おやぢの部屋2
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カテゴリ:フルート( 207 )
Czerny/Music for Flute and Piano
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瀬尾和紀(Fl)
上野真(Pf)
NAXOS/8.573335




以前のモシェレスに続いて、瀬尾さんと上野さんというヴィルトゥオーゾたちが共演したフルートとピアノのための珍しいレパートリー、今回はカール・チェルニーの作品集です。
これは、もちろんあの有名なピアノの練習曲を作った方です。ただ、ちょっと気取った人だと「チェルニー」ではなく「ツェルニー」と発音しているのではないでしょうか。でも、なぜかWIKIには「チェコ語の名前なので『チェルニー』、ドイツ語でも『チェルニー』と発音」とありますね。たまにはここを信じてみてもいいですか?
小さなころからピアノ教師の父親からの指導を受け、神童ぶりを発揮していたチェルニーは、10歳の時にウィーンでベートーヴェンの弟子となります。ピアニストとしても活躍しましたが、後に演奏家としてよりは指導者、作曲家としての道を歩むようになり、多くの作品を出版することになります。あのフランツ・リストもチェルニーから指導を受けています。
現在では、ピアノ学習者のための多くの練習曲の他はほとんど知られていませんが、その作品は多岐にわたっていて、大規模な交響曲などもありますし、晩年には宗教曲も作っています。そんな中で、フルートのための作品も楽譜は簡単に入手出来て、リサイタルなどで取り上げるフルーティストも少なくはありませんが、録音されたものはあまりなく、今回のCDはそういう意味では非常に貴重なものとなるはずです。
おそらく、いまのところ他に手に入る録音が見当たらないのが、最初に演奏されている「ロッシーニとベッリーニのお気に入りのモティーフによる易しく華麗なロンド」という、Op.374としてまとめられた3曲の「ロンド」です。「易しいのに華麗」という不思議なタイトルは、楽譜を手にして演奏してみようとする人にとっては誘惑をそそられる言い方ですね。チェルニーはそんなコピーライター的な才能も持っていたのでしょうか。確かに、テーマそのものはシンプルですが、それを「華麗」に聴かせるためにはかなりのスキルが必要だと思えるような作品です。テーマは、当時は「ヒット曲」だったはずのロッシーニやベッリーニのオペラの中のナンバーから取られたもので、誰もが知っているメロディなのでしょうが、現代のわれわれにはちょっとそれが通用しない、というのが辛いところ、単なる職人技の成果としか聴こえないのが、残念です。余談ですが、この作品番号が、ブックレットと、インレイのシノプシスでは「Op.347」となっているのは、なぜでしょう?
次に演奏される「序奏、変奏と終曲 Op.80」は、その前の年に作られた、シューベルトの「しぼめる花による変奏曲」を初演したフルーティスト、フェルディナント・ボーグナーのために作られた曲なのだそうです。大規模な序奏を最初に持ってくるなど、完全にシューベルトを意識して作られたものです。シューベルトと違うのは、モシェレスと同じようにピアノの比重が高く、時にはフルートが全然参加していない変奏があったりすることです。
「協奏風小ロンド Op.149」というのも、テーマがとってもキャッチーなだけ、作曲家の個性というものが希薄に感じられてしまいますが、最後に演奏されている「協奏的二重奏曲 Op.129」になって、やっとこの作曲家の真の姿が分かってきます。4つの楽章から出来ていて、それぞれの性格がきっちりと立っていますし、長大な第1楽章の構成なども、とても見事です。第2楽章のかわいらしいテーマが、シューマンがその10年後に作る「子供の情景」の最初の曲とよく似ているのも、ちょっと微笑ましい感じです。
上野さんのピアノの華やかな存在感に、すっかり瀬尾さんのフルートの影が薄くなっているというのは、モシェレスの時と全く同じです。瀬尾さんは、細かいパッセージの音の粒立ちは驚異的ですが、歌い上げる場面でのかなりアバウトなピッチが、とても気になります。

CD Atework © Naxos Rights US, Inc.
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by jurassic_oyaji | 2015-08-26 21:43 | フルート | Comments(0)
Solitude
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Stefán Ragnar Höskuldsson(Fl)
Michael McHade(Pf)
DELOS/DE 3447




ニューヨークのメトロポリタン歌劇場(MET)のオーケストラのフルート奏者は正規のメンバー4人のほかに、「アソシエート」という契約団員が1人加わって、5人で連日のオペラ公演をこなしています。これがウィーン国立歌劇場あたりだとメンバーは6人、オーケストラ全体でももう少し余裕を持った人員が確保されているようですが、なんせMETの場合はそれぞれのメンバーの技量がとんでもなく高いそうですから、これで十分なのでしょう。
管楽器では首席奏者がそれぞれ2人ずついます。フルートの首席奏者はデニス・ブリアコフが有名ですが、もう一人、もっと前から首席を務めているのがステファン・ラグナー・ホスクルドソンというアイスランド生まれのフルーティストです。これは、彼がアイルランド生まれのピアニスト、マイケル・マクヘイルとともに2013年に録音したアルバムです。余談ですが、アイスランドの場合、男性のラストネームの最後には必ず「ソン」が付きます。しかも、その前(「ソン」の前)に来るのは、父親のファーストネームなのです。女性の場合は、「ソン」が「ドッティル」になります。
タイトルの「Solitude」というのは、この中で演奏される無伴奏の曲の題名です。この曲を作ったのがマグヌス・ブロンダル・ヨハンソンという、やはりアイスランドの作曲家(1925-2005)です。もともとはマニュエラ・ヴィースラーのために1983年に作られたもので、彼女によって録音されたCDもあります(BIS/CD-456)。

今回のCDでのライナーノーツでは、この曲の解説として、このヴィースラーのアルバムのパンフレットにある彼女自身のライナーがそのまま引用されています。ただ、作品に関しては全く同じものですが、作曲家のプロフィールに関する部分は別物。ヴィースラーは「かつてはシリアスな音楽を作っていたが、最近になってシンプルなスタイルを見つけた」と、サラッと書いていますが、こちらではもっと詳細にそのあたりの「事情」が述べられています。なんでも、奥さんを亡くしたせいでアルコール依存症になり、10年近く作曲が出来なくなっていたのだそうですね。
これはそんなところから立ち直った時期に作られたものです。まるで日本の尺八本曲のように、ほのかに五音階のようなものが見え隠れする中から、なんとも言いようのない「孤独感」が漂ってくるという、ちょっと物悲しい作品です。その寂寥感はヴィースラーの演奏からも十分に伝わってきましたが、ここでのホスクルドソンの演奏はそれに加えて同国人ならではのシンパシーなのでしょうか、一つ一つの音そのものにさらに深い意味が見いだされるような、すごいものになっています。
最後に収録されているのは有名なプロコフィエフのフルートソナタです。それまでにシューベルトやリーバーマンで、ホスクルドソンの卓越したテクニックには関心させられていたのですが、このプロコフィエフでは、逆にそんなテクニックにはちょっと遠慮してもらって、もっと内省的なものを聴かせたいのでは、というような気がしてしまいます。特に、第2楽章や第4楽章のようなとてつもないテクニックが要求される部分では、あえてテンポを抑え気味にしています。その結果、第4楽章では、今まではそんな超人芸に隠れてあまり見えてこなかった、もっとどす黒い側面が表に出てきています。それは、まるでショスタコーヴィチのような「重さ」と「暗さ」を持っていたのです。八分音符だけの単純なピアノ伴奏のリズムが、まるで軍靴の音のように聴こえるような気さえしてきます。考えてみれば、このソナタが作られたのは第二次世界大戦のさなか、ショスタコーヴィチがあの「レニングラード交響曲」を作った時期とほとんど同じころなんですよね。
ただ、おそらく録音のせいでしょう、フルートの音がなにか美しさに欠けるのが難点です。ピアノの音はとても繊細に録音されているというのに。

CD Artwork © Delos Productions, Inc.,
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by jurassic_oyaji | 2015-08-14 19:58 | フルート | Comments(0)
Silver Bow
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Katherine Bryan(Fl)
Jac Van Steen/
Royal Scotish National Orchestra
LINN/CKD 520(hybrid SACD)




ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団の首席フルート奏者、キャスリン・ブライアンの3枚目のソロアルバムです。タイトルの「銀の弓」というのがこのアルバムのコンセプトを表しているのでしょう、オリジナルはヴァイオリン・ソロのための作品だったものをフルート・ソロで演奏するという企画です。つまり、ヴァイオリンの「弓」を、銀製のフルートに持ち替えて、というような意味なのでしょう。確かに、ブライアンの楽器はリッププレート以外は銀で出来ているようですね。
最初の曲は、ヴォーン・ウィリアムズの「揚げひばり」です。この曲のヴァイオリン・ソロをフルートに置き換えるというのはいったい誰のアイディアだったのでしょう。確かに最初からソロで出てくるカデンツァの音型は、もしかしたらヴァイオリンよりフルートの方がより適しているのではないかと思えるほど、ここでのブライアンの演奏は冴えています。同じ作曲家の「グリーンスリーブス幻想曲」などではフルートに大活躍をさせているのですし、そもそもこれは鳥の声なんですからヴァイオリンよりフルートの方が「鳥っぽく」聴こえるはずですよね。さらにブライアンは、部分的にヴァイオリンより1オクターブ低い音域で吹くことによって、よりフルートらしさを発揮させています。
パガニーニの「カプリース」も、よくフルーティストが吹いているヴァイオリン曲です。ここでは、ヴァイオリンでしかできない「重音」という、10種類の音を同時に出す奏法(それは「十音」)などの技をどのようにフルートで再現するかということが問題になりますが、その点についてはブライアンの場合は、例えばガロワのような本物の「重音」(フルートの場合は、ちょっと気持ち悪い音になります)を使うというような無茶なことはやってはいません。ただ、彼女は「キー・クラップ」(キーを叩いて音を出す奏法)といった、逆にフルートでしかできないことを使って、新たな表現を目指しているようです。
ただ、やはりヴァイオリン曲としてのイメージが強い曲については、どんなに頑張ってもオリジナルには勝てないな、というところが出てきてしまいますね。マスネの「タイスの瞑想曲」とか、クライスラーの「愛の悲しみ」あたりのシンプルな曲が、そんな感じ。フルートの場合はどうしても存在感がヴァイオリンには太刀打ちできないのですよ。ブライアンの場合。
そう、ついそんな風に感じてしまうのは、いまから40年ほど前に録音されたジェームズ・ゴールウェイの同じようなレパートリーのアルバムでは、そんな劣等感などは全く抱くことはなかったからです。要は、フルーティストの技量と音楽性の問題、あのころのゴールウェイの演奏を聴いてしまった人にとっては、どんなに指が回ろうが、細かい音符を粒立てる技に長けていようが、常に不満感が伴ってしまうのは致し方のないことです。
最後の曲、サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」のように、あまりにもオリジナルの印象が強く刷り込まれている場合には、まずヴァイオリン以外で演奏するのは不可能のように誰しもが思ってしまうことでしょう。さすがのゴールウェイも、この曲までは録音していません(ガロワは吹いていますけどね)。それに果敢に挑戦したブライアンはあえなく討ち死に、と思われたのですが、意外と健闘しているのにはさすがです。彼女の得意技「キー・クラップ」でピチカートの部分を模倣しているのは、まさに目から鱗といった感じです。ただ、ピチカートを全部それに置き換えるのではなく、部分的にしか採用していないので逆にストレスが溜まってしまいますが。
録音に関しては、このレーベルのSACDでは決して裏切られることはありません。今回も、「揚げひばり」の最初の弱音器を付けた弦楽器の響きは極上ですし、フルートの音も等身大で、息遣いの細かいニュアンスまでがはっきりわかるリアルさがあります。

SACD Artwork © Linn Records
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by jurassic_oyaji | 2015-08-10 20:59 | フルート | Comments(0)
ROCHBERG/Complete Flute Music ・ 1
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Cristina Jennings(Fl)
Lura Johnson(Pf)
June Han(Hp)
NAXOS/8.559776




聞いたこともない名前の作曲家の作品が簡単に聴けるのが、NAXOSのいいところです。ま、ほとんどは「クズ同然」ですが、それなりに未知のものに対する好奇心を満たしてくれる魅力には勝てません。
今回のジョージ・ロックバーグという、1918年に生まれて2005年に亡くなった、まさに「20世紀」をまるまる生きたアメリカの作曲家が果たして「クズ」なのかどうかは、聴いてみるまで分かりません。この世代の作曲家の常として、スタート地点が「無調」や「セリエル」だったというのはお約束、しかし彼の場合は1964年にまだ10代だった息子を亡くしたことにより、そのような技法をきっぱり捨てて、「ネオ・バロック」や「ロマンティック」の方向に転向するというのですから、なんともわかりやすい「変節」ぶりです。
ですから、このアルバムに収められているすべて1970年以降に作られた「フルート作品」では当然そのような作風に染まっていると思ってしまいますが、実はそうではなく、かなり「前衛的」なテイストが強い「ハード」な作風が感じられてしまいました。なかなか一筋縄ではいかないところが、「現代作曲家」のおもしろいところです。
タイトルには「フルート作品全集第1巻」とありますが、この作曲家がフルートのために作った作品は「ほんの一握り」しかないそうなので、あと1枚ぐらいで「全集」が完結してしまうのでしょうか。そもそも、今回のアルバムのメインの「Caprice Variations」(1970年)にしても、オリジナルはヴァイオリン・ソロのために作られたものでした。これは、有名なパガニーニの、やはりヴァイオリン・ソロのための「24のカプリース」と同じテーマを使って作られた51曲からなる変奏曲から、ここでフルートを演奏しているクリスティーナ・ジェニングスが21曲を選んで2013年にフルート・ソロのために編曲したものなのです。彼女がそこまでしてロックバーグの作品を演奏したかったのにはわけがあります。彼女の父親のアンドリュー・ジェニングスは、ロックバードが多くの弦楽四重奏曲を献呈した「コンコード弦楽四重奏団」の第2ヴァイオリン奏者だったのです。彼の演奏によるヴァイオリン版の「Caprice Variations」も全曲Youtubeで見ることができるぐらいですから、まさにロックバーグの音楽は彼女の「少女時代のサウンドトラック」だったのですね。
この作品は、パガニーニのテーマだけではなく、いくつかの曲は有名な作曲家のある作品を下敷きにして作られているという、手の込んだものです。例えば、フルート版では「10番」になっているオリジナルでは「21番」にあたる曲などは、「ベートーヴェンの交響曲第7番の終楽章風パガニーニ」になっています。そのほかにもマーラーやバルトーク、さらにはシェーンベルクと、「元ネタ」を知っていればなかなか笑えます。最後の曲はパガニーニのオリジナルをそのまま、というのが「オチ」ですね。
ジェニングスの編曲は、時折重音、ホイッスルトーン、キータッチ、フラッタータンギングなどの「現代奏法」を織り交ぜて、おそらくヴァイオリンよりも高い難易度が要求されているのではないでしょうか。それを、芯のあるぶっとい音でサラッと吹き上げているところが、素敵です。
そのほかに、「浮世絵」というタイトルの作品が2曲演奏されています。フルートとピアノのための「浮世絵3」(1982年)は、「Between Two Worlds」というサブタイトルが付いていて、ところどころに「日本風」の五音階が出てくることで、その意図が明確になります。ただ、全体的には「無調」のテイストも満載の暗~い曲、というイメージです。
もう一つの「浮世絵2」は、フルートとハープのための「Slow Fires of Autumn」(1979年)です。こちらはもろ「ジャパニーズ」なテイストで、まるで尺八と筝の合奏のように聴こえます。なんたって、五音階どころか、最後は「五木の子守唄」ですからね。このメロディは、いつ聴いても和みます。
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by jurassic_oyaji | 2015-06-09 23:32 | フルート | Comments(0)
QUANTZ/Solo Flute Music
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Eric Lamb(Fl)
PALADINO/PMR 0060




先日のCD自体は本当にしょうもないものだったのに、そこでフルートを吹いていたエリック・ラムという人の演奏にはちょっと惹かれるものがあったので、同時期に発売になった彼のソロ・アルバムも聴いてみることにしました。文字通りの「ソロ」、つまり、すべての曲がフルート1本で演奏されていて、そのほかの楽器は全然加わっていないというものです。
クヴァンツという人は、バロック時代の作曲家、というかフルーティストで、彼が著した「フルート奏法試論」という書物は、当時の演奏様式を知ろうとする人にとっては欠かせない資料となっています。つまり、当時の楽譜の情報は現代とは全く異なっていて、演奏家によって「楽譜に書かれていないこと」を付け加えられて、初めて作品として完結するようなものだったのです。ですから、その楽譜に書いてあることをどのように演奏するかを知る必要があるわけですが、それがこの本には事細かに書かれているのですね。クヴァンツにしてみれば当たり前のことを書いただけなのでしょうが、それが今となっては当時の「習慣」を知る貴重な文献となっているわけです。
クヴァンツは主にフルートのための膨大な作品を残していますが、それは現在では「QV」という作品番号によってまとめられています。これは、作品をジャンル別に整理したもので、「QV1」はフルート・ソナタ、「QV2」はトリオ・ソナタ、そして「QV3」がソロだけのための作品ということになっています(そのあとに「フルート協奏曲」、「管弦楽曲」、「アリアと歌」と続きます)。さらに、「QV3:1」はフルート1本、「QV3:2」はフルート2本、「QV3:3」はフルート3本のための作品です。それによると、フルート1本だけで演奏する作品は全部で24曲あるのだそうです。
このCDでは全部で23曲演奏されているので、その中から1曲だけカットしたのかな、と思うかもしれませんが、中にはQV番号が付けられていないものもあったり、番号が抜けていたりしますから、そんな単純なものではないようです。というのも、実はここで演奏されている曲は、今ではコペンハーゲンの王立図書館に保存されている「ファンタジーとプレリュード、8つのカプリスとその他の作品」というタイトルの「曲集」の中に収録されているものなのです。ラム自身のライナーノーツにでは「自筆稿」とありますね。実は、この楽譜の現物はこちらで見ることができますが、それはどうも「自筆稿」というよりは「写筆稿」といった方が正しいもののようでした。つまり、作曲するときに書いた楽譜(「自筆稿」とはそういうものです)を、何曲か集めて五線紙の表裏に写譜(コピー)したものなのですね。それを60ページ分ほど束ねて1冊にしたものが、さっきのタイトルの楽譜なのですが、そこにはクヴァンツの自作だけではなく、ほかの作曲家の作品も一緒に「コピー」されていたのですね。このCDの中のものでは、演奏時間の長い「サラバンドとドゥーブレ」はブロホヴィッツ、「メヌエットと変奏」はブラヴェの作品だというようなことが分かっています。
ラムは、S. Kotelというメーカーの木製頭部管の愛用者で、Youtubeで試演している様子を見ることが出来たりしますから、おそらくここでも頭部管だけ木製のものを使っているのではないでしょうか。なかなか柔らか味のある音色で、しかし音楽はあくまでアグレッシブに迫っています。「8つのカプリス」などは普通に出版譜が出ている有名なものですが、それはほとんど練習曲のように使われるもので、こういう形で演奏されるのを聴いたのは初めてでした。そこからは、クヴァンツの多岐にわたる音楽性をストレートに感じることができます。
何より驚いたのは、「カプリス1番」ではこんな半音階が使われていることです。

この時代の楽器ではこれはかなり難しかったはず。さらに「2番」になると、

こんな「重音」まで出てきますよ。

CD Artwork © Paladino Media GmbH
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by jurassic_oyaji | 2015-05-07 20:59 | フルート | Comments(0)
MOZART/Flute Quartets
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Karl-Heinz Schütz(Fl)
Albena Danailova(Vn)
Tobias Lea(Va)
Tamás Varga(Vc)
CAMERATA/CMBD-80008(BD-A)




「カメラータはもうBD-Aからは撤退した」と教えてくれたのは誰だったでしょうか。こんな新譜が出たのですから、どうやらそれは誤った情報だったようですね。そんな、このメーカーに対しても失礼なデマを流した人には、しっかり謝ってほしいものです。
とは言っても、品番からも分かるようにこれは「8枚目」のBD-Aです。「1枚目」が出たのが2012年の12月ですから、2年半近く経ってもそれしか出せていないというのでは、やはり「辞めてしまった」と思われても仕方がないかもしれませんね。そんな、言ってみれば「貴重」なフォーマットで、大好きなシュッツの演奏が聴けるのですから、これはラッキー。
シュッツと言えば、彼の前任者としてウィーン・フィルの首席奏者を務めていたのがヴォルフガング・シュルツという人だったので、何かと混乱してしまうかもしれません。「カール=ハインツ・シュルツ」とかね。実際、シュッツはシュルツたちが創設したアンサンブル「アンサンブル・ウィーン・ベルリン」にも、シュルツの後釜としてメンバーになっていますから、何かと「シュルツの後継者のシュッツ」みたいな、とても紛らわしい言い方が、今回のBD-Aのライナーノーツにも登場しています。そこでは、今回録音したモーツァルトの四重奏曲は、このレーベルとしてはシュルツで録音したかったものが、様々な事情で結局シュッツによってなされることになった、みたいな書き方をされていますからね。確かにシュルツは偉大なフルーティストであったことに疑いはありませんが、個人的にはあまり好きではありませんでしたし、彼の音はウィーン・フィルのサウンドの中ではちょっと異質なのでは、と感じていました。もっとも、逆にそんな音だからこそ、この「保守的」なオーケストラからもっと斬新なサウンドを発信することが期待されていたのかもしれませんが。
シュッツは、しかし、そんな「期待」とは全く別の姿でウィーン・フィルのサウンドのクオリティをワンランク上げることに貢献していました。彼の音はシュルツのようにしゃかりきに自己主張するものではなく、いともしなやかにオーケストラの中に融け込んだ上で、サウンドにきらめきを与えるというものだったのです。
このモーツァルトで共演しているのは、もちろんウィーン・フィルのメンバーたちです。その中で、ヴァイオリンにこのオーケストラ初の女性コンサートマスターとして注目を集めたアルベナ・ダナイローヴァが参加しているのにまず注目です。まさに、これからのウィーン・フィルを担う新星の共演ですね。ヴィオラのトビアス・リー、チェロのタマーシュ・ヴァルガともども、伝統にあぐらをかかない未来志向のモーツァルトが体験できます。それは、音色はとてもまろやかで心地よいものなのに、今モーツァルトを演奏することの意味がきっちりと伝わってくるものなのですから。彼らは、かなり早めのテンポで、余計な「タメ」で音楽を停滞させることなく進めていきます。それでいて、必要な情感は的確に表現されています。それは、ピリオド楽器の登場によって表現の根底が崩れ去ったモダン楽器奏者たちが出した、一つの回答のようにも思えてきます。さらに、この4人のつかず離れずのアンサンブルの妙味には感嘆させられます。録音のせいもあるのでしょうが、それぞれの楽器がとても雄弁に歌っていることもとてもよくわかります。
もちろん、彼らが使っている楽譜は最新のヘンレ版です。こちらで指摘したハ長調の四重奏曲の第2楽章の第4変奏の後半で、新全集とはヴァイオリンとヴィオラのパートが入れ替わっている部分などは、そんな録音ですからはっきり聴き取ることができます。
例によって、オリジナルの4曲以外に、オーボエ四重奏曲をフルートで演奏したものも収録されています。この曲の第2楽章でのシュッツのピアニシモは絶品です。

BD-A Artwork © Camerata Tokyo, Inc.
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by jurassic_oyaji | 2015-04-29 20:32 | フルート | Comments(0)
Mozart (Re)inventions
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Paladino Music
Eric Lamb(Fl)
Martin Rummel(Vc)
PALADINO/PMR 0050




アルバムタイトルの「(リ)インヴェンションズ」という言葉につい惹かれて買ってしまいました。「再び発明する」という意味ですから、これはかなりのインパクト、しかもその対象が「モーツァルト」ですからね。モーツァルトのどの辺を「発明」してくれるのか、かなり楽しみです。ジャケットもなにやらシュールな演出が施されていますし。
しかし、聴きはじめると、それは別に何の目新しいものもない、単なる「モーツァルトの作品をフルートとチェロのために編曲」しただけのものだとわかりました。これにはがっかりですね。一応、その「編曲」は、ここで演奏しているフルートのエリック・ラムとチェロのマルティン・ルンメルが行っているということなのですが、最初に聴こえてきた「魔笛」からの二重奏は、すでに編曲者不詳として多くの楽譜が出回っているヴァイオリンまたはフルートのためのデュエットと全く同じものでしたし。辞書で調べてみたら、「インヴェンション」には「捏造」という意味もあるのだそうです。
そう言えば、このレーベルで以前、こんなとんでもないアルバムを聴いていました。ウィーンで音楽出版を手掛けている会社が作ったレーベルですが、何か肝心なものが抜けているような気がしませんか?
今回のアルバム、どうやらモーツァルトの「最初」と「最後」、さらに「真ん中あたり」の作品を並べて、彼の生涯を俯瞰しようというコンセプトのもとに作られているようです。その「最後」として、彼の最晩年の作品である「魔笛」を選んだのはなかなかのチョイスなのですが、それが、そのオペラからいくつかのナンバーを2つの楽器のために編曲した、いわば「ハルモニームジーク」あたりでお茶を濁そうとするやり方だったのには、なんとも言えない寂しさが募ります。
「最初」では、それこそ「k 1」から「k 33b」あたりまでの、5歳から10歳までの間に作られたクラヴィーアのための作品を、二重奏に直したものが演奏されています。そして「真ん中」としては、1783年に作られたヴァイオリンとヴィオラのための2曲の二重奏曲(k 423, 424)が選ばれています。これは、ザルツブルクのコロレド大司教がミヒャエル・ハイドンにこの編成による6曲のセットを委嘱した時に、彼が病気になって4曲しか作れなくなってしまったためにモーツァルトが手助けをして作ったものですね。
この2曲が、一応このアルバムの中ではメインと考えられている作品なのでしょう。それぞれ3つの楽章から出来ている20分程度のものですからね。当然ここは、この2人の演奏家は、他の曲のようなお手軽な対応ではなく、しっかりとした演奏を心掛けるところでしょう。ということで、もしかしたら過度のプレッシャーがこの2人、とりわけチェリストのルンメルにかかったのでしょうか、何かアンサンブルが成立していないもどかしさが感じられてしまいます。2人で音楽を進めていこうという気持ちが、彼にはほとんど見られないような気がするのですよ。フルートが作っている時間軸にまるで関係のないところで勝手に彼だけの時間の感覚で演奏を行っているとしか思えないような「合ってない」ところだらけなんですね。音程も、プロとは思えないようなひどさですし。
唯一の救いは、フルーティストのラムのすばらしい演奏です。彼はデトロイトに生まれたというアフリカ系のアメリカ人ですが、ドイツとイタリアでフルートを学んでいます。先生の中にはミシェル・デボストの名前なども見られますが、彼のとてもしなやかな音楽性と、伸びやかな音色は、そのあたりの経歴が反映されているのでしょう。目がくらむような派手さはないものの、低音から高音まで磨き抜かれた音は、とても魅力的です。彼の楽器は、日本のALTUSなのだそうです。

CD Artwork © Paladino Media GmbH
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by jurassic_oyaji | 2015-04-22 20:14 | フルート | Comments(0)
MOZART/Concerto for Fl and Hp, Sinfonia Concertante for 4 Winds
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Per Flemström(Fl), Birgitte Volan Håvik(Hp)
Pavel Sokolov(Ob), Leif Arne Pedersen(Cl)
Per Hannisdal(Fg), Inger Besserudhagen(Hr)
Alan Buribayev, Arvid Engegård/
Oslo Philharmonic Orchestra
LAWO/LWC1071(hybrid SACD)




LAWOという、今まで手にしたことのなかったレーベルがSACDを出していたので、ちょっと気になって3点ほど買ってみました。そもそも、この名前がちょっと謎めいていますね。これはいったいどんな意味を持った言葉なのでしょう。まさか、インスタントラーメンでは(それは「ラ王」)。
これはノルウェーのレーベルで、サックス奏者でもあるプロデューサーのVegard Landaasと、エンジニアのThomas Woldenの二人によって運営されています。レーベル名はそれぞれのラストネームの「La」と「Wo」をつなげたもの、2008年に最初のCDをリリースしていたようですね。
SACDを出すようになったのは最近のことのようですが、やはり録音には自信があったのでしょう。公式サイトではハイレゾ・データもダウンロードできるようになっています。このアルバムでは24/96しかありませんが、別のものではなんと128DSD(SACDでも64DSD)や、DXD(24/352.8)などという、大半のDACでは対応できないほどの「超ハイレゾ」のスペックのデータまで用意されています。
まあ、そんな数値はどうでもいいことで、要は聴いてよい音がするかどうかだけです。このアルバムは、ご当地オケ、オスロ・フィルをフィーチャーしたシリーズとしてスタートしたもののようですが、そのオーケストラの管楽器の首席奏者をソリストとして、モーツァルトの作品が2曲(正確には1曲)収められています。しかし、指揮をしているのは現在のこのオーケストラのシェフであるヴァレリー・ペトレンコではなく、アラン・ブリバエフとアルヴィド・エンゲゴールという2人が1曲ごとに指揮をするという、ちょっと変則的なブッキングです。録音時期に2か月の隔たりがあるので、その時に都合の良い指揮者が使われた、というだけのことなのでしょうが。
1曲目の「フルートとハープのための協奏曲」では、それほど精緻とは言えないものの、かなり落ち着いた渋い音が聴こえてきました。おそらく、全体の音をバランスよくまとめるというのが、エンジニアのポリシーなのでしょう。ここでソロを吹いているペール・フレムストレムという首席フルート奏者は、1986年に副首席奏者としてこのオーケストラに入ったそうですから、もう30年近くここで働いていることになります。まさに「レジェンド」という貫禄を誇っていて、手堅い演奏を聴かせてくれますが、やはりあちこちすり減っていて、ハッとさせられるようなスリリングな部分はまず見当たりません。というより、一応モーツァルトということでところどころに軽い装飾を入れているのですが、それをちょっと見当はずれの個所でやっているものですから、別の意味でハッとさせられてしまいます。
もう一つの曲は、有名な「4本の管楽器のための協奏交響曲」ですが、モーツァルトが作ったフルート、オーボエ、ファゴット、ホルンというソリストたちのために作られた曲の楽譜はなくなってしまっているのは、ご存知の通りです。これには「K.297B/Anh.9」という番号が付けられ、「紛失したもの」として扱われていますが、ロバート・レヴィンによって「復元」された楽譜は存在します。昔から演奏されていたものは、それを誰かがソロ管楽器のフルートをクラリネットに変更して「捏造」した「偽作」ということで、それをあらわす「Anh.C14.01」という番号が付けられています。それまでは「K.297b」と呼ばれていました。

ですから、このアルバムのジャケットや、サイトに「K.297B」とあれば、これは当然フルートが入っている編成の「レヴィン版」だと思ってしまうじゃないですか。しかし同時に、なぜクラリネット奏者の名前があるのか、という疑問もわいてきます。もちろん、聴こえてきたのは偽作である「297b」の方でした。
こちらの方、ソリストたちのアンサンブルも確かでなかなか楽しめますが、肝心の録音が、特にホルンの妙な共鳴が抑えられていなくて、完全に破綻しています。

SACD Artwork © LAWO Classics
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by jurassic_oyaji | 2015-03-05 21:14 | フルート | Comments(0)
ANDERSON/Flute Music
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Andrew Bolotowsky(Flutes)
Gregory Bynum(Rec), David Bakamjian(Vc)
Rebecca Pechefsky(Cem)
Beth Anderson(Pf)
MSR/MS 1434




1950年生まれのアメリカの作曲家、べス・アンダーソンのフルートのための作品を集めたアルバムです。サブタイトルが「カマキリと青い鳥」、それをそのまんまジャケットにあしらったとてもかわいいデザインに惹かれて、その作曲家のことも、演奏しているフルーティストのことも全然知らないのに聴いてみる気になりました。
そのタイトル・チューンは最初に演奏されていました。これは最も若いころ、1979年に友人であり、仲間でもあった、ここで演奏しているフルーティスト、アンドルー・ボロトウスキーのために作った曲で、フルートが「青い鳥」、ピアノ伴奏が「カマキリ」なのだそうです。と言われても、別にフルートが「ピーターと狼」や「動物の謝肉祭」に出てくる「鳥」のように羽ばたいたりさえずったりする様子を描写しているわけでは全然ありませんし、ピアノがオトコを食い殺そうとするようなおどろおどろしい音型を奏でているわけでもありません。ここでは、淡々としたピアノのアルペジオに乗って、フルートは至極素朴なフレーズをだらだらと吹き続けているにすぎません。時折讃美歌の「主よ御許に近づかん」の断片が聴こえてくるのは、なんの冗談なのでしょう。
という感じで、大体この作曲家の作風が分かってきます。彼女の作曲家へのスタート地点はジョン・ケージとテリー・ライリーだったそうですが、まさにそんな経歴を裏切らない瞑想的なミニマルの世界が、このアルバムには漂っています。ただ、「ミニマル」とは言ってもスティーヴ・ライヒのような精密さ、緻密さとは全く別の、もっとずっとユルいテイストに支配されているのは、やはりケージへの傾倒がかなり強いことの表れなのでしょうか。
その「ユルさ」が、ここでは作品よりも演奏家のキャラクターによって表に出てきているのではないか、という気がとてもします。「青い鳥」での、まるでプロであることを忘れたようなフルートを聴くにつけ、はたしてこれは意図したものなのかどうなのか、分からなくなってしまうのですよ。
彼はここでは、多くの楽器を持ち替えて演奏しています。その中に「バロック・フルート」という楽器もあるのですが、これはおそらくトラヴェルソのことなのでしょう。そして、ほかにやはりピリオド楽器のリコーダー、チェロ、チェンバロを従えての室内楽も披露されています。その「スケート組曲」というのは、ダンスのために作られたもので、いかにもバロック時代の組曲を模倣したようなスタイルをとってはいますが、全体的な雰囲気は師のケージが盟友マース・カニングハムのために作った一連の作品のようなまったりとしたものです。1979年に作られた時にはヴァイオリン、チェロ、エレキ・ベース、声、テープという編成だったものを、何度か楽器を変えたり曲を削ったりという改訂が加えられて、録音時の2012年には、こういう編成で演奏されています。
ボロトウスキーは、ここではオカリナも演奏しています。その「属和音への準備」というおかしなタイトルの作品は、これもケージっぽい、あらかじめ約束事だけを決めておいて演奏者自身が音楽を作るという、これが作られた20世紀後半にはまだよく見られた技法によったものです。ここで注目したいのは、そんなプロセスで生まれた音列ではなく、まるでアナログ・シンセのように聴こえてしまうオカリナの音の方です。何の変哲もないこのプリミティブな楽器からは、まるでアープ・オデュッセイのようなポルタメントが聴こえてはこないでしょうか。
そして、もう一つの彼の挑戦が「尺八」です。その名も「Shakuhachi Run」というソロ・ピースでは、この楽器に固有の音階だけをたどたどしく吹くだけで、それらしい音楽が出来ることを見せつけてくれています。その成果はチープ極まりないものですが。

CD Artwork © MSR Music LLC
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by jurassic_oyaji | 2015-02-05 20:21 | フルート | Comments(0)
MOSCHELES/Music for Flute and Piano
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瀬尾和紀(Fl)
上野真(Pf)
NAXOS/8.573175




モーツァルトが亡くなった3年後に生まれ、シェーンベルクが生まれる4年前に亡くなったイグナツ・モシェレスは、今ではピアノ関係者以外にはほとんどその名前は知られていないようですが、生前はピアニスト、作曲家、そして指揮者としてヨーロッパ中の音楽家から尊敬された存在でした。特にメンデルスゾーンとは、最初は音楽教師として出会い、生涯変わらぬ友情で結ばれていました。晩年は、メンデルスゾーンが作ったライプツィヒ音楽院の院長も務めています。グリーグの若いころのライプツィヒ留学の際の教師が、モシェレスです。
彼の作品は、彼の楽器であるピアノのためのものが圧倒的に多くなっていますが、フルートが加わった協奏曲や室内楽も少し残しています。そんな、フルートとピアノのための作品の大多数を収めたものが、このアルバムです。おそらく、これだけまとまってモシェレスのフルートのためのレパートリーを集めたCDは今までにはなかったのではないでしょうか。さすがはそういうものにかけてはお得意のNAXOSです。
ここでフルートを演奏しているのは、瀬尾和紀さん。瀬尾さんと言えば、デビュー・アルバムがやはりNAXOSからリリースされたホフマンのフルート協奏曲全集という、こちらもそれまでにはなかった珍しいレパートリーのアルバムでしたね。それは2000年ですから、ずいぶん昔のことになってしまいました。
このアルバムは、一昨年に三重県のホールで録音されたものです。ピアニストは上野真さんですし、エンジニアは日本人、そして瀬尾さんがプロデューサーも務めているので「純国産」なのですが、なぜか日本盤ではなく、いつものNaxosと同じアメリカ盤でした。もちろんライナーも英語のものしか読めません。まあ、世界の市場を目指したものなのでしょうから、それは仕方がありませんが、それを補う意味でつけられた「帯解説」ではまたまたこんな面白いことをやらかしているのですから、困ったものです。

これは原題は「Die Schweizerfamilie」ですから「スイスの家族」が正解、何よりライナーには「The
Swiss Family」という英訳が載っているというのに。
その曲が入っている作品のタイトルが「ディヴェルティスマン」とあるように、ここにはただの「フルート・ソナタ」というシンプルなものは全くなく、「協奏的ソナタ」とか「協奏的変奏曲」といった大仰な名前が並んでいます。おそらく、モシェレスにとってはピアノがソロ楽器を「伴奏」するような形の「ソナタ」などは彼にとっては「その他」で、どんな曲でもピアノが堂々とソロ楽器と張りあうほどの存在感を主張しているものを作ってやろうという意気込みが常にあったのではないでしょうか。
それが単なる「憶測」ではないことは、ここで演奏されている全ての作品で、ピアノがどんな時にでも大活躍しているのを見れば明らかです。ほんと、このピアノは、隙あらばソロ楽器を食ってやろうという魂胆がミエミエ、常に最高の手技を繰り出して暴れまわっているのですからね。すごいのはOp.21の「6つの協奏的変奏曲」です。型どおりの変奏曲に違いはないのですが、終わり近くの変奏ではフルートの出番はなく、ピアノだけで華麗な演奏を聴かせるというのですからね。どこが「協奏的」なのでしょう。
そんな曲ばかりですから、つい耳はピアノの方に行ってしまいます。そうすると、ここでのピアニスト上野さんの、まさに水を得た魚のような生き生きとした演奏に心底ほれ込んでしまうことになります。それに比べると、フルートの瀬尾さんはなんとも精彩を欠いた演奏に終始しています。ここでは、かつての瀬尾さんには確かにあったはずの煌めくほどの輝きが全く感じられません。それが、常に低めで不安定なピッチと、振幅の大きなビブラートばかりが強調され、フルートの美しさが全く捕えられていない最悪の録音(小島幸雄)のせいだけであればいいのですが。

CD Artwork © Naxos Rights US, Inc.
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by jurassic_oyaji | 2015-01-16 21:06 | フルート | Comments(0)