おやぢの部屋2
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カテゴリ:フルート( 212 )
BEETHOVEN/Variations on Folk Songs
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Patrick Gallois(Fl)
Maria Prinz(Pf)
NAXOS/8.573337




もはやすっかりNaxosの看板となったパトリック・ガロワ、最近では特定のオーケストラの指揮者というポストもなくなったし、サッカー選手に転向も出来ず(それは「ハットトリック」)、フルーティストとしてそのユニークなキャラクターを存分に披露してくれているのではないでしょうか。今回も、到底ほかのフルーティストではなしえないようなヘンタイなアルバムが出来上がりました。
ここでガロワが取り上げたのは、ベートーヴェンの作品105と作品107という正式な作品番号が付けられている、「民謡による変奏曲集」です。こんな作品、おそらく実際に聴いたことのある人などほとんどいないのではないでしょうか。余談ですが、悪名高いNMLの表記では、これが「国歌による変奏曲」となっていましたね。
作品番号が付いているということは、ちゃんと出版されたということですが、1819年にイギリスで部分的に出版された時のタイトルが「Twelve National Airs with Variations for the Piano and an accompaniment for the Flute」でしたから、「National Air」に反応して「国歌」と訳したのかもしれません。でも例えば「庭の千草」などがテーマとして使われているのは聴いてみればすぐにわかりますから、これは国歌ではないと気づきそうなものです。なんともいい加減な日本のNMLのスタッフの仕事ぶりです。
参考までに、その後きちんと作品番号を付けて出版された時のタイトルは作品105が「ピアノ・ソロ、もしくは任意のフルートかヴァイオリンを伴う6つの平易な変奏曲」ですし、作品107が「ピアノと任意のフルートかヴァイオリンを伴うロシア、スコットランド、チロルのテーマによる10の変奏曲」(いずれもフランス語)というものでしたから、「民謡」という単語すら入ってはいなかったのですけどね。
これらの作品は、スコットランドで「芸術産業振興理事会」の職員をしていて、自身もかなりオタクなアマチュアの音楽家だったジョージ・トムソンという人の依頼によって作られました。彼の仕事は出版された民謡の楽譜を収集することでしたが、それが昂じてついに当時ウィーンで活躍していた大作曲家たちに民謡の主題を用いた曲を作らせることを始めたのです。最初はプレイエル、そして彼の師であり、イギリスでのライバルでもあったハイドンにそのような委嘱を行いますが、さらにベートーヴェンにも同様の仕事を依頼します。しかし、そのオファーは金額的に必ずしもベートーヴェンの満足できる条件ではなく、さらに、あくまでアマチュア向けのやさしい作品をトムソンが求めても、ベートーヴェンは断固として応じなかったということで、なかなか話は進まなかったようですね。結局出来上がったのはこの2つの曲集だけでした。
そのような、あくまでフルートはピアノの「付け足し」という位置づけのこれらの作品を演奏する時に、ガロワは大幅に手を入れて「ピアノ伴奏によるフルート・ソロ」という形の変奏曲に作り替えました。例えば、オリジナルではピアノが変奏を弾く中でフルートはちょっとした間の手を入れる、といったような部分でも、フルートに堂々たるテーマを演奏させて、そのバックでピアノがチマチマ変奏を行う、というような改変ですね。
そして、最大の改変は、この、言ってみれば「金のため」だけに作った(それは決して悪いことではありませんが)イージーとも思われる作品に、ガロワがとてつもなく深みのある「意味」を込めて演奏しているという点です。こんな曲でも以前にヴァイオリンとピアノのバージョンで演奏されたものがあったので聴いてみましたが、その、まさに音符を忠実に再現しただけの演奏と比べると、その違いは歴然としています。おそらく、トムソンの苦情に応じていやいや作り変えたベートーヴェンの仕事に最初はあったはずの作曲家の意地のようなものを、ガロワは丹念に付け加えていたのでしょう。でも、さすがに「フィンガー・ビブラート」はちょっと余計だったような気がしますが。

CD Artwork © Naxos Rights US, Inc.
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by jurassic_oyaji | 2015-11-18 00:05 | フルート | Comments(0)
TAKEMITSU/And Then I Knew 'Twas Wind
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The Museaux Trio
Sydney Carlson(Fl)
Denise Fujikawa(Hp)
Brian Quincey(Va)
ALBANY/TROY1581




武満徹が1992年に作った「そして、それが風であることを知った」というフルート、ハープ、ヴィオラのための曲と、その元ネタであるドビュッシーの同じ楽器編成の「ソナタ」をカップリングしたアルバムは、いったい今までにどのぐらい作られたことでしょう。今回、そこに新たに参入したのが、「The Museau Trio」という、2011年に結成されたばかりの新しいグループです。メンバーは、かつてヒューストン・グランド・オペラのオーケストラの団員だったフルートのシドニー・カールソン、かつてポートランド・オペラのオーケストラの団員だったハープのデニス・フジカワ、そして、フェニックス交響楽団、サクラメント交響楽団、サンフランシスコ交響楽団を経て、1997年からオレゴン交響楽団の団員であるヴィオラのブライアン・クインシーの3人です。
このグループの名前は、このようなフランス風のネーミングになっています。最初、それこそフランス語として「ミュゾー・トリオ」と読むのだと思ったら、なんとこれはニホンゴだというのですから、驚いてしまいます。「Museaux」は「ムソー」と読ませて、「苔寺」として有名な西芳寺の庭園などを設計したことで知られる鎌倉・室町時代の禅僧、夢窓礎石を意味するのだそうです。そういえば、武満にも「夢窓」という1985年に作られたオーケストラ作品がありましたね。その作品の英語表記は「Dream/Window」、ですから、「Museaux」にも「夢」と「窓」という意味までもが込められているのでしょう。かなり苦しいこじつけ、それならもっとわかりやすく「Musoh」ぐらいにしておけばいいのに。
まあ、気持ちだけはしっかり汲ませていただくとして、まずその武満のタイトル曲を聴いてみると、フルートのとても澄んだ音色に魅了されてしまいます。それは、まさに「禅寺」とか「水墨画」からイメージされそうなモノクロームの世界へと誘い込まれるようなフルートでした。よくある勘違いは、このパートに日本の楽器、尺八に似せた音色と奏法を期待するというやり方ですが、それはフルートと尺八の双方に失礼なこと、このような、あくまで西洋音楽のアプローチで武満の世界を表現する方がどれほど彼の本質に迫れることでしょう。
続くドビュッシーの「トリオ」にも、カールソンは同じようなクリアな音色と抑揚の少ないエクスプレッションで挑んでいます。それは確かに武満とのつながりをもろに感じられるような表現には仕上がってはいるのですが、ドビュッシーとしてはもう少し「艶」のようなものが欲しい気がしないでもありません。
これだけではアルバムとしては時間が短いので、もう1曲のカップリングが用意されています。それが、彼らが1970年生まれのアメリカの作曲家、カリム・アル=ザンドに委嘱した「Studies in Nature」という作品です。これは、19世紀末のドイツの生物学者エルンスト・ヘッケルが1904年に出版した「Kunstformen der Natur」(英語訳が「Art Forms in Nature」、日本では「生物の驚異的な形」というタイトルで出版されています)という、様々な珍しい生物の100枚の彩色画を集めた画集にインスパイアされて作られたものです。これらのイラストには、単なる生物の標本画を超えた、芸術としての完成度が見られます。この本の中から選ばれたのが、「ウミユリ」と「放散虫」と「クラゲ」、このアルバムのジャケットには、その「放散虫」が使われています。でも、ちょっと気持ち悪いですね。

これは、武満やドビュッシーとはうって変わって、具体的なイメージがはっきり伝わってくる、そのままこれらのイラストのバックに流してもいいような分かりやすい作品です。フルートも心なしかうきうきと歌っているようですし、何よりもヴィオラのハイテンションぶりがとてもよく伝わってきます。これは、日本の禅僧とは無縁の世界、正直、一度聴いたらそれっきりというような、どうでもいい作品ですが。

CD Artwork © Albany Records
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by jurassic_oyaji | 2015-11-13 21:56 | フルート | Comments(0)
REVOLUTION
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Emmanuel Pahud(Fl)
Giovanni Antonini/
Kammerorchester Basel
WARNER/0825646276783




ベルリン・フィルの首席フルート奏者、エマニュエル・パユの久しぶりのソロアルバムは、なんと「革命」というタイトルでした。そういえば、少し前に彼が世界に羽ばたくきっかけとなった神戸国際フルートコンクールへの公的援助が打ち切られることに対しての、自治体への嘆願書みたいなものをネットで見かけましたね。そんな貧しい日本の文化政策を立て直すために、まずは「革命」を起こして腐りきったアベ政権を倒そう、という意気込みが込められたアルバムなのでしょうか。
もちろん、そんな勇ましいことを考えるようなパユではありませんから、それはあり得ません。この「革命」というのは、ほとんど固有名詞として使われる「革命」、つまり「フランス革命」のことです。そういえば、分かりにくいかもしれませんが、このジャケットの背景となっているのは、その「革命前夜」の象徴的な出来事「球戯場の誓い」を描いたジャック=ルイ・ダヴィッドの有名な絵画の下書きですね。完成された作品はもちろんみんなちゃんとした服を着ていますが、この下書きではみんな全裸なのが興味深いですね。その前で、パユはそれこそ「レ・ミゼラブル」にでも出てきそうないでたちで空中浮遊をしています。
そう、ここでは、そんなフランス革命の時代に作られたフルートのための協奏曲が演奏されているのです。このような、ある時期を切り取ってその時代の作品を取り上げるという企画は、以前ベルリンのフリードリヒ大王をキーワードとした「The Flute King」に続いてのものとなります。今回はそれよりも少しあとの時代のフランス、という設定です。
そういうコンセプトで取り上げられたのが、ドゥヴィエンヌの協奏曲第7番ホ短調、ジアネッラの協奏曲第1番ニ短調、グルックの協奏曲ト長調、そしてプレイエルの協奏曲ハ長調です。この中ではドゥヴィエンヌの曲がかなり有名で多くのCDが出ていますが、それ以外はなかなか聴く機会はないはずです。
他のEMIのアーティスト同様、パユもレーベルの名前が変わったことには何の影響も受けなかったかのように、以前と同じかつてのEMIのプロデューサー、スティーヴン・ジョンズのもとで今回もアルバムを制作しています。ただ、ちょっと興味を引くのが、フィリップ・ホッブスとロバート・カミッジというエンジニアの名前です。この二人はLINNのプロデューサー兼エンジニアと、そのアシスタントではありませんか。LINNのスタッフが元EMIの録音を行うなんて時代になってしまったのですね。
聴こえてきたのは、まさにLINNのきめ細かなサウンドだったのでうれしくなりました。まさか、パユをこんな素敵な録音で聴けるなんて、思ってもみませんでしたよ。いや、まずパユが出てくる前のオーケストラの序奏で、その刺激的なサウンドとアグレッシブな音楽性に引きつけられてしまいました。実は、バックのオケがどこかなんてことは全くチェックせずに聴きはじめたのですね。改めてクレジットを見ると、それはジョヴァンニ・アントニーニ指揮のバーゼル室内オーケストラでした。どうりで、すごいはずです。彼らの演奏するベートーヴェンに衝撃を受けたことを、いまさらながら思い出しました。
そのオーケストラは、コンチェルトのバックにはあるまじきハイテンションの演奏で音楽をぐいぐい引っ張っていきます。もちろん彼らはノン・ビブラートの弦楽器と、びっくりするような音色のピリオドの金管楽器でめいっぱい迫ります。正直、こうなってくるとフルート・ソロなんかどうでもよくなってくるほどの存在感です。全く思いがけないところで、お腹がいっぱいになってしまいましたよ。
パユ?・・・。早い楽章での目の覚めるような軽業には圧倒されますが、ゆっくりとした楽章でのいつもながらの無気力な(本人はしっかり「抑えた」音楽を演出しているつもりなのでしょうが)吹き方には、まるでおかゆしか食べなかったあとのような空腹感しか味わうことが出来ませんでした。

CD Artwork © Parlophone Records Limited
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by jurassic_oyaji | 2015-10-23 20:21 | フルート | Comments(0)
Lockrufe
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Meininger-Trio
Christiane Meininger(Fl)
Miloš Mlejnik(Vc)
Rainer Gepp(Pf)
Roger Coldberg(Bass/guest)
PROFIL/PH15020




「マイニンガー・トリオ」のコンサートは、いつも満員だぁ。いや、そんなことは分かりませんが、「マイニンガー」と聞いてイメージしたのは、「シュワルツェネッガー」みたいな屈強な男の姿でした。でも、パーソネルを見てみるとそのマイニンガーさんはクリスティアーネ・マイニンガーという女性でした。ジャケット裏の写真見ると、屈強な男は残りの二人、ピアノのライナー・ゲップとチェロのミロシュ・ムレイニクでした。この、いかにも若作りのマイニンガーおばはんは、日本の着物の「帯」をワンピースに巻いているようですね。ただ、ドイツ人はともかく我々日本人は帯締めが「縦結び」になっている時点でもうこの人のファッション・センスを疑ってしまうことでしょう。なんたって、これは死装束の結び方ですからね

それはともかく、このおばはんを中心にしたトリオは、活発に同時代の作曲家に作品を依頼してそれを演奏しているのだそうです。今回のCDには全く名前を聞いたことのない6人の作曲家が、それぞれ1曲ずつ曲を提供しています。もちろんすべてが世界初録音です。
この中での最年長、1943年生まれのライナー・リシュカの作品のタイトルが、アルバムタイトルにもなっている「Lockrufe」です。鳥が求愛のために叫ぶ鳴き声のことだそうですが、特にメシアンのように鳥の声を認識させられるようなモティーフが現れるわけではありません。もっと内面的な意味での「求愛」を音で表現した、というところでしょうか。冒頭ではフルートだけで、まるで尺八のような音色の演奏が聴こえてきます。そんな瞑想的な作品なのかと思いきや、いつの間にかピアノやチェロによってなんだか「ジャズ」っぽいビートが流れてくるようになると、それはまさに「ジャズもどき」の音楽に変貌します。「もどき」というのは、マイニンガーのフルートがとてもどんくさくて(ブレスに時間を取っている間に、どんどんリズムから乗り遅れていきます)、いくらなんでもこれを「ジャズ」と呼ぶのはためらわれるからです。「ジャズの要素もほんの少し加味された現代の作品」、という感じでしょうか。4つの「楽章」から出来ていますが、「Langsam」とか「Luhig」といったドイツ語表記が、まるでブルックナーみたいで笑えます。そのくせ、終楽章は「Samba feel」と言ってる割りには、全然「サンバ」っぽくないのも粋ですね。
1994年生まれのライナー・エブル・サカルの「Wind Touch」という作品は、なんでも2015年のアンカラでの作曲コンクール(それが、どの程度のレベルのものかは分かりません)で1位を取ったのだそうです。この録音は2013年に行われたものですから、受賞したのはその後のことになります。タイトルの爽やかさとはうらはらに、ダークなテイストに支配された曲です。
1986年生まれのメフメト・エルハン・タンマンの「Water Waves」という、まるで武満徹みたいなタイトルの作品は、基本ミニマル、その中にドビュッシー風のスローなパーツが挿入されています。
1963年生まれのジョエル・クーリーの「Arabian Fantasy in Blue」は、タイトルに逆らわない、アラビア風の「ブルース」。
1955年生まれのケイト・ウェアリングの「Lotus」は、その名の通り、「真っ白なハス」、「ハスの夢」、「ハスの心」という2つの楽章から出来ていますが、細川俊夫ほどのエロさはなく、やはりミニマルっぽいテーマの繰り返しや、リズム・パターンがはっきりしている今風の作品です。
そして、1977年生まれのブラシュ・プツィハルの「Full Moon Trio」は、もろ中国風の音階が使われたリリックな作品です。チェロが奏でるとても美しいメロディをフルートが奏でると、なぜかとても下品なものに変わるといったように、このフルーティストの音楽的なセンスは、ちょっと別の方向を向いているような気がしてなりません。写真の帯締めが気にならない人であれば、もしかしたらこれは楽しんで聴けるものなのかもしれません。

CD Artwork © Profil Medien GmbH
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by jurassic_oyaji | 2015-09-21 21:14 | フルート | Comments(0)
French Flute Concertos
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Frank Theuns(Fl)
Les Buffardins
ACCENT/ACC 24297




このACCENTというベルギーのレーベルは、「ピリオド楽器の第2世代」と言われたクイケン兄弟などをメイン・アーティストにして1978年に設立されました。発足当時のLPは国内プレス盤も発売され、録音の良さとクイケンたちの「新しい」スタイルによって、多くのファンを獲得します。
このレーベルを作ったのは、フルート(もちろんピリオド楽器)製作者であり、レコーディング・エンジニアでもあったアンドレアス・グラットです。彼は、この「アクサン」レーベルを奥さんのアデルハイド(やはり、ヴィオール奏者でエンジニア)との2人だけで運営し、多くのレコードを作り続けたのです。
この二人による録音、制作という体制はおそらく2000年代までは続いていたのでしょう。手元にあるCDを調べてみると、2010年代に入るとクレジットからはこの二人の名前が消えて、例えばノイブロンナーなどが登場するようになっていますから、おそらくこの頃にレーベルの活動の第一線からは退いたのではないでしょうか。
今回の最新の「アクサン」レーベルのCDを手にしたら、ブックレットの最初に、このアルバムのアーティストであるフランク・トゥーンスによる、「このレーベルの創設者であり、2013年に鬼籍に入ったアンドレアス・グラットにこの録音をささげる」という献辞がありました。もう亡くなっていたのですね。そういえば、最近は経営母体も変っているようですね。
クイケン兄弟とかグスタフ・レオンハルトなどに師事した、いわば第3世代のピリオド・プレイヤーの一人であるトラヴェルソ奏者のトゥーンス(「トインス」とか「トゥンス」といった表記もありますが、これがおそらく最も近い発音?)が、同じ門下生仲間を集めて作ったアンサンブルが「レ・ビュッファルダン」です。彼らはこれまでACCENTで多くの録音を行ってきましたし、トゥーンスはジギスヴァルト・クイケンの「ラ・プティット・バンド」やインマゼールの「アニマ・エテルナ」のメンバーとして、多くのレーベルでの録音に参加しています。その「アニマ・エテルナ」のアルバムではドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」のソロをモダン・フルートで吹いていたりするのですから、なかなか柔軟な一面もあるのでしょう。
今回のアルバムは、フランスの作曲家によるフルート協奏曲を集めたものです。ラインナップはルクレール、ブラヴェ、コレット、ビュッファルダン、ノード、ボアモルティエという、よだれの出そうな豪華メンバーのオンパレード、ただ、実際に聴いたことのあるフルート協奏曲はブラヴェのものだけだったので、それぞれの曲の魅力を新鮮に味わうことが出来ました。
トゥーンスの演奏は、先ほどのドビュッシーとは全然違う、まるで水を得た魚のよう、ちまちましたところのない直球勝負で迫ります。メカニカルな部分はあくまで正確に、リリカルな部分はしっとり歌うというとても気持ちのいいものです。聴きどころは、真ん中のゆっくりした楽章。イタリアの作曲家の場合ではごてごてと装飾を付けるのでしょうが、ここは「おフランス」ですから、メロディそのものの美しさをダイナミックに前面に出してくれています。特に、あのクヴァンツの先生だったビュッファルダンの、前後を短調の楽章に挟まれたなかで、長調の美しいメロディを奏でるアンダンテの楽章は、とても心にしみます。
ノードの協奏曲は、元々はハーディ・ガーディのために作られたものだそうですが、トゥーンスは「ピッコロ」で演奏しています。でもこれは横笛のピッコロではなく、どうもソプラノ・リコーダーのように聴こえるのですが、どうでしょう。
エンジニアが替わっても、グラットが作り上げた「アクサン・サウンド」は正しく継承されているようです。チェンバロの繊細な響きはとても魅力的、ただ、チェロの音だけちょっと輪郭がぼやけているのはノーマルCDだからでしょうか。

CD Artwork © Note 1 Music GmbH
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by jurassic_oyaji | 2015-09-13 20:10 | フルート | Comments(0)
Czerny/Music for Flute and Piano
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瀬尾和紀(Fl)
上野真(Pf)
NAXOS/8.573335




以前のモシェレスに続いて、瀬尾さんと上野さんというヴィルトゥオーゾたちが共演したフルートとピアノのための珍しいレパートリー、今回はカール・チェルニーの作品集です。
これは、もちろんあの有名なピアノの練習曲を作った方です。ただ、ちょっと気取った人だと「チェルニー」ではなく「ツェルニー」と発音しているのではないでしょうか。でも、なぜかWIKIには「チェコ語の名前なので『チェルニー』、ドイツ語でも『チェルニー』と発音」とありますね。たまにはここを信じてみてもいいですか?
小さなころからピアノ教師の父親からの指導を受け、神童ぶりを発揮していたチェルニーは、10歳の時にウィーンでベートーヴェンの弟子となります。ピアニストとしても活躍しましたが、後に演奏家としてよりは指導者、作曲家としての道を歩むようになり、多くの作品を出版することになります。あのフランツ・リストもチェルニーから指導を受けています。
現在では、ピアノ学習者のための多くの練習曲の他はほとんど知られていませんが、その作品は多岐にわたっていて、大規模な交響曲などもありますし、晩年には宗教曲も作っています。そんな中で、フルートのための作品も楽譜は簡単に入手出来て、リサイタルなどで取り上げるフルーティストも少なくはありませんが、録音されたものはあまりなく、今回のCDはそういう意味では非常に貴重なものとなるはずです。
おそらく、いまのところ他に手に入る録音が見当たらないのが、最初に演奏されている「ロッシーニとベッリーニのお気に入りのモティーフによる易しく華麗なロンド」という、Op.374としてまとめられた3曲の「ロンド」です。「易しいのに華麗」という不思議なタイトルは、楽譜を手にして演奏してみようとする人にとっては誘惑をそそられる言い方ですね。チェルニーはそんなコピーライター的な才能も持っていたのでしょうか。確かに、テーマそのものはシンプルですが、それを「華麗」に聴かせるためにはかなりのスキルが必要だと思えるような作品です。テーマは、当時は「ヒット曲」だったはずのロッシーニやベッリーニのオペラの中のナンバーから取られたもので、誰もが知っているメロディなのでしょうが、現代のわれわれにはちょっとそれが通用しない、というのが辛いところ、単なる職人技の成果としか聴こえないのが、残念です。余談ですが、この作品番号が、ブックレットと、インレイのシノプシスでは「Op.347」となっているのは、なぜでしょう?
次に演奏される「序奏、変奏と終曲 Op.80」は、その前の年に作られた、シューベルトの「しぼめる花による変奏曲」を初演したフルーティスト、フェルディナント・ボーグナーのために作られた曲なのだそうです。大規模な序奏を最初に持ってくるなど、完全にシューベルトを意識して作られたものです。シューベルトと違うのは、モシェレスと同じようにピアノの比重が高く、時にはフルートが全然参加していない変奏があったりすることです。
「協奏風小ロンド Op.149」というのも、テーマがとってもキャッチーなだけ、作曲家の個性というものが希薄に感じられてしまいますが、最後に演奏されている「協奏的二重奏曲 Op.129」になって、やっとこの作曲家の真の姿が分かってきます。4つの楽章から出来ていて、それぞれの性格がきっちりと立っていますし、長大な第1楽章の構成なども、とても見事です。第2楽章のかわいらしいテーマが、シューマンがその10年後に作る「子供の情景」の最初の曲とよく似ているのも、ちょっと微笑ましい感じです。
上野さんのピアノの華やかな存在感に、すっかり瀬尾さんのフルートの影が薄くなっているというのは、モシェレスの時と全く同じです。瀬尾さんは、細かいパッセージの音の粒立ちは驚異的ですが、歌い上げる場面でのかなりアバウトなピッチが、とても気になります。

CD Atework © Naxos Rights US, Inc.
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by jurassic_oyaji | 2015-08-26 21:43 | フルート | Comments(0)
Solitude
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Stefán Ragnar Höskuldsson(Fl)
Michael McHade(Pf)
DELOS/DE 3447




ニューヨークのメトロポリタン歌劇場(MET)のオーケストラのフルート奏者は正規のメンバー4人のほかに、「アソシエート」という契約団員が1人加わって、5人で連日のオペラ公演をこなしています。これがウィーン国立歌劇場あたりだとメンバーは6人、オーケストラ全体でももう少し余裕を持った人員が確保されているようですが、なんせMETの場合はそれぞれのメンバーの技量がとんでもなく高いそうですから、これで十分なのでしょう。
管楽器では首席奏者がそれぞれ2人ずついます。フルートの首席奏者はデニス・ブリアコフが有名ですが、もう一人、もっと前から首席を務めているのがステファン・ラグナー・ホスクルドソンというアイスランド生まれのフルーティストです。これは、彼がアイルランド生まれのピアニスト、マイケル・マクヘイルとともに2013年に録音したアルバムです。余談ですが、アイスランドの場合、男性のラストネームの最後には必ず「ソン」が付きます。しかも、その前(「ソン」の前)に来るのは、父親のファーストネームなのです。女性の場合は、「ソン」が「ドッティル」になります。
タイトルの「Solitude」というのは、この中で演奏される無伴奏の曲の題名です。この曲を作ったのがマグヌス・ブロンダル・ヨハンソンという、やはりアイスランドの作曲家(1925-2005)です。もともとはマニュエラ・ヴィースラーのために1983年に作られたもので、彼女によって録音されたCDもあります(BIS/CD-456)。

今回のCDでのライナーノーツでは、この曲の解説として、このヴィースラーのアルバムのパンフレットにある彼女自身のライナーがそのまま引用されています。ただ、作品に関しては全く同じものですが、作曲家のプロフィールに関する部分は別物。ヴィースラーは「かつてはシリアスな音楽を作っていたが、最近になってシンプルなスタイルを見つけた」と、サラッと書いていますが、こちらではもっと詳細にそのあたりの「事情」が述べられています。なんでも、奥さんを亡くしたせいでアルコール依存症になり、10年近く作曲が出来なくなっていたのだそうですね。
これはそんなところから立ち直った時期に作られたものです。まるで日本の尺八本曲のように、ほのかに五音階のようなものが見え隠れする中から、なんとも言いようのない「孤独感」が漂ってくるという、ちょっと物悲しい作品です。その寂寥感はヴィースラーの演奏からも十分に伝わってきましたが、ここでのホスクルドソンの演奏はそれに加えて同国人ならではのシンパシーなのでしょうか、一つ一つの音そのものにさらに深い意味が見いだされるような、すごいものになっています。
最後に収録されているのは有名なプロコフィエフのフルートソナタです。それまでにシューベルトやリーバーマンで、ホスクルドソンの卓越したテクニックには関心させられていたのですが、このプロコフィエフでは、逆にそんなテクニックにはちょっと遠慮してもらって、もっと内省的なものを聴かせたいのでは、というような気がしてしまいます。特に、第2楽章や第4楽章のようなとてつもないテクニックが要求される部分では、あえてテンポを抑え気味にしています。その結果、第4楽章では、今まではそんな超人芸に隠れてあまり見えてこなかった、もっとどす黒い側面が表に出てきています。それは、まるでショスタコーヴィチのような「重さ」と「暗さ」を持っていたのです。八分音符だけの単純なピアノ伴奏のリズムが、まるで軍靴の音のように聴こえるような気さえしてきます。考えてみれば、このソナタが作られたのは第二次世界大戦のさなか、ショスタコーヴィチがあの「レニングラード交響曲」を作った時期とほとんど同じころなんですよね。
ただ、おそらく録音のせいでしょう、フルートの音がなにか美しさに欠けるのが難点です。ピアノの音はとても繊細に録音されているというのに。

CD Artwork © Delos Productions, Inc.,
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by jurassic_oyaji | 2015-08-14 19:58 | フルート | Comments(0)
Silver Bow
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Katherine Bryan(Fl)
Jac Van Steen/
Royal Scotish National Orchestra
LINN/CKD 520(hybrid SACD)




ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団の首席フルート奏者、キャスリン・ブライアンの3枚目のソロアルバムです。タイトルの「銀の弓」というのがこのアルバムのコンセプトを表しているのでしょう、オリジナルはヴァイオリン・ソロのための作品だったものをフルート・ソロで演奏するという企画です。つまり、ヴァイオリンの「弓」を、銀製のフルートに持ち替えて、というような意味なのでしょう。確かに、ブライアンの楽器はリッププレート以外は銀で出来ているようですね。
最初の曲は、ヴォーン・ウィリアムズの「揚げひばり」です。この曲のヴァイオリン・ソロをフルートに置き換えるというのはいったい誰のアイディアだったのでしょう。確かに最初からソロで出てくるカデンツァの音型は、もしかしたらヴァイオリンよりフルートの方がより適しているのではないかと思えるほど、ここでのブライアンの演奏は冴えています。同じ作曲家の「グリーンスリーブス幻想曲」などではフルートに大活躍をさせているのですし、そもそもこれは鳥の声なんですからヴァイオリンよりフルートの方が「鳥っぽく」聴こえるはずですよね。さらにブライアンは、部分的にヴァイオリンより1オクターブ低い音域で吹くことによって、よりフルートらしさを発揮させています。
パガニーニの「カプリース」も、よくフルーティストが吹いているヴァイオリン曲です。ここでは、ヴァイオリンでしかできない「重音」という、10種類の音を同時に出す奏法(それは「十音」)などの技をどのようにフルートで再現するかということが問題になりますが、その点についてはブライアンの場合は、例えばガロワのような本物の「重音」(フルートの場合は、ちょっと気持ち悪い音になります)を使うというような無茶なことはやってはいません。ただ、彼女は「キー・クラップ」(キーを叩いて音を出す奏法)といった、逆にフルートでしかできないことを使って、新たな表現を目指しているようです。
ただ、やはりヴァイオリン曲としてのイメージが強い曲については、どんなに頑張ってもオリジナルには勝てないな、というところが出てきてしまいますね。マスネの「タイスの瞑想曲」とか、クライスラーの「愛の悲しみ」あたりのシンプルな曲が、そんな感じ。フルートの場合はどうしても存在感がヴァイオリンには太刀打ちできないのですよ。ブライアンの場合。
そう、ついそんな風に感じてしまうのは、いまから40年ほど前に録音されたジェームズ・ゴールウェイの同じようなレパートリーのアルバムでは、そんな劣等感などは全く抱くことはなかったからです。要は、フルーティストの技量と音楽性の問題、あのころのゴールウェイの演奏を聴いてしまった人にとっては、どんなに指が回ろうが、細かい音符を粒立てる技に長けていようが、常に不満感が伴ってしまうのは致し方のないことです。
最後の曲、サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」のように、あまりにもオリジナルの印象が強く刷り込まれている場合には、まずヴァイオリン以外で演奏するのは不可能のように誰しもが思ってしまうことでしょう。さすがのゴールウェイも、この曲までは録音していません(ガロワは吹いていますけどね)。それに果敢に挑戦したブライアンはあえなく討ち死に、と思われたのですが、意外と健闘しているのにはさすがです。彼女の得意技「キー・クラップ」でピチカートの部分を模倣しているのは、まさに目から鱗といった感じです。ただ、ピチカートを全部それに置き換えるのではなく、部分的にしか採用していないので逆にストレスが溜まってしまいますが。
録音に関しては、このレーベルのSACDでは決して裏切られることはありません。今回も、「揚げひばり」の最初の弱音器を付けた弦楽器の響きは極上ですし、フルートの音も等身大で、息遣いの細かいニュアンスまでがはっきりわかるリアルさがあります。

SACD Artwork © Linn Records
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by jurassic_oyaji | 2015-08-10 20:59 | フルート | Comments(0)
ROCHBERG/Complete Flute Music ・ 1
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Cristina Jennings(Fl)
Lura Johnson(Pf)
June Han(Hp)
NAXOS/8.559776




聞いたこともない名前の作曲家の作品が簡単に聴けるのが、NAXOSのいいところです。ま、ほとんどは「クズ同然」ですが、それなりに未知のものに対する好奇心を満たしてくれる魅力には勝てません。
今回のジョージ・ロックバーグという、1918年に生まれて2005年に亡くなった、まさに「20世紀」をまるまる生きたアメリカの作曲家が果たして「クズ」なのかどうかは、聴いてみるまで分かりません。この世代の作曲家の常として、スタート地点が「無調」や「セリエル」だったというのはお約束、しかし彼の場合は1964年にまだ10代だった息子を亡くしたことにより、そのような技法をきっぱり捨てて、「ネオ・バロック」や「ロマンティック」の方向に転向するというのですから、なんともわかりやすい「変節」ぶりです。
ですから、このアルバムに収められているすべて1970年以降に作られた「フルート作品」では当然そのような作風に染まっていると思ってしまいますが、実はそうではなく、かなり「前衛的」なテイストが強い「ハード」な作風が感じられてしまいました。なかなか一筋縄ではいかないところが、「現代作曲家」のおもしろいところです。
タイトルには「フルート作品全集第1巻」とありますが、この作曲家がフルートのために作った作品は「ほんの一握り」しかないそうなので、あと1枚ぐらいで「全集」が完結してしまうのでしょうか。そもそも、今回のアルバムのメインの「Caprice Variations」(1970年)にしても、オリジナルはヴァイオリン・ソロのために作られたものでした。これは、有名なパガニーニの、やはりヴァイオリン・ソロのための「24のカプリース」と同じテーマを使って作られた51曲からなる変奏曲から、ここでフルートを演奏しているクリスティーナ・ジェニングスが21曲を選んで2013年にフルート・ソロのために編曲したものなのです。彼女がそこまでしてロックバーグの作品を演奏したかったのにはわけがあります。彼女の父親のアンドリュー・ジェニングスは、ロックバードが多くの弦楽四重奏曲を献呈した「コンコード弦楽四重奏団」の第2ヴァイオリン奏者だったのです。彼の演奏によるヴァイオリン版の「Caprice Variations」も全曲Youtubeで見ることができるぐらいですから、まさにロックバーグの音楽は彼女の「少女時代のサウンドトラック」だったのですね。
この作品は、パガニーニのテーマだけではなく、いくつかの曲は有名な作曲家のある作品を下敷きにして作られているという、手の込んだものです。例えば、フルート版では「10番」になっているオリジナルでは「21番」にあたる曲などは、「ベートーヴェンの交響曲第7番の終楽章風パガニーニ」になっています。そのほかにもマーラーやバルトーク、さらにはシェーンベルクと、「元ネタ」を知っていればなかなか笑えます。最後の曲はパガニーニのオリジナルをそのまま、というのが「オチ」ですね。
ジェニングスの編曲は、時折重音、ホイッスルトーン、キータッチ、フラッタータンギングなどの「現代奏法」を織り交ぜて、おそらくヴァイオリンよりも高い難易度が要求されているのではないでしょうか。それを、芯のあるぶっとい音でサラッと吹き上げているところが、素敵です。
そのほかに、「浮世絵」というタイトルの作品が2曲演奏されています。フルートとピアノのための「浮世絵3」(1982年)は、「Between Two Worlds」というサブタイトルが付いていて、ところどころに「日本風」の五音階が出てくることで、その意図が明確になります。ただ、全体的には「無調」のテイストも満載の暗~い曲、というイメージです。
もう一つの「浮世絵2」は、フルートとハープのための「Slow Fires of Autumn」(1979年)です。こちらはもろ「ジャパニーズ」なテイストで、まるで尺八と筝の合奏のように聴こえます。なんたって、五音階どころか、最後は「五木の子守唄」ですからね。このメロディは、いつ聴いても和みます。
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by jurassic_oyaji | 2015-06-09 23:32 | フルート | Comments(0)
QUANTZ/Solo Flute Music
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Eric Lamb(Fl)
PALADINO/PMR 0060




先日のCD自体は本当にしょうもないものだったのに、そこでフルートを吹いていたエリック・ラムという人の演奏にはちょっと惹かれるものがあったので、同時期に発売になった彼のソロ・アルバムも聴いてみることにしました。文字通りの「ソロ」、つまり、すべての曲がフルート1本で演奏されていて、そのほかの楽器は全然加わっていないというものです。
クヴァンツという人は、バロック時代の作曲家、というかフルーティストで、彼が著した「フルート奏法試論」という書物は、当時の演奏様式を知ろうとする人にとっては欠かせない資料となっています。つまり、当時の楽譜の情報は現代とは全く異なっていて、演奏家によって「楽譜に書かれていないこと」を付け加えられて、初めて作品として完結するようなものだったのです。ですから、その楽譜に書いてあることをどのように演奏するかを知る必要があるわけですが、それがこの本には事細かに書かれているのですね。クヴァンツにしてみれば当たり前のことを書いただけなのでしょうが、それが今となっては当時の「習慣」を知る貴重な文献となっているわけです。
クヴァンツは主にフルートのための膨大な作品を残していますが、それは現在では「QV」という作品番号によってまとめられています。これは、作品をジャンル別に整理したもので、「QV1」はフルート・ソナタ、「QV2」はトリオ・ソナタ、そして「QV3」がソロだけのための作品ということになっています(そのあとに「フルート協奏曲」、「管弦楽曲」、「アリアと歌」と続きます)。さらに、「QV3:1」はフルート1本、「QV3:2」はフルート2本、「QV3:3」はフルート3本のための作品です。それによると、フルート1本だけで演奏する作品は全部で24曲あるのだそうです。
このCDでは全部で23曲演奏されているので、その中から1曲だけカットしたのかな、と思うかもしれませんが、中にはQV番号が付けられていないものもあったり、番号が抜けていたりしますから、そんな単純なものではないようです。というのも、実はここで演奏されている曲は、今ではコペンハーゲンの王立図書館に保存されている「ファンタジーとプレリュード、8つのカプリスとその他の作品」というタイトルの「曲集」の中に収録されているものなのです。ラム自身のライナーノーツにでは「自筆稿」とありますね。実は、この楽譜の現物はこちらで見ることができますが、それはどうも「自筆稿」というよりは「写筆稿」といった方が正しいもののようでした。つまり、作曲するときに書いた楽譜(「自筆稿」とはそういうものです)を、何曲か集めて五線紙の表裏に写譜(コピー)したものなのですね。それを60ページ分ほど束ねて1冊にしたものが、さっきのタイトルの楽譜なのですが、そこにはクヴァンツの自作だけではなく、ほかの作曲家の作品も一緒に「コピー」されていたのですね。このCDの中のものでは、演奏時間の長い「サラバンドとドゥーブレ」はブロホヴィッツ、「メヌエットと変奏」はブラヴェの作品だというようなことが分かっています。
ラムは、S. Kotelというメーカーの木製頭部管の愛用者で、Youtubeで試演している様子を見ることが出来たりしますから、おそらくここでも頭部管だけ木製のものを使っているのではないでしょうか。なかなか柔らか味のある音色で、しかし音楽はあくまでアグレッシブに迫っています。「8つのカプリス」などは普通に出版譜が出ている有名なものですが、それはほとんど練習曲のように使われるもので、こういう形で演奏されるのを聴いたのは初めてでした。そこからは、クヴァンツの多岐にわたる音楽性をストレートに感じることができます。
何より驚いたのは、「カプリス1番」ではこんな半音階が使われていることです。

この時代の楽器ではこれはかなり難しかったはず。さらに「2番」になると、

こんな「重音」まで出てきますよ。

CD Artwork © Paladino Media GmbH
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by jurassic_oyaji | 2015-05-07 20:59 | フルート | Comments(0)