレンライター版を使う、というのは、もはやフルーティストにとっては「義務」と化したのです。それは、ごく最近までの新しい録音では、この原典版で初めて加えられた第2楽章の18小節と19小節の間にあるタイをほとんどすべてのフルーティストが演奏していることからも分かります。
ところが、1998年にヘンリク・ヴィーゼによって校訂されたヘンレ社による原典版では、そんなタイは見事になくなっていました。
自筆稿を見ると、このタイはページにまたがっていて、18小節の最後にはタイはないことが分かります。
このあたりが、「解釈」の違いとなって現れていたのでしょう。実際にここを演奏してみると、このタイはモーツァルトにしてはなんか不自然な気がしてなりませんでした。どうやら、これはタイを付けたいとは思わなかったヘンレ版の方が正解のような気がします。
今回の、ベルリン放送交響楽団の首席フルート奏者、ウルフ=ディーター・シャーフを中心としたメンバーが2016年5月に行った最新の録音では、このヘンレ版が使われているようでした。いままで、ピリオド楽器での録音したものではこちらがありましたが、モダン楽器ではおそらくこれが最初にこの楽譜で録音されたものなのではないでしょうか。とは言っても、このSACDには明確なクレジットがあるわけではなく、あくまで推測の域を出ないのですが、先ほどのニ長調の第2楽章以外にも、ハ長調の第1楽章の157小節(上がベーレンライター版、下がヘンレ版)とか、
イ長調の第2楽章トリオの11小節(やはり上がベーレンライター版、下がヘンレ版)
では、明らかにヘンレ版にしかない音で演奏されていますから、まず間違いないでしょう。もちろん、ハ長調の第2楽章の第4変奏でも、9小節から12小節のヴァイオリンとヴィオラのパートが入れ替わって、フルートと平行に低いF♯の音が聴こえてきます。
シャーフは、アンドレアス・ブラウ、ペーター=ルーカス・グラーフ、アンドラーシュ・アドリアンなどに師事したフルーティストで、ベルリン・フィルでエキストラとしてトップを吹いていたこともありましたから、映像などで残っているものも有ります。こちらでは、ブラウのアンサンブルにも参加していましたね。日本の「ザ・フルート」という雑誌に寄稿もしています。彼のフルートはとても端正、ソリスティックに主張するのではなく、他の3人と一体となって、モーツァルトをチャーミングに作り上げています。

SACD Artwork © Pentatone Music B.V.

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by jurassic_oyaji | 2017-09-21 22:37 | フルート | Comments(0)
CONNISON/Pour Soutir au Jour
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Mathieu Dufour(Fl)
Stépahne Denève/
Brussels Philharmonic
DG/481 2711


1970年生まれのフランスの作曲家、ギヨーム・コニソンのオーケストラ作品を集めたアルバムです。彼は、シリアスな曲だけではなく、コマーシャル・ソングも仕事と割り切って作っています(業務コマソン)・・・というのはウソですが、彼の音楽のルーツは決して堅苦しいものではなかったことは事実です。実際、彼の初期の作品の中にはポピュラー・ミュージックの要素がかなり含まれていたようです。「ディスコ・トッカータ」というタイトルの曲なども作っていたそうですから。
コニソンは、音楽のジャンルだけではなく、国籍もボーダーを取り払っているようです。フルート協奏曲はフランス、「3部作」はドイツ、イタリア、ロシアというように、それぞれの作品には別の国に由来するテキストやモティーフが用いられている、というのが大きな特徴となっています。
「3部作」の1曲目はドイツ語で「Flammenschrift(炎の文字)」というタイトルです。なんでも、ベートーヴェンのイメージを通してドイツ音楽へのオマージュを試みた、ということですが、確かに激しく荒れ狂うような音楽には強い「ドイツ的」なインパクトが感じられます。もちろん、それだけでは終わらずに、中間にメロディアスな部分を設けることも忘れてはいません。委嘱はラジオ・フランス、初演は2012年にダニエレ・ガッティ指揮のフランス国立管弦楽団によって行われました。
2曲目のタイトルはイタリア語で「E chiaro nella valle il fiume appare」ですから、谷や川が明るく姿を現すような情景が描かれているのでしょうか。まさに、これはイタリアの風景の美しさを音楽で表現したものなのだそうです。というより、ドイツの作曲家のリヒャルト・シュトラウスが作った「アルプス交響曲」とよく似たテイストが感じられます。確かにアルプス山脈はイタリアまでカバーしていますからね。こちらはブザンソン国際音楽祭からの委嘱で、初演は2015年、ブザンソン国際指揮者コンクールの3人のファイナリストがバーゼル交響楽団を指揮したのだそうです。
最後の曲のタイトル「Maslenitsa」は、ロシア語の固有名詞で「マースレニツァ」という、毎年春に行われるお祭りを指し示す言葉です。これはもう、例えば運動会のかつての定番、カバレフスキーの「ギャロップ」とかハチャトゥリアンの「剣の舞」といったイケイケの明るい音楽を連想させるようなテイストです。中間部で少し暗めの部分が登場するのもお約束、ここはムソルグスキーの「展覧会の絵」の「カタコンブ」あたりの影響でしょうか。ボルドー・アキテーヌ管弦楽団とベアルン地区ポー管弦楽団からの委嘱で、2012にそれぞれのオーケストラによって初演されています(指揮はアレクサンドル・ラザロフとフェイサル・カルイ)。
そして、アルバム・タイトルにもなっているのが、5つの部分が連続して演奏されるフルート・ソロとオーケストラの作品「死者の書」です。これは、もちろんエジプトで死者とともに埋葬される死後の世界を語った書物が題材になっていて、音楽もエジプト風のスケールやモティーフがふんだんに使われています。5拍子とか7拍子といった変拍子も頻繁に登場する中で、フルートがアクロバティックなフレーズを披露するという、これはストラヴィンスキーの「春の祭典」あたりを髣髴とさせる曲調です。最後に出てくるダンスは、まるで日本のお祭りのお囃子のように聴こえてしまうのも、なにか親しみを持たせてくれる計らいです。
ソロは、長らく務めたシカゴ交響楽団から、2015年にアンドレアス・ブラウの後任としてベルリン・フィルに移籍したマテュー・デュフォーです。彼の名人芸には、もう舌を巻くしかありません。シカゴ響とフランス国立管からの委嘱で、デュフォーに献呈されています。もちろん彼のソロによって2014年にデュトワ指揮のシカゴ響で世界初演、2015年にエッシェンバッハ指揮のフランス国立管によってフランス初演が行われています。

CD Artwork © Decca Records France

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by jurassic_oyaji | 2017-09-14 20:41 | フルート | Comments(0)
REINECKE/Flute Concertos, Flute Sonatas
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Tatjana Ruhland(Fl)
Eckart Heiligers(Pf)
Alexander Liebreich/
Radio-Sinfonieorchester Stuttgart des SWR
CPO777 949-2/


カール・ライネッケという人は、作品番号の付いたものだけでも300曲近く残した作曲家ですが、指揮者としても活躍していました。よく「メンデルスゾーンのあとを継いで、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者に就任した」という記述を見かけますが、正確には、メンデルスゾーンのすぐ後にはこの間ご紹介したニルス・ゲーゼが指揮者になり、さらにもう一人、やはり作曲家で、ベートーヴェンやメンデルスゾーンの楽譜の校訂(ベートーヴェンの場合は、「ブライトコプフの旧版」という、今の原典版によってさんざんに否定されているもの)を行ったユリウス・リーツがいて、そのあとにライネッケという順番なんですけどね。彼は、1860年から1895年までという長期にわたって、このオーケストラの首席指揮者を務めています。そして、ライネッケの後にはニキシュ、フルトヴェングラー、ワルターといった錚々たる顔ぶれが続くことになるのです。
現在では、作曲家としても指揮者としても、全く無名になってしまったライネッケですが、フルート奏者にとっては、彼のフルート協奏曲とフルート・ソナタは、間違いなくレパートリーに入れなければならないものとしての地位を誇っています。もちろん、それは作品番号283の協奏曲と、「ウンディーヌ」というタイトルの付いた作品番号167のソナタだけなのですが、このCDでは、協奏曲もソナタも「もう一品」追加されていました。
もう一つの「ソナタ」は、実はフルートのためのものではなく、ライネッケが指揮者だった時期のゲヴァントハウス管弦楽団の首席フルート奏者だったヴィルヘルム・バルゲが、1873年頃に作られたヴァイオリンのための「ソナチネ」をフルート用に編曲したものです。1882年に作られた「ウンディーヌ」は、このバルゲに献呈されています。
もう一つの「協奏曲」は、「バラード」というタイトルの、フルート・ソロとオーケストラのための10分ほどの作品です。作品番号が288となっていますが、これはライネッケが85歳の時に作った、彼の最後の作品です。
いずれも、かつて録音していた人はいて(アドリアンとか)別にこれが初録音というわけではないのですが、実際に聴くのはこれが初めてでした。最も作曲年代の早い「ソナチネ」の方はいかにも「習作」風の、後のライネッケのベタベタなロマンティシズムがあふれる、ということは全くない、シンプルな作品です。それに対して、まさに「遺作」の「バラード」は、とても味のある作品でした。曲は3つの部分に分かれていて、最初はとても重苦しい、なにか「死の予感」のような物まで感じられるような音楽で始まりますが、中間部のスケルツォ風の、まるでメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」序曲のような軽やかなパートを経た最後の部分では、なにか達観のような物さえ漂うような明るさに満ちた音楽に変わります。
このアルバムの中では、この「バラード」だけがライブ録音、多少ソロがオフ気味に聴こえてきますが、なにか観客と一緒になった熱いものが込められた演奏なのではないでしょうか。
それに対して、残りの3曲はスタジオ録音、ルーラントのフルートも、細部のニュアンスまで爛々と捕えられた精度の高い録音です。そんな音で聴く彼女の音は、低音から高音まで見事に磨き込まれた素晴らしいものでした。細かいパッセージでも目の覚めるようなテクニックを披露してくれています。これで、第2楽章からもう少し深い情感がただよっていれば、それほど多くない協奏曲の録音の中では、間違いなく最高のものの一つとなっていたでしょう。
協奏曲の楽譜は、2003年にブライトコプフからヘンリク・ヴィーゼの校訂で出版された時に、それまでの楽譜とは細かいところで異なっている自筆譜の楽譜が付け加えられていました。しかし、彼女はそれを使ってはいなかったのも、ちょっと残念。

CD Artwork © Classic Produktion Osnabrück

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by jurassic_oyaji | 2017-09-05 23:09 | フルート | Comments(0)
WAGENSEIL, BONNO, GASSMANN, MONN/Flute Concertos
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Sieglinde Größinger(Fl)
Ensemble Klingekunst
CPO/555 078-2


このジャケットに使われているのはマリア・テレジアの肖像画。彼女は、父のカール6世が亡くなった1740年にハプスブルク家の後継ぎとして神聖ローマ帝国の皇后となり、自身が亡くなる1780年まで文字通り「女帝」として君臨していました。人見知りが激しかったそうですね(それは「テレヤ」)。ウィーンでは東京からの新婚さんや恋人たちがいちゃいちゃするので有名な観光地、シェーンブルン宮殿は、彼女が在位中の1748年に完成させたものです。ま、毎年テレビで見れますから、別に行きたいとは思いませんが。
そんな、今となっては観光資源としてこの都市に多大の貢献をしている豪華な施設を建設できたほどの財力を誇ったハプスブルク家でしたが、マリア・テレジアの王位継承が発端となった戦争によって、軍事予算が増えたことに反比例して、文化的な面での予算は徐々に削減されていったのです。宮廷の楽団も、カール6世の頃にはそのメンバーは150人ほどいたものが、マリア・テレジアの代になると次第に減っていき、たとえば、このアルバムにも登場する宮廷バレエ作曲家だったフローリアン・レオポルド・ガスマン(あの有名なアントニオ・サリエリの前任者)が1772年に宮廷楽長に就任したときには合唱も含めた楽団員は40名ほどになっていたそうですからね。
さらに、この18世紀というのは、それまでの絶対主義に代って、啓蒙主義が台頭してきた時代です。芸術面にもその影響はあらわれ、音楽もそれまでの「バロック」から「古典」へと、徐々に変貌していった頃になるのです。
このアルバムには、そんな激動の時代のウィーンで活躍していた4人の作曲家による5曲のフルート協奏曲が収録されています。それらは1740年から1760年までの間に作られたもので、いずれも楽譜は出版されてはおらず、各地の図書館に保存されていた自筆稿を使って演奏されています。当然のことながら、これらは全て世界初録音です。
唯一、2曲の協奏曲が取り上げられているゲオルク・クリストフ・ヴァーゲンザイルは、宮廷音楽家。いずれも1750年に作られたト長調とニ長調の協奏曲は、バロックの様式を色濃く残した中にも、例えば長調と短調の間をめまぐるしく行き来するパッセージなど、斬新な面も顕著な作品です。
彼と同じ時期にやはりウィーンの宮廷に仕えたジュゼッペ・ボンノのト長調の協奏曲は、どこかC.P.E.バッハを思わせるようなパッショネートな面が感じられます。
この中では最も初期、1740年に作られた、ウィーンの教会オルガニスト、ゲオルク・マティアス・モンの変ロ長調の協奏曲は、フルートとともにチェンバロもソロ楽器として大活躍する、いわば「トリオ・ソナタ」のような形態をとっています。
そして、先ほどのガスマンの作品からは、作られたのが1760年という時期のせいなのか、あるいはハ短調という調性のせいなのか、あのモーツァルトの出現まではあと少し、という期待が感じられてしまいます。
そんな、様々な作品を、それぞれのキャラクターを際立たせながら見事に演奏しているのが、バロック時代のワンキーの楽器から、マルチキー、さらにはベーム管まで、あらゆるタイプの楽器の演奏に長けた美しすぎるフルーティスト、ジークリンデ・グレシンガーです。もちろん、ここで吹いているのはバロック時代から使われていたワンキーの楽器でしょうが(さらにキーが増えた楽器が使われるようになるのは、もう少し先のこと)、その密度の高い音色は他の奏者の追随を許しません。この楽器ならではの調性によるピッチの変化の機微も存分に楽しめます。なによりも素晴らしいのは、彼女の装飾のセンスでしょう。完璧なテクニックで飾り立てられた旋律は、ゾクゾクするほど魅力的です。彼女自身と、チェンバリストのマヤ・ミヤトヴィッチが中心になって2009年に創設された「アンサンブル・クリンゲクンスト」の自発的なサポートも、これらの珍しい作品に命を吹き込む、素晴らしいものです。

CD Artwork © Classic Produktion Osnabrück

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by jurassic_oyaji | 2017-08-15 21:41 | フルート | Comments(0)
C. P. E. BACH/Quartette
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Linde Brunmaryr-Tutz(Fl)
Ilia Korol(Va)
Wolfgang Brunner(Fortepiano)
HÄNSSLER/CD HC16016


バッハのヴァイマール時代、1714年に最初の妻との間に次男として生まれたのがカール・フィリップ・エマニュエルでした。彼は作曲家、チェンバロ奏者として大成し、1740年から1768年まではベルリンでフリードリヒ大王の宮廷につかえ、それ以後はハンブルクで活躍、1788年に没します。そんなエマニュエルの、フルートとヴィオラとフォルテピアノのための作品を集めたアルバムです。
ベルリン時代の主君フリードリヒ大王は、ヨハン・ヨアヒム・クヴァンツにフルートを師事し、自身のフルート作品もあるフルーティストでしたから、1755年にエマニュエルは大王のために普通のフルートではなく「バス・フルート」のための曲を作りました。バス・フルートと言えば、現代でもそれほどなじみのある楽器ではありませんし、そもそもそんな時代にこの楽器があったのか、という疑問が最初に湧いてくるのではないでしょうか。写真でその姿を見れば、それはいかにも近代の工業技術が産んだもののように思えます。頭部管はきれいにU字型に曲がっていますから、18世紀の木管の楽器ではこんな形に出来るわけがありません。
ところが、あったんですね、そんな楽器が。この時代の楽器のコピーを作って販売しているこちらのサイトでは、1750年ごろに作られたバス・フルートのコピーが紹介されています。
サイトの写真をクリックするともっと詳細に部分的にアップされた写真も見ることが出来ます。普通のフラウト・トラヴェルソと同じ7つの音孔が開いていますが、人差し指と薬指で押さえるべき音孔は指が届かないのでキーを押さえて穴をふさぐようになっています。そして、やはり頭部管はU字型に曲がっています。その曲がっている部分だけが木製ではなく、金属(真鍮?)で作られていますが、このあたりは金管楽器の技術が使われているのでしょう。
ここで演奏されているのは、バス・フルート、ヴィオラと通奏低音のためのヘ長調のトリオ・ソナタです。ただ、ここでライナーノーツを書いているフォルテピアノ奏者のヴォルフガング・ブルンナーによれば、この曲には2つのヴァイオリンと通奏低音、そしてバス・フルートとファゴットと通奏低音という、他の楽器編成のバージョンもあるのだそうです。
これが、このアルバムで使われている楽器です。バス・フルートを演奏しているリンダ・ブルンマリル=トゥッツは、そんな珍しい楽器をいともやすやすと演奏していました。それは確かにフラウト・トラヴェルソの1オクターブ下の音ですが、その音色はきっちり保たれたまま、より幅広い深みのある音で迫ります。これは、モダン楽器のバス・フルートのちょっとハスキーな音とは明らかに異なる、とても魅力的な音です。曲自体はアンダンテ/アレグレット/アレグロという教会ソナタのような形式、特に、最初のゆったりとした楽章でのヴィオラとバス・フルートの対話と中低音の安らかな響きのハモリが素敵です。
アルバム・タイトルの「四重奏曲」は、作曲家の最晩年、1788年に作られたト長調、ニ長調、イ短調の3つの作品です。「四重奏曲」という割には楽器は3人だけ、つまり、フォルテピアノの右手と左手で「二重奏」分を賄っている形です。バロック時代にはこのような編成では左手のパートが始終チェロなどで補強されていたものですが、この曲の場合はそのような楽器は要求されておらず、あくまで3人だけでの合奏で、よりクリアなサウンドが目指されているようです。まさに、音楽の様式が変わりつつあった時代を象徴するかのような楽器編成なのではないでしょうか。
いずれも3楽章形式、真ん中の楽章はゆったりと歌い上げるというイタリア風の作品です。その、アダージョもしくはラルゴ(ニ長調では「Sehr langsam」というドイツ語表記)の楽章の深い味わいはとことん魅力的、これらの曲のどこをとってもエマニュエルでなければ作れなかったセンスであふれています。

CD Artwork © Profil Medien GmbH

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by jurassic_oyaji | 2017-06-17 20:33 | フルート | Comments(2)